第七十五話：宵闇の邂逅　作：KOUBOU（旧名：光芒）

（……ライフを１０００まで削られた時点で、俺の負けは決まっていた。前のターンが終わった時点で、俺はあいつの掌の上で弄ばれていたということか。つくづく癪に障る……！）

　サイバー・ダークネス・ドラゴンはフィールドの装備カード１枚をコストに魔法・罠・モンスター効果の発動を無効にして破壊することができる。その効果を発動すればタイム・エンジンの発動を止めることができるのだが、その効果を発動した瞬間フィールドに残っている鋼炎竜２体のバーン効果が発動、１０００ダメージを受けて刃弥のライフは０になる。
　もちろん止めなければタイム・エンジンの効果でバーンダメージが発生するため、あの場面ではどうあっても刃弥の負けは確定していたのだ。遊大の真意は刃弥にはわからないが、恐らく彼のことだからそこまで読んだ上でのあの盤面だったのだろう。

「……ちっ、どうあっても結果が変わることはない。今回ばかりは俺の負けを認めざるを得ないな」
「まあ、手札が良かったのもあるかな。新しく入れた【原石】のギミックが上手く機能してくれたよ」

　一方の遊大は自身のデュエルタクティクスをひけらかすことはない。カードゲームというものはどうしても運が絡むもので、どれだけ強いデッキを組んでも運に恵まれなければ勝つことはできないのは事実だ。
　しかし、いくら運に恵まれたとしても、そのデッキを適切に動かすことができなければ勝てるものでもない。最初に引いた５枚の手札を生かすも殺すもデュエリスト次第なのである。

「相変わらず誇らないな。だが、それがお前の強さなのだろうな」
「……あんまり自覚はないけどね。でも、このデュエルで後輩たちを奮い立てることができそうでよかったよ」

　遊大はそう言って両チームの後輩たちの姿を見る。プロデュエリストとしてこういったデュエルをいくつも見てきた結衣と、初めから遊大の勝ちを信じて疑っていない様子だった遊舞はいつも通りといった様子だったが、他のメンバーたちは二人のデュエルから何かしらの感銘を受けているようだった。

「そうだな。後輩が育たなくてはモチベーションを維持することが―――ん？」

　そんな中、静寂に包まれるフィールドに低く響き渡るバイブレーションの音。音の出元であるスマートフォンを手に取った刃弥の顔が今までで一番険しいものになる。

「もしかして……」
「もしかしなくてもだ。双子というのはどこまで行っても切っては切れないものらしい」

　スマートフォンの画面には彼の双子の妹・有紗の名前が表示されていた。大方彼女のことだから、刃弥がいないことに気づいて電話をかけてきたのだろう。

「悪いが俺はこれで失礼する。もし次に相まみえることがあれば、こうはいかないぞ？」
「望むところだよ」
「そうか……おい、青崎」

　フィールドを後にしようとする刃弥は直属の後輩である爽の名を呼ぶ。

「な、なんですか？」
「負けて帰ってきてみろ？ 一年全員を俺が今以上に鍛え直してやるからな」

　崩れ落ちる爽を尻目に刃弥はそそくさとフィールドを後にする。うっすらとスマートフォン越しに叫ぶ有紗の声が響いていた。





＊





「ねえゆいゆい、ゆいゆいってばー？」

　その夜。自室に戻った遊舞であるが何故か中々寝付くことができずにいた。遊大の勝ちを信じていたため、目に見えて驚くことはなかったものの、それでもデュエリストとしてあの二人のデュエルには昂りを覚えたのだろう。寝つけないのを誤魔化すために結衣に声をかけるが、結衣は深い眠りに落ちていた。プロフェッショナルたるもの健康が大事―――普通の学生以上に不規則な生活になりがちなプロデュエリストではあるが、元々真面目な性格である結衣はなるべく消灯時間に合わせて寝ることを心掛けていた。

「よーし、今日も今日とておねむなゆいゆいにちょっかいを……やめとこ」

　自分も結衣も大事なデュエルを控える身である。ここで変に結衣を起こして今後に響くことがあれば悔やんでも悔やみきれないだろう。遊舞は結衣を起こさないようにそっとベッドを降りると、部屋を出てすっかり静かになった校内を徘徊し始めた。
　もちろん消灯時間を過ぎての外出は特別な理由（急病人や事件の発生など）がなければ許されるものではない。実際夜間にうろついては怒られる生徒を何人も見てきた。それ故に遊舞は可能な限り気配を消しては慎重に寮の中をうろつくことにした。女子寮の入口には男子生徒との逢引きを防ぐため、当直の警備員がいる。さすがに警備員を誤魔化すことはできないため、あくまで寮内を当てもなく彷徨うのだ。

（さすがにみんな寝てるよね……ん？）

　寝静まった寮の中で人の気配を感じた遊舞は導かれるようにその場所に向かっていた。その場所は寮の生徒たちが部屋以外で集まれる談話スペース。夜になるとガラス張りの天井から月や星が見えることから密かな映えスポットになっているその場所に立つ一人の影。月明りに照らされたその少女は黙々と身体を動かしていた。

「こらっ☆」
「ひゃっ」

　声をかけられた少女ーーーユニオンの大将である時村 彩菜はびくっと身体を震わせた。

「さすが売り出し中のアイドル。こんな遅い時間でもたゆまぬ努力をしてるんだね」
「あ、あなたは確か……」
「セントラル代表チームのキャプテン、風花 遊舞ちゃんだよっ☆ もしかして新曲の振りの確認？」
「は、はい……あの、今ここにいることは……」
「もちろん内緒だよ。アタシだってその場にいたことがバレちゃうし☆ でも警備員さんが見回りに来るかもだから、今日はもう帰ろっか」

　自販機でホットココアを買った二人は見回りの警備員が来てもいいように死角でこっそりと乾杯をする。それぞれのチームの大将を務める二人がこのようなところで密会をしていることがバレたら周りから何と言われるだろうか。

「それにしても、アイドル兼学生デュエリストなんて頑張るね。両立難しくない？」
「えっと、まあそれは確かに……でも、自分で選んだ道だから」
「そっかー、ふふっ、あややならきっとトップアイドルデュエリストになれるよ」

　いつの間にかに遊舞に使っていないあだ名をつけられた彩菜であるが、自然と悪い気はしなかった。

「ありがとうございます。ですが、ネットでアイドルとデュエリストを掛け持ちしていることについて悪く書かれることもあって……」
「そういうのは気にしなくていいと思うよ？ ほら、あの天都 遊希だってモデルみたいなことしてるじゃん？ 売れるとスポンサー企業をＰＲしたりしなきゃいけないから、自分を売ることは悪いことじゃないんじゃないかな？」

　ココアの缶を片手にいずれチームの勝利を左右するであろう二人が談笑する。デュエリストたるものデュエルの時こそは全力を出し合ってぶつかるが、それ以外の時は同学年の少女でしかない。
　遊舞と結衣のケースでもそうだが、人間は自分にないものを持つ人間に惹かれるという。そういった意味では会ったばかりの人間とこうも話すことができる遊舞の明るさは駆け出しアイドルの彩菜にとってはとてもまぶしく見えていた。

「あのね、アタシね。未来が見えるんだ」
「えっ……？」
「教えてあげる。あなたは後々世界的なアイドルデュエリストになる！」
「わ、私が？」
「うん☆ 今年は下積みメインだけど、来年に出す曲がチャートトップ１０に入ってブレイク！……なんて信じてないでしょ？」
「えっと……そうなってくれると嬉しいですけど……」
「願えば叶う、だよ☆」

　そう言ってココアを飲み干した遊舞はすっと立ち上がる。自販機横のゴミ箱に空き缶を入れると、振り返って笑顔で手を振った。

「さてと、アタシはそろそろ寝よっかな。練習もいいけど、夜更かしはお肌の天敵だぞ☆」
「は、はい！」
「じゃねっ。あ、そうだ……アタシ、アイドルのあややは応援してるけど、デュエルじゃ負けないから」
「わ、私だって！ 負けません！」
「その意気その意気。んじゃ、おやすみっ」

　そう言って去っていく遊舞の後ろ姿を彩菜は彼女がいなくなるまで見つめていた。アイドルとして忙しくなり始めた日々の疲れ、チームの大将を務める重圧は思っている以上のものだった。しかし、この遊舞との出会いでそれが少しばかり軽くなったように感じた。

（風花 遊舞さん……不思議な人。でも、私でもわかる。あの人は強い。強いからこそ、負けたくない……！）