第四十三話：決意を刻んで　作：KOUBOU（旧名：光芒）

「イヤッホォォォ！！ 俺の勝ちだぁぁぁ！！」
「……私の負けですね」

　まるで空を飛ぶヘリコプターからスカイダイビングでもしたかのような歓喜の叫びをあげるヴィルヘルムに対し、結衣は淡々としていた。そもそも負けた後にハイテンションになるタイプではないのだが。

「俺プロデュエリスト様に勝っちまったよ……もしかして俺もプロデュエリストになれるんじゃね？」
「そうですね。あなたならなれるんじゃないですか？」

　まるでこちらを侮辱するかのような目を向けてくるヴィルヘルムに対し、結衣は相手にしないように努める。それを見たヴィルヘルムは急に真剣な顔に戻る。

「……んだよ、そんなリアクションじゃ煽りがいもないぜ」
「それはどうも」

　ヴィルヘルムの悪癖として、デュエルに勝利した後に相手デュエリストを煽るようなところがある。しかし、それで悔しがるなどのリアクションを見せる相手ならともかく、結衣のような無反応の相手にしては逆に自分が矮小なように見えてしまう。そういったところではある意味自分を客観視できていた。

「ま、このデュエルを足掛かりに俺は成績トップでの合格を勝ち取って見せるからな！」
「……そうですか。では、負けた私から一言いいですか？」
「なんだよ」
「あなたの最初のターン、大翼のバフォメットと幻爪の王ガゼルで幻獣魔王バフォメットを融合召喚していましたが……そこで《幻獣王キマイラ》を融合召喚していればそのターンの終了時に私の手札１枚を墓地に捨てることができました。先攻１ターン目での１枚ハンデスは相手からしてみれば実に嫌な行為です。相手が手札を捨てることや減らすことを目的にしていない限り、キマイラを出す方がいいでしょう」
「……もしかしてアドバイスしてくれちゃってる？」
「まさか。私だったらそうする、それだけですよ。では」

　結衣はそう言ってヴィルヘルムに視線を向けることなく、その場を後にした。誰もいないところまで移動すると、結衣は思わずその場にしゃがみこんでしまった。ちなみに今は仮想空間の中なので体調不良はなく、移動による疲れも生じない。しかし、精神の動揺は反映される。

（私は、あの人に認められたくてプロデュエリストになった。頑張って、頑張って、頑張って。でも、思うようにできていない……どうして？）

　白幡 結衣のデュエリスト人生は決して順風満帆なものではなかった。元々他人とのコミュニケーションが得意でなかった彼女は、初めて遊希たちと出会った３年前の夏、遊希に意気揚々とデュエルを挑んでは返り討ちにされてしまい、一緒に参加した同級生からは陰口を叩かれる始末だった。
　自分が攻勢にいる間は強気かつ鋭いプレイングをするものの、一度守勢に回るととにかく脆かった結衣はアカデミア生徒との交流イベントで遊希に師事。期間中、彼女に挑んでは負け、挑んでは負けの繰り返しで磨かれていった結衣は最後の一戦で遊希に勝つことができた。

（あの時は、ただただ遊希さんを目指していた。少しでもあの人に追いつきたかった。そして、努力の甲斐もあってあれから１年も経たずにプロデュエリストになることができた）

　遊希やエヴァほど幼くはないものの、中学生でプロデビューを果たした結衣ではあるが、プロの世界は決して甘くない。自分より経験もスキルも上で海千山千の様々なデュエリストが鎬を削る世界。上達した彼女であっても挑んでは負け、挑んでは負け、その末に勝利をつかみ取る。物語の主人公のように百戦百勝などありえない世界だった。

（それでも、頑張った私の姿を見てもらいたいと思ったら、遊希さんの隣には遊大さんがいた。最初のうちは私の方が強かったけど、半年もしないうちに追い抜かれた。そしてセントラル校に入学したら……いきなりあんなのと相部屋になった）

　あんなの、こと遊舞の顔が浮かぶ。口調も性格もファッションセンスも何もかもが違う遊舞ではあるが、彼女とのデュエルでは大きく負け越している。【ゲイルアイズ】というカードについて理解が追い付いてきた今は前よりかは善戦できるようになってきたが、それでも、遊舞が自分より上のデュエリストだと思っている。

（遊希さん、私は……私は……）

　今にも双眸から涙があふれ出そうになる。そんな彼女を立ち直らさせたのはほかならぬ遊舞だった。

（ゆいゆい、ぎゅーってしていい？ ダメ？ でもぎゅー☆）

　勉強中、食事中、デッキ構築中、睡眠中、そして入浴中。ところ構わず自分の欲望のままボディタッチをしてくる。その時の遊舞の幸せそうな顔が、逆に結衣を奮い立たせた。

「……私は砕けません。あの子の鼻っ柱を折ってやるまで……！」

　いつの間にか涙は引っ込んでいた。数年前まで目の前の壁を越えようとせず、逃げ出していた自分はもういない。今の自分は皆に希望を与えるプロデュエリストだ。その意地が彼女の背中を押した。

「風花 遊舞……！ あなたはルームメイトであり、私のライバルです！」



＊



「くちゅん！」
「あれ、風邪？ 仮想空間とはいえ健康に気を使った方がいいよ？」
「そうかもね。それじゃ、デュエルだね☆」
「そうだね。僕の白幡さんから貰ったこのデッキの力を見せてあげるよ！」



＊



「オーッホッホッホ！ まさかこの私の元に３人もデュエリストがたどり着くとは！ 迷宮の主冥利に尽きるというものですわ～！」

　その後、一念発起した結衣はなんとかポイントを集め、このステージの最深部にたどり着いた。そこで待っていたのは【ラビュリンス】の主にして切り札である白銀の城のラビュリンスならぬ《白銀城の迷宮姫》。迷宮の美しい姫から戦闘のための鎧を身にまとった彼女こそ、この試験の最終試験官なのだろう。

「さあ、ここまで辿り着きしデュエリストよ。全身全霊を以てこの私に挑むことですわ！」
「……ＮＰＣといえど、ボスとあれば全力を出すまでです！」