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HOME > 遊戯王SS一覧 > 66話 夜帷

66話 夜帷 作:コングの施し

アカデミア合宿での龍剛院 嬢を取り巻く事件。そこから数日が経ち、それぞれが、その真相へと辿り着こうとしていた。同時に交錯するすべての人間の思惑。龍血組と少年たち、そして彼らを想う大人たち。自分たちが何をすべきなのか、最善とは何なのか。それぞれの足が動く時、運命の夜の帷が落ちる。






律歌「ましろ先生、急いでっ!!」

闇に覆われたハイウェイを、黒く塗られた二輪車が疾走する。2つのヘルメットが、赤い電灯の光を反射してぎらぎらと輝く。前傾でその車躯を操っているのはましろであった。

ましろ「本名出さないの!!顔隠してる意味ないじゃんか!」

律歌「えっと…!!
それはごめんなさいだけど、でも!!」

ましろ「焦らない。
落ち着けばどうにかなるって!」

律歌はがっしりとましろの体にしがみつきながらも、余裕を見せる彼女に腹を立て
る。ヘルメットの中でぷっくりと頬を膨らませ、その細い体を万力のような力で締め上げた。

ましろ「ぃでででで!!!馬鹿やめろ!!
こんな時に事故でお陀仏とか笑えないから!!」

律歌「阿原と私にはそんなに情報を渡さなかったのは納得します!!
でもでも、なんで私たちだけ脱出なんですか!!!」

ましろの体を抱えながらそう叫ぶ。風の音に負けないように。今あの街を離れているのは自分とましろの二人のみ。遊大も阿原もまだ学校に残っている。そして何より、今こうして街を離れなければならない原因を作った一人の男がまだアオメの街に取り残されている。

ましろ「その辺はあんまり心配すんな!!
あいつが動き出した以上は、あの男どもはしっかりやってくれるさ。お前のカードも引き継げたしな!
___それよりもあたしらの役割、忘れんじゃないぞ!!」

二人のレディ・デュエリスト。空が青黒く染まる時、彼女を取り囲む道路の網は、まるでこの国の血管のように煩雑で複雑な様相を呈していく。住む街から離れ、彼女が向かう先は……。







阿原「頑なが過ぎねえか、遊大。」

遊大「ダメです。絶対に言わない……!!」

日暮からの話を聞いて3日、やはり嬢が戻ってくることはなかった。
わかっていることは、嬢の裏にいるのは『龍血組』という組織。それがアカデミア合宿での彼女のデュエルを咎め、今も彼女の身柄を抑えていると言うこと。警察や病院といった公的機関や企業に対してある程度の影響力を持っていると言うこと、そしてこれら全てが可能になる力を持っているという紛れもない事実であった。

闇夜の学校、その渡り廊下で、2人の決闘者が対峙する。そこで起きているデュエルという、確かな闘争。彼らが戦う理由は……

阿原「オレ達がバラバラで良い訳がねえだろ。龍平はどこに行った!?」

遊大「教えません。まだ言えない!!」

日暮と話をした後、部の者達の目の前から姿を消した男がいた。大石 龍平、プロデュエリストとしての父親を持ち、そして日暮と同じく、龍血組の事実に近づこうとしていた者。ただその中でたった1人、彼の行方を知る人物がいた。



ーTURN:1ー 

樋本 遊大 (ターンプレイヤー)
LP   :8000
手札   :5
モンスター:
魔法罠  :
フィールド:

阿原 克也
LP   :8000
手札   :5
モンスター:
魔法罠  :
フィールド:



遊大「……先攻、もらいます!!」

ディスクは遊大の先攻を判断した。お互いのデッキから5枚のカードが抜き出され、静かな怒りをぶつけるその決闘の幕が上がる。遊大は5枚の手札から2枚のカードを引っ張り出し、デュエルディスクにピシャンと叩きつける。同時に2対の戦士がジジジ…とソリッドヴィジョンで映し出される。

遊大「来い。
《ゴブリンドバーグ》、そして《エヴォルテクター エヴェック》!」


《ゴブリンドバーグ》(攻)
☆4 地属性・戦士族/効果
ATK:1700/DEF:0

《エヴォルテクター エヴェック》(守)
☆4 炎属性・戦士族/デュアル/効果
ATK:1500/DEF:500


阿原(コイツはアカデミアの合宿で強くなってる。
……確か戦法は、『エースモンスターの主軸化』、桐生プロの戦術のはずだ。)

示し合わせたように、2体のモンスターは光となって絡み合い渦を構成していく。折まざる光は紅の火を思わせる色合いに溶け込み、燃ゆる銀河の中心が今弾けた。

遊大「2体のレベル4モンスターで、オーバーレイネットワークを構築。
……エクシーズ召喚、《BK キング・デンプシー》!!」

弾ける緋色の炎の内より、ジャブを2回、そして巨体をうねらせながらの大振りストレートが炸裂する。シャドーボクシングの要領でそれを放っているにも関わらず、熱波が阿原の元まで及んだ。


《BK キング・デンプシー》(攻)
★4 炎属性・戦士族/エクシーズ/効果
ATK:2300/DEF:1800


阿原「バーニングナックラー?!」

遊大「《キング・デンプシー》の特殊召喚時、デッキからレベル4以下の炎・戦士族、《焔聖騎士−ローラン》を手札に加える。」

遊大のデッキが忙しくかき乱され、そこから1枚のカードが排出される。《キング・デンプシー》同様、彼が初めて見せたカードの1つ。そして、休む暇などなく次の声がフィールドに響く。

遊大「オーバーレイユニットを1つ取り除き、対象耐性を付与!
さらに、《キング・デンプシー》1体で、オーバーレイ!!」

今しがたエクシーズ召喚されたばかりのその拳闘の戦士が、赤い光となりながら、銀河のごとく渦の中心へと吸い込まれていく。

阿原(モンスター1体で……!!)

まさかの戦術。今までの遊大でもエクシーズ召喚自体は行ってきた。しかし合宿から戻った彼の戦術は、それはかつての遊大では考えられないものであった。驚愕の色を見せる2人の顔が、赤から青色の光に染まっていく。

遊大「……エクシーズチェンジッ!!
来い、《エクシーズ・アーマー・フォートレス》!!」


《エクシーズ・アーマー・フォートレス》(攻) 
★5 水属性・機械族/エクシーズ/効果
ATK:2500/DEF:0


激流が雪崩こみ、《キング・デンプシー》とは打って変わって、機械の鎧に身を包んだ兵士が、巨大な砲身を手にフィールドへと浮上する。その手に携えられた巨砲にオーバーレイユニットの光が2つ吸い込まれ、天高く発射された。

遊大「オーバーレイユニットを2つ取り除き、効果発動!
デッキから《アーマード・エクシーズ》、そして《フルアーマード・エクシーズ》を手札に加える!!」

一瞬で行われた2度のエクシーズ召喚。その間に補充された遊大の手札は《焔聖騎士–ローラン》、《アーマード・エクシーズ》、《フルアーマード・エクシーズ》の3枚。2体のレベル4モンスターを手札から呼び出したにも関わらず、その手札は6枚となっている。

阿原「……それが、エースモンスターを中心に据えた戦術か?」

遊大「なんとでも、言えばいい!
おれは、カードを1枚セットしてターンエンド!!」

遊大はそう吐き捨てるように言うと、カードをディスクにセットした。阿原が疑問を呈して「エースモンスターを中心に据えた戦術」。思えば当然であった。遊大の切り札は《フェニックス・ギア・フリード》、そして《ゴッドフェニックス・ギア・フリード》。今の遊大の盤面に、その2枚に繋がるものなどなかった。


ーTURN:2ー 

阿原 克也(ターンプレイヤー)
LP   :8000
手札   :5→6
モンスター:
魔法罠  :
フィールド:

樋本 遊大
LP   :8000
手札   :5
モンスター:《エクシーズ・アーマー・フォートレス》
魔法罠  :セット×1
フィールド:


阿原「オレのターン!!」

阿原と遊大がお互いの全力をぶつけることなど、合宿以来なかった。嬢の失踪、そして続いて龍平も姿を消してしまったことで、呑気にデュエルをしている暇などなかったからだ。しかし、アカデミア合宿で実力をつけた遊大に対し、阿原の現在の実力は…

遊大(……未知数、だが強くなってはいるよな。)

阿原「《スクラップ・リサイクラー》、通常召喚!
効果でデッキから《水晶機巧−ローズニクス》を墓地に送り効果発動!!
《ローズニクス》を除外し、トークンを特殊召喚!」


《スクラップ・リサイクラー》(攻)
☆3 地属性・機械族/効果
ATK:900/DEF:1200

《水晶機巧トークン》(守)
☆1 水属性・機械族/通常
ATK:0/DEF:0


物々しい機械作りのモンスターが2体、フィールドに出現した。《水晶機巧−ローズニクス》、墓地に送られた際という非常に緩い条件でトークンを呼び出すモンスターの採用により、1枚の手札消費で、その条件が揃った。

遊大(《スクラップ》を含めた2体のモンスターがもう揃った!)

阿原「2体のモンスターを、リンクマーカーにセット……リンク召喚ッ!!
リンク2《スクラップ・ワイバーン》!!」

ガシャンガシャン!!とけたたましい金属音が鳴り響き、天空に打ち上がった青色の門より翼竜がフィールドに産み落とされる。


《スクラップ・ワイバーン》(攻)
L2 地属性・ドラゴン族/リンク/効果
ATK:1700 [↓・→]


遊大にはわかっていた。誰よりも近くでその戦いを見てきたから。そのモンスターが彼のデッキの核であり、その中心であることを。だからこそ、その力を奪うことが、このデッキの息を止めることに直結するということも。

遊大「この瞬間、罠カード《フル・アーマード・エクシーズ》、そして手札の《焔聖騎士−ローラン》の効果を発動っ!!」

その宣言と同時に、遊大のフィールドに佇む《エクシーズ・アーマー・フォートレス》を構成する黒鉄の鎧が弾け、それぞれが光の内へと吸い込まれていく。今は遊大のターンではない。しかしそんなことは、このデュエルには介さない。これまでとは比較にならないほど強くなった彼らに、今までの常識は通用しない。

遊大「《焔聖騎士−ローラン》を《フォートレス》に装備し、エクシーズ召喚を行う!!
《エクシーズ・アーマー・フォートレス》1体でオーバーレイネットワークを再構築!!」

阿原(今からX素材になる《フォートレス》で《焔聖騎士−ローラン》を装備?
さっきの《キング・デンプシー》でサーチしたカードを墓地に送るのが目的か?
しかしそれより……2度目のエクシーズチェンジかよ!!)

光の渦は青黒く染まる。今までの遊大では絶対に見せることのなかった属性・種族の、彼のデッキのサブエース。エクシーズ召喚から真のエースに繋ぐ過程に破壊力と妨害性能を持たせるという貪欲な選択肢から生み出された、満たされぬ魂の化身。

遊大「満たされぬ魂抱えし槍持よ、今その想い胸に、浮上せよ!
エクシーズチェンジ、《FA−ダークナイト・ランサー》ッ!!」


《FA−ダーク・ナイト・ランサー》(攻) 
★7 水属性・水族/エクシーズ/効果
ATK:3100(2800)/DEF:1500


青黒い渦の中心から、赤い血の通った黒鉄の槍使いが浮上する。《BKキング・デンプシー》、《エクシーズ・アーマー・フォートレス》に続く、3度目のエクシーズ召喚。ザッパーンと波の音を響かせ、赤い槍の先がゆっくりと阿原の方へと向く。

阿原「水属性の大型とはお前らしくねえなあ、遊大ッ!!」

遊大「だから……勝手に言ってりゃいいじゃないですか!!
おれはX召喚成功時に、墓地の《フル・アーマード・エクシーズ》を除外し、効果発動!!
墓地の《BKキング・デンプシー》を、《ダーク・ナイト・ランサー》に装備!!」

遊大の墓地から1枚のカードがその魔法罠ゾーンへとシフトする。《BKキング・デンプシー》の体を映し出した光がその胸へと吸い込まれ、体を走る血のように、赤い光がその矛の先へと駆け抜けていく。

遊大「___パラライズ・ソウルオーバー!!」

阿原「なッ……!?」

その声と同時に、紅に染まった一閃が、阿原の《スクラップ・ワイバーン》に風穴を開けた。ガラガラと音を立てて崩れるその体が光の粒子へと変わり、瞬く間に《ダーク・ナイト・ランサー》を取り巻くオーバーレイユニットとして吸収された。

阿原「チッ、《ダークナイト》ってそういうことかよ!!」

遊大「オーバーレイユニットと装備カードを得たことで、攻撃力が上昇!!
元々の値の2800、《キング・デンプシー》の2300、そしてORUと装備カードの数の900、その全てが集約される!!」


(ATK:6000)《FA−ダーク・ナイト・ランサー》


たった1枚のランク4エクシーズモンスターから、相手のターンの妨害と致命を与えかねない攻撃力を叩き出した遊大。赤く滴る魔槍が、その喉元に向く。しかし、強くなっているのは、遊大だけではない。デッキの核を奪われた阿原に求められる策は……。

阿原「……単純だぜ。《死者蘇生》発動!!」

幾度となく目にしてきたそのカード。古来よりピンチのデュエリストを救ってきたごくごく単純なテキストの魔法カードが、今は阿原の手の中にある。そしてその蘇生先として選んだのは、遊大の予想とは違ったモンスターであった。

阿原「墓地から特殊召喚するのは、《スクラップ・リサイクラー》。来いッ!!」


《スクラップ・リサイクラー》(守)
☆3 地属性・機械族/効果
ATK:900/DEF:1200


遊大(また《スクラップ・リサイクラー》か!!
だが特殊召喚時の効果はすでに発動したはず!!おれの優勢はまだ動いちゃいない!!)

遊大には、2つの誤算があった。1つは、《スクラップ・リサイクラー》の効果には、他のカードのような名称指定有りの1ターンに1度の発動制限がないこと。

阿原「特殊召喚時、《スクラップ・リサイクラー》の効果発動ッ!!」

遊大「えぁっ!?」

そしてもう一つは、アカデミア合宿の期間中に、その牙を研ぎ続けていたのは、阿原も同じだと言うこと。タカを括っていた。自分は確かに強くなった。それは変わらない。しかし、ライバルが、注視すべき他者も1段階上へと進んでいることを、また心のどこかで忘れてしまっていた。

阿原「デッキから機械族の《水晶機巧−サルファフナー》を墓地へ!!」

遊大「またクリストロン……!?!」

墓地に送られたそのカードを前に、遊大の手がストップした。同時に蘇る、今までの戦いの記憶。決闘王杯・市内予選での斬隠 輝久とのデュエル。そして、アカデミア合宿の前哨戦、スターチップ争奪戦で自分がゴールした時に吐いた言の葉たち。一番見失ってはならないモノを手放していた。当たり前である。阿原もまた、自分の限界に挑み続けるデュエリストだ。それどころか、まるでその瞳は、自分の過去を振り返ることと前に進むことを辞さない視線は、自分が先輩として、追いかけねばならないものだった。

阿原「フィールド魔法《スクラップ・ファクトリー》を発動し、さらに墓地の《サルファフナー》の効果発動!!
……手札から《水晶機巧−シストバーン》を墓地に送り、《サルファフナー》自身を特殊召喚だァ!!」


《水晶機巧−サルファフナー》(守)
☆5 水属性・機械族/効果
ATK:2000/DEF:500


阿原「《サルファフナー》の特殊の処理と同時に、入れ替わりで《リサイクラー》を破壊!!
……《スクラップ・ファクトリー》の効果で特殊召喚、《スクラップ・ラプター》!!」

水晶の鎧を纏った獣が、廃材を砕きながら出現する。砕かれたモンスターが、溶鉱炉に突っ込まれて、ガラクタの鱗を携えた恐竜へと姿を変えて飛び出した。

阿原「《ラプター》の効果で自身を破壊して召喚権を追加、そんで手札に加えた《スクラップ・キマイラ》を通常召喚!!
来い、《キマイラ》、《ラプター》!!」


《スクラップ・キマイラ》(攻)
☆4 地属性・獣族/効果
ATK:1900(1700)/DEF:700(500)

《スクラップ・ラプター》(守)
☆4 地属性・恐竜族/チューナー/効果
ATK:1600(1400)/DEF:1200(1000)


遊大「揃った…チューナーと非チューナー!!」

2体のモンスターの体のうちより、その魂とも呼べる星が集まり、輪を描いていく。降り注ぐ光は、彼のエースである1体の竜のシルエットを模る。

阿原「レベル4の《キマイラ》に、同じくレベル4の《ラプター》をチューニングッ!!」

遊大は身構える。そのモンスターを知っているから。何度も何度も彼の勝利に貢献してきたモンスターだから。金属が軋むような鼓膜を揺らす。しかしそれが単なる破砕音などではないことを彼は知っている。それは竜の咆哮。勝利を渇望する、貪欲な竜の剛咆。

阿原「シンクロ召喚!!
来やがれ、レベル8《スクラップ・ドラゴン》ッ!!」


《スクラップ・ドラゴン》(攻)
☆8 地属性・ドラゴン族/シンクロ/効果
ATK:3000(2800)/DEF:2600(2400)


つぎはぎの金属片を不規則にあてがったような鱗。しかしその廃材の竜の瞳はぼんやりと赤く輝き、その心音を思わせるように、体からは常に破砕音と蒸気の排出音が流れ出ている。

遊大「《スクラップ・ドラゴン》……でもそいつじゃ、《ダーク・ナイト・ランサー》は倒せやしない!!」

阿原「倒せないだぁ!?倒すんだよ!!
効果発動だ!《スクラップ・ドラゴン》!!《サルファフナー》と《ダーク・ナイト・ランサー》をぶち砕け!!」

水晶の機巧の体が淡く光り輝き、廃材の竜の顎門、その喉元へと吸い込まれていく。ごくり、と生々しくも金属音が混じり痛々しい音がフィールドを駆け抜けた刹那、その竜は翻った体を倒し、その顎から青白い弾丸を放った。

遊大「無駄って言ってるでしょうが!!
《フル・アーマード・エクシーズ》によって装備カードとなったカードは、装備モンスターの破壊を肩代わりできるっ!
……《キング・デンプシー》代わりに破壊!!」

黒い鎧に身を包んだ槍持ち。《FA−ダーク・ナイト・ランサー》の胸部に光る紅の輝きはたちまちその戦士を包む盾となり、眼前に迫った弾丸を完全に防いだ。


(ATK:3400)《FA−ダーク・ナイト・ランサー》


遊大(破壊を防いだことによる6000→3400までの急激な弱体化…!!
だがどっちにしろ、阿原さんのモンスターの攻撃力じゃ超えられないはずだ!!)

《フル・アーマード・エクシーズ》によって装備カードとなったカードをパージしたことで攻撃力は元々の2800+300×2の3400まで下降している。そして今、阿原のフィールドのモンスターの最高打点は3000を超えてない。これはひとえに、《スクラップ》に攻撃力を上昇させるカードが乏しいことが起因していた。

阿原「破壊の無効…硬えな。
だがオレの狙いはそこじゃねえ!!」

2人の中にあった認識。しかしここにいる男、阿原 克也という男は、その攻撃力という価値観に囚われない視点を、この瞬間に持っていた。

遊大「…!!」

阿原の墓地に送られた《水晶機巧−サルファフナー》のカードが蒼く輝く。その輝きは彼のデッキにまで及び、再び忙しくそれをシャッフルさせる。

阿原「オレが破壊やトークンのために《クリストロン》を採用したと思ってんのか?
……破壊された《サルファフナー》の効果発動、デッキから《水晶機巧−プラシレータ》を特殊召喚!!」

砕け散った水晶は緑色に輝き、亀甲のような皹を描きながら再構築されていく。強靭な甲羅と尾から伸びるもう1対の顎門は、まるで玄武のようである。

遊大(そっちか!!
《水晶機巧》……破壊をトリガーに回すデッキ!!それで《スクラップ》と併用かよ!!)

阿原「さらに《プラシレータ》の効果を発動!
表側表示の《スクラップ・ファクトリー》を破壊し、デッキからチューナーモンスター《水晶機巧−リオン》を特殊召喚ッ!!」


《水晶機巧−プラシレータ》(守)
☆2 水属性・機械族/効果
ATK:200/DEF:2000

《水晶機巧−リオン》(守)
☆3 水属性・機械族/チューナー/効果
ATK:500/DEF:500


フィールドに揃ったチューナーと非チューナー。読み合いの果てに呼び出された2体のモンスターを見て、遊大は表情を顰める。効果による破壊は《FA−ダーク・ナイト・ランサー》を除去するためではなく、《水晶機巧》の2体をフィールドに揃えること。それが意味することは、遊大には察しがついていた。

遊大(《水晶機巧》の2体……ってことは来るんだよな、新しいモンスターが!!)

阿原「オレは、レベル2の《プラシレータ》に、レベル3の《リオン》をチューニング!!」

玄武を模った水晶の機凱に、銀色の機兵が登場する。合わさった2つのモンスター達のレベルは星々の光輪を描き、その中心を突き抜けるように、光が差し道となる。

阿原「シンクロ召喚!!レベル5《水晶機巧ーアメトリスク》ッ!!」


《水晶機巧−アメトリスク》(攻)
☆5 水属性・機械族/シンクロ/効果
ATK:2500/DEF:1500


緑色の玄武を模った《プラシレータ》の走行は青紫色に変化し、装甲の内側から金色へと変色した《リオン》のフレームが見えている。その攻撃力は2500、《スクラップ・ドラゴン》に並ぶほどの攻撃力とサイズを持ち、体表を滴る水が熱を帯びて蒸気を孕んでいる。

阿原「《アメトリスク》のS召喚時、特殊召喚された相手モンスターを全て守備表示に変更する!!
___エクステンド・スタン!!」

遊大「……なッ!?」

フレームに熱が集中し、まばゆい光を放つ。まるで目の前で花火が弾けたような爆音と炎光が巻き起こり、水蒸気の爆発とともにフィールドに炸裂する。遊大の耳と目を、凄まじい衝撃が突き刺す。同時に構えていた《FA−ダーク・ナイト・ランサー》の動きも遊大と同じようにぴたりと止まる。

遊大(やっべぇ…これが狙いか!!《ダーク・ナイト・ランサー》が守備表示に!!)

キーンとした耳とボヤつく視界の中で、確かに自分のモンスターがフリーズしていることを確認する。効果破壊ではないことに察しはついていたが、守備表示にされることは盲点であった。《FA−ダーク・ナイト・ランサー》は、装備カードとORUの数だけ攻撃力を上げる能力があるが、これは守備力には適応されない。初見でその弱点を見破った阿原に、突破口が見出されていた。

阿原「バトルだ!!
《アメトリスク》で、《ダーク・ナイト・ランサー》を攻撃!!
__アメトリアル・インパクト!!」


(ATK:2500) 《水晶機巧−アメトリスク》
(DEF:1500) 《FA−ダーク・ナイト・ランサー》


その宣言と同時に、熱を帯びた拳が黒鉄の槍持ちの胸元に飛び込んでくる。かろうじて防御の体制を取り、槍の柄でそれを受け止めるが、すぐに重苦しい金属の軋む音が響きだす。日々の入ったそれは瞬く間に砕け散り、その胸を貫いた。

パシャパシャ……と、その命の残骸が水を敷いたフィールドに飛散している。これで遊大のモンスターはゼロ。壁の一切ない遊大のフィールに、《スクラップ・ドラゴン》の大顎が進行する。

阿原「行け《スクラップ・ドラゴン》、ダイレクトアタック!!
___バニシングバイト!!」

その牙が紫色の光を帯びて輝き出し、それを熱へと変えていく。鉄が燃えるような真っ赤な大顎は、その臨界を突き抜けて溶解しながら遊大の元へと迫り、そのLPを噛み砕いた。


(ATK:2800) 《スクラップ・ドラゴン》

(LP :5200) 樋本 遊大


演出用とはいえ、そのソリッドヴィジョンの衝撃が伝わり、背後へと突き飛ばされる。渡り廊下の鉄床が冷たく硬く遊大を打ち付け、生々しく頬が痛む。鉄床に伏せたままの遊大を見下ろし、阿原はその口を開いた。

阿原「なァ、遊大よ。わかってるだろ、オレらが闘りあってる暇なんざねんだ。
……教えろよ、どこに行ったんだよ龍平は?」

遊大は答えを言いはしない。ただその代わりに、膝から伏せた体を起こし、再びそのディスクを構えた。わかっている。彼が、阿原が言っているは間違っていないと。今、自分たちに争っている暇はない。しかしそれでも……

遊大「言え…ません。
それにまだ吐けるほど、おれは追い詰められちゃいない。」

阿原は元の位置へ帰り、再び自分のカードへ手を伸ばす。その表情を見せはしない。ただ「そうかよ。」と小さく呟くと、またカードの発動を宣言する。

阿原「オレは墓地に存在する《シストバーン》を除外し効果発動。デッキから《水晶機巧ーシトリィ》を手札に加え、カードを2枚セット。
……これでターンエンド。」

ターンが移り変わる。阿原はまたその口を開いた。遊大がなぜそこまで意固地になって立っているのか。なぜ龍平がこの状況で姿を消したのか。絶対に答えることのない遊大を前にして、そのデュエルは続く。

遊大「エンドフェイズに、ターン中墓地に送られた《焔聖騎士−ローラン》の効果発動。デッキから炎・戦士の《ゴッドフェニックス・ギア・フリード》を手札に加えます。」

シャカシャカ……と、デッキから1枚のカードが排出される。その発動、そしてそのカードで、阿原は悟る。戦い抜く意思があってそこに立っているということを。遊大のエースであった《フェニックス・ギア・フリード》の進化した姿。そのカードが、今の遊大の意思を語る言葉であると。

阿原「お前のことだ。
どうせ年上のオレらに迷惑を掛けないとか、そんなとこだろうが。」

遊大「……律歌さんと阿原さんは、もう3年になる。この件には巻き込みたくない。
時間はまだあるんです。それにまだ、状況は動いちゃいない。」

「状況は動いてはいない」と、そう言った時、二人の沈黙を破るようにして、聞き覚えのある声が渡り廊下の奥から響いた。





「……すまない樋本、そうも行かなくなった。」






遊大と阿原の2人、揃ってその声の方向へと振り返った。青黒い闇にすっぽりと収まった柱から、大柄な男がその顔を覗かせる。

遊大「えっ…!?」

阿原「は…!!?」

二人は見覚えがあった。暗がりの中でもわかる、薄い宍色の髪。そして威厳を豪速で投げたような、力強い声。しかしなぜそこに彼がいるのか、それだけは理解ができていなかった。ただでさえ混乱している現状が、さらに混迷の渦に飲まれていく。

阿原「大石…竜也プロ……?」

竜也はただ「派手にやりすぎだ。」とだけ呟くと、デュエルでボロボロになった二人の襟をがっしりと掴んで引きずっていく。

遊大「まさか、もうですか!?」

ジタバタともがく遊大に、竜也はため息をつく。そのまま遊大の体をヒョイ、と渡り通路のフェンスに乗せた。そこから映る景色に、遊大は息をのむ。同じくして阿原もその視界に動きが止まった。

遊大「これって……!!」

竜也「……時間だ。動き出した。
我々の対応を待たずして、あちらも動いている。」

目の前に映る景色。闇夜の中で学校の校門が強引にこじ開けられ、真っ黒に染まった車影が、ギラギラと光るヘッドランプと共にそこに鎮座していた。次々と開いていく車のドア。そこからぞろぞろと顔を見せ始めた男たち。明らかに自分たちの存在を嗅ぎつけた組織の者たちが、懐中ライトを片手に群れを形成している。

阿原「オイオイオイ……なんだよアイツら!!」

竜也「組の手のものか、下請けの半グレか……。
どちらにせよ、私はアイツらから君たちを守護ること、動き出した倅の救出が目的だ。」

遊大と阿原は、首元を竜也に引っ掴まれながらお互いに顔を見合わせる。事態は急を要していると、それはわかっていた。染み渡る得体の知れない恐怖と後悔が、二人の表情を歪める。



ガッシャーン!!!
下の階の方で、大きな破砕音が鳴り響いた。その音に、三人は咄嗟に屈んで顔を見合わせた。竜也の顔に玉の脂汗が浮かんでいるのがわかる。闇夜が覆う校舎の中で、月の光がその表情を青く塗っている。

竜也「二人とも、絶対に離れるな。用務員連絡口から職員駐車場に抜ける。
来た時の車は捨てる。幸い、車は知り合いのものが借りれるからな。」

そう言うと、竜也は白いシャツの胸ポケットから車の鍵を引っ張り出した。青黒い光にキラキラと反射するストラップは、確かに《インヴェルズの斥候》のデザインが施されている。

遊大「__その鍵!!」

竜也「とりあず車だ。彼女が用意した車まで行ければ、突破口は見える!」







『荒田か、ガキの一人と接触した。学校の方を頼む。』

時は、少しだけ遡る。すっぽりと闇に覆われた路地の裏で、その男と対峙している。自分たちが『龍血組』という言葉を元に龍剛院 嬢の捜索を開始して数日。自分たちのみでその真相に辿り着けるはずなどない。ただし、状況が動き出したきっかけは、その全てはこの男たちに帰結していた。

「大石 龍平だな。」

しかし、街を回る半グレの群れと、そして何より、自分の目の前に立っているこの男が、その状況を物語っていた。自分たちが組を嗅ぎ回っている一方で、惹かれ合うように組側もこちらを探っていたということを。

龍平「……そっちの名前は教えてくれないんですね。」

目の前に佇む者。停めたDホイールを降りて自分の前に立ち、そのライトを背中に受けている。身長は自分よりも見上げるほどに高く、黒いジャケットとシャツがその影をより濃くしている。

小金井「小金井だ。
龍剛院 嬢が世話になったらしいな。聞かせろよ、話。」

小金井と名乗ったその男は、ケータイを自分のポケットに突っ込むと、そのままずんずんと自分の前へと迫ってくる。後光に当てられてなのか、裏の世界を生きてきたであろうその鉄のように冷たい声に当てられてなのか、じりじりと彼の靴が迫るほどに、自分の鼓動が大きくなっているのを感じる。

龍平(……びびってる。
そりゃそうだよな、こんなのは初めてだ。)

龍平は大きく息をつくと、目を逸さぬようにその男の前に進んでいく。幸いだった。恐れていることが紛れのない事実であっても、状況を俯瞰できている自分もそこにいた。自分の行動に、多くの人間の命がかかっていることは理解している。だからその責任にとにかく押し潰されぬように、前へと進むしかなかった。

小金井「なんだ?」

自分と小金井の瞳との間が、わずか20センチメートルほどしかなくなる。鼻を刺す煙草と鉄の匂いが、自分の恐怖心を掻き立てる。自分が遅れていることを悟られぬよう、しかし力強く、喉を鳴らす。

龍平「質問できるのはこっちだって一緒です。
……どこですか、嬢は。」

小金井「………。」

今、自分にできることは退くことではない。父親である竜也に自分のデュエルディスクの位置と、デュエルをした場合のログのみが共有されている以上は、ここでデュエルをすることだけが生存の報告となり、かつそれを合図にましろと竜也が動く手筈になっている。万力のような力を込めて、そのディスクを装着した左腕を、男の胸に押し当てる。

小金井「やめておけ。
おれたちがやってるソレは、賭けるものがあって初めて成立するモンだ。」

龍平「……賭けるものならある。
自分の身柄と、共に動いている仲間の情報です。その代わり、嬢のところまで連れてってもらう。」

小金井は自分より高い目線で、胸に押し当てられたディスクを見つめる。ポケットから手を抜くと、その大きな拳で胸元に迫った手首を掴んだ。

小金井「……値しねえ。
そもそもコッチ側が、お前のお仲間の情報を全部抱えているとは考えねえか。しかも今こうしておれがお前を拉致っちまえば、情報まで全部ゲロさせることができる。」

自分の手首に加わる力がだんだんと強くなる。このまま自分の手首が仮に折られたとすれば、目の前の男が自分の身柄を抑えることなど容易だろう。これは探偵者のフィクションでもなんでもない。デュエルをするなど以前に、圧倒的な経験と、そして如何ともしがたいほどのフィジカルの差がここにはある。

小金井「こっちとしてもお前らをハジきたくてここにいるわけじゃねえ。
ただ大人しくしろって言ってんだ。口答えしねえで言うこと聞いてれば、こっちの世界にはもう首を突っ込むことも無くなる。」

考えろ。今までの自分の行動と、目の前の男の発言の中から、ここでデュエルに持ち込むための最良の一手を。今この局面が、盤面を動かすための初動となる行動であり、そしてここを止められないために全力を尽くすのが今の自分の役割である。

龍平「……今の状況、嬢の時と同じでそっちの仲間に筒抜けなんでしょう。」

小金井「……だったらなんだ。」

龍平「挑まれたデュエルを断ることは、あんたらの面子に関わる問題じゃないんですか。」

小金井は少しの間黙り込み、掴んでいた自分の左手首をパッと離した。今まで聞いたこともないような音が自分の左頬から響き、同時に頭が揺れる。首筋が右方向へと持っていかれて、自分の体が回転しながら吹っ飛んでいることを感じた。

小金井「……面子を語るな。
そもそも、ここでお前とのデュエルを無視したってこっち側としては何の障害にもなりはしねえわけだ。」

夏の熱されたコンクリートが、打ち付けられた自分の皮膚を掻き毟る。きっと今、離した右腕の裏拳を、そのまま自分の左頬に打ち込んだのだろう。鼻から生暖かいものがつーっと頬を伝い、顎の先へ垂れていく。やはりそうだ。そこには圧倒的な暴力という差がある。しかしだからこそ、この一面を見せたからこそ、自分にはわかったことがあった。

龍平「……だったら吐かせてくださいよ。
あんた、さっきから言ってることがめちゃくちゃなことに気づいてない。」

小金井「……。」

それは、目の前の男が、初めて情に訴えかけて行動を起こしたということ。仮に違ったとして、今はその可能性に賭けるしかない。顎の先から垂れる自分の血液が、幸いなことに頭に登った熱を外へと逃がしてくれている。ここで押すしかない。大きく息を吐いて、喉を鳴らした。

龍平「自分でコッチ側の情報を把握してる可能性に言及しておきながら、それでも俺から吐かせたい情報があるってことでしょ。その時点であんたらはまだ、事情を完全に把握してるわけじゃない。
……つまりデュエルに賭けるものはあるし、無理に吐かせようったって俺は絶対に吐かない。でもデュエルで勝利すれば、俺の身柄ごとそっちにやるよって言ってんだ。」

自分でも、なぜこんな状況で冷静を装っていられるのかが不思議だった。先ほど揺れかけた脳が、揺らぐ自分の声帯に熱を奪われてだんだんと冷えていく。アドレナリンが滲み出て痛みが遠のき、ぼやく光の中で現実感が薄れていく。

龍平「……いくら殴ったって構やしない。」

小金井「そこまでデュエルをしたい理由はなんだ。」

龍平「聞けよ話を。
……嬢の居場所を知りたいって言ってるじゃないですか。」

小金井は小さな端末型のディスクを胸ポケットから取り出し、それを左腕に装着する。赤い光がソリッドヴィジョンとなってディスクの盤面を構築していく。

小金井「……お前も賭けてきてるわけだ。だがまだ値しねえ、条件の追加だ。
デュエルの敗北の暁には、関係者全員の居場所を教えてもらう。」

小金井はあまりにも自然に、そう言い放った。いくら献身的な人間であったとしてもその戦いを躊躇せざるを得ない条件の提示。自分の身柄を良しとするならば、次に求められるのは関係者の居場所。しかし龍平は、この瞬間に安堵していた。

龍平「……脅しか、見え見えだな?_だが値した。
あんたが言ったんだ。つまりその条件を飲めば、デュエルは受けるんだな。」

小金井「……馬鹿が。
てめえが言った通りこの状況は筒抜けだ。仲間に誓って受けるしかねえが……てめえも口を滑らせないように気をつけるんだな。」

膝に体重を乗っけて、重たい頭を持ち上げ立ち上がる。右腕で頬を伝う赤い血を拭き取って、ディスクにデッキを差し込んだ。そして、心の中で唱える。「1つ目の賭けは勝った」と。そして同時に、この件で動く必要の出てくる全員の顔を思い浮かべていた。きっとこれから始まるのは、今までにないほどに多くの血が流れる、あまりに残酷で、そしてあまりに不釣り合いな戦い。たった一人の少女の意思に全てを賭けた戦いの火蓋が、切って落とされた。



『『デュエル!!』』



続く
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