冷徹なるクロエ　作：はにわ改

　
ーー『ラピス』の計らいによって、フィールドを覆う黒い『靄（もや）』の一部が晴れて、入り口を通して外が見えるようになった。
そこにはつい今しがた駆け付けてくれた、蓮華やクロエたちの姿があり、透矢は思わず駆け寄った。
ーーだが、入り口に近付きその手が触れるや、強烈な電気が火を噴くようにして透矢の身体を弾き飛ばす。

「ーー透矢くん！」

「遊戦名！」

「遊戦名様！お嬢様！」

向こうからもこちらが見えるのだろう。
クリス、舞、蓮華が続けて口を開き、やはり駆け寄ろうとするが、
透矢が今まさに弾かれたのを目にして、
見渡せるようになっただけで、『結界』が消えて無いのだということを悟り、足を踏み止まらせる。

「あちちち……っ！

ーーま、舞先生！
良かった、無事だったんだ！」

「馬鹿、あたしなんてどうでも良いんだよ！
それより何でお前さんがそんなところに！」

舞の無事な姿を今初めて目にした透矢が笑顔を見せるが、
対称に舞はまさか透矢が参加しているとは露知らず、驚きつつ心配そうに顔を歪める。

『くす……特別に、ギャラリーの参加を許したまでだ。
そこで黙ってみているがいい、矮小な人間共よ』

『ラピス』が言うと、クリスたちが大いなる敵であるその姿を捉える。

「みず……っ、いや、『ラピス』！」

水花、と言い掛けてすぐに違うのだ、と察するクリス。
水花と全く同じ姿をした彼の者こそ、この『闇の一団』を率いる首謀者にして最大の敵なのだ。

「お前たち、デュエルしてんのかよ！？
ーー駄目だ、すぐにお止めよ！
そいつはまるで別次元の存在なんだからね！」

部屋の様子を見た舞が更にそう言い放った。
そいつとは戦ってはならないーー普段は粗野でだらけた舞からは考えられない表情から、ただならぬ深刻さが滲み出ていた。

「お、お嬢様！」

荒い息をする刹那の姿、そして傍らに倒れる久遠の姿を見た蓮華の表情に、その感情が包み隠さず表れる。
何とか助けたい、と身体を前に出すも、透矢同様に見えない力に弾かれて、シェリルがその身体を支えた。

「ーー透矢くん、集中して。
次はあなたのターンよ」

「刹那……！」

「このデュエルには水花の命が懸かってるの。
それを助けられるのは、私たちだけなんだからーーっ！」

蓮華たちが向こう側から心配する声を上げているというのに、
刹那は１度も振り向きすらしない。
それは不退転の彼女の強い意思であると同時に、もはや残された精神力が他に反らす余裕がないことを示してもいた。

言われた透矢は自らのフィールドへ
戻り、再びディスクを構える。

「俺のターン、ドロー！」

そしてカードを引く。
そこに新たな希望を見出だすために。

「ーー透矢くん、刹那、止めろ！
これは『闇のデュエル』だ！
お前たちが負けたら、あいつらのように魂を奪われてしまうぞ！」

「あいつら……」

クリスが声を上げた。
『あいつら』という言葉の指す意味が一瞬分からなかったが、すぐにここに至るまでに倒してきた連中を指しているのだと気付く。

「ーーでも、このデュエルには水花の命も懸かってんだ！
水花を放っておくわけにはいかない！」

「透矢くんっ！」

「あともう少し！
あともう少しなんだ……！
もう少し、あの９００っていうライフを削りきれれば、俺たちが勝ち……！
水花を助けられるんだ！」

制止するクリスを振り切る透矢。

ーーそう、あと少しなのである。
互いにライフが１０００を割り、これから最終局面という中で、透矢は自分のターンを迎えている。
この好機を逃すわけにはいかないーー！

「ーー続けさせてやれ」

ーーそんな中、冷淡な声を発した主。

クロエである。

「続けさせろ、って……クロエ！」

「どちらにせよ、１度『闇のデュエル』が始まってしまったなら、
外から干渉の出来ない我々には最早どうしようもない」

「どうしようもない、って、二人が負けたらどうする！」

クリスがクロエに迫る。
その声は何故そんなに冷静でいられるんだ、と言ってるようでもある。

「ーーいよいよ、となれば『強制ログアウト』させればいい」

「な……っ」

表情を崩さず語ったクロエ。
クリスだけでなく、舞やシェリルの表情もひきつったようになる。

「ば、馬鹿！
『強制ログアウト』は、『障害』が残る可能性があるんだ！
お前もそれくらいーー」

「『選ばれし者』を失うよりはマシだ。

それに『障害』とは言っても記憶に難が残る程度の事だ」

冷めたクロエの顔色に、クリスは唾を呑み込む。

「み、『神子』は……？
水花はどうするつもりだ」

「……」

「お前も分かっている筈だ。
水花は我々とは違う。
あいつを『ログアウト』させる事はそんな簡単ではない事を……」

クリスが問い詰めるようにクロエに言う。
舞、シェリルもその会話に黙って耳を澄ませていた。

「ーーそのための『コード・レッド』だ」

「何……？」

「『コード・レッド』は言わば保険だ。
ーー私も最悪の事態を想定していなかったわけではない。
故に、お前には黙っていたが、密に軍部と連携を取り、その対策を用意しておいた」

「だから何なんだっ！？
その『コード・レッド』とはっ？！」

クリスがクロエの胸襟を掴む。
クリスの中で浮かぶ、まさか、という念。
それを確かめるがためにーー。

「……兵器による、殲滅作戦だ」

「な、んだと……！」

「万が一、我々が『黒の一団』に敗れるような事があった場合、あるいは想定外の事が起きた際に、
私の合図で配備された軍の部隊が殲滅作戦を採るようにしてある」

「お、お前……！
せ、殲滅作戦って、何をーー」

「この水路内を小型の焼夷弾で焼き尽くす。
……『神子』ごと、な」

表情一つ変えず、言い放たれたその非道というべき『保険』。
まさか、という思いが的中してしまったクリス。
瞬間的に沸き上がった怒りが、クロエの身体を突き飛ばさせる。
そして背後の壁に叩きつけられたクロエに迫り、クロエの左頬を掠めて壁に手の平を打ち付けた。

「お前、よくも……！！
私に黙ってそんな事をっ！」

「……『ラピス』が目覚めている以上、もはやあの『神子』に『用はない』。
むしろ生かしておくだけ、害になるだけだ」

「貴様、それでも人間か！！
あんないたいけな少女をこちらの都合で利用した挙げ句、用が無くなれば消すのか！」

「……」

「それにこの通路には我々が倒してきた一団の連中も残したままだ！
彼らも元はプロデュエリストで、奴等に洗脳されていただけなんだぞ！」

「……所詮、使い物にならん連中だ。
考慮の余地など、最初からない」

「止めさせろ……！
すぐにそんな馬鹿げた作戦を中止させろっ！！」

烈火のごとく怒りに奮えるクリス。
手にはめたグローブが鈍い音を立てるまでに力が籠る。
もし止めなければ、その怒りを容赦なく打ち込むーー本気の眼が、クロエを捉えていた。
だが、クロエは冷たい氷で出来た彫像のように微動だにしない。

「……よかろう。
ただし、このデュエルが終わるまでーーいや、二人が敗北する寸前まで、だ。
私が限界と感じたら、作戦は決行する」

「クロエ……っ！」

「冷静（クール）になれ、クリス。
私もこんな手段は採りたくはない。

ーーが、もし『ラピス』が『巫女』と融合し、本来の力を取り戻したらそれこそ終わりなのだからな」

そう口にしてから、クロエは懐にある携帯端末を取り出して、指示を出す。
即ち『現状待機』、とーー。
クリスはそれを見届けてから、ふとクロエが持つ携帯を奪い、叩き割ってやろうかとも思ったが、それは出来なかった。
何故ならば、クロエの言っていることも満更間違いではない、と認めてしまったからだーー。

「……精々祈るんだな。
刹那と遊戦名が勝ってくれる事を。

もっとも……二対一とはいえ、『ラピス』が相手ではそれも望み薄だろうがな」

淡白な口調のクロエ。
クリスはそんなクロエを睨むが、すぐに『結界』の傍まで駆け寄り、中の透矢たち見る。

「ーー透矢くん！刹那！
負けるなよ！
勝て、勝つんだ！」

クリスが二人に声援を送る。
二人には今のクロエとの会話は聞かれてないようだが、
こうなってしまっては最早二人に勝ってもらうしかないのだ、とーー。

「シェリル、更科殿、舞！
我々も何とかこの『壁』を破り、刹那たちを助けられるよう力を合わせるのだ！」

「……はい、先生」

「……ありがとうございます、クリスティーア様」

「……やるっきゃないねぇ」

そして自分たちもこの『闇のデュエル』が生み出す『結界』を破ろうと尽力する。
『結界』を破れれば、デュエルを中断させて刹那たちを、そして水花を救い出せるかもしれない、とーー。

ーーその一方でクロエは携帯端末を手にしたまま、独り黙ってその様を見続けていた。
冷たい眼差しの奥にある心中ーーそれは誰にも知る事は出来ない。




ーー透矢の３回目のターン。
彼の手札には２枚。
そしてフィールドには、攻撃力２３００の『影縫いの微刃』と、攻撃力の６００のＴ・Ｆモンスター『メルセディア』の２体。

「（このターン中に何とかしねぇと……）」

透矢は横目で刹那を見る。
さっきからずっと息を切らしているかのような彼女。
震えている膝を見る限り、立っているのですらやっとではないだろうか。

「（もし、俺と刹那のターンであいつのライフを削りきれないと……あいつが言った通り、刹那がーー）」

前のターンで、『ラピス』が口にした死の宣告。
即ち次の『ラピス』のターンを回してはならない。
だが刹那はフィールドにカードが無く、手札も１枚。
この透矢のターンで何らかの結果を出せなければ、いよいよ厳しくなる。

「（そのためにはまず、あの『アビス・デザイア』を何とかしねぇとーー）」

ーー透矢は限られたカードたちを見て、必死に戦略を積み立てる。
厄介な『Ａ・Ｄ』モンスターたちの能力を掻い潜り、『ラピス』のライフを削りきる方法。
それには最終的な目標として、ダメージを無力化する『アビス・デザイア』を消し去る以外に道はない。

「（『アビス・デザイア』は攻撃力も守備力も０。
なら、俺のモンスターで破壊できる、か……？）」

透矢はじっと『ラピス』のフィールドを睨む。
『ラピス』の場に裏側で潜む『Ａ・Ｄ』モンスター。
その能力にも注意を払って行動しなくてはならない。
何しろ、透矢も残されたライフは僅か８００に過ぎないのだから。

「ーー俺は墓地から『女帝の施し』の効果を発動。
このカードを除外して、デッキから『女帝』を手札に加える」

ミスは許されない。
細心の注意を払っているためか、透矢の挙動の一つが普段より固く、そして重い。

「そして俺は、『メルセディア』の素材モンスターである、『守護の鎧』を墓地からデッキに戻し、
『女帝』をリリースモンスター無しで通常召喚する！」

『女帝の聖杖』の３つの効果の内の１つである。
本来はレベルが７の『女帝』はリリースモンスターが２体必要だが、この効果を使えば運用が軽くなる。
ただ代償として『守護の鎧』の数を減らしたため、『メルセディア』の守備力が３３００へとダウンした。

かくして透矢のフィールドに、『女帝』がその姿を見せる。

「頼むぜ、ラグナシア……！」

『……』

「ラグナシア？」

このデュエルで、初めてその姿を晒した『女帝』。
その『女帝』が召喚されるなり、『ラピス』をまるで威嚇するかのように強い視線を送る。

『ーー久しいな、深淵の主よ』

そして一言。
その声は刹那にも聞こえて、思わず視線を移す。

『……なるほど、な。
道理で既視感のある女戦士ばかりを並べて来るかと思えば、やはり貴様が絡んでいたか』

「え……？」

『ラピス』がラグナシアに言葉を返す。
そのやり取りに透矢は意外そうに、交互に二人を見ることしか出来ない。

『深淵の主よ。
……“３度目”はない。
此度こそ、貴様の存在を完全にその魂ごと抹消してくれる』

『くす……出来るか？
力を失った今の貴様に』

現在（いま）、再び両雄が向き合い、その雌雄を決する時が訪れた。

深淵の主・『ラピス』と女帝・『ラグナシア』。
両雄の間にある因縁。
それを結びつけるもの、とはーー。

デュエルは遂に終盤へと突入する。