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HOME > 遊戯王SS一覧 > 50話 乗り越えろ!

50話 乗り越えろ! 作:コングの施し

幕を開けたアカデミア合宿の前哨戦となるスターチップ争奪戦。中盤に差し掛かったその戦いの中で、遊大はP召喚の使い手の少年、日暮振士と出会う。そして息をつく間もなく始まった奥海兄妹との決闘。その行方は…



10:11


『日暮 振士 2勝1敗 ☆:3→4
参浜市立参浜第一中学校:1年
決闘王杯・チバ県予選:ベスト64』


ペンデュラム、儀式、エクシーズ…そして7枚の手札破壊。その全てを駆使し、圧倒的な力が日暮が波実をねじ伏せた。しかし彼の口から溢れた言葉は「エンタメデュエル」。意味を問うように、波実が口を開いた。

波実「…エンタメデュエルって…!それぐらい知ってる…!
負けた側が言えることじゃない…でもこんなのはエンタメじゃないはずだよッ…!!」

日暮は俯き、デュエルディスクをつけた左手で顔の半分を覆うように手を置いた。その顔には光と闇でグチャグチャになった瞳と、不気味に上がった口角があった。

日暮「そうだね…エンタメデュエル。とても惜しかった。とても…残念だよ。」

波実にはその言葉の意味がわからなかった。「エンタメデュエル」に拘っていたとは思えないほどに、その存在をあっさりと否定した彼の真意を、押し測れない。

波実「…は?アンタ言ってることが…」

そう言いかけた時、日暮が被せるようにして口を開いた。今までよりも高張したような声色で、教え込むように、その言葉が染み付いて離れないように刷り込むようにして喉を鳴らす。

日暮「…ぼくは、『キミ』の素晴らしい『エンタメデュエル』を見たかったんだ。
あらゆる困難を乗り越え、ぼくの予想を上回って自分も相手もギャラリーも、全てを笑顔の輪に巻き込んでいくような…そんな強い輝きを放った究極の『エンタメデュエル』を、輝いてる『キミ』を…見たいんだ。」

濁流のように彼の口から吐き出された言葉。
それを聞いた瞬間、今まで見てきた全てを上回るほどの恐怖が自分の中で冷たく脈打つのを感じた。

しかしそうであれば、『蹂躙』とすら言えるような、歴代の偉人が作り上げた『エンタメデュエル』とは反対に位置しているとすら言える日暮のデュエルが、それを行う彼が、否応なく理解できてしまうのであった。

自分が作り上げた苦難を乗り越えさせ、それを『相手が主役』となる『エンタメデュエル』と呼ぶのであれば。


波実「何…それ?」


違う。筋道立てて理解できたからこそ納得を拒み、その結果として口から溢れた言葉はそれだけだった。

あっていいはずがない。勝利をないがしろにしてまで目に収める『相手のエンタメデュエル』など。

「アンタ、何様のつもりだよ。」と、そう言おうとして息を吸い込んだ時のことだった。



どっぱぁーーーん!!



彼らの横に聳えていた波の壁が爆音を立てて弾けた。固まった2人に、雨のように崩れた波が降り注ぐ。
それは波実の兄の幻樹が《幻煌の都パシフィス》を発動したと同時に出現した水壁。彼らを隔てていたそれが崩れたということはすなわち…。


遊大「はぁ…!はぁ…!」


崩れた《幻煌の都パシフィス》の内より、ボロボロになりながら、波の渦の中でびしょ濡れになりながら、戦い続け息を切らした遊大が拳を突き出している。その正面、頬に汗を滴らせながら口角を上げる幻樹の姿があった。

そして彼らのフィールド、すなわち従えるモンスターたち。
化合の獣を掛け合わせた紅蓮の獣が、その拳で海竜の胸部を貫いている。ぼっかりと空いた傷口は煙を立てて燃え始め、やがてその巨体は黒く焦げ崩れフィールドに振り注いだ。

その光景が示す意味を、がっくりと膝をついた波実は理解してしまった。同時に日暮もまた、その状況を飲み込んだ。

日暮「遊大くん…!」

波実「…兄貴!」

兄を想うその叫びに、幻樹は大きく息をついて、緩やかに波実と視線を重ねた。

幻樹「悪ぃな妹…。只者じゃなかったな。こいつら。」


ピピピ…と、無機質な電子音が幻樹の敗北を告げる。同時に彼のデュエルディスク、その液晶に表示された星がひとつ消え、流されるように遊大のディスクに映し出される。


WINNER:樋本遊大


『樋本 遊大 3勝0敗 ☆:5→6
アオメ市立東雲中学校:1年
決闘杯・アオメ市予選:ベスト32』


幻樹は、がっくりと膝をつく波実の肩を持ち上げ、「頑張れよ。お前らも。」と一瞥しビルの影へと去っていく。
遊大は、ディスクに浮かび上がった6つ目のスターチップを見て笑みを浮かべた。

遊大「あと…4つ!」

日暮も駆け寄って、そのディスクに顔をのぞかせる。

日暮「すごいな。ぼくはまだ5つだよ。」

遊大「ってことはちゃんと勝ったんだな!よっしゃ!」

そう言って遊大は、明るく拳を構えた。日暮も照れくさそうに拳をコツンとぶつける。

日暮「なんだか照れくさいな。でも良かった。2人とも勝てて。」

そんな彼ら2人は、改めて顔を見合わせた。思えば不慮の衝突で知り合い、2人の全国レベルのデュエリストを退けた2人。しかしお互いのデュエルをほとんど知らない。

この出会った者とスターチップを奪い合うという戦いの中で、彼ら2人は、いまだにデュエルを交えていなかった。

遊大(そういや…日暮とデュエルってしてないよな。)

それに気づいた遊大だが、同時にこの戦いが始まる前のバスの中での会話を思い出していた。



『スターチップを譲る、ってのがどこの学校も考えつくことだよな。オレはもしそうなっても抵抗するけどな。』



阿原が放った言葉だった。あの言葉はきっと「仲間同士で戦うのは何か違う」という意味も込められていたのだろう、と、その瞬間に理解できた。

実際、遊大には、目の前で笑っている純朴な少年に、自分を助けてくれた日暮に、容赦なくデュエルを仕掛けることができなかった。これはいつものデュエルとは違う。決定的に。

目先の巨大なものが賭けられているという条件のもとに行われるデュエルは、重さが違っていた。

遊大「な、なぁ…日暮!」

日暮「ん?どうしたの。遊大くん。」

そう言って日暮は遊大の顔を覗き込んだ。歯を食いしばるようなその表情を見て察したのか、日暮は遊大が続ける前に、彼の肩に手を置いた。

日暮「さっきはありがとう。
…提案なんだけどさ、ここでぼくたちが争うのはやめにしない?」

遊大「…!!」

日暮「ぼくもなんだか…ここまで仲良くなっちゃったキミと血生臭く戦うのは気が進まない、かな。」

そう言って、日暮は肩に置いた手に力をかけ、遊大を無理やり背に向けさせた。そうして優しい声のまま、遊大の背中をぐいぐい、と押している。

遊大「ちょっ!お前はいいのか?日暮!!」

日暮「まあまあ、お互いに10個集めて、会場で会おうよ。遊大くん。」

そう押されるまま、遊大は走り出した。そしてそれを見つめる日暮の視線。黒くまばゆい闇が、彼の背中に染み出していくこと、それをまだ、遊大は気づいていない。



10:23


『大石 龍平 5勝0敗 ☆:8
アオメ市立東雲中学校:1年
決闘王杯・チバ県予選:優勝』

誰もいない交差点の真ん中を歩く。腕に装着しているデュエルディスク、そこに映し出されているスターチップは8つの星を表している。この争奪戦のルール上、デュエルできるのはスターチップの差が3つ以内の者のみ。

誰よりも早くデュエリストを狩り、そして誰よりも前に進行していた龍平の眼の奥には、すでにビルの中に埋もれてアカデミアの校舎が映っていた。



「…フフ。☆8つのデュエリストみっけ。」



ザシ…と、足を止めた。振り返った先にいる、1人の男。真白い肌で、身長は龍平よりも高い。ワイシャツに青色のネクタイを結び、押さえた口元をまごまごと動かしている。

「みっけ…。みっけ、みっけ、みけ、三毛猫…は可愛いよね…フフ。」

龍平「…は?」

小さく呟いたダジャレに空気が凍りつく。「やばいやつと当たってしまった。」とばかりに、龍平はその表情を歪める。
その様を見て、男は胸に手を置きゆっくりと話し始めた。

剣城「おっと、失礼。わたくし、剣城 闘次(つるぎ とうじ)と申します。よろしくゥ…。
いやいや、普段はこんな一人称ではないがね。オレですオレ。フルーツオレ…フフ。」

龍平はデュエルディスクを確認する。そこに映し出される、剣城の戦績とそのスターチップの数。


『剣城 闘次 5勝0敗 ☆:8
南野アルプス市立葦馬中学校:2年
決闘王杯・ヤマナシ県予選:優勝』


龍平(ヤマナシ予選優勝者…ちゃんと全国の出場選手か。そしてこの時点で☆8…!)
「あんた、ここまで戦えるやついなくて退屈してただろ。」

剣城「いーーや。それはお互い様でしょう。サマ…サマ…サマ、今年のサマーはなかなか暑いよねえ。お互いサマー…なんつって。」

剣城はその問いに笑って答える。先刻と同じようにまごまごとダジャレを言いながらデュエルディスクを腕に装着した。
それどころでなく、まだ二言しか発していないにも関わらず、龍平は呆れ気味なムードを醸している。普段は感情の起伏を見せない彼も、思わずポロリと溢した。

龍平「あんたのダジャレはサムいけどな…。」

剣城「…『サムい』…?
くっ…!その言葉に言葉がすサム…よ。」

龍平はは大きくため息を吐いた。それは彼のディスクや立ち振る舞いにではなく、とどまるところを知らない彼のダジャレに対して。すでに返す言葉も無く、ディスクにデッキを差し込む。


『デュエルを開始します。』


剣城はその様を見て笑い、同じくデュエルディスクを構えた。銀のディスクはに鈍い光沢を放ちながらも、ところどころに擦った傷や削れ傷が目立っており、年季はかなり入っている。

剣城「やる気まんまん満遊亭…といったところかな。
手加減はできないから、ゴメンね?…ゴメンテーター…なんて。…フフ。」

龍平「…はぁ。
いいですよ。俺だって手加減をするつもりはない。」
(なんだ…この人?)


「「デュエル!!」」


スタートのピストルが鳴るように、開始約1時間強にしてスターチップを8つ集めている2人のデュエルが幕を上げた。同時に彼らの手元に5枚のカードが加えられ、紛れもない2人の強者がそこに対峙する。

そしてその先攻をもぎ取ったのは…。

龍平「俺の先行。」


TURN:1

大石 龍平(ターンプレイヤー)
LP   :8000
手札   :5
モンスター:
魔法罠  :
フィールド:

剣城 闘次
LP   :8000
手札   :5
モンスター:
魔法罠  :
フィールド:



龍平の手札に握り込まれた5枚の手札。それを見つめ、思考を巡らせる。ここまで無敗のドラゴン族使い。その一手目は…

龍平「《トレード・イン》を発動。手札からレベル8の《巨神竜フェルグラント》を墓地に送り、2枚ドロー!」

剣城「フフ。上々の滑り出しじゃあないか。…上々…友情…万事まじ快調…フフ。」

龍平「…さらに俺は手札から《竜の霊廟》を発動。
その効果でデッキからドラゴン族モンスターを墓地に送る。デッキから《神龍の聖刻印》を墓地に送る。」

竜の頭を模った岩がフィールドに突き刺さり、それを照らすように柔らかい日が2人を照らす。そして龍平のデッキから抜き出された2枚のカードが彼の墓地に入り込んだ。

剣城「ドラゴンデッキ…フフ、リサーチ済み。ずみ、ずみ、ずみずみずみず…。」

剣城は1人でにやけながら、ズボンの後ろポケットへと手を伸ばす。龍平はまた呆れたような視線をむけ、デュエルを続けた。

龍平「通常モンスターを墓地に送ったことで、さらにデッキから《聖刻龍ードラゴンヌート》を墓地に送る。さらに…!」

剣城「フフ…it’s water…。」

剣城はポケットから取り出したペットボトルを手の中で転がし、飲むでもなく開けるでもなく得意げに龍平を見つめた。見つめられた龍平は、一瞬合ったその視線を逸らした。1つのアクションごとにギャグを決め込む者を相手している暇などないと、そう考えれば妥当なことであった。

龍平(…相手してられないな。)
「さらに俺は、《ドラゴラド》を通常召喚。その効果で墓地の《神龍の聖刻印》を…」

言いかけた時、またしても剣城が口を挟む。先ほどよりも激しく、驚いたような声色で。彼の手に握られたペットボトルが、驚きのあまりにベッコリと潰れた。


剣城「…《ドラゴラド》!!??!?!」


まだ2人しかいない大きな交差点の真ん中、閑散とした街の中で、その声がこだまする。

龍平「…なんです?」

剣城ははやる胸を手で押さえ、苦しそうに口を開いた。

剣城「い、いや…!
…今キミから、オレと同じ匂いを感じた!《ドラゴラド》…!上から読んでも《ドラゴラド》!下から読んでも《ドラゴラド》!
…素敵だ…素敵すぎるぞ大石龍平…!」

龍平(…一緒にされてたまるか。ほんとなんなんだこの人?)
「…召喚した《ドラゴラド》の効果で、墓地の《神龍の聖刻印》を特殊召喚。」

剣城「フフ…スルーか。…それもなかなか素敵だ。喰らってしまったよ…スルーショルダーを…!フフ…!」


《ドラゴラド》(攻)
☆4 闇属性・ドラゴン族/効果
ATK:1300/DEF:1900

《神龍の聖刻印》(守)
☆8 光属性・ドラゴン族/通常
ATK:0/DEF:0


龍平(スルーショルダー…肩透かし?…まあ…いいか…。)
「俺は、この2体をリンクマーカーにセット。サーキットコンバイン!」

龍平のフィールドに現れた、黒い鱗の小さな竜と、巨大な金色の球体。それらが光の矢となり、空へと吸い込まれる。

龍平「召喚条件はドラゴン族2体。リンク召喚。《天球の聖刻印》!」

竜が織りなす光の内より、天の印が刻まれた球体が出現する。熱を帯びたそれは表面を金色から赤色に変え、叫び声のような甲高い音を上げた。


《天球の聖刻印》(攻)
LINK-2 光属性・ドラゴン族/リンク/効果
ATK:0[↙・↘]


天の印が刻まれたモンスター。それに対峙した剣城は先ほどまでの笑顔はそのままに、食いつくようにディスクに目を向けている。

剣城「…フフ…なるほど。最小限のリソース消費、加えて先行1ターン目でもしっかりと妨害を構えてきているわけだ。そして把握した。《天球の聖刻印》…フフ…テンキュー…センキュー…Thank You…。」

龍平「…何に感謝してんですか。俺はこれでターンエンド。」


TURN:2

剣城 闘次
LP   :8000
手札   :5→6
モンスター:
魔法罠  :
フィールド:

大石 龍平
LP   :8000
手札   :3
モンスター:《天球の聖刻印》
魔法罠  :
フィールド:


剣城「フフ…それはもちろん、オレに共鳴しうる…キミの魂さ!!
オレのターン、ドロー!」

龍平「…勝手に共鳴させないでくださいよ。」

剣城「キミだってツッコミたくて仕方がないはずだ。呆れているようだが、仕方ないのはこちらも一緒なのだよ?うずうずしているキミを見ていると、こっちまで昂ってしまう…!」

龍平は訝しげに目の下を歪めた。無視していればなんとでもなると思っていたが、この寒いギャグに付き合わされ、かつ同類扱いされればどうもムカつくということが、その瞬間に龍平自身も理解できた。

龍平(…うざ。)
「…早く、続けたらどうです?」

剣城「…フフ。まあ待て、
今キミは手一杯なのだろう。めいっぱいのオレのデュエルの予想に。」

剣城は6枚の手札を見つめ、もう一度「…フフ」と笑った。1枚のカードを抜き出し、そのオモテ面が龍平に見えないようにポーズを決める。

剣城「しかし起こりうるさ。どんな予想外なことでも…!」

そう言って叩きつけた1枚のカード。フィールドに青い稲妻が走り、バチバチと音を立てながら次元に穴を開けてゆく。

剣城「発動《予想GUY》!…どうだい、予想外だろう?」

龍平「はぁ…予想とか抜かした時に気づいてましたが?」

剣城「フフ…冴えているね…では問おう。日曜夕方のお茶の間アイドルといえば…!」

龍平のイライラはその瞬間に沸点に達してしまったように見えた。いや、達した、というよりもその沸点を下げた。絶え間なく押し寄せるギャグとボケに『寒い』や『呆れた』と思う方が愚かしく思えていた。


龍平「さざえさんでしょう!早く続けてくれ!!」


一瞬、剣城は鳩が豆鉄砲を喰らったようにキョトンとした。しかし状況を理解したのか、先ほどよりも深く、腹の底から笑って龍平を見つめた。

剣城「…やはり…キミは最高だ。
オレはデッキよりレベル4の通常モンスター《剣闘獣アンダル》を特殊召喚!…フフ。アンダと言っても、何もベースを走り回ってるわけじゃないよ?」

空いた次元の穴より、黒い毛皮に覆われた屈強な獣戦士が姿を現す。その腕には手甲がはめられており、軽くジャブで空を切り、龍平へと構えた。


《剣闘獣アンダル》(攻)
☆4 地属性・獣戦士族/通常
ATK:1900/DEF:1500


龍平(《剣闘獣》…流石に名前は知っている。だが…)
「…今んところ全く予想外じゃないですよ。」

剣城「そう焦らずとも、オレも《剣闘獣》たちも逃げはせんよ。何せオレが検討に検討を重ねたデッキだからね…フフ。」

龍平「…もう言いたいだけだろ。」

剣城「さあ続けよう!オレは手札より《剣闘獣アトリクス》を召喚。…なんかマトリックスみたいだよね…フフ…!」


《剣闘獣アトリクス》(攻)
☆4 地属性・獣戦士族/効果
ATK:800/DEF:2000


サーバルキャットのように鋭い耳と目で龍平を睨みつける獣戦士。2体のモンスターはそれぞれ拳と短剣を鋭く構え、一斉に龍平へと飛び掛かる。

龍平「…!!」

剣城「Thank Youの聖刻印…おっと、《天球の聖刻印》だったね。そのモンスターの対処はすでに済んでいる…!バトルだ!《剣闘獣アンダル》で攻撃!」

剣城は先ほど自分で言った通りに、《天球の聖刻印》の効果を把握し、かつその弱点を見抜いていた。それは…

龍平(本命の展開に妨害をぶつける前に、バトルで効果を強制的に使わせる気か?いや…にしては妙だ…!)

もしも、本命の展開をぶつける前の準備として、妨害を吐かせるための意味を持ってその攻撃を決行するならば、通常召喚をする意味がない。《アンダル》を《予想GUY》で呼び、そのままバトルに入ったのちに召喚権を残してメインフェイズ2 に移行するべきだ。その思考が、咄嗟に彼を動かした。

龍平はその鉄拳が襲いくる前に、すかさずフィールドのモンスターの効果を確認した。それは通常モンスターの《剣闘獣アンダル》ではなく、通常召喚された《剣闘獣アトリクス》の方。

龍平「…!!」

その効果を見てハッとする龍平。『食えないことをしたな。』と言わんばかりに、睨みつけた剣城と視線がぶつかる。

剣城「フフ…気づいたね?」

龍平(バトルフェイズ終了時のリクルート…それが《剣闘獣》の主戦術か!)
「俺は攻撃宣言時、《天球の聖刻印》の効果を発動。自身をリリースすることで、《剣闘獣アトリクス》を手札に戻す!」

パリン…!
龍平の合図と共に、金色の天球が音を立てて弾ける。その衝撃はフィールドを包み込み、全てが小刻みに振動を始めた。

剣城「…ここまで読み通り。さあ、『センキュー!』と!
感謝の気持ちを込めて使うがいい!《天球の聖刻印》の効果を!」

自身のモンスターが手札に戻ってもなお、剣城は余裕の表情を崩さない。まるで全て自分の計画通りに進んでいるかのようなデュエル、そして相反するような態度に、龍平は動揺の色を見せた。

龍平(…やりにくい。)
「…俺はリリースされた《天球の聖刻印》の効果を発動。デッキから、任意のドラゴン族を攻守ゼロにして特殊召喚する!
来い!《妖醒竜ラルバウール》!」

弾けた天の印。塵となったその光は新たな竜の姿を形どって命を宿す。紅い瞳に銀色の鱗を輝かせ、小さな竜がフィールドに降り立った。


《妖醒竜ラルバウール》(守)
☆1 闇属性・ドラゴン族/効果
ATK:0/DEF:0


剣城「らるばうーる、ばうーる、らるばうーぱるーぱー…フフ、ちょっと無理やり過ぎたかな。」

龍平「特殊召喚した《ラルバウール》の効果を発動。
自身を対象とし、さらに手札を1枚捨てることで、同じ種族・属性のモンスターを手札に加える。俺は手札から《アークブレイブドラゴン》を墓地に送り、闇属性・ドラゴン族の《螺旋龍バルジ》を手札へ!」

龍平のデッキが慌ただしくシャッフルされ、1枚のカードがその手に宿るべく抜き出される。しかし依然として剣城の顔色に変化はなかった。

剣城「処理は終わったかな?
…やはりデッキから特殊召喚するのは妨害や除去ではなくリソースの関係者だったようだね。」

龍平「…は?」

得意げにはなたれた剣城の言葉の真意が掴めなかった。バトルは終了していないとはいえ、その効果の持っている《剣闘獣アトリクス》は手札に戻った。召喚権も使った。『通常モンスター』であれば、フィールドに残していても大丈夫。その判断の上にある《ラルバウール》の召喚が、その一言で悪手へと色を変えていくのをじんわりと感じた。

剣城「フフ…当たり前だよ。ボケがあればツッコミがあるくらい当たり前…。」

龍平(…それは…どうなんだ?)
「…少なくともあんたのヤツにはツッコみたくないな。」

剣城「フフ…鋭いツッコミ感謝するよ。
しかし通常モンスター1体なんかよりかは、確実な次のターンの動きを優先するよね?誰だってそうする。オレだってそーする…やっぱカツにはソースる?…フフ…フフフ。」

また小さくどもりながらギャグを言い放つと、もう寒い風すら起きなくなっていた。しかしそんなことに気を留める暇もなく、龍平の思考は回っていた。

龍平(…やっぱり妙だ。口調からして、《天球の聖刻印》だけでなく、俺が《ラルバウール》を呼び出すことも視野に入れていたような感じ…。まさか…)

剣城「フフ…巻き戻りがあったが、ラルバうーぱるーぱーへの攻撃を続行しちゃうぞ…!叩き潰せ!《剣闘獣アンダル》!」


キュイン…!


紅眼の小さな命に、鉄の拳が降り注ぐ。その身が砕かれんとした時、飛びかかる猛き獣の奥に、何かが落ちたのが見えた。

龍平「なんだ…?」

その答えが出る前に、《剣闘獣アンダル》の鉄拳が《妖醒竜ラルバウール》の身とそのカードを打ち砕いた。


《剣闘獣アンダル》(ATK:2400)
《妖醒竜ラルバウール》 (DEF:0)


砕かれたそのカードが龍平の墓地へと送られる。しかしそれをもろともしないほどに体に染み渡る違和感。

龍平(なんだ…?何が起きてる?)

息を大きく吐き、フィールドを確認する。そしてその答えは、龍平の脳裏に浮かんだ予感を裏切ることなく、否応なくその目に飛び込んでくるのであった。

龍平「《剣闘獣アンダル》の元々の攻撃力は1900…。いまの攻撃は2400まで伸びてたよな。」

砕かれたモンスターのかけらたち、揺らぐフィールドの奥に聳える、新たなモンスター。

剣城「フフ…気づいたね。…傷ついちゃう?」

龍平「ダメージ計算時にすでに呼び出してたのか。…そのモンスターを!」

龍平が指差す先、屈強な熊の戦士が構える奥に、一本の巨大な三又槍が突き刺さっている。そしてそれを握る巨木のような腕。青白い鱗は海水を纏い滴り、夏の童実野を照らす太陽をギラギラと反射している。

剣城「フフ…。その通り。すでに呼び出していたのさ!…《剣闘獣ウェスパシアス》!」

堂々たるその掛け声と同時に、海竜の戦士が三叉槍を引き抜き、龍平の方へとまっすぐに構えた。黒い瞳孔をギョロと真開き、けたたましい声を喉の奥で唸らせる。


《剣闘獣ウェスパシアス》(攻)
☆7 水属性・海竜族/効果
ATK:2800/DEF:0


そのモンスターがフィールドに降り立って初めて、『《剣闘獣アンダル》を除去しなかったこと』が何を意味するのかを理解できた。

龍平「…《剣闘獣》の戦闘がトリガーとなって場に特殊召喚する効果…そういうのもあるのか。」

剣城「これもまた《剣闘獣》の1匹…あとはもうお分かりだね?…フフフ。…《アトリクス》だけではないのだよ…おかわり、おわかり…?」

一人でに口元を押さえる剣城の横を、《ウェスパシアス》が颯爽とかけていく。突き立てられた三叉槍が、弾丸のようにまっすぐ、鋭く、龍平の喉元に迫る。

龍平「ぐっ…!こいつもまた、バトルが条件となる効果を…!」

《剣闘獣ウェスパシアス》(ATK:2800)
大石龍平 LP:8000→5200


迫りきった一閃が、身を守る術のない龍平のLPを貫いた。削れたLPだけではない。《剣闘獣》のメインの戦術。そのバトルを通してしまったことに、汗が一筋流れた。

剣城「さあ、バトル終了時に《剣闘獣ウェスパシアス》の効果を発動!戦闘を行った《ウェスパシアス》をデッキに戻し、新たな《剣闘獣》をデッキより呼び出す!」


ゴンゴンゴーーン!!


獣たちの逞しい声と、戦いを告げるゴングがフィールドに鳴り響く。《ウェスパシアス》のカードが上空へと飛び上がり、新たなに2枚のカードがフィールドに突き刺さる。

剣城「来い来い!!《剣闘獣アウグストル》!《剣闘獣アトリクス》!」


《剣闘獣アウグストル》(攻)
☆8 闇属性・鳥獣族/効果
ATK:2600/DEF:1000

《剣闘獣アトリクス》(守)
☆4 地属性・獣戦士族/効果
ATK:800/DEF:2000


頑強な鎧に身を包んだ黒鳥の戦士と、先ほど《天球の聖刻印》によって手札に戻ったはずの《剣闘獣アトリクス》が再びフィールドに降り立つ。

龍平(デッキに戻ったのは《ウェスパシアス》1体だけ…じゃあ《アトリクス》が戻ってきているのは間違いなくあの黒い方《剣闘獣アウグストル》の方の効果だよな。)

剣城「フフ…お察しの通り、《アトリクス》が戻ってきたのは《アウグストル》の効果だよ。そして召し上がれ《アトリクス》の効果…お口に、合うグストル?」

ネコ科の戦士、その獰猛な瞳がギランと光り、目とその剣の中に海竜の影が映り込む。同時に剣城のディスクが瞬く間にシャッフルされ、1枚のカードが墓地へと流された。

剣城「デッキより《剣闘獣ウェスパシアス》を墓地に送ることで、その名称、そのレベルをコピーする!」

龍平「名称とレベルのコピー…。」
(その類の効果か…EXの素材にするため…か?)

剣城「フフフ…さあ盤面は整った。これで気兼ねなくエースモンスターを呼び出せる。フフ…!!」

剣城は先ほどよりも大きく、昂ってその手を空に掲げる。そしてその声と共に空へ飛び上がるモンスターたち。

龍平「…これは!」

星は現れず、そして光の矢ともなりはしない。龍平も目にしてきたその召喚法。しかし『それ』を為すには明らかに『足りていない』。

龍平(《融合》無し…どころじゃない。その効果すら無くしてもできるのか…!)

剣城「オレは、レベル8となった《剣闘獣アトリクス》と《剣闘獣アウグストル》を融合!この時、《融合》のカードは必要としない!」

2体の獣の戦士がその命を混じり合わせ、ひとつなぎの新たな力が紡ぎ出される。継ぎ合わさる光の中からその影を見せる、新たなモンスター。

剣城「…We Go!…I Go!
…そして…You〜〜〜Goゥ!!!融合召喚!《剣闘獣総監エーディトル》!!」

稲光が大地を貫き、赤い鎧に身を包んだそのモンスターがのっしとフィールドに出現する。


《剣闘獣総監エーディトル》(守)
☆8 闇属性・獣戦士族/融合/効果
ATK:2400/DEF:3000


龍平(硬い…守備力3000…!だがそれだけで終わらないはず。コイツから出てる異様なオーラは、もっとヤバい効果の裏付けだとしか思えない!)

剣城「青冷めたね…フフ!《エーディトル》の効果!さあ、新たなる英雄を呼び出さん!」

《剣闘獣総監エーディトル》が、その錫杖を地面に勢いよく突き立てる。そして頭部の角が稲光を纏い、凄まじい勢いでフィールドを揺らす。

グララ…!
揺れる大地が裂け、巨大な波の壁が二人を包み込む。龍平は腕を前に構え、押し寄せる波の中でゆっくりと瞼を開いた。

龍平「…!!」

その瞳の奥に見えたもの。海中を泳ぐ、巨大な竜。底の無い水の淵より、脅威の化身が彼を迎えんとしていた。

剣城「ごほ…!オレが波に飲まれちゃしょうがない。だがコイツの力はそんじゃそこらの並じゃない!
現れろ!ナミナミならぬナミの英雄!《剣闘獣ドミティアノス》!!」

ぷっはと波から顔を出した剣城。そしてその宣言。高々とした掛け声と共に、二人を包む海が引き裂かれ、そのモンスターの姿が明らかになった。


ばっしゃぁーーーーーーん!!


《剣闘獣ウェスパシアス》を彷彿とさせながらも、さらに巨大でさらに屈強。引き締まった体と紺碧の鱗。そして銀色に輝くその鎧と武具は、まさしく戦いのために最適化された到達点。


《剣闘獣ドミティアノス》(攻)
☆10 闇属性・海竜族/融合/効果
ATK:3500/DEF:1200


龍平「…《剣闘獣総監エーディトル》はこれを呼び出すための前座か…!」

これまで見てきたモンスターとは比べ物にならない威圧感と殺気が、龍平の首に手をかける。まだ効果も見ていない。しかしビリビリと伝わってくる。その身に秘められた、辟易するほどに純粋な力が。

剣城「フフ…さよう。そしてオレはこう盤面を構える…かようにして!!」

そう叫びながら、剣城がセットした2枚のセットカード。ここまでの展開を通しておきながら、セットカードを2枚構える余力を残している目の前の男の底のなさに、龍平は改めて戦慄した。


TURN:3

大石 龍平(ターンプレイヤー)
LP   :5200
手札   :3→4
モンスター:
魔法罠  :
フィールド:

剣城 闘次
LP   :8000
手札   :1
モンスター:《剣闘獣ドミティアノス》《剣闘獣総監エーディトル》《剣闘獣アンダル》
魔法罠  :セット×2
フィールド:


これまで、多くのデュエリストと対戦してきた。光妖中の決闘者に輝久の妹の斬隠典子…鬼ヶ逢馬…鳥居彩香…そして東雲中の仲間たち。

阿原とも、律歌とも、遊大とも、そして嬢とも。

皆と戦って、さらに強くなって、まっすぐにプロになるという思いで鍛錬を続けてきた。

しかし、いつぶりだろうか。


龍平(こんなにも高い壁は…!)


目の前で駄洒落をポロポロとこぼしているこの男が、頂上の見えない高い壁のように映った。技量とデッキ構築。その2つとデュエルに臨む精神のようなものが、洗練され豪胆でかつ鋭利なものに仕上がっている。目の前に構えるこの男が、そのレベルの決闘者であることが全身の細胞の一つ一つにまではっきりと伝わってくる。



この男は、剣城闘次は…!


龍平(…強い!)


自分の中で認めたその気持ち。その思い。しかしそれを自認した瞬間に、また決闘者の本能のようなものが自分の中で叫びを上げるのを感じる。

頂上の見えない壁ならば、到達するまで登り続けろ、と。
その壁は、自分がいま乗り越えるためだけに存在している、と。

乗り越えろ。そして証明しろ。強くなった自分を。止まらない自分を。


「俺のターン!」


デッキから、万力のような力を込めて、そのカードを引き抜く。まだ終わらない、紛うことなき強者同士の戦い。勝利と強さを欲する龍が、吠え奮う。


続く
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ランペル
遊大も無事に勝利を納めた模様!
予想以上の強敵と狂敵との対戦だった兄妹。対戦後にも日暮の考えは理解できず…。
そして、そんな日暮は遊大と対戦することなく、その歪んだ期待を彼の背に乗せながら二人は☆10を目指す…。

龍平は既に5連勝を決めていて☆は8に到達。そんな彼の前に現れたまたも癖の強い剣城 闘次。一言一言にギャグを絡めるその姿はまさしくなんだこいつ。そんな彼の扱うデッキは、剣闘獣。飄々とした物言いとは裏腹に巧みに相手の思惑の隙を突き、思考を読み切った上での大量展開!少し今までのデュエルに物足りなさを感じていた龍平も、この強敵を前に沸きあがるものがあるみたいですねぇ。
それにしても言葉遊びの上手い剣城は、めっちゃ本読んでそう。そして、意識的に喋ってもらおうとすると大変かもしれないキャラですなw

高き壁を打ち破るべくデッキからカードを引く龍平の次なる手は?
今後も気になってくる所でございますます…! (2024-01-29 01:16)
金目鯛融合
最近の剣闘獣は鉄獣のおかげでスレイブパンサーの展開が容易なので、先攻制圧が狙えるデッキになりましたね。
とはいえ、後攻のバトルから相手を切り崩すのも素敵ですよね。龍平のデッキ(ドラゴン族ビート)はモンスター効果の無効に弱いので、ドミティアノスは高い壁ですね。果たしてどうなる⁈ (2024-01-29 20:45)
コングの施し
ランペルさん、金目鯛融合さん、閲覧とコメントありがとうございます!

やはり全国の舞台ということもあって実力の伴うデッキ…最近の強化ももらっていて、昔も十分強かったもの…せや《剣闘獣》や!という思いで剣城を登場させました。《スレイブパンサー》の言及もいただいてますが、もしかしたら登場するかも?

そしてお察しいただいてる通り、しゃべらせるのが大変なキャラです…自分の寒いギャグセンスが問われているような気がしています…!!

これからもゆっくりではありますが更新してまいりますので、次回以降もお楽しみに! (2024-02-01 21:58)

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