Ｓ召喚とＴ・Ｆ召喚　作：はにわ改

　
「ーー『お姉さん』っ！」

透矢が叫びながら、駆け寄ろうと身体を動かす。
だが動くのは膝から上ばかりで、足はその空中に張り付いているかのように全く動かない。
それでもなお呼び掛け続けるが、『お姉さん』が透矢の方を向いてくれる様子はないーーいや、そもそも透矢の声が聞こえていないのではないか。

一方で、敵の無数の攻撃をカード一枚で防いだ『お姉さん』は一歩後ろに下がり、
代わりに後ろに控えていた二人が前に出る。
その二人がデュエル・ディスクを同時に構えると、それぞれモンスターカードをディスクにセットさせた。

『ーー召喚、光を導く“調律師”！』

『ーー召喚、闇を導く魔界の眷属！』

一方が召喚したモンスターは、女性の肢体に白い翼を生やした『天使』。
もう一方が召喚したモンスターは、濃緑色の筋肉質な身体に、蝙蝠の翼を生やした『悪魔』。

『“調律する者”よ！
光と闇、２つの相反する魂を同調し、混沌の扉を開け！』

『そして特異点の彼方に封じられし、大いなる存在を導かん！』

『天使』と『悪魔』、それぞれその姿を４つずつの光る球体へと姿を変え、それらが互いに交わりながら上空へと昇っていき、そこで白と黒の光が交じりあった大きな球体へと姿を変える。
するとそれが左右に向かってひし形状に光が展開すると、そこに『入り口』が作られた。

ーー空間の裂け目。
空に広がるそれは、向こう側が多彩な色が捻れながら交ざり合う不可思議な別の空間が見える。

『ーー“シンクロ召喚”！』

二人が同時に声を上げる。

それを合図に『裂け目』から２つの影がその姿を現す。
それはこの世界と空間を隔てた場所に封印されていた、伝説の『天使』と『悪魔』ーー。

『ーー降誕せよ、“ミカエル”！』

『ーー降臨せよ、“アスタロト”！』

手に巨大な槍を携えた、朱色の髪と甲冑を身に付けた裁きの天使・『ミカエル』。
一矢纏わぬ濃い色をした肌を持つ女性の肢体に鎖を巻き付けた、頭から六本の牛の角を生やした悪魔・『アスタロト』。

どちらも神話に語り継がれる、巨大な力を有し、またその覇権を競い合ったという伝説の天使と悪魔である。

「あ……あれは、刹那……それに久遠が使ってた天使と悪魔だ！」

『ミサギ』に続き、既視感のあるその姿。
それは紛れもなく、神楽坂姉妹がデッキのエースの一体として使っていたモンスターたちだ。

『ーーくすくす、人間にしては小賢しい知恵を見せてくれたものよ』

「ーーら、『ラピス』っ！？」

『奴らはあの天使と悪魔を呼び出すためにあの“技術”を確立させた。

すなわち、“シンクロ召喚”だ』

「技術……シンクロ召喚、が？」

『ラピス』の声に、改めて透矢はその方を見る。
以前、刹那、久遠が召喚していた『ミカエル』と『アスタロト』を見せられるこの『現実』。
そして今、その二体がゲームの中ではなく、実際のその力を振るうのをまざまざと見せられるのだ。


ーー『デュエリスト』たちが『シンクロ召喚』している間も、距離を詰めていた無数の敵たち。
しかも黒い球体からは続々と新手のモンスターたちが召喚されており、今や空はそのモンスターたちで光が暗く閉ざされつつあった。

その閉ざされた闇を解放すべく召喚されたのが、『ミカエル』・『アスタロト』。
かつては敵対した両雄が、今は手を取り合い共にこの世界を護るべく、『デュエリスト』の命に従う。

ーー先ず前に出たのが『ミカエル』。
白と黒の大翼を優雅に操って空を舞いながら、迫る敵へと向かう。
その間も降り注いできた光線による攻撃を、槍を振りかざすことで霧散させ、そのまま一気に間合いを詰める。

ーー『裁きの神炎（ゴッド・ワーズ）』ーー！

瞬間的に自らの身体を炎で覆い、その姿はまるで巨大な鳥のような姿になる。
そしてそのまま無数の敵の中へと飛び込み、それに触れたものを焼き付くし、塵へと還した。
その圧倒的火力は正に神の御技というべきものであり、なお近寄ろうとする敵をも瞬間的に滅する。

ーーその一方で、『アスタロト』は『ミカエル』が切り開いた道を進み、既に黒装束の女と相対していた。
その妖艶な肢体のどこから延びているのか、黒綱の鎖が黒装束の女の身体に巻き付き、それを両手で引いて締め上げていく。
だが黒装束の女はそうされながらも、余裕の笑みを崩さない。
『アスタロト』もまた邪悪な笑みを見せながら、更に手に力を込めていく。


「す、すげぇな……あいつら。
敵を圧倒してるじゃねぇか」

ただの傍観者として、戦いの様を眺めつつも、圧倒的な力を見せる『シンクロ・モンスター』に優越感に似た感情を持つ透矢。
人間が有利に戦っているーー。
非現実だと思っているはずのこの世界において、その事に喜びを抱くというある種の矛盾に彼は気が付いていない。

だがそうしている間にも戦いは、刻一刻の中で大きな変化を見せる。

『アスタロト』に捕らわれたと思われた黒装束の女が、締め上げる力に逆らい、そのまま力任せに鎖を引きちぎってしまった。
『アスタロト』はやや意表を突かれながらも、直ぐに更なる力を解き放つ。
広げた掌に赤いエネルギーを集束させて、サッカーボール程の球体を作るとそれを黒装束の女に向けて放つ。
黒装束の女が笑みを浮かべながら、空中を移動して回避して見せると、その球体は代わりにその後ろにいたモンスターに命中し、炸裂。
凄まじい赤いエネルギーが放射状に広がり、周りにいた別のモンスターたちを消滅させた。

しかしその間に『アスタロト』の背後に素早く回り込んだ黒装束の女。
『アスタロト』が振り向いた時には、既にその人差し指が向けられ、そこから発せられた紫色の光線が『アスタロト』の右肩に命中し、右腕を分断させてしまう。

ーー笑う黒装束の女。
『アスタロト』の切り離された右腕は、地上へ落下する途中で黒い塵となって霧散する。

大きなダメージを負ったかに思われた『アスタロト』だが、彼女も未だ余裕を失わない。
それもそのはず、『アスタロト』の失われた右腕が即座に元通りに再生を遂げたのだ。
これも地獄の魔王の異名を取る彼女の力か、『アスタロト』は全くダメージを受けていないのである。

それを見た黒装束の女は愉しそうに笑みを深める。

ーーそうして『ミカエル』が無数の敵を蹴散らし、『アスタロト』が黒装束の女と相対するという構図がいつしか出来上がっていた。

透矢がそう思った通り、人間側が押し気味に戦っていると見えるこの闘争。
だが圧倒的力を誇る『ミカエル』、『アスタロト』を操る上で、ある重大な『問題』があった。
そしてそれは早速目に見える形でれる。

『く……』

『ミカエル』を召喚している『デュエリスト』が突然、膝を付く。
顔は隠れているが、その呼吸は酷く荒い。

『ーー大丈夫っ？！』

透矢が『お姉さん』と呼ぶ女性が駆け寄る。

『だ……大丈夫、まだ……まだやれるわ』

返事をする『デュエリスト』。
だがディスクに刻まれるライフ・カウンターは尋常ではない早さでマイナスを刻んでいる。

『伝説の天使の力ーー。
その圧倒的な力の代償は、“デュエリスト”の生命力（ライフ）……。
しかも、その消費量は並のモンスターとは比にならないーー』

その『デュエリスト』のライフは残り３０００程。
だが秒毎に数十ものライフが削られていっては、あまり長い間戦えない事を示唆していた。
そしてそれは『アスタロト』を召喚している『デュエリスト』も同じ。
ライフには幾分かの余裕があるものの、みるみるライフが減る様は焦燥を募らせる。

『ーー私も出るわ』

『お姉さん』が決断したように一歩踏み出す。
すると膝を付いた『デュエリスト』が顔を上げた。

『だ、駄目だっ！
敵はまだどのくらいの規模か分からないんだ。
なのに、今、切り札であるお前に頼るわけにはーー』

『だからといって貴方のライフが尽きるのを、指を咥えて見ているわけにはいかないわ』

『しかし……っ！』

『大丈夫。
貴方は一時、『ミカエル』を引き上げて、ライフの回復に専念して』

『……す、済まない……』

『お姉さん』の言葉に申し訳なさそうに応じたその『デュエリスト』。
すると『お姉さん』は次に『アスタロト』を操る『デュエリスト』を見る。

『ーー私が召喚する間、“ラピス”の相手、よろしくね』

『……任せて』

『お姉さん』の言葉に頷くその『デュエリスト』。
それを見てから『お姉さん』もまた、ディスクを構える。

『ーー三つに分け、その力を封印せし戦士の魂を、今、我が呼び覚ますっ！！』

自らのデッキから三枚ずつ、墓地ゾーンへ送るーーその行為を５回に渡って繰り返した『お姉さん』。
それにより、緑、金、赤、青、黒の順に、墓地から飛び出したそれぞれ３つずつの光の球体が同じ色同士で１つに合わさる。

ーーそれは伝説の戦士たちの魂。
『ミカエル』を始めとする天使と、『アスタロト』たち悪魔、
そしてその間で決して劣らぬ力で両者の侵攻から、人間の世界を護り続けた戦士たち。

『ーー“Ｔ・Ｆ召喚”！
出でよ！
ーー“アリアス”！
ーー“メルセディア”！
ーー“ヴァルバレア”！
ーー“リューゼリッド”！
ーー“ベアトリーチェ”！』

ディスクの５つあるモンスターゾーンを埋め尽くした戦士たち。

透矢が見るその目の前で今、伝説の戦士たちが足並みを揃える。