EP43　中村一派始末　作：ター坊

「これで最後ですわ」
「もう、マジ無理ぃぃ！！」

六錐高校女子生徒:LP 1100→0

「トドメだぁ！！」
「嘘だろぉぉ！！？」

六錐高校男子生徒:LP 7000→0

遊季都の後を追うように梓・盛雄も勝利し、終わってみれば３-０の圧勝であった。されど会場の怒号は止まない。
「ふざけんなぁぁっ！！」ﾌﾞｰﾌﾞｰ
「ビデオ判定だ！ビデオ判定しろ！！」ﾌﾞｰﾌﾞｰ
「羅龍風様の弟さんが負ける訳ないわ！！」ﾌﾞｰﾌﾞｰ
「なんかのイカサマだぁ！」ﾌﾞｰﾌﾞｰ
「それともチャンピオンの威光か！？」ﾌﾞｰﾌﾞｰ
雑誌の偽記事を鵜呑みにしている者や羅龍風のファン等、全方位から野次とゴミが飛び交う。
「皆様、静粛に！静粛に！！ただいまリプレイを」
実況席が観客を宥めようとするもなかなか収まらない。

ｳﾞｩﾝ
「あっ、モニターが映ったぞ！」
会場の巨大モニターは結果表示の他にもリプレイや連絡事項が流れることもある。しかし、今回はそのどれでもなかった。



《よっ。兄貴》
《おう、来たか雷武》

何かの隠し撮りだろうか。誰かの視点のようなカメラワークで羅龍風と雷武が女と共に談笑するシーンが映し出される。それが流れた瞬間、雷武は硬直し、電撃で痙攣したようにガタガタと震えだす。
「やめろ…。やめろ、やめろ！やめろっ！！」
雷武の制止を無視して映像は垂れ流される。

《それにしても８年前のあのガキがまた現れるとは思わなかったな》
《赤崎？》
《ああ。プロの俺様に恥かかせようとしやがって。まぁ一応親父に頼んで買収しといた審判仕込んどいて良かったぜ。反則言い渡された時の鳩が豆鉄砲食ったみたいな顔、今思い出してもウケるわw》
《そん時はどうやって反則負けにさせたの？》
《簡単さ。ただ買収した審判にカードを持たせて隠し持ってたって言わせれば良いんだよ》
《へぇ簡単だな。俺もやろっかな》

滑稽だったとして語る８年前の真実。この様子はテレビを通して日本中に伝わっている。
「あれが羅龍風様ぁ？下品で幻滅したんだけど…」
「て～ことは、あの赤崎は８年前やったのはズルじゃなくて嵌められたってことか？」
「マジかよ…。羅龍風プロ最低じゃん」
映像を見せられてる観客も動揺を隠せず、怒号とは異なる騒がしさに会場は包まれる。

《あっはっはっ！ざまぁみろってんだ風峰の馬鹿野郎！俺様をコケにした罰を受けろ！俺様より女にモテて生意気なんだよ、ぶわぁぁーっか！！》
《俺が撮った赤崎と竜馬高校の写真、効果テキメンだったね！それにしても馬鹿だよ。あの写真『チームチャレンジャーＺの脅迫現場』ってでっち上げたのにホイホイ信じて載せちゃうんだもん！》
《ああ。雷武、お前はよくやってくれた。昔のガキを完全に潰してあの一件を隠蔽できる上に、風峰にも一泡吹かせられる。一石二鳥ってやつだぜ》
《ああ！ねえ兄貴。またあれ頼むよ》
《ああ良いぜ。また同じ手か？》
《うーん。あいつら金は効きそうにないし、襲撃と…事故で良いんじゃないかな？》

その後も続く衝撃の事実。チャレンジャーＺ八百長・脅迫の捏造、勝上・天花高校の選手やその家族への嫌がらせ、遊季都達への妨害計画…などなど聞くに堪えない醜悪ぶりである。
「お前…こんな事を…」
「ア、アタシ達、これじゃ、は、犯罪者じゃない…。ア、アタシ知らないからね！」
「ち、ちち、違うんだ！」
雷武は弁明しようにもあまりの極悪非道ぶりに仲間である筈の六錐高校のチームメイトも軽蔑の眼差しを突き刺す。映像は隠し撮りから先程のデュエルのリプレイに移る。

《俺のターン、ドロー…。はてさて、どうしたものかな～？》ｽｯ

カードのすり替えや、

《おい、反則言い渡してこい》ﾋｿﾋｿ

集音マイクで拾った審判への指示など、先程の醜態に恥を上塗りするように明かされるイカサマ。
「おいおいマジかよ…」
「イカサマして負けるとか雑魚じゃんw」
「ク ソだな。なんでこの甲子園に出れるんだか」
会場内、いや、テレビを通した以上、もはや雷武を擁護する者は少なくとも日本にはいまい。雷武は社会的に死んだも同然である。
「違うんだ、違うんだっ！！違うんだぁぁぁっ！！！うっ、うわぁぁぁんっ！！！」
何か切れたのか、雷武は聞き分けのない小さい子どものように手足をばたつかせながら泣きわめき、会場のスタッフに引き摺り降ろされていった。









その様子をテレビ越しで見ていた羅龍風も顔面を蒼白させ、持ってたワイングラスを落としてしまう。
「ど、どうなってんだよ…」
頭の中で処理が追いつかない。

ｺﾝｺﾝ

「だ、誰だっ！？」
たかがドアのノック如きで半狂乱な声をあげる羅龍風。ドアを開けてやって来たのは…
「直接会うのはあの公式試合以来だな。中村」
「なっ！お前は…なんで…」
委員会に拘留されている筈の遊路だった。
「ど、どうやって…」
「テレビで見たろ？あの映像を証拠として見せたらすぐに釈放してくれたよ」
「あ、あんなの…まさか！？」
「そう言うことだ。取り抑えろ」
「イェッサー！」
遊路が指示を出すと取り巻きの女性の１人が羅龍風を蹴り倒して腕を固めて抑え込んだ。
「いだだだだっ！！」
「出張ホステスで来た綺麗なお姉さんだと思ったか？残念。ウチの事務所の警備部でした」
遊路は羅龍風を嘲る。そう、会場で流されたあの映像は彼女達－ホステスに偽装したＳＰ隊が身に付けていたイヤリングやヘアアクセサリーに取り付けた小型カメラで撮影されたものなのだ。
「て、てめぇ…うぐっ！！」
「遊季都の話を聞いて俺もお前の過去や身辺を調べたさ。八百長や裏賭博などに関与した疑いで前々からマークしていた元ＷＤＯ幹部の中村戌之助(なかむら いぬのすけ)－まさかコイツがお前の父親だとはな。だが、どうしてヤ クザを動かしたり大規模な事が出来たのか、合点がいった」
「く、く そっ！！がっ！」
羅龍風は顔を起こして遊路を睨もうとするが床に顔を押し付けられる。遊路は這いつくばる羅龍風に言葉を浴びせる。
「お前は許されない事をした。俺達プロデュエリストはデュエルモンスターズが大好きな子どもや若者達にデュエルモンスターズを通して希望や夢を魅せるのが仕事だ。だが８年前、お前は遊季都の未来の希望を奪った！そしてこのデュエル甲子園で色んな事を背負って戦う高校生たちの想いをくだらない立身出世のために踏み潰した！」
「青いんだよ！ガキ共の人生なんかより俺様の立場だ！アンタにも分かるだろ！？」
「そんな子どもの人生を潰さないと成り立たない人生ってなんだ！？お前は遊季都の…デュエル甲子園のデュエリスト達の人生や夢を潰して何を成した！？」
「っ！！」
遊路の怒声。この迫力には羅龍風はもちろん、普段の穏やかな姿の遊路しか知らないＳＰ隊も気圧される。
「…とにかくお前は裁かれるべき存在だ」
平静を取り戻したのか、遊路の声のトーンが普通になる。
「へっ。このまま委員会に突き出すか？」
「…いや」
「…！」
遊路の顔を見た羅龍風は身も心も凍りついた。
「お前がこれから行くのは委員会でも裁判所でも刑務所でも、あの世でもないさ…」
まるで人を殺 す直前の眼光。脅しではない、このまま刃物か何か振り下ろされて殺される、死の恐怖が悪寒となって肌をじっとり伝う－そんな氷の眼差しで遊路は羅龍風を見下していた。
「ま、待ってくれ！か、金をやる！だからみ、見逃してくれ…」
「金ならお前の何倍も稼いでるからいらない」
「じ、じゃあ…お、女はどうだ！？俺様の女全部やるから！」
「可愛い嫁が２人いて、結婚を約束した人も３人いる…。だからいらない」
「そ、そうだ！俺と組もう！！親父の権力とお前の権力があれば…」
「もうＷＤＯが中村戌之助の身柄を確保した。お前は何の後ろ楯もない、うるさいだけのチャラ男だ」
「うっ…うう…」
「言いたいことは終わったな。…連れていけ」
「…了解」ﾎﾞｶｯ
「がっ…」ﾄﾞｻｯ
後頭部を強打され、羅龍風は気を失った。










一方デュエル甲子園は、下衆の極みとも言える羅龍風・雷武ら中村兄弟の悪行への憤り、真実の呑み込み、チャレンジャーＺを卑怯者と罵った自分達の無知に対する罪悪感など、混濁とした感情を抱き処理しきれない観客でどよめきが続いていた。

試合が終わった遊季都達は控え室に待機しているとドアのノック音が響く。
「はい」
「お届け物です」
梓が応対するが、ドアを開ける前に作業員が入ってきて台車に乗った巨大なダンボール箱の荷物が届く。
「オイラ達に、何かなぁ」
「…オーナー着きました」
台車を押していた作業員はそう呟くとダンボール箱がガサッと動いた。
「…ふぅ。やっぱ暑いもんだな」
「か、風峰プロ！？」
ダンボール箱から出てきた遊路はぼやきながらノソノソ出てくる。
「ど、どうしてダンボールから…」
「外はマスコミだらけだからな。すんなり入るにはこれしかないと思ってルナに頼んだんだ。ここまでお疲れ様」
「いえ」
作業員は帽子を取って纏めていた髪をほどくと元のルナテシアに戻る。
「それよりどうだった？デュエルは」
「はい、勝ちました…」
「そうか。…遊季都、すまなかったな」
「え？」
遊路の意外な謝罪に遊季都は戸惑う。
「どうして風峰プロが謝るんですか？」
「今回の事件は遊季都の過去の不正審判以外にも繋がりがあってな。結果としてはデュエルモンスターズ業界の八百長・裏賭博の黒幕、中村戌之助、羅龍風の父親を逮捕するに至った」
「えっ…しかしそれは喜ばしい事なのではありませんの？」
「うん。オイラもそう思うぞ」
「ああ。結果としてはな。ただ自分で思いついておいてなんだか過程が気にくわなくてな」
「過程…？」
「調べを進める内に俺は中村一派が８年前の不正審判からボロが出ないように遊季都を潰しにかかると考えあいつらが尻尾を出すことに期待したんだ。…悪く言えば遊季都の辛い過去を餌に今回の手柄を釣り上げた、という訳だ。俺も他人の不幸を利用する汚い大人になってしまったものだ…」
いつも自信に満ちている遊路が珍しく弱気で、己の行いを自虐的に笑う。
「…いいえ。僕はそう思いません」
遊路の吐露を遊季都が遮る。
「…昔の事をああやって伝えてくれて、とても嬉しかったです。それに…この事件が解決したことでデュエルモンスターズは不正とかがない、もっと明るいものになるんですよね？」
「ああ。俺達がそうしてやる」
「なら、僕はそれで良いです…。あの苦い過去が、形がどうあれ大好きなデュエルモンスターズのために役立ったなら…」
「…そう言ってくれると助かる」
遊路の心に遊季都の優しさは雲間に差す一筋の光のように染み渡っていった。











遊季都の疑いが晴れてから数日後。遊路は自宅のソファーで寛いでいた。
「遊路様～。遊路様宛にＷＤＯから連絡が届いています」
遊月が１通の封筒を持ってきて、遊路はそれを開けて中の文書に目を通す。
「…うーん、これか」
遊路の反応は薄く、少なくとも吉報という訳ではないようだ。
「遊路、どうしたの？」
「どういう内容ですか？」
「…これだ」
美羽と遊月が寄ってきて文書を見る。

『
ＷＤＯ日本支部は協議・検討の結果、ＷＤＯ条約第７条に反するものとし、風峰遊路氏に通達の翌月から６ヶ月間の特別顧問停職処分を申し渡す。

ＷＤＯ日本支部 支部長 荒城真由美

』

デュエルモンスターズの八百長・裏賭博の黒幕の逮捕に貢献した遊路であったが、解決方法が第７条に掲げる公平かつ中立的な立場を欠くものとしてこのような処遇になったのである。
「すまん」
「フフ…ならもう少し申し訳なさそうな顔をしてください」
「あ、バレた？」
「もう、遊路ったら。何年の付き合いだと思ってるの？」
だが風峰家は悲壮感も修羅場もなく、逆に笑って和気藹々としている。
「遊路様の行いは正しいものと信じてましたから。その結果に私達は何の文句も言いません」
「そうそう。それに真由美さんの事だし、むしろ率先してやってくれてありがとうって事じゃないの？」
「そうかもな」
今回の事件は悪がハッキリしているものの、日本は規律や社会的関係を重んじる国である。明らかな悪だと分かっていても公平だの中立だのを律儀に守ったり、上や周囲の圧力のせいでなかなか踏み込んだ調査や証拠掴みが出来なかったのだ。しかし遊路は法や対外関係に縛られず、やや強引な方法ながらも事件を解決した。表面上は社会の秩序のための罰則としつつも早期解決の恩情としての休暇、という見方も出来なくもない。
「元々特別顧問も週２･３のバイト感覚でやってたしな。蓄えも充分あるし、半年くらいならどうってことないだろ」
「はい」
「それでどうするの？」
「そうだな…停職になるつもりで散々職権乱用したし家族サービスかな。大和や雛里を遊園地に連れて行ってやりたいし、みんなとのデートや工ッチの日程も考え直さないと…」
遊路はデュエル甲子園終了後のハッピースケジュールに思考を巡らせるのであった。