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第21話:忍び寄る者 作:光芒
「これは凄い熱気だ……」
遊大はスターヴ・ヴェノムの力で20代後半くらいの男性に自分の姿を変えると、フリージャーナリストという立場でデュエル甲子園の試合が行われているネオサイタマ・スタジアムへと足を運んでいた。
自分たちの世界とデュエルのシステムやドライヴ召喚の有無など異なることも多いが、日本国の都道府県名などに違いはないようだった。もちろん遊大たちの世界にネオサイタマ・スタジアムなどというスタジアムはないのだが。
「なるほど、全国から128のチームが……高校野球よりも多くのチームが参加するんだから盛り上がるわけだね」
遊大は大会のパンフレットを開いて立見席からデュエルの様子を眺めていた。デュエル甲子園は128チームをAからDの4つのブロックに分け、1ブロック32のチームに分かれてトーナメントを戦う。
大会初日はAブロックの試合が行われ、次の日にBブロックの試合が行われるという日割りのため、全部のブロックの試合が行われるのに単純計算で4日の日数を要するのだ。遊季都たちのチャレンジャーZはDブロックに割り当てられたため、間に休養日を挟むことも鑑みるとかなり長い日数をかけてこの大会は行われる。最も試合会場であるネオサイタマ・スタジアムと遊季都たちの住む町はさほど離れていないため、遊季都たちは試合のない日は地元に帰ることができるのだが。
「俺たちの世界にもこういう大会があれば、国全体でデュエリストの育成ができるようになるかな? 今でこそアカデミアはセントラル校を含めて5校しかないけど、いずれもっとアカデミアの地方校が増えれば眠っている才能を持ったデュエリストに光が当たるかもしれないね」
『続いてはこのチームの登場だ! 優勝候補の竜馬高校と熱戦を繰り広げ勝利し、六錐高校を打ち破ってここまで勝ち上がってきたチーム、チャレンジャーZ!』
実況の客のボルテージを盛り上げる口上と共に会場に入ってきたのは遊季都たちチャレンジャーZ。とはいえ、落ち着いた様子で小さく控えめに手を振る梓に対して、遊季都と盛雄の男子二人はその大歓声に辟易しているように見えた。以前遊大が三人とデュエルをして思ったのと同じように、三人の中で一番肝が据わっているであろう梓を除いて激戦を勝ち抜いてきたデュエリストとは思えない有様である。
(……遊路さんから六錐高校との一連の有様を聞いたけど、そうなるのも無理ないな)
しかし、遊大は遊季都と盛雄のことを責めることはなかった。チャレンジャーZが以前戦った六錐高校は遊季都を陥れた中村 羅龍風の弟である雷武の在籍している高校であり、中村一派の根回しで嘘の報道が為されていた時にこのデュエル甲子園の観客たちは容赦なくこのチャレンジャーZを責め立てた。一人の高校生に対して異常なまでに繰り広げられるブーイング、罵詈雑言の嵐。
人間は他者を責め立てる時ほど必要以上に道徳的になるとはよく言ったもので、遊路らの手によって真実が明らかになるまで遊季都たちは身の危険を感じるまでに追い込まれていたのだ。実際ラズベリーたち悪魔の力がなければ、三人は本当に命を落としていたかもしれない。そんな観客が一斉に掌を返したのだから二人が困惑するのも当然と言っていいだろう。
「この世界は俺たちの世界にないものがたくさんある。でも、この人間の汚さまでは見習ってはいけない。そして未来あるデュエリストたちにそんな辛い経験をさせてはいけない……それも考えないとね」
*
「うん、みんな優位にデュエルを進めている。俺のアドバイスも少しは活きている……かな?」
チャレンジャーZの三人はそれぞれデュエルを優位に進めていた。遊路が見込んだだけあって元々の才が秀でていたのか、遊大とのデュエルが活かされているのか。いずれにせよ遊季都、梓、盛雄の三人の努力の証が現れていると言ってよかった。
(みんなが頑張れるのであれば、俺の役目も終わりかな。でもどうやって元の世界に帰ろうか……向こうとこっちで時間の流れが違うのはわかっているけど)
遊大がここに来る前、自分たちの世界は冬だった。しかし、この世界の季節は夏。この世界で日本は南半球に存在する、などということはないため、遊大たちの世界と遊季都たちの世界に時間の誤差が現れているというのはわかる。それでも時の流れる間隔が同じであれば、遊大が元の世界を離れて一月が経とうとしている。
(何も言わず一か月も留守にしたら、さすがにみんな慌ててるよね。遊希さんにバレンタインデーのお返しもしなきゃいけないのに。遊路さんに頭を下げて、元の世界に帰る手段でも模索しないとなぁ。それにしても……俺をこの世界に連れてきたのはいったい……)
そして遊大の関心は自分をこの世界に連れてきた何者かに移った。自分に恋人や親友たちが無残に殺められる悪夢を見せ、そしてその罪を遊路をはじめとした悪魔と契約したデュエリストたちに着せようとする者。
遊大はその者からの助けを求める声に応え、自分たちの世界を守れるだけの力を持った精霊として迫りくる危機を未然に防ぐためにこの世界にやってきたのだ。しかし、遊路や遊季都たちとの交流を経て、それが全て嘘であることが明らかになった今、誰が何のために自分をこの世界へと連れてきたのか。
「俺は……何のためにこの世界へとやってきたんだろう」
―――それはもちろん、この世界を滅ぼすためだ。
「!?」
遊大の耳には、かつて自分に助けを求めてきた者と同じ声が響く。悪寒を感じて振り返った遊大の後ろには、ふわふわと宙に浮かぶ黒いローブが一枚。周囲の観客がそれに気づいていないことから、その存在を視認できているのは遊大だけであった。
(その声……君だね? 俺に助けを求めたのは)
突然脳裏に響いた声の主を遊大は知っていた。今、一番遊大が話をしたかった相手だった。
―――そうだ、私がお前をこの世界へと連れてきた。高海 遊大よ、どうして悪魔のデュエリストたちを始末しない? 貴様の世界はこのままだと悪魔の攻勢を受けることになるというのに。
(……そう言って君は俺をこの世界に連れてきた。でも、残念だったね。それは全て嘘だということはわかっている。遊路さんも遊季都くんも、そして彼らと契約した悪魔たちはとても善良な存在だ。俺が精霊として攻撃を加える理由はないし、そんな人たちを始末することはできない)
―――ふん、愚かな。所詮デュエルモンスターズの精霊と言えども人としてはまだ十数年しか生きていない子供。まんまと彼奴らの策略にかかるようでは高が知れているというもの。
(確かに俺は未熟かもしれない……だってお前の見せた悪夢にころっと騙されてしまうのだから。でもお前には俺をそうさせなければいけないだけの何かがあったんだろう? 深くは詮索しないよ、興味はないから。詮索もしないし、変に罰を下そうとも思わない)
―――私を見逃すというのか?
(ああ。だけど、その代わりに俺を元の世界に戻してほしい。そうしてくれれば今回の事はお前の悪戯と思って水に流す)
遊大は精霊として強大な力をその身に秘めている。しかし、高海 遊大という少年の性分は極めて穏やかなものだ。もちろんデュエリストとして戦いの中に身を置いているが、彼が望むのはあくまでデュエリストとしての戦いであり、命と命を削り合う戦いなど望んではいない。それが例え悪意を持ったものであったとしても。
(お前が狂言で俺をここに呼んだのかもしれない。それでも遊季都くんや遊路さん……普通に生きていては絶対に出会えなかったかもしれない人たちのことを知ることができた。そのことについては感謝しているよ? ああ、まあお前が悪魔と呼んだものが本当に存在していたのは驚いたけど)
―――……
(でも、悪魔って名前こそ悪魔だけど実際は人間に対して好意的なものも多いらしいね。人に優しくし過ぎて堕落させるから神や天使に敵対視されてるって。ラズベリーさんたちと話してると結構楽しいし)
―――そうか、お前はあの悪魔どもともわかり合ったというのか……
―――なら、同じ“悪魔”としてその絆を砕いてやろう―――
「がっ……!?」
その言葉が遊大の耳に入った次の瞬間。遊大は頭の中が何かによってかき回されるような、そんな感覚に襲われた。衆人環視であるため、他の観客に悟られないように、立見席をふらふらと覚束ない足取りで離れていく。
―――悪魔は人間と契約することでその人間に自らの持つ能力を与える。異性を魅了する能力、対象物から力を奪う能力、対象物を鋼鉄の如く固くする能力などな。私の能力は“対象物の記憶を操作し、対象物を我が意のままに操る”というものだ。幻覚や悪夢を見せることはもちろん、脳に手を加えて記憶を書き変えることすらできるのだよ。
(っ……まさか、そうやって俺に遊路さんたちが俺たちの世界を襲うという悪夢を……!)
―――そうだ。そしてお前のその力をもって天界を破壊し、人間界を破壊する。天界、魔界、人間界……その全てを破壊しつくすのだ。最もお前は人間を襲うことはせず、悪事を働いた人間を誅するだけ。それでいて風峰 遊路という人間には負ける。デュエルモンスターズなどというゲームに興じたが故に!! だから私が……貴様を支配してやろう。
(支配なんか……されない!! 俺は……帰るんだ。みんなの、ところへ!!)
遊大は思い切り駆け出した。ここから全速力で離れれば、悪魔の洗脳を振り切れるはず。彼は無我夢中だった。スタジアムを勢いよく飛び出し、人目のつかないところへと走る。そして、そこで精霊の力を解放した。
―――我が内に眠りし白の竜……よ! その翼を以て我に光の速さをもたらせ!!―――
―――《白翼の竜》!!―――
精霊・クリアウィングの力をその身に宿した遊大もとい覇王星竜ドラグリステル・ペンデュラム・ドラゴンは、人間に視認できないほどの速さで天空へと舞い上がった。クリアウィングの能力の一つである《白翼の竜》は、覇王星竜の姿である時にしか使えないが、能力発動時は音はおろか光の速さを得ることができる。如何に悪魔であろうとも、光の速さにはついてくることはまず不可能であり、そして大気圏と成層圏の合間ではろくに活動することもできない。
―――これでどうにか……
―――なると思ったのか? 精霊とはあまりに未熟で愚かなのだな?
―――……っ!?
―――私はお前を物理的に追いかけているわけではない。私はお前の脳に、心にその身を隠していたのだよ。だからお前が光の速さで大気圏や成層圏を飛ぼうとも意味はない。お前がこの世に生き続けている限り、私から逃れることはできないのだ。さあ、全てを忘れる時が来たぞ?
―――っ……やめ……ろ……!!
悪魔の力が頭の中に流れ込んでくる。今まで歩んできた人生が、今まで築いてきた絆が。全てが白い紙を墨汁で汚していくように塗りつぶされていく。覇王星竜はもがき苦しみ、頭を抱えてはそれを強く横に振って洗脳を解こうとするも、何の意味もなかった。
―――いやだ……忘れたくない……!!
―――陸や仁と過ごした日も、礼さん、留奈さん、美鈴さん、林檎さんとの出会いも―――
―――遊希さん……あなたを……愛する……気持ちも……俺は……
真紅の竜は一筋の流星となって舞い降りた。世界を守る精霊ではなく、全てを破壊する暴虐の竜として。
次回 『闇に染まった虹彩』
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81 | エピローグ:焔獄と虹彩の輪舞・2 | 726 | 4 | 2019-04-03 | - | |
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更新情報 - NEW -
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悪魔に相当な恨みを持っているようだが、これはやり過ぎだな。
陸也「なら俺は超能力で人焼いたりするのも洗脳よりひどいぞ?」
第2章に突入するシーンはすごいですね。 (2019-02-18 07:58)
第2章っぽい突入シーンみたいですごいですね…です。
すいませんでした。 (2019-02-18 20:14)
遊大君の強さが散々描写されてきただけにこの展開はかなりピンチ感が否めません。
この状況からどうなっていくのか…。 (2019-02-19 02:52)
洗脳にまで走る、というかこの洗脳能力が悪魔として能力であったりします。そのためこの悪魔が人間と契約したら洗脳能力で契約者がかなり危険なことをしでかしそうです。
>悪魔に相当な恨みを持っているようだが、これはやり過ぎだな。
実は悪魔を恨んでいるかというとまた違うんですよね。
>陸也「なら俺は超能力で人焼いたりするのも洗脳よりひどいぞ?」
パイロキネシスはある意味洗脳よりエグいですぞ
ギガプラントさん
対精神攻撃についてはまだ未熟とはいえ、精霊である遊大を洗脳するわけですからね。悪魔としての能力の高さが伺えます。それでいて強大な力を持つ精霊を洗脳して意のままに操ろうというのは危険極まります。
強すぎる力は味方としては頼もしいですが、敵に回ると……諸刃の剣ですね。
(2019-02-19 22:22)