EP45　ここで生きていく　作：ター坊

夜－
ラズベリーは遊季都の自宅の自分に宛がわれた部屋にて冴えない表情でゴロゴロと横になっていた。
「…」
ラズベリーは布団の上で大の字になると憂いた目で天井を見つめる。
当初、ラズベリーは人間界で態勢を立て直して魔界を蹂躙した天使達への報復を目指していた。人間なんてその目的を達成するまでの隠れ蓑兼踏み台兼暇潰しの玩具としか考えていなかった。
しかしあの時のカマボコの言葉で気付き、心が揺らぐ。
遊季都と共に過ごした時間は輝かしく、捨てがたい大切な日々となっていた。確かに人間は欲望にまみれ醜く脆弱な存在だが、一方で遊季都達のような守るに値する愛しい人間も存在すると認識し、それと共に生きたいとも考えるようになっていたのだ。
もし報復で天使と全面戦争となればこの穏やかな日常に別れを告げなければならないかも知れない、かと言って復讐を捨ててその安寧に甘んじるという生き方もしたくない。
そんな風に悪魔としての本懐と個人としての願望がラズベリーの心の中でせめぎ合っていた。
【ラズベリー、起きてる？】
【ん？遊季都くんから珍しいね】
【あのカマボコっていう悪魔に会ってから様子が変だなぁって思ったから】
テレパシーで語りかける遊季都の配慮にラズベリーは内心、自分の未熟さを鼻で笑った。
【そう…。意外と動揺してるんだな～。…ねぇ遊季都くん。アタシさ、天使に復讐するのとアイツみたいにここでずっと過ごすの、どっちが良いのかな？】
ラズベリーはいつものおどけた口調だが、質問の字面から遊季都は適当にあしらわずに答えを捻り出す。
【…僕は両方で良いんじゃないかって思う】
【両方？】
【うん】
【欲張りだな～。遊季都くんがそんな事言うなんて意外】
【そうかな。むしろラズベリーが欲張ってどっちも、って選ばない方が意外かな】
【なにそれ、ひど～い。…でも、ありがと。おやすみ、遊季都くん】
【うん、おやすみ】
遊季都との楽しい問答を終え、ラズベリーは安堵を覚えながら眠りについた。





翌日になり、赤崎家に嵐が訪れた。
「遊季都や。お前がちゃんと決めるんだよ」
「おら、ババアは下がってろ」
強面の男は小町を邪魔者かのように追い払う。そんな男と遊季都は向かい合って座っている。
「…久しぶりです。お父さん」
そう、この横柄な男こそ遊季都の父親なのだ。遊季都にとって、顔を見ることはおろか声を聞くことですら家を追い出されてから８年ぶりのことである。
「…」
「…」
直接会うことは勿論、手紙も電話もしなかった父親が何故急に会いに来たのか。なんと言葉を続ければ良いか戸惑う遊季都を父親は威圧的に睨みつける。
「おい」
「はい…」
「お前、アレはどういう事だ？」
「アレは…」
遊季都は父親へ、雷武とのデュエルで起こった事、自分の過去の真相を話した。
「だから、僕は…」
「そんな事はどうでも良い」
「え」
真相がどうでも良いのかと、遊季都は一瞬自分の耳を疑ったが父親は残酷な言葉を繋げる。
「つまり風峰プロの協力でお前はアレをやってのけたという事だろ」
「は、はい…。そういう事になるかと…」
「あの風峰プロとのコネクションを作ったのは良くやった。これでお前の父親だと言えば、俺も世界チャンピオンの名前の元で有名になれる」
父親は昔やった仕打ちの謝罪でも懺悔でもなく、己の立身出世の道が繋がった、と嬉々と語る。
「お父さん、何を言って…」
遊季都は父親の眼を見て愕然とした。


他者を踏みにじって登り詰めようとした御門 アリス－

理解できない欲望を達成するために危険な能力を行使した阿部山 高弘－

様々な卑劣な手を尽くし選手の想いを壊していった中村 雷武－


欲に眩んだ業深き人間の眼。遊季都の父親の眼はそんな穢れた色をしていた。
「お父さん…」
「お前には家に戻ってもらうぞ。来い！」
「ど、どうして…！」
「決まってるだろ！風峰プロに認められたデュエリストの父親！それが不仲となっちゃ、世間に格好がつかんだろ」
「そんな…嫌だ…」
もし、父が昔の勘当を謝ってくれたら、長年住んだ小町と離れるのは悲しいものの、この家を出て元の家族に戻るべきだろうと遊季都は考えていた。けれど、その父親は下劣な欲望を果たさんとするケダモノと化し、遊季都の生活を奪おうとする。乱暴に腕を引く父親に遊季都は抵抗するが、その力強さに肩の骨から抜けそうになる。
「痛っ！」
「子供なんざ所詮は親の道具よ！！育ててもらった親に報いるために役立つ！！それが子の恩返しだ！子の存在意義なんだよ！！嬉しいよなぁ！？昔の面汚しの汚名返上が出来るぞぉ！！」
父親の力が一層強くなる。






「こんの、ドラ息子がぁ！！」
障子がバンと開き、乱入したのは小町だった。
「この！この！！」
「ば、ばっちゃん…」
小町は持ってきた竹箒を父親にバシバシ叩きつけながら怒鳴る。そんな血気盛んな小町を初めて見る遊季都はただ呆然とするしかなかった。
「なんだババア！」
「このバカたれ！遊季都に謝りもせんで言うに事欠いてなんじゃ！！この子はお前の道具なんかじゃない！！出てけ！」
「黙れババア！コイツは８年前、赤崎家に泥を塗ったんだぞ！その罪滅ぼしで家に戻してやると言ってるんだ！何が悪い！！」
「そっちこそ黙らんか！子は自分で幸せに生きるために産まれてくるんじゃ！！お前なんぞの勝手に付き合わせる為じゃない！！」
「うるせぇ！！」
そんな応酬がしばらく続いたが、竹箒を振るいながら怒号を放つ小町も歳には勝てずバテてきた。
「ハァ…ハァ…」
「いい加減にしろクソババア！！」
「ああ…！」
父親は小町を突き飛ばした。まるで風に吹き飛ばされる枯れ葉のように小町は倒れ、うめき声を挙げるくらいしかできない。
「ぶっ殺してやる…」
父親が部屋に飾ってある壺を手に取り、ノシノシと歩み寄る。
「や、…やめて！」
「ん？」
殺気に満ちた眼光の父親の前に遊季都は両腕を広げて立ちはだかる。
「ぼ、僕、家に戻るよ。だから、ばっちゃんには何もしないで、お願い…！」
涙を浮かべながらも勇気を振り絞った一言。自分への誹謗中傷は我慢できるが、自分の親しい間柄の人が傷つくのは耐えられない。赤崎遊季都というのはそういう性分なのである。しかし、ここまで苛烈な父親がそんな息子の嘆願を素直に受け入れる訳がなかった。
「こんの、生意気な態度を取りおって！まずお前を躾てやる！」
父親が壺を遊季都に向けて振り下ろそうとしたその瞬間だった。
「人間同士のイザコザ、介入すべきではないと思ったが…」
「な、誰だお前…。どこから」
突如虚空から現れた男に腕をがっちり掴まれて父親は動揺する。足掻こうにも掴まれた腕は当然として何故か足などの関係ない部位も石のように固定されて動かない。
「遊季都くんとおばあ様に危害を加えるんじゃ、しょうがないよね～」
「小町、眠らせた。わたし達のターン」
「ポップロック、ラズベリー、チャーハン…」
「一応腐っても遊季都くんの親だし？殺しはしないけどさ。…覚悟しなよ？」
「な、なんだ人に翼が生えるわけ…え、鋏？ど、どうなって…






うわ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ っ！！！！！」












すっかり日が傾き景色がオレンジ色に染まる頃。
「ん…はっ！バカ息子は！！」
「おばあ様。おはようございます」
「あら、ラズベリーちゃん…。どうして…」
「遊季都くんのパパさんならみんなで追い返しましたよ」
「へ？」
小町はあの男がおとなしく帰るのかと思ったが、現にいない以上、ラズベリー達の言う通りなのだろうと納得せざる得なかった。
「みんなでこらしめた」
「そうかい。ありがとねぇ」
小町はどや顔のチャーハンの頭を撫でてあげる。
「小町」
「どうしたんだい？」
「おなかすいた」
「ああ…そうだねぇ。じゃあお夕飯作ろうかね」
嵐が過ぎ去り、遊季都たちの家はいつもの風景に戻った。遊季都も小町も、ラズベリーたち悪魔も大好きなここで、これからも生きていくだろう。











おまけサービスシーン

『たまにはこんなの書かせてくれ③』のほんの数行で済ませた梓のシャワーシーンを、ご要望に応えて長尺で書いてみました。




朝の日差しと澄んだ空気で目覚めた梓はパジャマのボタンを外していく。はだけるパジャマから白い柔肌と共に、実家から持ち出したのだろう高級な刺繍が施されたエメラルドグリーンの下着が覗く。ブラの寄せ上げでしっかりと引かれた谷間のラインが梓の豊満な女性らしさを物語っており、右側の鼠径部にはバジルと契約した際にできた、握手の形をした悪魔の紋章が刻まれている。梓が服も下着も脱ぐと浴室に入る。
魅河荘の浴室はタイル張りで足を踏み込むと少しひんやりする。梓はシャワーのハンドルを回すが、
「ひゃん！」
冷たい飛沫に思わず声を挙げてしまう。
「つい忘れてしまいますわ…」
実家の広い風呂では常に湯気が立つ温かい湯が絶え間なく出ていたが、アパートではしばらく出さないと適温の水が出てこない仕組みなのである。
「もう…。早く慣れないといけませんのに…」
自分のうっかり加減に頬を膨らせながらも水を出して適温まで待つ。手で触って適温と判断した梓はシャワーを上方に固定して全身に浴びる。流水は白く磨かれた滑らかな岩肌を走る清流の如く、か細い首筋、豊かに隆起する胸、くびれを演出する腹や腰、大きすぎない程よい尻、ほっそりとした脚、と伝っていき排水溝へと落ちていく。
体を一通り濡らした梓は手にシャンプー・リンスを１･２回プッシュしてクシュクシュと金髪に付けて泡立たせる。１分くらい泡立たせると風呂桶に溜めた水でシャンプー・リンスの泡を落とし、スポンジにボディーソープを付けて泡立たせる。
使っているシャンプー・リンス、ボディーソープ、風呂用具は実家で使っていた海外品や高級品とは違い、一般的なスーパーや１００円均一の店で揃えた安物ばかりだが何とか買ったもの、かつての令嬢の矜持として清潔さを欠く自分を許せない梓が初めて貰ったバイト代を食費や他の雑貨よりも優先して揃えたものなのだ。
そんな安物でも泡立てれば立派に汚れを落とせる。泡立ったスポンジで優しく肌を撫でるように下から洗っていく。足先、脚、太股、尻、腰、腹と泡まみれにすると上へと移り、指、手、腕、肩、首、胸、脇、脇腹、背中と同じく泡まみれにする。一通り泡で覆うと立ち上がり、シャワーを出して一斉に洗い落とす。
「ふぅ…」
湯で薄く紅潮した体で浴室を出るとバスタオルで体を巻き、ハンドタオルで髪をポンポンと叩き水気を切る。
これで梓の朝の日課は終わり、服を着て次の段階に進むのだ。