エピローグ：焔獄と虹彩の輪舞・5　作：光芒

「……確かに、僕のライフは0になりました」

遊季都　LP0

「ですが、僕のライフが0になる瞬間、僕は墓地のこのカードの効果を発動していたんです」

　遊季都がそう言うと、遊季都の後ろにはうっすらと墓地に眠っていたはずの霊龍王-ホフリノオロチの姿が現れる。ホフリノオロチはその骨の身体で遊季都を守るかのように彼を取り巻いた。

「あれは……ホフリノオロチ？ 時空のペンデュラムグラフの効果で破壊されていたはずだけど」
「ホフリノオロチには隠された3つ目の効果があるんです。それは僕が残りライフ以上のダメージを受ける時、墓地のホフリノオロチを除外することで、次のターン……すなわち次の僕のターンの終了時までライフが0になっても敗北にはならない、という効果が」


《霊龍王-ホフリノオロチ》
融合・効果モンスター（オリジナルカード）
星8/炎属性/ドラゴン族/攻0/守0
攻撃力2000以上のドラゴン族モンスター＋炎属性のモンスター2体以上
(1)：このカードは1度のバトルフェイズ中にこのカードの融合素材としたモンスターの数だけ攻撃できる。
(2)：このカードは相手モンスターとの戦闘では破壊されず、このカードの戦闘によって発生する自分へのダメージは代わりに相手が受ける。
→(3)：自分が残りLP以上のダメージを受ける場合、そのダメージ計算時に墓地のこのカードを除外して発動する。次のターン終了時までこの効果を発動したプレイヤーはLPが0になっても敗北にならない。この効果の適用中、自分のLPは変化しない。このカードの(3)の効果はデュエル中に1度しか使用できない。


―――残念だったな、我がいる限り遊季都はそう易々とは負けないということだ。
―――それが……契約者に対してできる悪魔の心尽くし。
―――遊季都くんとアタシたちの絆の深さってことよ！
「なるほど、合点が行ったよ。流石悪魔のカード……掟破りの力も持ち併せているということか。つまり俺がこのままダークヴルムで攻撃しても遊季都くんのライフは0のまま変動はせず、敗北にもならないということだね」
「はい。バーンダメージも受けないので、このターンでは決着が付きません」
「……わかった。じゃあバトルフェイズを終了する。憂さ晴らしに攻撃することもできたけど、必要も無いのに鞭打つのは好きじゃないからさ。俺はこれでターンエンド」

遊大　LP500　手札：1枚
デッキ：18　モンスター：2（覇王龍ズァーク、覇王眷竜ダークヴルム）　魔法・罠：2（星霜のペンデュラムグラフ、時空のペンデュラムグラフ）墓地：9　Pゾーン：青1（紫毒の魔術師）/赤8（黒牙の魔術師）除外：5　EXデッキ：12（3）
遊季都　LP0（霊龍王-ホフリノオロチの効果でデュエル続行）手札：2枚
デッキ：23　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：17　Pゾーン：青/赤　除外：4　EXデッキ：11（0）


☆TURN06（遊季都）

　霊龍王-ホフリノオロチの効果はこのターンの終了時まで持続する。しかし、それは言ってしまえばこのターンで遊大を倒すことができなければ、自動的に遊季都の敗北になるということだ。最も遊大のライフは残り500であり、無理に攻撃力4000の覇王龍ズァークを倒さずとも攻撃力1800の覇王眷竜ダークヴルムを倒すための攻撃力2300以上のモンスターを出せればいい。
　しかし、遊大のフィールドには除去効果を持つ永続罠・時空のペンデュラムグラフが存在しており、その効果でPゾーンの紫毒の魔術師を破壊されれば遊大は2枚までのカードを除去することができる。それでモンスターを破壊されてしまえば遊季都に打てる手は無くなる。首の皮一枚で繋がっている状態の遊季都であるが、状況は明らかに彼が不利と言わざるを得なかった。

「これが泣いても笑っても……最後のターンです。ドロー！！」
「……良いカードは引けたかい？」
「……どうでしょうね。ですが、布石は既に打ってあります。僕のターンのスタンバイフェイズ時に墓地の焔獄竜-ブレイブレイズの効果を発動します！」

　それはズァークの効果で破壊されたバーニング・ディアボロスの効果でデッキから破壊されて墓地に送られたハルベルトの効果で墓地に送られた焔獄モンスターだった。

《焔獄竜-ブレイブレイズ》
効果モンスター（オリジナルカード）
星7/炎属性/ドラゴン族/攻1200/守1000
「焔獄竜-ブレイブレイズ」の(2)の効果は1ターンに1度までしか発動できない。
(1)：このカードが「焔獄」モンスターの効果によって特殊召喚に成功した場合に発動する。このカードの攻撃力・守備力は元々の数値の倍になる。
(2)：このカードが墓地に送られた次のターンのスタンバイフェイズに、墓地に存在する「焔獄竜-ブレイブレイズ」以外の炎属性・ドラゴン族モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚に成功したモンスターはこのターンの終了時まで相手のカードの効果を受けない。

「墓地の焔獄竜-ブレイブレイズは墓地に送られた次のターンのスタンバイフェイズに同名カード以外の炎属性・ドラゴン族モンスター1体を特殊召喚できます！ 僕が特殊召喚するのは―――覚醒竜姫-ラズべリア！！」
―――ラズべリア、ふっかーつ！ 覇王だかなんだか知らないけど、アタシの剣に切れないものはない。それを教えてあげるわ！
「ラズべリア……なるほど、君の手が読めたよ。だけど無駄だ！ 時空のペンデュラムグラフの効果を発動！ 対象は俺のPゾーンの紫毒の魔術師とラズべリア。その2体を破壊する！」
「ブレイブレイズの効果で特殊召喚に成功したモンスターはこのターンの終了時まで相手のカードの効果を受けません！ よってラズべリアは時空のペンデュラムグラフでも紫毒の魔術師でも破壊されない！」
「んっ……」

　時空のペンデュラムグラフには自身の効果で2枚以上カードを破壊できなかった場合、フィールドのカード1枚を選んで墓地に送ることができる。しかし、ブレイブレイズの効果で特殊召喚に成功したラズべリアはその効果でも墓地に送ることはできない。

「……これは想定外だね。だけど、ラズべリアの効果には弱点がある。俺は時空のペンデュラムグラフの効果でダークヴルムを墓地へ送る。最もPモンスターであるダークヴルムはEXデッキに送られるけどね」
―――っ、やっぱり見抜かれてるよね……
「ラズべリアはバトルフェイズ中に相手モンスターを除去し、その攻撃力を自身に加算することができる。大方ラズべリアの効果でダークヴルムを破壊してその攻撃力を加えてズァークを超えるつもりだったんだろうけど……除去できるモンスターがいなければどうしようもない。そうだよね？」
「……はい。ズァークは相手の効果の対象にならず、相手の効果では破壊されないモンスターです。だからダークヴルムを遊大さん自身で処理されることは避けたかった」

　遊季都にとって、このデッキの切り札となるのは他ならぬラズべリアである。素のステータスこそ控えめであるが、バトルフェイズ中に相手モンスターを効果破壊することが可能であり、そして条件次第では一度のバトルフェイズで相手のライフを0にできるだけの攻撃性能はとりわけ秀でている。彼女の効果を上手く活かせるかどうかが遊季都にとっての生命線であるのだ。

「ラズベリアは僕のデッキの切り札です。そして……その切り札を活かすための策は何個でも用意してあります！！ 僕は遊大さんのフィールドにヘイズトークン1体を特殊召喚します！」
「なっ……！？」

　遊大のフィールドには陽炎の如く揺らめく竜の影が浮かび上がった。

「そしてこのカードを特殊召喚します！ 《焔獄竜-ヘイズミラージュ》！」

《焔獄竜-ヘイズミラージュ》
効果モンスター（オリジナルカード）
星8/炎属性/ドラゴン族/攻2300/守2200
「焔獄竜-ヘイズミラージュ」のカード名の効果はそれぞれ1ターンに1度までしか発動できない。
(1)：相手フィールドに「ヘイズトークン」（星8・炎属性・ドラゴン族・攻2000/守2000）1体を特殊召喚して発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。この効果で特殊召喚に成功したこのカードは、バトルフェイズ開始時に破壊される。
(2)：このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、自分のモンスターゾーンは2か所が使用不可能になる。
(3)：このカードが戦闘・効果で破壊された場合に発動できる。自分の墓地に存在する「焔獄」カード1枚を選んで手札に戻す。

「ヘイズミラージュは相手フィールドにヘイズトークン1体を特殊召喚することで手札から特殊召喚できます。このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、僕のモンスターゾーン2か所が使用不可能になるデメリットはありますが……」
「これは、なんというか……驚きだ。でも、腑抜けた俺に活を入れてくれると考えると、これも仕方ない終わりなのかな。さあ、遊季都くん！ このデュエルを終わらせようか！！」
「はい！ バトルフェイズに移ります。自身の効果で特殊召喚に成功したヘイズミラージュはバトルフェイズ開始時に破壊されます！ ですが、破壊されたヘイズミラージュの効果で僕は墓地の焔獄カード1枚を手札に戻します。僕が手札に戻すのはリトルバスター。そしてラズべリアで―――覇王龍ズァークを攻撃！！」

覚醒竜姫-ラズべリア　ATK2500　VS　覇王龍ズァーク　ATK4000

「バトルフェイズにラズべリアの効果を発動！ 墓地のヘイズミラージュを除外し、遊大さんのフィールドに存在するモンスターを破壊します！ 破壊するのはヘイズトークン！ そして破壊したモンスターの攻撃力分、ラズべリアの攻撃力はアップします！！」

覚醒竜姫-ラズべリア　ATK2500→ATK4500

「攻撃力4500……」
「これで終わりです！」
―――これが、アタシたちの力！ アタシと遊季都くんの力！！










―――紅蓮の……メテオッ！・アローォォォッッ！！―――









　灼熱の炎を全身に纏ったラズべリアはその身体を巨大な矢に変化させると、天空からズァーク目掛けて突撃する。ズァークは口を大きく開けては迎撃をするが、炎の矢となったラズべリアはそれを切り裂き、そのままズァークの全身を両断した。

（……慢心したつもりはない。けれど、悔やんでも結果は変わらない。それよりも……）

遊大　LP500→LP0

（強くなったね、遊季都くん。この世界に来て、君と友達になれて本当に良かったよ）









＊









「負け、か」
「遊大さん！」

　デュエルが終わった後、遊大は草の上に大の字になって倒れた。激しいデュエルだったためか、遊大が怪我でも負っているのではないかと思った遊季都は慌てて駆け寄るも、遊大の顔はまるで青空の下、風吹き渡る高原の如く爽やかな笑みに溢れていた。

「うん、このデュエルは遊季都くんの勝ち。正直に言うと、負けたことは凄く悔しい。でも……」
「でも？」
「このデュエルをしたことでわかったんだ。俺が抱えていた悩みが……実にちっぽけなことに」

　ジョロキアのような悪意を持った誰かに唆されることで、大事なものを、愛するものを傷つけてしまうのではないか。そんな自分は誰かと関わりを持ってはいけない。かつて元のズァークがそうしたように、自分も永久なる眠りにつくべきではないのか。
　このデュエルをするまで遊大にはそんな思いが溢れていた。だが、遊季都とのデュエルに興じる遊大の心からはその暗雲はすっかり取り払われていた。たった一度のデュエルで吹き飛んでしまう程度の悩みだということを遊大はこのデュエルで理解したのだった。

「ありがとう、遊季都くん。君たちのおかげで俺は……思いとどまることができた」
「遊大さん……」
「それと……ごめんなさい、遊希さん」

　起き上がった遊大は何も言わずにデュエルを眺めていた遊希の下へと歩み寄る。遊希は何も言わず、目をつぶりながら俯いていた。

「俺はセントラル校であなたと共に一年を過ごし、すっかり強くなった気でいました。ですが、このデュエルで自分の未熟さを知りました」
「……そうね、それに遊季都くんはまだまだ発展途上。そんな彼に後れを取るようじゃ、まだ私の弟子を卒業することはできないわ。でも……」

　遊希は飛びつくように、遊大に抱き着いた。彼女は珠のように大きな瞳を潤ませ、大粒の涙を流していた。

「……良かった。あなたが戻ってきてくれて。あなたが急に行方知れずになって、とても不安だった。怖かった。もうあなたに会うことができないんじゃないかって……」
「遊希さん……」
「ねえ、遊大。あなたが、私を不安がらせないように、気を張っていることはわかっている。私があなたの立場だったら、私だってそうする。でも……でも……私もあなたと同じリスクを背負っているわ。だから、あなたが背負っているものを、私も一緒に背負うことができる……あなたと一緒に、何処までも歩くことができる。私はそれでいい……ねえ、遊大。私……」






―――私、あなたのことが好き。本当に大好きなの……―――





―――だから、どうか私から離れないで……―――





―――私と、どこまでも一緒にいてください……―――





　声を震わせながら、思いを告げた遊希の唇が遊大の唇と触れる。遊大の肩に手を置き、少しだけ背伸びをする形で。まだまだ初々しさ溢れる少年と少女であるが、そこには確かに互いが互いを想い合う暖かな愛が生まれていた。







（わっ、わわわ……）
―――ちょっと遊季都くん！ そんなところに突っ立ってちゃダメ！！
（えっ？）
―――我々は一足先に退散しよう。
―――小町も……心配する……
（でも……）
―――アタシたち部外者は、愛し合う二人に茶々を入れるようなことはしない。これは人間も悪魔も変わらないことよ！ ほら、さっさと行く行く！

　遊季都に色恋沙汰はまだまだわからない。だが、そんな彼でもわかることがあった。それは遊希と遊大の間に紡がれた絆の深さ。そして、彼は願う。



（……遊大さんと遊希さんがいつまでも幸せにいれますように）














○次回　最終話