第127話：神話　作：光芒

　セントラル校近場の病院に運び込まれた遊大の容態は当然思わしくはなかった。搬送された彼に対して、病院側は精密検査を行ってみたものの、彼の身体から病原菌の類は一切見つからなかった。それでも脳から内臓などの各器官、そして全身の筋肉と身体の各部位に“普通の人間”であればまず耐えられないような負荷がかかっていることがわかり、それを知った医師たちは口々にこう漏らしたという―――「何故これで生きていられるのか」と。

「……申し訳ありませんが、我々の力ではできることは少ないでしょう」

　セントラル校が誘致されるにあたって、この街の病院もより立派なものへと作り変えられた。国はもちろん海馬コーポレーションやI2社といった大企業も設立に関わったこの病院は、都心にあるような大学病院に匹敵するレベルの医療設備と人員を誇っている。かつて千夏や詩織が入院した時にも使われており、遊希もとある出来事の際にここで検査を行っていた。国内有数の病院であると言っていいだろう。そんな病院の医師たちが匙を投げてしまうのだから、遊大の状態が危険であることには間違いない。

「私の時と比べると……どうですか？」
「天都さんの時……確証はできないためこれは私の私見として述べさせてもらいます。あなたの時と少し似通った印象は受けますね」

　遊希はこの医師と面識がある。遊希は彼にそれだけ尋ねると、その場を後にした。その頃、遊大が入院した病室では呼吸器と点滴を付けて眠っている遊大を遊章や仁たちが不安そうに見つめていた。

「遊大……」
「なあ、どうなっちまうんだよ遊大は」
「一命はとりとめたようだけど……」
「まさかこのままめざめないなんてことはないだろうな」
「留奈さん！」
「縁起でもないこと言わないでよ……」

　つい数日前まで普通に過ごしていた親友がこうなってしまったことに少年少女たちはかなりショックを受けているようだった。ただ、何が起こるかわからない世の中である以上、こういった事故事件に巻き込まれる可能性は決してゼロではない。それを皆は覚悟しなければならなかった。

「だいぶ遅い時間になってしまったわ。あなたたちは帰りなさい。後は私と遊章さんが見ているから」
「そんな……遊大さんがこんな状況だというのに」
「こんな状況だからこそよ。私もいつまでもいられないし……」

　遊希たちは学生であり、未成年である。未成年の遊希たちがいつまでも外出しているわけにもいかない。そもそも病院には消灯時間というものがあり、家族であっても面会が可能な時間が限られている以上、いくら親しい仲とはいえ赤の他人である遊希たちが付き添えるのにも限度があった。

「遊大！」

　そんな時、息を切らして病室に駆け込んできたのは遊心だった。入ってきた弟を見た遊章は横目で静かにするように、とアイコンタクトを送る。遊心は手で口をふさぐと、閉まろうとする病室のドアを足で抑えて開けたままにする。すると、遊心が入ってきたすぐ後に一人の美しく気品のある中年女性が入ってきた。

「ああ、遊大……どうしてこんなことに」
「母さん……申し訳ありません。私が付いていながら」

　遊章、遊心にどこか似ているような雰囲気を醸し出すその女性の名は高海 優香（たかみ ゆうか）。言わずもがな、遊章たちの母親である。

「母さんということは……」
「高海 遊大の母……高海 優香と申します。この度は息子に付き添って頂きありがとうございました」
「そんな……」

　恭しく頭を下げる優香に、一年生の面々は釣られて頭を下げる。遊大は他人にあまり家でのことを話さないため、どのような母親なのだろうかと知る由もなかった。だが、その界隈でも美男揃いである高海家の母親とだけあって年齢や四人の息子の母親であることを感じさせない美しさを保っていた。

「それで……本当なの、デュエルの後に倒れたというのは」
「はい。父さんから受け取ったカードを使い、デュエルをしました。結果は遊大が勝ちましたが、その直後に喀血をして……」
「もしかして兄貴のカードも？」
「はい。遊心の渡したクリアウィング・シンクロ・ドラゴンと同じように、私が父さんより預かり遊大に渡すはずだったスターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴンのカードが、精霊のカードと思われる覇王眷竜スターヴ・ヴェノムへと変わったのです」
「マジかよ……」
「あの、聞きたいことがあるのですが」

　遊希はデュエルの後に遊章に聞かなければならない、と思っていたことがあった。それは遊大の兄である遊章・遊万・遊心が渡した3枚のカードについてだ。一般で流通している3種とイラスト違いのスターヴ・ヴェノム、ダーク・リベリオン、クリアウィング……そのカードの出どころについてだった。

「では、本当にそのカードは貴方方のお父様……遊厳さんから預かったものであると？」
「はい。我々は遊大に渡すように、ということだけを言われていました」

　海外に行っているため遊万は不在であるが、この場に居合わせた遊章と遊心はいずれも「遊厳から渡すように頼まれていた」と言っている。彼らの発言に嘘偽りはないだろう。だからこそ、何故そのカードが精霊のカードへと変化したのか、ということを調べなければならなかった。

「3枚の覇王眷竜たち、そして……遊章さん。あなたが先ほどのデュエルで使ったデータベースにないカード、覇王紫竜。いずれも遊厳さんから手渡されたものであると。何故遊厳さんはそのカードを？」

　遊希は病室でありながらもまるで取り調べを行う刑事が如く切り込んでいく。ここで真相に近づかなければ真実は一生闇の中であると思っていたからだ。言葉に詰まる遊章と遊心であったが、今まで黙って話を聞いていた優香の一言で状況が一変した。

「遊章……話してあげて」
「……わかりました。父である遊厳が所属している組織はご存知ですか？」
「国際機関TWO（The World Order）。世界規模の機関で、主に戦争や貧困に喘ぐ人々の救済を行っている組織ですね」
「はい。父である遊厳は元プロデュエリストとして、世界で活躍しました。その時の功績を受けて引退後の今はTWOの日本支部長を務めています。TWOの活動の一つに、デュエルモンスターズの普及というものがあります。I2社や海馬コーポレーションといった企業に協力して行っています。そしてI2社と共に父が行っている業務というのが……新しいカードの製作でした」

　I2社の創始者であるペガサス・J・クロフォードは若い時、世界各国を旅行しては神話や伝説を元にしてデュエルモンスターズを作り上げた。ペガサスの時代が終わった後も、彼の後継者たちは世界各国の歴史や英雄譚をモチーフに新しいカードを作り続けている。

「父も世界各国を飛び回っては、新たなカードを作っていました。そんな時、欧州のとある神話を父は知りました」
「神話？」

　遊章の語った神話というのはこういうものだった。





＊





　その地には、人間が生まれるよりずっと前にこの世界に存在していた竜がいた。その竜は、片手を奮えば山脈を砕き、羽ばたくだけで海洋を吹き飛ばすといわれるほどの強い力を持っていた。その竜は、強すぎる力を抑えるため、自らを6つの命に分けたという。その身を6つに分けた竜は、人の姿をして人々の前に現れては、人類に様々な恵みをもたらした。
　しかし、その底知れぬ力を恐れた人々は武力を以て抑えつけようとした。人類は多数の犠牲を払いながらも、その竜を討伐した。しかし、竜は死ななかった。竜は自らの力を危険なものであると改めて認識し、自分で自分を封印することに決めた。そしてその命を4つの宝珠へと変えて眠りについた。赤・黒・白・紫―――竜の力を封印した宝珠は、今も世界のどこかに存在しているという。





＊





「赤、黒、白、紫……まさか」
「お気づきになられたようですね。父はI2社の協力を受けてその宝珠の捜索を行っていました。そして見つけ出したその宝珠から4体のドラゴンのカードを作り出したのです。オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン、クリアウィング・シンクロ・ドラゴン、スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴンを。そしてそのカードを基盤に、更に4枚のカードを作り上げた。その4枚が……」
「覇王烈竜や覇王紫竜……」
「はい。最もそれらのカードは一番最初に完成した覇王黒竜のカードが完成前にI2社から盗難に遭ったため、一般流通することなく然るべき場所で保管されることになりましたが……」

　遊希はそれを聞いて渋い顔をする。覇王黒竜オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン―――そのカードに決していい思い出がなかったからだ。ただ、それならば何故保管されているはずのカードをこうして遊大や遊章は持っているのか。

（遊厳さんが覇王紫竜を遊章さんに渡した。ということは遊厳さんが高海くんに覇王烈竜を？ でも、あの時確かに遊厳さんは……）

　あの時、というのは竜司に頼んで遊厳を呼び出してもらった時である。遊希は自ら遊大の入学を許してもらえるように遊厳に対して頼んでいた。その理由の一つが遊大の持つ覇王烈竜であり、遊厳はその覇王烈竜に対して全く知らないというリアクションをしていた。

（あれは……嘘？ 遊章さんの言うことが本当なら、遊厳さんは嘘をついていたことになる？）
「しかし……オッドアイズ、ダーク・リベリオン、クリアウィング、スターヴ・ヴェノムがそういった経緯で生まれたカードとは」
「私の切り札にもそんな歴史があったとは驚きました……」
「じゃあなんで遊大はそんなオッドアイズとかを手に入れられたんだろうな？」
「確か前に会った不審な男にデッキを貰ったとか言ってたわよね」
「あやしいな！ そのおとこからもはなしをきかないいけないじゃないか！」
「問題はその男の素性すらわからないということよね。そもそも高海くんにどうして精霊が宿ったってことも……」

　考えれば考えるほど、謎が浮かんでくる。例えば、遊大が顕現させた精霊のカードの元になったカード。この世界で精霊の力に最も縁のある遊希がそのカードを手にした時、遊希はそのカードと精霊のカードの違いが判らなかった。精霊のカードであれば、遊希ならすぐにその存在に気付くことができるからだ。

（私の力を以てしてもダーク・リベリオンやクリアウィングにコンタクトすることができなかった。できたのは高海くんが一緒にいた時だけ……っ、まさか……そんな……！？）

　遊希は確信した。この一件においてやはり父である遊厳に改めて話を聞く必要があるということを。





＊





「この駅ね。相変わらず利用者の多いことで」

　あの時から今に至るまで、遊大は未だに意識が戻らず入院し続けている。遊希は遊厳がいるTWOの日本支部がある東京の副都心の最寄り駅へと到着した。予め伺うことを連絡していたため、遊厳に会えないなどということにはならない。

「……さて、行きますか。待っててね、高海くん」

　遊希は決意を持って歩き出した。一人の後輩のため、そして一人の未来あるデュエリストのため。そして―――一人の大事な人間のため。