番外編：師弟・1　作：光芒

☆Special Thanks　名無しのゴーレム様





　何処までも広がる青い空、そんな空を止めどなく行き交う白い雲。真っ赤な太陽は容赦なく人々を照らしつける。記録的猛暑となったこの年の夏。アスファルトの上に立っているだけでジリジリと鉄板の上で焼かれているような錯覚を覚えそうになる中、高海 遊大は駅前である人を待っていた。

「高海くん、あなたに頼みたいことがあるんだけど……」

　生徒会デュエル委員の先輩であり、遊大のデュエルの師匠でもある天都 遊希からもたらされた頼み事。それが彼女の友人を代わりに迎えに行って欲しいというものであった。本来は遊希自身が迎えに行きたかったのだが、今や彼女はセントラル校の中心人物であり、一人のデュエリストとして様々な用事が舞い込む存在である。そのため、どうしても時間を割くことができなかったのだ。

「その日は……あっ、特に予定はないので大丈夫です」
「そう？ それならお願いしていいかしら。実は来年このセントラル校を受験したいって言ってるの。それでセントラル校を予め見ておきたいということなの」
「つまりはセントラル校の下見のようなものでしょうか？」
「そうなるわね。まあ彼女の実力を以てすれば入学自体問題ないと思うわけだけど……」

　そう言って少し不安そうな顔をする遊希。何かあるのだろうか、と思った遊大であるがあまり詮索するのもどうかと思ったので敢えて触れることはしなかった。しかし、ここで詮索しなかったことが後に彼にとっては困ったことになるとはこの時ばかりは思っていなかった。

「派手な金髪に何処か頼りなさげな優男のような風貌……あなたですか、迎えの人は」

　街路樹の下で缶ジュース片手に人を待っていた遊大に声をかけたのは一人の少女だった。黒く美しい髪が太陽の光に映えるスレンダーな少女であり、身長は150cm台後半程度と遊大とは顔一つ分ほどの差があった。

「えっと、あなたが……」

　彼女も予め遊希から遊大の特徴を聞いていたのだろう。合流自体はスムーズに行ったのだが、遊大は少女の姿を見て目を丸くした。
　少女が被っている鍔付きの白いレースの帽子と華奢な体を覆っているワンピースは確かに爽やかなのだが、その小さな顔の半分を覆うほど大きいサングラスが強い違和感を醸し出していた。あまり顔を周囲に晒したくないという意味なのだろうが、それのせいで逆に目立ってしまっている有様であった。

「はい。私は白幡 結衣（しろはた ゆい）と言います。まあ、あなたがデュエリストであれば名前くらいは知ってくれていますよね」

　白幡 結衣―――彗星の如く現れたその少女は今年中学三年生にしてプロデュエリストの仲間入りを果たした。まだまだ新人であるため、プロとしての実績は少ないが、天都 遊希やエヴァ・ジムリアに匹敵する若さでプロの世界に足を踏み入れたその少女のことは遊大たちの中でも話題になっていた。

「えっと、今日あなたの案内をさせて貰う高海 遊大です。遊希さんからお話は伺っています。しかし、遊希さんとお知り合いだったなんて」
「……」

　今年中学三年生ということは遊大からみれば結衣は一学年下ということになる。彼女が順当にセントラル校に入学した場合、遊大からしてみれば後輩になるわけだが、デュエリストとしての実績でみれば彼女の方が自分より上。そう感じ取った遊大は自然と敬語で接するようになっていた。

「……遊希さんは私という人間を、デュエリストを変えてくれた存在です。あの人のためにも私はプロとして更なるレベルアップをしなくてはいけません……なので遊希さんが通っているセントラル校を受験し、そこの門を叩くつもりです」

　遊希と結衣の出会いは今から2年前にさかのぼる。当時遊希がセントラル校の1年生だった時、夏休みに開催されたデュエリストを志す小中学生との2泊3日の交流会の時に二人は出会った。その交流会はセントラル校の生徒と参加者である小中学生が二人一組でパートナーとなり、互いを高め合うというコンセプトで開かれたものであったのだが、二人の出会いはあまりいいものではなかった。
　天都 遊希という名は遊希たちの少し下の世代でも伝説と化しており、まさかその場に本物が現れるとは思っていなかった参加者たちは本物の遊希に近づくことができなかったのだ。
　そんな中、無謀にも遊希に挑んだのが結衣である。後にプロの世界に足を踏み入れる少女もこの時ばかりはまだ蕾の状態であり、才能の片鱗こそ感じさせたものの、主にメンタル面の弱さがネックとなって実力を出せずにいたのだ。結果的に遊希に挑んだデュエルは惨敗に終わったものの、そのデュエルがきっかけで彼女は遊希と三日間だけの師弟関係を結んだのである。

「あの時は三日間だけでしたが、その三日間は私にとってとても濃いものになりました。あの三日間があるからこそ今の私があるんです」
「そうだったんですね……さすが遊希さん。俺ももっと頑張らないと」
「……」

　結衣がプロデュエリストとしてデビューしたということに遊大のテンションも否応なしに上がる。結衣が遊希を師として仰ぐのと同じように、遊大にとっても遊希はデュエルの師匠に当たる存在だ。そのため遊大がデュエリストとして飛躍することが遊希への最大の恩返しになるのである。

「あの、一つあなたに聞きたいことがあるんですが」
「……俺に？」
「はい。あなたは……遊希さんにとってのなんなのでしょうか」

　遊大は最初その質問の意図がよく理解できなかった。台詞自体は陸や林檎が好きそうなドラマで聞けるようなものである。言葉やドラマでの使用シチュエーション通りに受け取れば、遊希と遊大の間に恋愛関係が存在するか否かを結衣が聞きたいのだろうか。しかし、今の遊希と遊大の間にデュエリストとしての師弟関係、生徒会における同じ役職の先輩後輩といった感情はあっても、恋愛となるとそうは言っていられない。

「俺は遊希さんの後輩です。生徒会で同じ委員を務めていて……あとデュエルの指導も度々受けているだけですよ」
「そうですか……わかりました」

　それっきり、結衣は遊大と言葉を交わそうとしなかった。バスに乗り、降りる停留所に着くまで沈黙な二人の間に広がった。

「えっと。ここがデュエルアカデミアジャパン・セントラル校です。駅から出ているバスに乗って最寄りのバス停で降りてすぐのところにあります。まあ、この学校は全寮制なのであのバス停を使うのは出掛ける時だけになりますが」
「……そうですか」
「うう……」

　遊希の用事が終わるまで、遊大は結衣を案内することにした。説明こそ所々拙いが、現役の生徒ならで知り得ることや現役生としてどのような学校なのかを丁寧に説明する遊大。しかし、結衣の反応は何処か冷ややかであり、その反応が遊大を傷つける。

（どうしよう……もっとうまい説明ができないとこの学校に入学してもらえない……）

　がっかりしている様を悟られないように、と遊大は溜息をなんとか誤魔化す。しかし、今彼が思っている通り、遊大の説明が下手だったなどという理由で結衣が受験を見送る、などということになってしまえば遊大は罪悪感でいっぱいになってしまうであろう。

「あれ、高海君じゃない。こんな夏休みにどうし……って、あれ？ もしかして結衣ちゃん！？」

　地獄で仏とはこのことを言うのだろうか。たまたま通りかかった少女は遊大の後ろを歩く結衣を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。生徒会副会長・星乃 綾香。彼女もまた遊希たちと共に交流会に参加していたのだから。