16.偉大な背中　作：お野菜のデーモン

古株さんを医務室に預けてから、俺は一人で公園まで来ていた。

（家出した子供が来る場所は一つ）

自分の家から遠すぎず近すぎず。
いつでも帰れて、しかし見つからない場所で、かつ雨風は凌げる場所と言ったら……

（……居た）

ドーム型遊具の中で不安そうに縮こまっている少女、光莉ちゃんを発見した。
…字面だけだと、なんか不審者っぽいな俺。
ま、今更か。驚かさないようゆっくり、そしてなるべく優しい顔を作り声をかける。

「よっ」

「ひ……っ！……あれ…？」

…あれ、もしかしてマジで不審者か何かと思われてたのか？
ついそう感じてしまうほど過剰に反応する光莉。

「お兄ちゃん、この前パパと一緒にいた……」

「よく覚えてたな。……それより、お父さん心配してたぞ。帰らないのか？」

『お父さん』その言葉を聞くとまた表情に陰りが。もう今にも泣き出してしまいそう……てか泣かれたら俺がヤバいのかこれ……？

「……やだ、帰りたくない…」

「ほお、そりゃどうして」

「だって、見たくないんだもん……あんなダメダメなパパ、もう見たくない……」

「……ダメダメ、ね」

……流石に少しカチンと来た。しかし手は出さない。だって相手は子供、あくまで会話で、だ。

「なぁ、君のお父さんが今まで重ねた通算勝利数、いくつか知ってるか？…896勝。これはあくまで公式試合での記録で、記念試合なんかも含めればもっとだ。これはメジャーリーグ最高記録の一つで今まで一度も破られてない」

「……え？そ、そんなに……？」

「あぁ……見ての通り俺はもう子供じゃない。だから親子の問題に俺程度が首突っ込めるような立場じゃないのは分かってる。だけどな……心から尊敬する人が、知りもせずバカにされてるのを見過ごせるほど大人でも無いんだ」

驚然とした様子の光莉ちゃんに、あるものを差し出す。

「今日の試合のチケットだ。君のお父さんが戦う試合の。興味がなければ捨ててもいい。だが今の話を聞いて、ほんの少しでもお父さんに興味が沸いたなら……見に来てくれ。用はそれだけだ、じゃあな」

それだけ言ってから、俺は立ち去る。今度こそ、放っておくしかない。あとは光莉ちゃん次第だ。
……その日の晩、予想外の負傷から降板も視野に入れられてた古株さんだが本人の希望で結局試合をすることに。

（焦ってんだな……）

しかしただでさえ衰えているのにそんな状態で十全に戦える訳もなく……結果は第一、第二試合共に惨憺たる結果に終わる。
両試合とも、まともに相手ＬＰを削ることすらできなかった。

『ダメだダメだダメだー！！！』
『さっさと引っ込めクソジジー！！』
『マジメにやってんのかこのダメ親父！！』

二試合目が終わる頃には、そんな罵詈雑言が飛び交うようになってた。
そしてそれについに耐えきれなくなったのか……古株さんが、フィールド上で膝をついた。
───────────────────────
『ダメ親父』『老害』『お荷物』
今朝、いや、昨日からそんなマイナスな言葉ばかり頭の中で浮かんでしまう。
昔ならそんな言葉、聞き流して次の試合に行くことさえできた。だが、今は違う……

──パパが負けてばっかだからみんなからバカにされるんだ
──パパなんか知らない、もう顔も見たくない

愛する娘から放たれたその言葉が、まるで棘のように私の心臓へと突き刺さり離れない。

（私は身も心も、何もかも弱くなってしまった…）

もう、ダメなのかもしれない……

『頑張れー！』

「……え…？」

そんな時だった。野次に混じって、微かに聞こえてくる自分への声援。

『パパー！頑張れー！！』

最初は幻聴かと思った。あまりの心労に耳もおかしくなってしまったのかと思った。

しかし見えた。たしかに聞こえた。幻覚でも幻聴でもない。
何もかも枯れ果てた私がまだ生きていられる理由。

『頑張れ、頑張れー！！頑張って、パパー！！！」

（…光莉）

……そうだ、何を既に折れた気でいるんだ。
まだ、やれる筈だ。

（あぁ…あと少し、もう少し頑張ってみせる）
───────────────────────
（……古株さん、立ち直ったか）

横を通り過ぎた一瞬、見えた古株さんの顔は普段の彼からは想像つかないほど鋭い目をしていた。
あれこそ、子供の俺が憧れた古株さん。

さて、古株さんの今日の試合数は三つ。既に二戦は終えて最後の相手は……俺、阿笠遊理だ。

（元々手を抜くつもりも無かったが……本気でかからないと負けるな）

「「デュエル」」

憧れの人との、最高の試合が今始まった。