第七十一話：アイドル　作：KOUBOU（旧名：光芒）

「遠いところをよくいらっしゃいました。私たちは皆さんを歓迎します」

　生徒会室に招かれたチーム・ユニオンの５人は会長であるベアトリスから歓待を受ける。しかし、そんな物腰柔らかなベアトリスとは打って変わって、セントラル校代表の６人とユニオンの５人との間には早くも火花が散りつつあった。

「えっと、ユニオンの最後の１人は遅れてるんでいいのかな」
「ええ"お仕事”があってどうしてもということですわ」
「ハッ、俺たちとデュエルするってのに遅刻してくるとか舐められたもんだぜ」
「……んだと？」

　案の定、毒舌で先制パンチを食らわせたヴィルヘルムに対し、拳が応戦する構えを見せる。５人の中で最も小柄な拳であるが、彼の醸し出す殺気はまさに不良の持つそのものであると言えた。ヴィルヘルムは内心ビビりながらも、２０センチ近く身長差のある拳を見下ろしていた。

「まあまあ、こげんところで喧嘩ばするため集まったんやなかやけん。互いに落ちつこうや」

　そんな一触即発の空気を収めんとばかりに割って入る菊人。コテコテの博多弁故に何を言っているかわかりにくいが、ストッパーを買って出るあたりは派手な見た目ながら常識人寄りの性格なのだろう。

（……ユニオンとのやり取りは彼に仲介してもらおう。そういえば去年もサウス校の人とやってたなぁ）
「じゃあ、みんな一人ずつ自己紹介と行こうか。えっとまずは……」

　そんな時、生徒会室のドアがノックされる。ベアトリスのどうぞ、という言葉の後に部屋に息を切らしながら駆け込んできたのは一人の少女だった。制服ではないものの、他の学生とは一線を画すオーラのものを感じさせる、誰が見ても只者ではないと思わせるだけの雰囲気の美少女。だが、それも当然だ。

「すいません！ 遅れてしまいました！ 私はノース校代表の―――」
「「時村 彩菜（ときむら あやな）ちゃん！？」」

　美少女こと彩菜の顔を見た遊舞と那々が叫んだ。その正体は時村 彩菜。歌って踊れるアイドルに憧れた彼女は小学校５年生の時に動画サイトにヒット曲のカバー動画をアップしたことをきっかけに活動を始め、数年の動画投稿を経てネットを中心に人気に火が付いた彼女はアイドルとして芸能事務所に所属して活動している。
　しかし、アイドルと共に目指していたのがデュエリストでもあったため、今年の春に彼女の生まれ故郷である北海道に本拠地を置くノース校へと進学。その進路選択もまたネット上を沸きたてていた。

「は、はい！ 時村 彩菜です！」
「うわっ、本物の売れっ子アイドルだ……そりゃ遅れてもしょうがないよね☆」
「そうだよね～、仕方ないね～。仕事だもんね～」

　そういってチラチラと遊大の方を見る遊舞と那々。彼女たちが何を望んでいるかは火を見るよりも明らかだった。遊大は呆れた様子で頷く結衣の姿を見ると、いったんはその場を収めることにした。

「えっと……何はともあれこれで両チームの代表デュエリストが揃ったから改めて自己紹介をしようか。でも疲れてるだろうし、両チームとも簡潔でいいよ」

　そういって遊舞たちセントラル校代表６人と彩菜たちユニオン代表の６人が交互に自己紹介を済ませる。一触即発だったヴィルヘルムと拳以外は比較的友好的な姿勢の生徒が多かったこともあり、これ以上場が荒れることはなかった。
　最も彩菜が遊舞と那々そして那々から彼女の魅力と歩んできた活動を教えてもらったセリーナから握手とサイン攻めにあっていたのは言うまでもない。

「芸能活動とアカデミア生徒の二足の草鞋……大変ですね」
「そうですね。でも、どんな形であれ今年の対抗戦も面白くなりそうで何よりです」

　顔合わせを無事に終えたことで、ほっと胸をなでおろすベアトリスと遊大。しかし、遊大の受難はまだまだ終わらない。そんな彼の安寧を崩しかねない知らせがもたらされたのだ。

「誰か電話が鳴っていませんか？」

　生徒会室に低く響くバイブレーションの音。その音の主が自分だと気づいた遊大はベアトリスに断りを入れてから廊下に出ると、電話を取った。緊急用として好感しておいた竜司からの連絡だった。

「えっ」

　竜司からの連絡内容。そのきっかけは１年前にさかのぼる。それは遊大がセントラル校の代表としてデュエルに臨んだ時のこと。当時デュエリストとしてはまだまだ未熟だったものの、彼はセントラル校最後の砦、つまりチームの大将としての役割を担っていた。そしてこのデュエルの勝者によってどちらのチームが勝つか決まる。そんなデュエルにおいて勝利をつかんだのは遊大だった。

「……わかりました。すぐに向かいます」

　遊大は小さく息を吐くと、すぐに生徒会室に戻る。そしてベアトリスに竜司からの電話の内容を伝えた。

「会長。校長先生から電話だったんですが」
「星乃校長から？」
「はい。どうやら、みんなの前に俺もデュエルをしなきゃいけないみたいです」

　その頃、観客が一人もいないセントラル校のデュエルフィールドにたたずむ人影が一つ。本来彼が所属するイースト校のものとは違う、真紅の外套のようなものをまとったその人物は、今か今かと遊大がこの場に現れるのを待ちわびていた。