交流(共通)

一言掲示板 管理人連絡掲示板 遊戯王雑談掲示板 雑談掲示板

メインメニュー

クリエイトメニュー

その他

遊戯王ランキング

注目カードランクング


カード種類 最強カードランキング


種族 最強モンスターランキング


属性 最強モンスターランキング


レベル別最強モンスターランキング


デッキランキング

HOME > 遊戯王SS一覧 > 第60話:変わらないもの

第60話:変わらないもの 作:

「ここは…」

遊次が目を開け、辺りを見渡すと、そこは瓦礫の山だった。
周囲は、折れた梁と砕けたコンクリートが層になって積もっていた。
壁が崩れていて、外から赤黒いような光が入り込んでくる。

割れた壁から見える遠くの方に、見覚えのある輪郭が割り込んだ。
ひしゃげた扉。散ったガラスの中で、割れたロゴプレートの「N」が光を返す。

認識が追いついた瞬間、背筋が固まった。

――それは崩れ落ちた、Nextの事務所だった。

「な……なんで…!!」

遊次は壁の穴から外に出て、崩れた事務所の建物に近寄る。
扉はひしゃげていて中には入れない。

「そうだ、皆は…」

灯もイーサンも怜央もいない。
もう一度辺りを見回すと、そこには明らかな異変があった。

「な……なんだよ…これ…」

町は、モンスターで埋め尽くされていた。
鎧の戦士が二列で進み、倒れた信号機をそのまま踏み越える。
機械の竜がガードレールを噛み、金属が悲鳴を上げて火花が散る。
岩の巨人が横倒しのバスを押しやり、舗装が低く沈んだ。
その頭上には巨大な赤黒い裂け目が開いており、そこから新しい影がひっきりなしに落ちてくる。

「ああぁああアァアア!!!!」

その信じられない光景に、遊次はパニックを起こし、本能的に逆の方向へと走る。
道の至る所にモンスターがいる。どうにかモンスターのいない方向を探し、無我夢中で逃げた。

角を曲がると、視界の端に"何か"があるのが目に留まった。
決して見逃してはならないことを直感した。

「あ……あぁ……!!」

"それ"は、瓦礫に押し潰された人間だった。
辺りは赤で染まり、どう見てももう息はない。

「なんだよこれ…!!どうなって……」

通りの方に視線を戻すと、そこには大勢の人が血まみれで倒れていた。

「あ……あぁああ……」

遊次は焦点の合わない目で、ふらつきながら道に出る。
遠くのサイレンは途中で途切れ、赤黒い光だけが建物の影を長く伸ばしていた。瓦礫のあいだを縫うように歩くたび、粉が靴底で鳴る。
路肩のブロックが欠けていて、足場が斜めに崩れていた。遊次は体勢を直そうとして、もう一歩、前へ踏み出す。

靴底がやわらかく沈み、遅れて湿った音が返った。反射で足を引く。

視線の先、瓦礫に押し広げられた肩に、自分の靴跡がくっきり残っている。
汚れたエプロン。片手の潰れた軍手。雑に束ねた髪、日焼けした筋肉質な腕。
顔は見えないが、それが誰だかはっきりとわかった。

「お……おば…ちゃん…」

唇が張りつき、喉の奥が固まる。
頭の中で否定の言葉が何度も転がるのに、目だけがそこから離れない。
周囲の音が遅れて届き、世界の輪郭が遠くに退いたように感じた。

視界の中のエプロンの汚れが、朝の路地で建材を担いでいた背中を重ねる。
軍手の白い指先が、公園の端で自分のデュエルを静かに見つめた手元を呼び戻す。
「観に行くからね」と笑った口元が、いまの静けさに呑まれて消える。

足が勝手に後ろへ下がる。
ガラス片を蹴って甲高い音が跳ね返り、膝がもつれる。
壁に肩をぶつけて体勢を立て直すと、視界の中心にその顔だけが残っていた。
遊次は視線を外せないまま二歩、三歩と退き、耐えきれずに反転して走った。

「灯…イーサン…怜央…!みんな…!」

遊次は無我夢中で走り出した。
上空にはドラゴンや巨鳥が蠢いている。
とにかく、顔が見たかった。
この真っ黒な不安から抜け出したかった。

走っても走っても、見知った顔はいない。
そこらに倒れる人々を一人一人確認するが、そこに彼らの姿はない。

「どこにいるんだよ……みんな…」

「遊次!!」
背後から、声が聞こえた。

「灯…っ!」
遊次は憔悴しきった笑顔で振り向く。
遠くから、灯がこちらに向かってくる。

灯は全力でこちらへ走ってくる。頬に砂が張りつき、息が荒い。それでも手を伸ばして、遊次の名を呼んだ。
その背後、屋上の縁で影が起き上がる。さきほどガードレールを噛んでいた機械の竜だ。
遊次はすぐに気づき上方を向くも、灯は気づかずこちらに走ってくる。

「と…灯!!危ねえ!!」

竜の尾がしなる。金属が空気を裂き、ビルの屋上に掲げられていた大きな看板が落ちてくる。
灯は上を向き、自分に向かってくる大きな看板をただ見つめていた。
恐怖のあまり、身を動かすことができないようだ。

「灯ぃいいイイ!!!」
遊次は必死の形相で飛び出し腕を伸ばす。
しかし、距離が足りない。

看板はそのまま、無慈悲に、灯へと垂直に落下してゆく。

灯は最後に、光の消えた瞳で、遊次の方を見た。


「灯ッ!!」

次に遊次が見たのは、真っ白な壁だった。
ベッドの上で、上半身だけが跳ね起きている。手のひらは汗で湿っていて、指先が震えていた。

遊次ははっと気づいたようにベッドから降り、急いでカーテンを開け、窓の外を見る。
朝の日差しと共に、そこには、いつも通りのドミノタウンが広がっていた。
モンスターなど、見る影もなかった。

「……夢、か」
遊次は安堵の息を吐いた。心から、現実じゃなくてよかったと思った。
しかし夢だとわかっていても、それらは生々しく、そのまま網膜に貼りついている。
赤黒い空、落ちてくる看板、押し潰される影。
それらはまるで、これから起きる未来かのようだった。

遊次はもう1度ベッドに寝転がり、天井に向けて手を伸ばす。

「…敗けたんだ、俺は」
拳を強く握る。

昨日、遊次はオスカーとのオースデュエルに敗れた。
契約により、彼らの計画への関与および、計画にまつわるあらゆる事実の口外が禁じられた。
つまり、Nextはもうニーズヘッグを止めることができない。

昨日オスカーに敗北し社長室を追い出された後、それ以上の抵抗はできず、灯の車で事務所へと戻った。
遊次は呆然自失のまま、何度も「ごめん」と呟いた。
それぞれが煮え切らない中、車内にはただ沈黙が流れた。

「どんなに悔やんでも、明日はまたやって来る。
俺達は俺達のできることをやるしかない」

見かねたイーサンはこう言った。
明日からもまた、いつもと変わらない「なんでも屋」としての日々はやってくる。
引き受けた依頼や、新たな依頼、そして譲やシャンリン達の願いのことも、前に進めなければならない。
たとえどんな状況であっても、彼らの思いを無下にしてはならない。
それは、願いを背負った者としての責任だ。

イーサンの言葉で、遊次は心を折らずに、なんとか今日を迎えることができた。
それでも、頭の中は昨日の敗北と、ドミノタウン、世界の命運のことで一杯だった。
誰にも言うことはできない。手出しもできない。
それでも、なかったことにはできない。忘れることはできない。

(昨日からずっと考えてた。なんで俺はオスカーに負けたのか。
俺に、何が足りなかったのか)

1日経って少し冷静さを取り戻した遊次は、天井を見つめながら物思いにふける。

(貴様は…隕石によって死ぬこの世界の一人ひとりの命と、向き合ったのか?)
頭に反響するのは、オスカーの言葉。

(アイツはアイツが信じる正義のために、道を"選んだ"んだ。でも俺は…)

遊次はオスカーとの戦いでの自分の言葉を思い出す。

『いくらこの世界とモンスターワールドを守るって建前があっても…そんな方法だけは選んじゃいけねえんだ。
他の方法を探す以外に、選択肢はねえんだよ』

選んじゃいけない。
選択肢はない。

この言葉に、遊次の心が表れていた。

(俺は…"選べなかった"んだ。
この町を…多くの人を犠牲にする道を、ただ、選べなかった)

(だから抗った。けどそこに、俺の"決断"はなかった。
それが俺とアイツの…"覚悟の差"だ)

遊次は体を起こしベッドに腰掛けると、上半身を屈めて背を丸くした。

(俺が見落としてたのは…いや、見ようとしてなかったのは…)

遊次の脳裏に再びオスカーの言葉が蘇る。

『貴様らが俺達の計画を止めた果てに、さらに多くの人々が犠牲になる未来があるかもしれないと、想像したことはあるか』

もし、犠牲を出さずに世界を救う方法が見つからなければ?
他に方法がないとわかった時、セカンド・コラプス計画でさえも間に合わなかったら?

その時はただ、隕石によって世界が滅ぶのを待つしかない。
それがオスカーの言葉の意味だ。

遊次の決断一つで、世界中の人が死ぬかもしれない。
その実感が、遊次にはなかった。
その重みは、これまで遊次が背負ってきたものとは、比べものにならないから。

(一人ひとりの命と向き合わなきゃいけないのは…俺の方だったんだ)

遊次は想像した。隕石によって地球が終わる、その瞬間を。

空を見上げていると、紫色の禍々しい光が浮かぶ。

耳をつんざく轟音と同時に、足元の地表が剥がれる。
アスファルトがめくれ、土と石がまとめて吸い上げられ、建物がまるごと引きはがされる。
その衝撃に体は耐えない。皮膚も骨も、一瞬で灰へ変わる。
すべては数秒のあいだに、一息のうちに起こる。

もし俺がセカンド・コラプスを止めた結果、世界が滅びるとしたら…その瞬間、俺は何を思うんだろう。

たった一瞬で、全部終わるんだ。
俺達が積み上げてきたものも。背負った願いも。
ドミノタウンの皆の努力も。
世界中の誰しも、大切なもんがあって、大切な人がいて…それも全部、ぶっ壊れる。
世界中の人が何十年、何百年、何千年と積み上げてきた歴史も、一瞬で0になる。

俺の、たった一つの選択だけで、そうなってたかもしれないんだ。
そんなことも考えずに、俺はただ、目の前の嫌なものから目を背けてただけだ。

(…俺は、負けるべくして負けたんだ。
なんの覚悟もないまま勝つぐらいなら…負けた方がよかったのかもしれねえ)

半日前まで、自分の行いが間違っているはずがないと信じていた。
しかし今は、ニーズヘッグの計画を止めることが正しいのかも、わからなくなっていた。
負けた方がよかったんだと、考え始めていた。

そして、そんなことを考えてしまっている自分が、心底許せなかった。
遊次が頭を抱え、深い暗闇に落ちようとしていた時、部屋の扉が開く音がした。

「…もう起きてたのか。珍しいな」
遊次が視線を向けた先には、イーサンが立っていた。

「朝飯、食おうぜ」

イーサンは毎朝の日課どおり、すでに朝食の準備を済ませ、遊次を起こしに来たようだ。
あんなことがあっても、イーサンは冷静に見えた。
その姿が、なんとか遊次を日常へと引き戻した。

「…あぁ」
遊次はベッドから立ち上がった。


「昨日は眠れたか?」
食卓につくと、いつものエッグベネディクトがあった。
イーサンは遊次に問いかける。

「…いや」

「…そうか」
イーサンは短く返事をした後、少し間を空けて話し始める。

「…あんまり気負いすぎるなよ。
元々、俺達みたいなただの一般人が関われる話じゃなかったんだ」

イーサンは、やはり自分達をなんとか日常に戻そうとしている。
世界中のほとんどの人間は、世界に降り掛かる真実を知らない。
彼らは、運命に身を委ねるしかない。
そして自分達もその一部に過ぎないのだと。

遊次はそれを呑み込もうとした。
しかし、喉に引っかかるものがあった。

「一般人、か。確かにそうかもな。
イーサン、お前以外は」

その一言に、フォークを持つイーサンの手が止まる。

事務所に七乃瀬美蘭が現れてから、処理しきれないほどの情報が流れ込んできた。
そして、ニーズヘッグを止めることが遊次にとっての最優先事項だった。
だがそれが潰えた今、遊次には頭の中を整理する時間が訪れた。

コラプスの元凶であるパラドックス・ブリッジという装置。
その研究には遊次の父「神楽天聖」と、第2の父「イーサン・レイノルズ」が関わっている。
その装置の事故によって、14年前の悲劇≪コラプス≫が引き起こされた。

事務所でイーサンが語ったことが、ほとんどの事実なのだろう。
しかし、まだ遊次の心の中で解決していないこともあった。

「なんで父さんは、パラドックス・ブリッジなんてヤベエ装置を造ったんだよ。
よりにもよって、父さんの故郷であるこの町に。
いくら大統領にお願いされたって、断ればよかっただけだ。てか、断るのが普通だろ」

イーサンはフォークを置き、少し考えた。
その表情には迷いが生じていた。

「…空間に裂け目を入れるなんてことは、普通に考えれば不可能だ。
だが、天聖さんだけはそれが可能だった。あの人は、数百年の1人の天才だったから。
それでも、あの人の性分なのか、有名になろうなんて思わず、ただ自分が好きな研究だけを続けてた」

「しかし、大統領はその才能に前から目を付けていたんだ。
天聖さんは元々、ニーズヘッグの創始者『ヘックス・ヴラッドウッド』の弟子だった。
マキシム・ハイドも元ニーズヘッグ役員。
その繋がりからか、あの男も天聖さんの存在と、その才能に気付いていた」

「ヘックス・ヴラッドウッドの弟子…?そんな話、聞いたことなかった」

ヘックス・ヴラッドウッドはデュエルディスクを開発したニーズヘッグ・エンタープライズの創始者。
わずか50年でオースデュエルを武力の代替として世界を変革した世界的偉人だ。
まさか自分の父親がそんな人の弟子だったなんて考えもしなかった。
記憶を失ってから、遊次は約1年ほどしか天聖と過ごしていない。
少なくともその間には、この話は聞いたことがなかった。

「昨日も言ったが、マキシム・ハイドはモンスターワールドの資源を狙ってた。
そのためには天聖さんの力がどうしても必要だった。
だから…半ば脅迫のような形で、その才能を利用しようとしたんだ」

「脅迫?」

「あぁ。もし断れば、"家族"にも危害が及ぶ。
マキシム・ハイドはそう仄めかして天聖さんに近づいた」

天聖の妻「神楽芽愛」は、14年前の時点ではすでに病死している。
家族と呼べる存在は、たった1人だった。

「家族って…俺のことか?」

「そうだ。だから、天聖さんは従うしかなかった」

遊次にとって、思ったよりもあっけない事実だった。
しかし、どこか腑に落ちた部分も少なからずあった。

「天聖さんも、俺も…多くの人を地獄に陥れたのは事実だ。
その罪は、消えない。許されるものじゃない。
だが…これだけは言わせてほしい」

「天聖さんにとって一番大切なのは、"家族"だ。
それだけは…嘘じゃない」

イーサンの真剣な表情とその言葉に、遊次の中から少しずつ、胸のつっかえが取れていく気がした。

「…そっか。やっぱり父さんは、父さんだったんだな」
そう言うと、遊次はエッグベネディクトを一気にほおばり、立ち上がる。

「いつまでもクヨクヨしててもしょうがねえ。
もしかしたら、ニーズヘッグが最後の鍵を見つけられないかもしれない。
そしたら必然的に、別の道を探さなきゃいけなくなるかもしれないんだ。
だから…俺は、俺のやるべきことをやらなきゃな!」

遊次の表情にも活気が戻った。
表情を先に変えることで、それに心を追いつかせようとしているようにも見えた。
それでも、いつまでも悔やんでいるよりはマシだった。
イーサンはそんな遊次を見て口角を上げる。

「ごちそうさま!じゃあ俺、準備してくる!」

遊次は皿を片付けると、そのまま走って自室へと戻った。
イーサンはその背中を見つめながら、1人考える。

(今は、全てを伝えられない。
でも、いずれは打ち明けなければならない。
そのためには…)

イーサンはテーブルに肘をつき、立てた指先に頭をつける。

(ニーズヘッグが"最後の鍵"に辿り着くのも時間の問題だ。
だが…今は俺にできることはない。ただ、待つしかないんだ)




ドミノタウンの、あるアパートの一室。

「急げ、ミオ!遅刻だ遅刻!」
鼻に絆創膏を貼った黒人の少年「リアム」は、ランドセルを背負いながら後ろの少女に大慌てで声をかける。

「待って…」
黒髪で片目を隠した少女「ミオ」は、ランドセルに熊のぬいぐるみを入れようとしている。

「早くしろって!置いてくぞ!」

「そんな、ひどい…」
ミオは潤んだ目でリアムを見つめる。

「うっ……あぁーーわかったよ!俺も手伝ってやっから!」
リアムはミオのランドセルの中に入った教科書を取り出し、ぬいぐるみを入れるのを手伝おうとする。

「そもそもアンタが寝坊すんのが悪いんだろう?
これに懲りたら早起きすることだね!」

そんなリアムを、ダニエラが腰に手を当てながら叱っている。
そんな様子を、怜央は少し離れたところから複雑な眼差しで見つめていた。

「おっしゃ、入った!じゃあ、いってきます!」
ミオのランドセルにぬいぐるみを押し込んだリアムは、走りながらダニエラ達に手を振り、家を出た。

「…こんな朝っぱらから騒がしいのも、アイツらが学校に行けるようになったからだね。
大変だけど、嬉しい悲鳴だよ」

静まった部屋で、ダニエラが優しい声色で言う。
しかし、怜央の返事はない。
ダニエラが振り向くと、怜央は険しい表情で何か考えている様子だった。

「どうしたんだい怜央。元気がないね。
いつもなら"学生は大変だな"とか"俺は社会人だからな"とか言って、優雅にオレンジジュース飲んでるじゃないか」

怜央は下を向いたまま言葉を返した。

「……また、引っ越さなきゃいけなくなるかもしれねえ。
ドミノタウンから、もっと離れた場所に」

「はぁ?ついこないだここに引っ越したばっかりじゃないか。どういうことだい?」

ダニエラの問いに、怜央は答えない。
否、答えることができない。

「アンタ、昨日帰ってきてからずっと様子がおかしいじゃないか。
…何があったんだい?」

「……なんでもねえよ。なんとなく、そう思っただけだ」

昨日のオスカーとのオースデュエルによって、Nextはセカンド・コラプス計画に関するあらゆる事を口外できなくなった。
破れば法律違反とみなされ、厳しい処罰が待っている。
違反を繰り返せば、さらなる重い刑罰が下される。
子供達とも離れ離れになるだろう。
オースデュエルで決した契約は、何人たりとも抗うことはできない。

「なんとなく?そんなわけないだろ!ほら、ワケを話しな!」
ダニエラが怜央に凄んだ顔で迫る。

「‥‥っるせえ!なんでもねえよ!」
怜央はダニエラを押しのけ立ち上がると、そのまま玄関の方へ向かう。

「ちょっと、どこ行くんだい!」

「仕事だ!社会人だからな!」
怜央は吐き捨てるようにそう言うと、急ぎ足で事務所へと向かった。





あるマンションの、ファンシーな花柄の一室。
机には、オレンジ色の髪の少年と、白い髪の少女の2ショットが、写真立てに飾られている。
灯は、一番下の引き出しの奥底にしまってあった、1枚のカードを取り出した。
それは「白光の導き」という名の罠カードだった。

(美蘭…なんであなたが、あんな計画に…)
儚さを帯びた瞳で、灯は1枚のカードを見つめる。
灯の脳裏に、13年前のある日の記憶が蘇る。



それは、まだ遊次と出会う前のこと。
灯は、デュエリアの首都「メインシティ」で暮らしていた。
そこはメインシティのマンションの一室。
7歳の灯は、怒った表情の母「花咲絵美」に見下ろされていた。

「どうしてサボったの?お絵描き教室」
刺々しい母の言葉に、灯は俯いたまま何も答えない。

「あなたがやりたいって言ったから通わせてあげたのに、なんでサボったの?」

「…だって、わたしのかきたいもの、かかせてくれないんだもん」
灯は小声で言葉を返した。

「そりゃ教室なんだもの。好きなものを描くばっかりじゃないでしょ。
何も言わずにサボるのはひどいんじゃない?お金払ってるんだからね」

灯はまた無言で俯く。
母親はため息をつきながら棘のあるトーンで言う。

「…どうするの?続けるの?やめるの?」

「……もう、いきたくない」
灯の言葉を聞いた母親は、爪先をとんとんと鳴らし、苛立ちを表す。

「あなたっていつもそう。お友達と喧嘩してケガさせちゃった時も、向こうのお家に謝りに行くって言ったのに、逃げたわよね?」

「また、逃げるの?」

その言葉を聞いた途端、灯はあまりのショックに目を見開き、母親の顔を見上げた。
母親もさすがに酷いことを言ったと自覚したのか、口元を手で押さえた。

「…ごめんなさい、言いすぎたわね。とにかく…」

母親が言葉を紡ぎ終わるのを待たず、灯は涙を目に溜めながら、家を飛び出した。

「あ、ちょっと……!」


灯はメインシティを流れる大きな川の土手まで走った。
上は短い芝生、段になったコンクリートがあって腰を下ろせる。下にはまっすぐな自転車道が通り、黄色いラインが続く。頭上には高速道路の橋がかかり、車の音が途切れない。向こう岸にはガラスの高いビルが並ぶ。
灯は段に座り膝を抱えて、息を整えながら考え込む。

また、逃げるの?

母親の言葉が頭に反響する。

(私だってわかってる。でも、やりたくないんだもん。
やりたくないのに、無理やり続ければいいの?わかんない…)

灯は抱えた膝に顔をうずめ、涙を浮かべる。
しばらくそのままの姿勢でいると、後ろから女の子の声が聞こえた。

「ねえそこ、アタシのお気に入りスポットなんだけど」

灯はびっくりして振り向くと、そこには金髪のショートカットの女の子が立っていた。
歳は自分より2つか3つほど上に見える。

真っ先に目に入ったのは、その服装だ。
薄手のモスグリーンの生地は、光の角度で虹色に瞬く細かな鱗模様を浮かび上がらせ、ウエストから伸びる尾ひれのようなフリルが風に揺れる。
一見奇抜ながらも、計算されたラインと素材の選び方が、着こなす彼女の活発さを際立たせていた。


「えっ…」
灯は急な物言いに困惑し、その子の顔を見上げている。

「聞こえなかった?どいてくれる?そこ、アタシの場所だから」

あまりに不躾な態度に、灯もむっとして言葉を返す。

「みんなの場所でしょ。あなたのものじゃない」

「アタシのものだって言ったら、アタシのものなの。
言うこと聞かないなら…やっちゃえ、トッちゃん!」

女の子は懐から何か灯に投げつけると、灯は顔にべちゃっというイヤな感触をおぼえる。
それを手に取って見てみると、それは黄色と青の皮膚を持つ小さなトカゲだった。

「きゃああああっ!!!」
灯は思わずそのトカゲを投げ捨てた。
トカゲは地面にぽとりと落ちると、まるで従順なしもべのように女の子のもとへ戻り、掌に収まる。

「どう?アタシに逆らったら、トウブクビワトカゲのトッちゃんが黙ってないんだからね!」

灯はあまりに非道な攻撃に心が折られそうになったものの、負けた気がするのがイヤで、彼女を睨み返す。

「むぅ…トッちゃんに屈しないなんて、なかなかやるじゃん。じゃあ、今度はこれで勝負よ!」
その子は懐から小さく折り畳まれたデュエルディスクを取り出す。

「…ヤだよ、わたし、デュエルは苦手だし…」

デュエルディスクを見たとたん弱気になった灯を見て、美蘭はニヤリと笑う。

「ふぅん、逃げるんだ?」
その言葉に、灯ははっとした。

(また、逃げるの?)
母親の声が、頭の中で大きくなる。

「…逃げないもん!わたし、負けないから!」
灯はデュエルディスクを腕に装着し、金髪の少女に立ち向かった。


「きゃぁーー!」
灯 LP0

大型トカゲのモンスターの一撃によって、灯はあっけなく敗北した。
しかし金髪少女は勝ったにも関わらず、怒ったような表情をしていた。

「ちょっと、さすがに弱すぎ!
もっと強くならないと、モンスター達がかわいそうじゃん!」

「か、かわいそう…?」

「だって、こーんなかわいいアタシの子達が一生懸命頑張ってるんだよ!
勝たせてあげるのがデュエリストの役目でしょ!」
その子は召喚したトカゲのモンスターを撫でながら言う。

「そう言われても、どうやって強くなったらいいかわかんないし…」
灯は目を伏せながら言う。

「はぁ…もうこの場所のことなんて、どうでもよくなっちゃった。
そんなことより、特訓しよ!もっと強くならないと、アンタのモンスターが可哀想でしょ!」

「え…えぇ…?特訓……」
灯は露骨に嫌そうな顔をする。

「ほら、また逃げる!いつまでたっても弱かったら、この社会じゃやってけないんだからね!」

「う、うん…」
灯はしぶしぶ返事をする。
すると、うっすらと遠くの方から女性の声が聞こえてきた。
その声はだんだんと近づいてくる。

「灯ぃーー!!どこーー??灯ーー!」
声の方に視線を向けると、心配そうな顔をして辺りを見回す母親の姿があった。

「…戻らなきゃ」
灯はデュエルディスクを折り畳み懐にしまう。

「なぁんだ、つまんないの。でも、特訓するって約束したんだからね!またここに来なさいよ!」
約束とまで言えるかはわからないが、「うん」と返事をしてしまった以上、断れそうにない。

「…わかった。1週間後、またくるよ」

「アタシは七乃瀬美蘭。アンタは?」

「わたしは、花咲灯」

「ともり、ね。じゃあこれ、約束の証」

美蘭はデッキからカードを1枚取り出すと、灯に渡す。
見ると、それは「白光の導き」という罠カードだった。

「アタシも灯もシンクロ使いでしょ。なのにアンタ、結局1回もシンクロ召喚できなかったじゃん。
だから、あげる。そのカードがあれば、灯もちょっとは強くなれるから!」

カードを渡すと、美蘭は手を振りながら去ってゆく。
灯も小さく手を振り返すと、急いで母親のもとへと駆け出した。

灯の心のもやもやは、すっかりとなくなっていた。


それから、美蘭と同じ土手で会い、デュエルの特訓をした。
すぐに灯が負けるため、まだ特訓と呼べるほどのものではなかったが。

「やっとS召喚できたじゃん!まあ、まだまだぜんっっぜん弱いけど?」

「うぅ…。でも、美蘭が言ってること、なんとなくわかってきたかも。
モンスターが活躍してると、なんだか、わたしも嬉しいの」

灯はデュエル中に様々な色の筆を振るって一生懸命戦うモンスター達を思い出す。
かわいくて、綺麗で、かっこよかった。

「ちょっと休もっか。ここ座りなよ」

美蘭は、かつて自分の場所だと主張していた川の見えるコンクリートに腰を下ろし、隣をぽんぽんと叩く。
灯は、少し遠慮がちに座った。

「そういえば、なんで美蘭の服はいっつも…その…珍しいの?」

灯は言葉を選びながら、最初から気になっていたことを指摘した。
今日も彼女の服のセンスは突き抜けていた。
光を吸い込むような深い紫のベルベットに、胴体からスカート裾まで立体的な鱗のアップリケが連なり、襟元には鋭い三角形のフリルが牙のように覗いていた。

「え、だってかわいいじゃん!アタシ、トカゲさんが世界で一番かわいくて好きだから、アタシもトカゲさんみたいになれたら、かわいくなれるでしょ?」

「そ、そっか…」
あまりに個性的なセンスゆえ同意はできなかったが、彼女の真っ直ぐな眼差しを見れば、無暗に否定しようとは思わなかった。

「言っとくけどこれ、アタシが作ってるんだからね」

「え!?すごい!!これ、全部!?」

灯は驚きながら美蘭の服を手で触り、その感触やきめ細やかな作りに感嘆の声を上げる。
美蘭も喜びを隠せない様子で、口元を緩める。

「そうだよ!アタシ、すっごいんだから!天才なんだよ!
だから、絶対に世界一のデザイナーになるって決めてるんだ!」

美蘭は笑顔で手を大きく広げて夢を語る。

「でも、他の奴らは皆、ダサいとか気持ち悪いってバカにしてくるの。ほんっとセンスないよね。
誰でも持ってるような服着てる、つまんない奴らのくせに」

美蘭はかつてかけられた言葉を思い出して怒りを露わにする。

「…バカにされても、着続けるの?イヤじゃないの?」

「関係ないよ。そんな奴ら、黙らせちゃえばいいじゃん」

その美蘭の表情に、灯は少しぞっとした。
心底から本当にそう考えているような、真っ直ぐだがそれゆえに狂気的な目をしていた。
これまでも彼女は、気に食わない者をデュエルで倒し、黙らせてきたのだろう。

「…そっか。羨ましいな」
灯は浮かない表情で足元を見つめる。

「羨ましい?」

「うん。美蘭はやりたいことをいっぱいやって、やりたくないことをやらなくて…わたしとはぜんぜん違う」
灯は美蘭の真っ直ぐで奔放な姿と、やりたくないことに縛られ、逃げてばかりの自分と比べてしまった。

「アタシはこの性格のせいで、周りに人がよってこなくなっちゃった。
だから、ちょっとずつ自分のことが嫌いになっていくの。
それでも、自分を曲げたくない。メンドくさいよね、アタシ」

彼女の本質は、自分を曲げず、自分のやりたいことのためなら人を力で屈服させることだ。
それ故に孤独なのだろう。
しかし灯は、首をかしげながら言葉を返す。

「友達ならいるでしょ?ここに」

「灯…」

「美蘭は自分を信じてて、カッコいいよ。
美蘭なら、世界を美蘭の色に塗り替えちゃうって、そんな気がするな」

その言葉を聞いた美蘭は、口をぽかんと開けて固まる。
そしてその目から、一筋の涙が零れ落ちる。

「えっ…!?ごめん、イヤなこと言っちゃった!?」
慌てふためく灯に、美蘭は涙を拭いながら笑顔で応える。

「ううん。そんなこと言ってくれる人、今までいなかったから。
"アタシの色に塗り替える"…かぁ。そっか…」
美蘭は噛み締めるように呟く。

「美蘭なら、なれるよ。世界一のデザイナーに!」
灯は美蘭の目を真っ直ぐ見て言う。

「…ありがと、灯!大好きっ!」
美蘭は思い切り灯に抱き着く。
灯は一瞬面食らうも、すぐに抱きしめ返した。

「そうだ!アタシさ、今度コンテストに出るの!
ファッションデザインのコンテスト!」

「そうなんだ、すごい!どんなコンテストなの?」

「えっとね、デザインを描いて送る1次選考があって、それに受かったら今度は実際にその服を実際に作って送るの。
それも通ったら、最終選考に残った服を、実際にモデルさんが着てくれるの!すごくない!?」

美蘭は捲し立てるように自慢げに言う。

「でね、最終選考はお客さんもいる中で、モデルさんがランウェイで歩いてくれるの!
アタシのデザインした服を着て!アタシ、最終選考に絶対残るから!だから、見に来てよ灯!」

「…うん!絶対みにいく!美蘭なら絶対受かるよ!」

灯は心からそう思った。
実際、彼女のデザインした服は、奇抜ながらもプロレベルのクオリティであり、そのデザインの独特さからも、かえって審査員の目に留まる可能性はあった。
一か八かではあるが、美蘭の底抜けない自信が浮かんだ笑顔を見れば、それを信じることしかできなかった。

そしてその1か月後。
同じ土手で美蘭と会った時、彼女はこれ以上ないほどの笑顔で灯に駆け寄った。

「ねえ!受かったよ、最終選考!」

「やった!すごい!おめでとうっ!」
灯は美蘭の手を握り、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「これ、チケット!来週の日曜日だから、絶対来てよ!」

「うん!楽しみにしてるね!」
灯は美蘭から手渡されたチケットを受け取り、強く頷く。

「灯が見ててくれたら、もう怖いものなんてないよ!
絶対優勝してやるんだから!」

しかしその日の夜、灯が自宅で食卓を囲んでいる時、父親からの一言で、事態は急変した。

「灯に伝えなきゃいけないことがある。
俺たち家族は、ドミノタウンに引っ越すことになった」

「……えっ…?」
唐突な報告に、灯の思考は停止する。

「3か月前、ドミノタウンでデカい災害があっただろ。俺、どうしても復興の役に立ちたくてさ。
でも、そんな勝手な気持ちで家族を振り回すのは、どうかと思って…黙ってたんだ」

父の言葉の続きを、母が紡ぐ。

「この人、社会福祉士でしょ?昔っから困ってる人を見過ごせないの。
黙ってても、ニュースを見るこの人の顔見てればわかるわ。
だから私が言ったの。あなた、ドミノタウンの人達を助けたいんでしょって」

父の気持ちは立派だ。灯もすごいと素直に思った。
それでも、気持ちの整理がつかなかった。

「本当は前から向こうの施設で働く話が進んでたんだが、先方で色々ゴタゴタがあって、もっと先になる予定だったんだ。
それが問題がすぐに解決して、入ってもらいたいってことになってな。
急な話で、本当にごめんな」

父の顔を見ていれば、攻める気になどなれなかった。
だから、引っ越しのことは受け入れようと思っていた。

「お友達とも、バイバイしなきゃいけない。辛い思いさせて、ごめんね」

いつも厳しい母親も、この時は本当に灯のことを想っているのだと伝わった。
しかし、引っかかる言葉が一つだけあった。

(お友達と…バイバイ…?)
その瞬間、灯は大切なことに気が付き、立ち上がった。

「ね、ねえ、引っ越しって、いつ…?」

「来週の、土曜日だ」
灯は絶句した。

(来週の日曜日だから、絶対来てよ!)

このままだと、美蘭との約束を守れない。
頭の中が真っ白になった。彼女の連絡先も知らない。

(どうしよう。どうしよう、どうしよう…!)

美蘭に伝えなきゃ。謝らなくちゃ。
またあの土手に行けば、会えるかもしれない。
わかっているのに、頭の中には別のことが浮かんでいる。

このことを知ったら、美蘭はどれほど哀しむだろう。どれほど怒るだろう。

(関係ないよ。そんな奴ら、黙らせちゃえばいいじゃん)

あの時の、美蘭の狂気的な目が忘れられない。
その表情に、灯は潜在的な恐怖を感じた。
もし約束を果たせないと知ったら、彼女はどんな顔をするだろう。
それを想像しただけで、足がすくんだ。怖かった。



(…結局あの時、私は、美蘭と会えなかった。いや、会いに行かなかった。
また、逃げたんだ)

灯は13年前のことを振り返り、約束のカード「白光の導き」を見つめながら、唇を噛む。
裏切られた美蘭の気持ちを考えれば、胸が痛んだ。
その罪悪感から、もらった罠カードはそれ以来使うことができなかった。

(自分を曲げるのが大嫌いなあなたが、なんでオスカーさんに従って、何万人が犠牲がなるかもしれない計画を進めているの?
自分のモンスターを守りたいから?でも、本当にそれだけ?)

(ニーズヘッグの計画を止めることも"もう逃げたくない"…そう思ったから戦おうと決めた。
でも…もう真実を知ることはできない)

灯は持っている罠カードを自分のデッキに入れ、部屋を出た。




そこは政府官邸、大統領執務室。
漆黒の木材と白大理石が調和した部屋に重厚なオーク材のデスクが中央に置かれ、その背後には分厚いベルベットのカーテンがかかった大きな窓がある。
部屋の奥には火の入らない荘厳な暖炉が設けられ、壁面には大統領マキシム・ハイドの肖像画が飾られている。
床には、濃紺と深紅を基調とした、厚手の絨毯が敷き詰められていた。

執務室のドアを、1人の女性がノックする。
アリシア・ローレンス。大統領補佐官の1人だ。
バイオレットのストレートロングヘアをしており、ダークカラーのスーツを纏っている。

キャラデザイン:ttps://imgur.com/a/sh2bXY1
※URLの最初に「h」を付けてURLを開くと画像を表示可能

「入りたまえ」
中から大統領「マキシム・ハイド」の声がする。

「失礼します。大統領選の選挙資金調達報告書をお持ちしました」
アリシアは大統領の前に数枚の資料を提出する。

「御苦労。……まだ何か用かね?」
資料を提出した後、何か言いたげなアリシアに、ハイドは視線を送る。
アリシアはハイドの耳元に顔を近づけ、小声で話す。

「閣下…なぜ"鍵"が奪われたことに対処しないのですか?
装置が起動すれば、また大勢の人が犠牲になってしまうのですよ」

アリシアは内心で苛立ちを含みながら、冷静なトーンで言葉を紡ぐ。

「起動すれば、な」

「…どういうことでしょうか?」

「パラドックス・ブリッジの最後の鍵は"今は"吾輩しか使えん。
奴らがどう足掻こうと、どうにもならんのだよ」

ハイドはあっけらかんと言い放つ。

「そ…そうだったのですか。
"最後の鍵は奪わせておけばいい"とおっしゃっていたので、てっきり…」
アリシアは少し安心したような表情へと変わる。

「不可能ではないぞ。吾輩の"眼"でも抉り取れば、な。
或いは、死者でも蘇らせれば。ガッハッハ!」

最後の鍵はどこにあるのか?何故ハイドしか使えないのか?
眼?死者?アリシアには彼の言葉の意味を理解しきれなかった。
しかし、鍵の在り処は首席補佐官の蒼月以外には開示されていない。
それをアリシアがずけずけと聞くことは許されなかった。

「…パラドックス・ブリッジの件だけではありません。
モンスターワールド侵攻計画が頓挫した以上、隕石に対して新たな手を打たねばなりません」

アリシアはより一層周囲を警戒しながら、神妙な面持ちで言葉を紡ぐ。

「あの隕石は、衛星情報への工作にユ・ジョンヘが気がついたから発見できたもの。
つまり、隕石飛来には"黒幕"がいるということです」

琉 静海(ユ・ジョンヘ)とは政府の情報システム管理事務官であり、政府のモンスターワールド侵攻計画にも関与している一員だ。
どうやら隕石は、衛星情報へ工作されていたことにより、その存在を感知できないようにされていたようだ。
この隕石飛来には、明らかに人の手が加わっている以上、黒幕が存在することになる。

「しかし、2年経っても尻尾すら掴めません。
早く手を打たねばならないはずです。なのに…!」
アリシアは再び苛立ちを募らせる。

「わかっておる。だが慌てるな。
"黒幕"とやらが何らかの目的で隕石型モンスターを呼び寄せたのだとしよう。
その目的が潰える可能性が出れば、その時、必ず尻尾を出すはずだ」

「だが…今は動くべき時ではない。機はいずれ熟す」

ハイドの眼光には逆らえぬ威圧感があった。
彼の中にはまるで絵図があるかのように思えた。
アリシアはそれ以上、言葉を吐くことは許されなかった。

「……承知しました。失礼します」
アリシアは頭を深く下げ、大統領執務室を後にした。



遊次がオスカーに敗北してから2日後の夜。

ニーズヘッグ・エンタープライズ本社、その79Fに位置するシークレットルーム。
床は艶を抑えた黒石で敷き詰められ、低く沈む照明が天井から淡く差す。
窓はなく、密閉された静けさが鼓動のように重苦しく響いていた。
部屋の中央には巨大なモニターが設置されている。
このシークレットルームに、セカンド・コラプス計画の参画者…オスカー、ルーカス、美蘭、ジェンの4人が集っていた。

身長2mの大柄な男「鄭 紫霞 (ジェン ズーシャ)」が中央に立ち、話し始める。

「イーサン・レイノルズに強制オースデュエルが効かなかった理由が判明しました。
その秘密は、社長の提言通り、ニーズヘッグの内部資料にありました」

ジェンはモニターに1枚の書類を映し出す。

「この書類は14年前のもので、ネットワーク内に巧妙に隠されてありました。
これは先代社長『ゲイル・ヴラッドウッド』氏が、秘密裏に一部の人物に"特権"を与えることを記した契約書です」

ゲイル・ヴラッドウッドとはオスカーの先代の社長であり、オスカーとルーカスの"父"である。

「とっけん…?」
美蘭は首をかしげる。

「えぇ。それこそが強制オースデュエルの無効化。
強制オースデュエルは警察や軍の人間が、敵対する者を制圧するために持つ権限であり、決して逆らうことはできません。
しかしゲイル・ヴラッドウッド氏は、ある特定の3人に対し、強制オースデュエルを無効にする権限を秘密裏に与えていたのです」

「…聞いたことのない話だな。で、その3人って?」
ルーカスは眉をひそめながら問う。

「権限を与えられたのは大統領『マキシム・ハイド』、そしてDTDLの所長『神楽天聖』、副所長『クロム・ナイトシェイド』です」
その3人の繋がりは明白だった。

「パラドックス・ブリッジの関係者だな。
あの"オヤジ"もそこに一枚噛んでたのか?」

ルーカスは腕を組みオスカーと視線を交わす。
彼の口ぶりはどこか父に対しての敵意をはらんでいた。
続いてオスカーが口を開く。

「ゲイル・ヴラッドウッドは、マキシム・ハイドと同様、利益主義者だった。
我が祖父が"例の件"で社長の座を追われて以来、その反発で相対する派閥の者が社長に選ばれた。
奴なら、ハイドと手を組んでモンスターワールドの資源を狙っていても不思議ではない」

オスカーは父であるはずの男を、まるで他人のように呼んだ。
そして祖父の失脚について、オスカーは"例の件"と言葉を濁す。
ニーズヘッグ創始者でありオスカーの祖父であるヘックスが、何らかの理由で社長の座を追われたようだ。
そしてマキシム・ハイドも元ニーズヘッグ役員。
思想を同じくするハイドとゲイルが手を組み、モンスターワールドの資源を奪うためにパラドックス・ブリッジ建造の計画を企てたというのがオスカーの考えだ。

「そう推測するのが妥当だね。でも、それとオースデュエルの無効化がどう関係あるのかが見えてこないな」

「他にも身柄の絶対的安全、追跡行為の禁止、個人情報へのアクセス不可など…政府から彼ら3人に、いくつかの特権を与えた旨の記載がありました。あくまで法を犯さない限りは…ですがね」

ルーカスには特権の内容には明らかな意図があるように見えた。

「万が一パラドックス・ブリッジの事が明るみに出た時に、いつでも身を隠せるようにしたんだろうね。
実際、神楽天聖はコラプスの1年後に姿を消した。
その後の足取りを誰も知らないのは特権があったからってわけだ」

先代社長がパラドックス・ブリッジの関係者に特権を与えていたことはわかった。
しかし美蘭は相変わらず首を傾げている。

「ん~~?その特権を与えた人の中に、イーサン・レイノルズはいないじゃん。
じゃあなんでアイツに強制オースデュエルが効かなかったの?」

「相変わらず頭が悪いなお前は。
イーサン・レイノルズには強制オースデュエルが効かなかった…これは事実だ。
そして特権を与えられたのはマキシム・ハイド、神楽天聖、クロム・ナイトシェイドの3人のみ。
この両方を満たす結論は1つだ」

「イーサン・レイノルズの本当の名は、クロム・ナイトシェイド。DTDL副所長だ」

「えっ…!?副所長は死んだって書いてあったじゃん!」

「その記録が偽りということだ。顔も整形手術で変えているんだろう。もしかすれば…」

ルーカスが言葉を紡いでいる途中で、ポケットの中の携帯電話が鳴る。

「もしもし。……なっ…!……ほ、本当ですか!?」

ルーカスは明らかに動揺していた。
美蘭はここまで取り乱すルーカスの姿を初めて見た。

「はい。…そうですか。はい。よろしくお願いします…!」
ルーカスは電話先の人物に対して頭を下げると、電話を切り、オスカーの方を振り返る。

「お祖父様が……目を覚ましたって」

「な……」
これには常に冷静なオスカーも目を見開き、動揺を見せた。

「ヘックス殿が…」
ジェンも信じられない様子で固まっている。

「え!?事故に遭って10何年も眠り続けてたんだよね!?それが、今…」
美蘭も口元を押さえる。

「でも…まだ面会できるような状態じゃないそうだ。
だけど……兄さんっ…!」

ルーカスはそのままオスカーに飛びつき、その体に縋った。

「長かった……本当に」
オスカーも微動だにせず、すぐに弟の背中に腕を回して強く抱きしめ返した。
美蘭とジェンは、ここまで兄弟らしい姿を見せる彼らを目にしたことがなかった。

「…お祖父様が僕達の計画のことを知ったら、なんて言うかな」
ルーカスがぽろりと零す。
それはいつもの毅然とした態度ではなく、兄に弱音を漏らす弟の姿だった。

「…あの人は関係ない。これは、俺達の決断だ」




遊次がオスカーに敗北してから、3日が経ったある日の夕方。
遊次と灯は、ドミノタウンのアーケード街を歩いていた。
いつもと変わらぬ街並み。しかし、どこか少しだけいつもと違う。

1週間後、このアーケード街で小さなお祭りが開かれる。
お祭りと言えるかもわからないほどのほんの小さなイベントだが、十年以上続いているちょっとした伝統行事だ。
遊次と灯はその準備作業を手伝う約束をしていた。
なんでも屋としてではなく、純粋な手伝いとしてだ。
イーサンと怜央はまだ仕事が残っているため事務所にいる。

「またやってきたな、この季節が!今年で手伝い始めて何年目だっけ?」
遊次はアーケードの飾り付けをしている人たちを見つめながら、隣の灯に尋ねる。

「えっと…高1の時からだから…6年目かな?」

「そっかーもうそんなになるのか。早いもんだな」

遊次がしみじみとしていると、頭にねじりハチマキを巻いた色黒の男性が声をかけてきた。

「遊次じゃねえか!よっチャンピオン!」

「気がはえーよ!本戦はこれからだっての!」

「そうだったそうだった!ハハハ!」
軽いヤジに遊次は慣れたように軽快に返す。
しかしその後、前を向き直した遊次の表情は、どこか浮かない様子だった。
そんな横顔を、灯は少し神妙な面持ちで見上げていた。

(あの日以来、遊次は明るく振る舞ってるけど、まだ心の整理はついてないんだ。
遊次だけじゃない…私も、怜央も)

悩んでいても仕方がない。
イーサンの言う通り、自分達のできることをやるしかない。
わかっていても、心にはまだ曇がかかっていた。


「遊次、灯!」
しばらく歩いていると遠くで手を振る人影が見える。

「人手が足りないんだ!手伝っとくれ!」
手を降っているのは"おばちゃん"だ。
屈強な浅黒い腕で遊次達を呼ぶ。

「オッケー!任せとけ!」
遊次は腕まくりをしながら駆けてゆく。


遊次と灯がおばちゃんに合流し、運搬作業に取り掛かり始めて数十分後のことだった。
灯は、積み上げられた段ボール箱からその一つに手をかけた。

「…っ!」
予想外の重さに、灯の足がよろめく。
力を込めても、箱は床から数センチ浮くだけで、持ち上げるのが精一杯だった。

「っと、危ねえ」
灯の手から滑り落ちそうになった箱を、すかさず遊次が横から支えた。

「おいおい、大丈夫か?無理すんなって」
遊次はにっと笑いながら、灯が持ち上げていた箱を両手で支える。

「あ…ありがと。結構重いんだね…」

「ああ、中身詰まってるからな。ほら、行くぞ」
遊次と灯は足取りを合せ、一緒に段ボールを運ぶ。

「っし、今度はこれだな」
遊次と灯は向かい合って大きめの箱の底を掴む。

「うっ…重いな、これ…。うぉおおお!」
遊次は力いっぱい持ち上げる。

「やば、腰抜かしそう…何入ってるのこれぇ!」
灯の腕もプルプルと震え始めた。
なんとか持ち上げはしたものの、これを持ってあの距離を歩くのはかなり辛そうだ。

その時、背後から、笑い声と共に影が伸びる。
「えっ…!?」
灯が驚いて声を上げる間もなく、自分達が重い重いと四苦八苦していた段ボール箱が、ふわりと持ち上げられた。
振り向くと、屈強な浅黒い腕のおばちゃんが、それを片手でひょいっと抱え上げている。

「ほーれ、まだまだひ弱だね!はっはっは!」
そう言って、おばちゃんはそのまま大股で詰め所の方へ歩き出していく。
その浅黒い腕には、段ボール箱が軽々と抱えられていた。

「規格外にもほどがあるよね…」
灯はおばちゃんの背中を見送りながら苦笑いを浮かべる。

「へへ…相変わらずおばちゃんには敵わねえや」
遊次は額を拭いながら、呆れたように笑った。


日が沈み、アーケードの街灯がオレンジ色に灯る頃、資材の運搬作業はひとまず区切りがついた。

「ふぅー!やっと片付いたな」

遊次は両手を腰に当て、大きく背中を反らせて伸びをした。
額に滲んだ汗を手の甲で拭う。
灯も、肩を回しながら深く息を吐いた。

その時、二人の背後から、穏やかな声がした。

「お疲れ様。相変わらず働き者だね」

遊次と灯は同時に振り向く。
そこに立っていたのは、グレーの短髪に、ヒゲを生やした、大きな黒縁眼鏡をかけた中年男性だった。
清潔感のあるシャツにスラックス姿で、どことなく落ち着いた雰囲気を纏っている。

「店長!」
遊次と灯は、声を揃えた。

そのまま店長に連れられ、二人が向かったのはドミノタウンの裏通りにある創作料理店だった。
看板には「ポットラック」と書かれている。
淡いクリーム色の壁に、木枠の大きなガラス窓が嵌め込まれた、洒落た建物だ。
窓からは温かい光が漏れ、真鍮のプレートには筆記体で店名が刻まれている。
店内に足を踏み入れると、外見に違わず、そこは小綺麗で落ち着いた空間だった。
壁は深みのあるダスティピンクで塗られ、間接照明が店内を優しく照らしている。
テーブル席には白いリネンが敷かれ、飾られた小さな花瓶の花が彩りを添えていた。

「いらっしゃいませ」
レジの横から、若く明るい表情の女性店員が顔を出す。

「カウンターに案内してやってくれ」
店長は、遊次と灯を指差しながら店員に言った。
女性店員は少し戸惑った様子で、遊次と灯を見つめる。

「はい…。あの、店長のお知り合いですか?」

「あぁ、昔の従業員だよ」
店長は軽く笑いながら答える。


カウンター席に着いた2人に、店長は向かいから麦茶を2つ置く。
夕飯時ということもあり、すでに店内は賑わっていた。

「久しぶりだね。いつぶりになるかな?」

「2年ぶり…ですかね」
灯は斜め上を見つめ少し考えた後に答える。

「しばらく顔出せてなくてすんません」
遊次は軽い口調で謝る。

「ハハ、いいんだ。ほら、なんか食って行けよ。今回は僕からのサービスだ」

「うっひょー!マジっすか!あざっす!俺は…」

「ダックハッシュだろ?まかないの」

「さっすが店長!わかってるぅ!」
ダックハッシュとは鴨もも肉のあぶり焼きをハッシュドポテトのパンケーキに挟んだものだ。
遊次がこの店で働いていた時、まかないとしていつも食べていたのだろう。

「じゃあ私も!」
「はいよ!」
店長は厨房にいる店員に一言告げた後、再びカウンターに戻ってきた。

「活躍ぶりはいつも耳にしてるよ。
今年もヴェルテクス・デュエリアのドミノタウン代表なんだろう?
ま、僕はわかってたけどね」

店長はひげを触りながら得意げな顔をする。

「とかいって、4年前はシャンリンに賭けてただろ!」
遊次は身を乗り出して店長に指を突きつける。

「あぁそうとも!だから今年は君に賭けたんじゃないか!
まあ今年はみんな君が勝つと思ってたから、オッズは美味しくなかったがね」

「いや…そもそも遊次の大事な戦いを賭け事に使わないでください…」

灯は呆れ果てた声で突っ込むが、遊次の楽しそうな笑顔に、灯はほっとした気持ちになる。
なんでもない日常のひと時が、荒んだ心に安らぎを与えてくれていることを強く感じた。

「それに、なんでも屋も盛況らしいじゃないか」

「はい!おかげさまで!」
遊次はわかりやすく嬉しそうな笑顔に変わる。

「最初は全然だったんですけどね…。小さいところからコツコツやっていったら、いつの間にかっていう感じです」

店長は灯の言葉にうんうんと強く頷く。

「灯ちゃんは聡明だからな。君がついていれば大丈夫だろうと思っていたよ」

「へへ、ありがとうございます!」

「ほんとかぁ?また適当こいていい顔したいだけじゃないんですか?」

遊次は目を細め、いじらしい笑みで店長を煽る。
カウンター席の隣の人たちも自然と遊次達に視線を向ける。

「本当だとも!この店だって、灯ちゃんに救われたようなものだからな」
店長は展開を見渡してしみじみと言う。

「はい、ダックハッシュです」
女性店員が厨房から2人の前に料理を運ぶ。

「うわぁーこれこれぇ!いただきます!」
遊次は熱々のダックハッシュをフォークで勢いよく切り分けると、豪快に口に放り込んだ。

「んーっ!これだよ、これ!肉の旨味とポテトの塩気が、たまんねえ!」
目を閉じて唸り声を上げる遊次の様子に、灯は小さく笑う。
灯も一口食べると、香ばしい鴨肉の脂と、パンケーキの軽やかな食感が口の中に広がった。

「美味しい…!相変わらず、店長の味ですね!
でもなんだか前よりも美味しくなってるような」

「だろう?僕だって君たちと同じように進歩してるんだ」
店長は得意げに胸を張る。

「で、この店が救われたっていうのは?」
料理を運んだついでに、女性店員が話の続きを促す。

「あぁ、5年前…この店を開いて間もない時に、高校生の遊次と灯ちゃんがバイトとして応募してきてくれてな。
僕も飲食店なんて出したことなかったから、右も左もわからない状態でさ。
お客さんがあんまり来てくれなくて、苦しかったんだ」

「へぇ…私が入った時はすでに人気店だったから、意外です」

「でも、味はめちゃくちゃウマかったんだよ。目ん玉飛び出るぐらい!
だからこそ、お客さんが来てくれないのが俺達も悔しくて。あん時はいろいろアイデアを出し合ったな」

遊次は柔らかな口調で昔を思い出す。

「そうそう。そこで灯ちゃんが、内装にこだわった方がいいんじゃないかと言ってくれてね。
殺風景な店内が、今じゃこのとおりさ」

店長が店内を掌で指し示す。
深みのあるダスティピンクの壁が落ち着きを生み出し、控えめな間接照明が店全体を温かく包んでいる。
カウンターやテーブル席には白いリネンが清潔感を添え、小さな花が繊細な彩りを与える。

「おまけに店の外観も考えてくれてな。壁の色を塗りなおしたりして、お洒落さを追及したのさ。
そのおかげで、女性とカップルのお客さんが急増して、そこから経営も安定しだしたんだよ。
灯ちゃんはまさに店を救ってくれた恩人さ」
店長はそう語り終えると、満足そうに微笑んだ。

「いえいえ…店長の料理がおいしいからですよ」
灯は後ろ髪を触りながら、俯き気味に謙遜する。
その表情からは嬉しさが零れていた。

「おい灯ばっかりか?俺もなんかあるだろ!」
横から遊次がヤジを飛ばす。

「そうだなぁ…遊次は……」
店長が過去の記憶を思い出す。遊次はわくわくした眼差しで店長を見つめている。

「米の炊き方はわからない、野菜もまともに切れない、砂糖と塩を間違える、厨房は無理だからってホールに回したら注文はしょっちゅう間違えるわ、しまいにはお客さんとケンカしてデュエルで勝負つけろとか言い出すわで、とにかく思い出深いな!」

「…すんませんでした……」
遊次は数えきれないほどの自らの罪に肩をすくめる。

「でもな、君の底抜けな明るさにはいつも助けられた。
ケンカしたお客さんも、デュエルが終われば戦友のように笑顔だったしな」

「店長…」
店長の包み込むような笑顔と声色に、遊次の涙腺は少し緩んだ。
傷つき、自暴自棄になりかけていた遊次の心に染み渡る声だった。

「んで、そのデュエルで丸め込まれた客が俺ってわけだ!」
少し離れたカウンターから、いかにもガラの悪そうなスキンヘッドの大柄な男が話に割り込んでくる。

「うぉお!お前いたのかよ!
そもそもあれは"スープが冷めてたから値引きしろ"とかイチャモンつけてきたお前が悪いんだからな!
こっちはちゃんとアツアツで提供してんのに!」

遊次は当時の怒りを思い出したかのように大男に食って掛かる。

「いーや、間違いなく冷めてたな!俺の舌はマグマほどの熱さじゃなきゃ認めねえ!」

「イチャモンじゃねーか!そんなスープこの世にねえよ!」

「あぁ?やんのか…?」

「上等じゃねーか!またデュエルで勝負つけてやる!」
見る見るうちにヒートアップする2人に、店長は頭をかきながら言う。

「ケンカなら食い終わった後にしてくれ。メシが冷めちまうぞ」
店長の一言に、2人は一瞬で皿の上の料理に視線を移す。

「そうだな!そんなもったいねえことはできねえ!」
大男は「ちっ」と舌打ちすると、ごついフォークで目の前の料理を突き刺し、無言で口に運び始めた。
遊次も負けじと、ダックハッシュを勢いよく頬張り、再び「うめぇ!」と声を上げる。
二人とも、先程までの剣幕が嘘のように、目の前の食事に夢中になっていた。

結局、スキンヘッドの男は、食事を済ますなり、用事を思い出したなどと言い、そそくさと店を出てしまったらしい。

しばらく後、遊次と灯は店長に連れられ、店の外に出ていた。
夜風が顔に心地いい。遊次と灯は、店の扉を背にした店長に向き合った。

「二人とも、今日は来てくれてありがとう。楽しかったよ」
店長は優しい笑顔を浮かべる。

「こちらこそ、ごちそうさまでした!相変わらず最高でした!」
遊次は頭を下げる。

「ありがとうございました。また来ますね!」
灯も深々と礼を述べた。
店長は、二人の姿をじっと見つめ、少し寂しそうな、しかし温かい目をした。

「君たちがこの店をやめると決まった時、正直言うと寂しかったんだ。
君たちは、この店の一部だったから」

遊次と灯は顔を見合わせる。

「だけど、なんでも屋として頑張る君たちのことを見ていて、思ったんだよ。
"ああ、場所が変わっただけなんだ"ってね」

店長は、二人の目を見据え、力を込めて言った。

「君達なら、この町を…いや、世界中を笑顔にできる。
僕は信じてるから」

その言葉は、遊次と灯の胸に深く響いた。

「……ありがとうございます、店長…!」

遊次が力強く答え、深く頭を下げる。
灯も帽子を取り、同じく頭を下げる。

「…こちらこそ、ありがとう。楽しかった。気を付けて帰るんだよ」
店長は二人に手を振ると、温かい光が漏れる店の扉を開け、賑わう店内へと戻っていった。


「…変わってなかったね、全然」
灯は暗くなり始めてきた町中に柔らかな光を放つ店を見つめながら言う。

「…あぁ。ほんとにな」
遊次達がしみじみと店を見つめていると、遠くから声が聞こえる。

「遊次、灯!」
声の方を見ると、イーサンと怜央がこちらに向かってきていた。

「町の人達から聞いて来たんだ。まさかここにいるとはな。
どうだった?久しぶりのこの店は」
イーサンが懐かしそうに店を見た後、遊次に問いかける。

「…なーんにも変わってねえ。
俺が大好きな、俺の"居場所"のまんまだ」

遊次はとびっきりの笑顔で答えた。
そこにはもう、暗い気持ちなど僅かにも存在しないかのように。
イーサンは「そうか」と短く呟く。
遊次は3人の方へ向き直る。

「オスカーに負けてから、いろいろ考えたんだ。
アイツは世界を救うために犠牲を出す道を"選んだ"。
俺は、ただ"選べなかった"。その覚悟の差が、あのデュエルに表れたんだって」

遊次は商店街に行き交う人々を見つめながら言葉を紡ぐ。

「もしアイツらの計画を止めるとしたら、それは片道切符だ。
もし他に世界を救う道がなかったら、その時は人類全員で、ただ死ぬのを待つしかない。
俺の選択一つでそうなるかもしれないって、覚悟しなきゃならないんだ」

灯も、イーサンも、怜央も、遊次の言葉に真剣に耳を傾ける。

「道を"選ぶ"ってのはそういうことだ。
オスカーは自分で道を選んだ。だから、強い」

3人はただ静かに遊次の意思を受け止めようとしている。

「だから、想像してみたんだ。何回も、何回も。
でも、答えはいつも同じだった」


「誰かを犠牲にして世界が救われたとしても…俺は、そんな世界じゃ笑えねえ」

遊次は少し眉を下げ、唇を噛む。
そこには、多くの人々の死を何度も想像した苦痛が滲んでいる。
この言葉はその上での結論なのだと3人はすぐに理解した。

遊次は店の方を振り返り、その中にいる人々を見つめる。

「やっぱり、この町が俺の居場所だ。俺の全部が、ここにあるんだ。
何回ひっくり返して考えてみても、答えはシンプルだった。
俺はこの人達を、絶対に死なせたくねえ」

灯は強く頷く。
怜央は母の手を繋いで歩く子供を見ていた。
イーサンは何かを考えるように、少しの間目を瞑った。

(君達なら、この町を…いや、世界中を笑顔にできる)

店長の言葉を胸に、遊次は夜空に視線を移す。

「俺と同じように、世界中の皆に、居場所があるんだ。
誰かを見殺しにして何かを救おうなんて、やっぱり俺は思わねえ」

「俺のわがままかもしれない。
でもこの"願い"だけは、変えられない」

それが、オスカーとの戦いの果てに得た、遊次の答えだった。
少しの沈黙の後、怜央が口を開く。

「安心したぜ。お前がニーズヘッグの計画に少しでも同意しようもんなら、その瞬間しばき倒してたとこだ」

「へっ…危ねえとこだったな」
怜央の軽口に遊次も口角を上げる。

「よかった。何かを犠牲にするなんて、遊次らしくないもん」
灯は安心した笑顔を浮かべる。

「……そうだな。遊次なら誰がどんなに止めようと、答えは同じだろう。
だが、どうするつもりだ?今やニーズヘッグに手も足もでないぞ」

イーサンの問いに、遊次は握った掌を見つめながら答える。

「…わからねえ。契約で決まっちまった以上、もう計画は止められない。
それでも、誰も犠牲にならない道を探すことはできるはずだ。
セカンド・コラプスが起きても、誰も死なない道があればいい…そうだろ」

それは、ニーズヘッグでさえ辿り着けなかった答えを手にするということ。
あまりに険しい道だ。

「どうしたらいいかは、まだわからねえ。
それでも…絶対に諦めないってことだけは、ここに誓う!」

遊次が決意を声にした、その時。

遊次の胸元から、白く眩い光が発せられた。
そしてその光の正体は、デュエリストなら誰もが知っていた。

「…新しいカードが生まれようとしてる」

遊次が内ポケットから折り畳まれたデュエルディスクを取り出すと、EXデッキから1枚のカードが強く発光して現れた。
新たなカードの誕生。これはデュエルディスクの機能の一つ。
デュエリストならば誰しもが何度も経験していることであり、ルーカスの話では、モンスターワールドに新たな命を誕生させるための仕組みだ。

しかし、この時、この瞬間に生まれようとしているこのカードは、普段のそれとは大きく異なる予感がした。
遊次は驚きと緊張が混ざり合った表情で、そのカードを手に取る。
光は少しずつ弱まり、カードは明確にその姿を現す。

「こ…これは……!」

遊次の声に3人がそのカードを覗き込む。
そして遊次と同様、驚きの表情へと変わった。

その1枚の白いカードには、白き騎士のような鎧と、「ゴエモン」の名が刻まれていた。


オスカーとのデュエルに敗れたことで、もう彼らの計画を止めることはできない。
それは覆しようのない事実だ。

しかし、遊次の決意に呼応して生まれたこのカードには、何か"意味"があるように思えた。

遊次は直感した。
まだ、戦いは終わっていないと。


第60話「変わらないもの」 完




ニーズヘッグはついに、パラドックス・ブリッジの最後の鍵の正体に辿り着く。
オスカーは計画を最終段階へ移し、大統領「マキシム・ハイド」と対面する。
お互いの思惑が交錯する中、予想しなかった異常事態が発生する。

遊次のもとへ届く1枚の通知。
それは、新たな戦いの始まりを告げるものだった。

「政府の皆さんはもちろん、わかっていますね。シー……ですよ」


次回 第61話「花の仮面」
現在のイイネ数 40
作品イイネ
↑ 作品をイイネと思ったらクリックしよう(1話につき1日1回イイネできます)


名前
コメント

同シリーズ作品

イイネ タイトル 閲覧数 コメ数 投稿日 操作
83 第1話:なんでも屋「Next」 925 2 2023-03-25 -
107 第2話:妖義賊(ミスティックラン) 727 0 2023-03-25 -
84 第3話:相棒 702 0 2023-03-25 -
74 第4話:動き出す影 594 0 2023-03-26 -
83 【カードリスト】神楽 遊次 882 0 2023-03-26 -
80 第5話:大災害「コラプス」 719 0 2023-03-27 -
87 第6話:2000万のプライド 596 0 2023-03-27 -
91 第7話:悪しきを挫く至高の剣士 785 0 2023-03-29 -
77 第8話:解き放たれた猟犬 586 0 2023-03-29 -
77 第9話:陸・空・海を統べる者 543 0 2023-03-31 -
79 第10話:悪しき魂を塗り潰す彩 556 0 2023-04-01 -
109 【カードリスト】花咲 灯 765 0 2023-04-02 -
85 第11話:番犬の尾を踏んだ日 661 0 2023-04-02 -
84 第12話:雷の城塞 696 0 2023-04-04 -
84 第13話:平穏を脅かす者に裁きを 538 0 2023-04-06 -
74 【カードリスト】イーサン・レイノルズ 588 0 2023-04-07 -
101 第14話:決戦前夜 744 0 2023-04-09 -
98 【お知らせ】お久しぶりです。 1728 2 2024-02-09 -
64 第15話:爆焔鉄甲(スチームアーミー) 703 2 2025-01-06 -
63 第16話:魂の衝突 622 2 2025-01-13 -
63 第17話:EDEN TO HELL 550 0 2025-01-22 -
74 第18話:憤怒の白煙 626 1 2025-01-29 -
55 第19話:天に弧を描く義の心 478 2 2025-02-05 -
50 第20話:To The Next 524 1 2025-02-12 -
55 【カードリスト】鉄城 怜央 495 0 2025-02-12 -
49 第21話:踏み出す1歩目 422 0 2025-02-19 -
53 第22話:伸し掛かる天井 516 0 2025-02-26 -
50 第23話:壁に非ず 453 0 2025-03-05 -
44 第24話:滅亡へのカウントダウン 556 0 2025-03-12 -
39 セカンド・コラプス編 あらすじ 525 0 2025-03-12 -
68 第25話:アクセラレーション! 551 0 2025-03-19 -
41 第26話:虹色のサーキット 491 3 2025-03-26 -
36 第27話:ふたりの出会い 316 0 2025-04-02 -
44 第28話:親と子 313 0 2025-04-09 -
61 第29話:心の壁 440 0 2025-04-16 -
41 第30話:無償の愛 369 0 2025-04-23 -
50 第31話:開幕 ヴェルテクス・デュエリア 496 0 2025-04-30 -
46 第32話:究極の難題 550 0 2025-05-07 -
48 第33話:願いの炎 469 0 2025-05-14 -
64 第34話:ただそれだけ 534 0 2025-05-21 -
43 第35話:シークレット・ミッション 347 0 2025-05-28 -
46 【カードリスト】七乃瀬 美蘭 469 0 2025-05-28 -
61 第36話:欲なき世界 434 0 2025-06-04 -
48 第37話:禅問答 422 0 2025-06-11 -
49 第38話:紅と蒼の輪舞 288 0 2025-06-18 -
52 第39話:玉座 376 0 2025-06-25 -
44 第40話:"億"が動く裏世界 475 0 2025-07-02 -
39 第41話:生粋のギャンブラー 301 0 2025-07-09 -
56 第42話:運命のコイントス 379 0 2025-07-16 -
53 第43話:王選(レガルバロット) 386 0 2025-07-23 -
40 第44話:願いの芽を摘む覚悟 359 2 2025-07-30 -
46 第45話:答え 318 0 2025-08-06 -
48 第46話:潜入作戦 346 0 2025-08-13 -
49 第47話:心の象徴 327 0 2025-08-20 -
50 第48話:繋ぐ雷電 388 0 2025-08-27 -
40 第49話:帳が上がる時、帳は下りる 347 3 2025-09-03 -
45 第50話:影を焼き尽くす暁光 289 0 2025-09-10 -
49 第51話:夜明け 354 0 2025-09-17 -
47 第52話:決闘眼(デュエル・インサイト) 307 0 2025-09-24 -
49 第53話:命の使い方 292 0 2025-10-01 -
38 第54話:不可能への挑戦 306 3 2025-10-08 -
31 第55話:たとえ、この命が終わっても 219 0 2025-10-15 -
45 【カードリスト】虹野 譲 300 0 2025-10-15 -
52 第56話:交わる運命 272 0 2025-10-22 -
37 第57話:降り掛かる真実 249 0 2025-10-29 -
54 第58話:畏怖を纏う死兵 240 0 2025-11-05 -
45 第59話:世界の敵 202 0 2025-11-12 -
48 【カードリスト】オスカー・ヴラッドウッド 212 0 2025-11-12 -
40 第60話:変わらないもの 258 0 2025-11-19 -
32 第61話:花の仮面 192 0 2025-11-26 -
29 第62話:鎖を絶つ獣 164 0 2025-12-03 -
42 第63話:愚者の道 217 0 2025-12-10 -
25 第64話:At a Crossload 159 0 2025-12-17 -
25 第65話:チェーン・ゼロ 141 0 2025-12-24 -
59 【カードリスト】鄭 紫霞 245 0 2025-12-24 -
34 第66話:正反対の、似た者同士 228 0 2025-12-31 -
27 第67話:約束という名の呪い 206 0 2026-01-07 -
19 第68話:夢を照らす灯り 126 1 2026-01-14 -
2 第69話:天界眼(ヘヴンアイズ) 45 0 2026-01-21 -

更新情報 - NEW -


Amazonのアソシエイトとして、管理人は適格販売により収入を得ています。
Amazonバナー 駿河屋バナー 楽天バナー Yahoo!ショッピングバナー