14話 仲違い　作：名無しのゴーレム

「…………と、いうことがあった」


––––森を抜けてプリンセスさんの馬車に乗った僕たちは、その中で鋼さんからの話を聞いていた。


「まさか、水鏡がやられるなんてな……」
「……それで、水面写しの鏡はどこにあるの？」
「ここだ」


鋼さんが懐から『それ』を……水面写しの鏡を取り出した。


「勇者。これを……お前に託す」
「え……どうして、僕に？」
「……『勇者を守れ』、それが主の最後の命令であった。お前を守る以上、これもお前が持っていた方が都合がいい。……それにおそらく、お前が持つことに意味があるだろうからな」


……？ それ、どういう意味……


『水鏡がいない以上、最もそれを持つことに意味があるのはあなたでしょう。なにせ、今のあなたはこの鏡を経由して私の力を使っているのだから』
「そ、そうだったんだ……」
「……そういう事情だ。故に私もお前たちと同行させてもらうぞ」
「……まあ、俺は構わないな」
「私もよ。……ユージは？」
「え？ ……もちろん、大丈夫です。鋼さんにはついさっき、助けてもらったばかりですから……」
「私が助けたのはそこの2人だがな」
「ぐむっ……」
「……それで、この馬車は今どこに向かっているんだ？」
「とりあえずはあの森から離れることを優先したけど……そうね。まずはメシアのところにでも行きましょうか」
「……そうすべきだろうな」
「どれくらいかかるんだ？」
「そうね……前回はフォーチュンシティを通ったから遅くなったのもあるし、割と早めに着くんじゃない……？」


……急に、プリンセスさんの馬車が停止した。


「……？ セバスチャン、どうしたの？」


プリンセスさんは扉を開けて、前方で馬車を運転していたセバスチャンさんに話しかけた。


「お嬢様、申し訳ございません……馬車に異常を感じたので、確認のために一度停車いたしました」
「そう……確認にはどれくらいの時間が？」
「分かりませんが、しばらくはかかるかと……」
「……なら、一旦休憩にしましょう。ちょうど近くに湖があるみたいだし、水浴びでもしようかしら……」








––––プリンセスさんの提案により、僕たちは外で休息を取ることになった。


「絶対に覗かないでよ！！」


と、プリンセスさんに言われているため湖には近づけない。とりあえず近くの原っぱに腰を下ろしたけれど、どうしたものか……


『ねえ』
「……？ 何かあった？」
『あなたの名前ってユージなの？』
「……いや、正しくは北条 竜司だけど」
『長いわね。やっぱりユージでいいわ』


……ここには、苗字っていう概念はないんだな。


「そういえば、君の名前は？」
『ああ、言ってなかったわね。私はアルムよ』
「アルム……これからよろしくね、アルム」
『ええ。こちらこそよろしく、ユージ』
「…………」
『…………』


……どうしよう、気まずい。


「おい勇者。……少しいいか？」
「え？ ……ああ、鋼さん。僕に用でも？」
「……先に、私のスタンスを示しておこうと思ってな。主の命により、私はお前をあらゆる災厄から守る。しかし、それだけだ」
「それだけ……？」
「……私は、主以外の者からの命を聞くつもりはない。必要以上にお前たちに干渉するつもりはない……そういうことだ」
「そんな……鋼さんは、僕たちと一緒に闘ってくれないんですか？」
「……忍びとして、仕事に私情を挟むことはしない。私は主の命に従うだけの存在だ」
「でも、そんなのって……」
『止めておきなさい。説得してどうにかなる相手じゃないわ』
「…………」
「……話は終わった。私はこれで……」



「きゃあぁぁぁ！！」



「！？ 今の声って……」
「……私が行く。お前はここで待っていろ」
「えっ、ちょっ……鋼さん！？」


一切の躊躇もなく鋼さんは声の方へ向かっていった。


「……どうしよう」
『待っていろって言われたんだから、言う通りにしたら？』
「…………一応、行くだけ行ってみようかな」


……大丈夫、見なければ何の問題もないんだから……




「……プリンセスさーん！ 大丈夫ですかー！」


いくらか距離を置いて、プリンセスさんに呼びかける。水浴びをしているかもしれないから、うかつに近付くのはマズイんだけど……


「……あ、ユージ？ もう大丈夫だからー！」
「そうだったんだ。よかった……」
「良くないわよ！ 誰かが私の服を盗んだの！ 鋼に頼んでセバスチャンから新しい服を用意してもらったけど……絶対に許さないんだから！」


……プリンセスさんの、服が？ なんだよそれ、誰がそんなことを……


「……えっと、じゃあそっちに行ってもいいですか？」
「ええ、もちろん。……まったく、一体誰が……」


「……おーい、プリンセスー！！」
「この声は……マッハ？」


マッハもプリンセスさんの悲鳴を聞きつけて来たんだろうか……？


「マッハ、こっちはもう大丈夫……」
「何でこんなところにお前の服があるんだー？ 風で飛ばされたのかー？」
「…………え？」


……いやいや、声からしてマッハがいる場所はプリンセスさんが水浴びしていたところからかなり離れている。そんな距離を、風で……？


「…………マッハ、そこで待ってなさい」
「ん？ ああ、分かったー。……にしてもお前、今服ないんじゃあ……」
「安心して、もう着てるわ。……でも、まさかあなたが犯人だったなんてね」
「犯人？ おいおい、どういうことだよ……」
「しらばっくれるつもり？ ……人の服を盗んでおいて、よくもノコノコと戻って来れたわね？」
「…………ハァ！？ 違う違う違う！！ ふざけんな、誰がお前の服なんか盗むかよ！！」
「じゃあなんでマッハがそれを持ってるのよ！ 盗んだ物を捨てて逃げる奴が居るとでも！？」
「いや、知らねえっての！！ ……おいユージ、お前からも何とか言ってくれ！」
「えぇ！？」


……でも、確かに不自然なところだらけだ。マッハが犯人だとすると一応筋は通るけれど……


「…………」
「黙り込むなよ！！ ……ともかく、俺は無実だ！」
「なら、誰が犯人だって言うのよ！」
「いや、それは……」


「お嬢様、お嬢様！！」


セバスチャンさんがこちらへ走ってきた。息を切らしているところを見るに、よほど急な用事らしいけれど……


「……セバスチャン、どうしたの？」
「そ、それが……お嬢様に替えの衣服を渡して馬車に戻ったら……馬車が、何者かに壊されていたのです」
「馬車が……壊された！？」
「……なるほど。今の騒動は陽動で、真の目的は私たちの機動力を奪うことだったということか……」


鋼さんが冷静に分析する。……でも、ということは……？


『すべての犯人は私たちの敵、すなわち水鏡を襲った連中の仲間と見て間違いないでしょうね』
「……なら、マッハは無実なんじゃあ……」
「…………」
「ほら、だから言ったじゃねえか！ それなのにお前らと来たら……」


いつの間にかこちらに来ていたマッハが拗ねたように言う。


「ご、ごめんマッハ……」
「…………」
「……で、プリンセスは？ あんだけ無茶苦茶言ったんだ、きちんと謝りの言葉くらいは……」
「……べ、別に、まだマッハじゃないって決まったわけじゃないし……」
「…………はぁ？」


まさかプリンセスさん、謝らないつもりなのか……？


「ちょっと、プリンセスさん……」
「…………」



むすっとしたまま一向に言葉を発しようとしないプリンセスさん。


「ど、どうしようアルム……」
『私にそんなことを聞かないで』
「…………鋼さんは…………」


……いつの間にか姿を消していた。こんな時に忍者らしさを見せられても……


「……ああそうかよ。そっちがその気なら俺だってもう知らねえ。前から我儘だとは思ってたが、まさかここまでだとはな！」
「な、なんですって……あなただって、いつも人の気持ちも考えずに好き勝手言い放題じゃない！」
「事実しか言ってねえよ！」
「…………」
「…………」


……最悪の雰囲気だ。なんとかして、2人を仲直りさせないと……


「セバスチャン！」
「は、はい！」
「……馬車は直せそう？」
「それは……専門家の方で無ければ難しいでしょう。それにここでは修理するための部品がありません……」
「……なら、近くの町に立ち寄りましょう。1番近いところは？」
「ええと……ここから少し歩けば、アミューズという町があったはずです。そこならば……」
「決定ね。……行きましょう。今から向かえば、夜になるまでには到着できるでしょうから」


プリンセスさんはすたすたと歩き始める……


「……フン、いちいち歩いてられるかよ。俺にはこれがある、先に行かせてもらうぜ」


気付けば、マッハは自身のバイクに跨っていた。


「ま、待ってよマッハ！」
「なんだよユージ。……ああ、お前も乗るか？ 2人までなら乗れるから、俺は別に構わないぜ？」
「そうじゃなくて！ …………」
「……違うのか。じゃあプリンセスと一緒に歩いて行けよ。……アミューズで会おうぜ」


僕の制止に耳を貸すこともなく、バイクは走り去って行った……


「…………」
「……ユージ、早く来なさい。置いて行くわよ？」
「……今、行きます……」








…………どうすればいいんだよ、この状況…………








キャラクター紹介

アルム
モチーフ：【白き地の】 作者：名無しのゴーレム
ユージに力を貸す少女。常に達観したような冷静な口調で話す。ユージ以外には見えないし声も聞こえない。