揺れる想い　作：はにわ改

　
「ーー久遠と上手くいってない、って・・・どうしてそんな風に思うの？」

ーー屋上。

透矢から発せられたまさかの質問に、刹那は答える前に探りを入れる。

「んー、何となく、な」

「何となく・・・？」

透矢は根拠を話し始める。

例えば昼食。
透矢は久遠から昼食くらいゆっくりできる場所を、と相談を受けたが、
普通なら先ずは姉の刹那に相談しそうなものだ。
現に設備の整った生徒会室という場所もあるのだから、屋上より遥かにゆっくり出来るはずである。
例えそれが姉を気遣っての事、だとしても、
そもそも学校内で二人が一緒にいたり、話したりしている場面が見かけたことがない。

そして最大の理由がーー。

「昨日も話したけどさ、あいつ、俺を呼び出すのにお前の名前と携帯使ってんだよ」

「・・・」

「最初はただの悪戯、とも思ったけど、
よく考えたら、それって度が過ぎてるだろ。
刹那も一枚噛んでた、ってんならともかく、そうじゃないみたいだしーー」

「・・・」

「それに昨日のお前、ずっと怖い顔をしてたしな？
いつもの刹那らしくなかった」

「ーーそっか。
よく見てるんだね」

「いやさ、このアカデミアに来てからまだ日が浅いけど、
なんだかんだで刹那と一緒にいる機会も多かったしな？」

黙って聞いていた刹那が納得するように頷く。
透矢は自分の様子の違いを敏感に感じ取っていたのだ。

「相変わらず、変なところで鋭いよね、透矢くんって」

「ーーやっぱり、お前たちって仲が悪いのか？
それともたまたま喧嘩してるだけとか？」

眉を下げて、悲しげに笑う刹那。

あんまり聞いてはいけないことだったかーー？

刹那の反応を見て、つい聞いてしまった自分を透矢は心の中で戒めていた。

「ま、まぁ、何でそんな感じなのかは分からないけどな？
やっぱり姉妹、仲良くしないと、な？」

「ーーっ」

「それにほら、久遠だってもうすぐアメリカにまた行っちゃうんだろ？
そりゃ、会おうと思えばいつでも会えるんだろーけど、
せっかく今は一緒にいるんだしーー」

刹那を気遣ってか、わざとらしい笑顔を見せつつフォローを入れる透矢。
刹那は更に俯き、その表情が窺えなくなる。

「せ・・・刹那？」

刹那が心配になり、呼び掛けながら歩み寄る透矢。
そしてすっかり下がってしまった肩に、そっと手を置いた透矢。

「私・・・久遠に嫌われてるの」

「え？」

顔を俯かせたまま語り始めた刹那。

「昨日、はっきり言われたの。
大っ嫌い、って・・・」

「久遠にか？」

刹那が頷く。

「それで・・・落ち込んでたのか？」

「・・・」

「そっかーー。
事情は分からないけど、妹にそれも双子に、そう言われたら・・・堪えるな」

同情する透矢。

双子・家族でなくとも、例えば小さい頃は実の兄妹同然に育った真希や千鶴に、そんな事を言われたら自分もかなり落ち込むだろう。
透矢はそんな事を思ったりもした。

「ーーううん、双子だから、だと思う」

「双子だから、って？」

刹那が話す、自分が久遠に嫌われた理由。
それは双子故に、普通の兄弟、姉妹以上に『比べられた』のが一因だと言う。
学業や習い事、そしてデュエル・モンスターズ。
全てにおいて、姉の威厳を示すかのように刹那が一歩上を行っていたが、それが久遠にとってコンプレックスになっていたのだ、と。
それについては、刹那はずいぶん前から気が付いていたという。

「でも、最大の要因は多分アメリカ留学だと思う」

「えっ？
アメリカ留学？」

「本当はね、久遠が日本に残るはずだったの。
でも、今アメリカにいる両親が、久遠を１人で日本に残すのは不安だからってーー」

「それと久遠が刹那を嫌いになることと関係あるのか？」

「私なら日本に１人で残してもいいのに、久遠は駄目。
それが気に入らなかったんだと思う」

「でも、それって刹那は関係ないだろ」

「私、あの子の力になってあげられなかったから。
あの子、最後まで嫌がってたのにーー」

「・・・難しい、な」

話しに聞いただけでは、察しのしょうがない神楽坂の家の事情。
ただ簡単に解釈するなら、家の事情で久遠は望まぬ留学をさせられ、それを庇ってくれなかった刹那に見捨てられた、と思ったのだろうか。

透矢が自然に呟いたように、難しい問題であり、
すぐに何て言葉をかけてやればいいか分からなかったようだ。

「でもね、私は久遠のためを思って何も言わなかったの。
日本に１人で残るより、両親と一緒にいた方がいいと思ったから」

「うん」

「それにアメリカにはフレッドもいる。
あの子が小さい頃から、彼に好意寄せてるの知ってたから、尚の事ーー」

「（でも、実際は違ってたって事か
ーー）」

ちょっとした考え方、思いのすれ違い。
そしてそこに至るまでのいくつかの要因がその事に積み重なり、最終的に妹は姉に対してある種の恨みを持ったと言うことかーー。

「昔はあんなに仲良かったのに・・・。
やっぱり年を重ねてーー考える事が多くなると、姉妹でも昔みたいに仲良くいられるなんて出来ないのかな？」

「いや、そんな事はない。
刹那の家の事は、正直俺にはあまり口を出せないけど、
年を取ったら不仲になるとか、それは間違ってる」

「でもーー」

「例えば、俺と真希と千鶴。
別に本当の家族でもないし、随分会ってなかったけど、今でも俺たちは仲が良い。
少なくとも俺はそう思ってるし、仲良くしたいっていう気持ちはこれからも変わらないさ」

「・・・うん。
時々ね、透矢くんたちがうらやましく思えるもの」

ようやく顔を上げ、小さく笑顔を見せてくれる刹那。

「刹那は久遠の事、嫌ってないんだろ？
大事に思ってるんだろ？」

「ーーうん」

「だったら、とことん話し合って、また昔みたいな関係に戻れるよう、努力してみろよ。
久遠だって、本心じゃ刹那の事、嫌ってないと思うぜ？」

「そう・・・かな」

「お互いに、腹を割って本音をぶつけられるようになるまで話すんだよ。
でなきゃ、いつまでも気持ちがすれ違ったまんまだぜ？」

「・・・そう、だね。
怖がってちゃ、駄目だよね」

「刹那が不安なら、俺だって力になる。
俺じゃ駄目なら、真希や炎魅子先輩、朝霧だっている。
きっとみんな、力になってくれるさ」

「・・・ふふ、くすくす！
透矢くんって、やっぱり熱いよね。
そんな事、平気で言える人って、
私、他に知らないかも」

吹き出すように笑い出す刹那。
確かについ熱くなってしまった自分に、照れたように顔を反らす透矢。

「な、何だよ、茶化すなよ。
お、俺はただーー」

「うん、分かってる。

ーーありがとう、透矢くん。
私、透矢くんのそういうところ、好きよ」

「だ、だから茶化すなって！」

更に照れる透矢に、声を出して笑う刹那。
下がっていた刹那の眉が、ようやく上向きに戻りつつあった。

「でも、透矢くん。
どうして私なんかにそこまでしてくれるの？
私、透矢くんに真希の事とかで、色々迷惑かけた、と思ってるのにーー」

「うん？
まぁ・・・そうだな。
最初の頃は、人の弱いところを容赦なく突いてくるし、小馬鹿にするような笑いが気になったりりもしたけどーー」

「ふふ、はっきり言うのね。
ーーけど、何？」

頬を掻きながら、言葉を考えるようにしている透矢。
しかしいくら考えても真っ直ぐな彼の性格上、浮いた言葉等が思い付くはずもない。

結局は真正直な彼の思いだけが口から出る事となる。

「けど・・・不思議なくらい、嫌いになれないんだよな、刹那のこと」

「嫌いに・・・なれない？」

「むしろ・・・うーん、何て言うか、惹かれる、って言うかさ？」

「・・・透矢くん」

「つまりさ、俺は刹那の事、嫌いじゃないぜ、って言いたいわけよ。
ははは、お前の人間的な魅力かもな？」

誤魔化すように笑いながらそんな事を言う透矢。

それを聞いた刹那は穏やかに笑う。

そしてーー。

「お、おいおい、ど、どうしたんだよ、刹那？」

「透矢くん・・・ありがとう」

まるで吸い込まれるように、透矢の胸の中にすがり付いた刹那。
真希・千鶴以外の異性にすがり付かれた事などない透矢は、両手を宙でバタバタとさせながら狼狽する。

「せ、刹那？
あ、あのな？」

「・・・お願い」

「へ？」

「少しだけでいいの。
このままでいさせてーー」

「うー・・・、そんな事言われても、俺はどうすりゃいいんだよ・・・」

刹那は透矢の胸の中で、温かみ、匂いを感じて気持ちを和ませる。
だが透矢はそんな刹那を抱きしめてやるほどの根性はないらしく、ただ間の抜けた照れ顔を見せるのみであった。



ーーそれから少しして。
透矢から離れた刹那は明るい笑顔を見せた。

「ーーありがとう、透矢くん。
元気、もらっちゃった」

「あ、ああ・・・それは何よりだ」

「久遠の事、私なりに頑張ってみるね」

「ああ。
力になれる事があったら言ってくれ」

「うん。
それと・・・」

「ん？なんだ？」

不意に刹那の頬が赤みを帯びる。
夕陽の光に染まった頬の上を、更に淡い紅色が染め上げる。

「透矢くんが最初に私を見つけてくれて良かった」

「な、何言ってんだよ」

「ふふ、なーんてね」

人差し指を口元で立てながら、悪戯な笑みを見せる刹那。
憎めないその表情に、透矢もどこか観念したように笑うしかなかった。

「さて、と。
そろそろ生徒会室に行かないと。
地影だけじゃくて、炎魅子まで怒り出しそうね！」

元気を取り戻したような刹那。

軽い足取りで先に屋上から校舎へ続く入り口に向かっていく。
透矢もそんな刹那を追ってゆっくり歩き出す。

ーーだが。
刹那が入り口の扉を開くと、そこで何故か足を止めた。
まるで何かがそこにあるかのような刹那の表情。
透矢は怪訝な表情で刹那に近付いていく。

「ーー真希」

「真希？」

扉を開いて目の前。
いつからそこに立ち尽くしていたのだろうか。

何かに怯えるような、それでいて放心したような表情を浮かべる真希の姿がそこにあった。