第九十七話：聖女と落胤　作：KOUBOU（旧名：光芒）

　時は数時間前。セントラル校とユニオンーーー四校合同チームによるデュエルが始まる前にまで遡る。この日は一日に二回のデュエルが予定されていた遊希は一戦目を危なげなく勝利すると、次のデュエルまでの間のインターバルは控室に籠っていた。
　天都 遊希は紛れもないプロデュエリストであり、その強さは同じプロデュエリストと比べても一段も二段も飛びぬけていると言っていい。しかし、その強さは周囲からのそんな評価に甘んじることなく、研究に研究を重ねているからこそ成し得ているものでもあった。

「どうぞ」

　遊希は机の上に無造作にカードを広げては、それとにらめっこをしていた。そんな中、控室のドアがノックされる。遊希のどうぞ、という声に反応してエヴァが足を踏み入れた。
　遊希同様この日に複数回のデュエルが組まれていたエヴァであるが、現状Ｓランクのプロデュエリストで遊希に比肩しうるのはエヴァ一人と言っていい。彼女も順当に勝利を収めていた。

「失礼しマス。またデッキ調整デスカ？」
「そうよ。不思議なものでね、デュエルをすればするほど色々なカードが頭に浮かんでくるんだけど……それが自分のデッキやデュエルに活かせないか試してみたくなるものなのよ」

　そう言って小さくため息をつく遊希。そしてソファにその身を預けては左腕を目の上に置く。さすがにカードと１時間近く睨み合っていれば目も疲れるというものだ。

「ねえ、エヴァ。あなた、最近のデッキとはどのくらいデュエルをした？」
「最近のデッキ……デスカ？」
「そうよ。Ｉ２社もビジネスである以上、新しいカードを作っては売らなきゃいけない。それはわかっているんだけど、新しいカードと戦っていて思い知らされるのよ。今の私、力負けしてるって」

　遊希の持つ【ギャラクシー】【フォトン】のカードはかつてその身に宿していたデュエルモンスターズの精霊・銀河眼の光子竜によってもたらされたカードである。数年前に起きたある出来事によって一部のカードが失われてしまってはいるものの、今でもデッキを組めるだけのカードは揃っている。また、【タキオン】関連のカードは彼女の持つ記憶とイメージをもとにＩ２社の協力のもと作り上げたカードである。テーマ内のカード数自体は少ないが、前述のギャラクシーやドラゴン族、Ｘモンスターをサポートするカードと合わせ、そこに遊希の卓越したデュエルタクティクスが加わる。
　それらの全てが高いレベルで調和できているからこそ、天都 遊希は世界トップクラスのデュエリストでいられるのだ。しかし、それらのカードと共に戦えば戦うほど遊希は感じていた。自分たちの力の限界に。

「でも、だからと言って今のデッキを変えるつもりはない。やっぱり愛着のある銀河眼たちで勝ちたいもの。まあ、レギュレーションでＸモンスターが使えない時とかはその限りじゃないけど」
「さすが遊希サンデスネ。私もその気持ち、見習いマス！……遊希サン？」

　エヴァが身を乗り出し、ソファにもたれかかる遊希の顔を覗き込む。エヴァの美しい顔が遊希の視界を覆いつくす。普段からよく見ている顔ではあるものの、さすがにまじまじと見られることには慣れていない。遊希は思わず目をそらした。

「……な、なによ」
「目の下にくまがありマス。ちゃんと寝れていますカ？」
「……最近、寝つきが悪いのよね。寝ても２時間くらいで一回起きちゃうというか……」
「ダメデスヨ！ 睡眠不足はデュエルにも影響しますし、何より美容の大敵デス！ 遊大サンにそんな顔を見せるつもりデスカ！？」
「ゆ、遊大は関係な……あー、もうそれより次のデュエルのことを考えなきゃ」

　話を逸らす遊希に頬を膨らませるエヴァ。最も遊希の体調のことを一番わかっているのは遊希である。エヴァは心配をそこそこに遊希が手に取ったタブレット端末に目を向ける。画面に映し出されていたのは遊希の次の相手―――千早 亜沙美の情報だった。

「亜沙美サンデスネ。１３歳でＳランク到達……ものすごい才能の持ち主と言っても過言ではないないデスネ」
「そうなんだけど……彼女は私と真逆なのよね」

　亜沙美がＳランクに昇格するまでの戦績を見ている遊希は小さく首をひねる。それは彼女がデュエルのたびに使用するデッキを変えてデュエルに臨んでいることだった。
　プロデュエリストは決して一つのデッキを使い続けなければならない、ということはなく、レギュレーションや環境を呼んでデッキを使い分けることは普通のことだ。どちらかと言えば、使用制限でもされない限りデッキのコンセプトを変えることがない遊希やエヴァの方が異端児とも言えるだろう。

「気になるのは、彼女は勝ちも多いけど、負けも決して少なくないということ。例えば……この人とのデュエル。初戦は負けているけれど、以降当たったデュエルでは全部勝っているのよ。この人だけじゃない、他の人とのデュエルでも初戦は負けているけど、同じマッチングになった時は勝っている」
「……珍しいデスネ」
「恐らくだけど、彼女は相手の癖を読む……というか相手のデッキのメタを張るのが上手いのかもしれないわね。そして、Ｓランクのプロデュエリストである私たちのデュエルについてはニュースであちらこちらに情報が溢れている。決して侮ってはいけない相手として臨むわ」





＊





　そして遊希はそんな亜沙美と対峙していた。

「亜沙美ちゃん。大観衆の前だけど、緊張しすぎないようにね」
「……はい」

　遊希は対戦相手ではあるものの、自分と同じく若くしてプロの舞台に立った少女を気にかけていた。もちろんデュエルで手を抜くことはしないが、緊張で固まった相手に勝ったところで嬉しくなどない。それ故にデュエル前にも限らず、亜沙美に声をかけたがその反応は芳しいものではなかった。
　緊張しているのか、それとも元から物静かなのか。亜沙美は小さな声でお辞儀をしてデュエルディスクを展開する。思えば自分も昔はこうだった、と郷愁に浸るが、すぐに現実に引き戻された。


「デュエル！」
「……デュエル」


亜沙美　ＬＰ８０００　手札５枚
デッキ：３５　メインモンスターゾーン：０　ＥＸゾーン：０　魔法・罠：０　墓地：０　フィールド：０　除外：０　ＥＸデッキ：１５（０）
遊希　ＬＰ８０００　手札５枚
デッキ：３５　メインモンスターゾーン：０　ＥＸゾーン：０　魔法・罠：０　墓地：０　フィールド：０　除外：０　ＥＸデッキ：１５（０）


☆ＴＵＲＮ０１（亜沙美）

「私の……ターン」
「スタンバイフェイズ、マルチャミー・フワロスの効果を発動するわ」
「……！？」
「私のフィールドにカードが存在しない場合、手札のこのカードを墓地に送ることで、このターン、あなたがデッキまたはＥＸデッキからモンスターを特殊召喚するたびに私はカードを１枚ドローする。チェーンはあるかしら？」

（スタンバイフェイズのフワロス……ちょっと大人気なかったかしら。でもメインフェイズに発動すると三戦の才を使われるリスクもあるから悪く思わないでね）
「チェーンは……ありません」
「そう。じゃあフワロスの効果は適用される」
（灰流うららはなかったか、それとも敢えて撃たなかったか）

　最も現代のデュエルモンスターズにはフワロスや増殖するＧのようなドロー系誘発が通用しないデッキ、相手のドローを最小限にする展開のデッキも多いため、灰流うららを無駄遣いしないためにも止めないというプレイングもある。

「メインフェイズ１に移行します。私は……手札の《白き竜の落胤》の効果を発動します」

《白き竜の落胤》
効果モンスター
星４/闇属性/ドラゴン族/攻1800/守 0
このカード名はルール上「アルバスの落胤」として扱う。
このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ１ターンに１度しか使用できない。
(1)：このカードが手札に存在する場合、ＥＸデッキから「アルバスの落胤」のカード名が記されたモンスター１体を墓地へ送って発動できる。このカードを特殊召喚する。このターン、自分はレベル８の融合・ＳモンスターしかＥＸデッキから特殊召喚できない。
(2)：このカードが召喚・特殊召喚した場合に発動できる。自分の手札・デッキ・墓地から「エクレシア」モンスター１体を特殊召喚する。

（【烙印】……やっぱり私のデッキがドラゴン族主体のデッキだからそれに対するメタは張っていると）

　亜沙美のデッキは【烙印】。融合召喚を主とするテーマであり、デッキのキーカードである《アルバスの落胤》は自分・相手フィールドのドラゴン族を任意の数だけ融合素材にできる《深淵竜アルバ・レナトゥス》の融合素材でもある。
　機械族相手における《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》のような立ち位置にある以上、先攻で制圧盤面を敷いたとしても、あっさり覆されるのだ。そういった意味では先攻を取れなかったということが遊希にとってはいい方向に働いてくれたと言える。

「ＥＸデッキの《烙印竜アルビオン》を墓地に送り、このカードを……手札から特殊召喚します。この効果で特殊召喚した場合……このターン、私はレベル８の融合・ＳモンスターしかＥＸデッキから特殊召喚できなくなります。そして、特殊召喚に成功した白き竜の落胤の効果を……発動。デッキからチューナーモンスター《白の聖女エクレシア》を特殊召喚します」

《白の聖女エクレシア》
チューナー・効果モンスター
星４/光属性/魔法使い族/攻1500/守1500
このカード名の、(1)の方法による特殊召喚は１ターンに１度しかできず、(2)(3)の効果はそれぞれ１ターンに１度しか使用できない。
(1)：相手フィールドのモンスターの数が自分フィールドのモンスターより多い場合、このカードは手札から特殊召喚できる。
(2)：自分・相手のメインフェイズに、このカードをリリースして発動できる。手札・デッキから「相剣」モンスターか「アルバスの落胤」１体を特殊召喚する。
(3)：このターンに融合モンスターが自分の墓地へ送られている場合、エンドフェイズに発動できる。墓地のこのカードを手札に加える。

「デッキからモンスターが特殊召喚されたから、フワロスの効果で１枚ドローする」
「エクレシアの効果を発動……このカードをリリースし、デッキからチューナーモンスター《軒轅の相剣師》を特殊召喚」

《軒轅の相剣師》
チューナー・効果モンスター
星４/光属性/魔法使い族/攻1800/守1500
このカード名の(2)の効果は１ターンに１度しか使用できない。
(1)：モンスターの攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚し、その攻撃を無効にする。「アルバスの落胤」を融合素材とする融合モンスターが自分フィールドに存在する場合、さらにその攻撃宣言したモンスターを破壊できる。
(2)：モンスターが表側で除外された場合、フィールド・墓地のこのカードを除外して発動できる。攻撃力と守備力の数値が同じ魔法使い族・光属性モンスター１体を自分の手札・墓地から特殊召喚する。

「フワロスの効果で１枚ドロー」
（どうやらフワロスは無視して突っ走るようね）
「レベル４の白き竜の落胤に、レベル４のチューナーモンスター軒轅の相剣師を……チューニング。Ｓ召喚、レベル８《黒き竜のエクレシア》」

《黒き竜のエクレシア》
シンクロ・効果モンスター
星８/光属性/魔法使い族/攻2500/守2500
チューナー＋チューナー以外のモンスター１体以上
このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ１ターンに１度しか使用できない。
(1)：自分・相手のメインフェイズに発動できる。このカードをエンドフェイズまで除外し、自分のデッキ・墓地から「アルバスの落胤」またはそのカード名が記されたレベル４以下のモンスター１体を特殊召喚する。
(2)：このカードが墓地に存在する場合、自分の墓地・除外状態のレベル８融合モンスター１体とフィールドのカード１枚を対象として発動できる。そのカード２枚とこのカードをデッキに戻す。

「フワロスの効果で１枚ドローするわ」
（【烙印】が融合召喚だけのテーマだったのは昔の話……ここからどう展開するのか、見せてもらうわ）