『深淵』を司りし者 ラピス　作：はにわ改

　
ーー水路に於ける、クロエ率いる『機関』と『黒の一団』との対決。
数では『黒の一団』が勝るものの、質で圧倒的な差を付けた『機関』の進撃は止められず、『黒の一団』は瓦解の危機に陥っていた。

「ーーら、ラピス様！
も、申し訳ありません！
や、奴らがもうすぐにそこまでーー」

ーー水路の深奥。
そこには捕らわれた水花と、『黒の一団』が様付けで崇める『ラピス』なる小さな影が佇んでいた。
その『ラピス』なる小さな影は、壇上の机台に寝かせた仰向けで寝かせた水花の上に跨がるようにしている。

そして『黒の一団』の一人が報告をすると、『ラピス』がその方を向き、双眸を赤く煌めかせた。

『ーーそれで？
貴様はここで何をしてる？』

「は……？」

『私はお前たちに足止めを命じたはず。

そのお前がここで何をしている、と聞いたのだ』

「いや、わ、私はただ、報告をーー」

『ーー消えろ。
足止めすら出来ない、愚物め』

『ラピス』がその者を、人差し指で捉えながら、その指先を青く光らせる。
するとその者は、突如正面から超質量の何かに撥ね飛ばされたかのように、後ろへと吹き飛ぶ。
背後の壁にめり込む程に背中を叩きつけられた彼は、そのまま地面に倒れ付し、もはや二度と立ち上がる事はなかった。

『ーー“復活の儀”には……間に合わぬか』

寝かされた水花の頬を撫でながら呟く『ラピス』。
報告などされるまでもなく、『ラピス』は敵が予想以上に早くここまで辿り着くだろう事は察していた。

『ーーふふふ、まあいい。
今日は“６年越し”の我が悲願成就の日。
ーー久しく気分が潤うぞ、矮小な人間たちよ』

そうと知りながら敢えて不敵な笑い声を響かせる『ラピス』。
意識を落としたままの水花は、そうしている間にも、己の身に危機が及んでいるなど幼心に気付くはずもなく、静かに寝息を立てていた。







ーーそして、そんな水花がいる場所をまっしぐらに目指す透矢たち。

「ーーもう少しよ！
このまま真っ直ぐ！
その先に水花がいるわ！」

端末を見ながら走り続けるのは刹那。
つい今しがた、クロエから連絡があり、水花がいる場所をこの水路の内部図にマーキングしてくれた。
それによれば水花はこの先にいるとの事である。

「刹那！
舞先生は……舞先生は大丈夫なんだよな？」

「心配しないで！
そっちにはクリス先生とシェリルが向かってる！
あの二人なら心配いらないわ！」

「そうか……」

「透矢くん、私たちは水花を助ける事だけに集中しましょ！」

「ああ……分かってる！」

久遠に言われて、透矢もただひたすら前を見つめる。
立ちはだかる敵を刹那・久遠と共に、自分が信じる『三騎士』の力でねじ伏せながらーー。

だが突入から既に二十分以上ーー。
嫌でも、透矢にある変化が表れ始めていた。

「ーー透矢くん、大丈夫？」

「大丈夫だ！」

狭い通路をずっと走り続けてきた４人。
刹那・久遠・蓮華はまるで変わりないが、透矢には疲れが色濃く目に見え始めていた。
彼は何でもないとは言うものの、到底隠せるものではない。
むしろ、ここまでろくに休みも取らずに付いてきた事が、驚異的とも言える。

「透矢くん、あなたは戦闘には参加しなくていいわ！
『Ｒ・Ｅ・Ｃ』の発動には、透矢くんの中のエネルギーを必要とするの。
まだ慣れてない透矢くんには大変だわ」

「大丈夫、だ！」

「透矢くん……っ！」

「水花が……水花が助けを待ってるんだっ！
少しでも……少しでも早く、辿り着かねぇとーーっ！」

透矢を支えるもの。
それは水花を心配する気持ち。

ーー何とか助けたい。
ただその一心。

そしてなまじ『Ｒ・Ｅ・Ｃ』の力を覚醒させた彼は、水花を強く思う気持ちが、それを大いに活用することに自らを顧みない。

刹那はそんな彼を心配しつつも、自分が彼を巻き込んだ立場である以上、強くそれを制止する事は出来なかった。

「（透矢くん……水花の事をそんなにーー）」

久遠はまた別の思いで透矢を見る。
水花とは出会って日も浅い彼が、長く一緒に暮らしてきた自分たちと同じくらいの思いをもって、その行動理念に己を従わせている。
故に、久遠も彼を止めはしない。
もし自分が透矢ならば、やはり同じ行動を取るはずだから、と。

ーーそうしてなおも進み続ける一行。
もうあと一息で目的の場所、とまで到りながら、蓮華の足が止まる。
どこからともなく永遠と現れる追っ手。
それを相手しながら後ろから付いてきた蓮華だが、いよいよ捌ききれなくなってきたのだ。

「ーー蓮華さん！」

「私には構わず先へお進み下さい、お嬢様」

同じく足を止める透矢たち。
心配する刹那に、自らがこの場にて殿となる事を決意する蓮華。

「お姉さま！
さ、先を急ぎましょう！」

先に走り出す久遠。

だが後ろ髪引かれる刹那は、中々前へ踏み出せない。

「……刹那、蓮華さんを信じよう」

「透矢くん……」

「大丈夫、蓮華さんならきっとーー」

刹那の手を引く透矢。
数を増した追手にたった一人で立ち向かう蓮華。
家族同然、と蓮華を慕う刹那は最後まで躊躇っていたものの、やがて透矢と共に先に進む決心をする。

それを見届けた蓮華が頷いた。

「ーー不肖、神楽坂宅侍女長、更科蓮華。
ご無体な振る舞いは承知では御座いますが、ここから先は一歩たりともお通し致しかねます」

蓮華のディスクに一気に挿入される、彼女のモンスター、『武装侍女（メイド・アームズ）』。

『黒の一団』が召喚した数多のモンスターを前に、その身１つにてこの場を死守するーー。




「ーー久遠ーっ！
一人で行くのは危険よ、待って！！」

刹那が躊躇している間に先に走っていってしまった久遠。
かなり距離を離されているだけでなく、刹那の呼び掛けに応えない久遠が早さを緩めないため、全く追い付けない。

「（相手が誰だか知らないけど……っ！
私一人で充分よ！
水花はもうすぐそこなんだから！
私が助けて見せる！）」

端末の地図を見ながら、走る久遠。
内なる様々な意志が強く絡み、更にその駆ける足を早くする。

「ーーそこだっ！」

そして辿り着く。
突き当たりの扉の先、地図によれば開けた一区画が存在し、そこに水花がいるーー。

久遠は叩き破る勢いで扉を開け放ち、その区画へと入った。

「ーー水花！」

何の目的で誰が作ったのか。
広い部屋の奥に、段差を設けた壇上。
その上に机台があり、そこに小さな身体が仰向けに寝かされている。
同時にその身体に覆い被さる、同じ小さな影。
その影が久遠の方を向くと、二つの瞳が赤い光を発する。

「お、お前は……っ！」

『ーーくす……』

影の笑う声。
その瞬間、影から発した想像を絶する『力』が久遠を襲ったーー。




「ーーあそこだわ！」

遅れること１分に足るか否や。
透矢と刹那も、『その場所』に到達した。
そこで二人を待っていたのはーー踏み入った二人の足元に倒れている、全身が激しく傷付いた久遠。

「く、久遠！」

「久遠！」

その名を叫びながらしゃがんだ刹那が意識のない久遠を抱え起こす。
透矢も呼び掛けるが、久遠が目覚める事はない。

『ーーお前たち、３人だけ、か。
ここまで辿り着いたのはーー』

すぐに聞こえてきた声。
それは透矢と刹那の知っている声。
ーーと、いうよりは、その声の持ち主を助けるためにここまで来たのだ。

『“量産”した雑魚相手とはいえ、たった３人でここまで辿り着くとは……ただの人間では、ないな』

部屋の奥から声を響かせながら近付いてくる、暗がりに隠れて見えない小さな姿。
だがそれも近付くにつれて、少しずつ露になる。
二つの瞳を赤く光らせ、青い炎のような光を帯びた黒い影。

その、正体はーー。

「そ、そんな……？」

「み、水、花……？」

二人の前に姿を現した黒い影の正体。
それは紛れもなく、『水花』の姿、そのものだったのだーー。