EP39 穢された誉れと人生　作：ター坊

チャレンジャーＺの大金星の翌日。遊季都達は遊路の早朝の呼び出し電話でニューサニーアップ事務所に到着した。時間はまだ朝の８時前とかなり早く、本来は開いてない筈の正面ロビーが開いていることに遊季都達は徐々に不安になっていった。重い足取りで２階に上がると遊路とルナテシア、千春が待っていた。遊路の顔は少なくとも遊季都達を労おうなどの祝う気分のものではないと遊季都達は一目で判った。
「…あの風峰プロ…」
「…とりあいず立ち話もなんだ。こっちに来い。そもそも立ち話で済む話ではないしな」
「はい…」
遊路の言葉に不穏を感じつつも遊季都達は遊路に案内されるまま応接室に通された。ソファーに腰掛けると早速話が始まる。
「まずはこれを見てくれ」
遊路の言葉を受けてルナテシアが一冊のデュエル関連の雑誌を置いた。この時期では色々な出版社が挙ってデュエル甲子園の中間発表的な特集号を組む。勝ち残ったチームのデッキ分析や大会中のプレイ記録、クイーンフォースのような有名どころではインタビュー記事もあるだろう。
「この雑誌が何か…」
「ああ。…付箋貼ってあるページを見てみろ」
遊路に言われるまま遊季都は黄色の付箋のページを開く。
「えっ！？なんですかこれ！？」
「こんなのデタラメですわ！」
「オイラ達、何も悪いことやってないぞぉ！」
遊季都達が驚いたり怒ったりするのは当たり前であった。その記事の見出しは














『衝撃スクープ！！風峰プロ推薦チーム・チャレンジャーＺが八百長・脅迫！？』

それは見開き２ページに渡り大々的に報じられており、写真には竜馬高校の凌馬と遊季都のあの時のやり取りの様子が写されていた。
記事によると、遊季都が風峰遊路の名前の威光を盾に竜馬高校の選手を呼び出して八百長の口止めとレアカードの強請をし、もし逆らえば永遠にプロとして採用させないように言いつけてやると脅迫した。
とする内容だ。
「こんな根m」
「ああ分かってる」
遊季都の訴えを遊路が遮る。
「お前達の態度を見てハッキリ判った。お前達は人に咎められるような事は一切してない、ってな」
遊路は遊季都達の強ばる顔を解そうとしてか、おどけて笑ってみせる。
「あ、ありがとうございます」
「けど大人って面倒でな。たぶん昼近くになったら、こんな三流のア ホ記事に釣られて委員会の連中が来ると思う」
「そ、そんな…」
「深刻な顔をするなって。ただ、話を聞かれたらなんて答えるべきか分からなくてな。だからこの写真の時に何があったのか話してくれ」
「分かりました。これは第２回戦が終わった後の事でして…」
遊季都は凌馬とのやり取りを事細かに伝えた。
「…なるほど。夢とカードをお前に預けた…というわけか。よし、それだけ訊けたら充分だ。もう帰って第３回戦の作戦会議なり休養なり好きにして良いぞ」
「…はい」
「ん？まだ何かあるか？」
「えっ」
「だって顔に何かを言いたいって書いてあるぞ。なんか言い足りないなら言っとけ」
「は、はぁ…。その…申し訳なくて…」
「申し訳なくて？」
「いくら僕達が無罪だとしてもこうして風峰プロに迷惑を掛けちゃって…。それでもし風峰プロが…」
「安心しろって。別にこんな事でプロ辞めさせられる訳じゃないし。それなら前に調子に乗って心愛と一緒にラ●ホに行って中３相手に援●疑惑持たれた時の方がヤバかった」
「えっ！？」
「とまぁそれはともかく。…よし。お前たちにアドバイスを２つしてやる」
「２つ？」
「１つ。お前達が何ら恥じるべきところがないなら堂々と第３回戦を勝ち抜け。それで潔白を証明しろ」
「…はい！」
「２つ。最後にこの騒動で勝つのは俺達だ。それまで記事に釣られた奴とかがうるさいと思うが、負け犬の遠吠えと思って聞き流しとけ。話は以上だ。さ、解散解散」
「…ありがとう、ございました」





「…ふぅ」
安心した表情の遊季都達を見送った後、先程まで笑って語っていた遊路の表情は曇り、深い溜め息を吐いた。その溜め息にルナテシアが反応する。
「如何なさいましたか」
「…俺も汚い大人になったなぁ、って」
「…ですが、こうしなければ」
「だな。またルナの力に頼っちゃうけどよろしくな」
「それは喜んでお受け致します」
「心強いよ。ＳＰ隊」
「遊路さん、ルナさん。コーヒーをどうぞ」
「ありがとう」
千春がコーヒー３杯を持ってくる。
「落ち着くな。…千春さん。今日の予定ってやっぱり…」
「恐らくはそうなると思います」
「やっぱ委員会に連れられて尋問(デート)か…。全然嬉しくない。心愛達にも心配掛けるし」
遊路がボヤいていると不意にケータイの着信音が鳴る。ルナテシアのものだ。連絡を受けたルナテシアの目の色が恋人から冷徹な鷹に変わった。
「％。ыйкЭЮЯЗДφ。ψЖАЁΔφБ」
ルナテシアが今発した言葉はわざとイントネーションをおかしくしたドイツ語である。遊路と千春が会話内容を一切分からないのは勿論、本場のドイツ人にも非常に聞き取りづらいため傍受されたくない秘密裏の連絡としてＳＰ隊内で使われている。
「何だって？」
「これの元を掴めた、と」
「そうか。まずは第一手だな」









夜。とあるホテルのスイートルームにバスローブを纏い、派手なドレスを着た女数人を侍らせる男がいた。そいつはソファーに座って高級なシャンパンやワインを品もなく乱暴にグラスに注ぎ、見た目も香りも味わう矜持もなく、安い缶ビールの感覚で飲み干していく。その下品な振る舞いに女達は内心引いているが機嫌を損ねる訳にはいかないと平静を装う。
「はっはっー、イイ気分だなぁー！お前らも飲め飲め！」
「わー。嬉しいですぅ…」
そんな微妙な空気にも男は気付かずに酒をラッパ飲みする。そんな空間にまた一人、より空気を淀ませる男が現れる。遊季都の顔を一言で凍らせたあの小太りの男である。
「よっ。兄貴」
「おう、来たか雷武(らいぶ)」
この有頂天野郎を兄と呼ぶ雷武。つまりこの有頂天野郎こそあの中村羅龍風なのである。
「お前も飲むか？」
「ああ。ちょっとだけね」
雷武はデュエル甲子園に出場している以上高校生なのだが、そんなのお構いなしにグラス１杯のワインをブドウジュースの如くゴクゴク飲む。
「それにしても８年前のあのガキがまた現れるとは思わなかったな」
「赤崎？」
「ああ。プロの俺様に恥かかせようとしやがって。まぁ一応親父に頼んで買収しといた審判仕込んどいて良かったぜ。反則言い渡された時の鳩が豆鉄砲食ったみたいな顔、今思い出してもウケるわw」
「そん時はどうやって反則負けにさせたの？」
「簡単さ。ただ買収した審判にカードを持たせて隠し持ってたって言わせれば良いんだよ」
「へぇ簡単だな。俺もやろっかな」
これが８年前、遊季都の辛辣な人生の始まりの真相である。そこで負けたとしてもファンサービスで片付けられたものを、それ以前にプロとしてたかが小学生に遅れを取るべきではないのに、羅龍風はつまらない自尊心とプロにしがみつきたい醜い執念のために幼い子供の人生を踏みにじったのだ。
「それよか兄貴、テレビ」
「そうだ、そうだ。あれが入るんだった！」
羅龍風は備え付けのテレビのリモコンにスイッチを入れる。テレビはニュース番組を映し、そこにはフラッシュの嵐を浴びる遊路がいた。テレビの上のテロップには『緊急記者会見　生中継』と書かれている。

《皆さん。この度はお騒がせして申し訳ありませんでした》
《風峰プロ！貴方の推薦したチャレンジャーＺ！八百長に脅迫って最悪じゃないですか！どう責任を取るんですか！？》
《しかもチームリーダーは８年前にも問題を起こしたそうですが、それについてはご存知だったんでしょうか？》
《それらに関しては事実の究明を急いでおりますので、ここでの返答は控えさせていただきます》
会見場は怒号と罵声に包まれていた。

「あっはっはっ！ざまぁみろってんだ風峰の馬鹿野郎！俺様をコケにした罰を受けろ！俺様より女にモテて生意気なんだよ、ぶわぁぁーっか！！」
「俺が撮った赤崎と竜馬高校の写真、効果テキメンだったね！それにしても馬鹿だよ。あの写真『チームチャレンジャーＺの脅迫現場』ってでっち上げたのにホイホイ信じて載せちゃうんだもん！」
「ああ。雷武、お前はよくやってくれた。昔のガキを完全に潰してあの一件を隠蔽できる上に、風峰にも一泡吹かせられる。一石二鳥ってやつだぜ」
「ああ！ねえ兄貴。またあれ頼むよ」
「ああ良いぜ。また同じ手か？」
「うーん。あいつら金は効きそうにないし、襲撃と…事故で良いんじゃないかな？」
とんでもなく物騒な話にさすがに嫌気が差したのか、一人の女が席から外れた。




緊急記者会見があった翌日。それでもデュエル甲子園は中止とはいかず、Ａ・Ｂブロックの第３回戦が開かれた。遊季都達も試合を見に会場に来たが案の定、

「あれがチャレンジャーＺぅ？」
「８年前にも反則したんだってぇ」
「そんな奴、出る資格あるの？」

周囲の冷ややかな視線と薄汚い陰口が肌や耳に刺さる。遊季都達は人目を避けて観客席には座らず、人が疎らな壁際に寄り掛かるように試合を見学する。
「風峰プロはあれから…、大丈夫なんですかね…」
「私も遊月さん達から訊きましたけど、どうやら委員会に拘束されていて昨日から帰られていないそうですわ…」
さすがの遊路も即復帰とはいかず、今日の解説は別のプロ選手が来ていた。遊路不在でクイーンフォースの士気も低下しているのか、第１・２回戦を３－０の圧勝で勝ち抜いていたのに今回は全員が苦戦し心愛が敗北して２－１での辛勝となった。
「オイラ達、明後日出れるのかなぁ…」
「風峰プロは大丈夫って言ってくれてましたけど…」
Ｃ・Ｄブロックの第３回戦は明後日に控えているが、今の遊季都はそれどころではない。この騒動の発端となってしまい遊路に迷惑を掛けてしまった自責の念、因縁の相手の弟とのデュエルへの恐怖、梓と盛雄を自分の汚名に巻き込んでしまうのではないかという危惧が現実になってしまった悲嘆…。そんな負の感情が混ざり、心の中は汚い溝鼠色に染まっていた。事前に遊路には気にするなとは言われたものの、こうも事態が重くなってしまっては負い目を感じるのも無理はない。



「おい。お前らチャレンジャーＺだよな」
「…」
沈んだ気分の３人に声を掛けてきたのは男女の団体だった。男子２人は髪を逆立て制服を着崩したヤンキーっぽい、女子３人は紺のセーラー服を着た、遊季都達より学年が上であろう他校の生徒であった。
「…なんでしょうか？」
「ここで話すのもなんだ。場所変えようや」