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HOME > 遊戯王SS一覧 > 69話 血みどろの歯車

69話 血みどろの歯車 作:コングの施し

アカデミア合宿で嬢のデュエルを咎めたデュエルマフィア、龍血組。彼女の実父であり組の長である龍剛院 栄咲は、その身柄を押さえ、さらに彼女を探す遊大たちの存在すら排除しようと画策する。龍平と小金井、2人の戦いの最中、遊大と荒田の戦いも同時に始まろうとしていた。彼が見せた命がけの覚悟、その真相とは。







遊大は、3階の階段を飛ばしで駆け降りる。運動は得意というわけでも、苦手というわけでもない。しかしここで命を張らずにどこで張るんだと言わんばかりに、じんじん痛む足で踊り場の床を踏んづけた。

遊大(今のおれの役割は……!!)

阿原と遊大のデュエルが終幕し、時間にして3分弱、龍血組の手の男たちが学校の各出入り口を張っている。そして正面玄関を蹴破るようにして、その男は彼らの学び舎へと足を踏み入れた。

『……いるんだろう?聞こえているんだろう……なあ、ガキども!!』

遊大が踏み込んだ2階のフロア。そこからでも声が男の声が響いているのが聞こえる。上の2人はうまく逃げることができるだろうか。階段を登ってくるこの男は、自分たちの計画をどの程度まで把握しているのだろうか。

遊大(足止め……だよな。)

生きて、帰ることができるのだろうか。
今まで自分が経験したことのない恐怖と焦燥で呼吸が浅くなる。息を切らし、意識が朦朧としていく。怖い、逃げたい、今すぐにでも家に帰りたい。また戦友たちと笑い合って、お互いに認め合ってデュエルをする、そんな日常に戻りたい。震えが止まらない肩を、誰かがポンと叩いた。


『____遊大くん、変わろうか。』


振り返った先には、見知った顔があった。そうだ。ここまで来た彼らも、この状況に納得なんかしていないんだ。それでも自分が請け負わなければならない役割の重さを知っているから、彼は今こうして自分の肩を叩いている。手の震えは止まらない。彼は優しいから、誰よりもデュエリストの輝きを大事にする彼だから伸ばせた手だ。自分にはきっとできないことだ。でも、やらなければ。

遊大「………いや、手筈通りに行こう。

____後ろ頼んだぜ、日暮!!」

そう言って、自分のポケットから先ほどデッキから抜いたカードと同じ枚数のカードを補填し、デュエルディスクを装着する。日暮は自分の覚悟を汲み取ってなのか、優しく微笑んで背後突き当たりの階段の方へと走っていく。

学校には各階の階段と廊下の境界に防火シャッターが存在する。昔こそ手動で動いたそれは、煙や高音を検知してやっと手動で閉鎖が可能になる。要するに火気と簡単な日用品と工具箱の1つでもあれば閉鎖自体は難しくない。封鎖後に人が出入りするようの防火戸もあるが、逆にそれさえ塞げば簡単な密室状態となる。

荒田「お……いたいた。」

遊大の背後のシャッターが閉じていく。まるで逃げ道を塞ぐように。正面方向の階段をずんずんと登ってきた男。今しがた自分たちを叫んだのと同じ男だ。体の大きさは190cmはあるだろうか。分厚い胸板に白いシャツとベストをぱんぱんに着込んで、いかにも屈強といった感じがする。オールバックに口元には火の消えていない煙草が闇夜の校舎の中で赤く光っている。


荒田「なんだよ……樋本遊大しかいねえじゃん。いるはずだろ、もう一人。いや二人か?」


暗い校舎の中を、赤い光が進んでいく。もう4メートルほどの距離だろうか。窓から入り込む三日月夜の光は弱すぎて、煙草の炎の方が明るく見えるほどだった。
茹だるような暑さに包まれて、2人の男の地獄のような戦いが始まる。







日暮『ぼくは反対だね。
…………キミ1人を学校に置いておくなんて正気じゃない。』

竜也『………考え直せ、樋本。』

遊大「………。」

時は、数時間前まで遡る。ディスクの画面を立て掛け、それに食いつくようにして腰掛ける遊大。画面に映っている2人の男が彼を睨みつけている。遊大は黙り込んで俯いた。ことの発端は龍平の行動であった。黙っていなくなったわけではない。竜也と遊大、ましろ、そして日暮に、自分は1人でも嬢を探し出すと、デュエルマフィアの者へとデュエルを挑むと、そして計画の一端を残してディスクを片手に街へと姿を消した。

遊大「竜也プロ………龍平を助けるのがあなたの目的でしょ。
あいつのディスクの位置情報だってわかってるって言ったじゃないですか。でも龍平を止めに行かないのは、嬢を助けるっておれ達の目的には賛同しているからなんでしょ!!?」

竜也『………無論、自分の倅は助ける。
それでも、どれほど短くとも、龍剛院も私の教え子だ。
____私と龍平が共に彼女を助けたいのはお前の言う通りだ。2人とも助ける、そのために私は動く。』

遊大「………だったら!!」

日暮『だったらキミの無茶は看過される、って言いたいのかい?』

遊大「いやそんな……そうだよ!!
2人とも、龍平も嬢も守るんだったら、その可能性を上げない手はないはずじゃんか!!」

日暮『はぁ………。
大人を困らせるもんじゃないよ、遊大くん。』

遊大「……。」

竜也『………守る人間は、少ない方がいい。
こんなこと、年長者の私が言うことではないのはわかっている。樋本、お前が動くことで、私が守らなければならない人間は2人から3人へと変わる。
………それは、避けたいんだ。』

遊大はしばし黙り込む。その発言で、気づかされたのだ。自分の言動が、行動が、思考が、稚拙で未熟なことに。彼は、大石 竜也という男は、プロデュエリストである前に、父親である前に、大人なのだ。子供を守るのは大人の役目だ。それでも自分自身が人間で、そして年を重ねてきたからこそ、可と不可のラインがわかっているんだ。
子供の自分を、守るためにこう言っているんだ。

日暮『______とはいえ、ですよ。』

沈黙を、日暮のおとなしげな声が破った。そのディスクに映った日暮は、今までに見たことのない顔をしていた。それは悔しさなのか、怒りなのか、わからなかった。表情でいつもとどこが違うかと問われれば、目が違う。いつものように、暗い洞窟を見つめる好奇心の塊のような瞳じゃなくて、同じ深さでより激しく荒れる嵐の奥を見つめるような、そんな瞳。

日暮『ぼくも、彼らが龍剛院さんにしたことを看過してるわけじゃない。
もしも、現実的にですよ。学校で待機している中でぼくらと遊大くんとが別行動になるようなことがあれば、ぼくは彼と一緒に動きます。

____苦労を増やしてごめんなさい。』

遊大「……日暮。」

竜也『………良い筈がないだろう。』

日暮『ぼくと遊大くんは、あなたの息子でも教え子でもない。ただの悪戯小僧ってだけです。それを守る義務も、あなたには無い。
それにまだ学校に残るって決まったわけでもないですしね。』

竜也は顔を顰める。無論であった。助けられる保証がない。ましろは律歌を連れて市外へと退避、そして同じように、自分にももう1つ大きな役割がある。それはは変わらない。変えられない。しかしそこに犠牲が伴ってしまうのであれば、自分にできることは何なのだろうか。まるで子供達の命を天秤にかけるような、残酷な選択を強いられているようだった。







日暮(2階フロアに入った人間を1人でも足止めするって、全く無茶をする。
………『こんなこと』、する側の気持ちにもなって欲しいよね…!!)

日暮はシャッター横の防火戸のケースロックとノブをチェーンロックで繋ぐ。もとより学校で待機していたのは阿原と遊大のみ。2人を回収するような形で、竜也と日暮自身が学校へと来る手筈になっていた。シャッターの内側、確実に遊大と組の者が対峙している。3階の2人、阿原と竜也は救護袋で脱出の最中である。せめてこの2階の2人で、それぐらいの時間は稼がないといけない。

荒田「______いるはずだろ、もう一人。いや二人か?」

遊大「………なんだ、人数も把握してないのかよ?」

遊大はシャッターの奥で、震える声で、しかし挑発的にそう唱えた。怖いんだ、当たり前で、そのはずだと喉からこぼれそうで右手で口元を塞いだ。でもここが彼の正念場で、時間稼ぎこそが小目標となっているから、なるべく長時間にわたって拮抗状態を維持しなければならない。

荒田「おうガキ、いいねえ元気で。」

遊大「あんたも正直でいい感じじゃんか、おっさん。」

遊大はそう言って、自分の腕に装着済みのディスクを構えた。モーメントの起動音と同時に、日暮はシャッターの奥で階段を駆け上がる。階下は出入り口が組の手の者で塞がれている以上、会敵の可能性がある。3階に回り道をしながら、遊大が対峙している男の背後側、つまり現在地とは反対側のシャッターを目指す。

荒田「……あ?」

ダダダ…という音に荒田が遊大の背後のシャッターを凝視する。荒田の役割は学校にいる樋本 遊大、阿原 克也、そして可能であれば行方が追えていない日暮 振士と花海 律歌の身柄を押さえること。県警の監視が外れている2時間の間に、全てを済ませるのが龍血組の最終目的である。

荒田「やっぱいるじゃねえの。シャッターの奥のやつでも守ってるつもりか?」

遊大「なんだよ、聞きたいことなら『コレ』で決めんのがあんたらのやり方だろ?」

遊大はそう言って、改めてディスクを構えた。自分のデッキをトントンと人差し指で叩く。それを見た荒田は豆鉄砲を喰らったような顔をした。

荒田「………?………ああ…、」

荒田は間が悪そうに天井を見つめながら頭をポリポリと掻いた。手を下ろすと、そのまま遊大の前に歩いてくる。鼻につくタバコと嗅いだこともないような何か植物のこげた匂い。その大きな体が遊大の目と鼻の先に迫ったところで、男はその左上でを遊大の前に掲げた。

荒田「俺のディスク、データ運用式の最新モデルなんだよ。
………なんでかわかるか、樋本 遊大?」

目の前にある、空中投影式の新型ディスク。リンクヴレインズ及びマスターデュエルへの接続を前提に設計されたモデルであり、現実でのデュエルで見かけることはあまりない。まず現実競技では実体式のモデルを使用することが義務付けられており、かつ現実で使用するとかなりバッテリーを消費する。

遊大「………なんだよ、ミーハーか?」

荒田「なかなかユーモアがあるやつだな、お前。」


………ばがーん!!
男がそう言ったとき、頭の後ろの方でそんな音が響いた。気づけば男と遊大自身の間の距離がだいぶ開いている。何が起きたのか頭が理解できずに、男の方へと駆け出そうとした時、その足が動かないことに気づいた。

遊大(………え?)

男が自分の元へとまた歩いてくる。口がぱくぱくと動いている。それなのにどうして、自分の耳にはその声が届かないのか。耳に入ってくるのは鼓膜を突き破らんばかりの耳鳴り。全身に熱が走っているのか、相対的に夏の校舎内だというのに空気が冷たく感じる。体の神経の、その1つ1つが鋭利になってヒリヒリと麻痺しているのがわかる。

遊大(ああ………やっべ。)

空気が冷たく感じる。冷静になっていく頭の中で、だんだんと自分の置かれた状況を理解する。なんで全身が寒く感じるのに、顔の下半分が熱湯をかけられたみたいに熱いのか。なんで今迫ってきているあの男の左腕が赤く染まっているのか。そうだ、もとより話なんか通じる相手じゃなかったんだ、と。

遊大(………手の甲で殴られた……の?)

ディスクを自分の前に掲げたのは、その拳を自分の顔面に叩き込むため。そして新型の投影式ディスクを使用するのは、ステゴロで優位性を保つため。それが今、文字通りに自分の身を持って理解できた。そしてもう一つ、理解できてしまった。

遊大(………これ、本当に死ぬんじゃ…!?)

現に頭だけがずっとぐるぐると動いている。それなのに、指先の1ミリたりとも動かすことができない。きっとアドレナリンが脳内に爆発的に分泌されているのだろう。そしてきっと、この状況は長く続かない。直感で理解できる。体に力が入らないのだ。きっと思考にも靄がかかってくる。そんな自分にはお構いなしで、男は自分の前まで迫ってきているというのに。

荒田「……聞こえてる?」

耳鳴りの中、声がかすかに聞こえた。男の腕が自分の頭の上にある。びりびりと痺れる全身の中で、頭のてっぺんが焼けるように熱い。髪の毛を掴んで自分の体を持ちあげているんだ。全身の痺れがだんだんと取れてきて、それが鈍い痛みへと変わっていく。鼻の頭から顎にかけてと後頭部、そして当然のように打ち付けられた全身が満遍なく引きちぎれそうなほどに痛む。

遊大「ぃ………で……!!」

声を出すだけでも痛い。髪を引っ掴んで自分と視線を並べた男は、声を振り絞った自分を見て笑っている。脳みそが状況を整理を完了したのだろう。きっと10秒もしないうちに、凄まじい痛みと同時にぐちゃぐちゃになった感情の洪水が起きる。そう本能が感じる。これは死への警鐘だ。

遊大「い、や………だ、死に…たく………な…………。」

土壇場に立たされて自分が思うことはせいぜいこんなところだった。結局自分はどうしようもなくガキだったんだ。恐怖からの逃避欲、そこに後悔が横入りしてきてようやく100点の一般人だ。体に万力のような力を込めれば、腕の一本くらいは動くかもしれない。でもそれが命を縮めることも、これ以上味わいたくもない激痛への特急券なのも理解している。

荒田「おい、聞こえてんの?
どうやったら上の奴は出てきてくれるわけ?あとまだ1人くらいいるよな?」

男が髪を引っ掴んで持ち上げた自分の体をゆらゆらと揺さぶる。同時に生まれる焼けるような痛みが遠のく意識をこの世に掴んで揺さぶっている。死への絶望と生きた世界への後悔。こんな場所になんか来なければよかった。いつまでも笑って、デュエルをして、そんな世界に生きていたかった。どうしてこうなったんだろうか。どこから狂ってしまったんだろうか。この東雲中で、デュエル部を継いで、そしていろんな人と出会って、でもその中で道を誤ってしまったんだろうか。嬢と、彼女との出会いすら間違っていたのだろうか。彼女と出会うこともなければ、今自分がこうしていることもなかったのか。そうだ、彼女と出会うことが無ければ。





『_________遊大くん!!!!』





戦友の声が、自分の意識を引き戻した。その声と同時に、男が掴んでいた自分の頭をパッと話す。着地なんてできるわけもなく、自分の体はうつ伏せの形で力無く落下する。声の方へと走り出す男。そしてその先にいる、日暮。

遊大(_____日暮?)

思い出せ。自分の役割を。自分で決めた役割を。ここで一人でも足を止めるんだ。この男を、彼の元には行かせない。自分達とこの男が対面し続けること。それがこの2人に課せられた全てだ。日暮と遊大自身が組の者たちのターゲットならば、2人が動かずに半ば籠城の形を保つことが、盤面全体の龍血組の人の移動を遅くする。足止めでいい。自分たちの思いを抱えたカードたちは、もう運び屋たちが持っている。

遊大(____ごめんな、嬢………!!)

戻った意識、立ち上がった足で考えたのは、仲間への謝罪だった。彼女の存在を、彼女と仲間と歩み続けた戦いのロードを、一瞬でも否定してしまったから。自分たちで選んだことだ。自分たちで進んだ道だ。だったらここで、足を動かさない理由にはならない。

荒田「………なんでここに……?だがお前が、日暮 振士だな!!!」

日暮「……ご対面……!!」

男が日暮の元へと着くよりも早く、自分の足を動かせ。踵が床に衝突するたびに、意識が飛びそうになるほどの痛みが全身を駆け抜ける。まるで横スクロールゲームのダメージ床みたいに、地面が燃えているのかと錯覚するほどに。間に合えと必死に喉の奥で唱える。運動は得手では無くとも、まだ男も自分も走り出し始めである。距離は反対側のシャッターまで長い。死ぬ気で飛びかかれば、脹脛くらいなら掴めるかもしれない。

遊大「シャッター下ろせえええええーーーー!!!!」

男を追走する自分。その様を険しい表情で見つめる日暮がいる。必死に叫んだ。そうでないと、先刻まで体を縛り付けていた恐怖が自分の足を絡め取ってしまうから。躊躇っている暇はなかった。

荒田「____ああ!?」

男が振り返る。数十秒前に顔面に拳を叩き込んで失神寸前まで追い詰めた餓鬼が元気一杯に走っているのだ。一瞬の思考の停止なのか、男の走る勢いが止まる。今しかない。今しか許されない。きっと全身に力を込めていられるのは今が精一杯だから。

遊大「うぉあああああああああーーーーーー!!!!」

足に万力のような力を込めて、男の膝裏へと飛びかかる。がっしりと掴んだ反面、蹴り上げられた踵が腹へと食い込んで息ができなくなる。同時にガラガラと閉じていくシャッター。手元に調理用のバーナーをかかえ、男を睨みつける日暮の顔が、そのシャッターと共に姿を消す。男は足にしがみついた遊大を引きずるような形でシャッターへと進んでいく。止まらない舌打ち、進みながら、しがみつく遊大の肩を何度も何度も膝で打つ。


荒田「はぁ、はぁ……!!……クッッッソガキが____!!!」


そんな声と共に、防火シャッターが完全に閉じた。同時に隣の防火戸の方からガシャんとチェーンの施錠音が鳴り響く。男はその拳で何度も何度もシャッターを打ち付ける。響く轟音が、遊大と男だけの廊下に響く。

遊大「………ありが…とう……日暮!!」

荒田「てめえ……!!!」

男の拳がもう一度、自分の顔面へと飛び込んでくる。数秒間のうちに走り続けた激痛で、ビリビリと皮膚が焼けるような感覚に苛まれる。視界の左半分が赤くなって、自分が吹っ飛ばされたことがわかる。恐怖は変わらない。しかし今、後悔はない。シャッターの奥に、仲間がいることがわかっているから。今はもう、1人じゃない。

荒田「………てめえ……なんもかんもてめえのせいじゃねえかよ!!」

引きずられてうまく動かない足を無理やり男の前へと運ぶ。男は血まみれに再び拳を振り落とす。激痛に苛まれながらも自分を殴りつけた拳をがっしりと抱える自分の役割がある。止まれない。恐怖はあっても、悔いてる暇はない。皆が戦っているのならば、自分が命を賭して戦わない理由はない。

遊大「______おい………タイムアップだぜおっさん……!!」

荒田「クソが……!!」
(出入り口の見張は何をチンタラやってやがる………こんな子供騙しにもならねえプランで!!)

イラつきを隠せない男は遊大の掴んだ胸ぐらを床へと思い切り叩つける。むしゃくしゃした様子で、下の階の出入り裏口の全てを見張らせていた者たちにディスクの通信を繋いで、こう叫んだ。

荒田「面倒なことになった。てめえら各出口から3階に追い込みかけろ!!上のフロアに日暮振士とおそらく阿原 克也がいる!!!」

  『へ、へい!!しかし荒田さん、2階のガキは!!!』

荒田「こっちはこっちでなんとかする!!………最悪、弾くぞ!!」



叩くように小さな液晶をタップし、通信は途切れた。たった数分の今の一瞬、その間に事態は確実に動いていた。まず遊大と対面した荒田。遊大と学校にいるであろう+1〜3人の身柄を抑えることを目的としていた荒田は、彼にその居場所を吐かせようとする。

彼の拳が遊大を吹き飛ばした数秒後、荒田の背後に日暮が姿を見せ、シャッターを下ろす。つまり残った者たちは学校の中で半ば籠城の形をとっている。ここまで来て、荒田は下の男たちへと連絡を取る。指令は上の階にいるであろう者たちの身柄を抑えること。そして彼は改めて、遊大の胸ぐらを引っ掴む。

荒田「上にいるのは日暮 振士だけか?……他に誰がいる?」

遊大「な……んだよ、人数も、誰かすらも完全に把握できてねんか?」

そう言った遊大の腹部に、大木のような腕が叩き込まれる。暗がりの廊下に遊大の嗚咽する声が響き渡る。苛立ちを隠せない荒田は壁面に叩きつけられた遊大の首根っこを掴んだ。

荒田「______吐けよ、吐くまで続くんだぜこれは。」

遊大「あんたら、デュエルマフィアだろう……?
手段があるんじゃねえかって、言ってんだよ………!!」

持ち上げられた遊大は、バタバタと踠く腕で荒田の左腕にしがみつく。血に染まった左腕から鳴り響く電子音。そこに意義などないかもしれない。しかし確かに、確実に、その戦いは始まろうとしていた。



『デュエルを開始します。』







暗がりの校舎裏。学校のフェンスをよじ登り、小高い丘の横を走り人気のない駐車場まで走ってきた。竜也と日暮が学校までの移動に利用した車ではなく、今は芦原ですら見覚えのある『ある人物』が置いた車両へと走る。目的の1つは移動手段のカモフラージュ、そして確かな、彼らの役割の確保であった。阿原と竜也、日暮と遊大の助力があって学校3階の救助袋から脱出した2人は息を切らす。

阿原「はぁ……はぁ……、あいつら……大丈夫なのかよ!!!」

竜也「………車まで走れ!!……今はそれに集中しろ!!」

竜也は表情を見せない。そのままポケットから車の鍵を引っ張り出して、車の鍵穴に差し込む。2階で男を足止めしていた遊大、そしてあえて自分の存在を見せることで出入り口の男達を学校の中まで誘導した日暮の協力で、脱出に成功した。自分達だけでは、この状況は作れていなかった。遊大と日暮、彼らも絶対に助ける。しかしそれを可能にする鍵は……

阿原「なんだ……なんだよ、これ?」

竜也が開けた助手席のドア。阿原が覗き込んだそこに転がっていたのは、配線やフレームが剥き出しになったデュエルディスクと、それと隣り合わせるデッキケース。今まで見たことのないディスクだった。まるで、企業から売り出されている物ではなくて、誰かが作ったような。そしてデッキケースを持ち上げた時に気づいた。明らかにカードが足りていない。デッキと呼ぶにはまだ半分程度しか集まっていないような、そんな手応えのなさを感じる。

竜也「これが………龍平の言う鍵だ。
私個人としてこれは使いたくない………だが、これを完成させることを、君に頼みたい。」

阿原はその言葉の1つ1つに唖然とする。一体何が起きている。いや、そんなことはわかっている。だが、これを使うことはすなわち、それが意味することは、すなわち……。

阿原「これを……託すつもりなのかよ?」

竜也「……キミのデッキ構築センスは把握しているつもりだ。
アカデミア合宿に参加せずとも、《スクラップ》と《水晶機巧》を組み合わせたセンスの持ち主だと、見込んでのことだ。」

阿原「そういうことじゃねえ……!!」

これを使うことが意味すること、それはすなわち、バトンを託された者が最後の決闘を行うと言うこと。そのバトンを託される人物は、1人しかいない。この騒動の中心に、たった一人座る少女。このデッキの核となるカード達の、元々の持ち主。その彼女が、このデッキを握ることになる。

阿原「なんで……なんでだよ!!!
なんでアイツを助けるって目的で、それでアイツのデッキを、アイツ自身が使うデッキを組むことになってんだ!!!!」

竜也はその言葉に俯く。まるで子供達1人1人の思いが、その全てが自分に向けられているような重圧が、背中を押しつぶす。相手はデュエルマフィア。必要になるのは、『理』と『義』の2つ。その2つを掛け合わせる計画を持ち込んだのは、倅である龍平だった。しかし、この計画の根幹が、あまりに「彼女の意志に依存しすぎている」と感じたことも、事実だった。同時に、その自由意志こそが彼の言葉の核であることも、理解できた。

竜也「私とて……使いたくはない。しかし、必要なものだ……!!」

阿原「意味わかんねえ……、なんで……そんな……無責任なことができる………オレには!!!」

竜也「…………頼む!!
たとえ彼女が戦うことになっても、1人だと思わないように……キミ達が、仲間がいると……信じられるように!!!」

阿原「______!!!」

その言葉に、阿原は息を呑んで黙り込んだ。彼自身の思考の中で、いつも健気に、しかし誰よりも強くまっすぐ前を見て笑う彼女が目に浮かんだ。彼女は戦うことを望んではいないかもしれない。しかしもし仮に、戦うことになったとしたら、彼女はどう思うのだろうか。己がデュエルを咎められ、自分のカードすら奪われ、たとえデッキはあったとしても、孤独に戦うことなってしまうのではないか。

阿原「…そっか……そうだよな……。」

たった1年にも満たなくとも、幾度となくお互いの実力をぶつけ合い、小さな摩擦や想い悩みはあれど、ここまで戦ってきた。その一瞬一瞬に、たった1人の刻など、あっただろうか。仲間が動いているのに、仲間を信じられないなど、そんなことがあっていいのだろうか。

阿原「____オレ達は……デュエル部だ……。」

あまりに彼女の意志に依存した、そんな最後のピース。
このデッキとディスクに込められた『理』と『義』、全てが賭けられた最後のデュエルで、現実的に組の者の行動を制限する切り札となるこのデュエルディスクのみに可能な『理』と、彼女自身が完全な勝利を勝ち取るという『義』。その2つの歯車の最後のピースを組み上げる役割は、目の前の1人の少年に、託された。







荒田「チッ……本当に元気だな………樋本 遊大。」

遊大の首根っこを掴む荒田。その左腕に遊大の腕が絡みついている。液晶がパッと点いて、『デュエルを開始します』の電子音が鳴り響いた。頭と鼻から血を流し、目から流れた涙がそれを薄めている。荒田は口に咥えた火のついた煙草を中指と薬指に挟み、その手で遊大の額を掴み直す。


荒田「もしもーし……聞こえてんのか、ああ??
てめえが始めたデュエルだろうがよ、ディスクはてめえが先攻だって言ってんぜ。

……はーーー、やーーーー、くーーーーーー……!!」


そう言って、男は遊大の額に火のついた煙草を押し付ける。人の額、人の肌から、火が消える音が聞こえる。それは肌の一部が焼けて炭化する音でもあり、程なくして、それを遮らんばかりの遊大の悲鳴が廊下いっぱいに響く。

遊大「う゛ああああぁあああああああぁああ!!!!」

腕の中でバタバタと踠く。掴まれた頭、その指に煙草が挟まれているんだ。もがけどもそれが去るわけではない。痛みと熱さは消えない。もはや熱さなどという生半可な表現ではなくて、まるで自分の体の一部に穴が空いて、そこから得体の知れない痛みを注入されているような、そんな感覚が生命の本能の警鐘を否応なく鳴らしていく。

荒田「_____うるせえ………なァッ!!!」

男の右腕が自分の左頬に叩き込まれる。首が吹っ飛びそうになりながら、自分の体はぐるりと回転して床へと落ちる。気が、おかしくなってしまいそうな自分の頭を、1人ではないと、ここで時間を稼ぐのが自分の役割だと言い聞かせながら正気を保っていく。

遊大「………お……れの、………ターン!!!」



ーTURN1ー

樋本 遊大  (ターンプレイヤー)
LP   :8000
手札   :5
モンスター:
魔法罠  :
フィールド:

荒田 武久
LP   :8000
手札   :5
モンスター:
魔法罠  :
フィールド:



遊大「もう……始まっちまったが……、言っておくぞ………!!」

ガタガタと笑い声を上げる膝を、何度も何度も掌底で打ちつける。自分はまだ子供で、相手はとっくの大人で、自分を黙らせようとしているのだ。わかっている。命が危機に晒されていることなど。でもここで言えることを言わなければ、強気な言葉が後から口から出る保証などない。

遊大「………おれが……敗れたら………おれの持つ情報をやる。
だが勝ったら…………!!!」

荒田「…………『自分と龍剛院 嬢含め、仲間の全てから手を退け』だろ??
いいぜ、値した………だがなあ!!!!」

そう言って、荒田は凄まじい勢いで自分の目の前へと迫ってくる。まるで電柱のような太さの足が自分の腹へと突き刺さる。胃の中身がひっくり返るような感覚と、内側の臓器をズタズタに引き裂かれるような感覚が体の中で暴れ回り、血が混じった鉄臭くて酸っぱい内容物が口から吐き出てくる。

荒田「………気づいてんのか?そのデュエルとやらが終わるまで続くんだぜ、これは!!!」

腹に突き刺さったままの太い足、それを屈伸の要領で曲げて、まるでバネみたいに、背後のシャッターへと自分の体を蹴り返す。ただでさえ傷ついているであろう内臓が、その一発で本物の悲鳴を上げたのがわかってしまった。


荒田「____最後までデュエル、できるといいなあ……??」


頭が朦朧としていく。全ての戦いが終わるまでの、時間稼ぎをすることが自分の役割だとは理解している。しかし皮肉にも、それが長引けば長引くほど、自分の命を繋ぐ糸は、その繊維の一本一本を解いていく。書いて字の如く、血に塗れた血闘。その行方を示すのは。そして彼らを待つ結末は。遊大の選択は。彼の、未来は。



続く
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ランペル
本職の暴力は恐ろしい限りです…。

遊大達の捕獲に動いていたのは、荒田。そんな彼は実働部隊としての経歴を持っており、過激派とも言える存在…。そんな彼を前に、遊大も挑発を交えてデュエルを挑みますが、何気なく近づいてきた荒田による純然たる暴力が襲い掛かる…!
中学生を相手になんつうことを…と絵面がやばみですが、こここそが荒田と小金井の差になって来るわけですな。良心だとか子供だからとか、そういった戸惑いを一切見せない彼の暴力に、遊大は死の恐怖を感じてしまうわけですねぇ…。

大人どころか本職に殴られ蹴られされりゃ、そりゃ死も感じますよ…。その恐怖の最中、この恐怖に追いやられた大元。彼女との出会いがなければ…と嬢との出会いさえも捨て去ろうとしてしまっていますね。
彼女を助ける、救うために動いていた遊大が一瞬でこの思考に陥ってしまうのが、死の恐怖。実に素晴らしき心理描写に感服であります!

しかーし!そのまま終わりはしません!遊大と共に学校へと残ってた日暮の存在を荒田へと確認させ、シャッターを閉じ籠城!これにより、荒田はすぐさま日暮を確保することが出来なくなってしまいましたね。それだけではなく、仲間を守る最後の1手と誤認させたことで、見張りを学校側へ誘導する事にも成功。
自らの命を懸けながら、役割を全うした遊大は、なんと誇らしきことでしょうか…。

そんな彼らの活躍があり脱出した、阿原と竜也。車には、未完成のデッキと手作りデュエルディスクが。デッキを奪われた嬢…。そんな彼女に、戦いの選択を取らせることになってしまう時の為のデッキ。それの完成を託されたのが阿原になってくるんですねぇ。
一度は離れていたデュエル部を、遊大達と共に再興し新たな想いを刻んできたデュエル部。阿原のそんなデュエル部の想いを込めて作り上げられるデッキは、いったいどんなデッキになるのか……。気になるところです!

場面は戻って遊大。何とか相手側のディスクを無理やり起動させることには成功したものの、圧倒的暴力はデュエルが始まろうとも継続中。小金井は、内にデュエリストとしての魂を持ち合わせてはいましたが、荒田はあくまで組によって用意された道具の1つという風にしか認知してなさそうですねぇ…。

そもそもまともにデュエルをさせないという、実に恐ろしい展開であります…。実質、荒田の常時ダイレクトアタック状態。デュエルに持ち込んでも止まぬ暴力は、龍平と小金井のデュエルとはまた別の意味でハラハラしてしまいます……。

果たして遊大はこの窮地を脱せるのか!?
無理なく執筆の程頑張ってくださいませ! (2024-08-17 17:53)
コングの施し
ランペルさん、閲覧とコメントありがとうございます。

ランペルさんの作品と比較すると、割と物理的に柔らかめの展開が続いたこのお話ですが、今回然り63話以降ははしっかりと流血沙汰になっております。この辺の描写は慣れていませんし、私自身ボコボコにされるような経験もないので想像力が試されているような、、。本職と言いますか、あのSSを執筆されているランペルさんから、この面でお褒めいただけるとは光栄です!!

デュエル以外で窮地に立たされること、このSSであっていいのか…?と不安になりながらも、この展開が後に意味を持たせられるようなストーリーラインにしていきたいと考えておりますゆえ、なにとぞです。

阿原がピースを埋めるデッキ、日暮と遊大が対峙する荒田という男、市外へと撤退したましろと律歌、そして龍平と小金井…。広げた風呂敷全てが1つの親子へと収束していきます。次回以降もお楽しみに! (2024-08-21 11:24)

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