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HOME > 遊戯王SS一覧 > 54話 火の暮れる場所 その①

54話 火の暮れる場所 その① 作:コングの施し

全国決闘王杯・本戦出場者及びその同校の決闘者にのみ参加権が与えられた『アカデミア合宿』。その参加者を待つ、スターチップ10個を突破条件とする4時間の『スターチップ争奪戦』。残り30分を切った最終局面。無事に☆10に到達した遊大を待つのは、中盤戦で別れたはずの日暮 振士であった。同じく10つの星を携えた彼を前に歩みを見せた遊大だが、日暮のうちに眠る狂気は彼を逃しはしなかった。始まる☆10同士の決闘。最後の時間とスターチップ、そして二人の信念をかけた決闘が幕を開ける。




12:44



真っ赤になる視界。感情の抑制が効かないと、それすらわからないほどに心臓が赫い波を全身に送り出し、それに応えて体が熱くなる。
喉元から放たれる黒い叫びに、意思を、体力を、血を、そして体を走る感情の全てを乗せていた。


遊大「……日…暮ええええぇッ!!!!」


日暮「さあ、始めよう…遊大くん!」


地面を蹴り飛ばし、目の前にデュエルディスクを構える。もはやそれが相手の命を奪うための剣のように、ディスクという鞘からカードの刃を引き抜く。


『樋本 遊大 10勝3敗 ☆:10
アオメ市立東雲中学校:1年
決闘杯・アオメ市予選:ベスト32』

vs

『日暮 振士 8勝1敗 ☆:10
参浜市立参浜第一中学校:1年
決闘王杯・チバ県予選:ベスト64』


スターチップを集め切った者同士の戦い。何も生み出すことのない、傍目から見れば無駄と言いようがないその戦い。ただお互いに見失いつつある感情をぶつけるだけのその戦い。ただ、合宿の参加券という命を賭けられているだけの争いが、ここに幕を開けようとしていた。

『『デュエル!!』』

幾度となくこの街で響き渡った、その掛け声。否応なく勝者と敗者を決し、いくつもの希望と絶望を紡いできたその儀の合図。ここに、限りなく終末に近しいこの時間に、そのデュエルの幕は開かられた。


TURN:1

日暮 振士(ターンプレイヤー)
LP :8000
手札   :5
モンスター:
魔法罠  :
Pゾーン  :
フィールド:

樋本 遊大
LP :8000
手札   :5
モンスター:
魔法罠  :
フィールド:


日暮「いくよ。遊大くん、きみの最高のエンタメデュエル…見せてね。」

そう言って、日暮は手札から1枚のカードを抜きだし、ディスクに差し込む。
同時にフィールドを囲むソリッドヴィジョンが大きく揺らぎ、その色彩を変えていく。

遊大「…!」

日暮「ぼくは手札からフィールド魔法《天空の虹彩》を発動。さあ、最高のステージにしよう…。
ぼくはPゾーンに《ペンデュラム・ウィッチ》を発動し、《天空の虹彩》の効果を発動。自分の表側表示のカードを破壊することで、デッキから《オッドアイズ》カードを手札に加える!」

映し出された光の柱がパリンと砕け、散ったその光は1枚のカードとなり、ひらひらと舞いながら日暮の手に宿る。そしてさらに手札から姿を見せる、2枚の新たなカード。

日暮「ぼくは、手札に加えたスケール8の《オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン》と、スケール1の《オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン》でPスケールをセッティング。
…これでぼくはレベル2〜7のモンスターが同時に召喚できる。さあ、いくよ…!」


◆P E N D U L U M◇


天から伸びる光。その中へ、日暮の手札より2体の竜が飛び込んでいく。揺らぐ天の振り子。雄々しくも美しく、遊大を見つめるその竜たちの瞳。テレビでも雑誌でも、都市伝説でも語られてきたその双色の眼を持つモンスターたちの存在に、遊大は戦慄していた。そして、そこに立つ日暮 振士という決闘者にも。


《オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン》 :◆8◇

《オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン》 :◆1◇


遊大「…やる気か!」

日暮「…揺らげ、魂の振り子。今こそ描きだせ、天の虹彩。…ペンデュラム召喚!!」

ゴウンゴウン、と天から伸びる振り子が揺らぎ、その門を開いた。フィールドに差し込む2色の閃光。遊大ですら初めて目にする、その召喚法。手札、EXデッキ、そしてフィールドを一つに繋ぎ合わせる、最高難度の特殊召喚。

日暮「現れろ、我が下僕のモンスター達よ…!
手札から《スピリチューアル・ウィスパー》!さらにEXデッキより現れろ、《ペンデュラム・ウィッチ》!」


《スピリチューアル・ウィスパー》(守)
☆4 風属性・鳥獣族/効果
ATK:200/DEF:2000

《ペンデュラム・ウィッチ》(守)
☆3 地属性・魔法使い族/ペンデュラム/効果
ATK:1500/DEF:800 [◆8◇]


遊大(これが…ペンデュラム召喚!!)

流星の如く日暮のフィールドに降り立ったそのモンスター達。しかし当然、それで終わるはずもないと、遊大も直感で感じ取っていた。それは数々の伝説を作った『ペンデュラム召喚』を相手取っているからこそ警鐘を鳴らす決闘者としての勘であった。

日暮「ぼくはP召喚に成功した《スピリチューアル・ウィスパー》と《ペンデュラム・ウィッチ》の効果をそれぞれ発動するよ。
…まずはチェーン2の《ペンデュラム・ウィッチ》の効果で、Pゾーンにセッティングされている《オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン》と自身を破壊する。」

煌びやかな笑顔を見せるマジシャン風の少女がその杖を翳す。杖の先から星やハートなどの輝かしいオーラが放たれ、《オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン》を包み込んで花火のように弾けた。

遊大(自分のカードを破壊…嫌な感じだな。)

日暮「…デッキよりレベル4以下のPモンスター、《竜剣士ラスターP》を手札に加える。
さらにチェーン1の《スピリチューアル・ウィスパー》の効果を解決。P召喚に成功した時、デッキから儀式魔法カードか儀式モンスターを手札に加える。ぼくは《高尚儀式術》を手札に!」

即座に日暮の手元に加えられる2枚のカード。ここで、遊大の中にあったある慢心と油断が消え去る。

遊大も、もちろんP召喚のシステムと方法は理解していた。Pモンスターという特異なモンスター達を利用すること。同時に何体ものモンスターを特殊召喚可能なこと。そしてその代償として多大な手札消費のリスクを抱えており、通常のデッキでサブプランとしての運用が難しく、専用の構築が求められること。

しかし逆説的に…

遊大(専用構築であれば手札の消費への対策はしてある…ってことか!!)

手札の多大な消費は公開情報を多く晒すことと同義であり、長期戦になった際にリソースや読み合いの観点から大きな差が生まれる。しかし目の前に立っているこのペンデュラム召喚の使い手は、想定しうるそのデメリットを克服しているのかもしれない。

遊大(手札消費4枚でP召喚して終わりじゃない…!サーチカードでリソースを稼いできている!それに…まだ展開が終わらない!!!)

ギラン…!

天へと伸びる光の柱。そこに写し出された、双色の竜の眼が輝く。現実に引き戻されるように、遊大もはっとそれを見上げた。

日暮「フィールドの《オッドアイズ》カードが破壊されたことで、《オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン》のP効果を発動。
…デッキより現れろ、《オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン》!」

白と浅緑の鱗を輝かせる、さらなる双色の眼の竜、軽やかにフィールドを走り、日暮の元へと駆け寄る。


《オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン》(守)
☆3 闇属性・ドラゴン族/効果
ATK:1200/DEF:600 [◆9◇]


日暮「さらにぼくは、《スピリチューアル・ウィスパー》と《オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン》をリンクマーカーにセット。」

フィールドに構える青い翼の鳥獣と、双色の眼の鱗はそれぞれ赤い光の鏃となって絡み合っていく。天に映し出される菱形の門に吸い込まれていくそれは、新たな命を紡ぎ出そうとしていた。

日暮「…リンク召喚。リンク2《クロシープ》…!」


《クロシープ》(攻)
L−2 地属性・獣族/リンク/効果
ATK:700 [↙︎・↘︎]


遊大「オッドアイズに…リンク召喚まで…!!」

「オッドアイズ」…その言葉を口にするたびに、体を何かが走るのを感じる。数々の戦いをその力とエンタメで生き抜き、もはや伝説となったモンスター達。それは恐れなのか、はたまたそのモンスター達の敬意なのか、わからなかった。しかしだからこそ、なぜ目の前の決闘者がそれを従えているのか、そしてすでにスターチップを10個獲得したもの同士のこのデュエルが、なんの意味を成しているのか、それを理解しようと巡る思考そのものが、遊大のデュエルへの集中を削いでいた。

手足のように操られるそのモンスター達に抱くのは伝説への失望か、日暮の苛立ちか、この決闘が始まる時すでに、冷静さなどというものをポッとりと落としてしまっているのは、彼自身がわかっていた。


わかっているからこそ、今一度問う。


遊大「…なんで!
なんでお前と戦うんだよ!!…意味わかんねえだろ!!!
なに…考えてんだよお前は!!!」


自分自身で、声が震えているのがわかった。なぜその声が震えてしまったのか、口にした時にはまだ理解していなかった。まだ…彼がその答えを明かすまでは。


日暮「なんで…か。」


日暮は顎に手を付け、俯き考える仕草を見せた。そして遊大に、彼に逆に問いを返す。


日暮「そうだね…遊大くん。キミはどうして…デュエルをしているの?」


聞いたことのある問いだった。戦友が問い、慕う仲間と共に向き合い、そしてついに自分なりの答えを出したはずのその問い。体を縛り付ける威圧感も、この瞬間だけは振り切らなければならない。もう迷わない。迷っている自分は、もうあの時に、あの決闘王杯市内予選の夜に置いてきているのだから。


遊大「…一番好きなデュエルで、誰にも負けたくねえ。…一番好きなことで、一番になるためだよ…!!」


声を振り絞って叫んだ。俯いた顔をあげ、自分はここにいるんだと、迷うことなく立っているんだと、そう訴えるように目の前の日暮を見た。しかし…

日暮「…そっか…。」

笑っていた彼を見て、体が固まった。
渦巻く黒い瞳。もはや濁りすらなく、ただただ輝きながら真っ直ぐに深淵を見つめるその瞳。どこまでも深いような、底がない洞窟のような眼。


日暮「すごいよ…!!
…運命だよこれは…一番だよ!!!
…一番の…輝きを見つめる決闘者でありたい。誰もが最も輝ける笑顔の渦の中にいたい。そうだよ…誰よりも輝ける人をこの目で見たい。誰よりも強く輝けるエンタメデュエリスト…何が立ちはだからろうと受け止め跳ね除け、自分の強さを証明し続ける…そして対戦相手も、オーディエンスも、全てを笑顔で輝かせる決闘者。

…ぼくは、そんな英雄の理解者でありたい!…一番のエンタメデュエリスト…そんな人を近くで見つめる人でありたい!」

体が凍りついてしまった。口を開けども、そこを出るのは言葉ではなく浅い呼吸だけ。理解しようとすることを拒んでしまうほどに、自分とはかけ離れてしまっている感情。だがしかし、だからこそそれがデュエルの原動力となり、彼の者を動かしているのならば、それはどれほどに大きなものか。なんの意味も成さないこのデュエルの理由がもしそれであるなら、それは彼の中でどれほど大きく膨れ上がってしまっているのか。

もはや考えるまでもなかった。吸い込まれてしまいそうで、その深く通った黒い渇望に目を向けることができない。目を向けられないからこそ、拒んでしまう。直視できないからこそ、恐れ排他し、それを、その黒く輝く純粋な理由を、拒絶してしまう。

遊大「…間違ってる…!」

日暮「…そうかもね。
…でも正しさじゃない。キミたちが勝利を、一番を求めるように、ぼくはその輪を見つめることを望んでいる。
キミが勝利を求めて、その上でぼくを否定するなら…それでもいい。ただそれには方法があるはずだよ。
勝利を、頂点を目指す者にのみ与えられる方法…有無を言わさず他者を否定し、自らの正義を押し通す最も簡単な方法が…。」

遊大「…勝ってみろってことかよ。」

日暮「…誰よりもそれを望んでいるのはキミだよ…。
それにぼくは言ったはずだよね。…それでも構わない…キミが輝けるなら。」

遊大「…お前、狂ってるよ…!!!!」

日暮「…同じことを言わせないでよね。
…自分の正しさを訴えるなら、デュエルで魅せてよ!!」

デュエルは終わらない。日暮は手札から1枚のカードを抜き出し、それをデュエルディスクにピシャリと打ち付ける。

日暮「ぼくは《ペンデュラム・ウィッチ》の効果で手札に加えた《竜剣士ラスターP》を、Pスケールにセッティング。…さらにその効果を発動!」

天へと打ち上げられ、光に照らされる竜の剣士。その下には『5』の文字が刻まれている。


《竜剣士ラスターP》:◆5◇


日暮「ぼくはレフトPゾーンに発動中の《オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン》を破壊し、デッキから同名・2枚目の《オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン》を手札に加える。」

左に聳える光の柱がバリンと砕かれ、燻んだ銀色の鱗と双色の眼をもつ竜の姿がじんわりとその屈折の中で2つに割れる。一つは彼のEXデッキに、もう一つはその手札に加えられた。

日暮「…さあ、最高のデュエルにしよう。」

日暮が手札の1枚の握りしめ、今一度その笑みを浮かべながら遊大にそう投げかけた。瞬間、空気は震え始め、呼吸が浅くなっていくのが自分でもわかった。確実に彼の手の中で胎動している、新たな脅威。エースモンスター級のそれが、今目覚めようとしていた。

遊大(来やがる…!)

日暮「ぼくは手札から…儀式魔法《高尚儀式術》を発動。手札から、儀式モンスターと同じレベルになるように通常モンスターをリリースし、儀式モンスター1体を、デッキから儀式召喚する…!」

フィールドに、白緑色の炎がごううっと舞い上がる。日暮が手札の《オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン》のカードをそこへとぽとりと落とすと、その炎はフィールド全域を包み込んでしまうほどに大きく弾けた。

遊大「儀式召喚を…デッキから!?」

燃え盛る炎のうちより、けたたましい咆哮がその場に響き渡り、大地を揺らす。火炎の中で蠢く巨影。その瞳が、ギラリと双色に輝いた。

日暮「双色の眼の竜よ…。今、大地より解き放たれ、理結ぶ引力を目覚めさせよ…!
《オッドアイズ・グラビティ・ドラゴン》!」

弾ける大地と舞う土煙。そしてその奥に全貌を露わにした《オッドアイズ・グラビティ・ドラゴン》。岩を彷彿とさせるような堅牢な鱗。そして双色に輝ける瞳。巨木のような足は大地を貫き、要塞とも呼べるような重圧を誇っている。


《オッドアイズ・グラビティ・ドラゴン》(攻)
☆7 地属性・ドラゴン族/儀式/効果
ATK:2800/DEF:2500


ビリビリと大地を伝い、体に走る緊張感とその威圧。今や伝説となりつつある《オッドアイズ》のモンスターたち。その中でも、現実は愚か話でも都市伝説でも語られることのなかった『儀式』の《オッドアイズ》。対峙していて伝わってくる。これは本物の力だと。尻込みする自分の中に、見え隠れした日暮の狂気が波打っているのはわかっていた。だがしかし、それをわかってなお…

遊大(手が…震えてんのか…くそ!)

日暮「ぼくは、リンク先に儀式モンスターが特殊召喚された《クロシープ》の効果を発動。デッキからカードを2枚ドローし、手札を2枚捨てる。
…よし。EXデッキに表側表示のカードが3種類以上あることで、ぼくは《ペンデュラム・ホルト》を発動。さらにデッキから2枚ドロー。」

遊大「リソース確保もバッチリかよ…!」

日暮「キミの展開を迎えるためにはこれぐらいしないとね…ぼくはこれでターンエンド。」


ターンが切り替わり、デッキの上のカードへと手を伸ばす。拒絶と怒りと勝利への渇望と使命感。自分の中に渦巻く感情の波が、自分を陥しめてしまう可能性など、とうに捨てていた。浅い呼吸と共に、そのカードを引き抜く。

遊大「おれのターンッ!」


TURN:2

樋本 遊大(ターンプレイヤー)
LP :8000
手札   :5→6
モンスター:
魔法罠  :
フィールド:

日暮 振士
LP :8000
手札   :2
モンスター:《オッドアイズ・グラビティ・ドラゴン》《クロシープ》
魔法罠  :
Pゾーン  :◆ 《竜剣士ラスターP》◇
フィールド:《天空の虹彩》


遊大の中で脈打つ赤黒い波。時計の針はすでに12:48を指している。だからこそ本能的に彼の脳は一つの結論を弾き出していた。『勝たなきゃ』と。

遊大「おれは《化合獣オキシン・オックス》を通常召喚!
そんで、永続魔法《工作箱》を発動!さらにその効果をはつど…」


《化合獣オキシン・オックス》(攻)
☆2 風属性・獣族/デュアル/効果
ATK:0/DEF:00

フィールドに現れた現れる緑色の毛皮を燃やす獣。体の中に『O』を模った核を秘め、燃ゆるその角を日暮へと向ける。しかしその瞬間…

ガクン…!!

フィールドにカードを打ち付けたその刹那、彼の足がガックリと膝をついた。いや、膝をついたのではない。膝をその場に『落とした』。

遊大「…!?」

ビリビリと体に押しかかる重み。重力とでも言おうか、気を抜けば全身を地面に叩きつけてしまうほどの凄まじい重さが、彼の体から自由を奪う。同時に彼を睨みつける双色の眼に気がついた。絶対にこれは自然現象や地震なんかじゃない。そこにいる、堅牢なその竜がそれをもたらしている。そんな確信が彼の脳をよぎった。

日暮「…相手プレイヤーは500LPを払わなければ、あらゆる効果の発動ができない。
そういう効果なんだよね。…《オッドアイズ・グラビティ・ドラゴン》は。」

遊大「く…そ…アリかよそんなの…!!」

降り頻る重さの波の中、ガクガクと足を振るわせながら、万力のような力を込めて立ち上がる。喉を振るわせ、その発動を宣言した。

遊大「…《工作箱》の…効果ッ!!
デッキから2種類の装備魔法を提示!!…そのうち1枚を、ランダムに手札にッ!!」
LP:8000→7500

ピピピ…とLPの減衰をディスクが伝える。
同時に映し出されるソリッドヴィジョン。そこに刻まれるのは《フェニックス・ギア・ブレード》と《アサルト・アーマー》のカード。忙しく掻き回されたそれらの1枚は、震える遊大の手に加えられる。

遊大(やってくれやがる…毎度これかよ!!)

生まれたての子鹿のように足がガクガクと悲鳴をあげる。だが、弱気など吐いてはいられない。怒りとアドレナリン、彼を動かす感情がその痛みとLPを顧みない精神を生み出していた。新たなカードを握るたび、その重さが全身を押しつぶさんとするこのフィールド。足をガンガンと殴り、手札からカードを抜き出す。

ズン…!

遊大「…お…れは!…《トレード・イン》を発動っ!!
手札からレベル8の《フェニックス・ギア・フリード》を墓地に送り、カードを2枚ドロー!」
LP:7500→7000

時間は止まらない。身を貫く重力に苦しんで勝負しようが、目の前の決闘者がの思想に自分を押し潰されようが、それは絶対に変わらない。だからこそ、このターンで勝負を決めなければならない。そんな思いが彼を動かす。

遊大「フィールド魔法《化合電界》!!
…さらに《化合獣オキシン・オックス》を通常召喚し、さらに再度召喚ッ!」

フィールドを赤と青の波が包み込む。その中で《オキシン・オックス》の体があざやかな炎を放ち、より強く咆哮した。

日暮「…《化合電界》に《化合獣》の再度召喚。まさにキミのデュエルのゴールデンルートじゃないか!さあ、もっと見せてよ…ぼくはまだ、倒れないよ!」

たじろくこともなく、自分を恐れることもしない。今、自分は日暮という存在に身を震わせ、その考えを、彼の戦う理由を否定しようとしているのに。それに気づいた自分に唇を噛み締める。カードを持つたびに、ズンと身を潰す重さに、地面が割れる。しかし構っていられない。

遊大「…《オキシン・オックス》、の…効果!
手札から…《進化合獣ヒュードラゴン》を特殊召喚し、2体のレベルを8に変更ッ!」
LP:7000→6500

フィールドに浮かび上がる『HOH』の核。それを囲うようにして水の渦が発生し、やがてその流れは4つの首を持つ竜へと姿を変える。


《進化合獣ヒュードラゴン》(守)
☆2 水属性・ドラゴン族/デュアル/効果
ATK:200/DEF:2800


遊大「はぁ…はぁ。
これでレベル8モンスターが2体ッ!おれは《化合獣オキシン・オックス》と《進化ご…」

2枚のカードを合わせようとしたとき、EXデッキが開かないことに気づく。単にそれは、まだ遊大へと優先権が写っていないことを意味していた。日暮の墓地で赤黒く煌めく、1枚のカード。それに目を向けた瞬間、彼に戦慄が走る。

日暮「…ぼくは墓地の《嗤う黒山羊》の効果を発動!
墓地のこのカードを除外することで、このターン、名称を宣言されたモンスターは、フィールドで発動する効果の一切を封じられる…!」

遊大「そんなカード…一体いつ墓地に…!」

そう言った彼の脳裏に、1ターン前の光景が走る。《オッドアイズ・グラビティ・ドラゴン》が降臨したその直後、彼があらかじめ呼んでいた《クロシープ》というリンクモンスターの存在。


『《クロシープ》の効果を発動。デッキからカードを2枚ドローし、手札を2枚捨てる。』


遊大(くっそ…何忘れてんだ!おれは!!)

日暮「…見てきたらね…ぼくだってわかる。カード名《超化合獣メタン・ハイド》を宣言。
さあ、これでぼくの効果処理は終わったよ。もちろん…まだ魅せてくれるよね。」

EXデッキがガチャリとその口を開き、1枚のカードが飛び出す。しかし、そこにあるのは色を失った《超化合獣メタン・ハイド》の姿。辛酸を噛み締めながらも、勝つための可能性を秘めたそれを、がっしりと掴り込んだ。

遊大「…おれは、《ヒュードラゴン》と《オキシン・オックス》、この2体をオーバーレイッ!!」

重なり合う2枚のカード。2体のモンスターはそれぞれ青と緑の光を放ちながら螺旋を描き、それはやがて光の渦の中に吸い込まれていく。渦巻く光は熱と冷気を帯びて弾ける。その奥に胎動する遊大のエースモンスター。進化を遂げた化合獣、その力が混じり、繋がり生まれる化合の魔獣。

遊大「燃ゆる魂と凍てつく意志繋ぎ合わせ、今、弾けろ!!エクシーズ召喚!!
ランク8《超化合獣メタン・ハイド》!!」


《超化合獣メタン・ハイド》(攻)
★8 炎属性・獣戦士族/エクシーズ/効果
ATK:3000/DEF:3000


混沌たる光が弾け、けたたましい咆哮が響き渡る。青い翼と赤い牙を携え、そのモンスターが姿を現した。さらに、それだけではない。遊大の手に握られた1枚のカード。それが真価を発揮せんと光輝く。

遊大「おれは…《死者蘇生》を発動!」
LP:6500→6000

身を打ち付けんとする重力の中で、墓地に眠るそのカードに手を伸ばす。つかんだそれは炎を逆巻き、囂々と燃えながらディスクに打ち付けられた。揺らぐ炎のうちより影を見せる不死鳥の騎士。遊大の魂のカードにして、そのデッキの切り札。

遊大「…いくぞッ!!
不死鳥の翼宿し戦士よ。その剣で闇を切り裂き、色褪せた世界を赤く塗り上げろ!
《フェニックス・ギア・フリード》!!」


《フェニックス・ギア・フリード》(攻)
☆8 炎属性・戦士族/デュアル/効果
ATK:2800/DEF:2200


巻き上がる紅い炎の中で、化合の魔獣と不死鳥の騎士が真っ直ぐに構える。それを背にする遊大の瞳は、真っ直ぐに日暮を睨みつけていた。これまで遊大の背中を押し続けてきた勇気と情熱の炎が、今日この時に限っては、地獄の業火とも言えるほど強く燃え上がる怒りの炎であるように、彼自身思えた。


遊大「おれは…手札から《フェニックス・ギア・ブレード》を《フェニックス・ギア・フリード》に装備。
…これで攻撃力は3100まで上がり、さらに2体とも連続で攻撃ができる!!」


《フェニックス・ギア・フリード》(ATK:2800→3100)


遊大は、ゆっくりと彼のもとへと歩き出す。そこにある怒りは、もう誰にも止められないと、そう自分でも思っていた。フィールドに聳えるモンスターと、《フェニックス・ギア・ブレード》。もはやこのターンで仕留めんと言わんばかりの、殺意とすら言えるほどの威圧がフィールドを震わす。




『…素敵だ。』



煌々とフィールドを照らす炎の中で、ぽつりと日暮の声が響いた。
水面に意思を投げ込むように、小さく響いた言葉。ただの一言。
どくん、遊大の心臓が脈打った。赤く濁った心の水面に落とされたのは、しがなくたった一つの形容でしかない、小さな言葉。しかし怒りに囚われていたからこそ、相手を拒絶せんと、討倒さんとしていたからこそ、それは重くずんと沈み込むように遊大の中に染み渡る。



遊大「…は?」



唖然とした遊大を前に、日暮は黙っていた口をゆっくりと開き「素晴らしいよ。」と放った。自分に向けられたその巨大な炎の輝きなのか。遊大自身が穿とうとしているその事実なのか、しかし確かに、エース2体という光景を前にして、目の前の決闘者は恍惚とした表情を浮かべていた。



日暮「ぼくが見たかったのは…これなんだ。
…本当に…本当に…キミとデュエルができてよかった。
一度追い込まれた盤面を巻き返し、華麗な戦術で…今やぼくのLPにまで届きうる刃を見せている…!
これが…これがこれが!
最高のエンターテイメントだよ…!!」



その目は、どこまでも続く黒い道のようだった。しかし、同時にまるで宝石のように曇りなく、黒い瞳の中に燃え盛る業火を写しチリチリと輝いている。スター選手を見つめる少年のように。ヒーローを見つめる幼児のように。


遊大「…ッ!」


まるで、子供のようだと、そう思ってしまった。
あまりの純粋さに、言葉を発すことができなかった。瞬間、自分の中で芽生える行き場のない気持ち。
「おれは何かを見落としているのかもしれない。」「なんでそんなにも純粋な目でおれを見れるのか。」どくどくと傷口から溢れる血潮のように、心の赤黒い汗が滲み出る。

うっとりとそれを見つめる日暮を前にして、渦巻いていた怒りが、行き場を失いかける。崩れゆく情緒は、その者に冷静さなど与えない。滲み出る感情の波の中で、自分から目を背けるように叫んだ。


遊大「…お前…なんなんだよ!!
…負けるんだぞ!?…おれが、お前のデュエルを否定しようって…それでいいのかよお前!なんでそんな顔できるんだよ!!」


日暮「なんども言っているよ…それでも構わない、って…。
だから見せてよ…最高に、一番を目指すキミが為す最高のデュエルを…!!
キミが一番輝く…そうさ、エンタメデュエルを!!!」


ぎりり…と、今一度歯を奥歯を噛み締めた。勝利は目前であるのに、自分は勝てるはずなのに、何かが間違っていたのかもしれないと、そんな釈然としない感触が体の中で暴れ出す。でもそんな自分を抑えつけるように、その攻撃を叫んだ。


遊大「おれは…ッ!!
《超化合獣メタン・ハイド》で、《オッドアイズ・グラビティ・ドラゴン》を攻撃ッ!!」


化合の魔獣の右腕に、空気を震わすほどの冷気と蜃気楼すら起こせるほどの熱が込められ、爆音と衝撃がその右腕を輝かせる。魔獣の叫びが大地を震わせ、その一撃を双色の眼の竜へと叩き込んだ。

《超化合獣メタン・ハイド》(ATK:3000)
《オッドアイズ・グラビティ・ドラゴン》(ATK:2800)

フィールドを駆け巡る衝撃が、その戦いの激しさを物語る。幾度となく衝突する2対のモンスターの攻防、その果てに、《オッドアイズ・グラビティ・ドラゴン》の巨体が、《超化合獣メタン・ハイド》の一撃によって貫かれた。

日暮「ぐはっ…!!」
LP:8000→7800

焼けつくフィールド。モンスターは弾けた光が、灰のように対峙する二人の決闘者の間に降り注ぐ。熱と冷気を携えた衝撃が日暮のLPを抉り取った。日暮の表情は、淀みなく、純粋にデュエルを楽しむその瞳で彼を見つめていた。同時に、心の臓腑が大きく鼓動するのを感じた。…なぜ。

遊大「続けて…《フェニックス・ギア・フリード》の攻撃。
…ゴッドブレイズクローズ…!!」

《フェニックス・ギア・フリード》。不死鳥の剣をその手に握り締めた白銀の騎士が、その鎧から炎を滲ませながら《クロシープ》の元へと斬りかかっていく。

《フェニックス・ギア・フリード》(ATK:3100)
《クロシープ》(ATK:700)

為すすべのないそのモンスターは、小さく怯えながら叩き切られ、光の粒へと昇華していった。2000を超える大ダメージ。ソリッドヴィジョンとはいえ、演出用の衝撃とはいえ、日暮の体が背後へと大きく吹っ飛ばされる。

日暮「うッ…。」
LP:7800→5400

手に汗がじっとりと滲み出る。
…なぜ。先に進むために勝たなければならないのに。なぜ。自分の中に行き場のない悔しさとやるせなさが渦巻く。
まるでその攻撃が、その一発一発が、自分の拳から放たれているかのようであった。殴りつける日暮の肌の暖かさえ伝わってきてしまうほどに、生々しく痛々しい攻撃であった。


遊大「く…そ…!!」


誰かを否定する闘い。対戦相手の意思を、魂を拒絶するための決闘。ただ純粋に「一番好きなデュエルで、一番になる」という自分の想いを胸に闘い続けた遊大という一人の少年にとって、そのデュエルで相手を拒絶することは、彼の感じている以上に、その身と精神の重みになっていた。


遊大「……なんで…!!!」


遊大の声が、攻撃が、止まる。
目を閉じ、拳を震わせる遊大を前に、倒れた日暮はゆっくりと立ち上がった。遊大を見つめる彼の目は、儚く潤んでいた。まるで全てを察したかのように。目の前の樋本遊大という決闘者の中にある感情を感じ取ってしまっているかのように。


日暮「キミは…優しいんだ。
…そんな顔を、しないで…。ぼくはまだ…もっと輝いているキミを…見たいんだよ!」


日暮の口からボロボロと溢れる言葉。遊大はそれを聞いた瞬間、自分の中にある何かが弾けてしまったような気がした。身の中で暴れている、情けない自分。『デュエルで相手を拒絶する』などと似合わないことを言っておきながら、それにやるせなさを感じている自分。意思の弱い自分。それに蓋をするように、自然にそれは口から飛び出ていた。


遊大「だから…なんで…!
なんでそんなことを言えるんだよ…!!!」


言葉はまだ、理解も拒絶も許さなかった。
遊大はフィールドの《フェニックス・ギア・ブレード》へと手を伸ばし、それを墓地に送った。そしてディスクに映し出されるモンスターに、再び攻撃可能であることを示す剣のアイコンが表示された。ソリッドヴィジョンによってフィールドに構えているモンスターも、今一度立ち上がりその刃を日暮の目の前に突きつける。

自分はこの期に及んでまだ、目の前のことを理解しようとも、拒絶しようともしていない。半端な場所に立ち尽くす樋本遊大という決闘者に目を覆うように、渦巻くノイズを掻き消さんと、叫ぶことしかできなかった。


遊大「もう…終わらせてくれ!!
《フェニックス・ギア・ブレード》を装備解除…ダイレクトアタック!!!」


続く
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