番外編：夏想・2　作：光芒

　青い空、白い海。夏の到来を世界が喜んでいるかのようだった。心地よい海風の吹く砂浜に、遊大・陸・仁の三人は立っていた。留奈と林檎から「海へ行こう」と誘われた三人は、陸の部活の練習が行われない時期を狙ってスケジュールを調整したのである。
　一足先に水着に着替えた男子三人は、ビーチパラソルや浮き輪などの必要なものの準備を済ませており、後は女子メンバーたちがやって来るのを今か今かと待ちわびていた。

「うーみだー！」
「やめろ、この歳で海ではしゃいで良いのは女だけだぞ」
「別にいいと思うけどなぁ……」

　そんなことを言いつつ、遊大は両脇に立つ二人の身体をちらりと横目で見る。サッカー部の現役部員である陸は連日の部活ですっかり焼けた身体に鍛え上げられた筋肉が映えている。対する仁は陸と違って部活に所属していないが、その分空いている時間は校内に併設されたトレーニングジムに通っていることもあって、色白ながらも十分に引き締まった身体をしていた。

「ん、どうしたよ遊大。さっきから俺らの方を見て」
「……いや、俺ももうちょっと鍛えて来れば良かったかな、と思っちゃって」
「ふむ、だが入学した頃と比べれば筋肉はついていると思うぞ？」

　二人を見て肩を落とす遊大であるが、陸や仁のように腹筋が割れてはいないものの、陸や仁の日々の生活ぶりを見ているからか、自主的にトレーニングを重ねた結果、同年代の平均以上の筋肉はついていた。最も少女のような美しい色白の肌と華奢な体形で男らしさがだいぶ中和されてしまっているのが遊大なのだが。

「それにしても……みんな遅いね」
「女の子ってのは色々と準備に時間がいるんだよ」
「……不用意にそういう発言をしてしまうからお前はいつまで経っても女子からはマスコット扱いされるんだぞ？」
（女の子からあまり相手にされない仁にだけは言われなくない……）

　遊大たちは少し離れたところにあるコテージに視線を向ける。舞原家の別荘である海辺のコテージに遊大たち七人は宿泊する。留奈から事の顛末を聞いた留奈の両親から使用許可を得た皆は、舞原家の執事であり、遊大たちとも面識のあるダンの運転の下ここまでやってきたのだ。

「何かご不便な点がございましたら、私にご連絡を。近くのホテルで待機しております。当家の別荘ですが、ご自分の家と思って過ごして頂いて構わない、とご主人様から言伝を得ております。ですが……皆様はまだ未成年。節度を持って過ごして頂けますね？」

　いくら舞原家の執事であるとはいえ、ダンは分別ある大人である。遊大たちが夏休みの解放感の下、好きに過ごすのは構わないが、度を過ぎた乱痴気騒ぎなど起こさないようにしっかりと釘を刺していった。釘こそ刺すが、留奈がこうして友人を連れてきたことは嬉しかったようで、厳つい顔の中には嬉しさが見て取れた。

「ところで海で何する？ 俺はいい機会だからサーフィンに挑戦してみたいぜ！」
「ベタだが、スイカを買ってきた。皆でスイカ割りなどもやれば盛り上がるだろうな」
「海だとそういうのが一般的なのかな？ 俺はどうしよう……」
「みんなー、お待たせー！！」

　遊大が海で何をしようか、と思っていた最中である。三人の後ろからは林檎の明るい声が聞こえてきた。振り返った三人の眼に映ったのは四者四様の水着を身に纏った少女たちの姿だった。

「来たか」
「おっ、みんな水着似合ってるじゃん！！」
「へへっ、ありがとー♪」

　真っ先に駆け寄ってきた林檎は鮮やかな上下花柄の紐ビキニであり、彼女の健康的な美しさが演出されていた。水着の柄と同じように、満面の笑顔が林檎には咲き誇っていた。

「おい陸！ 林檎のみずぎもいいが、わたしのみずぎはどうだ！」
「留奈ちゃん……最高じゃん！ さすが留奈ちゃん、俺の彼女だけあるな！」
「ふふん、それほどでもあるな！」

　留奈は事前に林檎からアドバイスを受けていた通り、弾みで脱げてしまわないようにビキニの上の部分を首と背中で固定するタイプのものであり、彼女のアグレッシブさに対して清楚さを感じさせる薄桃色の水着であった。

「全く、鼻の下を伸ばして……」
「いいじゃないか、恋人同士なのだから許してやれ」
「まあ、それもそうね……ところで何か言うことは無いの？」

　礼はシンプルな上下黒のビキニである。兄同様部活に所属していない彼女はインドア派なこともあって色白であるため、黒のビキニと白い肌のコントラストが際立つ。四人の中ではバストサイズで言えば最も控えめであるのだが、モデル級のスタイルの良さがその胸の小ささをカバーしており、派手な水着を十分に着こなしていた。

「ん？ まあお前ならそれくらいの水着を着ても恥ずかしくはないな。胸の小ささを気にして隠してくるとは思ったが」
「……随分とデリカシーのないことを言うのね」
「俺の性格を知らないお前ではないはずだ。これでも結構褒めているんだぞ？」
「……そういうことにしておいてあげるわ。ほら、さっさとこれ塗って」

　そう言って礼はサンオイルを仁に手渡す。言葉遣いこそ厳しいが、これが大空兄妹の日常なのである。

（陸も仁も凄いなぁ……みんなとあんなに楽しそうに）
「あ、あの……遊大さん？」
「孫さん？」
「わ、私の水着は……どうでしょうか？」

　もじもじしながら上に纏っていたパーカーを脱ぐ美鈴。美鈴の水着も結局林檎に薦められた上下がフレアタイプの白のビキニになっていた。最初はエキゾチックな彩りにしようかと思っていたが、姿見の前に立って色の奇抜さが気になったためにこの白いタイプのものに落ち着いた。他の三人に比べてやや色合いは地味であるが、清楚で穏やかな美鈴には実にマッチしたものだった。

「そ、孫さん……その。うん、綺麗だと……思うよ」
「あ、ありがとうございます……」

　見せられた遊大も見せた美鈴も共に赤面するという双方の異性に対する耐性の無さが際立つ結果になってしまった。それでも、その初々しさが似合ってしまうのが遊大と美鈴であった。

「陸、サンオイルをぬってくれ！」
「任せた！」
「じゃあ高海くんは私と美鈴の分をお願いね？」
「えっ！？ なんで俺が二人分も！？」
「いやほら、高海くんってこういうシチュエーションに無縁っぽいと思ったからさ。こういう時に経験しておかないと勿体ないよ？」
「そんなことを言われても……」
「よ、宜しくお願い致します」

　ここまで頼まれてはしょうがない、と渋々二人の身体にサンオイルを塗る遊大。あまり意識しないように、と心がけていたが遊大の手にはとても柔らかい感触が残る。二人に何か気になることを言われることは無かったが、この時ばかりは遊大は生きた心地がしなかった。





＊





「イイイヤッホオオオゥゥゥ！！」
「おおっ、さすが陸！ はじめてでもサーフィンできるなんてすごいぞ！」
「どんなもんだ！ って……こんな波じゃサーフィンのしようがないな」

　初めてとは思えないボード捌きを見せる陸であるが、プライベートビーチになるだけあってこの一帯はそれほど波が大きくなるわけではない。そのため華麗に乗りこなしてもいまいちインパクトに欠ける絵面であった。

「でも初めてでそこまでできるのは凄いことだと思うよ？」
「普段キーパーやってることが良い方向に影響してるのかもな！」
「そういうことか！ おい林檎、わたしたちもまけていられないぞ！ もっとおきへいくぞ！」
「いや、この状態だと沖行けないからね？」
「むー……」

　大きな浮き輪に二人で掴まって浮いている状態の留奈と林檎。まるでクラゲのように波間にぷかぷかと浮いている二人の時間はすっかり止まっているかのようであった。

「それよりも……あの二人は大丈夫かしら？」

　浮き輪に掴まった林檎が気に掛けるのは、浅瀬に立っている遊大と美鈴の二人であった。遊大は美鈴の手を取ると、少しずつ後ろに下がっていく。手を掴まれた美鈴は両足を伸ばしてパシャパシャと水面に音を立てる。
　何故こうなっているのか、ということに対してはもはや説明は不要だ。孫 美鈴―――彼女は泳げなかったのである。昔から泳ぎが苦手なために母国の台湾でも彼女はあまりプールなどに行っていなかった。普段から水着を着ることがなかったために新しく水着を買う必要があったのである。

「うん、その調子。もっと肩の力を抜いて」
「は、はい！」

　優しくも丁寧な遊大の指導の下、はじめはぎこちなかった美鈴のバタ足も段々と様になって来た。思えば最初に自分が兄たちに泳ぎを教えてもらった時もこんな風にして泳ぎを学んでいった。末っ子であるために上の人間から教わるばかりだった自分がまさかこうして人に教える側になるとは思ってもみなかった。

（えっと、兄さんはいつもこういう時に手を放していたから……俺もそうすればいいのかな）
「美鈴さん、手離すね」
「えっ？」

　何も言わずに話すのは良くないだろう。そう思って遊大は一言伝えると同時に美鈴から手を離した。自分であればそれでも十分に泳ぐことができた。しかし、遊大は遊大であり、美鈴は美鈴である。自分が上手くいったことが他人に上手く行くとは限らないのだ。

「きゃあっ！！」
「孫さん！？ うわっ！！」

　手を突然離されたことに驚いた美鈴は、動転して足のつく浅瀬であるのにも関わらず溺れてしまった。まずい、と思った遊大が手を差し伸べると気が動転した美鈴は思わず遊大に抱き着く。弾みとはいえ、遊大に抱き着いてしまったと理解した美鈴は益々動揺し、突然抱き着かれたことに驚いた遊大もまたバランスを崩して思い切りひっくり返ってしまった。

「大丈夫か、遊大！！」
「美鈴、しっかりして！」

　浜辺でバーベキューの準備をしていた仁とパラソルの下でビーチベッドに寝そべっていた礼が駆け寄って来る。結局二人揃って救出される形になってしまった。ただ、遊大にとっての苦境はまだ始まったばかりである。

「……ないわー」
「気持ちがわからないわけじゃないけど、さすがになぁ」
「おーまーえーはーアーホーか！」

　駆けつけた陸、林檎、留奈に見下ろされる形で砂浜に正座させられる遊大。泳げない美鈴のために、と思った行動であるがそれは見事に逆効果となっていた。理由はどうあれ、指導する立場にありながら結局美鈴を溺れさせてしまったことがマイナスになっているのである。

「うう……面目ないです」
「あ、あの、そんなに遊大さんを責めないでください」
「まあ美鈴がそう言うなら……ところでさ」

　このまま遊大を砂に埋めてしまうことも考えた三人であるが、当の美鈴本人が厳罰を望んでいない以上、追及はそこで終了となった。そんな美鈴に対して林檎はそっと耳打ちする。

「咄嗟に高海君に抱き着いた時の気持ちは……どうだった？」
「！？……そ、その……意外とたくましかったです」
「あ、そっか……」
（そういう意味で聞いたんじゃないんだけどなぁ）

　照りつける日差しに漣の音。少女の想いは何処か空周りを続けるのであった。