第146話：光明　作：光芒

　遊希より一足早く退院した遊大はその足でセントラル校に戻った。最初は竜司の方から迎えの車を寄越そうか、との提案もあったが、自分一人のためにそこまでしてもらうことも……と遊大はその申し出を断った。ただ、竜司がその申し出をしたのはあくまで「病院からセントラル校はだいぶ離れているから」という理由のみではなかった。

「あの……高海 遊大君ですか？」
「遊大君、サインちょうだい！！」
「写真一緒に撮ってください！ お願いします！」

　遊大が入院している間、TWO日本支部ビルで発生した爆発事故はワイドショーや情報番組を随分と賑わせており、遊大の女性顔負けの美貌も相まってその知名度は爆発的に上昇していた。また、彼の燃え盛る炎のような赤い髪と高級なルビーとエメラルドをはめ込んだかのような美しい瞳は嫌でも遊大の存在を目立たせてしまったのだ。
　ちなみになぜ遊大にこれほどまでの人間が引き付けられてくるのか、という理由であるがそれにも彼の精霊としての能力が影響していた。
　かつて覇王龍ズァークだった遊大の中にはズァークから分かれた4体の精霊が眠っており、その中でズァークの覚醒まで唯一精霊として姿を現さなかった精霊、覇王眷竜オッドアイズ。人の姿では小学校高学年くらいの年齢の美少年として現れた彼の能力の一つが、その二色の眼に込められた魔眼の能力だ。その神秘の瞳は映るもの全てを魅了し、性別を問わずして命を持つ者であれば虜にしてしまうのである。
　今の遊大はズァークではなく覇王烈竜であるが、その覇王烈竜は4体の竜の中でオッドアイズの進化形に位置づけられているものであり、4体の精霊の持つ力の中でオッドアイズの持っている力が最も色濃く出てしまっていた。

（……どうしよう、こういう展開はさすがに予想してなかった）

　デュエリストとしての実力はともかく、本格的な精霊としてはまだまだ新米と言っていい遊大。精霊として暴走するリスクもそうだが、こういった精霊の持つ力を制御できるかできないかも今後の彼の一生に関わってくると言えた。





＊





　大通りから離れた場所で覇王烈竜の姿に変化した遊大は、人目につかないような高空を飛ぶことでセントラル校まで戻ってきた。さすがにここであれば大丈夫だろう、と思っていた遊大であるが、案の定人の姿に戻った後は否が応でも人目を引いてしまっていた。

「高海 遊大君！ 僕はキミの才能と美貌を見抜いていたよ！ 今からでも遅くはない、是非我々の演劇部に……！」
「高海君！ 今から突貫で君の本を書くから、モデルにさせて！ 取り敢えず服を脱いで貰えるだけでいいので！」
「お断りします！！」

　取り分け以前遊大を演劇部に勧誘した多利沢 拓哉や遊大を漫画のモデルにしようとした漫研の藤吉 碧あたりは露骨だった。もちろん今の遊大が精霊としての力を発揮してしまえば、彼らに怪我では済まない被害を及ぼしてしまう可能性は高いため、遊大は逃げ回るしかできなかったのだ。

「……それは大変でしたね」
「ほとぼりが冷めるまでここにいていいわ！ その代わり仕事を手伝ってね！」

　数十分以上逃げ回った挙句に遊大が逃げ込んだのは生徒会室である。生徒会室では遊希不在の中、会長である詩織を中心に協力して職務にあたっていた。年末を控えた忙しい時期でありながら遊希がいないことについては自分も関わっている。そういうこともあってか、遊大は遊希が本来するはずであったデュエル委員の仕事を片づけることにしたのである。
　ちなみに遊大の持つ魔眼の能力は綾香たちには効果は薄いようだった。綾香とエヴァは遊希ほどの期間ではなくとも、精霊をその身に宿しており、千夏と詩織も精霊界に行ったことがある。そのため精霊の力に対する耐性を持っていると思われた。

「すっかり一人前ね。もしかしたら遊希より書類仕事向いてるんじゃない？」
「そ、それはさすがに……」
「ああ見えて遊希サン色々と不器用なところありますからネ。デュエルに関しては凄腕の一言デスガ」
「というか遊希ほとんど高海君に押しつけていたわよね！」

　遊希が書類仕事があまり得意でないことは近くで見てきた遊大はよくわかっている。新登場のカードや面白い効果を持ちながらも強いカードの前に埋もれてしまっているカードを特集する記事を書くのだが、文章の立案や文字起こしはほとんど遊大が務めていた。
　もちろん後輩である自分が先輩である遊希より雑用や力仕事を行うことは当たり前と思っていたため、遊大に不満はない。むしろ遊希にその仕事を任せられたことで自分が持っていないカードにも詳しくなれたのだから、生徒会で遊希の下についていたことは遊大にとっては幸福なことだったのだ。

「ところで病院での遊希はどうだったの？」
「早速リハビリに取り組んでいました。新しいデッキをモノにするんだ、って」
「もう少し休まれてもいいと思うんですけどね」
「でもデュエル第一なところは遊希サンらしいデスネ」
「はい。そして遊希さんが退院したらすぐにデュエルをしたい、と言われました」

　遊希が病院で遊大にデュエルを申し込んだ時、彼女は日時および場所まで指定してきていた。その日程および場所を聞いた四人は遊希がそのデュエルにおいて遊大に何をしようとしているのかをすぐに理解した。

「なるほどねぇ……」
「ついにその時が来まシタカ」
「やっと決心されたのですね……」

　千夏、詩織、エヴァの三人はまるで孫を見る祖母のような優しい笑みを浮かべていた。しかし、その中で一人。綾香だけは遊希の真意を知ったことで真剣な顔を浮かべていた。

（遊希……やっと決心したんだね。でも、それには高海君が遊希を超える必要がある。確かに彼は生徒会に来た頃と比べると見違えたけど……）

　星乃 綾香は天都 遊希にとって一番の親友である。千夏や詩織、エヴァに話せないようなことも、綾香だけには話すことができていた。

「ねえ、高海君。これから時間ある？」
「えっと……特にこの後は用事はないです。陸や仁を待たせている、ということもないですし」
「じゃあ私とデュエルをしてくれるかな。この一年で成長した君の力を確かめたいの」

　生徒会の一員として、遊大は綾香ともデュエルを数度ではあるが行ったこともある。遊大は遊希やエヴァに比べると綾香相手では善戦していたが、綾香も竜司の娘であり、一時的とはいえ精霊のカードを所持しただけの実力者である。そのため彼女には未だに勝ったことがなかったのだ。
　だが、遊希に勝つことを目指すのであれば、当然綾香も遊大にとって越えなければならない壁の一つである。そしてこのデュエルに特別な意味を持つのは綾香も同じであった。何故なら彼女もまた、遊希の内に秘めた気持ちを知っていたからだ。

「ねえ、綾香……綾香にだけ……話しておきたいことがあるの」
「何？」
「実はね―――」
「―――えっ？」

　時は一月以上前に遡る。遊希と綾香が生徒会室で二人っきりになった時だ。彼女は遊希から予想だにしないことを相談された。
　相談の内容は遊希がこのアカデミアで全く口にしてこなかった分野のことである。この話をしている時、遊希は常時頬を赤らめながら身体をモジモジさせており、それはまるで初心な年頃の乙女のようだった。いや、年頃の乙女であることは当然なのだが。

「そうなんだ。まあ、いいんじゃない。私たちは応援するわ」
「うん、ありがと……その、驚いたかな。突然こんなこと話して」
「まあ……めっちゃ」
（ごめん、全然驚かない。あんた意外と顔に出るタイプなんだから。さて、こっからどうアシストしてあげるかだよね……）

　ただ、この手の分野について全く興味を示さなかった遊希ではない。例えば既に婚約者がいるエヴァを引き合いに出して自分が理想とする異性のタイプについて話したことがあるのだが、その手の話題で一番相手に求める条件が多かったのも遊希だ。

「えっと……まず私よりデュエルが強いことが前提条件よね」
（前提条件のハードルが高すぎないかしら？）
（それはツッコまないであげるのが優しさってもんよ）
「年齢は……上下2歳くらいの差で、身長は私より10cmくらい高くて、スマートで……あっ、筋骨隆々で粗暴な人は勘弁願いたいわね。お金はあるには越したことはないけど、金に物言わせて横柄な態度を取るような人も嫌ね。それでいて優しくて……私のことを大事にしてくれて……」

　理想が高すぎる気もしなくもないが、そもそも遊希自体が外見に関してはハイスペックであるため、何ら嫌味に感じ得ない。美女にはやはり美男が似合うということなのだろう。ただ、遊希の話を聞いていて綾香たちはあることを理解した。彼女の心の中に存在する人間が誰であるかを。そしてその人間こそが暗い世界に覆われてきた遊希のこれからの未来に光を差してくれる存在であることを。






＊





（私は親友として、あの子の幸せを願いたい。だからこそ、私には高海君の力を測る必要がある！）

　綾香はこのデュエルで見定めなければならない。遊大に遊希を守り抜くだけの力があるかということを。

「高海君、行くよ。全力で来て！！」
「星乃 先輩……わかりました！！」


先攻：遊大
後攻：綾香

遊大　LP8000　手札5枚
デッキ：38　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　Pゾーン：青/赤　除外：0　EXデッキ：15（0）
綾香　LP8000　手札5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　Pゾーン：青/赤　除外：0　EXデッキ：15（0）