EP2　悪魔との邂逅　作：ター坊

日曜日。遊季都は近所のカード屋に足を伸ばしていた。
「いらっしゃい。おや、遊季都君か」
「はい、おじいさん。来ちゃいました」
店の主人のおじいさんとは小町の家に住み始めた当時から面識がある。店は古い木造でデッキを調整するための長机と椅子が３セット、カードを収めたショーケースが２台、駄菓子の棚が１棹、レジ横にカードパックが数シリーズとこじんまりとしている。都心の綺麗で設備の整ったカードショップには見劣りするが、こういった古きよき懐かしい雰囲気もなかなか捨てたもんじゃない。
「まだ誰も来てないんですか？」
「今日は遊季都君が初客だよ…痛たた」
「大丈夫ですか！？」
「ああー。久々に腰をやってなぁ。今日は裏庭の伸びた草刈ろうと思ってたんだが…痛たたた…」
「じゃあ僕がやりますよ。いつもカードのお世話になってますし」
「そうか？すまんのぉ」


裏庭はデュエルスペースで、迫力あるソリットビジョンでのデュエルを楽しむ為の場である。狭いから一組が限界だが、草地の上でのデュエルはモンスター同士の戦いをまるで野戦を行っているように演出してくれる。
「結構生えてるなあ」
雑草はだいたい遊季都の足首と膝の中間くらいまで伸びている。遊季都はおじいさんから借りた鉈で草を刈っていく。
しばらくして８割程刈れてもうひと踏ん張りという時だった。草むらの中に薄い長方形のものが落ちていた。
「なんだろう…？ん？デュエルモンスターズのカード？」
それは見慣れたカードの裏面の模様だった。遊季都は誰かの落とし物だろうかと思いながらそれを拾い上げた。





【…触ったね？】

「えっ！？誰？」
声は若い女性だが、遊季都が辺りを見回してもそれらしい人はいない。
【うーん。出来れば頼れそうな長身イケメンお兄さんが良かったけど…まぁ可愛い弟系ショタも悪くないかも？にゅふふ♪】
「一体誰ですか！？」
【恐がってるの？その顔がまた可愛い♪】
「…まさか」
遊季都は半信半疑でカードに耳を傾ける。
【ご名答~♪アタシはここから話してるよ~】
そう。この謎の女性の声はカードから聞こえてくるのだ。
「う、うわぁぁぁ！！」
遊季都はカードを投げ捨ててカード屋の中に戻る。
「ん？遊季都くん、どうした？でっかい声を挙げて。蛇でも出たか？」
「あ、いえ！その…」
【逃がさないよ？】
「ひっ！うわぁぁ！！」
遊季都は走り出し、カード屋を出ていった。
「んん？なーにがあったんかのぉ？」



遊季都は走りに走って自宅まで帰ってきた。玄関に入ると鍵を掛け、ドタドタと自室に向かう。
「ﾊｧ,ﾊｧ…ここまで来れば！」
遊季都が自室の襖を開ける。






「はぁ~い♪」
机の上に誰か座っていた。
妖艶な笑みを浮かべる、ランジェリーのような格好をした若いグラマラスな女性。その人には大きな蝙蝠のような羽、赤い髪から伸びた角、そして細長い尻尾があった。それらはリアルな動きで揺らめき、作り物ではないということが一発で分かる。
「う…」
「ねぇえ？ちょっとはお話ししましょ？」
開けた襖はピシャッと閉じて二人っきりの密室となる。遊季都は襖を開けようと引っ張るが重い鉄の扉のようにビクともしない。
「な、なんで！？」
「そ・れ・は~、アタシが悪魔だから♪」
「あ、悪魔！？」
遊季都は理解が追い付かず、その場にへたり込む。
「恐がらなくていいよぉ~？だってぇ、君が御主人様だから♪」
「ご、御主人様！？」
悪魔は猫のようなモーションで遊季都に近付き、上目遣いで遊季都を覗く。
「そっ♪こーんなエッチな可愛いお姉さんの御主人様になれるなんて、男にとっては最高じゃなーい？」
悪魔は顔を徐々に近づけてくる。しかし遊季都の心は突然の悪魔という恐怖とは別の感情も巻き起こっていた。
「あわわっ！で、でもとっと、とりあいず格好をなんとかしてくれませんか！？」
「へっ？格好？」
悪魔のその扇情的な格好は遊季都にとって刺激的なようで、遊季都は恐怖心と羞恥心で混乱していたのだ。
「にゅふふ…。恐いのに恥ずかしがってるなんて変わった子♪」
「だだ、だって…！」
（そうだ）「…じゃあ着替えよっかなー」
「は、はい！お、お願いします！」
「…こっちを向いたまんまで、お着替え見たいのかなー？」
「あっ！ご、ごめんなさい！」
遊季都は目を瞑り後ろを向く。
（この子、からかい甲斐があって、とっても面白ーい♪）「出来たよー☆」
「は、はい…ノォォォッ！」
遊季都が振り返ると、確かに悪魔は着替えていた。しかしその格好はスリングショット、俗に言う紐にしか見えない水着であり、露出量は先程の比ではない。
「だ、だから！もっと普通の格好をしてください！」
「え~」
恐怖心より羞恥心が勝ってきたのか、遊季都はやや語調を強めてまた後ろを向く。
（むー。まぁ話進めたいしなー。からかうのは別の機会にしよ♪）「お待たせ☆」
「ん…うっ！ま、まぁ…それなら…なんとか…」
今度の悪魔の格好はピンクのタンクトップにホットパンツというラフなスタイルになっていた。谷間やおなか、脇･脚と露出は一般的に見てまだ多い方だが、遊季都もギリギリここで妥協しても良いと判断したようだ。
「で、どう？ちょっとは話を聞く気にはなった？」
「えっと…まぁ…」
遊季都が若干落ち着いてきた時である。
「遊季都ぉ？誰か友達連れて来たんかぁ？」
下から小町の声がした。
「へぇ。きみ、遊季都くんって言うんだぁ♪」
「ばっちゃん！そっか…この時間は昼寝してる頃だっけ…。騒ぎで起きちゃったのか…」
しばらくすると小町が階段を上ってくる足音がする。
「ど、どうしよう！あっ！お願いします！ばっちゃんには何もしないで！」
「…そうだなー。じゃあちょっと静かにしててね」
悪魔が遊季都の唇に指を押し当てると
「え…！…？…！？」
遊季都が声を出してもその声が空間に響くことはなかった。サイレンス映画のように口がパクパクするだけだ。
（どうなってるんだ…？声が出ない！？）ﾊﾟｸﾊﾟｸ
「遊季都ぉ。ジュースと菓子持ってきたよ。友達とたーんとお食べ」
（ばっちゃん！ばっちゃん！相手は悪魔だ！逃げて！！）
遊季都の声にならない叫びも虚しく、先程までビクともしなかった筈の襖は簡単に開いた。
「…おんや？お前さんは？」
「あら、お婆様。覚えてません？ほら、この間電話したアタシですよ」
「おおー。そうじゃったそうじゃった」
（ば、ばっちゃん！？何を言ってるの！？）ﾊﾟｸﾊﾟｸ
悪魔は襖が開く寸前、羽と角と尻尾を消し、なに食わぬ顔で小町とやり取りする。小町も小町で知らない女が孫の部屋にいるという異常事態に何の不思議も抱かず、むしろ自然に悪魔と会話する。
「…っていうわけで、こちらの方で当分お世話になりますので、よろしくお願いしまーす♪って遊季都くんにも言ってたところなんですよ~」
「ええ、ええ。好きなだけいなされ。遊季都。ちゃんと面倒見るんだよ。ほれ。ジュースと菓子じゃ」
「ありがとうございまーす」
小町はにっこりして部屋を後にする。
「… … ぷはぁっ！ど、どうしてばっちゃんは…」
「瞬間的な暗示よ。アタシって言う存在が最初から存在する、不自然ではない存在として認識させたのよ。ちなみに設定は留学で当分の間居候する美人の親戚大学生♪」
悪魔は得意気に話す。
「と、ところでぼ、僕をどうする気ですか！？」
「もう、恐がらなくていいって言ってるのに。…何度も言うけど、もう御主人様なんだからアタシの事、好きにしていんだよ？」
悪魔が遊季都の手を取り、それを自らの胸に押し当てる。
「へうあっ！―」ｶﾞｸｯ
「にゅふふ…って気絶しちゃったの！？もう…。からかっておっ ぱい触らせただけで気絶なんて…ウブでホントに可愛い♪」



遊季都が目を覚ますのはそれほど時間が掛からなかった。
「…なんだ。夢か…」
「いるよ~♪」
目を覚まして最初に遊季都の視界に飛び込んできたのは悪魔の顔だった。
「ぼ、僕に何をしたの！？」
「なーんにも。だって反応なくてつまんないから睡姦の趣味もないし」
悪魔は笑いながら答える。
「で、どう？少しは慣れてお話しする気になった？」
「うっ、うーん…。その…殺す気がないなら…」
「もう！そんな事しないってば！むしろ協力して欲しいの」
「協力？」
「そっ。まぁその為にはある程度こっちの事も話さなきゃね」
そう言って悪魔は自分の状況について語り始めた。
なんでも悪魔の住む世界一魔界が天界の天使達に攻め込まれてほぼ壊滅。悪魔自身の同僚である幹部は666体いたが、そちらも天使にほぼ討たれ、生き残った何体かのみが人間界に逃げ延びたらしい。そして悪魔達は人間を糧に力と兵力をつけて勢力の立て直しを計るという。
協力して欲しいというのはその立て直しの間、隠れ蓑になってくれという事だ。
「い、嫌だよ！そんな…人間を犠牲にするなんて…」
「大丈夫だって♪糧にするっていっても殺してムシャムシャ食べる訳じゃなくて、寿命とか精神をちょっーと吸うだけだから。いきなり死にはしないって♪」
「…もし断ったら？」
「…それは…」
先程までのハイテンションな語りが嘘のように悪魔の表情は急に曇る。
「捨てられたら、それまでかな」
「え？」
「君がアタシを捨てたら、またさっきみたく誰かを待つだけよ。ただ…誰も拾ってくれないと」
「拾ってくれないと？」
「多分アタシ…消えちゃうの……」
悪魔の切ない顔つきに、遊季都は何となく本当に切実な願いなのだと察した。
「ねぇ…助けると思ってさ？」
しおらしく潤んだ瞳。人間を糧にする悪魔なのに姿形は人間の少女と大差ない分、遊季都はホントに断るか躊躇ってしまう。
「…に、人間を糧にするのはダメ…だけど…。その…一緒にいるくらいなら…別に…」
「ホント？遊季都くん、やっさしー♪」
悪魔は嬉しさのあまり遊季都に抱きつく。
「のぉっ！―」ｶﾞｸｯ
「ありゃ？また気絶しちゃった…」