孤独な戦い　作：はにわ改

　
ーー刹那が倒れた。
透矢に全てを託して。

「ーー刹那ぁ！」

無意識に足を駆け出させた。
大事な友だちが倒れたのを見てのその行動は、人間なら当たり前の行動なのだろう。

『ーー愚か者っっ！！』

だが今までにない、女帝（ラグナシア）の声がそれを止めさせた。

『ーー戦士が戦士に己の思いを託して倒れたのだ。
それに応えられぬは、不義の極みと知れ』

「く……ぐ……」

背中を突き刺すようなラグナシアの言葉は厳しさに満ちていたが、同時にそれは刹那に対する最大の敬意の表れでもある。
透矢にもそれが伝わったのだろう。
刹那に駆け寄りたい気持ちを必死に押さえ込み、駆け出させた足を戻した。
『ラグナシア』を除く、彼の信じる戦士たちが後ろ目に透矢（マスター）のいたたまれない姿を見遣る。

「……ラグナシア、悪かった」

『謝る必要はない。
仲間を思いやる気持ち、それは誰もが心に持つ、人間が人間であるべき感情だ』

「ラグナシア……」

『お前の悲しみ、怒り……私が受け止めよう』

決して透矢の方へ振り返らないラグナシア。
厳しくも自分を導いてくれるラグナシアは、もはや透矢の中では一人の人間という概念を超えた存在となっていた。

ーー倒れた刹那の身体から小さな光の球体が抜け出ると、それが『ラピス』の手招きに引き寄せられるように移動する。

『くす……まず、一人』

その球体を手のひらの上に浮いた状態で受け止めた『ラピス』が笑う。

「あ、あれは……ひょっとしてーー」

『そうだ。
その娘の魂が形となったもの。

くすくす……なんと熱く、鮮烈な輝きを放つ魂よ。
これまで幾千のデュエリストの魂を喰らってきたが、これほどのものには出会ったことがない』

刹那の『魂』を手の平の上で浮かせたまま、多方面から覗き込む。
更に人差し指で触れ、なぞりながらその熱を心地良さそうに味わっているようだ。

「ーーてめぇ、刹那の魂を返しやがれっ！」

『くす……ならば、奪い返してみろ。

それが出来なければ、この魂は我のものだ。
くすくす……』

「くそ……っ！
やってやるぜ！
刹那も水花も……絶対に俺が助ける！」

共に戦ってくれた刹那が倒れたことで、透矢の心も今までにない熱を帯びる。
すると『ラピス』はその手を下げると、刹那の『魂』は解放されたように宙空を漂い始めた。
その様はまるで成仏出来ない霊魂が、行き場を失いさ迷っているようにも見える。

『我のターンの続き、だ。
我は“デザイア”の効果を使い、“サードリウス”を裏側守備表示で帰還』

『デザイア』の効果により、『Ａ・Ｄ』モンスターの一角、
モンスター効果の発動に反応する『罠効果』を持つ、『サードリウス』が『ラピス』のフィールドに潜伏する。

『くす……ターン終了だ』

『ラピス』のターンが終わる。
このターン、『ラピス』の予言通りに刹那のライフは尽き、
ここからはいよいよ透矢と『ラピス』の一対一、言わば通常のデュエルに戻ったことになる。

「お、お嬢様……わ、私がついていながら……」

外野では蓮華が無念さを露にし、舞が慰めるように寄り添っている。
クロエは諦めているのか、座り込んで遠い目をしており、シェリルも気絶したクリスを抱えながら、心ここにあらずといった様子だ。

ーーそんな時、羽音に交えて鳴き声を響かせながら一羽の飛来する生き物がその場へと到着する。
その音に気付いたクロエ・シェリルが目を向ける。

「あのコウモリは……エリザか！」

「フリードイッヒ卿の……」

突如前触れもなく現れた蝙蝠に、クロエは直感的にエリザの『使い魔』である、と察する。
するとそれを示すようにその蝙蝠は、明らかに意志を持ったような動きで透矢たちがデュエルしている部屋の入り口に近付き、中の様子を眺めるようにしている。

『ーーあら、神楽坂の御姉妹はやられてしまったようですわね。

でも……トーヤは立ってますわ』

そして蝙蝠が口を動かし、聴こえてきたのは女性の声。
それは彼女を知る者ならば聞き紛うことのない、フリードイッヒ家当主・エリザの声であった。

「ーーエリザ。
随分と余計な真似をしてくれたな」

『あら、クロエ先生。
それはそれはごめんあそばせ』

蝙蝠に歩み寄り、話しかけるクロエ。
するとエリザの目となり口となる蝙蝠の使い魔が、外にいるエリザの言葉を伝えてくる。

「いや……だが結果的には良かったのかもしれん。
強制ログアウトが効かないこの状況で、殲滅作戦を敢行していたら、例え神子（ターゲット）は葬れても、中の刹那たちも道連れだっただろう」

『あらあら……クロエ先生らしからぬ、随分と杜撰な見通しでしたのね』

「ーーその通りだ。
『ラピス』がこれほどまで力を取り戻していた事を見抜けなかった、私の完全なる見込み違いだ」

『まあ、まだ諦めるのは早いのではありませんこと？
中ではまだトーヤがしっかり立って戦って下さってますわ』

「ーー勝ち目はあるまい。
刹那が倒れた今、尚更、な」

「ーーそれは、どうかな」

エリザと話していた中、不意に背後から聞こえてきた声に振り向くクロエ。
そこには自分が気絶させたクリスが目を覚ましていた。

「彼も……遊戦名透矢も選ばれた人間なのだ。
三騎士に……女帝に……。

そしてーーあの伝説のデュエリストに、な」

「クリス……お前」

「賭けるしかあるまい。
あの女性（ひと）に選ばれた彼が、奇跡を起こしてくれることを」

立ち上がったクリスはクロエを責めることはせず、部屋の入り口の前に立つ。
今や、世界の行く末は透矢一人の肩に託された。
勝敗はどうなろうとデュエルの結末を見届けるべく、クリスの視線は真っ直ぐその背中を捉えていた。

「ーー俺の、ターン！」

迎えた透矢のターン。
刹那が倒れながらも、その気持ちに報いるために、今はデュエルに気持ちを集中させる。

ーー先ずはドローフェイズ。
手札が無い透矢はデッキの一番上のそのカードに可能性を見出ださなければならない。

『（透矢……引き当てろっ！
あの刹那という女傑の奮闘を無にしないためにも……！）』

「カード、ドロー！」

ラグナシアが透矢のドローに念を送るように願い、そしてその直後に引かれたそのカード。

「『三剣の誓い』……」

引いたカードは『三騎士』専用の装備カード。

『（違う……そのカードではない）』

ラグナシアが望んだカードではなく、心で口惜しむ。

透矢はその手札と、自分のフィールドを改めて見直す。
その中である意味異彩を放つのが、『ガブリエル』の存在。
刹那が最後の１枚、『ウィッシュ・ギフト』によって託した、四大天使の一角。

「（刹那は何で俺にこのカードを渡してくれたんだ……）」

『ウィッシュ・ギフト』により、『ガブリエル』のコントロールを移し、ライフ回復とドローの効果を得た刹那。
だが回復・ドローに関してはあの場面では結果的に無意味である。
それは刹那も知っていたはずだから、もしその行いに意味があるとするなら、『ガブリエル』を自分に託した行為にあるはずである。

果たしてそれは何なのか……。

「ーー俺は手札から装備魔法、『三剣の誓い』を発動。
『影縫いの微刃』に装備して、攻撃力を４００ポイントアップ！」

熟慮の後、ある意志を持ってそれを実行する。
三本の剣の切っ先を合わせた絵柄が施された、五角形のエンブレムが『影縫いの微刃』の左胸の部分に付けられる、その攻撃力が２３００から２７００に上がる。

「更に！
『三剣の誓い』の効果！
デッキから装備モンスターと同名のカードを墓地へ送り、攻撃力を次のスタンバイフェイズまで更に４００ポイントアップ！」

『三剣の誓い』のその効果により、透矢はデッキから別の『影縫いの微刃』を墓地へ送り、更に攻撃力が３１００まで上昇。
『ラピス』がほう、と頷いた。

「ーーバトル！
『影縫いの微刃』で裏側モンスターを攻撃！」

そして攻撃。
『影縫いの微刃』が素早い動きで『ラピス』のフィールドに迫り、二本の刃でそのカードを切り裂く。
そのカードは『サードリウス』、守備力は２７００。
攻撃力を充分に上げた『影縫いの微刃』が打ち倒した。

「バトル、終了……！」

『くすくす……』

透矢の場にはまだ４体のモンスターがいるが、『アビス・デザイア』は現状無敵。
追撃の余地はなく、『ラピス』は攻めあぐねる透矢を嘲笑う。

「ーーメイン２！
俺は『ガブリエル』の効果を発動！
墓地の闇属性モンスター１体を除外して、デッキの上から３枚を確認！
その中から１枚を手札に加え、残りは好きな順番でデッキトップに戻す！」

だがここで、『ガブリエル』の効果を使用。
もし『サードリウス』を破壊しておかなければ、このタイミングで『罠効果』が発動して『ガブリエル』が破壊されてしまう。

「俺は墓地から『影縫いの微刃』を除外！」

『三剣の誓い』で墓地へ送っておいた『影縫いの微刃』を除外。
これを見越しての透矢の行動だがーー。

「済まない、『ベアトリーチェ』。
お前の魂の一部をーー」

透矢の声に、フィールドにいる『影縫いの微刃』が頷く。
透矢のデッキに於いて、『除外』という行為は厳禁に近い。
それぞれ三枚ずつ入れられた『三騎士』たちは、『本来の姿』をフィールドに繋ぎ止めるのに必要だからだ。
透矢は申し訳なさそうに、『影縫いの微刃』をゲームから取り除く。

そうして捲られた３枚。
その中に、この状況を打破するカードはーー。

「（く……っ！
駄目だ、奴を倒せるカードがない！）」

ーー目に見えて分かる駄目だった、という透矢の表情。
『影縫いの微刃』の魂を犠牲にしてまで求めた新たな可能性も、彼を導いてはくれなかった。

「（というより、俺は何を引き当てればあいつを倒せるんだ？
どうすればあの無敵のモンスターを倒せるっていうんだーーっ！？）」

ーーそう、透矢にはまだあの『アビス・デザイア』を倒す見通しが立っていない。
ともすれば自分のデッキにそんなカードがあるだろうか、と根本から疑いかねない。

『（透矢……希望を捨てるな。
まだ、まだ可能性はある）』

ラグナシアが声にはせねど、苦悩する透矢を見守る。

「（いや……諦めるな。
きっと何か手はある。
最後の１枚まで……諦めちゃ駄目なんだ！）」

透矢は挫けそうな気持ちを奮い立たせる。
例え負けるにしても、最後の最後まであきらめない。
でなければ、刹那に会わせる顔がないではないかーーと。

透矢は『ガブリエル』の効果で捲った３枚の中から１枚を選び、残りをデッキに戻す。

「俺はカードを１枚セットして……ターン、エンド……」

「ーー遊戦名様……！」

「透矢くん……！」

結局、『ラピス』に対抗する手段は無いというのか。
蓮華が神に祈る気持ちで手を組み、クリスが呼び掛ける。

『ーー貴様のエンド前。
我は“グラボイド”を帰還』

『デザイア』の効果で、またしても次元から帰還を果たす『グラボイド』。
今は裏側で身を潜めるが、『ラピス』のターンが始まればすぐにその暴虐な威力が透矢を襲うだろう。

『我のターン。
スタンバイフェイズに、“深闇物質 （アビス・マター）”、“深淵（アビス）”の連動効果により、任意の除外カードを手札に。
加えるカードは……“これ”だ』

宙空をさ迷うカードの中から選ばれたカードを見せる『ラピス』。
そのカードは刹那を死に追いやった『暗黒物質（ダーク・マター）』ーー。

『お前もこの娘と同じように死なせてやる』

「せ、刹那……！」

『ラピス』のフィールドを未だにさ迷う刹那の魂。
こうしている間にもその魂が昇華し、消えてしまうのではないか、と透矢は自分に迫る脅威よりも不安に感じてしまう。

『もっとも……先ずはこの一撃に耐えられれば、の話だがな。
ーー“グラボイド”！』

この場面で、表側になりその姿を現す『グラボイド』。
その時発動する効果は、相手フィールド上に存在するカードの枚数に５００を掛け合わせたダメージ。
透矢のフィールドには現状８枚。
実に４０００ポイントものダメージが与えられる事になり、これを受ければ無論命はない。

『ーー“クルスタル・コーラプス”！』

『グラボイド』の地面を伝う触手が透矢に迫る。
透矢に成す術はないのかーー。