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第2話:悲しき過去 作:光芒
「そうか、遊季都くんもデュエリストなんだ」
「はい。僕はまだまだ半人前ですけど……」
初めは他人行儀であった遊季都と遊大であるが、同じ高校一年生であること、名前に同じ「遊」の字を持つこと、そしてデュエリストであることが彼らの距離をぐっと近づけた。そして今、遊大は遊季都のことを名前で呼び、遊季都もまた遊大のことを名前で呼んでいた。
遊季都の脳内ではやはり声に出しにくい方面の性癖があるのではとラズベリーが彼をからかっていたり、こういう時にストッパー役を担ってほしいポップロックが何故かずっと沈黙を守り続けていたりはしたが、遊季都はすっかり遊大と打ち解けていた。どちらかというと人見知りしがちな遊季都であるが、不思議と遊大相手には言葉が進んでいくのである。
「でも……その、デュエル甲子園だっけ? そんな大きな大会で優勝候補の高校に勝っているんだから君は半人前ではないと思う」
「あ、ありがとうございます」
ただ、遊季都は会話の所々で高海 遊大という人間に不思議な感覚を抱くことがあった。まず一つは、遊季都が参加しているデュエル甲子園のことを遊大が知らないということだ。遊大は遊季都と同じ高校一年生のデュエリストならば、まず日本全国から高校生デュエリストが一堂に会するこの大会を知らない、というのはおかしな話だ。
―――確かにデュエル甲子園について知らないってのはなーんか怪しいね。
(うん、でもずっと海外暮らしだったとかいう可能性もあるけどね)
―――遊季都。
(ポップロック?)
そんな中、今までずっと黙っていたポップロックが口を開く。
―――昼に学校で白朧院 梓から“虹彩の皇子”について話を聞いていたな。
(うん)
―――虹彩の皇子の外見的特徴について彼女たちがどう言っていたか。覚えていないか?
梓や盛雄と虹彩の皇子について盛り上がっていた時、その虹彩の皇子らしき人物の外見にも話が及んでいた。その外見は「炎のように燃える紅い髪」「ルビーのような赤く煌めく右目に、エメラルドのような緑色に美しく輝く左目」そして「女性と見間違えるような美貌」。遊季都の隣で歩いているこの少年・遊大の外見的特徴と虹彩の皇子の情報が完全に一致するのだ。このような特徴的な外見の人間などそうはいない。
(まさか……遊大さんが虹彩の皇子?)
―――可能性は限りなく高い。
―――確かにこんなインパクトのある見た目の人が正義の味方やってたらニュースになるよねー……
(でも仮に遊大さんが虹彩の皇子だったとしても、僕にとっては遊大さんであることには変わらないよ)
だが、遊大が虹彩の皇子であったとしても遊季都にとって彼を特別扱いする理由にはならない。少なくともここで出会った赤崎 遊季都という人間と高海 遊大という人間の間には確実に縁が紡がれている。人と人の出会いには何かしらの運命が存在している、とはよく言われるが、遊季都と遊大のこの出会いも何かしらの運命の下に為ったものなのだろう。
「遊季都くん?」
「っ、はい?」
「ちょっとこっち行ってもいいかな……」
道案内をしているのは遊季都であるが、案内されている側の遊大は進む道を変えることを提案してきた。確かにこの道を進んでもニューサニーアップ事務所には辿り着けるが、だいぶ遠回りになってしまう。早く行きたいのであればこのまま真っすぐ行けばいいのだが。
「大丈夫ですけど……いいんですか? こっち曲がるとちょっと遠回りになりますよ?」
「俺は別に構わないよ。むしろこっちに行きたいんだよね……駄目?」
そう言って小首を傾げる遊大。その様は同い年の男子高校生のものとは思えないほど愛嬌のある魔性の微笑みと言えた。最もこの笑みがあるからこそ皇子と呼ばれるのではないだろうか。遊季都は天から二物も三物も与えられている遊大を羨ましがりつつ、遊大のお願いを聞くことにした。
遊大の行きたい方向に歩いていく遊季都。大通りを外れて段々閑静な裏通りへと入り込んでくる。やがて周囲に建物がなく、月と街灯だけが照らすような場所に着いた時、遊大は歩みを止めた。
「遊大さん?」
「遊季都くん。俺から離れないで」
「えっ?」
「……隠れていないで出てきたらどうですか? さっきからずっとつけてきているのに気づいていないとでも思ったんですか?」
遊大がそう言うと、後方の暗がりから数人の男がぞろぞろと現れては遊季都と遊大と取り囲む。男たちは黒いスーツにサングラス、スキンヘッドはもちろん顔に傷があったりと明らかに堅気とは言えない者ばかりであった。
「っ!?」
―――アタシテレビで見たことある! こういうのヤーさんって言うんでしょ?
―――極道ではないのか?
(どっちも一緒だよ……)
「金目当てだったら意味はありませんよ。こっちはただの男子高校生。あなたたちの懐を潤わせるほどのものは持っていません」
「……俺たちが金目当てでただの高校生を襲ったらいい笑いもんだわ」
集団の中から一人だけ、白く高級そうなスーツを着た男が歩み出る。恐らくこの集団の頭目がこの白スーツの男なのだろう。ドラマや映画で現れる幹部クラスの人間のテンプレートみたいな男はすっと遊季都を指差す。
「俺たちの目的はお前だよ、赤崎 遊季都」
「えっ……」
「遊季都くんを?」
「お前、この名前は知ってるよな?―――中村 羅龍風(なかむら らるふ)」
「!?」
それは遊季都にとって忘れたくてもそう簡単には忘れられない人物の名前であった。その名前を聞いた遊季都はガクガクと震えながら頭を抱える。崩れ落ちそうになった彼の身体を隣に立っていた遊大が抱きかかえた。
―――遊季都くん!?
「……誰ですか。その中村なんとかっていう人は」
「お前知らないのか? 中村 羅龍風ってのは元プロデュエリストでな、その赤崎 遊季都に追い落とされた野郎だよ」
「遊季都くん」
「……はい」
「もし差し支えなければでいいんだけど……何があったか俺に教えてくれないかな?」
遊季都は言葉を絞り出すかのように、遊大に自分の過去を話し始めた。赤崎 遊季都はプロデュエリストの父を持っており、そのデュエルの才能は早くから目覚めていた。幼くして父譲りのタクティクスを発芽させた彼は、7歳の時に父の勧めで少年デュエリストの大会に参加した。
そしてその大会でも優秀な成績を収めた遊季都は少年デュエリスト代表としてプロデュエリスト相手にデュエルを挑むことになり、その時の相手がプロデュエリストだった中村 羅龍風である。現役のプロ対7歳の子ども。結果は火を見るよりも明らかというものだ。
だが、そのデュエルの経緯は予想の斜め上を行くものとなりつつあった。中村 羅龍風というプロデュエリストがプロとしてはそれほど格の高いデュエリストというのもあるが、遊季都が羅龍風を追い詰めたのである。ここで羅龍風が遊季都に花を持たせる形で負けていれば全てが丸く収まったであろう。しかし、羅龍風は形式的なものであっても敗北というものを受け入れることができなかった。
―――プロの自分がただの子ども相手に負けてなるものか。
大人、そしてプロデュエリストらしからぬちっぽけなプライドが一人の少年の人生を変えてしまった。彼は兼ねてから昵懇の仲であった審判に金銭を渡すと、なんとそのデュエルで遊季都の反則をでっち上げてしまったのである。その結果遊季都には「反則を犯したデュエリスト」というレッテルが貼られ、遊季都はその嘘を鵜呑みにした父親に勘当された挙句、この歳までずっと卑怯者と蔑まれ続けてきたのだ。
しかし、先日のデュエル甲子園で遊季都らチーム・チャレンジャーZが羅龍風の弟である雷武(らいぶ)の率いる六錘高校とデュエルをした時、雷武は兄と共謀して再度遊季都を陥れようとした。だが、遊季都の協力者であるとある人物の活躍で、逆に自分たちの不正が暴かれる形となり、羅龍風ら一派は失脚。遊季都の汚名は8年の時を経ってようやく雪がれたのである。
もちろん遊季都は何も間違ったことはしていない。だが、8年という時はあまりに長かった。自分が間違っていないということはわかっているのだが、その事件は未だに彼の心に消すことのできない傷として残っているのである。
「……そうか、辛いことを思い出させてしまってごめんね」
遊大は俯く遊季都の頭を撫でる。そして決意を秘めた眼で目の前の男たちを睨みつけた。この時の遊大の顔からは先ほどまでの穏やかな笑みは消えていた。今の彼はまさに眼前の敵を見定める竜の如く鋭かった。
「それで……そのなんとか羅龍風と遊季都くんに何の関係が? 今となっては無関係でしょう?」
「中村は俺たちのような極道者とも付き合いがあってねぇ。あいつらがいなくなったことでこっちは今まで味わえていた甘い汁が来なくなっちまったんだよ」
羅龍風たちが裏の世界の者たちと付き合いが深かったのは今や公然の事実だ。だが、こうして関係者の口から語られるとより現実味が増すというものだ。
「こっちとしては大損なんだよ、大口の客が消えてな。それでその補填をそいつにしてもらいたいってわけよ。そうだな、お前のような女々しいガキが好きな好色者共にお前のことを―――」
「……黙れ」
「あ?」
遊大は腰につけていた機械のようなものを手に取ると、それを展開して左腕に装着する。遊季都たちの使っているものとは形こそ違うが間違いなくデュエルディスクだ。
「その口を閉じろ、耳が穢れる」
「なんだと?」
「あなたたちのような人は有無を言わさず叩き潰したいところですが……この世界でもデュエルモンスターズは一般的なもののようですね。だからあなたたちにチャンスをあげます。俺にデュエルで勝てば……あなたたちが遊季都くんにさせようとしていることを俺が全て引き受けます」
「遊大さん!?」
「奴隷にしてもよし、殺して臓器を奪い取って外国に売りつけてもいいですよ。最も……俺をデュエルで倒せればの話ですが」
この時の遊大の意図を遊季都はまるで理解できなかった。自分を守ろうとしてくれることはわかるが、だからと言って自分がデュエルに敗れてしまえば男たちが遊季都にしようとしていることの一切を引き受けるというのはさすがに常軌を逸していると言わざるを得なかった。
「ダメです、遊大さん! いくら虹彩の皇子って呼ばれてるあなたでも……」
「虹彩の皇子?」
遊季都はしまった、と慌てて両手で口を覆った。しかし、遊大はそんな遊季都を怪しむどころか、右手で頭の後ろをかきむしるだけ。彼は自分が巷で王子様扱いされていることは知らないようだった。
「うーん、なんだかこそばゆくなる呼び方だけど……心配しないで。俺は必ず勝つから。それで……この提案乗りますか? 乗りませんか?」
「……いいだろう、その話乗ったぜ。言っておくが俺はデュエルの腕にも自信があるんだよ」
交渉成立―――遊大と男の頭目がデュエルディスクを展開して対峙する。その様子を遊季都はただ茫然と見つめていることしかできなかった。
―――ねえ、なんで遊大くんは遊季都くんのためにここまでやろうとするの? 悪魔のアタシがこういうこと言うのも変かもしれないけど……
―――どちらにせよ、奴は余程の大馬鹿者であることは確かだな。
(……ポップロック? それはどういう)
―――会ってまだ1時間も経っていないような人間のために自ら危険を犯す。傍から見れば大馬鹿者だ。だが、遊大にとって遊季都、お前がそこまでさせるだけの存在ということでもあるということだ。
ポップロックは一人の悪魔として様々なものを見てきた。しかし、今の遊大には彼であっても底知れない存在になりつつあったのだ。
(―――高海 遊大。このデュエルでその真意、見定めさせてもらうぞ)
先攻:男
後攻:遊大
男 LP8000 手札5枚
デッキ:35 モンスター:0 魔法・罠:0 墓地:0 Pゾーン:青/赤 除外:0 EXデッキ:15(0)
遊大 LP8000 手札5枚
デッキ:45 モンスター:0 魔法・罠:0 墓地:0 Pゾーン:青/赤 除外:0 EXデッキ:15(0)
☆TURN01(男)
「先攻はどうぞ。先攻1ターン目はドローこそできませんが、伏せカードなどを警戒せず好きに動くことができます」
遊大は男に自ら先攻を譲った。【サイバー・ドラゴン】のような後攻ワンショットキルが得意なデッキも多いが、このゲームは基本的に先攻が有利であり、デュエルにおいてデュエリストはこぞって先攻を取りに行くほどだ。
「これはどうも。だが、嘗め腐った態度を取るとどうなるか……思い知らせてやるぜ。俺は《ヴォルカニック・ロケット》を召喚!」
男のフィールドには燃え盛るミサイルのようなモンスターが現れた。
《ヴォルカニック・ロケット》
効果モンスター
星4/炎属性/炎族/攻1900/守1400
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、自分のデッキ・墓地から「ブレイズ・キャノン」と名のついたカード1枚を選んで手札に加える事ができる。
「【ヴォルカニック】……バーンデッキか」
「召喚に成功したヴォルカニック・ロケットの効果を発動! デッキから《ブレイズキャノン・マガジン》を手札に加える。そして俺は手札の《真竜皇アグニマズドV》の効果を発動!」
《真竜皇アグニマズドV》
効果モンスター
星9/炎属性/幻竜族/攻2900/守1900
このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
(1):自分メインフェイズに発動できる。このカード以外の手札及び自分フィールドの表側表示モンスターの中から、炎属性モンスターを含むモンスター2体を選んで破壊し、このカードを手札から特殊召喚し、炎属性モンスター2体を破壊した場合、相手のフィールド・墓地からモンスター1体を選んで除外できる。
(2):このカードが効果で破壊された場合に発動できる。自分の墓地から炎属性以外の幻竜族モンスター1体を選んで手札に加える。
「俺は手札の炎属性モンスター《ヴォルカニック・カウンター》とフィールドのヴォルカニック・ロケットを破壊し、このカードを特殊召喚する!」
「アグニマズドVは炎属性2体を破壊して特殊召喚に成功した場合、相手フィールド・墓地のモンスター1体をゲームから除外できますが……先攻では意味はないですね」
「だが、俺はこれでヴォルカニック・カウンターを墓地へ送ることができた。俺はカードを2枚セットしてターンエンドだ」
男 LP8000 手札1枚
デッキ:34 モンスター:1(真竜皇アグニマズドV)魔法・罠:2 墓地:2 Pゾーン:青/赤 除外:0 EXデッキ:15(0)
遊大 LP8000 手札5枚
デッキ:45 モンスター:0 魔法・罠:0 墓地:0 Pゾーン:青/赤 除外:0 EXデッキ:15(0)
●次回予告
国広 陸
「遂に始まった遊大と裏稼業の男とのデュエル! 遊大にとっては遊季都のためにも絶対に負けられないデュエルだな。えっ、なんだ“ドライヴ召喚”って!? 俺たちの知らない召喚法があるのかよ! でもな、見くびるなよ? 遊大は……お前なんかに絶対負けねえんだからな!」
次回 「目覚める覇王」
国広 陸
「デュエルスタンバイ!!……えっ、サブタイトルが前回の予告と被る? 細かいことは気にすんなって」
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陸也「まさか初っぱな苦戦はないよな・・・?」
海理「さあ?こういう王道の主人公は強いからワンキルは常識ですよ」 (2019-01-07 05:20)
遊季都の過去話もおさらい風に纏められて、読者への親切感が伝わってきます。 (2019-01-07 10:13)
もちろん羅龍風本人は居ません。彼からの甘い汁が来なくなったことによる報復行為ということですね。
苦戦……かどうかはわかりませんが、言ってしまえば遊大らしいデュエルをしてくれると思います(すっとぼけ
ター坊さん
裏社会の人間とのつながりがある=そこで美味しい思いをしている勢力もいる、と思ったので勝手ながら動かしてしまいました。
>遊季都の過去話もおさらい風に纏められて、読者への親切感が伝わってきます。
こちらが二つの作品の初見という方もいらっしゃると思いますので、説明として。書いておくと遊季都の境遇に感情移入しやすくなるかもしれないですしね。
(2019-01-08 02:07)
…中村一派が絡むと本当にろくなことにならないな。 (2019-01-08 16:40)
初めまして……でしたよね。改めまして「虹彩竜と歩むもの」の著者・光芒と申します。
この度は当作品にもコメントを頂きありがとうございます。一応キャラ紹介や世界観の説明文を多めに入れているので、虹彩竜側を読んでいなかったとしてもある程度はキャラのことがわかるような作品にしていきたいと思っていますので、ター坊さんの作品ほどではありませんがお楽しみ頂けると思います。
そしてもし当作品で興味を持っていただければ是非虹彩竜の方もよろしくお願いします(殴
(2019-01-08 23:37)