EP42　当然の勝利　作：ター坊

まさにチャレンジャーＺと六錐高校のデュエルが始まろうとした頃、羅龍風は女達と共に酔い醒ましの迎え酒を飲んでいた。
「ん～。そういや、そろそろ雷武のデュエルだったな。ま、どうせ不戦勝だろ」
そう、知っているに決まっている。何故なら遊季都のホーム転落事故・盛雄の工事現場の崩落事故・梓の襲撃事件…あれらは全て羅龍風の親の金と権力に物を言わせ、弟を勝ち進ませるために行った裏工作だったからだ。
「これで兄弟揃っての大活躍。そうすりゃ、兄の俺様の格がまた上がるってもんよ」
弟のための歪んだ家族愛、と言えばまだ聞くところがあるだろう。しかし羅龍風にとって弟ですら自分の名声を高めるための踏み台扱いなのだ。そしてこのデュエルは羅龍風にとって２つの大きな意味があった。遊季都の社会的抹消－再会した過去の痼(しこり)の隠滅、遊路の失脚－憎き敵への痛恨の一撃、それらが叶えばより華々しい未来招来への第一歩となる。その瞬間を見るべく羅龍風はテレビのスイッチを入れる。
「ん？なんだ？なんで普通にデュエルが始まってるんだ？」
自分の予想外の展開。これが、いや、既に自身の未来の崩壊が始まっているとは、この時の羅龍風は知る由もなかった。







場所を戻してデュエル甲子園会場。
「消えちまえー！！チャレンジャーＺ！」ﾌﾞｰﾌﾞｰ
「ジャッジー！反則にしろよ！！」ﾌﾞｰﾌﾞｰ
「すっこんでろー！！」ﾌﾞｰﾌﾞｰ
全方位からのブーイングの嵐に晒されながらも遊季都達はデュエルディスクを構える。一方の雷武の仲間は今までとは違う相手に戦う前から怖じ気づいていた。
（このデブ…。喧嘩ならいくらでもぶん殴ってやるのによぉ）
（あー、もう無理。適当にやってサレンダーしよ）
半ば諦めムードの六錐高校だが雷武だけは違っていた。我に秘策ありと言いたげなゲスな笑みを浮かべながら遊季都と対峙する。
「「デュエル！！」」



先攻は雷武が取った。

「俺のターン、モンスターをセット。カードも４枚セットしてターンエンド」
雷武は全ての手札を使い切り、遊季都にターンを渡す。
「僕のターン。ドロー」
遊季都は雷武の異様に伏せたカードの枚数からデッキは数通りに絞っていた。
（僕の予想が正しければ）「…魔法カード『焔獄の暴風』を発動！これでお互いのフィールドの魔法・罠カードを全て破壊します！」
遊季都の一手はまず答え合わせ。これで否応なく雷武のデッキが明らかになる。
「ちっ！ならチェーンして『強欲な瓶』、さらに『グラビティ・バインド－超重力の網－』、『仕込みマシンガン』、『積み上げる幸福』を発動！」
「やっぱりバーン系か」
遊季都の予想は８割当たっていた。いきなりの全伏せ。これは普通のビートダウンでは考えにくい構えだ。メタビートに寄せるにしてもメタとなるモンスターは攻撃表示で出すべきハズ。捻ってバージェストマなどの罠モンスターデッキだとしても今度は裏守備や手札誘発０というのもおかしい話になる。つまり少なくとも自ら戦闘を仕掛けるビートダウンタイプのデッキではない。戦闘を介さない戦術ではバーンとデッキ破壊、特殊勝利もあるが、デッキ破壊と特殊勝利であれば先攻１ターンでドローエンジンでブン回すなり必要パーツをサーチするなりである程度の動きがあっても良い筈。以上の事から遊季都は雷武のデッキはバーンと睨んだ。案の定、雷武は破壊されまいとチェーンを重ねていき、『グラビティ・バインド－超重力の網－』から雷武のデッキは古典的なロックバーンであることが割れた。

遊季都:LP 8000→6800

遊季都には１２００ダメージ、雷武は３枚ドローしたがハッキリ言ってこの程度の戦術で遊季都は止まらない。
「『焔獄の暴風』の効果で全て破壊したあと、僕は手札から『焔獄竜-マスカレード』を破壊。マスカレードが破壊されたことでデッキからハルベルトを特殊召喚、さらにダークファイヤーを召喚してバトルです！ハルベルトで裏守備モンスターを攻撃！」

焔獄竜-ハルベルト ATK 1900(貫通) VS マシュマロン DEF 500

ハルベルトの嘴が『マシュマロン』の柔らかいボディを貫き、衝撃が雷武にまで届く。

雷武:LP 8000→6600

「だが、『マシュマロン』の効果で１０００ダメージ！」

遊季都:LP 6800→5800

「メインフェイズ２に移ってダークファイヤーの効果発動、攻撃放棄の代わりに１０００ダメージを与えます」

雷武:LP 6600→5600

ダメージの応酬の末、僅かながら遊季都がリードで終える。
「さらにレベル４のダークファイヤーとハルベルトでオーバーレイ！！復讐の炎を翼に秘めて紅蓮の牙を敵に突き立てろ！エクシーズ召喚、ランク４！！『焔獄竜-リヴェンジ・ファントムソード』！！」
刺々しい翼、特徴的な下顎から伸びた剣のような赤く焼けた牙、その姿は『ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン』を連想させる。
「カードを１枚セットしてターンエンド」
「俺のターン、ドロー。メインフェイズ１開始時に『強欲で金満な壺』発動！ＥＸデッキから６枚除外して２枚ドロー！…カードを４枚セットしてターンエンド」
ロックバーンは嵌まれば強いが息を切らすと途端に脆くなる。どこまでロックカードとバーンカードをドロー出来るかが課題となるが果たして…。
「僕のターン、ドロー！僕は『焔獄竜-ボンバー』を召喚してボンバーの効果発動。ボンバー自身と『マシュマロン』を破壊します」
ボンバーが投げた爆弾で２体が吹っ飛ぶ。
「さらにボンバーが破壊されたことで１０００ダメージを与えます」

雷武:LP 5600→4600

「バトル！リヴェンジ・ファントムソードでダイレクトアタック！！」
「馬鹿め！罠カード『マジッk」
雷武はディスクに手を掛けて罠カード『魔法の筒』を発動しようとするが、ボタンが反応しない。
「ど、どうした？」
「オーバーレイユニットを持つリヴェンジ・ファントムソードが存在する限り相手は罠カードを発動できず、罠の効果も無効になります！」
「何っ！？」

焔獄竜-リヴェンジ・ファントムソード ATK 2500　直接攻撃

雷武:LP 4600→2100

強力な牙の一撃をモロに食らった雷武は大きくよろける。しかも罠カード封じとくれば、もはや雷武のデッキは片翼をもがれた鳥も同然、バーンはもちろんガードやロックも機能しまい。たった２ターンで相手のデッキの弱点を看破し、その解決策を即座に立てた遊季都の慧眼と手腕はさすがというべきだろう。だが、しかし前評判とは恐ろしいものである。
「この卑怯者！！」ﾌﾞｰﾌﾞｰ
「ここまでポンポン繋がるなんておかしいぞ！！」ﾌﾞｰﾌﾞｰ
「インチキしたに違いねぇ！！」ﾌﾞｰﾌﾞｰ
「オーダーカードなんか使いやがって！！」ﾌﾞｰﾌﾞｰ
敵の弱点を見抜き勝つための最善策を立てる、それのどこが卑怯というのか？それにデュエル甲子園ではオーダーカードの使用については何の規制もないしデュエルディスクが正常に認識している以上、不正なカードという訳でもない。観客からの野次は言い掛かりもいいところである。
「…僕はカードをさらに１枚セットしてターンエンドです」
「さーて、いつイカサマが露見するかな～？キヒヒ」
否応なく耳に入るノイズの中、遊季都は対峙する雷武の上後方に少し視線をずらす。ちょうど雷武の真後ろの観客席の最上段に商店街のオジサン達がいる。疲れたのか、それとも勝利を信じているのか、声は張り上げずにどっしりと座り込んでいる。
（僕は…必ず勝つ！）



一方の雷武は余裕ぶっているが内心は振り切れるくらいに動揺していた。このデュエル甲子園、全戦を裏工作で勝利を収めようとした雷武は真面目にデッキなんぞ組んでおらず、楽でなおかつある程度裏工作のための時間を稼げるという理由でロックバーンを適当に拵えただけなのだ。そんな生半可なデッキが遊季都の本気のデッキに対抗できる訳はない。一部の観客はポンポン繋ぎやがってと喚いていたが、むしろ今の遊季都の引きと展開は不調気味で、普段ならばとっくに勝ちの盤面を築き、瞬殺してる頃だろう。
（仕方ないなぁ）「俺のターン、ドロー…。はてさて、どうしたものかな～？」
雷武は考えるフリをしてデュエルディスクを一瞬傾けた。

ｽｯ

「とりあいず退場してもらおうか！魔法カード『ブラック・ホール』！！」
（えっ？どうして？）
遊季都が一瞬疑問を抱いたのも無理はない。ロックバーンは大急ぎでライフを削ることを最優先としている。モンスターなんて余程の支障をきたすものでない限り、ロックカードで止めて放置というのが一般的な考えであり、最初からそういうことを想定して入れるのは腐るリスクがある。ならば雷武はたまたま入れてたのか？否、実は一瞬デュエルディスクを傾け誰からも見えない隙に入れ替えたのだ。
「罠カード『焔獄の火柱』！これをリヴェンジ・ファントムソードに装備して破壊耐性を得ます！」
だがそこは遊季都。理に合わない行動でも咄嗟に対応する。火柱がバリアとなってリヴェンジ・ファントムソードを包み、破壊から守った。
「くっ…。『カードカー・Ｄ』を召喚。リリースして２枚ドロー、ターンエンド…」（くそっ。これじゃ…）
雷武がドローした２枚はリヴェンジ・ファントムソードの前では壁にすらならない罠カード。セットカードも全て罠カード。誰がどう見ても雷武はチェスで言うところのチェックメイトである。
（…ま、俺には最後の奥の手があるからな）
だが、まだ雷武は諦めてはいなかった。しかしそれはデュエリストとしての矜持やプライドとかとは程遠い、薄汚い思考のもとであるが。
「僕のターン、ドロー！」
（今だ！）「ふぅ、ちょっと汗を」
雷武は遊季都がドローしたのを見計らい、汗を拭うフリをしながら袖に仕込んだ小型の通信機に話しかける。
「おい、反則言い渡してこい」ﾋｿﾋｿ
これが雷武の最後の奥の手－それは８年前、雷武の兄・羅龍風が幼い遊季都に仕掛けた方法と同じ手口だ。
（お前は８年前の再現で地獄に落としてやる！）
希望を持って挑む遊季都を８年前と同じ絶望に陥れる、なかなかに酷な演出だが今回はそうはいかなかった。
（あ、あれ？どど、どうなってるんだ！？なんで誰も来ない！！？）「おい、応答しろ！誰か、早く！」ﾋｿﾋｿ
「このままバトルです！リヴェンジ・ファントムソードでダイレクトアタック！！赤熱のリヴェンジャー・エッジ！！」
何も知らない遊季都は勝利を確信し、攻撃宣言を行い、灼熱の復讐竜の牙が迫る。
「くそっ！くそっ！！くそぉぉぉっ！！！」




雷武:LP 2100→0







イカサマで楽に勝とうと適当に組んだデッキと、全力で戦いたいと本気の気持ちで組んだデッキ。遊季都の勝利は半ば当然であったとも言えるだろう。