真希vs千鶴 もう守られるだけじゃない⑩　作：はにわ改

　
「ーーこの攻撃が・・・この攻撃が通れば千鶴の勝ち、だ！」

透矢が握りこぶしに力を込めながら口にする。

攻撃力５０００の『マジシャンズ・レジェンディリア』による、攻撃力２７００の『ハーピィ・レディ トライアングル・シスターズ』に対する攻撃。
真希のライフは１２００。
確かに通れば千鶴の勝ち。
無駄なカード１枚もなく、懸命にデュエルを作り上げた千鶴が勝利を掴んだかに見えた。

「ーー惜しいわ、鳴瀬さん・・・」

「刹那？な、なんだよ、惜しいって」

透矢の隣にいた刹那が、やや頭を落としながら呟いたその一言。

「この攻撃は・・・通らないわ」

刹那の視線の先。
そこには真希が伏せた２枚のリバース・カード。
透矢はあっ、と声を漏らした。


「（ーー千鶴ちゃん・・・千鶴ちゃんは『勝っていた』ーー）」

迫り来る『レジェンディリア』の攻撃を前に、真希は落胆したように俯いていた。
それは己の敗北を悟っての事ではない。

「（『ハーピィズペット竜』を攻撃していればーー千鶴ちゃんの勝ちだった）」

真希の沈んだ心中。
それは選択を誤った千鶴に対するもの。

「（いや・・・千鶴ちゃんは間違ったわけじゃない。
攻撃するなら、攻撃力の低いハーピィを狙うのはむしろ普通ーー）」

千鶴は今、ハーピィか、ペット竜か、どちらでも攻撃でき、またどちらを攻撃しても千鶴の勝ちである。

だが、その２つの選択の内、１つは流れに『紛れ』を生じさせた。

「（・・・というより、このままあたしが何もしなければーー）」

真希の頭にそんな考えが過る。

ここまでよく戦った千鶴。
そんな千鶴を、魂のカードの攻撃によって気持ちよく勝たせてあげたい。

しかし、真希はすぐにそれを否定した。

どんな形であれ、少しでもそこに手心を加えれば、それは今まで自分がしてきた事と変わらない。

このデュエルには、最後まで全力を注ぐ。
途中からではあるが、真希はそう誓ったはずなのだ。

「ーーリバース・オープン！
カウンター罠カード、『爆風障壁（ばくふうしょうへき）』！」

「と、トラップ、カードっ！」

真希が直前の自分のターンに伏せたカードを発動させる。
勝利が見えた千鶴の視界に一転、白霧が漂う。

「鳥獣族モンスターが攻撃対象になったとき、発動出来る！
その攻撃を無効にして、バトルを終了させる！」

発動した『爆風障壁』。
『ハーピィ三姉妹』の周りを複数の竜巻が覆い隠し、『レジェンディリア』の超威力の魔法攻撃を弾き、風の力で霧散させる。
決まったかに見えたその一撃は、あと一歩真希には届かなかった。

「（ば、『爆風障壁』は・・・鳥獣族のサポート・カード・・・。
つ、つまり『ハーピィズペット竜』を攻撃していればーー）」

たられば、と言ってしまえばそれまで。
しかしながら、そもそもリバース・カードの存在を軽視してしまったデュエリストにあるまじき油断。
例え読みきれなくとも、なぜもう少し考慮を重ねなかったのかーー。

最大のチャンスを逃した千鶴の悔しそうな表情。
真希にとって、長年連れ添った自分ですら初めて見る表情がそこにあった。

「ーー『爆風障壁』の追加効果！
自分フィールド上に存在する魔法・罠カードを１枚破壊して、２つの効果から１つを選択して発動する！」

真希は下を向くようにしたまま、そう宣言し、発動の条件を満たすためもう１枚のリバース・カードを破壊させた。
そのカードは『ヒステリック・パーティー』。
千鶴が対策を用意していたため、発動しなかったカードだ。

「私は『カードを１枚ドローする』、を選択。
カード、ドロー！」

手札が０の真希に、１枚の手札が加わってしまう。
ドロー・カードを見た真希の表情に変化はない。
だがこのたった１枚のドロー。
そのたった１枚が、大きな流れを呼び寄せる１枚と成りうる事がある。

「か、カードを１枚、セットして・・・ターン、エンド！」

ーー勝っていた。
選択を誤らなければ勝っていた。

そんな未練が彼女の頭を埋め尽くしそうになりながらも、彼女の気迫はまだ衰えていない。

しっかりと切り替えた気持ち。
未練に引きずられていては、大勢に出遅れる。
負けられない勝負であればこそ、なかなか出来ない気持ちの転換だが、千鶴は決して心を折らなかった。

「・・・千鶴ちゃん」

「ーーえっ？！
な、なに？お姉ちゃん・・・」

不意に真希に呼ばれ、切り替えた気持ちではっきり返事をする千鶴。

「こんなこと、話したら・・・千鶴ちゃん、傷つくと思うけどーー」

「・・・お姉ちゃん？」

「あたし・・・きっと、心の奥底では千鶴ちゃんの事、蔑んでたんだよね」

語られた衝撃的な一言。
肩を大きく落とし、何かに耐えるように歯を食い縛りながら、真希はそう語ったのだ。

「千鶴ちゃんにデュエルを教えながら・・・あたしはいつも優位感に浸ってたんだ。
自分より下の人間の上に立つ優位感にーー」

「ま、真希・・・な、何言ってんだよ」

「このデュエルだってそう。
あたしは千鶴ちゃんがあたしに勝てるわけない、って思ってーー。
昨日もどうやって負けてあげればいいのかをずっと考えてた」

「お姉ちゃんーー」

「ようやく気付いたの。
あたしは千鶴ちゃんの味方の振りして、実はあたしが付いてあげないと、何も出来ない子、って馬鹿にしてたんだって事をーー」

真希がこのデュエルの中で悟った自らの本心。
千鶴が自分に必死に食らいつこうとする姿の中に、千鶴の成長を目の当たりにさせられ、そしてようやく気が付いたのだ。

彼女の成長を喜ぶ自分、同時にそれを『面白くない』、と感じる自分にーー。

「な、何言ってんだよ！
お前はそんな奴じゃねぇ！
真希は千鶴の事を誰よりも可愛がって・・・心配もしてーー」

「ーーそれはあたしの表向きの顔だよ。
本当はきっと、そんなあたしを慕って、付いてきてくれる千鶴ちゃんに優越感に浸ってたんだよ」

「ば、馬鹿野郎！
いきなりどうしちまったんだよ！」

怒るように声を荒くしながら、戸惑う透矢。
真希がそんな人間であるはずがない。
透矢は自分が知る真希を疑うはずもないが、本人である真希が何故そんな事を言うのかが理解できない。

「あたし、ダメななお姉ちゃんだね。
千鶴ちゃんの成長に・・・ちっとも気付いてあげられなかった。
いや・・・認めたく、なかったのかな・・・」

真希の中の複雑な思い。

透矢と違い、目を閉じて黙って聞いていた刹那。
まるで透矢ですら把握できていない全てを悟っているかのような、そんな神妙な面持ちである。

「ね、ねぇ、お姉ちゃん？」

「千鶴ちゃん・・・」

「私、って・・・成長、したかな」

「ーーうん。
正直な話、ね。
あたしとここまで戦えるなんて、思ってなかった。

ーー幻滅したでしょ？
どんだけ、自分を高みに置いて、自惚れてんだよ、って話よ」

千鶴は首を横に振る。
真希の本心。
千鶴には酷な話にも映るが、千鶴は何故か嬉しそうに微笑んでる。

「そんなこと、ないよ、お姉ちゃん。
お姉ちゃんは私の永遠の目標だもん」

「あたしなんて・・・大したこと、ないのにーー」

「でもね、そんなお姉ちゃんの足枷になってるんじゃないか、って知ったとき・・・ショックだったの。
私、知らないうちにお姉ちゃんに甘えすぎてたんだ、って」

「千鶴ちゃんーー」

「だから・・・お互い様、だよ！
私もいつも護ってくれるお姉ちゃんの優しさに甘えてただけなんだからーー」

目に込み上げるものを溜めつつも、笑顔を見せた千鶴。
真希も同じく気持ちが溢れそうになったか、顔を反らす。

「馬鹿だな・・・お前ら！
千鶴も、真希もーー何でそんな面倒くさく考えんだよ！
そんな裏表なんか・・・今さら、くそ真面目に気にする仲じゃねぇだろ！」

「透矢・・・」

「お兄ちゃんーー」

「そういうのも全て引っくるめて、
好きだからこそ、今のお前たちがあるんだろ？
俺だってこっちに帰って来て、またお前たちと再会出来てさ、
今もお前たちと一緒にいる時間が一番楽しくて、大事だ！

ーーお前らだってそうだろ？
千鶴も真希も・・・お互いに大事に思ってんだろ？」

溢れた感情を言葉にして放った透矢に頷く二人。

「だから、透矢。
あたしもそんな自分の気持ちにケリ付けるために、このデュエルをやり遂げたいの」

「真希！」

「見届けて。
何よりあんたに見届けてほしいからーー」

「ああ、もちろんだ」

透矢が頷くのを見て、再び千鶴に目を向ける真希。
１度、腕で両目を拭うと、完全に迷いを断ち切った『デュエリスト』の眼差しで千鶴を見据える。

「千鶴ちゃん・・・これからは千鶴ちゃんを１人のデュエリストとして、見るからーー」

「お姉ちゃん・・・！」

「次のあたしのターンで、あたしの全てをぶつける。
デュエリストとして、千鶴ちゃんに受け止めてほしいの」

「お姉ちゃん、分かった！
私もデュエリストの誇りをもって、お姉ちゃんの本気を受け止める！」

千鶴の表情にも今まで以上に気迫がみなぎる。
今まで以上にお互いを知った二人の全力を懸けたデュエル。

いよいよ決着の瞬間が訪れようとしていた。