困惑のダブルデート　作：はにわ改

　
ーー『練習デュエル』がしたい、そういう名目で逢瀬を交わすこととなった今日。
だが蓋を開けてみれば、『刹那』に付き合わされて洋服やアクセサリーのウィンドウショッピングをするだけだった。

もちろん、休日に出掛けるのだからそれぐらいは構わない、とも透矢自身は思っていた。

しかしあまりに相手を、この場合透矢であるが、引いていこうとするのが強引過ぎる。
『刹那』１人が楽しんでいるようであり、透矢は彼女の機嫌を損なわないよう配慮したものの、内心は退屈と言わざるを得なかった。

ーー同時に彼の中で、いよいよ違和感は確信めいたものに変わっていく。
つまり今、自分の隣にいる彼女は、『刹那』ではないのではないか、とーー。


「ーー透矢くん、お待たせ！
はい、どうぞ」

「あ、ああ・・・」

ーー店を渡り歩いて約二時間ほど。
透矢と刹那はとある公園に立ち寄り、ベンチに座って小休止することにした。
そして刹那は出店でソフトクリームを買いに行き、それを２つ持ってくると、片方を透矢に渡して自らもベンチに並んで座る。

「うーん、１度男の人とこういう事してみたかったんだ」

ソフトクリームに小さくかぶり付きながら、満足そうに笑う刹那。
だが透矢は渡されたソフトクリームを持ったまま、何かを考えるように黙っている。

「どうしたの、透矢くん？
クリーム、溶けちゃうよ？」

怪訝な顔で聞いてくる刹那。
すると透矢は意を決するように、拭い去れない『疑念』を口に出すことにした。

「なぁ・・・間違えてたらわるいんだけどな？」

「なぁに？」

「お前・・・『久遠』、だよな？」

「えっ？
や、やだ、突然、何を言い出すの？
透矢くんったら・・・」

透矢の言葉に、驚いた様子の『刹那』。
だがすぐに愛想笑いを見せて、己の心の揺れを隠そうとする。

「いや、今日会ってからずっと変な感じがあったんだけどさ・・・。
あまりに、刹那と雰囲気が違いすぎる」

「ふ、雰囲気って・・・」

「服とかもそうだけどさ、何より今こうして話してても、刹那と話している感じがしないんだ」

「ど、どういうこと？」

「顔も声も同じだけど・・・俺の知ってる『刹那』じゃない。
うまく、説明は出来ないけどな」

透矢は言う、お前は刹那ではなく久遠である、と。
もし勘違いならば、こんな礼を逸した物言いはないが、透矢は確信しているようだった。

普段、アカデミアで会ってる時も、刹那と久遠ははっきり違う。
それは透矢が言ううまく説明出来ない、言わばその人間特有の『像』。
話し方や振る舞いなど、全てが刹那と久遠をはっきり区別しているのである。
だから透矢は、たとえ同じ髪型、同じ服装で刹那と久遠が並んでも見分けられる自信があった。

一方、そう言われた『刹那』は小さく口を開けたまま肯定も否定もしない。

「・・・刹那の携帯に電話してみる。
それではっきりするだろ」

透矢はおもむろに携帯電話を取り出す。
確かにそうすれば、勘違いであれ何であれ、結論は出る。
だがそうしようとしたところで、『刹那』の手が透矢の手の動きを制止させる。

「・・・その必要はないよ、透矢くん」

「やっぱり・・・久遠なんだな？」

透矢の問いかけに頷いた『久遠』。
透矢の感覚は正しかった。

「気付くのが早かったね。
ちょっと意外かな」

「おいおい、何だって刹那の名前騙って、こんな事したんだよ？」

「うーん・・・興味、があったから？」

「興味？」

「私とお姉さま、ちゃんと見分けられるかどうか」

「そんな事するためにか？
お前なぁ・・・」

呆れる透矢。
ちなみに昨日の夜の電話は確かに刹那の携帯電話だったが、それは久遠が刹那が入浴している隙に、拝借して電話したに過ぎない。

「透矢くんにはそんな事、でも私にとっては大事なの。
双子とは言っても私もお姉さまも、全然別の人間なんだから」

「いや、それは分かるけどな？」

「私は妹だけど・・・お姉さまの『おまけ』なんかではないの」

「は？
どういうことだよ、それって」

特に悪びれた様子はなく、むしろ訴えかけるような久遠の表情。
だが久遠の悪戯心、としか捉えていない透矢はその言葉の意味を知ろうとはしない。

「まぁ、でも騙してしまった事はごめんなさい。
怒ってる・・・？」

「まぁ、少しな。
今後はこんなことするなよな？
俺はともかく、刹那に悪いだろ？」

「ふふ、はーい！
でもびっくりだな。
まだ知り合って、そんなに経ってないのに、透矢くんはちゃんと見分けてくれるんだもん。
炎魅子なんてね、半年経ってもまだ間違えてたんだから」

「ったく・・・反省してねぇな、コイツは」

透矢は実際、それほど怒ってはいなかった。
騙されたというのに、不思議に思うほど何故か怒りは込み上げてこない。
代わりに呆れの念は強いようだが。

「ーーんで、これからどーすんだ？
デッキ持ってこい、て言うからちゃんと持ってきたけど。
デュエルしたい、ってのもただの誘い文句か？」

久遠が買ってきてくれたソフトクリームに、大口あけてかぶり付く透矢。
怒ってはいないが、敢えて機嫌悪そうに演じる透矢。
そんな心を見抜いてか、久遠は小さく笑う。

「うん、練習デュエルは確かに口実。
でもね、デッキは多分必要、かな」

「へ？
多分、ってなんだそりゃ」

昨晩の電話での誘いを口実、と認めた上で久遠は不意に立ち上がる。

「ねぇ、透矢くん。
罪滅ぼしに、是非連れて行きたい場所があるんだけど。
付き合ってくれる？」

「いいけど、どこに行くんだ？」

「くす・・・歩きではちょっと辛いから、タクシーを使うわ」

「タクシー？
なんだなんだ、どこまで行く気なんだ？」

「ふふふ！
いいから、いいから！
さっ、早く行こ！」

「ちょ、まだ食い終わって・・・」

またしても強引に引っ張られていく透矢。
全く姉と違って忙しない奴だ、と透矢は内心毒づいていた。


ーーそうして歩いて数分。
公園からそう離れていない、こじんまりとした駐車場。
その入り口付近に見覚えのある、黒く横に長い高級車が停められていた。

二人がその車に近付いて行くと、後部座席のドアが開かれて、中から１人のメイドドレスを着用した女性が姿を現す。

「ーー久遠お嬢様」

「蓮華さん、ご苦労様！
待たせてしまったかしら？」

「いいえ、時間通りかと存じます」

その女性は、神楽坂家の使用人にしてその長を務める更級 蓮華（さらしな れんげ）。
引き締めた表情が久遠を見て、深々と頭を下げる。

「更級、さん」

「こんにちは、遊戦名さま」

「ど、ども、こんにちは・・・」

「あれから、お身体に障りはございませんか」

「は、はい、あの時は、お世話になりました」

透矢は前の刹那とのデートの際、そして刹那とのデュエルの後に、透矢が倒れて車で送ってもらった時と、蓮華とは何度か会っている。
ただ厳しそうな雰囲気を醸す蓮華に、透矢は相変わらず緊張の面持ちだ。

「それじゃ蓮華さん。
打ち合わせ通り、よろしくお願いしますね」

「はい。どうぞ」

蓮華が頷き、後部座席へ入るよう促してくる。

「お、おいおい、一体どこに行くつもりなんだよ？」

「それは着いてからのお・た・の・し・み」

「く、久遠！」

「ほら早く乗った、乗った！」

行き先も告げず、半ば強引に車に乗せられてしまう透矢。
隣に久遠が座り、最後に蓮華は助手席へと座る。
そうして発車してしまう車。
一体これからどこへ向かおうというのか。
怖いもの知らずなところがある透矢も、この時ばかりはそこはかとない不安に捕らわれていたのであった。





ーー今から少し前。
『本物の刹那』はーー。

「ーーもう、何度携帯に掛けても繋がらないわ！
あの子ったら、どういうつもりなの！」

映画館前で久遠と待ち合わせていたはずの刹那だが、代わりに現れたのはアルフレッド。
そのアルフレッドも久遠に呼び出されたという。

折角だから映画を見ていこう、などという話になるはずもなく、刹那は終始腹を立てながらアルフレッドと共に家路に着いた。

ーー映画館から、家まで駅を隔てて小一時間ほど。
車を呼べばもっと早く着いただろうが、そんな事でわざわざ使用人たちに労をかけたくない、という刹那の配慮である。

「蓮華さん？
蓮華さんはいる？」

家に着いた刹那はまず蓮華を呼ぶ。

久遠が家に帰ってないだろう事は知った上で、蓮華ならば久遠の行く先を知っているかもしれない、という読みだ。

「お嬢様」

「あ、桔梗（ききょう）さん。
蓮華さんはいないのかしら？」

蓮華の代わりに刹那の元に来たのは、使用人の１人、桔梗。
だが刹那はあくまで蓮華を探す。

「れ、蓮華さんは・・・その」

「・・・？
どうしたの、桔梗さん。
蓮華さんがどうしたの？」

何故か言いにくそうにしている桔梗。
刹那は不審に思いつつも、冷静に問い質していく。

「蓮華さんは・・・今、外に出ておられます」

「え？
私はそんな話は聞いてないわ。
一体、何の用事で出掛けたの？」

「それはーー」

やはり言いにくそうにしている桔梗。
するとその段階に至って、刹那は察した。

「・・・久遠ね？」

「あ・・・」

「久遠と関係あるんでしょ？
お願い、桔梗さん。
教えてください」

刹那は勘が鋭い。
久遠が不在なのに合わせるように、蓮華もいない。
そして桔梗の態度から、蓮華は久遠
に関する用でいないのだ、と確信したようだ。

ただ刹那は逸る気持ちは決して表には出さず、あくまで冷静な態度である。

「・・・蓮華さんは、久遠お嬢様の御用事で出掛けられてーー」

「それは分かりました。
久遠は何処に行ったのか、桔梗さんは知ってますか？」

「そ、それは私にはーー」

刹那の言葉を認めた桔梗だったが、久遠が何処に行ったのかまでは知らない、という。

「いいわ、私が直接、蓮華さんにーー」

携帯電話を取り出し、蓮華の携帯電話に掛けてみる刹那。
しかし空しく呼び出し音が鳴り響くだけで、電話に出る気配がない。

「（おかしい・・・蓮華さんが私からの電話に出ないはずがない）」

しばらく粘ったあと、一度呼び出しを止める刹那。

「・・・フレッド？
何か知ってる？」

「いや・・・悪いが」

そうだろう、と刹那は頷く。
アルフレッドも久遠に騙された１人だ。
恐らく事情を知るのは、ここにいない蓮華だけだろう。
しかしその蓮華も電話に出ない以上、コンタクトの取りようがない。

何か手がかりはないかーー？

刹那は眉を寄せて、思考能力を最大に回転させる。

「ーーそうか。
今日はーー」

しばらく考えて、何かに思い当たった。
携帯電話の機能でスケジュールを確認すると、確かに今日は『その日』である。

「（でも久遠は何のために私たちに嘘をーー？）」

恐らく『その日』が関連しているのは間違いない。
だがその事と、今回の手の込んだやり口とが結び付かない。
一体、久遠は何のためにそんな事をーー。

「ーー桔梗さん、申し訳ありませんが、車をお願いします」

「は、はい、お嬢様。
直ちに御支度致します」

刹那は決断早く、桔梗に指示を下す。
まだ不明瞭な点は多々あるが、取り敢えず久遠の居場所は分かった。
ならばそこに向かい、直接久遠に今回の事を問い質すつもりだ。

「久遠・・・あの子ったら、本当にどういうつもりなの？」

支度を待つ間、刹那は厳しい顔で久遠の狙いを考えていた。
アルフレッドはそんな刹那の様子を黙って見ているだけだった。