番外編：夏想・3　作：光芒

　太陽が真上に昇ってきた頃。仁が持ってきたスイカが白い砂浜にぽつん、と置かれていた。夏の海での恒例行事の一つともいえる“スイカ割り”に遊大たちは挑戦していた。
　
「林檎、みぎだ！ みぎだぞ！」
「ねー、右ってどっち～！？」

　目隠しをされた林檎は棒を構えてふらふらと砂浜を彷徨う。もちろん目隠しされていても右と左の区別くらい簡単に付くのだが、スイカ割りのルールとして事前に十回ほどぐるぐると回らなければならないため、平衡感覚が失われてしまうのである。

「音無さん、あともう少し左だよ！」
「ねえ、もう少しってどのくらい！？」
「もう少しはもう少しですよ！」
「余計にわかんないから！ ええい、ままよ！ どりゃー！」

　どっちに進めばいいかわからない。そんな中、自分の感覚を信じて林檎は思い切り棒を振り下ろす。感触は砂の柔らかく乾燥したものであった。

「はい、ハズレ。あんたもっとこっちのアドバイスに従いなさいよ」
「あんなにグルグル回されるとアドバイスに従いようもないってば……で、次は誰がやるのー？」
「よし、つぎはわたしだ！ めかくしをたのむ！ そしてぐるぐるまわせー！ かくごしろ、スイカー！」

　次鋒として意気揚々として挑んだ留奈。なお、結果はお察しの通りであった。

「なぜだ！！ スイカはわたしがきらいなのかー！」
「留奈ちゃん、落ち着いて。スイカにそんな判別は付けられないから」
「そもそもなんでスイカをえいごにすると“うぉーたーめろん”なんだ！ メロンなのかスイカなのかはっきりしろー！」
「気持ちはわかるけどさ……そういうもんなんだから割り切ろうぜ」

　英語の母国がある方向（留奈の勘なのでそれが正しいとは限らないのだが）に向かって「ばかやろー！」と叫ぶ留奈。海に向かって叫ぶというのは如何にも青春ならではの行動であるが、理由があまりにも下らないのには触れてはならない。

「全く、しょうがないわね林檎も留奈も。だったら私が割ってあげる。仁、目隠しをお願い」
「ああ。だが……お前にできるのか？ 音無や舞原に対してあれだけの口を叩いておいて失敗したら恥ずかしいなんてレベルじゃないぞ？」
「は？ 馬鹿にしないで頂戴。一撃で決めてあげるわ」

　目隠しをした礼は仁によって10回ほど回される。そして棒を両手でしっかりと握りしめては一歩一歩と歩みを前に進めていく。礼がスイカ割りの順番を少し後にしたのには理由があった。
　彼女は林檎や留奈がスイカ割りに臨む中、予め決められたスタート位置とスイカの位置が何処であるのか、そしてスタート位置からスイカまで何歩ぶんほど離れているかを割り出していたのである。確かに回されることで平衡感覚は失われるが、成功率を上げるためにスタート位置とスイカの位置はほぼ一直線になっている。そのルールと法則、計算結果がわかっていれば、スイカを割れないはずはない。剣道や柔道といった武道で行われる摺り足で進み、平衡感覚が戻っていくのを確信しながら周囲の声を聞いて方向を修正していく。

（足元が覚束ない……でも、位置がわかっているのだから迷うわけがない！）
「いいよ、礼！ そのまま、そのまま！」

　林檎の言葉を信じれば、自分の計算はぴったりと合っている。礼の脳裏には自分が華麗にスイカを叩き割り、皆から尊敬の目を集める自分がいた。

「礼ちゃん、そこでストップ！」
「そのままふりおろせ！」
（よし……ここで決める！！）

　礼は「ここだ！」思って勢いよく、木の棒を振りかぶる。しかし、ここで彼女に誤算が生じた。スタート位置からスイカまでの歩数、方向についての計算はほぼ完璧といってよかっただろう。だが、礼は勢いよく振りかぶりすぎた。

「うおっ！？」
「危ない！」

　勢いよく振りかぶったことで、棒は礼の手からすり抜ける。そして後ろで動向を見守っていた遊大たちの方へ勢いをつけて飛んでいってしまったのだ。咄嗟に遊大や陸が庇ったことで被害こそ免れたが、当たっていたら怪我では済まなかったかもしれない。

「……」
「まあ、なんだ。その……きっといつかいいことが起こるさ」

　ビーチパラソルの下で体育座りをしながら落ち込む礼を仁が割れたスイカを手渡し励ます。こういう時だからこそ血の分けた兄の存在は大きくなるのだ。ちなみにスイカは結局運動神経抜群の陸の手によって無事に割られた。その前に美鈴と遊大が挑んだが、美鈴はスイカを叩いたもの、非力が災いしてヒビすら入れられず、遊大は普通にミスをしたという顛末であった。

「笑いなさいよ……あれだけ高飛車になりながらみんなに迷惑をかけて」
「誰にでもミスはある。それにあいつらはお前が思っているほど気にしていないぞ？」

　仁の指差す先では陸と留奈が仲良くスイカを頬張っては口の中の種を逃げ惑う遊大に向けて吹き出しており、美鈴と林檎は二人で食べる前にスイカの種を予め取り出している。その光景は礼のミスなどまるで気にしていないようだった。

「まあすぐに戻れとは言わん。落ち着いたらいつものように混じってこい」
「……うん」
「ああ、ところで礼」
「……何？」
「俺はな……お前の手から棒がすり抜けて飛んで行ったときな……最高に笑えた。普段クールぶっているお前のあんな醜態はそう見ることはないと思うぞ？」

　励ましているのか貶しているのかわからない仁の言葉であるが、案の定激怒した礼はからかいながら逃げる双子の兄をまさに鬼のような表情で追いかけ回す。しかし、そんな双子のやり取りを見て遊大たちはほっと胸を撫で下ろすのであった。





＊





「もう踏んだり蹴ったりよ。全く」

　水平線に日が落ちる頃を見計らって遊大たちはコテージに戻ってきた。美鈴が溺れたり、礼がスイカ割りでポカをやらかしたりと色々とあった一日であったが、間違いなく青春の思い出として皆の中に刻まれたのもまた事実であった。

「いいじゃん、楽しかったんだし。それより早くシャワー浴びちゃおうよ」
「潮で身体がベトベトしますからね……」
「しかし、ふろがふたつあってよかったな！ さすがわたしのいえ。こういうじたいもそうていずみというやつだ！」

　海の近くに建てられたこのコテージは、海で遊ぶことも想定してかシャワールームおよび風呂が2つ作られていた。裕福な留奈の家だからできる道楽でもあるのだが、実際男女混合で水遊びをした時などはどちらかを待たせることなく同時に身体を洗えるという利点もあった。ちなみに温泉を引いているというわけではないが、留奈の両親が拘ったのか露天風呂がそれぞれ1つずつ用意してある。

「今度は温泉行きたいよね。留奈、あんたの家はホテルとか持ってないの？」
「さすがにホテルはもっていないな。だが、りょうしんにいいおんせんをしょうかいしてもらうことならできるぞ！」
「では旅行のためのお金を貯めましょうね」
「まあデュエリストである私たちはカード揃えるために結構出費があるのが辛いところだよねー……」

　シャンプーとリンス、ボディーソープで念入りに身体を洗った四人は露天風呂に浸かる。ふぅ、と息を吐いた少女たちの身体が湯によってじんわりと温まっていく。少々年寄り臭いかもしれないが、湯に浸かり身体を癒すというのは年代に関係なく必要なことであった。

「それにしても……デカいね」
「何を食べたらそうなるんですか？」
「しらん。わたしがしりたいくらいだ」
「頭に行くべき栄養がそんなところに……」
「あーっ、またそういうこといったな！ 礼、いくらじぶんがないからってそういうしっとはみぐるしいぞ！」
「無いって言うな。少しはあるわよ」
「もー、お風呂の中で喧嘩はやめてよ。ぶっちゃけ留奈の前ではどんぐりの背比べなんだから」
「林檎さんがそれを言いますか？ 林檎さんもある方だと思いますよ」
「まあ私は手ごろなサイズだからねっ！……というか今更だけど露天風呂こんな話していいのかな？ 隣に誰が居たらどうするの？」
「わたしは陸にならみられてもかまわないぞ！」
「いや、私たちが困るんだけど。まあ仁は変態だけど覗きみたいにこそこそとやるタイプじゃないわね。あいつは正々堂々と入って来る」
「それはそれでまた別の意味でまずいんじゃないですか！？ あ、でも遊大さんとなら……」
「はい落ち着いて美鈴。あんたもちょっとタガが外れかけてるから」
「でも遊大にのぞきができるどきょうがあるとおもえないぞ」
「まあ、高海君はそういうのとは無縁よね」





＊





「言われてるぞ、遊大」
「合っているから何も言い返せない……」
「ここは男を見せてやらなきゃな。ということで、行け」
「ごめん、何処に？」
「バカにされっぱなしで悔しくないのか？ そんなんだからいつまでもプチモスのままなんだぞ？ グレート・モスにしなくていいのか？」
「だから何がプチモスなの？ なんで下半身を見るの？」
「プチリュウだってランリュウに進化したんだから。お前も一皮剥けようぜ？ 女の子たちの鼻を明かしてやろうぜ？」
「……犯罪だよ？ それに身長が足りないし」
「桶や椅子を重ねればいいではないか。行け」
「そんな車道が混んでいるからと言って歩道を行かせるようなことを言って……」
「と言いつつ実行には移すんだな」
「……バカにされっぱなしで黙っていられるほど俺も利口じゃないもん。その代わり、何かあったら助けてね？」

　そう言って風呂椅子や桶を重ねてその上に乗る遊大。露天風呂の間には2.5mほどの石の壁が作られており、170cm台前半の遊大がその壁を超えるには単純計算で80～90㎝ほど桶や椅子を重ねる必要があったのだ。

「よし……これで……どうだっ！」
「あのな、遊大……」
「えっ？」
「そういうのって声出したら普通にバレね？」
「あっ」

　恐る恐る視線を前に向けた遊大と女子四人の目が合う。覗く側であったにも関わらず、遊大は血の気がサーッと引いていくのがわかった。