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第九話・4 作:KOUBOU(旧名:光芒)
遊希とエヴァのデュエルから数時間後。ニューヨークにある高級ホテルに宿泊していた遊希はすっかりリラックスした様子のラフな部屋着に着替えると、自分の部屋を出ては無人の廊下を歩いていた。
「えーと……」
遊希はスマートフォンを見ながら目当ての部屋番号を探し当てると、ドアを小さくノックした。中からは「どうぞ」という声が聞こえたので、遊希はその部屋のドアを開ける。部屋の中ではイスに腰かけながらエヴァが紅茶を口にしているところだった。
「お待たせ」
「……来たか」
紅茶が入っているカップとソーサーをテーブルに置いてエヴァが立ち上がる。遊希同様デュエルの時とは異なるラフな部屋着を着た彼女は遊希をじっと見つめる。そして―――
「さっきは失礼な言葉遣いをして申し訳ありませんデシタ!!」
「いきなり何??」
まるで土下座でもしようか、とばかりエヴァはその場に座り込んで頭を下げた。当然遊希は親友のその行動に困惑を隠せなかった。
「確かに、今の私はキャラ付けとして尊大な言葉遣いをしていますガ……だからと言って遊希サンにあんなことを言うのは辛いデス……」
「でもファンからはそんなエヴァのことが好きって言われてるんでしょう? クールで無口な私と快活でマイクパフォーマンスが売りのエヴァ。二人の若手デュエリストの対比がプロデュエリスト界を盛り上げるのよ。だから……」
遊希はそんなエヴァの手を取ると、彼女を優しく抱きしめた。ロシア連邦の元貴族の家に生まれ育ったエヴァはその容姿から冷たい印象を受けるが、本人の性質は決まって礼儀正しく、片言の日本語で誰からも愛され、またエヴァも誰に対しても優しかった。
また遊希に至っては同い年でありながらも自分がプロデュエリストを志した憧れの存在であり、アカデミアで一緒だった時も遊希と戦って勝つことはあっても、決して自分が遊希より上だとは微塵も思っていなかったのだ。
「私に罪悪感を抱く必要はないわ。だからエヴァはさっきのデュエルのように全力で私に向かってきて。全部受け止めるし、なんなら跳ね返してあげるから」
「遊希サン……ふぇぇぇん」
幼い子供のように涙を流すエヴァを宥めること20分ほどして、落ち着いたエヴァと遊希はテーブルを挟んで対峙した。小さく息を吐くと、二人はテーブルの上に持参したデッキを置き、上からカード5枚をドローする。
「さて、感想戦と行きましょうか」
「了解、デス!」
プロデュエリストともなるとデュエルの度に世界中を飛び回わる。そのため遊希とエヴァがこうしてオフで会える機会は決して多くはない。そんな貴重な時間を得ることができた時、遊希とエヴァは自身のデュエルのアーカイブを見直してはこうして自身のプレイングを振り返るようにしている。
もちろん一人であれば同じことをやっているデュエリストも多いが、親友同士の彼女たちは互いに思ったことを言える間柄でもあるからこそ、複数の視点、複数のデュエル観を持って振り返ることができるのだ。
「……うーん、あの時のエヴァの手札はほぼ完璧ね。私が《原始生命態ニビル》を初手に引いてでもいない限り止めようがなかったわね」
「確かに、私は遊希サンの無限泡影にチェーンして制限カードである抹殺の指名者を使っていまシタ。そのため遊希サンが手札にニビルを引いていたら私のモンスターたちはみんなリリースされてしましたネ。こればかりは運が良かったデス」
現代のデュエルモンスターズにおいて五種の神器とも言えるカード。それが増殖するG、灰流うらら、墓穴の指名者、抹殺の指名者、無限泡影の5種類のカードである。どのようなデッキを使うにしても、デュエリストたちはデッキを構築する際には必ずこれらのカードの存在を意識する。それが使う側であっても使われる側であっても。
「正直先攻の時は相手が増殖するGや灰流うらら、無限泡影を持っていないことを願うばかりよ。お祈りしながらデュエルをするのは心臓に悪いったらないわ」
「私もデス。それに最近は数を減らしましたが【ビーステッド】も厄介極まりないデス」
ビーステッドはドラゴン族のテーマで、自分か相手の墓地の光・闇属性モンスター1体を除外することで特殊召喚が可能なモンスターが存在する。その特殊召喚が自分のターンのみの特殊召喚ということであれば所謂【カオス】モンスターと大差ないのだが、一部のビーステッドは相手フィールドにモンスターが存在することで相手ターンでも特殊召喚が可能なモンスターも存在する。
そのため登場当初は多くの光属性・闇属性を主軸とするデッキは苦戦を強いられた。最も暴れすぎたこともあってか主軸カードである《深淵の獣マグナムート》や《深淵の獣ルベリオン》は制限カードに指定されているのだが。
「そう考えると【烙印】に【スプライト】、【ティアラメンツ】に【クシャトリラ】とよくもまあ強いデッキを相手に生き延びてるわね私たち」
「今のトレンドは【炎王スネークアイ】ですネ。1枚から動き出す《スネークアイ・エクセル》の効果を止める、というわかりやすい弱点はありますガ……それでも厄介な相手であることには変わりまセン」
「属性や種族で噛み合っている【炎王】とのシナジーも大きいわね。私たちもプロとして常にアップデートしていかないと」
「でも、勝てるでしょうカ……」
「百戦百勝ということは勝負の世界に身を置いている者としてはありえないことだから、一つの勝ち負けに一喜一憂しないことね。お互いに」
そう言って微笑み合う遊希とエヴァ。時計の短針は10を指していた。二人のデュエル談義は一度始まれば中々終わらず、気付けば2~3時間ほど経っていることも多い。
「もうこんな時間デスカ。そろそろお開きにしまショウ」
「そうね、そろそろ私も部屋に……」
「……遊希サン」
カードを片付け、席を立とうとした遊希の袖をつかむエヴァ。上目遣いで遊希の顔を見るエヴァの気持ちを遊希は言葉がなくとも理解する。
「しょうがないわね。朝までいてあげる」
その言葉を聞いたぱぁとエヴァの顔が明るくなる。やはりこうして出会える機会の少ない二人である。なるべくであれば一分でも長い時間を共に過ごしたいのだ。まるで学生時代のように寝食を共にするくらいの時間を。
「ありがとうございマス。あ、後もう一つだけ相談が……」
「相談? デュエルのことだったら乗るわよ。それともジェームズ君のこと?」
エヴァには将来結婚を誓った相手として英国最大手のIT企業の御曹司、ジェームズ・アースランドというフィアンセがいる。一時期はある事情によるすれ違いによって離れ離れになっていた二人だが、今となってはジェームズが経営者として、エヴァがプロデュエリストとして一人前になった時に改めて婚約を誓った仲であった。
「ジェームズのことではないんデス。実はお仕事のことでシテ……」
「仕事? ああ、あんたもプロとしてスポンサー増えてきたものね」
プロデュエリストたるものデュエルだけしていればいいというものではない。プロアスリートがユニフォームに多数の企業のロゴを付けながらパフォーマンスをするのと同じように、プロデュエリストたちもまた多数のスポンサーからの支援を受けていることからその企業をPRするためにCMや雑誌のモデルとして活動しなければならない。
とりわけその美少女度合いが世界的なレベルの遊希とエヴァは各企業から引っ張りだこなのが現状である。
「ハイ、おかげさまで……それで今度は世界的な化粧品会社からのCMのオファーが来たんです。それを受けようか迷っていて……」
「化粧品? 断る理由はないと思うけど」
「一人じゃちょっと心細くて……それで私言ったんデス。遊希サンと一緒なら受けてもいいッテ」
「はい???」
エヴァほどの美貌を持つ少女が何を迷うのだろうか、と遊希は思った。そもそも何故自分と一緒にそのオファーを受けたいと思うのか。
「……勝手に私の名を出したことは置いといて、あんたから共同オファーという誘いならいいわよ。でも変なことじゃないわよね? ドラマとか映画になんて出るつもりないから」
「オファーの内容は撮影デス。ロケ地はグアムなんですケド……」
「グアムか。まあ悪くはないわね。ああいうリゾート地は一回行ってみたかったのよ」
「そうデスカ……! では……!」
「他ならぬエヴァのためよ。あんたにはこっちも色々助けられてるしね」
後に遊希とエヴァの二人に来たオファーが日焼け止めであり、そのCM撮影のために水着を着せられるということは遊希は知る由もなかった。
そしてその撮影地で組まれたグアムでのデュエルにおいて遊希は報復とばかりにエヴァに雪辱を果たすのだが―――それはまた未来の話である。
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