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11:分断された仲間たち 作:ほーがん
第11話「分断された仲間たち」
”俺も戦う”
そう、戦うはずだった。
けれど、ヨシトは涙を流した。
”君まで失えば、僕はもう壊れてしまう”
あれ。これは一体、誰の記憶。
俺の。
僕の、
記憶。
ーカケルは地上へと出て、呼び付けた人物を待っていた。
表情を失い、口を開かなくなったリンカを瓦礫の上に座らせると、カケルは呟く。
「・・・迷うな。ユーガは仲間だ。俺は一度そう決めたはずだ。なら、それを突き通せ。」
自分に言い聞かすように、言葉を紡ぐ。突然、着信音が響いた。ふと、端末に目をやったカケルは、表示されたメッセージを読み上げた。
「『後もう少しで着く。適当な用だったら、ただじゃおかねぇぞ。』・・・か。」
どう説明すればいい。一瞬悩んだが、ありのままを伝えるしか方法が無い事は、カケルにも分かっていた。
それであのキジマが納得し、協力してくれるかは分からない。しかし、他に当てがあるのかと言うと、答えは否だった。
「こんな時に人頼りか。何が、正義の味方だよ。笑わせてくれるぜ。」
自分を皮肉り、カケルは溜め息を吐く。
その時、遠方から響くジェットバイクの排気音が、カケルの耳を突ついた。
「ここだ、キジマ。」
カケルは手を振った。黒い煙を吐くジェットバイクは、ホバーで瓦礫の上を滑走しながら近づくと、カケルの前で停止した。
その上に乗る男は、下に立つカケルを見ながら口を開く。
「おい、カケル!お前、一体何の用だ。仕事の紹介なら、生憎だぜ。」
男の言葉を聞き、カケルは真剣な表情で訴える。
「キジマ、お前しか頼れない。俺が知ってる中で、一番信頼できるお前にしか頼めない事だ。」
その男、キジマはジェットバイクから降りると、怪訝な顔でカケルに近づいた。
「なんだよ、気持ち悪い事言って。その顔からすると、ただ事じゃ無さそうだな。」
「ああ、ただ事じゃない。」
キジマは肩を竦める。
「おいおい、いくら俺が便利屋だからって、極端な面倒ごとは御免被りたいぜ、カケル。」
カケルの目を見たキジマは、その揺るがない眼差しに溜め息を付いた。
「・・・まぁ、なんだ。長い付き合いだしな、話は聞いてやるよ。」
「ありがとう、キジマ。」
そして、カケルは今までの出来事を話した。ユーガとの出会い。マサカーの存在。仲間の一人、リンカの現状。そして、邂逅と連れ去られたユーガの事を。
全てを聞き終えたキジマは頭を抱えた。
「・・・いくらなんでも、訳分かんねぇぜカケル。マサカーってのが、村を襲って?その生き残りのユーガが誘拐された?お前、賞金稼ぎだろ、何に頭突っ込んでんだよ。」
喋りながら聞いた事を整理するキジマ。困惑した表情でカケルを見つめ、キジマは疑問を口にする。
「まぁ、とりあえずその話は信じるとしてだな。俺に何をしろってんだよ。」
カケルは詰め寄った。
「俺はユーガを連中から取り返す。その為に力を貸して欲しいんだ。」
それを聞き、キジマは首を横に振った。
「いやいや、相手は無差別殺戮集団なんだろ?俺が行った所で無理があるだろうが。大体、仲間って言ったってよ、そのユーガとは会って高々数日しか経ってないって・・・言ってる事がむちゃくちゃだぜ、カケル。」
焦燥に駆られ、カケルは声を荒げた。
「分かってるさ!俺だって、なんで会って2、3日程度の奴に、ここまで必死になるのか分かんねぇよ!でも、でもよ・・・」
拳を固め、カケルは目を閉じる。
「・・・感じるんだ。あいつにはさ。なんか、初めて会ったような気がしなくて、もっと遠い昔に一緒に居た気がして・・・そんな気がしてさ・・・放ってなんかおけないんだよ・・・。」
カケルの言葉に、キジマはハッとした顔をする。そして、静かに口を開いた。
「・・・ったく・・・しばらくの間、こき使わせて貰うぞ。タダ働きだ。それでもいいなら、協力してやる。」
「!!・・・・いいのか、キジマ。」
やれやれと言った表情でキジマは言う。
「俺がここで嫌だと言っても、お前は一人で行くつもりなんだろ?んな連中の所に単身乗り込んでみろ、確実に死ぬぞ。」
カケルはキジマの手を握る。そして、涙混じりの声で言った。
「恩に着るぜ、キジマ・・・。」
「ったく、気持ち悪い奴だなお前は。いいから、顔上げろっての。」
涙を拭いながらも、なお涙を流すカケルを見ながらキジマは呟く。
「・・・遠い昔に一緒に居た、か・・・。」
キジマはジェットバイクの方へと戻りながら、カケルに言った。
「とりあえず、そこのぐったりしてる嬢さんをこいつに乗せろ。俺の家まで運ぶぞ。」
「ああ・・・分かった。」
カケルはリンカに近づくと、肩を抱えた。
「リンカ、立てるか?」
その問いにリンカは答えない。しかし、足に僅かな力を入れ、ふらつきながらもゆっくりと立ち上がった。
ジェットバイクの座席にリンカを座らせると、キジマはそれを押して歩き始めた。
「・・・久々にマーナの奴にも顔を合わせてやってくれ。最近、お前がどうしてるか気にしてるからな。」
「そうか・・・そういや、しばらく会ってなかったもんな。」
カケルはキジマの横に並ぶと、ジェットバイクのボディに手を添え、それを手伝った。
キジマの住む家。それは廃墟を人の住める最低限の状態に改築した物だった。そこに着く頃には、すでに辺りは夜の闇が支配していた。
「はぁ、いくら浮いてるからって、こいつを押して歩くのは結構大変だぜ・・・。」
腰を伸ばしながら、キジマは愚痴る。その時、家の扉が勢い良く開いた。
「おかえり、ナオト兄ちゃん!あっ、カケル兄ちゃんも!」
飛び出して来た少女に、キジマは笑う。
「ああ、ただいま。マーナ。」
その少女、マーナはカケルの姿を確認するや否や、透かさず飛び付いた。
「カケル兄ちゃん久しぶり!元気だった?」
マーナの頭を撫でながら、カケルは力無く笑う。
「久しぶりだな、マーナ。俺はいつでも元気だぜ。」
埋めていた顔を上げ、マーナは疑いの目を向ける。
「え〜なんかあんまり元気じゃなさそう・・・」
「ははは・・・マーナにはお見通しか。」
カケルは作り笑いをする。横からキジマがマーナに声を掛けた。
「マーナ、キッチンに行ってお湯を涌かして来てくれ。4人分頼むぞ。」
カケルから離れたマーナは、ピシッと敬礼をした。
「りょーかいです!」
家の中へと戻るマーナを確認し、キジマはカケルに言う。
「さて、まずは嬢さんを降ろさないとな。」
頷いたカケルは再びリンカに肩を貸し、座席から降ろす。キジマはジェットバイクを家の傍に寄せると、カケルと共に家の中へと入った。
薄暗い電球の灯りの下、カケルはボロついたソファーの上にリンカを座らせると、その隣に腰を降ろした。
「はい、どーぞ。」
マーナから湯気を放つマグカップを受け取り、カケルは礼を口にする。
「ありがとう、マーナ。」
手に持ったもう一つのカップを、マーナはリンカに差し出した。
「お姉ちゃんも、はい。」
うつろな目でリンカは顔を上げる。
「・・・とりあえず、なんか飲まないとさ。身体冷えるぜ。」
カケルは心配そうに見つめる。一瞬ためらいを見せたが、リンカは震える手でカップを受け取った。それを見たマーナはニコッと笑う。
「ただのお湯だけど、飲めばあったまるよ!あ、でも火傷しないようにね。」
再び俯いたリンカは、カップの中の水面をぼんやりと見つめる。マーナは自分の分のカップを手に取ると、ちょこんとリンカの隣に座った。
向かいの椅子のキジマは、一口啜ると口を開いた。
「さて、カケル。協力するにはするが、連中に関する情報はなんかあんのか?どこに居るのか分かんなきゃ、取り返すにも取り返せないだろ。」
カケルは苦い顔をする。
「それは・・・分かんねぇけど。」
それを聞き、キジマは溜め息を付く。
「はぁ・・・。まぁ、んなこったろうとは思ったけどよ。しかし、世界を滅ぼしたペンデュラムを使う連中か・・・戦争の時の残党なのか、それともなんらかの形でペンデュラムを手に入れた別の組織なのか・・・」
「いずれにしろ、戦争で使われた力を殺戮に利用する連中なんて許される訳がねぇ。カケル、お前の怒りは十分に理解できる。けど、何の情報も無いんじゃ、攻めようがねぇな・・・。」
当たり前の事実だった。自身の無力さに打ち拉がれ、カケルは肩を落とす。見かねたキジマは立ち上がって言った。
「しかし!情報が無いんだったら、集めるしかねぇ。そうだろ、カケル!」
目を丸くするカケルを、キジマは指差した。
「出来る範囲から、物事を始める!それが、俺のモットーだ。まずは情報集めだ、カケル!」
焦っているだけじゃ何も変わらない。まずは正面からぶつかってみる事。カケルは、焦燥の中で忘れていた自分のやり方を思い出した。
「そう・・・だな。それしか無いよな。よし!早速、外に・・・」
立ち上がり、玄関へ向かおうとしたカケルの肩をキジマが抑える。
「待て。今日はもう寝ろ。そんな顔じゃ、お前も嬢さんもまともに休んでないだろ。とりあえず今日は寝て、明日から動けばいい。」
その言葉にカケルは言い返す。
「ダメだ!今すぐ動かなきゃ!今だってユーガは苦しんでるかもしれない!早く、早くしなきゃ・・・」
またしても焦燥感に支配されたカケルをキジマは諭す。
「お前の話じゃ、その連中はユーガ自体が目的のブツだったんだろ?なら、そうすぐに手荒な真似はしないはずだ。それに、そんな疲れた身体じゃ戦うにも戦えないだろうが。」
キジマの言葉を聞き、カケルは荒くなった息を整える。
「・・・分かったよ。お前の言う通りだ。」
カケルは再び腰を降ろした。キジマも椅子に戻ると、俯いたまま動かないリンカに声を掛けた。
「なぁ、お嬢さん。早く飲まないと冷めちまうぞ?」
一瞬、ピクリと反応を見せたが、リンカは変わらず黙り込んだままで居る。キジマは気にせずに言葉を続けた。
「火も水も貴重なんだ。あんまり無駄にしないでくれ。」
リンカの手が震え始める。見かねたカケルは割って入った。
「お、おい、キジマ。今のリンカはそっとしておいて・・・」
カケルの声を遮るように、キジマはわざとらしい大きな声で言う。
「ああ、そうだ。マーナ、キッチンに行ってお湯のおかわり入れて来てくれ。なるべく時間を掛けてな。後で行くから。」
何かを察したようにマーナは頷くと、空になったキジマのカップを受け取り、キッチンへと走って行った。
姿が見えなくなった事を確認したキジマは、リンカの方へ向き直った。
「・・・で、嬢さんよ。さっきカケルから聞いたぜ?あんた、自分が生きるために親父さん殺したらしいな。」
あまりにもストレートな物言いに、カケルは声を荒げる。
「おい、キジマ!そんな言い方すんなよ!」
身を乗り出そうとしたカケルを、キジマは横目で見つめ牽制する。その目から言わんとする事を察したカケルは、感情を押し込みながら渋々ソファーに戻った。
「・・・なさい・・・」
小さくリンカが口を開く。
「ん?なんだって?」
キジマが聞き返すと、リンカはまるで呪文のように同じ言葉を繰り返し始めた。
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
リンカの息がどんどん荒くなって行く。キジマは畳み掛けるように言った。
「謝れば済むってか?それはなんだ、自分への免罪符か?謝りたいなら、ずっと謝ってろよ。まぁ、あんたの親父さんは何も返してはくれないけどな。”死人に口無し”って奴だ。」
その言葉を聞き、リンカは握っていたカップを手放し、両耳を塞いで叫んだ。
「いやぁぁぁあああ!!!許してぇぇぇえええ!!!」
その叫喚の中、放り出されたカップは床に落ち、砕け散る。その中身がリンカの足を濡らした。キジマは立ち上がり、力強く言う。
「生きたかったんだろ!!目の前の男を殺してでも!!あんたは死より生を選んだんだ!!」
声が響き、消える。キジマとリンカ、二人の息遣いが小さく聞こえた。キジマは小さく口を開く。
「・・・熱いだろ、それ。」
リンカはキジマの目線の先、足元で割れたカップとその溢れた中身を見つめた。
「熱いとか、冷たいとか、苦しいとか、全部生きてなきゃ感じられないだろ。生きたかったんだよ、あんたはさ。あんただけじゃ無い。みんな同じだ。生きたいに決まってる。」
キジマはゆっくりと椅子に座った。
「こんなぶっ壊れちまった世界だ。俺は、あんたみたいに生きるため、家族や友人を殺してしまった人を何人も見て来た。皆、最後には自分のした事に耐えられなくなって、自分で死んでいったよ。」
リンカは顔を上げる。
「秩序も道徳も全て無くなった世界で、極限に追い込まれたあんたを誰も咎めたりしない。そこにあったのは”生きたかった”という思い、それだけだ。」
「それでも、自分を許せないなら、それを背負って生きて行けばいい。押し込むんじゃなく、自分を認めて、生きて行くんだ。”生きたかった”という自分を認めて。」
それを聞いたリンカは、嗚咽を漏らしながら、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「生きたかった・・!!死にたくなかった・・・!!怖かった・・・!!生きたくて、生きたくて!!!死にたくなかった!!!」
最後には叫びに変わったリンカの声に、キジマは言った。
「”生きたかった”自分を隠さなくていい。これからは、しっかり”自分”を生きていくんだ。」
「自分を・・・生きる・・・」
リンカは段々と落ち着きを取り戻した。キジマはバツ悪そうに笑う。
「最初はキツい言葉を掛けてすまなかったな。どうも、俺は荒っぽくていけねぇや。初対面のくせに偉そうにしてさ。」
リンカはカケルの方を向いた。
「・・・すまなかった、カケル。私は・・自分が、怖くなって・・・怖くて・・・」
カケルは首を横に振る。
「分かってるさ。お前の記憶は俺も見てたから。お前の気持ちが記憶から伝わって来て、だから、分かってる。大丈夫だ。」
リンカはふと、足元に目をやった。
「・・・割ってしまった。すまない。」
それを聞き、キジマは笑いながら破片を拾った。
「まぁ、いいさ。カップ1個くらい、また作ればいい。」
リンカが疑問の声を漏らす。
「つ、作ったのか?これを?」
「まぁ、粘土固めて焼くだけだしな。かまどがあれば誰だって作れるぜ?」
申し訳なさそうにリンカは頭を下げた。
「なおさら、すまない。せっかくの作品を・・・」
キジマは笑って言う。
「作品なんて、そんな大したもんじゃねぇって!」
その時、キッチンの方から声が聞こえた。
「ナオト兄ちゃん、まだー?」
マーナの声にキジマは立ち上がる。
「ああ、悪りぃ悪りぃ。今行くから。あ、カケル達はそこらへんで適当に寝てくれていいぞ。」
二人きりになり、リンカは口を開いた。
「・・・ユーガは、連れ去られたんだな。」
「ああ・・・。」
リンカは拳を固めた。
「・・・ユーガを、取り戻さなくてはな。私が力になれるかは分からないが・・・。」
カケルはリンカの肩を叩いた。
「何弱気になってるんだよ、リンカ。お前らしくもない。」
リンカは不安そうに言う。
「・・・思っていたより、私は弱い人間だったようだ。・・・また折れてしまうかもしれない。」
溜め息をつき、カケルは優しく笑う。
「例えまた折れても、俺たちが支えてやる。その為の仲間だろ?」
その言葉を聞き、リンカは小さく笑った。
「仲間、か。・・・私には、仲間が居るのか・・・そうか・・・良かった。」
一息吸うと、カケルは立ち上がった。
「さて、とりあえず寝るか。リンカもちゃんと寝ろよ。」
「・・・ああ。」
明日から、新たな戦いが始まる。眠りにつく前、カケルは心の中で覚悟を固めた。
次回 第12話「新たなる出発」
”俺も戦う”
そう、戦うはずだった。
けれど、ヨシトは涙を流した。
”君まで失えば、僕はもう壊れてしまう”
あれ。これは一体、誰の記憶。
俺の。
僕の、
記憶。
ーカケルは地上へと出て、呼び付けた人物を待っていた。
表情を失い、口を開かなくなったリンカを瓦礫の上に座らせると、カケルは呟く。
「・・・迷うな。ユーガは仲間だ。俺は一度そう決めたはずだ。なら、それを突き通せ。」
自分に言い聞かすように、言葉を紡ぐ。突然、着信音が響いた。ふと、端末に目をやったカケルは、表示されたメッセージを読み上げた。
「『後もう少しで着く。適当な用だったら、ただじゃおかねぇぞ。』・・・か。」
どう説明すればいい。一瞬悩んだが、ありのままを伝えるしか方法が無い事は、カケルにも分かっていた。
それであのキジマが納得し、協力してくれるかは分からない。しかし、他に当てがあるのかと言うと、答えは否だった。
「こんな時に人頼りか。何が、正義の味方だよ。笑わせてくれるぜ。」
自分を皮肉り、カケルは溜め息を吐く。
その時、遠方から響くジェットバイクの排気音が、カケルの耳を突ついた。
「ここだ、キジマ。」
カケルは手を振った。黒い煙を吐くジェットバイクは、ホバーで瓦礫の上を滑走しながら近づくと、カケルの前で停止した。
その上に乗る男は、下に立つカケルを見ながら口を開く。
「おい、カケル!お前、一体何の用だ。仕事の紹介なら、生憎だぜ。」
男の言葉を聞き、カケルは真剣な表情で訴える。
「キジマ、お前しか頼れない。俺が知ってる中で、一番信頼できるお前にしか頼めない事だ。」
その男、キジマはジェットバイクから降りると、怪訝な顔でカケルに近づいた。
「なんだよ、気持ち悪い事言って。その顔からすると、ただ事じゃ無さそうだな。」
「ああ、ただ事じゃない。」
キジマは肩を竦める。
「おいおい、いくら俺が便利屋だからって、極端な面倒ごとは御免被りたいぜ、カケル。」
カケルの目を見たキジマは、その揺るがない眼差しに溜め息を付いた。
「・・・まぁ、なんだ。長い付き合いだしな、話は聞いてやるよ。」
「ありがとう、キジマ。」
そして、カケルは今までの出来事を話した。ユーガとの出会い。マサカーの存在。仲間の一人、リンカの現状。そして、邂逅と連れ去られたユーガの事を。
全てを聞き終えたキジマは頭を抱えた。
「・・・いくらなんでも、訳分かんねぇぜカケル。マサカーってのが、村を襲って?その生き残りのユーガが誘拐された?お前、賞金稼ぎだろ、何に頭突っ込んでんだよ。」
喋りながら聞いた事を整理するキジマ。困惑した表情でカケルを見つめ、キジマは疑問を口にする。
「まぁ、とりあえずその話は信じるとしてだな。俺に何をしろってんだよ。」
カケルは詰め寄った。
「俺はユーガを連中から取り返す。その為に力を貸して欲しいんだ。」
それを聞き、キジマは首を横に振った。
「いやいや、相手は無差別殺戮集団なんだろ?俺が行った所で無理があるだろうが。大体、仲間って言ったってよ、そのユーガとは会って高々数日しか経ってないって・・・言ってる事がむちゃくちゃだぜ、カケル。」
焦燥に駆られ、カケルは声を荒げた。
「分かってるさ!俺だって、なんで会って2、3日程度の奴に、ここまで必死になるのか分かんねぇよ!でも、でもよ・・・」
拳を固め、カケルは目を閉じる。
「・・・感じるんだ。あいつにはさ。なんか、初めて会ったような気がしなくて、もっと遠い昔に一緒に居た気がして・・・そんな気がしてさ・・・放ってなんかおけないんだよ・・・。」
カケルの言葉に、キジマはハッとした顔をする。そして、静かに口を開いた。
「・・・ったく・・・しばらくの間、こき使わせて貰うぞ。タダ働きだ。それでもいいなら、協力してやる。」
「!!・・・・いいのか、キジマ。」
やれやれと言った表情でキジマは言う。
「俺がここで嫌だと言っても、お前は一人で行くつもりなんだろ?んな連中の所に単身乗り込んでみろ、確実に死ぬぞ。」
カケルはキジマの手を握る。そして、涙混じりの声で言った。
「恩に着るぜ、キジマ・・・。」
「ったく、気持ち悪い奴だなお前は。いいから、顔上げろっての。」
涙を拭いながらも、なお涙を流すカケルを見ながらキジマは呟く。
「・・・遠い昔に一緒に居た、か・・・。」
キジマはジェットバイクの方へと戻りながら、カケルに言った。
「とりあえず、そこのぐったりしてる嬢さんをこいつに乗せろ。俺の家まで運ぶぞ。」
「ああ・・・分かった。」
カケルはリンカに近づくと、肩を抱えた。
「リンカ、立てるか?」
その問いにリンカは答えない。しかし、足に僅かな力を入れ、ふらつきながらもゆっくりと立ち上がった。
ジェットバイクの座席にリンカを座らせると、キジマはそれを押して歩き始めた。
「・・・久々にマーナの奴にも顔を合わせてやってくれ。最近、お前がどうしてるか気にしてるからな。」
「そうか・・・そういや、しばらく会ってなかったもんな。」
カケルはキジマの横に並ぶと、ジェットバイクのボディに手を添え、それを手伝った。
キジマの住む家。それは廃墟を人の住める最低限の状態に改築した物だった。そこに着く頃には、すでに辺りは夜の闇が支配していた。
「はぁ、いくら浮いてるからって、こいつを押して歩くのは結構大変だぜ・・・。」
腰を伸ばしながら、キジマは愚痴る。その時、家の扉が勢い良く開いた。
「おかえり、ナオト兄ちゃん!あっ、カケル兄ちゃんも!」
飛び出して来た少女に、キジマは笑う。
「ああ、ただいま。マーナ。」
その少女、マーナはカケルの姿を確認するや否や、透かさず飛び付いた。
「カケル兄ちゃん久しぶり!元気だった?」
マーナの頭を撫でながら、カケルは力無く笑う。
「久しぶりだな、マーナ。俺はいつでも元気だぜ。」
埋めていた顔を上げ、マーナは疑いの目を向ける。
「え〜なんかあんまり元気じゃなさそう・・・」
「ははは・・・マーナにはお見通しか。」
カケルは作り笑いをする。横からキジマがマーナに声を掛けた。
「マーナ、キッチンに行ってお湯を涌かして来てくれ。4人分頼むぞ。」
カケルから離れたマーナは、ピシッと敬礼をした。
「りょーかいです!」
家の中へと戻るマーナを確認し、キジマはカケルに言う。
「さて、まずは嬢さんを降ろさないとな。」
頷いたカケルは再びリンカに肩を貸し、座席から降ろす。キジマはジェットバイクを家の傍に寄せると、カケルと共に家の中へと入った。
薄暗い電球の灯りの下、カケルはボロついたソファーの上にリンカを座らせると、その隣に腰を降ろした。
「はい、どーぞ。」
マーナから湯気を放つマグカップを受け取り、カケルは礼を口にする。
「ありがとう、マーナ。」
手に持ったもう一つのカップを、マーナはリンカに差し出した。
「お姉ちゃんも、はい。」
うつろな目でリンカは顔を上げる。
「・・・とりあえず、なんか飲まないとさ。身体冷えるぜ。」
カケルは心配そうに見つめる。一瞬ためらいを見せたが、リンカは震える手でカップを受け取った。それを見たマーナはニコッと笑う。
「ただのお湯だけど、飲めばあったまるよ!あ、でも火傷しないようにね。」
再び俯いたリンカは、カップの中の水面をぼんやりと見つめる。マーナは自分の分のカップを手に取ると、ちょこんとリンカの隣に座った。
向かいの椅子のキジマは、一口啜ると口を開いた。
「さて、カケル。協力するにはするが、連中に関する情報はなんかあんのか?どこに居るのか分かんなきゃ、取り返すにも取り返せないだろ。」
カケルは苦い顔をする。
「それは・・・分かんねぇけど。」
それを聞き、キジマは溜め息を付く。
「はぁ・・・。まぁ、んなこったろうとは思ったけどよ。しかし、世界を滅ぼしたペンデュラムを使う連中か・・・戦争の時の残党なのか、それともなんらかの形でペンデュラムを手に入れた別の組織なのか・・・」
「いずれにしろ、戦争で使われた力を殺戮に利用する連中なんて許される訳がねぇ。カケル、お前の怒りは十分に理解できる。けど、何の情報も無いんじゃ、攻めようがねぇな・・・。」
当たり前の事実だった。自身の無力さに打ち拉がれ、カケルは肩を落とす。見かねたキジマは立ち上がって言った。
「しかし!情報が無いんだったら、集めるしかねぇ。そうだろ、カケル!」
目を丸くするカケルを、キジマは指差した。
「出来る範囲から、物事を始める!それが、俺のモットーだ。まずは情報集めだ、カケル!」
焦っているだけじゃ何も変わらない。まずは正面からぶつかってみる事。カケルは、焦燥の中で忘れていた自分のやり方を思い出した。
「そう・・・だな。それしか無いよな。よし!早速、外に・・・」
立ち上がり、玄関へ向かおうとしたカケルの肩をキジマが抑える。
「待て。今日はもう寝ろ。そんな顔じゃ、お前も嬢さんもまともに休んでないだろ。とりあえず今日は寝て、明日から動けばいい。」
その言葉にカケルは言い返す。
「ダメだ!今すぐ動かなきゃ!今だってユーガは苦しんでるかもしれない!早く、早くしなきゃ・・・」
またしても焦燥感に支配されたカケルをキジマは諭す。
「お前の話じゃ、その連中はユーガ自体が目的のブツだったんだろ?なら、そうすぐに手荒な真似はしないはずだ。それに、そんな疲れた身体じゃ戦うにも戦えないだろうが。」
キジマの言葉を聞き、カケルは荒くなった息を整える。
「・・・分かったよ。お前の言う通りだ。」
カケルは再び腰を降ろした。キジマも椅子に戻ると、俯いたまま動かないリンカに声を掛けた。
「なぁ、お嬢さん。早く飲まないと冷めちまうぞ?」
一瞬、ピクリと反応を見せたが、リンカは変わらず黙り込んだままで居る。キジマは気にせずに言葉を続けた。
「火も水も貴重なんだ。あんまり無駄にしないでくれ。」
リンカの手が震え始める。見かねたカケルは割って入った。
「お、おい、キジマ。今のリンカはそっとしておいて・・・」
カケルの声を遮るように、キジマはわざとらしい大きな声で言う。
「ああ、そうだ。マーナ、キッチンに行ってお湯のおかわり入れて来てくれ。なるべく時間を掛けてな。後で行くから。」
何かを察したようにマーナは頷くと、空になったキジマのカップを受け取り、キッチンへと走って行った。
姿が見えなくなった事を確認したキジマは、リンカの方へ向き直った。
「・・・で、嬢さんよ。さっきカケルから聞いたぜ?あんた、自分が生きるために親父さん殺したらしいな。」
あまりにもストレートな物言いに、カケルは声を荒げる。
「おい、キジマ!そんな言い方すんなよ!」
身を乗り出そうとしたカケルを、キジマは横目で見つめ牽制する。その目から言わんとする事を察したカケルは、感情を押し込みながら渋々ソファーに戻った。
「・・・なさい・・・」
小さくリンカが口を開く。
「ん?なんだって?」
キジマが聞き返すと、リンカはまるで呪文のように同じ言葉を繰り返し始めた。
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
リンカの息がどんどん荒くなって行く。キジマは畳み掛けるように言った。
「謝れば済むってか?それはなんだ、自分への免罪符か?謝りたいなら、ずっと謝ってろよ。まぁ、あんたの親父さんは何も返してはくれないけどな。”死人に口無し”って奴だ。」
その言葉を聞き、リンカは握っていたカップを手放し、両耳を塞いで叫んだ。
「いやぁぁぁあああ!!!許してぇぇぇえええ!!!」
その叫喚の中、放り出されたカップは床に落ち、砕け散る。その中身がリンカの足を濡らした。キジマは立ち上がり、力強く言う。
「生きたかったんだろ!!目の前の男を殺してでも!!あんたは死より生を選んだんだ!!」
声が響き、消える。キジマとリンカ、二人の息遣いが小さく聞こえた。キジマは小さく口を開く。
「・・・熱いだろ、それ。」
リンカはキジマの目線の先、足元で割れたカップとその溢れた中身を見つめた。
「熱いとか、冷たいとか、苦しいとか、全部生きてなきゃ感じられないだろ。生きたかったんだよ、あんたはさ。あんただけじゃ無い。みんな同じだ。生きたいに決まってる。」
キジマはゆっくりと椅子に座った。
「こんなぶっ壊れちまった世界だ。俺は、あんたみたいに生きるため、家族や友人を殺してしまった人を何人も見て来た。皆、最後には自分のした事に耐えられなくなって、自分で死んでいったよ。」
リンカは顔を上げる。
「秩序も道徳も全て無くなった世界で、極限に追い込まれたあんたを誰も咎めたりしない。そこにあったのは”生きたかった”という思い、それだけだ。」
「それでも、自分を許せないなら、それを背負って生きて行けばいい。押し込むんじゃなく、自分を認めて、生きて行くんだ。”生きたかった”という自分を認めて。」
それを聞いたリンカは、嗚咽を漏らしながら、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「生きたかった・・!!死にたくなかった・・・!!怖かった・・・!!生きたくて、生きたくて!!!死にたくなかった!!!」
最後には叫びに変わったリンカの声に、キジマは言った。
「”生きたかった”自分を隠さなくていい。これからは、しっかり”自分”を生きていくんだ。」
「自分を・・・生きる・・・」
リンカは段々と落ち着きを取り戻した。キジマはバツ悪そうに笑う。
「最初はキツい言葉を掛けてすまなかったな。どうも、俺は荒っぽくていけねぇや。初対面のくせに偉そうにしてさ。」
リンカはカケルの方を向いた。
「・・・すまなかった、カケル。私は・・自分が、怖くなって・・・怖くて・・・」
カケルは首を横に振る。
「分かってるさ。お前の記憶は俺も見てたから。お前の気持ちが記憶から伝わって来て、だから、分かってる。大丈夫だ。」
リンカはふと、足元に目をやった。
「・・・割ってしまった。すまない。」
それを聞き、キジマは笑いながら破片を拾った。
「まぁ、いいさ。カップ1個くらい、また作ればいい。」
リンカが疑問の声を漏らす。
「つ、作ったのか?これを?」
「まぁ、粘土固めて焼くだけだしな。かまどがあれば誰だって作れるぜ?」
申し訳なさそうにリンカは頭を下げた。
「なおさら、すまない。せっかくの作品を・・・」
キジマは笑って言う。
「作品なんて、そんな大したもんじゃねぇって!」
その時、キッチンの方から声が聞こえた。
「ナオト兄ちゃん、まだー?」
マーナの声にキジマは立ち上がる。
「ああ、悪りぃ悪りぃ。今行くから。あ、カケル達はそこらへんで適当に寝てくれていいぞ。」
二人きりになり、リンカは口を開いた。
「・・・ユーガは、連れ去られたんだな。」
「ああ・・・。」
リンカは拳を固めた。
「・・・ユーガを、取り戻さなくてはな。私が力になれるかは分からないが・・・。」
カケルはリンカの肩を叩いた。
「何弱気になってるんだよ、リンカ。お前らしくもない。」
リンカは不安そうに言う。
「・・・思っていたより、私は弱い人間だったようだ。・・・また折れてしまうかもしれない。」
溜め息をつき、カケルは優しく笑う。
「例えまた折れても、俺たちが支えてやる。その為の仲間だろ?」
その言葉を聞き、リンカは小さく笑った。
「仲間、か。・・・私には、仲間が居るのか・・・そうか・・・良かった。」
一息吸うと、カケルは立ち上がった。
「さて、とりあえず寝るか。リンカもちゃんと寝ろよ。」
「・・・ああ。」
明日から、新たな戦いが始まる。眠りにつく前、カケルは心の中で覚悟を固めた。
次回 第12話「新たなる出発」
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101 | 12:新たなる出発 | 1126 | 2 | 2016-02-23 | - | |
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126 | 14:忘却都市と生存兵 | 1171 | 4 | 2016-03-07 | - | |
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94 | 24:極限のドロップ・ドロー・後編 | 968 | 2 | 2016-06-07 | - | |
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