プレッシャー　作：はにわ改

　
ーー部屋に戻った透矢は２、３人は眠れそうな大きなベッドの上に、持参したデッキのカードを広げていた。
無事勝ち抜ければ決勝まで、このデッキ一本で勝負しなければならない。
それがこの大会のルールである。

正確には４０枚以上６０枚以下のメインデッキと、最大１５枚からなるメインデッキに投入・入れ換えが可能なサイドデッキ。
その二つから為るデッキ・レシピは、ここに来る前にクロエを通して大会本部に登録されており、
もし本番で登録されていないカードが使われれば、その時点で反則・敗北となる。

透矢はその運命共同体と言うべきカードを、しばらく見つめ続けていた。

『ーーどうした、透矢』

「・・・ラグナシア」

すると彼に語りかけてきたのは、今や彼のデッキの中核を為す『女帝』こと『ラグナシア』。
今となっては姿無きその声に、いきなり語りかけられても驚くことはない。

『ーー不安か？』

「いや・・・そうじゃないけどさ。責任重大だよな、て」

『ふふ・・・いきなり大将に選ばれるとはな。
さすが私のマスターだ』

「茶化すなよ」

『ははは』

ラグナシアに合わせて透矢も笑う。

『相手は昼間に助けてくれたあの女傑か』

「ああ、多分な・・・ってあれ？
ラグナシア、見てたのか？」

『ふふ、まぁな。
カードはお前と離れていても、意識は共にする事は出来る』

「へぇ・・・って、ひょっとして普段もそうなのか？
少しはプライパシーも考えてくれよな」

『プライパシー？
知らんな、そんな言葉は』

「ったく・・・で、どうだ？印象は」

『確かに・・・奴はただ者ではなさそうだ』

「ま、大将、って言ってたしな」

『いや、実力的な面もそうだろうがーーお前と似た匂いを感じた』

「似た匂い？」

『うむ・・・』

透矢は昼間の出来事を思い出す。
そういえばあのエリザという少女も、同じような事を言っていた。
エリザ、そしてラグナシアが感じた匂いとは何なのか。
まさか本当にそんな匂いが存在するわけがないだろうから、感覚的な何かか。
透矢はそんな風に考えたりもした。

『ーーそうだ、透矢。
１つ言っておかねばならないことがある』

「え？何だよ」

『それはーー』

ラグナシアが何かを言いかけた。
だが、それを遮るようにインターフォンが鳴らされて、透矢は現実に戻されるように入り口の方を見る。

ラグナシアの言葉が気になりつつも、透矢は返事をしながら入り口へと向かう。
そして扉を開けると、その先にいたのはーー。

「なんだ、真希か。
お前、まだ起きてたのか」

「う、うん・・・ゴメンね、透矢こそ寝てた・・・？」

「いや、起きてたから大丈夫だよ」

「そっか・・・良かった」

訪問者は真希。
シャツにスパッツのみを着込んだ真希は、シャワー上がりなのか、ほんのり漂う石鹸の匂いが透矢の鼻に広がる。

「で、どうした？」

「うん・・・その、ちょっと話さない？」

「ん？
なんか大事な話か？」

「ううん、そんなんじゃないけど」

「ふ～ん・・・いいぜ」

遠慮がちな真希の意向を受け入れて、中に招き入れようとするが、
透矢はふと部屋に散らばった自分の荷物やカードを頭を過り、思い止まる。

「ーー悪い、今、俺の部屋散らかっててさ。
お前の部屋、行くか？」

「あ・・・だったら、すぐそこにゆっくり出来る場所があるからさ、そこで話さない？
今、誰もいないみたいだし」

「ああ、別にいいぜ」

「じゃ、行こ！」

「待った。ほら、これ」

先に行こうとした真希を引き留め、透矢は着ていた上着を放り、真希がそれをキャッチする。

「お前、風呂上がりだろ。
風邪引くからそれ着てろよ」

「あ・・・ありがと、透矢」

「んじゃ、行こうぜ」

真希は少し恥ずかしそうにしながらも、透矢から受け取った上着を、袖は通さず上から羽織る。
そうしてから二人はこの階の端にある、リラックス・ルームへとやって来た。
透矢たちが泊まる部屋よりも、更に大きな敷地で、中には身体を休める事を目的とした様々な器具が置かれてもいる。

二人はたまたま誰もいなかったこの部屋に足を踏み入れると、奥にあるテーブルのソファーに、横に並んで座る。

「ーーで？
なんだ、話って？」

「う、うん・・・その、明日から始まるね」

「え？
・・・ああ、大会の事か？」

「うん・・・」

歯切れの悪い真希。
その姿を見て透矢も幼馴染みの気持ちを読み取る。

「緊張、してんのか」

「・・・うん」

頷く真希。
昼間に見せられたあの巨大なドーム。
あんな場所でチームの命運を背負ったデュエルをすることに、大きな緊張を抱え、それが中々拭いされないばかりか、明日が近付くにつれてむしろ膨れ上がっていると真希は透矢に打ち明けた。

「透矢は緊張してないの・・・？」

「そりゃあな。
ま、でも俺はどっちかっていうと、楽しみだし」

「そう、だよね。
あーあ、うらやましいな、そういう透矢の性格」

「何だよ、馬鹿にしてんのか？」

「ううん。
本当、うらやましい。
少し、分けてほしいくらい」

真希は笑って見せるが、ひどく余裕のないところが、いつも見てる透矢だからこそよく分かる。
強い緊張に押し潰されてしまいそうな、そんな心持ちでいるのではないか。
透矢は真希の様子を窺いながら、そんな彼女の心中を更に読み取ろうとしていた。

「ーー別にいいんだよ、負けたって」

「で、でも・・・」

「大会って言ったって、やることはいつも通りのデュエルさ。
だからいつも通り楽しまなきゃな」

「でもさ、せっかくあたしたちを選んでくれたんだよ？
やっぱり・・・ちゃんと、勝たないとーー」

「ま、もちろんやるからには全力を尽くすけどさ。
それ以上にさ、せっかく世界の強敵と戦えるこの機会ってのを楽しめなくちゃ損だろ」

透矢の言葉にうつむく真希。
そりゃ透矢みたいな気持ちになれればどんなにいいかーー。
大観衆に囲まれたデュエルに加え、勝たなければならないという責任が真希の緊張の正体であり、重圧だ。

そんな真希の肩を透矢は叩く。

「大丈夫だって、お前なら」

「大丈夫って・・・」

「いつも通り力を出せば、お前なら勝てるって」

「な、何を根拠にそんな事言うの？」

元気付けてくれる透矢の言葉に喰って掛かる真希。

「そりゃあ、刹那たちがそうしたみたいに、俺もお前の実力を信じて疑ってないからな」

「透矢・・・」

「だから大丈夫だって。
たとえ負けたって誰もお前を責めたりしないさ」

「・・・」

「後はお前が悔いの残らないよう戦うしかないだろ。
責任ってのがあるとしたらそこじゃねぇのか？」

「悔いの残らないよう戦うことが？」

「ああ。
要は負けても、みんなの前で胸を張れるデュエルをすりゃいいんだよ。
がむしゃらでも何でもさ」

ーーと、そこまで透矢が話して。

「ーーその通りだよ、お二人さん！」

不意に背中から聞こえたその声に、透矢と真希は心臓を大きく鳴らしながらも、反射的に後ろを振り向く。

するといつの間にかそこには、養護教諭の舞が立っていた。

「暗木先生！」

「驚かせないで下さいよ！」

「悪い悪い！
お詫びに・・・ほれ、これ飲みな」

透矢が強い調子で訴えると、舞は笑いながら手に持った紙コップを二人に手渡す。
手に持つと熱さが掌に伝わる。
中には挽きたてのコーヒーが入っていた。

「あ、ありがとうございます。
でも、暗木先生いつから？」

「ついさっきさ。
煙草でも吸おうと思って来たら、お前たちが二人でいちゃいちゃしてっからね。
邪魔してやろっかなってさ」

「べ、別にいちゃいちゃなんてしてませんよ」

真希が訊くと、にやけながらそう語り、透矢がムキになるように否定する。

「んじゃな、それ飲んだら程々に部屋に帰りなよ。
クロエに見つかって叱られても知らないかんね」

「あ、はい。
でも暗木先生、煙草吸いに来たんじゃ・・・」

「あんなせっまい喫煙室に閉じ込められて吸っても旨くなんかないさ。
ちょっと外、出てくる」

踵を返す舞。
コーヒーをくれたとはいえ、本当に自分たちをからかいに来ただけなのか。
透矢は舞という人間が、今一つ分からないでいた。

だがそのまま出ていくかと思えば、ふと舞は足を止める。

「ーー千歳」

「あ、はい！」

「周りはね、お前が思ってるほど、お前の事を見ているわけじゃないのさ」

「え？」

「少なくとも明日来る観衆は、お前が緊張しようが、プレッシャーに押し潰されてようが・・・そんなの知ったこっちゃない。
観衆が見に来てるのは、心奮わせる面白いデュエルなんだからね」

背を向けたまま真希に向けて話す舞。
真希は黙って耳を傾ける。

「勝ち負けを気にすんのはプロの仕事。
お前はそんな事より、まず見ている者を楽しませる、何より自分が楽しいと思うようなデュエルする事に集中しな。
勝ち負けなんて二の次だよ」

「暗木先生・・・」

「ま、要はそこの彼の言った通りだよ。
精々、頑張んな」

「は、はい！
ありがとうございます、先生」

それだけ言うと、頭を掻きながら去る舞。
真希は立ち上がるとその背中に向かって一礼をした。

「な、何だかなー、あの先生。
本当に何しに来たんだろ」

「そうだね。
でもちょっと気持ちが楽になったかな。
・・・そうだよね、観客のみんなはあたしを見に来てるわけじゃないんだ。
あたしたちのデュエルを見に来てるんだよね・・・！」

「真希・・・」

「透矢・・・頑張ろうね。
まだ緊張がほぐれたわけじゃないけど、やれる精一杯の事はやってみる！
楽しんでデュエルして・・・そして勝ちたい！」

「ーーああ！」

顔の高さで手を握り合う二人。

舞からもらったコーヒーを口に含み、苦さを味わいつつも身体を暖かくした二人は、程なく自室へと戻っていった。