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第61話:花の仮面 作:湯
なだらかな起伏を持つ丘の芝生に、白い墓標が整然と並んでいる。陽射しは薄く、静謐な空気に包まれた広大な墓地だ。
その一角、古びた黒い墓石の根元に、50代ほどの妙齢の女性が力なく倒れ伏していた。
そして、彼女を見下ろすように、紫がかったグレーの髪の青年が立っている。
その顔は無機質で、影を落とした瞳は、倒れた老婆をただ静かに眺めていた。
周囲の静寂が、二人の間に漂う冷たさを際立たせている。
そして2人の人物の腕にはデュエルディスクが装着されていた。
「勝者、ルーカス・ヴラッドウッド。
エリカ・ラースにはパラドックス・ブリッジに関するあらゆる情報の開示および、今日発生した事象に関するあらゆる情報の口外を禁じます」
デュエルディスクが無機質な音声を響かせる。
「な…なぜ…私の正体がわかった…」
女性はルーカスの顔を恐ろしそうに見上げ、しゃがれた声で問う。
ルーカスは女性を見下ろしながら冷たい声で答える。
「僕はDTDL研究員のサイモン・ゴールドという男を探していた。
15年前、その男の娘が、通り魔によって無惨の死を遂げたらしい。
僕は徹底的にその男の身辺を調べ、娘の墓に毎年、花を添えに来る女がいることを突き止めた」
「まさかその女が、娘の"父親"だとは思わなかったよ。なあ、サイモン・ゴールド」
ルーカスは自分の眼前で倒れる女性をそう呼んだ。
女性…もといサイモン・ゴールドは、強く奥歯を噛み、ルーカスへ畏怖を示す。
「どんなに調べても、死んだ娘にはお前のような女の知り合いはいなかった。
固定概念を排除して考えれば、結論は一つ。
まさか性転換までしてるとはね。どうりで足取りを掴めなかったわけだ」
ニーズヘッグはパラドックス・ブリッジの最後の鍵の在り処を求めて、研究に携わった研究員を突き止め、その者から情報を手に入れようと奔走していた。
その最後の一人がサイモン・ゴールドだった。
パラドックス・ブリッジに関わった者は皆、名前と顔を変えている。
しかし彼は性転換まで行いその身柄を隠していたことになる。
「さあ、契約どおり全て吐いてもらうよ」
その言葉を聞いたサイモンは観念したように項垂れる。
ルーカスは墓地から少し離れた廃墟にて、情報が大量に書き込まれたソリッドヴィジョンの書類を辺り一面に浮かべ、それらを見つめている。
("パラドックス・ブリッジの鍵は5つしか見たことがない"。この情報も他の研究員と同じだ。サイモンの情報の中で最も重要なのは…この目撃証言)
ルーカスは浮かび上がる書類から1枚を手に取る。
(14年前のパラドックス・ブリッジ起動テストの時、その内の1基"デーヴァ"にDTDL副所長クロム・ナイトシェイドが入るのを目撃。
しかし手には何も持っておらず、扉の前で3秒ほど静止した後、中へと入っていった)
ルーカスは書類から目を離し、廃墟の蜘蛛の巣にまみれた天井を見つめ、思考を巡らせる。
(やはりどこまで調べてもデーヴァの鍵を見た者は一人もいない。鍵は物理的に存在しないとしか考えられない。
そしてサイモンの目撃証言…辿り着く結論は1つだ)
ルーカスはスマートフォンでグループ通話をかける。
10数秒後、美蘭・ジェン・オスカーの3人が通話に招集される。
「サイモン・ゴールドから情報を得た。その結果、僕が辿り着いた結論は1つ。
パラドックス・ブリッジ"デーヴァ"の鍵は…"生体認証"だ」
「生体認証…確かに以前からその可能性はありました。
その確証が得られたと?」
ジェンが声を潜めながら話す。
「あぁ。14年前、クロム・ナイトシェイドが、手に何も持たず扉の前に立つだけでデーヴァに入ったという証言が得られた。おそらく鍵は"眼"だろう」
「えっ…じゃあアタシらがパラドックス・ブリッジを使うには、イーサン・レイノルズの目ん玉抉り出さなきゃいけないってこと!?」
クロム・ナイトシェイド=イーサン・レイノルズ。これはニーズヘッグが導き出した結論だ。
「いえ…そこまでせずとも、強制オースデュエルによって、生体認証を使わせれば良いのですよ、美蘭さん」
ジェンが優しい声色で訂正する。
「あれ、でもイーサン・レイノルズには強制オースデュエルは効かないんでしょ?」
「そうですね…今のところは」
ジェンの言葉は含みを持っていた。
「ジェン、"強制オースデュエル無効"の解除にはどれほどの時間を要する?」
オスカーがようやく口を開く。
「…早ければ数日、遅ければ1週間以上はかかるかと。
プログラムは巧妙に隠蔽されており、最深部が見えないもので」
殺風景な機械室にて、ジェンはキーボードを叩きながら答える。
壁沿いに並ぶ黒いサーバーラックからは、常に一定の低い駆動音が発せられている。
「引き続き解除を進めろ。だが、それはあくまで保険だ。
2日後、俺はマキシム・ハイドと会う。
奴の言葉に裏がなければ…そこで最後の鍵を手に入れられるはずだ」
「大統領と…?」
オスカーの言葉に美蘭は首をかしげる。
「奴から連絡があった。"地球のこれからについて話し合おう"とな。
政府はすでに俺達が5つの鍵を握っていることを知っているだろう。
順当に行けば、奴らも俺達の計画に従うことになる」
ニーズヘッグが鍵を持っている時点で、政府はモンスターワールド侵攻計画を進めることはできない。
主導権がニーズヘッグにある以上、政府もニーズヘッグのセカンド・コラプス計画に従わなければならない可能性が高い。
「ほえー。でも、最後の鍵がなんで手に入るんですか?」
美蘭はわかっているのかわかっていないのか曖昧な返事をしながら、質問を続ける。
オスカーの手を煩わせまいと、ジェンが先に口を開く。
「政府は元よりパラドックス・ブリッジを利用してモンスターワールドへ侵攻するつもりでした。
ならばマキシム・ハイドも生体認証を使えるということ。
彼がこちらの計画に乗るなら、自ずと最後の鍵は手に入るということです」
「なるほどね!じゃあもうアタシ達の勝ちじゃん!やったー!」
「糠喜びするな。マキシム・ハイドがどう出てくるかわからない以上、油断はできない。
だから保険としてクロム・ナイトシェイドが必要なんだよ。
わかったか?これ以上貴重な時間を無駄にするな」
「はいはい、わるーござんしたよーだ。じゃあオスカー様、ジェンちゃん頑張ってね!
アタシは撮影とか色々あって忙しいから!バイバイ!」
美蘭はムキになったのか一方的に通話を切ってしまう。
「アイツ…。とにかく勝負は2日後のマキシム・ハイドとの会談だね。
でも兄さん、マキシム・ハイドと会うのは、イーサン・レイノルズへの強制オースデュエル無効を解いて、
奴の生体認証を手に入れてからでも遅くないんじゃないか?
それなら、パラドックス・ブリッジを手中に収めた状態で、政府へ協力を要請するだけで済む」
美蘭と違いあくまでルーカスは慎重だ。
オスカーの考えを別の観点から検証し、言葉を投げる。
「2日後でなければ、会談の時間が取れるのは1ヶ月以上先になるらしい。
大統領選も近い。万が一マキシム・ハイドが落選した場合、何も知らぬ次期大統領を計画に賛同させることは困難だ。
マキシム・ハイドが大統領の座にいる間に計画を進めなければならない」
隕石衝突は8ヵ月後だ。会談が1ヵ月以上延びるとなると、そのハンデは大きい。
さらに万が一大統領が変われば、さらに計画は難航し地球に危機が迫ることになる。
セカンド・コラプス計画の成就のためには、全世界の人々がモンスターを召喚し、隕石を迎え撃たなくてはならない。
世界各国を統率するためにデュエリア政府の協力は必要不可欠。
もし新たな大統領が誕生すれば、まずはモンスターワールドという世迷い言同然のことから説明しなければならない。
それではいくら時間があっても足りない。
あらゆる事情を熟知しているハイドが大統領の座にいることが最も効率的だ。
「…なるほど。まあせっかく向こうから頭を垂れて来たわけだしね」
「1つ確認ですが、強制オースデュエル無効の解除は、マキシム・ハイドを優先しなくてよいのですか。
2日後の会談の時、いざとなれば強制オースデュエルに持ち込めるかと」
先代社長ゲイル・ヴラッドウッドによって強制オースデュエル無効の特権を与えられた者は3人。
その内の1人がマキシム・ハイドだ。
一瞬の空白が訪れる。その後、オスカーが厳かな声色で言葉を返す。
「奴と戦うのは、最後の手段だ。無暗に手を出せばこちらの計画が潰される」
「…社長をもってしても、ですか?」
ジェンは疑念をもって聞き返す。
オスカーほどの圧倒的な強者が負けを想定していることが信じられなかったからだ。
「…良くて五分だ」
その言葉に、ジェンは絶句する。
「マキシム・ハイドは、ニーズヘッグにいた頃、一番の実力者と言われていた。
直接デュエルを見た事はないけど、お祖父様でさえも、あの男にだけは一度も勝ったことがなかったらしい」
ジェンは彼らの言葉だけで、ハイドに無暗に戦いを仕掛けることがいかに愚かなことであるかを理解した。
「…承知しました。ではイーサン・レイノルズの特権の解除を進めます。
会談までに間に合うように努めます」
会議は終了し各々、通話を終える。
ルーカスの周りに浮かんでいたソリッドヴィジョンの書類の群れが、一瞬にして光の粒子となって消滅する。
廃墟に、再び深い静寂が戻った。
ルーカスはスマートフォンの画面をポケットに押し込み、2日後の会談に向けて、思考のギアを切り替える。
彼は窓の外の墓地に目を向けたまま、静かにその場を後にした。
そして、2日後。
オスカーとハイド大統領の会談当日。
その夕方のこと。
「…まずいことになった」
なんでも屋「Next」事務所にて、イーサンがPCのモニターを見つめ、声を上げた。
「どうしたんだよ?」
遊次がイーサンの後ろへと駆け寄りモニターを見る。
釣られるように灯と怜央もイーサンの後ろへと回る。
「このニュースを見ろ。今から20分前、オスカー・ヴラッドウッドが大統領公邸に入ったらしい」
「見ろって言われても…確かに怪しげな動きだけどよ。何がまずいんだ?」
遊次が画面を見つめ唇を尖らせる。
「…おそらく、ニーズヘッグはすでに最後の鍵の正体に気づいている」
「鍵って…パラドックス・ブリッジの?」
灯は約1週間前の、シオーネ・マリンスキーと名乗る変装した美蘭が事務所に現れた時のことを思い出した。
それもパラドックス・ブリッジの鍵を求め、イーサンに近づくためだった。
「あぁ。6基に分かれたパラドックス・ブリッジの内、"デーヴァ"だけは物理的な鍵が存在しない。
唯一の解放手段は…生体認証だ」
「生体認証…指紋とか顔で、特定の人間だけが解放できるってわけか」
「その通り。その生体認証が可能な人間の一人が…大統領『マキシム・ハイド』だ」
イーサンの言葉の後、一瞬の間が空き、遊次はその恐ろしさに気がついた。
「…ニーズヘッグはそのデーヴァってヤツの鍵以外は全部持ってんだよな!?
ってことは、いま大統領と会う理由って…」
灯と怜央も目を見開き、今がすでに今際の際にも等しい状況であることを知る。
「もし大統領がニーズヘッグの計画にノっちまったら…その瞬間ゲームオーバーだ」
怜央は拳を強く握り、怒りがはらんだ眼差しでモニターを見つめる。
「でも…私達にはどうすることも…」
オスカーとの契約がある以上、Nextはセカンド・コラプス計画に手出しできない。
灯は無力感に打ちひしがれる。
もしかしたら最後の鍵が見つからないかもしれない。
何かがきっかけでニーズヘッグの計画が頓挫するかもしれない。
そう希望を抱いている間にも、ニーズヘッグは着実に前に進んでいた。
どうすればいいのか。
言葉が出てこない。
しかし、その瞬間、遊次の目の前にソリッドヴィジョンの書類が1枚浮かび上がる。
「な、なんだ…?」
その書類に4人の視線は集まる。
「これは…!」
目に入ってきた文字は、思いもよらぬものだった。
『契約解除通知』。
契約者はオスカー・ヴラッドウッド。
被契約者は神楽遊次。
「…どういうことだ?なんで急に契約が解除されたんだ!?」
遊次達は困惑した。
しかしこれこそが、Nextにとっての一縷の望みだった。
なぜオスカーは遊次に課した契約を解除したのか。
それは、今から少し前に遡る。
ジェンはニーズヘッグ・エンタープライズ本社の長い廊下を急ぎ足で歩いている。
(強制オースデュエル無効の解除まであと1歩。しかし社長と大統領の会談には間に合わなかった。迅速に解除せねば…)
ジェンが階段を降りようとしたところ、上ってくる人物と目が合う。
「先輩!どこ行くんですか?」
開発本部のジェンの後輩である町田純心だ。
タイミングの悪さにジェンは心の内で苦虫を噛み潰す。
「いえ、ちょっと野暮用で…」
「野暮用って、プロジェクト放ったらかして何言ってるんですか!ここ最近全然顔出さないじゃないですか!」
町田の意見はもっともだ。しかし事情をバカ正直に話すわけにはいかない。
隕石やセカンド・コラプスのことなど、ほとんどの社員が知らないのだ。
「…実は、国家規模のプロジェクトが動いていまして、そちらの方で今手一杯なのです。
町田君にも重要なポストとして携わってもらうつもりです。時期が来れば説明しますから」
「えっ、ホントですか!?なんだぁ、早く言ってくださいよー!」
町田はジェンの甘言に顔を綻ばせる。
「ではこれで。急いでいますので」
ジェンは早足で階段を駆け下り、そのまま開発室へと向かった。
その背を、町田は意味ありげな眼差しで見つめていた。
ある昼下がり。
メインシティの中央に位置する、巨大な円形広場。
周囲をガラス張りの超高層ビル群に囲まれた石畳の地面は、いくつもの巨大な照明が放つ、白く鋭い人工の光に包まれていた。
照明器具を載せたクレーンアームが、青空に向かって、巨大な鉄骨の塊を伸ばしていた。
「はいカット!いったん休憩入りまーす!」
監督の一声がかかると、周りの人達は一斉に安堵の息を吐いた。
「はぁ~、疲れたぁー!」
美蘭は体をのばし深呼吸をする。
彼女はニーズヘッグ・エンタープライズのCM撮影のために、この「セントラル・プラザ」に来ていた。
美蘭は鞄からスマートフォンを取り出し何かを確認すると、途端に青ざめた表情になる。
「げっ!鬼電きてる…。
…あっ!コラボモデルのデュエルディスクのデザイン、期限今日までじゃん! やば!ちょっと電話してくるね!」
美蘭は近くのスタッフに告げると、周囲の喧騒から逃れるように、資材置き場を隔てる高い衝立の陰へと駆け込む。
その後、資材の隙間から、一つの人影がそっと現れた。
人影は動かず、美蘭が隠れた方角を、冷たい視線でじっと見つめていた。
そして、太陽が沈み始める時間。
黒い鍛鉄の門の前に、オスカーは立っていた。
彼の長い黒髪が、晩秋の冷たい風に優雅にたなびいている。
目の前には、白く堂々とした石造りの建物が広がる。
ここは大統領公邸。
高い柱が並ぶ威圧的なファサードは、この国の揺るぎない権力の象徴だ。
門の両脇には、二人の警備員が彫像のように直立不動で控えていた。
静寂の中、重厚な門がゆっくりと内側へ開き始めた。
オスカーはその開いた隙間に一切の畏れなく足を踏み入れた。
その動作は、まるで、この厳重な空間への入場が当然の権利であるかのように堂々としていた。
正面玄関の石段を上ると、重厚な木製扉が内側から開けられ、彼は広々とした玄関ホールへと導かれた。
大理石の床には深紅の絨毯が敷き詰められ、頭上では巨大なシャンデリアが静かに輝いている。
ホールの中央で、大統領補佐官「アリシア・ローレンス」が、オスカーに一礼する。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
アリシアの誘導で、オスカーは絨毯が敷かれた長い廊下を進む。
廊下の壁には歴代大統領の肖像画が並び、その重厚な歴史が沈黙のうちに語られていた。
やがて、二人は「応接の間」の手前で立ち止まった。
アリシアが静かに両開きの扉を開ける。
室内は暖炉の柔らかな熱と、革張りのソファ、そして磨き上げられたアンティークの調度品で満たされていた。
部屋の中央、大きなマホガニー製のテーブルの向かい側で、大統領『マキシム・ハイド』が既にオスカーを待っていた。
「やあ、若き社長。待っていたよ」
オスカーの視線と、大統領ハイドの視線が、部屋を隔てて鋭く交差した。
静かに燃える暖炉の音だけが響く中、二人の間に見えない火花が散るような、張り詰めた緊張が走った。
オスカーが室内に入ると、アリシアは深々と一礼し、静かに扉を閉めた。
扉が閉じられた瞬間、彼女は一瞬俯いた。
長いバイオレットの髪が顔を覆い隠す。その表情に、強い憤りが険しい影を落とした。
大きなテーブルを挟み、ハイドとオスカーは対峙する。
暫しの静寂の後、ハイドが大きく息を吸い、口を開く。
「いやぁ、やってくれたねぇオスカー君!
まさか"あの装置"をいつの間にか乗っ取っているとはな!」
緊迫した空気に似つかわしくない、明るく大きな声が部屋に響く。
「政府の計画が到底承服しかねるものだったので」
オスカーはあくまでいつもの冷静なトーンを保ちながら、その言葉遣いはビジネスライクだ。
「ガッハッハ、承服も何も、外部の人間である君が計画を知る由はないはずだがな」
「無駄話をしている時間はないはずです。スケジュールが詰まっているご様子ですから」
オスカーは皮肉交じりに言う。
「…まあいい。ならば単刀直入にいこう。
君達はパラドックス・ブリッジを使って何をするつもりかな?」
「この世界をモンスターワールドのエネルギーで満たし、全人類のモンスターによる総攻撃で隕石を討つ」
オスカーは手短に計画を伝える。
「ほぉ。しかしパラドックス・ブリッジを起動し空間に裂け目を開ければ、モンスターがこちらの世界に現れ、犠牲者も相当数になるだろう。
まさか、モンスターを守るために人類を犠牲にするというのかね?」
「いかにも」
オスカーの単純明快な回答は、ぶれぬ信念の表れだった。
「…ふむ。吾輩としては、素晴らしきデュエリア国民の1人たりとも命を失ってほしくはない。
故に断腸の思いでモンスターワールドを滅ぼすことを決断したのだがね」
「今更そのレールに戻ることはありません。選択肢は一つ。
我々の計画に従っていただきたい」
再び空気が張り詰める。
しかしまだハイドの表情には余裕が見える。
「君達が手にしている鍵は5つ。
あと1つがなければ、パラドックス・ブリッジは起動しないじゃないか。
ならば、私が計画に従う理由はないな」
ハイドはその心中を覗くかのようにオスカーへ視線を送る。
しかしオスカーは微動だにせず、口を開いた。
「最後の鍵は、我が眼前に」
オスカーはハイドを真っ直ぐと見据える。
その言葉の意味はハイドにもすぐに理解できた。
「フッ…もうそこまで辿り着いていたか。
だがしかし、吾輩が同意しない限り、君達の計画は前に進まない。違うかな?」
ハイドはあくまで主導権を渡そうとしない。
ハイドにはまだ特権もある以上、強制オースデュエルにも持ち込めない。
世界を巡る静かなる攻防が、この部屋で繰り広げられている。
「最後の鍵を所持しているのが貴方だけではない…としたら?」
オスカーはソファに深く腰掛け、探るような視線を送る。
その言葉を聞いたマキシムは、手を叩いて豪快に笑う。
「ガッハッハ!生体認証だけじゃなく、"死 体"認証があればよかったがな!
残念ながら、神楽天聖もクロム・ナイトシェイドも、とうに……」
意気揚々と言葉を紡いでいる途中で、ハイドは突然はっとした表情に変わる。
「もしや……生きているとでもいうのかね?」
ハイドが真剣な表情で問う。
それは、限りなく"確信"に近い感覚だった。
オスカー・ヴラッドウッドという男が、ただ自分に協力を依頼するためだけに、無策でここへ来るはずがない。
自分達の計画に賛同させられる"何か"があるからだ。
「"地球のこれからについて"…それがこの場の議題だ。
人類には、一刻の猶予もない。どうすべきか、貴方なら理解しているはずです」
オスカーは問いには答えない。
ただ、黒いコートのポケットに手を入れ、背もたれに背中を預ける彼のその態度に、嘘偽りがないことをハイドは理解していた。
彼は自分以外の生体認証が可能な人間を知っている。
そして、その人間から生体認証を手にすることなど、彼には不可能ではないだろう。
だからこそ、すでに勝敗が見えている今、最後の駒を取る瞬間までゲームを続ける時間が、オスカーには惜しいのだ。
時間を1日たりとも無駄にするわけにはいかない。
故に彼は、最も時間を無駄にせずに計画を進めるために、この場に来たのだ。
ハイドは、正面のオスカーから目を離し、テーブルの傍らに立てかけてあった、小さなデュエリア国旗に視線を移した。
数秒間、彼は国の象徴を見つめたまま動かなかった。
その静止こそが、彼が己の信念と、目の前の提案を天秤にかけている瞬間を物語っていた。
ハイドはゆっくりとオスカーに顔を戻した。
「よかろう。君たちの計画に従おう」
大統領は、張り詰めた沈黙を破り、その重い決断を告げた。
ハイドの答えを聞いたマキシムは、僅かな間、目を瞑る。
その一瞬、オスカーの瞼の裏には、この2年間、2つの世界を救うために影で奔走してきた記憶が映っていた。
「当然、計画書や同意書はあるのだろう?」
ハイドの問いに、オスカーはソリッドヴィジョンの書類を目の前に提示する。
ハイドは手を伸ばし、その書類に目を通す。
その時だった。
重厚な扉の外から、鋭いノックの音が三度響いた。
直後、アリシアの声が、少し緊張した様子で聞こえてきた。
「閣下、少しよろしいでしょうか」
ハイドは書類から目を上げ、訝しげな視線を扉に向けた。
「入れ」
その短い返事を受けて、アリシアが素早く部屋に入ってきた。
彼女の表情は引き締まり、その手には、掌に乗るほどの大きさの、黒い無骨な機械が握られている。
アリシアは一歩踏み出し、その機械をハイドの目の前に示した。
オスカーもその機械に視線を向ける。
「先ほど、公邸の周りをこのようなものが飛び回っているのを発見しました。
警備の者が捕獲したところ、どうやら映像投影用のドローンのようで」
「ふむ…熱烈な支持者からのメッセージかな?」
少なくとも異常事態ではあるはずだが、ハイドは特に警戒もせずに冗談を言う。
「いえ、それが…趣味の悪い悪戯かもしれませんが、金髪の女性が縛られて捕えられている映像が映っています。
映像内の時計はデュエリアの現在時刻を示しており、リアルタイムで配信されている可能性が高いかと」
捕らえられた金髪の女性。
その映像が公邸に届けられた。
オスカーに嫌な予感が走る。
「再生してみたまえ」
ハイドの合図で、アリシアは手に持ったドローンを手のひらの上で軽く操作した。
途端、ドローンから青白い光が放たれ、ソリッドヴィジョンの映像が宙に浮かび上がる。
映し出されたのは、コンクリート打ちっぱなしの薄暗い倉庫らしき場所。
そしてその中央には、椅子に縛り付けられた金髪の女性の姿があった。
彼女は黒い布で目隠しをされ、身動き一つできない状態で横たわっている。
「美蘭……!」
オスカーは、その映像を視界に捉えた瞬間、喉の奥から絞り出すような声を上げ、絶句した。
縛られているのは明らかに美蘭だ。
「七乃瀬美蘭!?この女性がか!?いったい何故…」
アリシアは不測の事態に驚き、映像を見つめている。
「ほう…これは確かに、よからぬ事態のようだ」
ハイドはまるで劇場の舞台を見ているかのように興味深げに頷き、他人事のように薄い笑みを浮かべて言った。
すると、こちらの声が向こうに届いたのか、美蘭が叫ぶように声を上げる。
「オ、オスカー様!いるの!?どこ!?」
彼女はオスカーの声が聞こえた事にただ反応し、声は映像の向こうからであることはわかっていない様子だった。
「ねえオスカー様!アタシ、CMの撮影中に急に目と口を塞がれて…なんか薬?みたいなので意識もなくしちゃって…起きたらなんか捕まってるっぽいの!」
オスカーは眉を顰め、険しい表情で映像の向こうの彼女に伝える。
「落ち着け。俺はそこにいない。マキシム・ハイドとの会談中、映像投影用ドローンが届き、そちらと中継されている。周りに人はいないのか」
オスカーの冷静な声が美蘭のパニックを抑え、彼女にも平常心を取り戻す余裕を与えた。
「…いるよ、ずっと。そこに」
美蘭が目隠しをしたまま、顔を左側に向ける。
すると、映像の端からある影が現れた。
全員の視線がそこに集まる。
現れたのは、白い仮面を着け、大きなフードのある薄いピンク色のローブを纏った謎の人物。
仮面とローブには薄紫色の花柄が描かれており、仮面の右側には、紫色の蔓と葉の意匠が繊細に描かれている。
仮面からは、ライムグリーンの長い髪がはみ出ている。
相貌はわからないが、シルエットからおそらく女性と思われる。
キャラデザイン:ttps://imgur.com/a/7emnuVA
※URLの最初に「h」を付けてURLを開くと画像を表示可能
「ご機嫌麗しゅう。オスカー・ヴラッドウッド」
花の仮面の女はローブのスカート部分を摘んで、まるで淑女のように膝を曲げ、挨拶をする。
「何者だ」
オスカーは低い声で問う。
「"フラワー"、とでも名乗りましょう」
花の仮面の女は、誘拐犯とは思えぬ丸い柔らかな声で答える。
「目的は何だ」
「ニーズヘッグ・エンタープライズに対して、20億サークを要求します。
七乃瀬美蘭様の身柄と引き換えに」
フラワーは、その声に一切の揺らぎもなく告げた。
「ほほぉ、よりにもよって我が公邸で堂々と犯罪行為を垂れ流すとは、よほど恐れ知らずのようだ」
マキシムは不敵な笑みを浮かべながら、オスカーに視線を送る。
まるで、彼がどう出るかを観察するかのように。
「断ると言ったら?」
オスカーは冷静に問い返す。
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、フラワーは素早く美蘭の隣に移動した。
そして、音もなく抜いたナイフの切っ先を、美蘭の首元に突き付けた。
「この方の命はありません」
冷酷な声が映像越しに響き、美蘭の体が小さく震えるのが見て取れる。
オースデュエルが普及し始めた頃から、武器の製造は実質的に不可能となった。
それでも日常的に別の用途として使われる刃物などの類は、変わらず時として武器になり得る。
しかしオスカーは表情を崩さなかった。
(ただの金銭目的の誘拐ならば、わざわざ大統領との会談中に実行するメリットはない。奴の真の狙いは何だ)
オスカーはこの状況に明らかな違和感があることをすぐに見抜いた。
しかしオスカーの僅かな沈黙さえもフラワーは許さなかった。
フラワーは美蘭の首元にナイフを突き立てたまま、催促するように口を開いた。
「さあ、ご決断を。時間はありませんよ」
「オスカー様、アタシなんかに構わないで!」
美蘭が必死に叫ぶ。
その間、アリシアは警察に連絡するよう警備員に指示しようとするが、その僅かな動きですらフラワーは見逃さなかった。
美蘭の首元にさらにナイフを押し付けると、彼女は痛みに顔を歪ませる。
美蘭の首筋から赤い液体が細い線を描いて滴る。
「政府の皆さんはもちろん、わかっていますね。シー……ですよ」
フラワーは人差し指を仮面の口元の位置に一本立て、アリシアに警告する。
「クソッ…」
公邸にも関わらず凶行を見逃さなければならないことに、アリシアは心底苛立ちを募らせる。
「金の受け渡しは?」
オスカーは迷いなく言葉を発した。
「支払い方法は仮想通貨です。デュエリア・コインを、指定のアドレスに送金してください。
アドレスはリアルタイムで表示します」
フラワーはそう言うと、映像の片隅にデジタル表記のアドレスを即座に表示させた。
直接的な対峙を避けるために、現金の受け渡しではなく仮想通貨を要求しているのだろう。
銀行振込ではなく仮想通貨を要求するのは、追跡が困難であり国家が介入しにくいというメリットがあるからだと推測できる。
「…我が社では暗号資産の送金は、マルチシグネチャによって、俺とルーカスの2人の電子署名が必要になる」
マルチシグネチャとは、資金を動かすために複数の秘密鍵所有者による承認を必須とするセキュリティシステムだ。
会社の巨額な資金が、一人の判断や不正で動くのを防ぐための当然の手続きである。
「ならば、そのようにしてください。迅速な対応を期待しています」
オスカーの言葉に、フラワーは平然と答える。
「オ…オスカー様!こんな奴に屈しちゃダメだよ!アタシ1人のためなんかのために!」
美蘭の叫びは心の奥底から出る声だった。
自分の信奉するオスカーが犯罪者1人に屈することが信じられなかったのだ。
「お前が世界から消える損失を考えれば、20億などたかが知れている。そう判断したまでだ」
「…オスカー様……」
美蘭は目隠しの下から涙を零すと、沸き立つ複雑な感情を抑え、押し黙る。
「それと…オスカー・ヴラッドウッド、あなたがオースデュエルによって課したここ1ヶ月の契約を全て解除してください」
「…何?」
あまりに唐突なフラワーの要求にオスカーは再び疑問を抱いた。
(これが本命か?だが、誰が、何のために?考えられるとすれば…)
オスカーは後ろで悠然と座すマキシム・ハイドに視線を送る。
オスカー1人にただ要求を突き付けるだけなら、わざわざ大統領との会談中である必要がない。
この取引には何か裏があるはずだ。
(ドローンを持ってきたのも政府の人間。ならばこれも、ハイドが俺達の計画に抗うために演じた茶番か?
しかし、フラワーの要求は1ヶ月以内の契約の解除。俺達の計画とは直結しない…)
そう考えるオスカーの頭の隅に、直近のセカンド・コラプス計画に関する契約のことが1つ、思い浮かんだ。
それは神楽遊次とのオースデュエル。
彼に突き付けた契約は、セカンド・コラプス計画への関与の禁止。
その契約解除をフラワーが望んでいるとすれば、一応の辻褄は通る。
(しかし、マキシム・ハイドが俺と神楽遊次のオースデュエルなど知るはずがない。
神楽遊次の配下共にも契約が有効である以上、奴らの仕業ではない)
オスカーは一瞬の間で思考を巡らせる。
(計画を止めることが目的ならば、パラドックス・ブリッジの鍵の一つでも要求すればいい。手段が遠回りだ。
現状、フラワーの目的が俺達の計画の阻止であるとも断言できない)
フラワーの要求は20億サークと1ヶ月以内の契約の解除。
遊次とのオースデュエル以外の契約解除や、それ以外にも目的がある可能性も残っている。
いくつかのピースを繋ぐことはできても、全てのピースは繋がらない。
フラワーが何者か、何が目的か、それをこの場で推測することは不可能だった。
「当然、契約解除も彼女の身柄を引き渡す条件に含まれています。
契約解除については、今この場で、行っていただきます」
フラワーはそう言うと、美蘭の首元に突き立てたナイフの切っ先を、さらにわずかに押し込んだ。美蘭から小さく息が漏れる。
「これが最終警告です。5、4…」
フラワーのカウントダウンが、公邸の厳粛な沈黙を切り裂いた。
オスカーは迷わず、黒いコートの懐からデュエルディスクを取り出し、宣言する。
「一ヶ月以内の契約を、全て解除する」
オスカーの眼前に5枚のソリッドヴィジョンの契約書が浮かび上がった。
それらは音もなく、端から瞬時に粒子となって崩壊し、消え去った。
「契約解除を確認しました。では今から3時間以内に20億サークを送金してください。
送金が確認でき次第、七乃瀬美蘭を解放し、彼女から貴方に連絡させます」
フラワーは一方的にそう言い放つと、ソリッドヴィジョン映像は、プツリと唐突に掻き消えた。
部屋には再び、暖炉の爆ぜる音だけが残った。
「どうやら、今は呑気に話し合っている場合じゃないらしいな」
ハイドは、座ったままオスカーを見つめ、口元を歪める。
心配の心情など一つもなく、順風満帆に見えたオスカーの計画に隙が生じたことに、どこか期待を持つような言い方だった。
「この計画書と同意書は、持ち帰らせてもらう。
ではまた、別の機会に話をしよう」
話はこれで終わりと言わんばかりに、ハイドはテーブルに置かれた精巧な磁器のカップを手に取り、紅茶を一口、優雅に飲んだ。
オスカーは、黙ったままマキシムを疑訝しげに見ると、身を翻し、アリシアに対して低い声で言った。
「見送りは結構」
彼は公邸の玄関へ向かい、一言も発することなく、早足でその場を去った。
アリシアはオスカーの背と、動じずに座す大統領を交互に見つめ、困惑した様子を露わにしていた。
「美蘭が誘拐されただと!?」
ルーカスは突然かかってきた兄からの電話の内容を聞き、その場を歩き回りながら声を荒げる。
「犯人はフラワーと名乗る仮面の女。
要求は20億サークを仮想通貨として送金することと、1ヶ月以内にオースデュエルによって結んだ契約を解除することだ」
ルーカスは一瞬、その場で動きを止めた。
即座に衝撃を理性で制御し、思考を緊急対応へと切り替える。
「…僕はどうすればいい?」
「契約は既に解除している。残るは3時間以内の送金。
すぐに本社に向かえ。電子署名が必要だ」
「…わかった。でも、1ヶ月以内の契約が解除されたってことは、また"奴ら"が邪魔してくるかもしれないのか…」
ルーカスは瞬時にNextに課した計画阻止を禁ずる契約が破棄されたことに気が付いた。
「その時はまた打ちのめすまでだ。
誘拐事件の発生により、マキシム・ハイドとの会談は保留となった。
最後の鍵が生体認証であるとわかった今ならば、奴らと再び相まみえることにも意味がある」
Nextが乗り込んできた時は、最後の鍵がイーサンの"眼"による生体認証であることはオスカーも知らなかった。
Nextは、ただ計画を偶然知った邪魔者に過ぎなかった。故に、ただ口を封じればそれでよかった。
しかしハイドとの会談で彼の合意を得られなかった以上、生体認証という最後の鍵は手に入れられていない。
そこで"保険"としてイーサンの眼が有効ということになる。
「一つだけ朗報がある。ジェンが、イーサン・レイノルズの強制オースデュエル無効を解除した。
今なら奴の生体認証を手に入れられる」
彼の視線の奥には、この好機を逃してはならないという、鋭い決意が宿っていた。
「今動けるのはジェン1人だ。イーサン・レイノルズの元へ向かわせろ。
契約解除の通知はすでに神楽遊次に届いている。すぐにアクションを起こす可能性が高い」
「わかった」
ルーカスは短く返事をし、通信を切った。
そしてまた別の人物に電話をかけながら、彼は踵を返し、すぐに本社に向かうべく走り出した。
ジェンはニーズヘッグ本社の高層階にある窓の前に立っていた。
片手には冷たい缶コーヒーが、もう片方の手には携帯電話が握られている。
ガラス越しに、メインシティの街並みが夕暮れの光の中で輝いている。
「承知しました。すぐにイーサン・レイノルズを見つけ出し、強制オースデュエルによって生体認証に同意させます」
彼は冷静にそう返事をすると、指先一つで通信を終えた。
静かに缶コーヒーを一口飲んだ後、ジェンはゆっくりと窓の外から顔を室内に向けた。
その瞬間、彼の顔から温厚で穏やかだった表情が、まるで薄い仮面のように剥がれ落ちた。
瞳の奥にあったはずの優しさは消え失せ、代わりに宿ったのは、冷たく、無慈悲で、獲物を追い詰める殺戮者のような光だった。
「なんでかはわかんねーけどよ、契約が解除されたってことは、俺達はまた戦えるってことだろ!」
遊次は事務所にて、浮かび上がるソリッドビジョンの『契約解除通知』を手にして、強い眼差しを3人に向ける。
「そうだな。だが、また馬鹿みてえに真正面から突っ込むのか?なんかの罠かもしれねえぞ」
契約解除が一筋の光明であることは確かだ。
しかしあまりにも出来すぎた話に、怜央は警戒心を解いていない。
「そうは言っていられないだろう。
もしマキシム・ハイドの生体認証がニーズヘッグの手に落ちれば、俺達にもう交渉の余地はない。
セカンド・コラプスは、実行されてしまう」
イーサンの言葉が、遊次達の鼓動をさらに早める。
理由はわからない。罠かもしれない。しかし今、確実にチャンスを手にしている。
それが無駄に終わってしまうことが…戦うことすらできないことが、最も恐るべきことだった。
「大統領ンとこ急ぐぞ!」
遊次は急いで外に向かおうとするが、灯がその腕を掴む。
「待って!ここからメインシティまで2時間かかるんだよ!今から行っても、もう話し合いは終わってるよ!」
「だからって諦めるわけにはいかねえだろ!」
お互いにどうすべきかはっきりしないまま、遊次と灯の声は衝突する。
「ハイドがニーズヘッグの計画に同意した時点で、詰みだ。
つまり俺達は、ハイドが計画に同意しなかった時のことだけ考えればいい」
イーサンは声を荒げず、冷静に最善を尽くそうとする。
その声が、遊次と灯にも平静さを取り戻させた。
「だが、もしマキシム・ハイドが断ったとして、その後はどうする?
前はたまたま、あのロン毛野郎が俺らを黙らせようと積極的にオースデュエルを仕掛けてきただけだ。
今回もご丁寧に相手をしてくれるとは限らねえ」
以前は遊次の衝動的な行動が偶然実を結んだに過ぎない。
ニーズヘッグにも真実を知ったNextの口を再び塞ぐ意義はあるが、こちらがそれ一本に縋って同じようにニーズヘッグに立ち向かうのは心もとなかった。
「…いや、交渉材料ならある」
イーサンは意を決した様子で言う。
「なんか手があんのかよ?」
「あぁ。生体認証ができるのは、マキシム・ハイドだけじゃない。俺も…その一人だ」
イーサンは自分の片目を指し示す。
「ま、マジかよ…!」
「うそ…。でも、イーサンもパラドックス・ブリッジに関わってるんだから、おかしくないよね」
湧いて出たかのような希望に、遊次達の心拍数は再び上がる。
「とにかく、メインシティへ行かない限りは始まらないだろう。あとの説明は車の中でする」
「あぁ、そうだな」
遊次は急いで事務所を出ようとするが、扉の前で立ち止まる。
「俺達がこれから戦うのは、"世界を救おうとしてる奴ら"だ。
本気で何かを守ろうとしてる奴らを…その方法が気に食わねえからって、ぶっ倒そうとしてるんだ」
そして3人の方を真剣な表情で振り返る。
「ニーズヘッグに勝っても…本番はそっからなんだよ。
誰も犠牲にしないで隕石をぶっ飛ばす方法を、見つけなきゃいけないんだからな。
もしそれが見つからなかったら、俺達がニーズヘッグを止めたせいで、世界中の皆が死んじまうかもしれない」
灯、イーサン、怜央の3人は、一様に表情を引き締めた。
「それでも俺は、誰かを犠牲にした世界で生きてたって、笑えない。だから戦うって決めた。
でも皆が俺と同じ気持ちじゃないと思う。だから…もし、まだ迷いがあるなら…言ってくれ」
これは大きな選択だ。
流れに身を任せて戦うことだけはしてはならない。
自分自身が"選ぶ"ことをしない限り、ニーズヘッグの"覚悟"に敵うはずがない。
それは遊次がオスカーとの戦いで学んだことだ。
遊次の問いかけを受けて、重い沈黙が数秒間、事務所に張り付いた。
誰一人、視線を逸らさない。その張り詰めた空気の中、怜央が口火を切った。
「確かに、お前と同じ気持ちじゃねえよ。世界を救うだの、んなことには興味がねえからな」
怜央は拳を握り、真っ直ぐと前を見る。
「ただ…ちょっとでもガキ共が巻き込まれる可能性があんなら…ブッ潰さなきゃならねえ。それだけだ」
その瞬間、怜央の細められた瞳の奥に、燃えるような激しい光が宿った。
彼はこれまでもずっと、大切なものを守るためだけに動いてきた。
だからこそ、この言葉は怜央らしい。
遊次は怜央と目を合わせ頷いた。
「私も、遊次みたいに、世界中の皆を守りたいって心の底から思えるかっていったら、自信がない。
私が見てる世界は、昔からずっと、小さいものだから」
灯は胸に手を当てる。
頭に浮かぶのは、小さい頃から紡がれてきた、たった1人の男の子との思い出。
「私の世界の中心には、いつも"誰かさん"がいた。
私はその人の笑顔にいつも救われた。だから…」
灯は真っ直ぐと遊次を見る。
その目はとても優しく、そして、強いものだった。
「遊次が笑えない世界なんて、私は見たくない」
「灯…」
ここまで強い灯の意志を、遊次は初めて見たような気がした。
そして、自分と歩んできた思い出が、灯を強くしていること。
それがなんだか嬉しくて、誇らしかった。
遊次は優しい笑みを浮かべる。
そして、最後にイーサンの方に顔を向ける。
イーサンは息を吸い、ゆっくりと口を開いた。
「この14年間、遊次はずっと自分の願いに向かって走って来たよな。
俺も同じだ。俺は研究者としてずっと…天聖さんの傍で、あの人の笑顔も、涙も、見てきた」
遊次の目には一瞬、複雑な思いが灯った。
だがこれは、イーサンがこれまで遊次に話さなかった胸中だ。
それを今ここで話すことが、彼の覚悟だと感じた。
イーサンと天聖の関係性は、これまで彼があまり語ろうとしてこなかった。
それは、自分達がコラプスの引き金であるという事実を覆い隠すためだったのかもしれない。
彼はまだ、全ての事実を打ち明けたわけではないだろう。
それでも、心の内からの言葉だけは、嘘をつきたくないと思っていた。
「俺はあの人から、お前という、大切な一人息子を預かった身だ。
俺は天聖さんの願いも、お前の願いも、叶えたい。
それが今の俺の願いだ」
(イーサンはずっと、父さんの傍にいたんだ。
俺なんかよりも、ずっと父さんのことを知ってる)
遊次は、数日前のイーサンの言葉を思い出す。
(天聖さんにとって一番大切なのは、"家族"だ。
それだけは…嘘じゃない)
父と過ごした1年の記憶だけは、今もはっきりとこの体が覚えている。
彼の温かさと、優しさ。
そして大切な家族を失った痛みも。
コラプスの直後、目覚めた遊次を抱きしめる父の顔。
(また1から始めればいい……!)
全ての記憶を失った遊次を強く抱きしめた父の姿。
今でもハッキリと覚えている。
父は、自分の事を大切に想っていた。たった1年でもそれが伝わった。
イーサンは、それよりも遥かに長い時間、父と共に過ごしてきた。
その歩みの長さと重さは、計り知れない。
「天聖さんが望むのは、昔みたいに、"家族"でまた笑って暮らせることだ。
たったそれだけのために、あの人は何かを犠牲にする道を選んだ。
俺も…その願いに手を貸した」
遊次は数日前のイーサンの言葉を思い出す。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「マキシム・ハイドはモンスターワールドの資源を狙ってた。
そのためには天聖さんの力がどうしても必要だった。
だから…半ば脅迫のような形で、その才能を利用しようとしたんだ」
「脅迫?」
「あぁ。もし断れば、"家族"にも危害が及ぶ。
マキシム・ハイドはそう仄めかして天聖さんに近づいた」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(父さんが造ったパラドックス・ブリッジのせいで、コラプスが起きちまった。
でもそれは、俺っていう家族を守るためで…)
天聖とイーサンには大勢を犠牲にした"罪"がある。
でも、その裏にある思いだけは、簡単に否定できるものじゃなかった。
「オスカーのやろうとしていることも、俺は理解できる。
何かを犠牲にしてでも、大切なものを守りたいってことだからな」
「遊次は誰も犠牲にしない世界を望んでる。お前がそれを望むのは心の底から理解できる。
だが…悪いが、俺は違う。何かを犠牲にしてでも、俺は俺の大切な人の願いを守りたい」
彼が遊次の思いを理解できるように、遊次にもイーサンの思いは理解できた。
大切なもののためなら、何かを犠牲にできる。
遊次にだって、そういう気持ちがないわけじゃなかった。
「…わかるぜ。誰だってそうだ」
遊次はただ一言、そう伝えた。
イーサンの言葉は、今の遊次の覚悟とは、相容れぬものなのかもしれない。
それでも、大切な何かを守りたいという気持ちは同じだった。
「でも今、セカンド・コラプスを止めなきゃならないのは確かだ。
お前が今までこの町のために歩んできた道を、未来に繋げるために。
天聖さんの思いも、お前の願いも、俺は守ってみせる」
イーサンは強く深い意志のこもった目で遊次を見る。
遊次もそれに呼応するように目を合わせる。
「それに、お前達が気付いてないことが1つある。
セカンド・コラプスが実行されれば、お前達自身の命だって危険に晒されるんだ。
だから、俺は奴らの計画を止める。戦う理由なんて、それで十分だ」
イーサンと天聖がどんな思いを抱えているかは、まだ遊次には全てわからなかった。
だからこそ、距離を感じたのも事実だ。
それでも、今のイーサンの言葉だけは、遊次達がいつも見てきたイーサンそのものだった。
「…そうだな。全然気付かなかったぜ」
遊次は張り詰めていた空気を解き放つように、ふっと笑った。
灯と怜央もそれに続くように、硬かった表情がさらに引き締まり、研ぎ澄まされた光を宿す。
彼らの顔には、自分たちの命運と世界の命運を懸けた戦いへ向かう、凛々しくも確固たる決意が宿っていた。
「行くぞ!ニーズヘッグを止めに!」
灯が運転する真っ赤なスポーツカーが、ドミノタウンの街路を走る。
窓外には、くすんだ色のアパートや小さな商店が慌ただしく通り過ぎていく。
夕闇が濃くなり、街灯がオレンジ色の光を投げかけ始めていた。
「で、イーサンが生体認証できるとして、どうオースデュエルに持ち込むんだ?
前みたいに、オスカーに計画を止めさせるか?」
遊次が助手席から後ろのイーサンを振り返り、問いかける。
「いや、前みたいな一発勝負はしたくない。
オスカーの強さは身に染みてわかってるだろ。1度負けたらその時点で終わりという状況は避けたい」
イーサンの言葉に、灯がすぐに反応する。
「そっか…!ルーカスさんとか美蘭となら、私達だって戦えるかもしれない。
そこで勝てば、交渉材料をできるだけ増やした状態で、オスカーさんに挑める!」
灯は自分自身が発した言葉によって思い出したことがある。
それは美蘭との約束。そして「また会おうね」という、美蘭の言葉。
もう叶わないと思っていた彼女との再会が、今、果たされようとしているのだと。
「確かにそれが現実的だろうな。で、こっちは相手に何を要求する?向こうが持ってる鍵か?」
怜央の問いに、イーサンは1度頷く。
「あぁ。こっちはニーズヘッグが所持する鍵を要求する。
1度のデュエルで要求できるのは1本が限度だろうがな」
オースデュエルは両者が合意しない限り始まらない。
落としどころとすれば、イーサンの生体認証と、ニーズヘッグが所持する鍵というのが平等な条件と考えられる。
それが強制オースデュエルだったとしても、世界デュエル憲章によって、オースデュエルは平等でなければならないと定められている。
この絶対の概念は、強制オースデュエルをもってしても覆すことはできない。
強制オースデュエルの使用者は、自分の提示した条件を相手に呑ませることはできるが、
代わりに"相手が提示した条件を平等だと認識した"時点で、デュエルディスクは強制オースデュエルを自動的に成立させる。
DDASは人の心を読み取ることができるため、相手の要求を平等と認識した時点で、契約が成立することになる。
これにより、相手が提示する条件を蹴り続けるようなことは不可能となる仕組みだ。
「初戦で勝てば、こっちはイーサンの生体認証と、1本の鍵を持ってる状態。
もし1回負けても、もう1回の交渉材料が残ってるってことだね」
「そうだ。だが相手は強制オースデュエルを使ってくるだろう。
仮に1人が全ての鍵を持っていた場合、向こうは強制オースデュエルによって、全ての鍵を1度のデュエルで強制的に要求してくることになる。
それを避けるためには、手に入れた鍵はこの4人で可能な限り分散しなければならない」
イーサンと灯が中心となり、戦略は次々と組み上がっていく。
しかし遊次はもっと根本的なところで引っかかりを覚えていた。
「いやいや、何言ってんだよお前ら!俺らの目的は、ニーズヘッグの計画を止めることだろ!
ってことは、鍵をぶっ壊しちまえばそれでパラドックス・ブリッジは二度と起動できねえんだよ!
さすがにイーサンの眼を潰すってのはありえねえとしても、手に入れる鍵は1個でいいんだって!」
「た…確かに…」
遊次にしては非常に筋の通った反論だった。
灯の中ではすっかり鍵を全て手に入れるていで考えていたため、目から鱗だった。
しかし、イーサンは首を横に振り、口を開く。
「パラドックス・ブリッジの鍵は、物理的に破壊できない素材でできている。
数年に微量しか取れないような超希少素材を、ハイドがふんだんに使いやがったからな」
「んなもんアリかよ…!だが、海にでも捨てちまえば同じことだろ?」
怜央は希望を捨てずにさらに反論する。
「鍵にはGPSがついてる。パラドックス・ブリッジは政府の管理下にあるから、鍵の位置は常に把握されてる。
海に捨てても、今度はそれが政府の手に渡るだけだ。
そうなれば、結局は政府とニーズヘッグが鍵を巡って争うことになる。根本的な解決にはならない」
「…んじゃあ、鍵は全部、俺達が奪うしかねえってわけだな?」
遊次が覚悟の宿った眼差しでイーサンを見つめ、イーサンは強く頷く。
「あぁ。俺の眼を潰して解決するなら安いものだが、ハイドの生体認証がある以上、意味はない」
「おいおい、変なこと言うなよ…。イーサンにはドミノタウンが元気になったところを見る義務があるんだからな!眼なんて潰させねーぞ!」
イーサンはふっと笑い「そうだな」と答える。
そして再び真剣な表情で、作戦の立案を続ける。
「強制オースデュエルは、1人の相手には1度しか使用できない。
負けても無限に使い続けられたら埒が明かないからな。そういう仕組みになってる。
だけど同一人物でなければ、短時間でも連続で使用できるんだ」
「だから戦う相手には、二度とNextのメンバーに強制オースデュエルを使わないことを契約として提示しよう。
そうすれば1度負かした相手は二度と俺達を狙えず、ニーズヘッグの戦力を着実に削ぐことができる。
奴らも機密情報を口外しないことを契約に盛り込みたいはずだ。2つ目の要求をしても契約は平等だろう」
「すげーな…よくそんな的確な作戦を思いつくもんだぜ。
だが、肝心なのはどうやってロン毛野郎以外のニーズヘッグと先に戦うか、だろ」
怜央は感心しつつも、最も大切な部分を見逃していなかった。
オスカーよりも前にルーカスや美蘭と戦い、鍵を手に入れるのが作戦の要。
その具体的な方法がまだ示されていない。
「それなんだが…メインシティのセントラル・プラザにCM撮影で七乃瀬美蘭がいたと、SNSに大量に書き込みがあった。まずはそこを当たるべきだろう」
「なるほどな!調べがはえーぜ!」
「でも、相手が鍵の現物を持ってなかったら?それでも鍵を要求できるの?」
灯はメインシティまで最短の道を進みながら、作戦の穴を埋めてゆく。
「鍵そのものを俺達が手にしなくても、法的に鍵の所有権が俺達に渡ればいい。
そうすれば、奴らがその鍵に触れた時点で契約違反になるし、契約を無視してその鍵でパラドックス・ブリッジを解放するなんてのは物理的に不可能だ」
オースデュエルを司るDDASは、契約の順守のためなら世界中のいかなる電子機器さえも操ることができる。
Nextに所有権がある鍵をニーズヘッグが使おうとすれば、DDASはどんな手段を使おうと契約を守らせようとする。
まさに契約を破ることは「物理的に不可能」ということになる。
「あとは鍵の所有者がその鍵を"渡す"と言えば、俺達の誰かに所有権を移すこともできる。
俺の生体認証を交渉に使う以上、まずは俺がニーズヘッグの誰かと戦うことになる。
俺がそいつを倒した後、手に入れた鍵の所有権は3人の内の誰かに渡すよ」
「まとめると…まずはイーサンが、ルーカスさんか美蘭とオースデュエルをして、鍵の所有権を手に入れる。
その鍵を、私達の誰かに譲って、リスクを分散させる。
もしその後に別の人とデュエルすることになっても、負けた時点で終わりにはならない。
皆がそれぞれ鍵を持った状態でオスカーさんに挑めば、負けても別の誰かが挑戦できる…ってことだね」
これがNextがニーズヘッグに立ち向かうための現実的な策。
あらゆる可能性が考慮された「負けても再挑戦できる」状況を創り出すための作戦だ。
セカンド・コラプスに関わるニーズヘッグの人間がどれ程いるか、どのタイミングで戦いが発生するかは不明であるものの、鍵を分散させておけば最低限のリスクヘッジはできるということだ。
車の窓の外の景色は、郊外から幹線道路沿いの大型店舗や中層ビルへと変わってきていた。
遠くの地平線には、メインシティの巨大な摩天楼のシルエットが、輪郭をぼやかせながら見え始めている。
川の広大な水面を跨ぐ、巨大な赤錆色のアーチ橋。
無数の太い鋼鉄の骨組みが、巨大な血管網のように複雑に絡み合い、天を衝くような美しい曲線を描きながら、二つの都市を隔てる。
ジェンは、そのメインアーチの最も高い頂点、剥き出しの鉄骨の梁の上に立っていた。
足元には、高速で車が流れる道路が見える。
(奴らが何もせず手をこまねいているはずがない。
以前、本社に殴りこんで来たところを見るに、ただ身を隠すだけとは考えづらい。
再び戦いを挑んでくる可能性が高いだろう)
ジェンは眼下の車を1台ずつ、獣のような眼で追っていた。
(以前、神楽天聖の息子の身辺を調査した時、奴らの事務所には赤い『フロンティア/F-クーペ』が停まっていた。
ドミノタウンからメインシティに来るとすれば、あの車がこの橋を通るはずだ)
彼はすでにNextの動きを正確に予測し、彼らが現れるのを待ち構えていた。
その背中には、黒い金属製の大型バックパックのような機械が装着されていた。
複雑なパイプとノズルがむき出しになっている。
数分の間、集中を途切れさせず獲物を待ち続けたジェンの冷たい視線が、橋を走る無数の車の中から、一際鮮烈な赤色を捉えた。
低いボンネットと流れるようなルーフラインを持つ「フロンティア/F-クーペ」が、橋の中央付近を猛スピードで疾走してくる。
ジェンの瞳の奥で、光が一層強く燃え上がった。
彼は躊躇なく、高さ数十メートルもある鉄骨の梁の上から、真下を走る車めがけて身を投げた。
重力に引かれ、体は一瞬にして加速する。
風を切る音が耳元で轟き、アスファルトの路面が猛烈な速度で迫り上がってきた。
すると、ジェンが背負う黒い装置から、着地直前に強烈なガスの噴射音が響き渡る。
その白い噴煙が、一瞬にして落下速度を殺し、ジェンの体は灯が運転するF-クーペのルーフへ、轟音と共に着地した。
「な、なに!?」
車内に響く、鋼鉄が叩きつけられたような衝撃音に、灯は思わず叫んだ。
彼女の体は恐怖で硬直したが、ハンドルを握る両手だけは反射的に動き続けた。
車体を揺らしながら、真っ赤なスポーツカーは、橋の出口を目指して突き進んでいく。
ジェンは車のルーフから運転席側の窓ガラスを、拳で何度も叩き始めた。
「うわっ!!なんだよ!?何が起きてんだ!?」
遊次が叫んだ。ガラスにひびが入り、粉々になった破片が車内に飛び散る。
ジェンをルーフに乗せたまま、車は猛スピードで巨大な赤錆色のアーチ橋を駆け抜け、ついにメインシティ側の市街地へと突入した。
真っ赤なスポーツカーは、幹線道路から逸れ、周囲を薄暗いビル群と錆びたパイプが囲む、広い高架下へと減速していく。
灯が、人通りが完全に途絶えた、コンクリート剥き出しの薄暗い広場へ車を寄せようとブレーキを踏む。
急停車による強い衝撃が車体を襲ったが、ルーフに立つジェンは、一切動じることなく片手で車体を掴み、完璧にバランスを取った。
車が完全に停車すると、息をつく間もなく、ジェンは割れた窓枠から手を伸ばし、内側のドアノブを力任せに掴んでこじ開けた。
ジェンは開いたドアから身を屈め、シートに座るイーサンの首を強く掴み上げる。
「ぐっ…!」
突然現れた腕に首を掴まれ、イーサンの表情は苦悶に歪む。
「イーサンッ!!」
ジェンはそのまま一言も発さず、アスファルトの路面目掛けて力いっぱい投げ飛ばした。
「ぐあっ…!!」
イーサンの体が、コンクリートの上を激しく転がる。
「イーサン!!」
遊次、灯、怜央の3人は、車のドアを勢いよく開き飛び出した。
アスファルトの上で呻くイーサンのもとへ、3人は一気に駆け寄る。
3人がアスファルトの上で呻くイーサンを心配そうに見下ろすその背後で、車のルーフに立つジェンは、音もなく軽やかに路面へと降り立つと、黒い推進装置を地面に下ろした。
遊次は振り返り、ジェンの2メートル近い巨体を見上げる。
その威圧的な姿に、遊次は確信を持って言った。
「…ニーズヘッグだな、お前」
遊次はジェンを強い眼差しで睨みつける。
ジェンは、遊次の言葉にも、3人の動揺にも、一切反応しなかった。
彼は無言のまま、黒いスーツの左腕にデュエルディスクを装着する。
ジェンは冷たい眼差しで倒れるイーサンを見据えたまま、装着した左腕を静かに高く掲げた。
「強制オースデュエル発動――」
次の瞬間、まばゆいばかりの赤い光が、巨大な支柱とコンクリートの空間を強烈に包み込んだ。
「クロム・ナイトシェイド…貴方の生体認証はもらい受ける」
その瞬間、ジェンのデュエルディスクから、周囲の空気を震わせるような機械音声が響き渡った。
(クロム……なんだって…?)
遊次は聞きなじみのない名前に眉を顰める。
赤い光が収束する中、イーサンは、先ほどの激しい投げ飛ばしのダメージを微塵も感じさせず、ゆっくりと立ち上がった。彼は服の埃を払い、ジェンを睨み据える。
「…何者かは知らないが、そっちからやってくるとは好都合だ」
両者が対峙する中、遊次が口を挟んだ。
「おい、クロムなんとかってのはなんだよ?人違いしてんぜお前!」
ジェンは、遊次の言葉をまるで予想していたかのように、冷淡な口調で返した。
「…知らないのか、その男の正体を」
「どういうこと?」
その言葉に、遊次の隣にいた灯が目を細めた。
「イーサン・レイノルズなどという男は存在しない。
記録上は死亡したことになっているが、顔と名前を変え生き続けていた」
「その男の名は、クロム・ナイトシェイド。――DTDL副所長だ」
ジェンは、一切の感情を排した声で、事実を告げた。
遊次、灯、怜央の3人は、その言葉に息を呑み、驚きに目を見開いた。
一方、イーサンは、その場で俯き、顔に深い影を落とした。
イーサンは何も言わない。
その沈黙こそが、ジェンの言葉が事実であることを雄弁に物語っていた。
(顔と名前を変えてた?イーサンが…?)
ジェンの言葉が火種となり、灯の脳裏に、ある記憶が飛び込んできた。
それは、裏カジノ打倒の依頼で、高級サロンに潜入する際、常連のマダムがイーサンの身なりを整えていた時のことだ。
あの時、確かに小さな違和感はあった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ん?これ…」
イーサンがマダムから髭や髪を整えられている途中、
マダムがカミソリを持つ手を止め、イーサンの顔を見つめている。
「どうかしました?」
イーサンに合うスーツを選んでいた灯が、マダムに話しかける。
イーサンは何も言わず、マダムにばつの悪そうな視線を送っている。
「あ、いえ…!なんでもないのよ!
人には聞かれたくないこともあるものね…」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(あれは多分…マダムが整形手術の痕跡を見つけたんだ。
イーサンが顔を変えていた別人だなんて、信じられない。だけど…)
灯の心は不思議と落ち着いていた。
そして、それは遊次や怜央も同じだった。
遊次はすぐに顔を上げた。
その表情には、迷いや動揺は消え失せ、平然とした様子に戻っていた。
「…そっか。ま、んなこと今になっちゃどうでもいいことだ」
イーサンは驚いた様子で振り向いた。
「お前の名前がなんだろうが、イーサンはイーサンだ」
遊次は、彼を安心させるように、いつものように力強く笑ってみせた。
「遊次…」
灯と怜央もまた、すでに表情を引き締め、事実を乗り越えた平然とした様子でイーサンを見つめていた。
「んなことより、目の前の戦いに集中しやがれ」
怜央が顎で前方を示す。
イーサンは、怜央の顔を見つめ、決意を込めた眼差しで頷いた。
「ああ」
イーサンはジェンと向き合い、戦闘態勢に入った。
ジェンは不動の佇まいのまま口を開く。
「私が提示する契約は2つ。貴方の生体認証と、我々の計画に関するあらゆる事実を口外しないことだ」
相手の要求は想定通りだった。
強制オースデュエルゆえに、この契約を拒否することはできない。
しかしイーサンからも、相手が平等と認める契約を突きつけることができる。
「俺から提示する契約も2つ。
1つ目はパラドックス・ブリッジの鍵の1つの所有権を俺に渡すこと。
2つ目はNextのメンバーに強制オースデュエルを使用しないことだ」
「…いいだろう。
私はパラドックスブリッジ"グール"の鍵を懸ける」
契約は合意された。
両者は同時にデュエルディスクを構える。
遊次達は1歩後ろに下がり、決闘者に場を明け渡す。
「オースデュエルの開始が宣言されました。内容確認中…」
プレイヤー1:鄭 紫霞 (ジェン ズーシャ)
条件①:イーサン・レイノルズによるパラドックス・ブリッジ"デーヴァ"への生体認証の使用権限を、ニーズヘッグ・エンタープライズに譲渡する
条件②:Nextはセカンド・コラプス計画にまつわる事実を口外しないこと
プレイヤー2:イーサン・レイノルズ
条件①:ニーズヘッグ・エンタープライズが所有するパラドックス・ブリッジ"グール"の所有権を、イーサン・レイノルズへ譲渡する
条件②:なんでも屋「Next」メンバーへの強制オースデュエルを禁ずる
詳細な契約内容は、ソリッドヴィジョンの契約書として両者の前に浮かび上がる。
そこには一切の別の解釈の余地がないほどに徹底された文章が記載されており、
承認した時点で、完全なる両者の意図通りの契約にしかならないようになっている。
イーサンとジェンは指でソリッドヴィジョンの契約書にサインを行うと、DDASがオースデュエルの開始を宣言する。
「契約内容を承認します。デュエルの敗者は、勝者が提示した契約を履行する事が義務付けられます」
この戦いに勝利しなければ、イーサンの生体認証はニーズヘッグの手に渡り、その時点でセカンド・コラプスの全てのピースは揃ってしまう。
遊次は固唾をのみ、勝負の行く末に意識を集中する。
「デュエル!」
第61話「花の仮面」 完
再び幕を開けるニーズヘッグとの戦い。
超常的な攻撃力を誇るイーサンのヴォルタンクを前にしても、ジェンの瞳は揺らぐことはなかった。
チェーン不可の効果を持つモンスターを特徴とするジェンの「絶鎖獣」デッキ。
アドバンス召喚によって現れる切り札。
そのモンスターは、たった1体にしてイーサンを追い詰める。
「イレギュラーは排除する。それが私に課せられた使命だ」
次回 第62話「鎖を絶つ獣」
その一角、古びた黒い墓石の根元に、50代ほどの妙齢の女性が力なく倒れ伏していた。
そして、彼女を見下ろすように、紫がかったグレーの髪の青年が立っている。
その顔は無機質で、影を落とした瞳は、倒れた老婆をただ静かに眺めていた。
周囲の静寂が、二人の間に漂う冷たさを際立たせている。
そして2人の人物の腕にはデュエルディスクが装着されていた。
「勝者、ルーカス・ヴラッドウッド。
エリカ・ラースにはパラドックス・ブリッジに関するあらゆる情報の開示および、今日発生した事象に関するあらゆる情報の口外を禁じます」
デュエルディスクが無機質な音声を響かせる。
「な…なぜ…私の正体がわかった…」
女性はルーカスの顔を恐ろしそうに見上げ、しゃがれた声で問う。
ルーカスは女性を見下ろしながら冷たい声で答える。
「僕はDTDL研究員のサイモン・ゴールドという男を探していた。
15年前、その男の娘が、通り魔によって無惨の死を遂げたらしい。
僕は徹底的にその男の身辺を調べ、娘の墓に毎年、花を添えに来る女がいることを突き止めた」
「まさかその女が、娘の"父親"だとは思わなかったよ。なあ、サイモン・ゴールド」
ルーカスは自分の眼前で倒れる女性をそう呼んだ。
女性…もといサイモン・ゴールドは、強く奥歯を噛み、ルーカスへ畏怖を示す。
「どんなに調べても、死んだ娘にはお前のような女の知り合いはいなかった。
固定概念を排除して考えれば、結論は一つ。
まさか性転換までしてるとはね。どうりで足取りを掴めなかったわけだ」
ニーズヘッグはパラドックス・ブリッジの最後の鍵の在り処を求めて、研究に携わった研究員を突き止め、その者から情報を手に入れようと奔走していた。
その最後の一人がサイモン・ゴールドだった。
パラドックス・ブリッジに関わった者は皆、名前と顔を変えている。
しかし彼は性転換まで行いその身柄を隠していたことになる。
「さあ、契約どおり全て吐いてもらうよ」
その言葉を聞いたサイモンは観念したように項垂れる。
ルーカスは墓地から少し離れた廃墟にて、情報が大量に書き込まれたソリッドヴィジョンの書類を辺り一面に浮かべ、それらを見つめている。
("パラドックス・ブリッジの鍵は5つしか見たことがない"。この情報も他の研究員と同じだ。サイモンの情報の中で最も重要なのは…この目撃証言)
ルーカスは浮かび上がる書類から1枚を手に取る。
(14年前のパラドックス・ブリッジ起動テストの時、その内の1基"デーヴァ"にDTDL副所長クロム・ナイトシェイドが入るのを目撃。
しかし手には何も持っておらず、扉の前で3秒ほど静止した後、中へと入っていった)
ルーカスは書類から目を離し、廃墟の蜘蛛の巣にまみれた天井を見つめ、思考を巡らせる。
(やはりどこまで調べてもデーヴァの鍵を見た者は一人もいない。鍵は物理的に存在しないとしか考えられない。
そしてサイモンの目撃証言…辿り着く結論は1つだ)
ルーカスはスマートフォンでグループ通話をかける。
10数秒後、美蘭・ジェン・オスカーの3人が通話に招集される。
「サイモン・ゴールドから情報を得た。その結果、僕が辿り着いた結論は1つ。
パラドックス・ブリッジ"デーヴァ"の鍵は…"生体認証"だ」
「生体認証…確かに以前からその可能性はありました。
その確証が得られたと?」
ジェンが声を潜めながら話す。
「あぁ。14年前、クロム・ナイトシェイドが、手に何も持たず扉の前に立つだけでデーヴァに入ったという証言が得られた。おそらく鍵は"眼"だろう」
「えっ…じゃあアタシらがパラドックス・ブリッジを使うには、イーサン・レイノルズの目ん玉抉り出さなきゃいけないってこと!?」
クロム・ナイトシェイド=イーサン・レイノルズ。これはニーズヘッグが導き出した結論だ。
「いえ…そこまでせずとも、強制オースデュエルによって、生体認証を使わせれば良いのですよ、美蘭さん」
ジェンが優しい声色で訂正する。
「あれ、でもイーサン・レイノルズには強制オースデュエルは効かないんでしょ?」
「そうですね…今のところは」
ジェンの言葉は含みを持っていた。
「ジェン、"強制オースデュエル無効"の解除にはどれほどの時間を要する?」
オスカーがようやく口を開く。
「…早ければ数日、遅ければ1週間以上はかかるかと。
プログラムは巧妙に隠蔽されており、最深部が見えないもので」
殺風景な機械室にて、ジェンはキーボードを叩きながら答える。
壁沿いに並ぶ黒いサーバーラックからは、常に一定の低い駆動音が発せられている。
「引き続き解除を進めろ。だが、それはあくまで保険だ。
2日後、俺はマキシム・ハイドと会う。
奴の言葉に裏がなければ…そこで最後の鍵を手に入れられるはずだ」
「大統領と…?」
オスカーの言葉に美蘭は首をかしげる。
「奴から連絡があった。"地球のこれからについて話し合おう"とな。
政府はすでに俺達が5つの鍵を握っていることを知っているだろう。
順当に行けば、奴らも俺達の計画に従うことになる」
ニーズヘッグが鍵を持っている時点で、政府はモンスターワールド侵攻計画を進めることはできない。
主導権がニーズヘッグにある以上、政府もニーズヘッグのセカンド・コラプス計画に従わなければならない可能性が高い。
「ほえー。でも、最後の鍵がなんで手に入るんですか?」
美蘭はわかっているのかわかっていないのか曖昧な返事をしながら、質問を続ける。
オスカーの手を煩わせまいと、ジェンが先に口を開く。
「政府は元よりパラドックス・ブリッジを利用してモンスターワールドへ侵攻するつもりでした。
ならばマキシム・ハイドも生体認証を使えるということ。
彼がこちらの計画に乗るなら、自ずと最後の鍵は手に入るということです」
「なるほどね!じゃあもうアタシ達の勝ちじゃん!やったー!」
「糠喜びするな。マキシム・ハイドがどう出てくるかわからない以上、油断はできない。
だから保険としてクロム・ナイトシェイドが必要なんだよ。
わかったか?これ以上貴重な時間を無駄にするな」
「はいはい、わるーござんしたよーだ。じゃあオスカー様、ジェンちゃん頑張ってね!
アタシは撮影とか色々あって忙しいから!バイバイ!」
美蘭はムキになったのか一方的に通話を切ってしまう。
「アイツ…。とにかく勝負は2日後のマキシム・ハイドとの会談だね。
でも兄さん、マキシム・ハイドと会うのは、イーサン・レイノルズへの強制オースデュエル無効を解いて、
奴の生体認証を手に入れてからでも遅くないんじゃないか?
それなら、パラドックス・ブリッジを手中に収めた状態で、政府へ協力を要請するだけで済む」
美蘭と違いあくまでルーカスは慎重だ。
オスカーの考えを別の観点から検証し、言葉を投げる。
「2日後でなければ、会談の時間が取れるのは1ヶ月以上先になるらしい。
大統領選も近い。万が一マキシム・ハイドが落選した場合、何も知らぬ次期大統領を計画に賛同させることは困難だ。
マキシム・ハイドが大統領の座にいる間に計画を進めなければならない」
隕石衝突は8ヵ月後だ。会談が1ヵ月以上延びるとなると、そのハンデは大きい。
さらに万が一大統領が変われば、さらに計画は難航し地球に危機が迫ることになる。
セカンド・コラプス計画の成就のためには、全世界の人々がモンスターを召喚し、隕石を迎え撃たなくてはならない。
世界各国を統率するためにデュエリア政府の協力は必要不可欠。
もし新たな大統領が誕生すれば、まずはモンスターワールドという世迷い言同然のことから説明しなければならない。
それではいくら時間があっても足りない。
あらゆる事情を熟知しているハイドが大統領の座にいることが最も効率的だ。
「…なるほど。まあせっかく向こうから頭を垂れて来たわけだしね」
「1つ確認ですが、強制オースデュエル無効の解除は、マキシム・ハイドを優先しなくてよいのですか。
2日後の会談の時、いざとなれば強制オースデュエルに持ち込めるかと」
先代社長ゲイル・ヴラッドウッドによって強制オースデュエル無効の特権を与えられた者は3人。
その内の1人がマキシム・ハイドだ。
一瞬の空白が訪れる。その後、オスカーが厳かな声色で言葉を返す。
「奴と戦うのは、最後の手段だ。無暗に手を出せばこちらの計画が潰される」
「…社長をもってしても、ですか?」
ジェンは疑念をもって聞き返す。
オスカーほどの圧倒的な強者が負けを想定していることが信じられなかったからだ。
「…良くて五分だ」
その言葉に、ジェンは絶句する。
「マキシム・ハイドは、ニーズヘッグにいた頃、一番の実力者と言われていた。
直接デュエルを見た事はないけど、お祖父様でさえも、あの男にだけは一度も勝ったことがなかったらしい」
ジェンは彼らの言葉だけで、ハイドに無暗に戦いを仕掛けることがいかに愚かなことであるかを理解した。
「…承知しました。ではイーサン・レイノルズの特権の解除を進めます。
会談までに間に合うように努めます」
会議は終了し各々、通話を終える。
ルーカスの周りに浮かんでいたソリッドヴィジョンの書類の群れが、一瞬にして光の粒子となって消滅する。
廃墟に、再び深い静寂が戻った。
ルーカスはスマートフォンの画面をポケットに押し込み、2日後の会談に向けて、思考のギアを切り替える。
彼は窓の外の墓地に目を向けたまま、静かにその場を後にした。
そして、2日後。
オスカーとハイド大統領の会談当日。
その夕方のこと。
「…まずいことになった」
なんでも屋「Next」事務所にて、イーサンがPCのモニターを見つめ、声を上げた。
「どうしたんだよ?」
遊次がイーサンの後ろへと駆け寄りモニターを見る。
釣られるように灯と怜央もイーサンの後ろへと回る。
「このニュースを見ろ。今から20分前、オスカー・ヴラッドウッドが大統領公邸に入ったらしい」
「見ろって言われても…確かに怪しげな動きだけどよ。何がまずいんだ?」
遊次が画面を見つめ唇を尖らせる。
「…おそらく、ニーズヘッグはすでに最後の鍵の正体に気づいている」
「鍵って…パラドックス・ブリッジの?」
灯は約1週間前の、シオーネ・マリンスキーと名乗る変装した美蘭が事務所に現れた時のことを思い出した。
それもパラドックス・ブリッジの鍵を求め、イーサンに近づくためだった。
「あぁ。6基に分かれたパラドックス・ブリッジの内、"デーヴァ"だけは物理的な鍵が存在しない。
唯一の解放手段は…生体認証だ」
「生体認証…指紋とか顔で、特定の人間だけが解放できるってわけか」
「その通り。その生体認証が可能な人間の一人が…大統領『マキシム・ハイド』だ」
イーサンの言葉の後、一瞬の間が空き、遊次はその恐ろしさに気がついた。
「…ニーズヘッグはそのデーヴァってヤツの鍵以外は全部持ってんだよな!?
ってことは、いま大統領と会う理由って…」
灯と怜央も目を見開き、今がすでに今際の際にも等しい状況であることを知る。
「もし大統領がニーズヘッグの計画にノっちまったら…その瞬間ゲームオーバーだ」
怜央は拳を強く握り、怒りがはらんだ眼差しでモニターを見つめる。
「でも…私達にはどうすることも…」
オスカーとの契約がある以上、Nextはセカンド・コラプス計画に手出しできない。
灯は無力感に打ちひしがれる。
もしかしたら最後の鍵が見つからないかもしれない。
何かがきっかけでニーズヘッグの計画が頓挫するかもしれない。
そう希望を抱いている間にも、ニーズヘッグは着実に前に進んでいた。
どうすればいいのか。
言葉が出てこない。
しかし、その瞬間、遊次の目の前にソリッドヴィジョンの書類が1枚浮かび上がる。
「な、なんだ…?」
その書類に4人の視線は集まる。
「これは…!」
目に入ってきた文字は、思いもよらぬものだった。
『契約解除通知』。
契約者はオスカー・ヴラッドウッド。
被契約者は神楽遊次。
「…どういうことだ?なんで急に契約が解除されたんだ!?」
遊次達は困惑した。
しかしこれこそが、Nextにとっての一縷の望みだった。
なぜオスカーは遊次に課した契約を解除したのか。
それは、今から少し前に遡る。
ジェンはニーズヘッグ・エンタープライズ本社の長い廊下を急ぎ足で歩いている。
(強制オースデュエル無効の解除まであと1歩。しかし社長と大統領の会談には間に合わなかった。迅速に解除せねば…)
ジェンが階段を降りようとしたところ、上ってくる人物と目が合う。
「先輩!どこ行くんですか?」
開発本部のジェンの後輩である町田純心だ。
タイミングの悪さにジェンは心の内で苦虫を噛み潰す。
「いえ、ちょっと野暮用で…」
「野暮用って、プロジェクト放ったらかして何言ってるんですか!ここ最近全然顔出さないじゃないですか!」
町田の意見はもっともだ。しかし事情をバカ正直に話すわけにはいかない。
隕石やセカンド・コラプスのことなど、ほとんどの社員が知らないのだ。
「…実は、国家規模のプロジェクトが動いていまして、そちらの方で今手一杯なのです。
町田君にも重要なポストとして携わってもらうつもりです。時期が来れば説明しますから」
「えっ、ホントですか!?なんだぁ、早く言ってくださいよー!」
町田はジェンの甘言に顔を綻ばせる。
「ではこれで。急いでいますので」
ジェンは早足で階段を駆け下り、そのまま開発室へと向かった。
その背を、町田は意味ありげな眼差しで見つめていた。
ある昼下がり。
メインシティの中央に位置する、巨大な円形広場。
周囲をガラス張りの超高層ビル群に囲まれた石畳の地面は、いくつもの巨大な照明が放つ、白く鋭い人工の光に包まれていた。
照明器具を載せたクレーンアームが、青空に向かって、巨大な鉄骨の塊を伸ばしていた。
「はいカット!いったん休憩入りまーす!」
監督の一声がかかると、周りの人達は一斉に安堵の息を吐いた。
「はぁ~、疲れたぁー!」
美蘭は体をのばし深呼吸をする。
彼女はニーズヘッグ・エンタープライズのCM撮影のために、この「セントラル・プラザ」に来ていた。
美蘭は鞄からスマートフォンを取り出し何かを確認すると、途端に青ざめた表情になる。
「げっ!鬼電きてる…。
…あっ!コラボモデルのデュエルディスクのデザイン、期限今日までじゃん! やば!ちょっと電話してくるね!」
美蘭は近くのスタッフに告げると、周囲の喧騒から逃れるように、資材置き場を隔てる高い衝立の陰へと駆け込む。
その後、資材の隙間から、一つの人影がそっと現れた。
人影は動かず、美蘭が隠れた方角を、冷たい視線でじっと見つめていた。
そして、太陽が沈み始める時間。
黒い鍛鉄の門の前に、オスカーは立っていた。
彼の長い黒髪が、晩秋の冷たい風に優雅にたなびいている。
目の前には、白く堂々とした石造りの建物が広がる。
ここは大統領公邸。
高い柱が並ぶ威圧的なファサードは、この国の揺るぎない権力の象徴だ。
門の両脇には、二人の警備員が彫像のように直立不動で控えていた。
静寂の中、重厚な門がゆっくりと内側へ開き始めた。
オスカーはその開いた隙間に一切の畏れなく足を踏み入れた。
その動作は、まるで、この厳重な空間への入場が当然の権利であるかのように堂々としていた。
正面玄関の石段を上ると、重厚な木製扉が内側から開けられ、彼は広々とした玄関ホールへと導かれた。
大理石の床には深紅の絨毯が敷き詰められ、頭上では巨大なシャンデリアが静かに輝いている。
ホールの中央で、大統領補佐官「アリシア・ローレンス」が、オスカーに一礼する。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
アリシアの誘導で、オスカーは絨毯が敷かれた長い廊下を進む。
廊下の壁には歴代大統領の肖像画が並び、その重厚な歴史が沈黙のうちに語られていた。
やがて、二人は「応接の間」の手前で立ち止まった。
アリシアが静かに両開きの扉を開ける。
室内は暖炉の柔らかな熱と、革張りのソファ、そして磨き上げられたアンティークの調度品で満たされていた。
部屋の中央、大きなマホガニー製のテーブルの向かい側で、大統領『マキシム・ハイド』が既にオスカーを待っていた。
「やあ、若き社長。待っていたよ」
オスカーの視線と、大統領ハイドの視線が、部屋を隔てて鋭く交差した。
静かに燃える暖炉の音だけが響く中、二人の間に見えない火花が散るような、張り詰めた緊張が走った。
オスカーが室内に入ると、アリシアは深々と一礼し、静かに扉を閉めた。
扉が閉じられた瞬間、彼女は一瞬俯いた。
長いバイオレットの髪が顔を覆い隠す。その表情に、強い憤りが険しい影を落とした。
大きなテーブルを挟み、ハイドとオスカーは対峙する。
暫しの静寂の後、ハイドが大きく息を吸い、口を開く。
「いやぁ、やってくれたねぇオスカー君!
まさか"あの装置"をいつの間にか乗っ取っているとはな!」
緊迫した空気に似つかわしくない、明るく大きな声が部屋に響く。
「政府の計画が到底承服しかねるものだったので」
オスカーはあくまでいつもの冷静なトーンを保ちながら、その言葉遣いはビジネスライクだ。
「ガッハッハ、承服も何も、外部の人間である君が計画を知る由はないはずだがな」
「無駄話をしている時間はないはずです。スケジュールが詰まっているご様子ですから」
オスカーは皮肉交じりに言う。
「…まあいい。ならば単刀直入にいこう。
君達はパラドックス・ブリッジを使って何をするつもりかな?」
「この世界をモンスターワールドのエネルギーで満たし、全人類のモンスターによる総攻撃で隕石を討つ」
オスカーは手短に計画を伝える。
「ほぉ。しかしパラドックス・ブリッジを起動し空間に裂け目を開ければ、モンスターがこちらの世界に現れ、犠牲者も相当数になるだろう。
まさか、モンスターを守るために人類を犠牲にするというのかね?」
「いかにも」
オスカーの単純明快な回答は、ぶれぬ信念の表れだった。
「…ふむ。吾輩としては、素晴らしきデュエリア国民の1人たりとも命を失ってほしくはない。
故に断腸の思いでモンスターワールドを滅ぼすことを決断したのだがね」
「今更そのレールに戻ることはありません。選択肢は一つ。
我々の計画に従っていただきたい」
再び空気が張り詰める。
しかしまだハイドの表情には余裕が見える。
「君達が手にしている鍵は5つ。
あと1つがなければ、パラドックス・ブリッジは起動しないじゃないか。
ならば、私が計画に従う理由はないな」
ハイドはその心中を覗くかのようにオスカーへ視線を送る。
しかしオスカーは微動だにせず、口を開いた。
「最後の鍵は、我が眼前に」
オスカーはハイドを真っ直ぐと見据える。
その言葉の意味はハイドにもすぐに理解できた。
「フッ…もうそこまで辿り着いていたか。
だがしかし、吾輩が同意しない限り、君達の計画は前に進まない。違うかな?」
ハイドはあくまで主導権を渡そうとしない。
ハイドにはまだ特権もある以上、強制オースデュエルにも持ち込めない。
世界を巡る静かなる攻防が、この部屋で繰り広げられている。
「最後の鍵を所持しているのが貴方だけではない…としたら?」
オスカーはソファに深く腰掛け、探るような視線を送る。
その言葉を聞いたマキシムは、手を叩いて豪快に笑う。
「ガッハッハ!生体認証だけじゃなく、"死 体"認証があればよかったがな!
残念ながら、神楽天聖もクロム・ナイトシェイドも、とうに……」
意気揚々と言葉を紡いでいる途中で、ハイドは突然はっとした表情に変わる。
「もしや……生きているとでもいうのかね?」
ハイドが真剣な表情で問う。
それは、限りなく"確信"に近い感覚だった。
オスカー・ヴラッドウッドという男が、ただ自分に協力を依頼するためだけに、無策でここへ来るはずがない。
自分達の計画に賛同させられる"何か"があるからだ。
「"地球のこれからについて"…それがこの場の議題だ。
人類には、一刻の猶予もない。どうすべきか、貴方なら理解しているはずです」
オスカーは問いには答えない。
ただ、黒いコートのポケットに手を入れ、背もたれに背中を預ける彼のその態度に、嘘偽りがないことをハイドは理解していた。
彼は自分以外の生体認証が可能な人間を知っている。
そして、その人間から生体認証を手にすることなど、彼には不可能ではないだろう。
だからこそ、すでに勝敗が見えている今、最後の駒を取る瞬間までゲームを続ける時間が、オスカーには惜しいのだ。
時間を1日たりとも無駄にするわけにはいかない。
故に彼は、最も時間を無駄にせずに計画を進めるために、この場に来たのだ。
ハイドは、正面のオスカーから目を離し、テーブルの傍らに立てかけてあった、小さなデュエリア国旗に視線を移した。
数秒間、彼は国の象徴を見つめたまま動かなかった。
その静止こそが、彼が己の信念と、目の前の提案を天秤にかけている瞬間を物語っていた。
ハイドはゆっくりとオスカーに顔を戻した。
「よかろう。君たちの計画に従おう」
大統領は、張り詰めた沈黙を破り、その重い決断を告げた。
ハイドの答えを聞いたマキシムは、僅かな間、目を瞑る。
その一瞬、オスカーの瞼の裏には、この2年間、2つの世界を救うために影で奔走してきた記憶が映っていた。
「当然、計画書や同意書はあるのだろう?」
ハイドの問いに、オスカーはソリッドヴィジョンの書類を目の前に提示する。
ハイドは手を伸ばし、その書類に目を通す。
その時だった。
重厚な扉の外から、鋭いノックの音が三度響いた。
直後、アリシアの声が、少し緊張した様子で聞こえてきた。
「閣下、少しよろしいでしょうか」
ハイドは書類から目を上げ、訝しげな視線を扉に向けた。
「入れ」
その短い返事を受けて、アリシアが素早く部屋に入ってきた。
彼女の表情は引き締まり、その手には、掌に乗るほどの大きさの、黒い無骨な機械が握られている。
アリシアは一歩踏み出し、その機械をハイドの目の前に示した。
オスカーもその機械に視線を向ける。
「先ほど、公邸の周りをこのようなものが飛び回っているのを発見しました。
警備の者が捕獲したところ、どうやら映像投影用のドローンのようで」
「ふむ…熱烈な支持者からのメッセージかな?」
少なくとも異常事態ではあるはずだが、ハイドは特に警戒もせずに冗談を言う。
「いえ、それが…趣味の悪い悪戯かもしれませんが、金髪の女性が縛られて捕えられている映像が映っています。
映像内の時計はデュエリアの現在時刻を示しており、リアルタイムで配信されている可能性が高いかと」
捕らえられた金髪の女性。
その映像が公邸に届けられた。
オスカーに嫌な予感が走る。
「再生してみたまえ」
ハイドの合図で、アリシアは手に持ったドローンを手のひらの上で軽く操作した。
途端、ドローンから青白い光が放たれ、ソリッドヴィジョンの映像が宙に浮かび上がる。
映し出されたのは、コンクリート打ちっぱなしの薄暗い倉庫らしき場所。
そしてその中央には、椅子に縛り付けられた金髪の女性の姿があった。
彼女は黒い布で目隠しをされ、身動き一つできない状態で横たわっている。
「美蘭……!」
オスカーは、その映像を視界に捉えた瞬間、喉の奥から絞り出すような声を上げ、絶句した。
縛られているのは明らかに美蘭だ。
「七乃瀬美蘭!?この女性がか!?いったい何故…」
アリシアは不測の事態に驚き、映像を見つめている。
「ほう…これは確かに、よからぬ事態のようだ」
ハイドはまるで劇場の舞台を見ているかのように興味深げに頷き、他人事のように薄い笑みを浮かべて言った。
すると、こちらの声が向こうに届いたのか、美蘭が叫ぶように声を上げる。
「オ、オスカー様!いるの!?どこ!?」
彼女はオスカーの声が聞こえた事にただ反応し、声は映像の向こうからであることはわかっていない様子だった。
「ねえオスカー様!アタシ、CMの撮影中に急に目と口を塞がれて…なんか薬?みたいなので意識もなくしちゃって…起きたらなんか捕まってるっぽいの!」
オスカーは眉を顰め、険しい表情で映像の向こうの彼女に伝える。
「落ち着け。俺はそこにいない。マキシム・ハイドとの会談中、映像投影用ドローンが届き、そちらと中継されている。周りに人はいないのか」
オスカーの冷静な声が美蘭のパニックを抑え、彼女にも平常心を取り戻す余裕を与えた。
「…いるよ、ずっと。そこに」
美蘭が目隠しをしたまま、顔を左側に向ける。
すると、映像の端からある影が現れた。
全員の視線がそこに集まる。
現れたのは、白い仮面を着け、大きなフードのある薄いピンク色のローブを纏った謎の人物。
仮面とローブには薄紫色の花柄が描かれており、仮面の右側には、紫色の蔓と葉の意匠が繊細に描かれている。
仮面からは、ライムグリーンの長い髪がはみ出ている。
相貌はわからないが、シルエットからおそらく女性と思われる。
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「ご機嫌麗しゅう。オスカー・ヴラッドウッド」
花の仮面の女はローブのスカート部分を摘んで、まるで淑女のように膝を曲げ、挨拶をする。
「何者だ」
オスカーは低い声で問う。
「"フラワー"、とでも名乗りましょう」
花の仮面の女は、誘拐犯とは思えぬ丸い柔らかな声で答える。
「目的は何だ」
「ニーズヘッグ・エンタープライズに対して、20億サークを要求します。
七乃瀬美蘭様の身柄と引き換えに」
フラワーは、その声に一切の揺らぎもなく告げた。
「ほほぉ、よりにもよって我が公邸で堂々と犯罪行為を垂れ流すとは、よほど恐れ知らずのようだ」
マキシムは不敵な笑みを浮かべながら、オスカーに視線を送る。
まるで、彼がどう出るかを観察するかのように。
「断ると言ったら?」
オスカーは冷静に問い返す。
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、フラワーは素早く美蘭の隣に移動した。
そして、音もなく抜いたナイフの切っ先を、美蘭の首元に突き付けた。
「この方の命はありません」
冷酷な声が映像越しに響き、美蘭の体が小さく震えるのが見て取れる。
オースデュエルが普及し始めた頃から、武器の製造は実質的に不可能となった。
それでも日常的に別の用途として使われる刃物などの類は、変わらず時として武器になり得る。
しかしオスカーは表情を崩さなかった。
(ただの金銭目的の誘拐ならば、わざわざ大統領との会談中に実行するメリットはない。奴の真の狙いは何だ)
オスカーはこの状況に明らかな違和感があることをすぐに見抜いた。
しかしオスカーの僅かな沈黙さえもフラワーは許さなかった。
フラワーは美蘭の首元にナイフを突き立てたまま、催促するように口を開いた。
「さあ、ご決断を。時間はありませんよ」
「オスカー様、アタシなんかに構わないで!」
美蘭が必死に叫ぶ。
その間、アリシアは警察に連絡するよう警備員に指示しようとするが、その僅かな動きですらフラワーは見逃さなかった。
美蘭の首元にさらにナイフを押し付けると、彼女は痛みに顔を歪ませる。
美蘭の首筋から赤い液体が細い線を描いて滴る。
「政府の皆さんはもちろん、わかっていますね。シー……ですよ」
フラワーは人差し指を仮面の口元の位置に一本立て、アリシアに警告する。
「クソッ…」
公邸にも関わらず凶行を見逃さなければならないことに、アリシアは心底苛立ちを募らせる。
「金の受け渡しは?」
オスカーは迷いなく言葉を発した。
「支払い方法は仮想通貨です。デュエリア・コインを、指定のアドレスに送金してください。
アドレスはリアルタイムで表示します」
フラワーはそう言うと、映像の片隅にデジタル表記のアドレスを即座に表示させた。
直接的な対峙を避けるために、現金の受け渡しではなく仮想通貨を要求しているのだろう。
銀行振込ではなく仮想通貨を要求するのは、追跡が困難であり国家が介入しにくいというメリットがあるからだと推測できる。
「…我が社では暗号資産の送金は、マルチシグネチャによって、俺とルーカスの2人の電子署名が必要になる」
マルチシグネチャとは、資金を動かすために複数の秘密鍵所有者による承認を必須とするセキュリティシステムだ。
会社の巨額な資金が、一人の判断や不正で動くのを防ぐための当然の手続きである。
「ならば、そのようにしてください。迅速な対応を期待しています」
オスカーの言葉に、フラワーは平然と答える。
「オ…オスカー様!こんな奴に屈しちゃダメだよ!アタシ1人のためなんかのために!」
美蘭の叫びは心の奥底から出る声だった。
自分の信奉するオスカーが犯罪者1人に屈することが信じられなかったのだ。
「お前が世界から消える損失を考えれば、20億などたかが知れている。そう判断したまでだ」
「…オスカー様……」
美蘭は目隠しの下から涙を零すと、沸き立つ複雑な感情を抑え、押し黙る。
「それと…オスカー・ヴラッドウッド、あなたがオースデュエルによって課したここ1ヶ月の契約を全て解除してください」
「…何?」
あまりに唐突なフラワーの要求にオスカーは再び疑問を抱いた。
(これが本命か?だが、誰が、何のために?考えられるとすれば…)
オスカーは後ろで悠然と座すマキシム・ハイドに視線を送る。
オスカー1人にただ要求を突き付けるだけなら、わざわざ大統領との会談中である必要がない。
この取引には何か裏があるはずだ。
(ドローンを持ってきたのも政府の人間。ならばこれも、ハイドが俺達の計画に抗うために演じた茶番か?
しかし、フラワーの要求は1ヶ月以内の契約の解除。俺達の計画とは直結しない…)
そう考えるオスカーの頭の隅に、直近のセカンド・コラプス計画に関する契約のことが1つ、思い浮かんだ。
それは神楽遊次とのオースデュエル。
彼に突き付けた契約は、セカンド・コラプス計画への関与の禁止。
その契約解除をフラワーが望んでいるとすれば、一応の辻褄は通る。
(しかし、マキシム・ハイドが俺と神楽遊次のオースデュエルなど知るはずがない。
神楽遊次の配下共にも契約が有効である以上、奴らの仕業ではない)
オスカーは一瞬の間で思考を巡らせる。
(計画を止めることが目的ならば、パラドックス・ブリッジの鍵の一つでも要求すればいい。手段が遠回りだ。
現状、フラワーの目的が俺達の計画の阻止であるとも断言できない)
フラワーの要求は20億サークと1ヶ月以内の契約の解除。
遊次とのオースデュエル以外の契約解除や、それ以外にも目的がある可能性も残っている。
いくつかのピースを繋ぐことはできても、全てのピースは繋がらない。
フラワーが何者か、何が目的か、それをこの場で推測することは不可能だった。
「当然、契約解除も彼女の身柄を引き渡す条件に含まれています。
契約解除については、今この場で、行っていただきます」
フラワーはそう言うと、美蘭の首元に突き立てたナイフの切っ先を、さらにわずかに押し込んだ。美蘭から小さく息が漏れる。
「これが最終警告です。5、4…」
フラワーのカウントダウンが、公邸の厳粛な沈黙を切り裂いた。
オスカーは迷わず、黒いコートの懐からデュエルディスクを取り出し、宣言する。
「一ヶ月以内の契約を、全て解除する」
オスカーの眼前に5枚のソリッドヴィジョンの契約書が浮かび上がった。
それらは音もなく、端から瞬時に粒子となって崩壊し、消え去った。
「契約解除を確認しました。では今から3時間以内に20億サークを送金してください。
送金が確認でき次第、七乃瀬美蘭を解放し、彼女から貴方に連絡させます」
フラワーは一方的にそう言い放つと、ソリッドヴィジョン映像は、プツリと唐突に掻き消えた。
部屋には再び、暖炉の爆ぜる音だけが残った。
「どうやら、今は呑気に話し合っている場合じゃないらしいな」
ハイドは、座ったままオスカーを見つめ、口元を歪める。
心配の心情など一つもなく、順風満帆に見えたオスカーの計画に隙が生じたことに、どこか期待を持つような言い方だった。
「この計画書と同意書は、持ち帰らせてもらう。
ではまた、別の機会に話をしよう」
話はこれで終わりと言わんばかりに、ハイドはテーブルに置かれた精巧な磁器のカップを手に取り、紅茶を一口、優雅に飲んだ。
オスカーは、黙ったままマキシムを疑訝しげに見ると、身を翻し、アリシアに対して低い声で言った。
「見送りは結構」
彼は公邸の玄関へ向かい、一言も発することなく、早足でその場を去った。
アリシアはオスカーの背と、動じずに座す大統領を交互に見つめ、困惑した様子を露わにしていた。
「美蘭が誘拐されただと!?」
ルーカスは突然かかってきた兄からの電話の内容を聞き、その場を歩き回りながら声を荒げる。
「犯人はフラワーと名乗る仮面の女。
要求は20億サークを仮想通貨として送金することと、1ヶ月以内にオースデュエルによって結んだ契約を解除することだ」
ルーカスは一瞬、その場で動きを止めた。
即座に衝撃を理性で制御し、思考を緊急対応へと切り替える。
「…僕はどうすればいい?」
「契約は既に解除している。残るは3時間以内の送金。
すぐに本社に向かえ。電子署名が必要だ」
「…わかった。でも、1ヶ月以内の契約が解除されたってことは、また"奴ら"が邪魔してくるかもしれないのか…」
ルーカスは瞬時にNextに課した計画阻止を禁ずる契約が破棄されたことに気が付いた。
「その時はまた打ちのめすまでだ。
誘拐事件の発生により、マキシム・ハイドとの会談は保留となった。
最後の鍵が生体認証であるとわかった今ならば、奴らと再び相まみえることにも意味がある」
Nextが乗り込んできた時は、最後の鍵がイーサンの"眼"による生体認証であることはオスカーも知らなかった。
Nextは、ただ計画を偶然知った邪魔者に過ぎなかった。故に、ただ口を封じればそれでよかった。
しかしハイドとの会談で彼の合意を得られなかった以上、生体認証という最後の鍵は手に入れられていない。
そこで"保険"としてイーサンの眼が有効ということになる。
「一つだけ朗報がある。ジェンが、イーサン・レイノルズの強制オースデュエル無効を解除した。
今なら奴の生体認証を手に入れられる」
彼の視線の奥には、この好機を逃してはならないという、鋭い決意が宿っていた。
「今動けるのはジェン1人だ。イーサン・レイノルズの元へ向かわせろ。
契約解除の通知はすでに神楽遊次に届いている。すぐにアクションを起こす可能性が高い」
「わかった」
ルーカスは短く返事をし、通信を切った。
そしてまた別の人物に電話をかけながら、彼は踵を返し、すぐに本社に向かうべく走り出した。
ジェンはニーズヘッグ本社の高層階にある窓の前に立っていた。
片手には冷たい缶コーヒーが、もう片方の手には携帯電話が握られている。
ガラス越しに、メインシティの街並みが夕暮れの光の中で輝いている。
「承知しました。すぐにイーサン・レイノルズを見つけ出し、強制オースデュエルによって生体認証に同意させます」
彼は冷静にそう返事をすると、指先一つで通信を終えた。
静かに缶コーヒーを一口飲んだ後、ジェンはゆっくりと窓の外から顔を室内に向けた。
その瞬間、彼の顔から温厚で穏やかだった表情が、まるで薄い仮面のように剥がれ落ちた。
瞳の奥にあったはずの優しさは消え失せ、代わりに宿ったのは、冷たく、無慈悲で、獲物を追い詰める殺戮者のような光だった。
「なんでかはわかんねーけどよ、契約が解除されたってことは、俺達はまた戦えるってことだろ!」
遊次は事務所にて、浮かび上がるソリッドビジョンの『契約解除通知』を手にして、強い眼差しを3人に向ける。
「そうだな。だが、また馬鹿みてえに真正面から突っ込むのか?なんかの罠かもしれねえぞ」
契約解除が一筋の光明であることは確かだ。
しかしあまりにも出来すぎた話に、怜央は警戒心を解いていない。
「そうは言っていられないだろう。
もしマキシム・ハイドの生体認証がニーズヘッグの手に落ちれば、俺達にもう交渉の余地はない。
セカンド・コラプスは、実行されてしまう」
イーサンの言葉が、遊次達の鼓動をさらに早める。
理由はわからない。罠かもしれない。しかし今、確実にチャンスを手にしている。
それが無駄に終わってしまうことが…戦うことすらできないことが、最も恐るべきことだった。
「大統領ンとこ急ぐぞ!」
遊次は急いで外に向かおうとするが、灯がその腕を掴む。
「待って!ここからメインシティまで2時間かかるんだよ!今から行っても、もう話し合いは終わってるよ!」
「だからって諦めるわけにはいかねえだろ!」
お互いにどうすべきかはっきりしないまま、遊次と灯の声は衝突する。
「ハイドがニーズヘッグの計画に同意した時点で、詰みだ。
つまり俺達は、ハイドが計画に同意しなかった時のことだけ考えればいい」
イーサンは声を荒げず、冷静に最善を尽くそうとする。
その声が、遊次と灯にも平静さを取り戻させた。
「だが、もしマキシム・ハイドが断ったとして、その後はどうする?
前はたまたま、あのロン毛野郎が俺らを黙らせようと積極的にオースデュエルを仕掛けてきただけだ。
今回もご丁寧に相手をしてくれるとは限らねえ」
以前は遊次の衝動的な行動が偶然実を結んだに過ぎない。
ニーズヘッグにも真実を知ったNextの口を再び塞ぐ意義はあるが、こちらがそれ一本に縋って同じようにニーズヘッグに立ち向かうのは心もとなかった。
「…いや、交渉材料ならある」
イーサンは意を決した様子で言う。
「なんか手があんのかよ?」
「あぁ。生体認証ができるのは、マキシム・ハイドだけじゃない。俺も…その一人だ」
イーサンは自分の片目を指し示す。
「ま、マジかよ…!」
「うそ…。でも、イーサンもパラドックス・ブリッジに関わってるんだから、おかしくないよね」
湧いて出たかのような希望に、遊次達の心拍数は再び上がる。
「とにかく、メインシティへ行かない限りは始まらないだろう。あとの説明は車の中でする」
「あぁ、そうだな」
遊次は急いで事務所を出ようとするが、扉の前で立ち止まる。
「俺達がこれから戦うのは、"世界を救おうとしてる奴ら"だ。
本気で何かを守ろうとしてる奴らを…その方法が気に食わねえからって、ぶっ倒そうとしてるんだ」
そして3人の方を真剣な表情で振り返る。
「ニーズヘッグに勝っても…本番はそっからなんだよ。
誰も犠牲にしないで隕石をぶっ飛ばす方法を、見つけなきゃいけないんだからな。
もしそれが見つからなかったら、俺達がニーズヘッグを止めたせいで、世界中の皆が死んじまうかもしれない」
灯、イーサン、怜央の3人は、一様に表情を引き締めた。
「それでも俺は、誰かを犠牲にした世界で生きてたって、笑えない。だから戦うって決めた。
でも皆が俺と同じ気持ちじゃないと思う。だから…もし、まだ迷いがあるなら…言ってくれ」
これは大きな選択だ。
流れに身を任せて戦うことだけはしてはならない。
自分自身が"選ぶ"ことをしない限り、ニーズヘッグの"覚悟"に敵うはずがない。
それは遊次がオスカーとの戦いで学んだことだ。
遊次の問いかけを受けて、重い沈黙が数秒間、事務所に張り付いた。
誰一人、視線を逸らさない。その張り詰めた空気の中、怜央が口火を切った。
「確かに、お前と同じ気持ちじゃねえよ。世界を救うだの、んなことには興味がねえからな」
怜央は拳を握り、真っ直ぐと前を見る。
「ただ…ちょっとでもガキ共が巻き込まれる可能性があんなら…ブッ潰さなきゃならねえ。それだけだ」
その瞬間、怜央の細められた瞳の奥に、燃えるような激しい光が宿った。
彼はこれまでもずっと、大切なものを守るためだけに動いてきた。
だからこそ、この言葉は怜央らしい。
遊次は怜央と目を合わせ頷いた。
「私も、遊次みたいに、世界中の皆を守りたいって心の底から思えるかっていったら、自信がない。
私が見てる世界は、昔からずっと、小さいものだから」
灯は胸に手を当てる。
頭に浮かぶのは、小さい頃から紡がれてきた、たった1人の男の子との思い出。
「私の世界の中心には、いつも"誰かさん"がいた。
私はその人の笑顔にいつも救われた。だから…」
灯は真っ直ぐと遊次を見る。
その目はとても優しく、そして、強いものだった。
「遊次が笑えない世界なんて、私は見たくない」
「灯…」
ここまで強い灯の意志を、遊次は初めて見たような気がした。
そして、自分と歩んできた思い出が、灯を強くしていること。
それがなんだか嬉しくて、誇らしかった。
遊次は優しい笑みを浮かべる。
そして、最後にイーサンの方に顔を向ける。
イーサンは息を吸い、ゆっくりと口を開いた。
「この14年間、遊次はずっと自分の願いに向かって走って来たよな。
俺も同じだ。俺は研究者としてずっと…天聖さんの傍で、あの人の笑顔も、涙も、見てきた」
遊次の目には一瞬、複雑な思いが灯った。
だがこれは、イーサンがこれまで遊次に話さなかった胸中だ。
それを今ここで話すことが、彼の覚悟だと感じた。
イーサンと天聖の関係性は、これまで彼があまり語ろうとしてこなかった。
それは、自分達がコラプスの引き金であるという事実を覆い隠すためだったのかもしれない。
彼はまだ、全ての事実を打ち明けたわけではないだろう。
それでも、心の内からの言葉だけは、嘘をつきたくないと思っていた。
「俺はあの人から、お前という、大切な一人息子を預かった身だ。
俺は天聖さんの願いも、お前の願いも、叶えたい。
それが今の俺の願いだ」
(イーサンはずっと、父さんの傍にいたんだ。
俺なんかよりも、ずっと父さんのことを知ってる)
遊次は、数日前のイーサンの言葉を思い出す。
(天聖さんにとって一番大切なのは、"家族"だ。
それだけは…嘘じゃない)
父と過ごした1年の記憶だけは、今もはっきりとこの体が覚えている。
彼の温かさと、優しさ。
そして大切な家族を失った痛みも。
コラプスの直後、目覚めた遊次を抱きしめる父の顔。
(また1から始めればいい……!)
全ての記憶を失った遊次を強く抱きしめた父の姿。
今でもハッキリと覚えている。
父は、自分の事を大切に想っていた。たった1年でもそれが伝わった。
イーサンは、それよりも遥かに長い時間、父と共に過ごしてきた。
その歩みの長さと重さは、計り知れない。
「天聖さんが望むのは、昔みたいに、"家族"でまた笑って暮らせることだ。
たったそれだけのために、あの人は何かを犠牲にする道を選んだ。
俺も…その願いに手を貸した」
遊次は数日前のイーサンの言葉を思い出す。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「マキシム・ハイドはモンスターワールドの資源を狙ってた。
そのためには天聖さんの力がどうしても必要だった。
だから…半ば脅迫のような形で、その才能を利用しようとしたんだ」
「脅迫?」
「あぁ。もし断れば、"家族"にも危害が及ぶ。
マキシム・ハイドはそう仄めかして天聖さんに近づいた」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(父さんが造ったパラドックス・ブリッジのせいで、コラプスが起きちまった。
でもそれは、俺っていう家族を守るためで…)
天聖とイーサンには大勢を犠牲にした"罪"がある。
でも、その裏にある思いだけは、簡単に否定できるものじゃなかった。
「オスカーのやろうとしていることも、俺は理解できる。
何かを犠牲にしてでも、大切なものを守りたいってことだからな」
「遊次は誰も犠牲にしない世界を望んでる。お前がそれを望むのは心の底から理解できる。
だが…悪いが、俺は違う。何かを犠牲にしてでも、俺は俺の大切な人の願いを守りたい」
彼が遊次の思いを理解できるように、遊次にもイーサンの思いは理解できた。
大切なもののためなら、何かを犠牲にできる。
遊次にだって、そういう気持ちがないわけじゃなかった。
「…わかるぜ。誰だってそうだ」
遊次はただ一言、そう伝えた。
イーサンの言葉は、今の遊次の覚悟とは、相容れぬものなのかもしれない。
それでも、大切な何かを守りたいという気持ちは同じだった。
「でも今、セカンド・コラプスを止めなきゃならないのは確かだ。
お前が今までこの町のために歩んできた道を、未来に繋げるために。
天聖さんの思いも、お前の願いも、俺は守ってみせる」
イーサンは強く深い意志のこもった目で遊次を見る。
遊次もそれに呼応するように目を合わせる。
「それに、お前達が気付いてないことが1つある。
セカンド・コラプスが実行されれば、お前達自身の命だって危険に晒されるんだ。
だから、俺は奴らの計画を止める。戦う理由なんて、それで十分だ」
イーサンと天聖がどんな思いを抱えているかは、まだ遊次には全てわからなかった。
だからこそ、距離を感じたのも事実だ。
それでも、今のイーサンの言葉だけは、遊次達がいつも見てきたイーサンそのものだった。
「…そうだな。全然気付かなかったぜ」
遊次は張り詰めていた空気を解き放つように、ふっと笑った。
灯と怜央もそれに続くように、硬かった表情がさらに引き締まり、研ぎ澄まされた光を宿す。
彼らの顔には、自分たちの命運と世界の命運を懸けた戦いへ向かう、凛々しくも確固たる決意が宿っていた。
「行くぞ!ニーズヘッグを止めに!」
灯が運転する真っ赤なスポーツカーが、ドミノタウンの街路を走る。
窓外には、くすんだ色のアパートや小さな商店が慌ただしく通り過ぎていく。
夕闇が濃くなり、街灯がオレンジ色の光を投げかけ始めていた。
「で、イーサンが生体認証できるとして、どうオースデュエルに持ち込むんだ?
前みたいに、オスカーに計画を止めさせるか?」
遊次が助手席から後ろのイーサンを振り返り、問いかける。
「いや、前みたいな一発勝負はしたくない。
オスカーの強さは身に染みてわかってるだろ。1度負けたらその時点で終わりという状況は避けたい」
イーサンの言葉に、灯がすぐに反応する。
「そっか…!ルーカスさんとか美蘭となら、私達だって戦えるかもしれない。
そこで勝てば、交渉材料をできるだけ増やした状態で、オスカーさんに挑める!」
灯は自分自身が発した言葉によって思い出したことがある。
それは美蘭との約束。そして「また会おうね」という、美蘭の言葉。
もう叶わないと思っていた彼女との再会が、今、果たされようとしているのだと。
「確かにそれが現実的だろうな。で、こっちは相手に何を要求する?向こうが持ってる鍵か?」
怜央の問いに、イーサンは1度頷く。
「あぁ。こっちはニーズヘッグが所持する鍵を要求する。
1度のデュエルで要求できるのは1本が限度だろうがな」
オースデュエルは両者が合意しない限り始まらない。
落としどころとすれば、イーサンの生体認証と、ニーズヘッグが所持する鍵というのが平等な条件と考えられる。
それが強制オースデュエルだったとしても、世界デュエル憲章によって、オースデュエルは平等でなければならないと定められている。
この絶対の概念は、強制オースデュエルをもってしても覆すことはできない。
強制オースデュエルの使用者は、自分の提示した条件を相手に呑ませることはできるが、
代わりに"相手が提示した条件を平等だと認識した"時点で、デュエルディスクは強制オースデュエルを自動的に成立させる。
DDASは人の心を読み取ることができるため、相手の要求を平等と認識した時点で、契約が成立することになる。
これにより、相手が提示する条件を蹴り続けるようなことは不可能となる仕組みだ。
「初戦で勝てば、こっちはイーサンの生体認証と、1本の鍵を持ってる状態。
もし1回負けても、もう1回の交渉材料が残ってるってことだね」
「そうだ。だが相手は強制オースデュエルを使ってくるだろう。
仮に1人が全ての鍵を持っていた場合、向こうは強制オースデュエルによって、全ての鍵を1度のデュエルで強制的に要求してくることになる。
それを避けるためには、手に入れた鍵はこの4人で可能な限り分散しなければならない」
イーサンと灯が中心となり、戦略は次々と組み上がっていく。
しかし遊次はもっと根本的なところで引っかかりを覚えていた。
「いやいや、何言ってんだよお前ら!俺らの目的は、ニーズヘッグの計画を止めることだろ!
ってことは、鍵をぶっ壊しちまえばそれでパラドックス・ブリッジは二度と起動できねえんだよ!
さすがにイーサンの眼を潰すってのはありえねえとしても、手に入れる鍵は1個でいいんだって!」
「た…確かに…」
遊次にしては非常に筋の通った反論だった。
灯の中ではすっかり鍵を全て手に入れるていで考えていたため、目から鱗だった。
しかし、イーサンは首を横に振り、口を開く。
「パラドックス・ブリッジの鍵は、物理的に破壊できない素材でできている。
数年に微量しか取れないような超希少素材を、ハイドがふんだんに使いやがったからな」
「んなもんアリかよ…!だが、海にでも捨てちまえば同じことだろ?」
怜央は希望を捨てずにさらに反論する。
「鍵にはGPSがついてる。パラドックス・ブリッジは政府の管理下にあるから、鍵の位置は常に把握されてる。
海に捨てても、今度はそれが政府の手に渡るだけだ。
そうなれば、結局は政府とニーズヘッグが鍵を巡って争うことになる。根本的な解決にはならない」
「…んじゃあ、鍵は全部、俺達が奪うしかねえってわけだな?」
遊次が覚悟の宿った眼差しでイーサンを見つめ、イーサンは強く頷く。
「あぁ。俺の眼を潰して解決するなら安いものだが、ハイドの生体認証がある以上、意味はない」
「おいおい、変なこと言うなよ…。イーサンにはドミノタウンが元気になったところを見る義務があるんだからな!眼なんて潰させねーぞ!」
イーサンはふっと笑い「そうだな」と答える。
そして再び真剣な表情で、作戦の立案を続ける。
「強制オースデュエルは、1人の相手には1度しか使用できない。
負けても無限に使い続けられたら埒が明かないからな。そういう仕組みになってる。
だけど同一人物でなければ、短時間でも連続で使用できるんだ」
「だから戦う相手には、二度とNextのメンバーに強制オースデュエルを使わないことを契約として提示しよう。
そうすれば1度負かした相手は二度と俺達を狙えず、ニーズヘッグの戦力を着実に削ぐことができる。
奴らも機密情報を口外しないことを契約に盛り込みたいはずだ。2つ目の要求をしても契約は平等だろう」
「すげーな…よくそんな的確な作戦を思いつくもんだぜ。
だが、肝心なのはどうやってロン毛野郎以外のニーズヘッグと先に戦うか、だろ」
怜央は感心しつつも、最も大切な部分を見逃していなかった。
オスカーよりも前にルーカスや美蘭と戦い、鍵を手に入れるのが作戦の要。
その具体的な方法がまだ示されていない。
「それなんだが…メインシティのセントラル・プラザにCM撮影で七乃瀬美蘭がいたと、SNSに大量に書き込みがあった。まずはそこを当たるべきだろう」
「なるほどな!調べがはえーぜ!」
「でも、相手が鍵の現物を持ってなかったら?それでも鍵を要求できるの?」
灯はメインシティまで最短の道を進みながら、作戦の穴を埋めてゆく。
「鍵そのものを俺達が手にしなくても、法的に鍵の所有権が俺達に渡ればいい。
そうすれば、奴らがその鍵に触れた時点で契約違反になるし、契約を無視してその鍵でパラドックス・ブリッジを解放するなんてのは物理的に不可能だ」
オースデュエルを司るDDASは、契約の順守のためなら世界中のいかなる電子機器さえも操ることができる。
Nextに所有権がある鍵をニーズヘッグが使おうとすれば、DDASはどんな手段を使おうと契約を守らせようとする。
まさに契約を破ることは「物理的に不可能」ということになる。
「あとは鍵の所有者がその鍵を"渡す"と言えば、俺達の誰かに所有権を移すこともできる。
俺の生体認証を交渉に使う以上、まずは俺がニーズヘッグの誰かと戦うことになる。
俺がそいつを倒した後、手に入れた鍵の所有権は3人の内の誰かに渡すよ」
「まとめると…まずはイーサンが、ルーカスさんか美蘭とオースデュエルをして、鍵の所有権を手に入れる。
その鍵を、私達の誰かに譲って、リスクを分散させる。
もしその後に別の人とデュエルすることになっても、負けた時点で終わりにはならない。
皆がそれぞれ鍵を持った状態でオスカーさんに挑めば、負けても別の誰かが挑戦できる…ってことだね」
これがNextがニーズヘッグに立ち向かうための現実的な策。
あらゆる可能性が考慮された「負けても再挑戦できる」状況を創り出すための作戦だ。
セカンド・コラプスに関わるニーズヘッグの人間がどれ程いるか、どのタイミングで戦いが発生するかは不明であるものの、鍵を分散させておけば最低限のリスクヘッジはできるということだ。
車の窓の外の景色は、郊外から幹線道路沿いの大型店舗や中層ビルへと変わってきていた。
遠くの地平線には、メインシティの巨大な摩天楼のシルエットが、輪郭をぼやかせながら見え始めている。
川の広大な水面を跨ぐ、巨大な赤錆色のアーチ橋。
無数の太い鋼鉄の骨組みが、巨大な血管網のように複雑に絡み合い、天を衝くような美しい曲線を描きながら、二つの都市を隔てる。
ジェンは、そのメインアーチの最も高い頂点、剥き出しの鉄骨の梁の上に立っていた。
足元には、高速で車が流れる道路が見える。
(奴らが何もせず手をこまねいているはずがない。
以前、本社に殴りこんで来たところを見るに、ただ身を隠すだけとは考えづらい。
再び戦いを挑んでくる可能性が高いだろう)
ジェンは眼下の車を1台ずつ、獣のような眼で追っていた。
(以前、神楽天聖の息子の身辺を調査した時、奴らの事務所には赤い『フロンティア/F-クーペ』が停まっていた。
ドミノタウンからメインシティに来るとすれば、あの車がこの橋を通るはずだ)
彼はすでにNextの動きを正確に予測し、彼らが現れるのを待ち構えていた。
その背中には、黒い金属製の大型バックパックのような機械が装着されていた。
複雑なパイプとノズルがむき出しになっている。
数分の間、集中を途切れさせず獲物を待ち続けたジェンの冷たい視線が、橋を走る無数の車の中から、一際鮮烈な赤色を捉えた。
低いボンネットと流れるようなルーフラインを持つ「フロンティア/F-クーペ」が、橋の中央付近を猛スピードで疾走してくる。
ジェンの瞳の奥で、光が一層強く燃え上がった。
彼は躊躇なく、高さ数十メートルもある鉄骨の梁の上から、真下を走る車めがけて身を投げた。
重力に引かれ、体は一瞬にして加速する。
風を切る音が耳元で轟き、アスファルトの路面が猛烈な速度で迫り上がってきた。
すると、ジェンが背負う黒い装置から、着地直前に強烈なガスの噴射音が響き渡る。
その白い噴煙が、一瞬にして落下速度を殺し、ジェンの体は灯が運転するF-クーペのルーフへ、轟音と共に着地した。
「な、なに!?」
車内に響く、鋼鉄が叩きつけられたような衝撃音に、灯は思わず叫んだ。
彼女の体は恐怖で硬直したが、ハンドルを握る両手だけは反射的に動き続けた。
車体を揺らしながら、真っ赤なスポーツカーは、橋の出口を目指して突き進んでいく。
ジェンは車のルーフから運転席側の窓ガラスを、拳で何度も叩き始めた。
「うわっ!!なんだよ!?何が起きてんだ!?」
遊次が叫んだ。ガラスにひびが入り、粉々になった破片が車内に飛び散る。
ジェンをルーフに乗せたまま、車は猛スピードで巨大な赤錆色のアーチ橋を駆け抜け、ついにメインシティ側の市街地へと突入した。
真っ赤なスポーツカーは、幹線道路から逸れ、周囲を薄暗いビル群と錆びたパイプが囲む、広い高架下へと減速していく。
灯が、人通りが完全に途絶えた、コンクリート剥き出しの薄暗い広場へ車を寄せようとブレーキを踏む。
急停車による強い衝撃が車体を襲ったが、ルーフに立つジェンは、一切動じることなく片手で車体を掴み、完璧にバランスを取った。
車が完全に停車すると、息をつく間もなく、ジェンは割れた窓枠から手を伸ばし、内側のドアノブを力任せに掴んでこじ開けた。
ジェンは開いたドアから身を屈め、シートに座るイーサンの首を強く掴み上げる。
「ぐっ…!」
突然現れた腕に首を掴まれ、イーサンの表情は苦悶に歪む。
「イーサンッ!!」
ジェンはそのまま一言も発さず、アスファルトの路面目掛けて力いっぱい投げ飛ばした。
「ぐあっ…!!」
イーサンの体が、コンクリートの上を激しく転がる。
「イーサン!!」
遊次、灯、怜央の3人は、車のドアを勢いよく開き飛び出した。
アスファルトの上で呻くイーサンのもとへ、3人は一気に駆け寄る。
3人がアスファルトの上で呻くイーサンを心配そうに見下ろすその背後で、車のルーフに立つジェンは、音もなく軽やかに路面へと降り立つと、黒い推進装置を地面に下ろした。
遊次は振り返り、ジェンの2メートル近い巨体を見上げる。
その威圧的な姿に、遊次は確信を持って言った。
「…ニーズヘッグだな、お前」
遊次はジェンを強い眼差しで睨みつける。
ジェンは、遊次の言葉にも、3人の動揺にも、一切反応しなかった。
彼は無言のまま、黒いスーツの左腕にデュエルディスクを装着する。
ジェンは冷たい眼差しで倒れるイーサンを見据えたまま、装着した左腕を静かに高く掲げた。
「強制オースデュエル発動――」
次の瞬間、まばゆいばかりの赤い光が、巨大な支柱とコンクリートの空間を強烈に包み込んだ。
「クロム・ナイトシェイド…貴方の生体認証はもらい受ける」
その瞬間、ジェンのデュエルディスクから、周囲の空気を震わせるような機械音声が響き渡った。
(クロム……なんだって…?)
遊次は聞きなじみのない名前に眉を顰める。
赤い光が収束する中、イーサンは、先ほどの激しい投げ飛ばしのダメージを微塵も感じさせず、ゆっくりと立ち上がった。彼は服の埃を払い、ジェンを睨み据える。
「…何者かは知らないが、そっちからやってくるとは好都合だ」
両者が対峙する中、遊次が口を挟んだ。
「おい、クロムなんとかってのはなんだよ?人違いしてんぜお前!」
ジェンは、遊次の言葉をまるで予想していたかのように、冷淡な口調で返した。
「…知らないのか、その男の正体を」
「どういうこと?」
その言葉に、遊次の隣にいた灯が目を細めた。
「イーサン・レイノルズなどという男は存在しない。
記録上は死亡したことになっているが、顔と名前を変え生き続けていた」
「その男の名は、クロム・ナイトシェイド。――DTDL副所長だ」
ジェンは、一切の感情を排した声で、事実を告げた。
遊次、灯、怜央の3人は、その言葉に息を呑み、驚きに目を見開いた。
一方、イーサンは、その場で俯き、顔に深い影を落とした。
イーサンは何も言わない。
その沈黙こそが、ジェンの言葉が事実であることを雄弁に物語っていた。
(顔と名前を変えてた?イーサンが…?)
ジェンの言葉が火種となり、灯の脳裏に、ある記憶が飛び込んできた。
それは、裏カジノ打倒の依頼で、高級サロンに潜入する際、常連のマダムがイーサンの身なりを整えていた時のことだ。
あの時、確かに小さな違和感はあった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ん?これ…」
イーサンがマダムから髭や髪を整えられている途中、
マダムがカミソリを持つ手を止め、イーサンの顔を見つめている。
「どうかしました?」
イーサンに合うスーツを選んでいた灯が、マダムに話しかける。
イーサンは何も言わず、マダムにばつの悪そうな視線を送っている。
「あ、いえ…!なんでもないのよ!
人には聞かれたくないこともあるものね…」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(あれは多分…マダムが整形手術の痕跡を見つけたんだ。
イーサンが顔を変えていた別人だなんて、信じられない。だけど…)
灯の心は不思議と落ち着いていた。
そして、それは遊次や怜央も同じだった。
遊次はすぐに顔を上げた。
その表情には、迷いや動揺は消え失せ、平然とした様子に戻っていた。
「…そっか。ま、んなこと今になっちゃどうでもいいことだ」
イーサンは驚いた様子で振り向いた。
「お前の名前がなんだろうが、イーサンはイーサンだ」
遊次は、彼を安心させるように、いつものように力強く笑ってみせた。
「遊次…」
灯と怜央もまた、すでに表情を引き締め、事実を乗り越えた平然とした様子でイーサンを見つめていた。
「んなことより、目の前の戦いに集中しやがれ」
怜央が顎で前方を示す。
イーサンは、怜央の顔を見つめ、決意を込めた眼差しで頷いた。
「ああ」
イーサンはジェンと向き合い、戦闘態勢に入った。
ジェンは不動の佇まいのまま口を開く。
「私が提示する契約は2つ。貴方の生体認証と、我々の計画に関するあらゆる事実を口外しないことだ」
相手の要求は想定通りだった。
強制オースデュエルゆえに、この契約を拒否することはできない。
しかしイーサンからも、相手が平等と認める契約を突きつけることができる。
「俺から提示する契約も2つ。
1つ目はパラドックス・ブリッジの鍵の1つの所有権を俺に渡すこと。
2つ目はNextのメンバーに強制オースデュエルを使用しないことだ」
「…いいだろう。
私はパラドックスブリッジ"グール"の鍵を懸ける」
契約は合意された。
両者は同時にデュエルディスクを構える。
遊次達は1歩後ろに下がり、決闘者に場を明け渡す。
「オースデュエルの開始が宣言されました。内容確認中…」
プレイヤー1:鄭 紫霞 (ジェン ズーシャ)
条件①:イーサン・レイノルズによるパラドックス・ブリッジ"デーヴァ"への生体認証の使用権限を、ニーズヘッグ・エンタープライズに譲渡する
条件②:Nextはセカンド・コラプス計画にまつわる事実を口外しないこと
プレイヤー2:イーサン・レイノルズ
条件①:ニーズヘッグ・エンタープライズが所有するパラドックス・ブリッジ"グール"の所有権を、イーサン・レイノルズへ譲渡する
条件②:なんでも屋「Next」メンバーへの強制オースデュエルを禁ずる
詳細な契約内容は、ソリッドヴィジョンの契約書として両者の前に浮かび上がる。
そこには一切の別の解釈の余地がないほどに徹底された文章が記載されており、
承認した時点で、完全なる両者の意図通りの契約にしかならないようになっている。
イーサンとジェンは指でソリッドヴィジョンの契約書にサインを行うと、DDASがオースデュエルの開始を宣言する。
「契約内容を承認します。デュエルの敗者は、勝者が提示した契約を履行する事が義務付けられます」
この戦いに勝利しなければ、イーサンの生体認証はニーズヘッグの手に渡り、その時点でセカンド・コラプスの全てのピースは揃ってしまう。
遊次は固唾をのみ、勝負の行く末に意識を集中する。
「デュエル!」
第61話「花の仮面」 完
再び幕を開けるニーズヘッグとの戦い。
超常的な攻撃力を誇るイーサンのヴォルタンクを前にしても、ジェンの瞳は揺らぐことはなかった。
チェーン不可の効果を持つモンスターを特徴とするジェンの「絶鎖獣」デッキ。
アドバンス召喚によって現れる切り札。
そのモンスターは、たった1体にしてイーサンを追い詰める。
「イレギュラーは排除する。それが私に課せられた使命だ」
次回 第62話「鎖を絶つ獣」
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| 46 | 第39話:玉座 | 319 | 0 | 2025-06-25 | - | |
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| 45 | 第53話:命の使い方 | 232 | 0 | 2025-10-01 | - | |
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