闇から現れし者たち③　作：はにわ改

　
「（ーー俺が信じるモンスターによって、俺がやられるだと・・・？）」

未だに熱さが残る身体を何とか起こした彼は、黒衣の男によってリリースされて墓地に送られた『大将軍 紫炎』、
そして手札の２枚を確認する。

「（俺の手札には『地割れ』、そして奴の『ファイヤー・ソウル』によってドローした『死者蘇生』がある・・・）」

地割れを使えば黒衣の男のモンスター『偉大魔獣 ガーゼット』を破壊でき、更に死者蘇生で紫炎を復活できる。
総攻撃力は４０００を超えているため、このまま黒衣の男が何もしなければ彼の勝ちだがーー。

「・・・お前はその『紫炎』を相棒のように、『勝手に思い込んでいる』ようだが・・・果たしてどうかな？」

「な、何・・・！？」

「毎日毎日のデュエルの中で、それこそ『奴隷のように』使役され続けて・・・、時にはそんな主人のライフを護るために捨て駒にされる。
果たしてそんな毎日をそのカードは喜ばしく思っていたのかな・・・？」

「な、何を言ってるんだ・・・？」

「今、そのカードの本心を聞かせてやろう。
手札から魔法カード発動！」

薄気味悪さを感じさせる言葉の後、黒衣の男は更に魔法カードをディスクにセットした。

「ーー『死者蘇生』！」

「な、なんだとっ？！
し、死者、蘇生・・・！」

「我が場に蘇れ、『大将軍 紫炎』！」

発動されたカードは『死者蘇生』。彼もまた、奇しくも手札に握っていたカード。
それを先に使われてしまい、彼の墓地から黒衣の男のフィールドに、紫炎がその姿を再臨させる。

「く、くそっ！」

「くくく・・・どうだ、モンスターを寝とられた気分は」

自分のエース・モンスターを、奴のモンスターの召喚のために生け贄にされ、今度は奴の下僕として使われる。
これほど屈辱的な事はあるまい。

「な、何の真似だ！
どんなにモンスターを召喚しようと、お前はもうこのターン、バトルは出来ないんだ！」

彼もプロの端くれ。
悉くこちらのやろうとしている事の裏を突かれ、流れが悪いことに気付いている。
バトルが行えない事を強調しているのは、少しでも安心を得たいがためだ。
そんな彼の心理を見透かしているのか、嘲笑うように声を漏らす黒衣の男。

「ーーお前には見えないのか？」

「な、何が、だ？」

「このモンスターの『怒り』が・・・」

言われて彼は、本来は自分のモンスターであるはずの紫炎を見る。
すると自分が召喚した時とはまるで違い、激しく攻撃的な感情を露にしている。
獣のような声を唸らせながら、両手に構えた刀で、今にも斬りかかってきそうな前傾の構えである。
彼は思わず後ずさる。

「ば、バカな事言うな！
た、たかが映像が、感情なんか持つはずがーー」

「言ったはずだ。
これはただのデュエルではない、と。
お前も感じただろう、このカードの怒りをーー」

「そんな・・・そんなっ！」

自分のエース・モンスターであるはずの紫炎が、怒りを、そして怨みをその刀にたぎらせている。
その切っ先は自分に向けられているというのか。

「お前はプロとなり、名誉を、そして金を得たいがために、カードを酷使し、カードに対する感謝を忘れてしまった。
今、その怒りが貴様に降りかかるのだ！」

「う、嘘だ！
お、俺は・・・俺はぁ！」

「モンスターの怒りを知れ！
魔法カード、『親友（とも）の背刃（はいじん）』を発動！」

発動される魔法カード。
それがこのデュエルの勝敗を決定するカードとなった。

「自分フィールド上に元々の持ち主が相手のモンスターが存在する時、
そのモンスターの攻撃力の倍以上になるように、自分の手札・フィールドからモンスターカードを墓地へ送ることで発動！」

「あ・・・ああ・・・」

「選択したモンスターの攻撃力分のダメージを与える！
俺はガーゼットを墓地へ！」

ガーゼットの攻撃力は５０００。
紫炎の攻撃力のちょうど２倍である。
よってガーゼットは墓地へと送られ、そのカードの発動条件は満たされた。

「行け！紫炎！
お前の怒りの炎を、奴にぶつけてやれ！」

その声を聞くや、紫炎が刀を振り上げ差し迫りながら、怒りの咆哮を轟かせる。

「や、やめてくれぇえええっ！！」

悲鳴を上げながら制止しようとするも、負の感情に満ちた一閃は迷う事なく振り下ろされ、彼を一刀両断に切り裂いた。
これによって彼のライフは０。
彼は白目を向き、その場で糸が切れた人形のようにうつ伏せに倒れ込み、そして２度と立ち上がることはなかった。

「くくく・・・心配するな。
お前は死なない。
我らが同志として甦るのだ」

黒衣の男の周りにいた者たちが、数人で彼の身体を持ち上げる。
そしてどこかへ運ぶつもりなのか、そのまま歩き出す。

「ーー待てっ！！」

すると彼が入ってきた路地裏の入り口側から、不意に聞こえてきた若い女性の張りのある声。
黒衣の男がその姿を見て舌打ちする。

「また貴様かーー」

「そいつを離せ！
これ以上、貴様らの好きにはさせん！」

シャツに短パン姿の、金髪のその女性は女一人の身でありながら、迷うこと無く黒衣の男たちの方へと立ち向かっていく。

すると黒衣の男が懐から咄嗟に取り出したもの。

ーー拳銃。

「くっ・・・！」

もちろん、モデルガンなどではない。
機敏に反応したその女は、すぐに体を地面に転がすように回避行動を取り、直後に指に掛けられた引き金によって拳銃が乾いた音と共に火を噴いた。
弾丸は彼女がいた空間を目に見えぬ早さで突き抜けていく。

そして黒衣の男たちは逃げるように身を引きつつ、拳銃で威嚇するように射撃を繰り返す。
彼女は物陰に隠れ、身を低くしながらそれをやり過ごすが、
再び立ち上がった時には、彼らの姿はもう見えなくなっていた。

「ーーくそっ！」

遅れて後を追いかけ、路地裏を抜けるが、まるで夜の闇に溶け込んだかのように、黒衣の者たちの姿はない。
悔しそうにグローブを付けた左手に右の拳を打ち付けた。

そして短パンから携帯電話を取り出した彼女は、すぐにそれを使って誰かに掛ける。

「ーー『クリス』だ。
『また』一人、やられた」

クリスと名乗った彼女。
誰かに報告するように状況を伝える。

「ーーああ。
これでこの二ヶ月の間に８人だ。
奴ら、どんどん襲う回数が頻発になってきているーー」

電話の向こう側の人物と受け答えしながら、眉にしわを寄せる。
その表情を見れば、事の深刻さが充分に伝わってくる。

「『大会』を近くに控え、奴らが動きを強めてきたのは、奴らはそれを狙ってーー」

しばらく誰かとやり取りをしていたクリス。
やがて何度か頷いたあと、彼女の方から電話は打ち切られた。
電話を切ってからも表情は険しいままである。

「ーー先生」

「シェリルか」

クリスの背後から現れ、側に近寄るショートカットの、琥珀色の肌を持つ女性。

「銃声が聞こえましたが・・・大事ないようですね」

「ああ。
だがまた１人、やられたよ。
私が見回っていながら、不覚をとったな」

「・・・先生のせいではありません」

クリスを先生と呼ぶシェリルという女性。
クリスより更に一回り若いようだが、背丈はシェリルの方が上である。

「それに・・・予想以上に彼らの勢力の拡大が早いです」

「そのようだな。
『向こう』の戦況も芳しくない、と聞く。
このままではいずれーー」

ポケットからくしゃくしゃに潰れた箱を取り出し、それを上下に振ると中から煙草が出てくる。
それを取り出して口に加えたクリス。
何かに憂いを抱くような二人の表情。
彼女たちは何に立ち向かい続けているというのか。

「・・・先生。
１週間後の遠征ですがーーこの状況を考えると、中止した方がいいのではーー」

「いや、例え私たちが残ったとしても、広がりつつある波はもはや止められまい。
頭の固い連中もようやく重い腰をあげてくれるようだが・・・手遅れだな」

「・・・」

ジッポライターで煙草に火を点けながら語るクリスに、シェリルは黙ってしまう。

「それにーー私もこの目で見ておきたい。
あのアルフレッドに並ぶという、『 Ｔ・Ｆ使い』をな」

「ーーそう、ですね」

納得するようにシェリルが頷く。

「ーー引き上げよう。
これ以上、この場所に居ても仕方があるまい」

「了解」

まだ半分ほどしか吸っていないタバコを叩きつけるように破棄し、それを靴で踏み潰すと、二人もまた夜の闇へと姿を消した。

ーー世界を覆いつつある波。
人知れず、彼女たちは明日も戦い続けるーー。