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HOME > 遊戯王SS一覧 > 第17話:EDEN TO HELL

第17話:EDEN TO HELL 作:

----------------------------------------------------------------------------------------------------------
【怜央】
LP4400 手札:2

①爆焔鉄甲 炉衛生兵(ファーネス・メディック) ATK1300
②爆焔鉄甲 羅針榴弾(コンパス・グレネード) ATK1500
③爆焔鉄甲 炎機公子(エクスプロード) ATK2800 X素材:2

カードの位置(□はカードが置かれていない場所):
  □  
□①②③□

フィールド魔法:1
永続魔法:1
伏せカード:1


【遊次】
LP3900 手札:1

カードの位置(□はカードが置かれていない場所):
  □  
□□□□□
◆□□□□

◆Pゾーン:妖義賊-剛腕のナンゴウ
----------------------------------------------------------------------------------------------------------

怜央のターン、罠カード・モンスター・魔法カードのコンボによって、
怜央のフィールドを壊滅させた遊次。

しかし、怜央は圧倒的なリソース回復能力によってその戦線を立て直し、
再び遊次のフィールドのモンスターを全て破壊した。

遊次は怜央と、デュエルを通した魂の会話を望む。
しかし、未だ怜央は心を開かないままだ。


遊次「怜央、俺はお前がただの悪い奴じゃねえのはわかってる。
だからこそ、このデュエルでお前と本気でぶつかって、お前のこともっと知りてえんだ」
遊次は真っ直ぐと怜央を見据え、恥ずかしげもなく思いをぶつける。


怜央「…しつけえんだよ!俺のことを知って何になる!
お前は俺にとって、目の前に立ち塞がる壁だ!ただそれだけだ!」
怜央には依然拒絶を示す。


遊次「でも、初めて会った時とは違うはずだぜ。
デュエルを通じて俺はお前に思いをぶつけた。
お前もありったけの怒りを俺にぶつけた。
コラプスで大切なモンを失ったってことも語ってくれた。
それはお前が俺の思いにデュエルで応えたってことだ!」

怜央「俺が…応えた?」

遊次「そうだ!
デュエルは魂の会話だって、俺の父さんが言ってた。
モンスターはデュエリストと心を1つにして戦うんだ。
デュエルは心と心のぶつかり合い…デュエルじゃなきゃ語り合えないことがある」

遊次「お前は、その心の一部を俺にぶつけたんだよ!
お前はもう俺に応え始めてる!だから、もっとぶつけ合おうぜ!
俺はこのデュエルで、心の奥底にいる本当のお前を引きずり出したいんだ!」

遊次は怜央の方へ真っ直ぐとデュエルディスクが装着された左腕を突き出す。

灯「(遊次は…まだ怜央に対して思ってることがいっぱいあるんだ。
でも、デュエルを通して言わなきゃ意味がないから…あえてその思いを全部は言葉にしない)」

灯には遊次の考えていることが手に取るように分かった。
遊次はこれまでもそうしてきた。
「デュエルは魂の会話だ」という父の言葉を体現するように、デュエルで語ることを大切にしてきたのだ。


怜央「…本当の俺だと?わかったような口利くんじゃねえ…!」
遊次の言葉を受け止め始めているのは確かだが、怜央の心の扉はまだ完全には開かない。
しかし。


ミオ「…あの人、なんで何回跳ね返されても、怜央とぶつかりたいって言うんだろう」
怜央「…!」
ミオの一言が閉まりかけた怜央の心の扉に指をかけた。

ミオ「ただ戦うだけじゃなくて、なんで話し合おうとするの。
それに、怜央が悪い人じゃないって…怜央がモンスターと"一緒に戦ってる"って…。
今までそんな人いなかった。こんなにまっすぐぶつかってくる人」

チームの中でも、怜央達のように強い憎悪や反発心を持っていたわけではないミオは、
遊次の言葉を純粋に受け取ることができたのだ。
少なくとも彼に悪意はないことは理解し、彼の意見を跳ね返し続ける必要性に疑問を感じていた。

リアム「な、何言ってんだよミオ!お前まで…」
リアムはミオの言葉に抵抗の色を示す。

ダニエラ「ま、確かにそうだね。あんな奴、アタイも見たことないよ。
それに、怜央があんなに感情を剥き出しにしてるとこもね」

怜央「…なんだと?」
ダニエラの言葉に思わず怜央が振り返る。

リアム「ダニエラの姉貴…」

ドモン「アイツには、どうやらお前がまだ過去を隠してることもバレてるみたいだしな。
もうこの際、全部ぶつけちまえばいい」

怜央「ドモン…」

ドモン「お前の抱えた怒りが、背負った怒りが正しいなら、このデュエルはお前が勝つはずだぜ。
モンスターがお前に応えるってヤツだ。アイツの理屈ならそうなる」


ドモン「だから、このデュエルで証明してくれよ。
俺らの進んできた道のりが正しかったってな」

赤一色だったUnchained Hound Dogsの空気が遊次の言葉によって少しずつ変わっていく。
怜央は遊次に確かに自分の心をぶつけていた。
そんなはずはないと思い込もうとする怜央の心の扉を、他の仲間達が1人ずつ押し開いてゆく。


怜央「……」
怜央はミオやダニエラ、そしてドモンの言葉を受け止める。
彼らは紛れもなく怜央の仲間であり、そこに障壁はなかった。
その者達が望んでいるのだ、遊次との魂の対話を。


怜央「…わかった。いいぜ、神楽遊次。
このデュエルで俺の全部をテメェにぶつけてやる。
その上で…お前を捻じ伏せて、俺達が正しいってことを証明してやる!」
怜央は遊次の方に向き直り、毅然と答える。


遊次「…望むところだ、怜央!!」
遊次は笑顔で怜央に応え、デッキに指をかける。

遊次「俺のターン…」
遊次「(ここを越えなきゃ、アイツらを変えられねえ。
そして…俺の夢も叶えられねえ…!
応えてくれ、俺のデッキ…!)」


遊次「…ドロー!!」
勢いよくデッキトップのカードを引く。

遊次「…来た!」
引いたカードを見つめ思考を巡らせる。
脳内で数々のルートを描き自分の進むべき道を見つけると、
遊次はカードをデュエルディスクに勢いよく叩きつける。

遊次「フィールド魔法『妖義賊の秘密回廊』を発動!」


■妖義賊の秘密回廊
 フィールド魔法
 このカード名の①②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
 ①:このカードの発動時の処理として、「予告状」魔法カード1枚をデッキから手札に加えることができる。
 ②:自分フィールドの「ミスティックラン」モンスター、または元々の持ち主が相手となるモンスターを対象とする
 相手フィールドのモンスター効果が発動した場合に発動できる。
 発動した効果を無効にする。
 ③:自分フィールドの「ミスティックラン」モンスターがリリースされた場合に発動できる。
 自分はデッキから1枚ドローする。


遊次がカードを発動すると、狭き戦場に古い石畳の床が1枚ずつ広がってゆき、フィールド全体に張り巡らされる。
壁には重厚な木材が使われている。茶色く染まった柱が霧の中にぼんやりと浮かび、暗い空間の中に優美な雰囲気を感じさせる。
燭台の淡い光が陰影を生み出し、義賊たちがこの秘密の回廊を用いていたことを物語るようだ。


遊次「このカードが発動された時、デッキから『予告状』魔法カードを手札に加えることができる。
俺が手札に加えるのは『儀式の予告状』!」

遊次「更にこのフィールド魔法がある時、
『ミスティックラン』とお前から奪ったモンスターを対象とする効果を1度無効にできる」

怜央「…つまり俺の爆弾を装備させる効果も1回は無効にされるってことか」

遊次「そーゆーこった。さらに墓地の『妖義賊の見参』の効果を発動!
墓地の『ミスティックラン』を手札に加える。
俺は『妖義賊-士君子のブラックバード』を手札に加える」

遊次「そして手札に加えた『妖義賊-士君子のブラックバード』を召喚!」
フィールドには再び紳士服を纏ったカラスのモンスターが華麗に現れる。

ダニエラ「まーたあの厄介なモンスターかい!」

ドモン「これでまた墓地の予告状を除外して破壊を回避できるってわけか。
さっそく怜央の爆弾に対処してきやがった」

今は遊次のフィールドに予告状カードは存在しないが、
フィールド魔法によって1度の対象無効があるため、手出しできない状態だ。

遊次「それだけじゃねえぜ。『士君子のブラックバード』の効果発動!
相手の魔法・罠を1枚破壊して、俺のフィールドにセットできる!」

ダニエラ「なんだって…!」

遊次「その永続魔法がある限り、他の魔法・罠は破壊されないんだったな。
だったらそいつを破壊だ!」
遊次は怜央の「爆焔鉄甲補給戦線(スチームアーミー・サプリングバトルライン)」を指さす。
ブラックバードが翼を振るうと黒い羽根が飛び、指定された永続魔法に突き刺さり、破壊される。
その後、遊次のフィールドにセットされる。

遊次「そしてセットされたこの永続魔法を発動しておくぜ」
奪った永続魔法は表側となり、遊次のフィールドに発動される。
しかし「スチームアーミー」モンスターが自分フィールドに存在しない限りその効力は発揮されない。


遊次「手札から『妖義賊の復活』を発動!
相手から奪ったカードが俺のフィールドにある時、墓地から『ミスティックラン』1体を復活させる!」


■妖義賊の復活
 通常魔法
 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
 ①:元々の持ち主が相手となるカードが自分フィールドに存在する場合、
 墓地の「ミスティックラン」モンスター1体を対象として発動する。
 そのモンスターを特殊召喚する。
 ②:このカードが墓地に存在する場合、墓地のこのカードを除外して発動できる。
 自分の墓地の「予告状」カード1枚を除外する。


遊次「来い、『妖義賊-駿足のジロキチ』!」

■妖義賊-駿足のジロキチ
 効果モンスター
 レベル4/地/獣/攻撃力1600 守備力800
 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
 ①:このカードが召喚・特殊召喚した場合に発動できる。
 デッキから「ミスティックラン」モンスターを1枚手札に加える。
 ②:このカードがリリースされた場合、
 相手フィールドの表側表示のモンスター1体を対象として発動できる。
 その表側表示モンスターのコントロールをエンドフェイズまで得る。

ほっかむりを被った鼠のモンスターが再び現れる。

遊次「ジロキチの効果発動!
特殊召喚に成功した時、デッキから『ミスティックラン』1体を手札に加える」
しかし遊次は手札に加えるカードを宣言せず考える様子を見せる。

怜央「…どうした?カードを手札に加えるんだろ」

遊次「そうなんだけどよー。誰を手札に加えようかな~って。
あ、相手の手札からモンスターを奪える『忍びのイルチメ』なんかはどうかな~?」

怜央「…!」
怜央が思わず眉をひそめる。


遊次「おっ、その反応はモンスターカードを持ってるってことでいいよな?
じゃあ手札に加えるのは『妖義賊-忍びのイルチメ』で決まりだ」
遊次はニヤニヤしながら手札に加えたカードを指先でクルクルと回している。


怜央「チッ…小賢しい真似しやがって!正々堂々勝負しやがれ!」
自分の反応によって図星を突かれた怜央は憤りを露わにする。
リアムも外野からヤジを飛ばしている。


遊次「言っただろ、『小手先のテクニックで案外戦況は変わる』ってな。
それに、これも勝負の内だぜ。
お前がポーカーフェイスかまして俺を騙せば、お前の有利にできたかもしれねえしな」
遊次は批判にもたじろぐことなく、胸を張って答える。
怜央は言い返すことはなく、ただ苦い顔をしている。


遊次「イルチメはフィールドに他の『ミスティックラン』がいる時、特殊召喚できる!」


■妖義賊-忍びのイルチメ
 効果モンスター
 レベル4/地/戦士/攻撃力1500 守備力1200
 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
 ①:自分フィールドに「ミスティックラン」モンスターが存在する場合に発動できる。
 このカードを手札から特殊召喚する。
 ②:手札から「予告状」カードを1枚捨てて発動できる。
 相手の手札を確認し、その中からレベル4以下のモンスター1体を選ぶ。
 そのモンスターを効果を無効化し、自分フィールドに特殊召喚する。


現れたのは紫色の忍び装束を身に纏い、長い髪を後ろで束ねたくノ一だ。右手にはクナイを持っている。


遊次「イルチメの効果発動!手札の『予告状』を捨てることで、
相手の手札のレベル4以下のモンスターを、効果を無効化して奪うことができる。
俺は手札の『儀式の予告状』を捨てることで効果を使う。さあ手札を見せてもらうぜ」

怜央「チッ…」
怜央は舌打ちをしながら2枚の手札を表に向ける。
怜央の手札は1枚がモンスターカード、もう1枚が魔法カードだった。


遊次「なるほど、『錬鋼操兵(アイアン・ドライバー)』を持ってたか。
こいつはデッキからの特殊召喚と墓地送りを両方できる優れ者…。
こいつが手札にいれば、もし俺に盤面をひっくり返されても立て直せるもんなぁ…」

遊次が顎に右手を添えながら怜央の手札をジロジロと観察し分析をする。
『錬鋼操兵(アイアン・ドライバー)』は1度怜央が召喚したモンスターであるため、
遊次もその性能を知っている。

怜央「……」

遊次「でもなんでこいつを前のターンで使わなかったんだろ?
…あ、手札を1枚捨てる必要があるから、
他のカードで立て直せるならわざわざこいつを使う必要はないか…」

怜央「…いつまでジロジロ見てんだ気持ちわりぃ!とっとと奪うモンスターを決めやがれ!」
相手の手札を眺めながら1人でブツブツ呟いている遊次に、怜央が痺れを切らす。


イーサン「完全に遊次のペースだな。安心したよ」
灯「ふふ、そうだね。むしろピンチになってからようやく本調子って感じ」
怜央に盤面を返された遊次に心配の眼差しを向けていた2人は遊次の様子を見て胸をなで下ろす。


遊次「ハイハイ、わかったよ。俺が奪うのは『錬鋼操兵(アイアン・ドライバー)』だ。
効果を無効にして俺のフィールドに特殊召喚する」
遊次のフィールドに鋼鉄の機兵が現れる。


ドモン「手札を見られたのも癪だが…手札を1枚失ったのが痛いな」

ダニエラ「まぁ手札を1枚捨てる必要がある上に、
相手の手札にレベル4以下のモンスターがなきゃ意味がないわけだから
リスクはあるんだけどね…その分決まると厄介極まりないよ」

しばらく静観していたドモンとダニエラは焦りを募らせる。

遊次のフィールドには一気に4体のモンスターが並んだ。
しかし怜央の眼からは闘志は消えていなかった。


遊次「怜央、お前さっき俺に言ったよな。『正々堂々勝負しろ』って。
そんなの、どんな手段を使ってものし上がろうとしてた奴のセリフじゃねえだろ」

怜央「…何が言いたい」

遊次「お前、ほんとはデュエルが好きなんじゃねえか?」
遊次は真剣な眼差しで怜央に言葉を投げかける。
怜央の心をこじ開ける手掛かりを得たかのように。

怜央「…言っただろ、俺にとってデュエルは這い上がる手段だと」
怜央は少しの沈黙の後、以前と同じ回答を示す。


遊次「だからそれが嘘なんじゃねえかって言ってんだよ。
それかお前がそう思い込んでるだけか。
お前はモンスターと心を通わせられるし、デュエルを真剣勝負と捉えてる。
でもそんなお前に"デュエルは手段だ"と言わせる"何か"があったんだ」

怜央「…」


遊次「俺はこれから、お前に全力をぶつける。俺の想いも乗っけてな。
でもその前にお前のことをもっと知りたいんだ。その上で俺の答えを出したいから」

遊次「だから教えてくれよ。お前の過去に何があったか。
お前もその覚悟があるはずだぜ」

(『このデュエルで証明してくれよ。
俺らの進んできた道のりが正しかったってな』)
怜央は仲間の言葉を思い出す。


怜央「…いいぜ、教えてやる。
俺が大人共を、この町を…"絶対に許さない"理由をな」

遊次の表情は怜央の覚悟を受けてより真剣さを増す。
デュエルが始まった頃、遊次が過去を問うても拒絶した。
しかし今、デュエルを通してお互いがお互いを理解し合い、全てをぶつける決意をした。
それはデュエリスト同士がデュエルを通すことでしか至ることのできない語らいの境地であった。


そして怜央は自らの過去を語りだす。


怜央「13年前、俺がまだ4歳の頃…俺はコラプスで両親を失った。
ありきたりなごく普通の家庭だ。
親も別に仲が悪ぃわけじゃなかったが、喧嘩は多かった。
"あの日"も2人はくだらねえことで喧嘩してた。その時、俺は上の階で1人で遊んでた」


怜央「最初はいつものことかと思ってたが、皿の割れる音まで聞こえ始めた。
さすがに嫌気が差して、俺は両親に捨てゼリフ吐いて家を飛び出した」

怜央「親が何で喧嘩してたのかは憶えてねえが、俺が何を言ったかは鮮明に憶えてる。

『こんな家、生まれなきゃよかった』だ」


怜央「そして、それが生きてる親の顔を見た最後の瞬間だ」


遊次「…!」


怜央「どこに行くわけでもなくひたすら走ってた。とにかく遠くに行きたかった。
1回も来たことがねえ場所まで辿り着いた時、
後ろから耳をつんざくような、聞いたこともねえ音がした。

振り返ったら何十メートルか先の空間にでけえ穴が開いてて、
金色の鎧のバケモンがその穴を無理やりこじ開けてた」


遊次「…!」
そんなものが現実に存在するはずがない。
しかしドミノタウンの住人は皆、口を揃えて目に焼き付いたその姿を語る。
"金色の鎧のモンスター"と。
遊次自身はコラプス以前の記憶がなく、その姿を憶えてはいない。
しかし自分が信頼する人たちが震えた唇で口にするその光景が嘘であるはずがないと、遊次は理解していた。


灯もコラプスが起きた時はまだ遊次とも出会っておらず、ドミノタウンにはいなかった。

"それ"を実際に目にしたのはイーサンだけだが、彼は多くを語らなかった。
彼もその当時はまだ遊次の親代わりとなっておらず、彼は自身の過去をあまり語りたがらないことから、
遊次もそこまで深く踏み込むことはなかったのだった。


「穴を引き裂くみてえにこじ開けてバケモンは出てきた。
そのバケモンはフラフラこっちに歩いて来た。

そいつが1歩歩くたびに地震が起きた。
とにかく逃げなきゃやべえことだけはわかった。

必死で走って、走って…でも他の大勢の大人も必死な顔してこっちに向かってきやがる。
まあ当然の話だが…当時の俺からすりゃそいつらは"敵"だ。
そいつらからも逃げなきゃ、俺が踏み潰される」

我先にと人が押し寄せ、踏み潰された子供が何人もいたという話は遊次も聞いていた。
想像するだけでも苦しくなる話に遊次は下唇を噛む。


「真っ直ぐ走ってるだけじゃ、化け物より先に人間に踏み潰される。

走りながら血眼で周りを見渡してると、ふとある建物が目に入った。
このド田舎には似合わねえ、教会みてえな白くて立派な建物がぽつんと建ってた」
その時、なぜか怜央の目に宿る怒りは更に増したような気がした。


「高い壁に囲まれてて、その壁には大量のツタが生えてた。
その壁の下の方に、ちいせえ穴が開いてた。
いや、穴って程でもねえ…ツタとツタの隙間みてえなもんだ。
ちょうど子供がなんとかギリギリ入れるぐらいのな」


「俺は一目散にその隙間に飛び込んだ。
頭は入ったが身体が全く入らねえ。
それでも無理やり捻じ込んだ。
痛いなんてもんじゃねえ。骨が軋む音も聞こえた。でも死ぬよりはマシだ」


「死に物狂いで隙間を通って、なんとか向こう側に這い出ることができた。
一応、壁の"中"に入れたってわけだ。
痛みに耐えてなんとか起き上がると、10人近い子供と、2人の大人が目に入った」

過去を遡っているうちに怜央の脳裏に一瞬その時の記憶が蘇る。
外に響き渡る轟音でパニックになる子供達と、急に現れた自分を訝し気に見る目。
子供達の奥で慌てふためく中年男性1人と、異様な妖しい雰囲気を漂わせる50代頃の白髪の女性。


「だがそこが何なのかとか、そんなこと考えてる暇もなく、とんでもねえ音と同時に壁の外側が光った。
目も開けてられねえほどの光だった。

その直後に、鼓膜が破れるぐらいの爆発音が響いた。
その瞬間、体が吹っ飛んだ。
俺だけじゃねえ、そこにいる子供全員もだ

衝撃で建物の窓も割れて、壁にも建物にもヒビが入った。
それがしばらく続いた後、急に静かになった」


「何が起きたのかわからなかった。
だがあのバケモンの仕業ってのは考えるまでもなかった」
余計な茶々を入れることもなく、遊次達はただ怜央の語る過去を受け止める。


「だが…俺は助かった。いや…助かっちまった。

施設の高い壁がギリギリ衝撃を防いだからだ。
…さぞいい素材で出来た壁だったんだろうぜ」
自分の命を救ったものに対して怜央が皮肉を交じえたことに遊次は引っかかりをおぼえた。


「施設にいる奴らは全員、壁の外の様子を見に行った。俺もそいつらについていった。

目の前には…言葉にできねえ光景が広がってた。
瓦礫の山と倒壊した建物…それと血の赤。
悲鳴、うずくまって泣き喚く声、争う声…全部が混ざって最悪だったのを憶えてる。

後からこの出来事に『コラプス』って名前がついた」

散々色々な人から話は聞いてきた。実際に崩れた建物も目にしている。
しかし当事者の記憶から紡がれる言葉は、何度聞いても生々しかった。
遊次やイーサンは何も言わない。
コラプスの当事者ではない灯は少しだけ疎外感をおぼえた。


「呆然としてたら、ふと我に返った。親はどうなったんだってな。
そこにいた奴らとも話すことはなく俺は無我夢中で走った。家に戻るために。
人がごった返してて、まともに歩ける状態じゃなかったが、
何度も押し返されながら2時間近くかけて家に戻った」

「正確には、"家だった場所"だ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
家に戻った彼が見たのは、屋根が崩れ剥き出しになっている我が家だった。
家具や柱が倒れ、数時間前まで自分がそこにいたとは考えられぬほど跡形もなかった。
そして、そこには家族の姿はなかった。


父ちゃん!!母ちゃん!!


すでに何度も転んで家まで辿り着いた少年は、
ボロボロの姿でリビングだった場所まで走り、瓦礫をかき分けようとする。

もしかしたら、柱の下敷きになって今も助けを求めているかもしれない。
いや、もしかしたら出かけていて2人は無事かもしれない。

そんな一縷の望みも虚しく、瓦礫をかき分ける手に冷たい液体の感覚が触れる。

手のひらを見ると、真っ赤に染まっていた。
瓦礫の下には血だまりができていた。

絶望がおそろしい速さで心を侵食していく。
震える手で瓦礫を1つずつ、取り払ってゆく。


そこには、ニンゲンの姿すら留めていない肉の塊があった。

ちょうど大人2人分ほどの大きさだった。



『あああああああああァアアアア!!!!!!!!!』


彼は天を仰ぎ、心のままに泣き叫んだ。

叫び続けた。
そうすることしかできなかった。

走馬灯のように今までの思い出が頭を駆け巡る。
こんなに辛く苦しい気持ちなのに、思い出すのは何故か2人の笑顔と楽しい記憶だけだった。


『こんな家、生まれなきゃよかった!!』


最後に思い出したのは、別れの言葉となってしまった自分の一言だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

怜央「…だが幸か不幸か、あの日俺が家を飛び出さなきゃ、俺も今頃この世にはいねえ。
そのことを恨んだことは何度もあった」


遊次「……」
遊次は両親の死に"明確"に立ち会ったことはない。
母は自分が生まれてすぐに病気で亡くなった。
父はコラプスの後に失踪し、その1年後に遠い地で死んだとイーサンから聞かされただけだ。
怜央の過去の凄惨さと残酷さとは比べ物にならなかった。


遊次「…辛かったな」
ようやく絞り出した一言も、怜央にとっては空虚なものでしかないと遊次も理解していた。


イーサン「…だが、今の話の中にドミノタウンや大人達に怒りを向ける理由はなかったな」
干渉的な空気が漂う中、イーサンが冷静に話の本筋に立ち返る。


怜央「焦んなよオッサン。本題はこっからだ」
これほどまでに凄惨な過去でさえもまだ前段だったらしい。遊次たちはさらに身構える。


「コラプスから数週間後、なんとかまともに歩けるぐらいには瓦礫も片付いて、
死傷者の確認もある程度は済んだ。

俺の両親は死んだ。つまり俺は孤児だ。
この町の福祉関係の…よくわかんねえが孤児をどうにかする機関が親戚とかに連絡して、
実際に会ったりもしたみたいだが、俺を引き取って育てるって話にはならなかった。
そんな余裕のある奴はいなかった」


「結局、俺はドミノタウンの孤児院に引き取られることになった。
近所のガキも1人2人ぐらいは孤児院行きになったみてえだが、
俺はそいつらとは別の施設に行くことになった」


「そこは、コラプスが起きた時に俺が逃げ込んだ、壁に囲まれた真っ白な施設だ。
どうやら孤児院だったらしい」
怜央が壁の下のツタの隙間に無理やり体をねじ込み中に入った施設だ。
中に10人程の子供がいたというのも孤児院だったからだ。


「その孤児院の名前は『エデン』。
そこの院長のババアが、俺を引き取りたいと名乗り出たらしい」
孤児院の中に入った時に怜央が見た白髪の50代ほどの女性は孤児院の院長だった。


イーサン「…!」
イーサンが少し驚いた表情をする。

灯「知ってるの?」
イーサン「あ、あぁ。俺も名前ぐらいは聞いたことがある」

イーサンは前を向いたまま答える。


怜央「『エデン』に引き取られたこと…それが俺にとっての『地獄』の始まりだった」

遊次「…!」
両親を失い1人取り残された少年に手を差し伸べる者がいた。
しかし彼はそれを地獄と形容した。
おそらくここから語られることが怜央の怒りの根源であると遊次は察していた。


怜央「エデンはやたらと綺麗で広い場所だった。
最初に忍び込んだ時も思ったが、ただの孤児院とは思えねえ、教会みたいな感じだった。
高そうな絨毯が敷かれてて、高そうな絵まで飾ってあった。外には広い庭もあった。
孤児院なんざ慈善事業みてえなもんだ、今思えばそんな金どっから出てきたんだって話だが、
当時の俺にそんなこと考える頭はねえ」


「ベッドも綺麗だし飯もうまかった。ハッキリ言って家で食ってたモンとは段違いだった。

親が死んでから全てがどうでもいいとまで感じてた俺には、
コラプスの後にそんな生活ができただけでも、精神を回復させるには十分だった」


「ガキ共で集まってデュエルもしてたぜ。
コラプスの後はデュエルディスクが国から無償でドミノタウンに配られたからな。孤児院にも届いた。
俺がまともにデュエル覚えたのもその頃だ」

デュエルディスクの所持は法律で定められている義務である。
例え子供であろうと1人1つのデュエルディスクが必ず与えられ、
カードや組んだデッキはその個人に紐づいて国がデータベースで管理している。

本来、デュエルディスクを破壊した場合は罰金が課せられた上で
新たなデュエルディスクが国から支給されることとなるが、コラプスの被害の場合は別だ。


遊次「…それは、手を差し伸べてくれる人がいたってことなんじゃねえのか?」
コラプスよりも更に苛烈な過去が語られるかと思いきや、
怜央が語ったのは恵まれているようにも聞こえる内容だった。遊次は疑問を呈する。


怜央「これで終わりなら最初から話はしねえ。最後まで聞くことだな」
遊次を牽制し怜央が話を続ける。


「確かに生活は満たされてたが、心は満たされなかった。
両親の笑った顔を見ることも、あの楽しかった日に戻ることもできねえ…。
4歳の俺にとってはそこが世界の全てだった。それを失くしたんだからな」


「『エデン』の院長…テレサっていう歳食ったババアだ。
そいつはガキをあまり外に出したがらなかった。
だがたまに外に出られる時もあった。
その時に親子が手繋いで歩いてたりすると、目を逸らしたもんだ。

俺が欲しいのは『親』だった。
ひでえ言葉投げかけたまま親が死んじまって、後悔してた。

もし次があれば何があってもそんなことは言いたくねえと思ってた」


「エデンにはたまに大人が来て、院長と話してた。
エデンにいる子供は一番上でも中学生ぐらいだ、それ以上はいなかった。

だから、もし『親』となる大人が見つかれば引き取ってもらえるんだと思ってた。
そして、それは正しかった」


灯「じゃあ…親となってくれる人が見つかったんだね」

怜央「そうだ。エデンに引き取られて1年ちょっと経った頃…俺の『親』となる人間が現れた。
それが『鉄城 健吾』…俺の戸籍上の親父だ」


遊次「戸籍上の?」
引っかかる言い方をした怜央に疑問を投げかける。


怜央「俺は父親とは思ってねえ。
鉄城って姓も、それで登録されちまってるから名乗るしかねえってだけの話だ。

なにせ…そいつに引き取られてからの数年間がこの人生で一番の地獄だったからな」

遊次「…!」
おそらく、ここからが本題だ。遊次は覚悟を決める。
彼の過去を受け止めた上で自分の答えを怜央にぶつける。
それがこの町のため、彼らのためにできる最善だと遊次は信じているから。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【12年前】

テレサ「怜央、キミは今日からこの施設を卒業することになる」

怜央が「エデン」の広場で1人で砂遊びをしていると、背後から抑揚のない女性の声が聞こえる。
振り向くと、院長、テレサ・ボヤージュは、立ったまま5歳の怜央を見下ろしていた。

白髪で、横髪は長く前髪のないM字を描いたようなボブヘアをした50代の女性だ。
高級そうな赤いキャソックを身に纏い、赤いピアスを着けている。
笑顔は浮かべているもののどこか冷たい印象で、赤い瞳がそれを強調している。

彼女は常に所持している真っ白の日傘を今日も差していた。

怜央「…?どういうこと?」
突然の話に怜央は困惑したまま院長を見上げる。


テレサ「親が見つかったのさ。これ、必要なものを入れておいたから」
怜央が少し大きめのきんちゃく袋を開くと、デュエルディスクと数枚の衣服が入っていた。


テレサ「さあ、ついてきてごらん」
テレサは院内1階の大広間から外へ出て、さらに建物の外へ向かう。

テレサ「それにしても…今日も暑い…」
テレサは独り言のように呟く。
特段太陽が照っている日ではなかったが、彼女は異様なほどの暑がりで、
彼女が日傘を持っていない日を怜央は見たことがなかった。

怜央は袋を持って何かわからぬまま早足でついていくが、
もし親が本当に見つかったというのが本当であれば、これ以上彼にとって喜ばしいことはない。
唐突なことに不安を感じる反面、心の内からじわじわと期待が沸き上がってもいた。


入口の前には巨漢が立っていた。遠目から見ていても迫力がある。
熊のような図体で、顔全体に髭を生やした身長180cm後半の30代の大男だ。
テレサはその男の前に立ち、怜央はその後ろにつく。


テレサ「鉄城健吾様、お待たせしました。この子が怜央君です」

テレサは自分の後ろにいる怜央の背中をポンと叩き、男の前に立たせる。
怜央はおそるおそる父となる男の顔を見上げる。
その男も怜央の顔を見つめる。
しかしその目は、とても親として子供を引き取る人間の顔とは思えなかった。
無表情で、どこか侮蔑的な目。汚いものでも見るかのような目だった。
その瞬間、怜央の中から希望の感情は波のように引いていった。

数秒の間 怜央の顔を見た後、健吾はテレサに視線を移す。

健吾「…今後のことは大丈夫なんでしょうねボヤージュさん。もし何かあったら…」
健吾は鋭い目と野太い声で、念を押すようにテレサに言いつける。
丁寧な言い方ではあるが威圧的だ。


テレサ「ご心配には及びません。もしお困りのことがありましたらご連絡ください。
すぐに対処いたしますので」
テレサはくしゃっとした笑顔を浮かべながら応える。


健吾「…頼みましたよ」
それだけ言うと視線は再び怜央に移る。

健吾「行くぞ」
これから我が子となる少年にかける声としてはあまりにも冷たかった。
健吾は先に歩き出し、怜央は少し遅れて付いていく。


不安な表情で振り返るとテレサが小さく手を振っていた。
そして誰にも聞こえないような声で呟いた。


テレサ「健やかに、力強く育ってくださいね、怜央君。

君は私の…"商 品"ですから」




健吾の家に着くまでの間、2人は一切会話をしなかった。
怜央からも何を話しかけていいのかわからず、話しかける空気でもなかった。
ただ不安だけがしんしんと降り積もっていった。


健吾「ここが俺の家だ。入れ」

健吾は怜央の方を振り向きもせず、ドアを開けて玄関に入る。
ドミノタウンの外れ…コラプスの発生地からかなり距離があることから、
コラプスの影響をあまり受けていない地域であった。

木造建築で、相当昔に建てられたように見える。
全体的に薄汚れた灰色で、玄関のドアは何度も塗り直された形跡があり、色はくすんでいた。
取っ手は冷たく、手で回すと軋む音がした。

怜央はおそるおそる玄関に入る。
入った瞬間に鼻をつくのは、湿気とカビの混ざった匂い。
天井には無数のクモの巣が張り巡らされていた。電球の光は薄暗く、廊下全体に影を落としている。
全てが静まり返った中で、家そのものが長い年月を耐えてきたことを物語っていた。


健吾は薄暗い照明の廊下を進み、そのまま2階へと上がっていく。
廊下にはまだ開けていないダンボールが無造作に積まれていた。
怜央もついていく。
木製の階段は古びていて、踏むたびに音を立てた。
健吾はある部屋の前で立ち止まり振り返る。

健吾「ここがお前の部屋だ」
健吾は部屋の扉を開けたまま、何も言わず怜央を見つめている。
その意図を察し、怜央は部屋へと入っていく。

その瞬間、健吾が部屋に入ると同時にバタンと勢いよく扉が閉められた。
扉の前に立ち、怜央を見下ろしながら健吾は話し始めた。


健吾「お前は今日から俺の奴隷だ」
くぐもった声で健吾が淡々と、かつ威圧的に言う。

怜央「ど…?」
怜央は健吾の放った言葉の意味が理解できなかった。


健吾「決して息子だなんて思うな。
お前は俺の命令を聞くだけの言いなりだ」
地響きのように低い声で健吾が淡々と恐ろしい言葉を言い放つ。


健吾「…わかったか?」
健吾が声の圧力を上げる。


怜央「……どういうこと?俺の父ちゃんになってくれるんじゃ…」

バキィッ!!!
怜央「うわあっ!!!」

その瞬間、怜央に味わったことのない激痛が走り、身体は右斜め後ろへ大きく吹き飛ぶ。
健吾が思い切り拳を振りぬいていた。

怜央は壁に激突し、そのまま力なく倒れる。意識が朦朧としている。
腫れた左目をなんとか開き、健吾の方を見る。
健吾は倒れる怜央を無言で見つめていた。


健吾「命令に背いたらそうなる。
少しでも反抗的な態度を取っても同じだ。覚えておけ」


怜央「……」
体が震える。
怜央は半分しか開いていない目で健吾を見つめると、だんだんと視界が霞んでゆく。
そしてその意識は完全に途切れた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

遊次「な…そんなことが…」
怜央の語る地獄に足を踏み入れた遊次は衝撃を隠しきれなかった。


怜央「エデンは俺を売ったんだ。奴隷としてな。
れっきとした人身売買だ。
エデンは元々そのための孤児院だった。
院長のクソババアが身寄りのねえガキを引き取って売り飛ばすためのな」

遊次「そんなことが…このドミノタウンで起きてたってのかよ…!」
とても自分が育った町で起きていた出来事とは思えないほど常軌を逸していた。


怜央「俺を引き取ったクソオヤジは、決して親なんかじゃなかった。
最初から奴隷を買うためにエデンに来てたんだ。
当然、表ではただの孤児院で通ってた。
だが"裏"のルートを知るごく限られた人間だけがあの施設の真実に辿り着き、奴隷を買いに来る」


遊次「で、でも!そんなもん、いつかはバレるに決まってる!
警察にでも駆け込まれたら、その院長は一発で終わりだ!」

遊次は当然の疑問を投げかける。
仮に怜央の言うことが真実だとして、院長にとってあまりにもハイリスクすぎる。
その時点でビジネスモデルとしては破綻していると言わざるを得ない。


怜央「…そんなことしたらそのガキが消されて終わりだ」

遊次「け、消される…?」
おぞましい言葉に遊次は耳を疑う。

怜央「これは後からわかったことだが、
おそらく院長のクソババアはとんでもねえ権力を裏に抱えてる。
政治家とか、警察とかな。
なんでそんなことができたのかは俺にもわからねえ」

灯「そんな…!」

イーサン「…」

怜央「だからガキ1人が警察に駆け込んだところで簡単に揉み消されちまう。
あのクソババアも『困ったことがあったらすぐ対処する』って言ってたしな。
それはガキが逃げ出したりした時には、早急に対処できる体制が整ってるってことだ。
人身売買してる施設が、何のお咎めもなくあの町に存在できたこと自体、それを証明してる」

まさしくドミノタウンの暗部だった。
ずっと暮らして来た遊次や灯でさえ、そんなことは露知らずだった。


ダニエラ「…そんな商売してっから、異様に綺麗な施設だったんだろうねぇ」

ドモン「子供売って金を稼ぐなんて、どういう頭してたら思いつくんだかな」

ダニエラやドモンは怜央の過去を知っているが、
改めて聞いてもその衝撃が身を震わせる。


灯「で、でも…奴隷として使うのに、5歳の子を買う意味は?
そんな幼い子供、奴隷としては使い物にならないんじゃ…」

遊次「! た、確かにそうだ…」
灯の鋭い指摘に遊次は意表を突かれる。とにかく、今は頭を整理したかった。


怜央「これは俺の推測だが、ガキの内に買う方が安くつくんだろうぜ。
成長してから買えば即戦力にはなるが、そのぶん金もかかるはずだ。

ガキの内に買えば、即戦力にならない上に育てる手間が発生するが、
その分安いならメリットがある。
あのボロ家に住んでたクソオヤジに、成長した奴隷を買う金なんざねえ」

イーサン「確かに筋は通ってるが…何故そこまでして奴隷を欲しがるのかわからないな」

怜央「クソオヤジは元々裏社会の人間の…それも相当上澄みだったらしい。
それがコラプスをきっかけに転落してボロ家暮らしになっちまったが、
一度上がった生活水準は下げられねえ。
自分で家事・雑用をやるなんざ奴には考えられなかった。だから奴隷を買った。
エデンのことも裏社会を通じて知ったんだろうぜ。

それに、殴っても何も言わない生身の人間なんざ早々手に入るもんじゃねえ。
ストレスの捌け口としても、奴隷ってのは奴にとって価値のあるものだった」


遊次「…! ちょっと待て、そのエデンって孤児院、まさか今も…」
遊次が唐突に恐ろしい可能性に気が付く。


怜央「いや、今はねえ。少なくともドミノタウンにはな。
俺が見に行った時にはもう跡形もなかった」

イーサン「同じ町に長居するのはリスクが高いだろうからな」

灯「じゃあ他の町で同じことを繰り返してるかも…」

怜央「かもな。
だが俺もあのクソ院長を追い続けてるが、目ぼしい情報は1つも入ってこねえ。
まあ権力の後ろ盾があるから、そう簡単に辿り着けるはずもねえがな」

ドモン「そんなもん、どうしようもねえだろ。
目の届かない悪意まで全部止めようってんなら、神にでもなるしかねえ」

灯「…」
ドモンの言っていることは正しいが、それでも胸の内の黒いもやが晴れることはない。


遊次「…続き、聞かせてくれるか。今のお前は自由の身だ、奴隷じゃねえはずだろ。
それに…この町の大人全員を恨む理由はまだ聞いてねえ」
遊次は怒りや悲しみ…様々な感情が入り乱れる中、再び目の前の怜央との魂の会話に集中する。


怜央「…クソオヤジに買われた俺は、そのまま何年も何年も、奴隷として生きた。
ほとんど部屋に監禁状態で、家事だのなんだの、ただ命令を聞き続けた。
気に入らなきゃその度に暴力を振るわれた。死なない程度にな」


怜央は自身の痛々しい過去に再び足を踏み入れる。


第17話「EDEN TO HELL」 完





怜央は再び過去を語り始める。
奴隷として数年間生き続けていた彼にとって、ある一筋の光明だけが希望だった。
地獄の底からいかにしてここまで這い上がったのか。

そして2人のデュエルは再び幕を開ける。
遊次は切り札「妖義賊-ゴエモン」を呼び出し、怜央を追い詰める。
その刹那、チームの子供の心からの叫びに、怜央は真の戦う理由を思い出す。


次回 第18話「憤怒の白煙」

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