第145話：三様　作：光芒

「……こっぴどく叱られました」
「いや、まあそうだろう」

　あの後、遊章と遊心、そして合流した遊万と共に抜け出した病院に戻った遊大。そんな彼を待っていたのは医師や看護師からの膨大な数のお説教であった。
　患者の脱走を許す、ということは病院の信頼にも関わることであるが、何より5階の窓から外に飛び降りるということは普通に考えれば命の危険に繋がることでもあるからだ。彼らは人命を救うことが使命である。その助けるべき命を軽々しく放り出そうとした遊大のことを思っての行為だったのである。

「ちなみに改めて検査したら健康そのものだって」
「5階から飛び降りて怪我一つない奴なんだからそう簡単にぶっ倒れたりしないよな」
「でもまだちょっと制御が難しくてさ……こんな風に」
「！？」

　少し肌寒さを感じる屋上に出ていた遊大たちは、義兄たちの前で改めて覇王烈竜の姿に変化する。かつての遊希のようにそれを制御する指輪のようなものがないため、精霊の姿に変わる変わらないはそれこそ彼の理性や自制心が強くならなければいけないのだ。

―――なっちゃうんだよね。力のコントロールは問題ないんだけど
「……信じられん、こんなことがあり得るというのか……？」
「そういや遊万の兄貴は遊大のこの姿見るの初めてだったな」
「何度見ても慣れるものではないと思いますがね。ですが、遊大がこの姿になっても、私たちにとっては遊大であることには変わりないですよ」

　遊大と血の繋がりがないことはこの三人は彼を引き取った時に聞いていた。だが、まさかその義弟が人間ですらなかったというのにはもちろん驚きを隠すことはできなかった。だが、彼ら三人の答えは決まっていた。例え遊大が何者であろうとも、彼は間違いなく自分たちの可愛い弟であるということが。

「……そうだな。驚いてすまない、遊大」
―――そんな……むしろこれで無反応だったら逆にこっちが驚くよ
「遊万の兄貴だったらそれもあり得たからな！」

　そう言って笑い合う四人。この時の彼らは間違いなく仲の良い四兄弟であった。





＊





「……失礼します」

　遊章たちと別れた遊大は、一人別の病室へと向かった。深々と頭を下げて入ったのは遊厳の病室だった。遊厳は精霊が関わる事象であったため、近場の大病院ではなく、遊大が入院していた病院に遊希と共に運び込まれたが、彼は未だに意識を取り戻していなかった。

「遊大……」

　そんな彼の傍らには妻である優香が付き添っていた。彼女もまた遊章たち同様に遊大の出生を聞かされていなかった。そのため遊章の口から遊大の事を聞かされた時は誰よりも衝撃を受けていたのは彼女であるのは間違いない。

「義父さ……遊厳さんの容態は？」
「……身体の怪我はいずれ治るそうよ。でも……心の傷は」

　遊厳の野望は、願いは遊大によって、精霊によって打ち砕かれた。もちろん彼のしてきたことは世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないことであり、大罪であることには違いない。
　だが、遊大は一連の出来事を敢えて「実験の失敗」として公表した。デュエルモンスターズの新しいシステムの実験を行っていた際に、装置がイレギュラーを起こし、そこにいた遊厳と遊希、そして自分が爆発に巻き込まれてしまった。
　しかし、遊厳の行っていた実験―――ソリッドビジョンの実体化を窮地によって成功させた遊大が二人を救出した。それが事実として今日の紙面を、画面を飾ったのである。その場に居合わせた一部の人間以外は皆がそう思っていた。もちろんそれが事実ではないのだが、それが広まれば遊厳の行った事実はその虚飾によって塗りつぶされる。
　虚飾を疑わず、虚飾に騙される。大衆はそれが故に大衆である。彼らの中では遊厳は「世界を良くしようとする英雄」であり、遊大は「二人の命を救った英雄」であり続けるのだ。

（事実を公表すれば、義父さんは世界的な大罪人となる。そしてその妻である義母さんとその子である義兄さんたちは……もう日の当たるところでは生きていけなくなる）

　遊厳がいつ目覚めるかはわからない。もしかしたらいずれ迎えるであろう命の終わりのその時までずっと眠り続けているかもしれないのだ。

「ねえ、遊大……あなたは……」
「義母さ……いえ、優香さん。どのような事実があれども、僕はあなたの夫を酷い目に遭わせてしまいました。僕にできることは少ないですが、僕はあなたに育ててもらった者として、できる限りのことはします。では」
「待って、遊大！ あなたは……」

　遊大は優香の方を振り返ることなく、遊厳の病室を後にした。優香が何を言いたいかはわかっていた。わかっていたからこそ、それを最後まで聞くことができなかったのだ。

（ごめんなさい、義母さん。今の俺があなたを母さんと呼ぶには……まだ早すぎるから）
「遊大……例え私たちと血の繋がりがなくても、あなたが人間ではなかったとしてもあなたは私の可愛い息子よ。私は……あなたが元気に生きていてくれる……それだけでいいのに……」

　すれ違う親子の絆が元に戻るのには、もうしばらくの時間が必要となる。






＊





「……探しましたよ」
「……」

　遊大が病院のリハビリルームにいた遊希を見つけたのは一時間ほど経った後であった。遊厳と違って遊希は意識を取り戻していたが、診断の結果彼女は数週間の入院が必要と診断されていた。もちろん病院に担ぎ込まれてまだ一日も経っていないため、部屋を出ることなどもってのほかなのだが。

「怒られますよ。病院の先生たちは怒ると本当に怖いんですから」
「……どうして私を探しに来たの」
「えっ？」
「あなたのおかげで私や遊厳さんの命も救われた。それは感謝しているわ。でも……私を助けるためにあなたは……」
「遊希さんを助けたいと思ったのは俺の意志です。誰かに言われてやったことではありません。それに助けるためとはいえ、俺はあなたという存在自体を改変してしまいました」
「……このカードのことね」

　遊希の手に握られていたのは、あの時遊大が遊希を助けた時にいつの間にかに現れていた1枚のカード。効果モンスター兼ペンデュラムモンスターであると思われるそのカードは、未だモンスターの象徴たるイラストはなく、効果もPスケールも記載されていないままであった。

「今までの遊希さんは精霊の力を持った人間でした。ですが、今のあなたは……」
「高海くんと同じ。精霊が人の姿をしているだけの存在。そうでしょう？」

　覇王烈竜となった遊大にとって、今の高海 遊大としての姿はあくまで仮の姿ということになる。今の彼は高海 遊大という人間ではなく、覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴンという精霊だ。そして遊希もまた、天都 遊希という人間から手に持っているカードに描かれるであろう精霊となってしまった。彼女は遊大のおかげで一命こそはとりとめたが、精霊として転生したことは人としての天都 遊希は死を迎えたことになる。人としての天都 遊希を助けることができなかった、それが遊大の負い目でもあったのだ。

「……あなたが気に病むことはないわ」

　項垂れる遊大の頭を優しく撫でる遊希。光の当たり具合によって色が微かに変わる遊大の赤髪は絹のように柔らかかった。

「私はもう10年以上も前に精霊・銀河眼の光子竜をその身に宿した。思えば何の脈絡もなく精霊が宿るとか……その時点で私は普通の人間ではなかったのかもしれないわね。もし高海くんと出会っていなかったとしても、同じ道を辿っていたかもしれないし」
「遊希さん……」
「それに、私には今の私と同じ存在である高海くんがいる。それだけで……全然違うから」

　そう言って遊希は顔を背けた。遊大は遊希の顔を覗き込もうとしたが、彼女は頑なに振り返ろうとはしなかった。最も彼女の視線の先には壁全体が鏡となっており、鏡に映った彼女の顔が真っ赤に染まっているのは遊大には筒抜けであったのだが。

「……ねえ、高海くん。私と約束をしてほしいんだけど」
「約束、ですか？」
「ええ、私はもうしばらく入院しなければいけない。もちろんリハビリも積極的にやってくけどね。それで……このデッキをまた自分のものにしなきゃいけない」

　それは光子竜たちから遊希へ、と受け取ったデッキであった。精霊となった遊希の力を最大限に活かすにはこのデッキを自分のものにしなければいけない。このデッキを自分のものにしてこそ初めてデュエリスト・天都 遊希の復活に繋がるのだ。

「そして私自身の、精霊としての力も自分のものにする。それで……私が退院したら……私とデュエルをしてもらえないかしら？」
「……俺は遊希さんと比べるとまだまだ未熟です」
「神を倒して世界を救ったあなたで未熟なら、この世の中のデュエリストの9割が未熟になってしまうわよ。まあ、もし自分の腕がまだまだ足りないと思うなら、一足先に戻って大空君や国広君たちとデュエルをしてその腕を磨いてちょうだい。何にせよ……私はあなたと最高のデュエルがしたいから」

　あの天都 遊希が言う“最高のデュエル”というものがどういった規模のものかはわからない。だが、彼女を以てしての最高となればきっと遊大に求められるものも自然と大きくなるというものだ。

「……わかりました。今持てる俺の全てをそのデュエルにぶつけます」
「その意気よ。それでこそ私が見込んだデュエリストだわ」










（ねえ、高海くん。私は……守るより守れられる方がいいの。自分よりも強い人に……だから、私より強くあってね）