真希vs蓮華 蓮華の武装待女デッキ！　作：はにわ

　
ーー車に乗ってからおよそ３０分ほど。
刹那の家がある高級マンションへと辿り着いた、透矢と刹那。
寝ている水花はまた透矢が背負って運ぶことにする。
待女の蓮華が自分が代わりに、と申し出たものの透矢は大丈夫、と答えて今しばらく背中で重みを感じることにする。

するとまず蓮華が先行し、マンションのロビーへと移動する。
そしてセキュリティの１つである認証カードを、壁に取り付けられたインターホンと一体化したカードリーダーに通すと、強化ガラスの扉が左右に開いた。

このセキュリティは住んでいる人間が、それぞれの自宅からロックを解除するボタンを押すか、今のカードキーが無ければ侵入することは出来ない。
強化ガラスの扉はちょっとやそっとでは壊せないが、もし強力な衝撃が加われば即防犯ベルが鳴り、警備員が駆け付ける算段になっている。

その他、社会的地位がある者ばかりが住むマンション故か、いくつかの防犯対策が念入りに仕込まれているようだ。

透矢たちはマンションの玄関たる扉を潜ると、そのまま真っ直ぐエレベーターまで向かい、それに乗り込んだ。



「ーーお、お客さん、お釣り！」

「いらない！とっといて！」

ーー少し遅れて、真希たちを乗せたタクシーが到着。
真希は一万円札をドライバーに投げ渡して、車外へと飛び出る。
そして矢継ぎ早にマンション内へと踏み入るが、ロビーのセキュリティが壁として立ちはだかる。
つい今しがた、刹那たちが潜っているが、当然もう閉まっている。

「さて、どうしたもんかね」

炎魅子が腰に手をやりながら困った表情を見せる。
刹那の家に何度か訪れている炎魅子や地影、そして真希はこのセキュリティの事を当然よく知っている。

開けるには住民が持つカードキーか、あるいはインターホンから中の住民に連絡を取り、ロックを解除してもらうしかない。
あるいはーー。

「ロックを解除するには刹那さんに開けてもらうしかありませんがーーこんな時間ではいくら友人の私たちでも、開けてもらえるかどうかーー」

インターホンを鳴らしても出てくるのは、恐らく何人かいる待女さんの誰か。
時刻は間もなく夜９時。
格式高い家の神楽坂の使用人が、こんな時間にアポイントメントもないお客など取り次いでもらえるかどうかすら怪しいーー。

「ーー大丈夫そうだよ」

「大丈夫？」

「見て・・・」

真希がインターホンの壁際から、ガラス扉を隔てたマンション内の方を見る。
するとそこから一人の男性がこちらに向かって歩いてくる。
頭の切れる地影は、すぐに真希の言わんとすることが分かった。

「まさか・・・千歳さん」

「みんな、自然にね？」

真希が更に炎魅子と千鶴に目配せする。
そこで二人もようやく察したのか、炎魅子は快く頷くが、
千鶴は緊張からなのか、身体が小刻みに震えている。

ーーやがてその男性がガラス扉の内側に立つと、扉は開いた。
そこへ待ち構えていた四人があくまで自然体でさっと男性とすれ違いつつ、中へと侵入する。

（やたっ！
作戦成功ね！）

（ち、千歳さん。
私たち不法侵入しているわけなんですが、それについてーー）

（大丈夫、大丈夫、なんとかなるって！）

真希が歓喜しているところへ、地影がそう語りかけるも、炎魅子が楽しそうにしながら肩を叩く。
地影も止めもせずに流されてしまった自分に少し後悔しつつも、半分開き直っているのだった。

「ちょっと君！」

ーーぎくっ！

背後から呼び止める声に、背筋を張り詰めらせる四人。
呼び止めたのはすれ違った男性だった。

ーーバレたか？

四人は冷や汗が肌を伝うのを感じた。

「君、靴ひもが解けとるよ。
気を付けたまえ」

そう言われて後ろを振り返ると、指差されていたのは炎魅子。

「あ、あははは！
こ、こりゃ親切にすいませんねぇ！」

「いやいや、転んだりしたら危ないからね」

意味もなく弾けた笑いを見せながら、実際解けていた靴紐を結び直す炎魅子。
すると四十代くらいの、背が高いその紳士は温かい笑顔と共に立ち去っていった。

四人は思わず安堵の息を合わせる。

「焦ったー・・・」

「世の中、あんなにいい人もいるんですね」

「いや、いい人なのは認めるけど、心臓に悪いって」

真希が声を漏らし、地影がうなずきながらさっきの紳士を讃えると、炎魅子が苦笑いを見せる。
千鶴も安心すると同時に少し緊張がほぐれたか、笑みをこぼす。

「よし、行くわよ、みんな！」

そして再び進撃。
すぐ側に見えるエレベーター。
四人はそれに乗り込み、刹那が住む最上階の１６階を押す。
一瞬浮き上がるような感覚と共に、上に向かって昇り始めたエレベーター。
四人の勢い任せの追跡劇もいよいよ、ゴールが近づいていた。



「ーー全く、お嬢様も困ったものね」

ーー透矢たちは一足先に刹那のワンフロア丸ごと敷地となる、神楽坂邸に辿り着いていた。
すると刹那は透矢を連れて、自分の部屋に連れていってしまった。
蓮華は嫁入り前の学生、それも神楽坂の大事な一人娘である刹那が、男を連れ込んだの見て、深いため息を付く。

「ーー桔梗（ききょう）、桜！
お嬢様のお部屋の前に付いていて。
もし、中で何か不穏な音が聞こえたら、すぐにお嬢様の安全を確保するように」

「ーーはい、分かりました」

蓮華が二人の待女にそう指示すると、すぐにその通りに動く。

蓮華はこの神楽坂に常駐する十数名の待女を統括する存在。
仕事が忙しく月に一、二度しか帰れない両親の代わりに刹那の身の回りを世話し、同時にボディーガードでもある。

もちろん普段から張り付いているわけではないが、人の多いところに出掛ける場合は、蓮華も同行する。
それ故に、今日のデートも本当は蓮華にとって胃が痛いものがあった。

（彼なら何事も無さそうではあるけれどーー油断は出来ないわ）

蓮華は最初に透矢を厳しく見定めていた。
そのせいで透矢は蓮華に対して、厳しい雰囲気を感じただろう。
だが蓮華としてはあくまで見た雰囲気の上では問題ない、と見極め、家に上げることも許可した。
だが万が一何かあったら刹那の両親に顔向けが出来ない。

蓮華はそうして親代わりとして刹那に接し、そして影ながら護り。
そうした姿勢が両親から深い信頼を得ている。

またそんな蓮華には違ったある一面もあるのだがーー。

「ーー更科待女長」

「どうしたの？」

そんな中、入り口側から一人の待女が蓮華の元へ駆け寄ってくる。

「エレベーターがこの階に向かってきています」

「何階から？」

「一階からです」

「インターホンは鳴っていないようだけどーー」

「はい、私たちもどなたからも承っておりません」

神楽坂邸が最上階のエレベーター付近には２名の待女たちが配備されている。
１名は訪ねてきた客人とインターホンを通じて御用を聞き、必要に応じてロビーの入り口のロックを解除する。
だがそれもなくエレベーターだけがこちらに向かってきているというのだ。

「分かりました、私も参りましょう」

蓮華はその待女と共に、謎の訪問者を出迎えるべくエレベーターへと向かった。

ーー玄関先すぐ側のエレベーター。
今まさにエレベーターはこの階に辿り着く。
扉が開き、中から現れたのはーー。

「まぁ、これはこれはーー」

「あ、蓮華さん・・・ども、こんばんは・・・」

エレベーターに乗っている者の内、３人は蓮華も、そして他の２人の待女も知っていた。
刹那が何度か家に連れてきているから、覚えているのである。

挨拶をした真希も、蓮華の事は知っている。

「ようこそ、いらっしゃいました。
千歳様、朝霧様、それに紅月様」

「こ、こんばんは・・・」

「ど、どーも、すいませんね、いきなり押し掛けちゃって」

二人の待女と共に深々と頭を下げて礼を尽くす蓮華。
それに対して、地影と炎魅子がやや緊張気味に挨拶をする。

「ーー失礼ですが、そちらの方は初めてお目見えしたかと存じますが・・・」

「あ、この子は千鶴ちゃん！
あたしの幼馴染みです」

「な、鳴瀬、千鶴です！」

「鳴瀬、様ですね。
お初にお目にかけます。
当、神楽坂邸の待女を務めます、更科蓮華と申します。
以後、お見知りおきを」

「は、はい！ご、ご丁寧に、ありがとうございます！」

初顔合わせだった千鶴に改めて頭を下げると、千鶴もそれに負けないくらいに頭を下げる。
緊張からか、声が裏返りそうだ。

「それでーーこんな夜分にどのようなご用件でしょうか。
そもそもロビーで私共とお取り次ぎをなされず、どのようにしてエレベーターに？」

当然だが、早速痛いところをつかれて、身を引く地影と炎魅子。
自分たちのやっている事は不法侵入。
ならばいっそ、正直にそう言った方がまだ慈悲もあろうか。
地影と炎魅子は顔を合わせた。

「ーー刹那に、会いに来ました」

だがそんな二人を尻目に、前に出たのは真希。
彼女だけが狼狽したりせず、むしろ毅然とした態度である。

「お嬢様とお約束でも？」

「いいえ、約束はしてませんけどーー」

「ではどのような御用事ですか？」

「それはーー」

真希が言葉を詰まらせる。
蓮華はそんな真希の挙動の一つ一つを見逃さず注目していた。

「ご用件をおっしゃって頂けなければ、お嬢様にお取り次ぎのしようがございません。
生憎、今、お嬢様は立て込んでおりましてーー」

蓮華側は、例え刹那の友人であろうとも妥協は無しの構えだ。
こんな夜に、約束もなしに、しかもインターホンも鳴らさずに何らかの方法を用いての来訪。
蓮華が警戒するのは無理もない。

「せ、刹那に直接会って話したいの！
だから・・・っ！」

「困ります。
私も子供の遣いではありません。
ちゃんとこの場でご用件をおっしゃって下さらなければ、お嬢様のご友人と言えどもここはお通し出来かねます」

「く・・・っ！」

真希が強硬な姿勢に出ても、眉一つ動かさない蓮華。

「お姉ちゃん・・・」

「千歳さん。
ここは素直に謝って、事情を話すべきかとーー」

後ろでは千鶴が不安そうに呼び掛け、そして地影がもっともな意見を口にする。
確かに地影の言うとおりにすれば、怒られはすれども大事にはならないかもしれない。

ーーだが。
次に真希がとった行動は場にいる一同の想像からかけ離れたものだった。

「だったらーーデュエルで！」

「はぁっ！？」

どこに携帯していたのだろうか、着ていたコートの中から取り出されたのはデュエルディスク。
それをおもむろに左腕にはめながらのその宣言に、炎魅子と地影は素っ頓狂な声を上げた。

二人の待女も驚き、流石の蓮華もわずかに表情が動いた。

「デュエル・・・とは？」

「蓮華さん、元プロデュエリストなんでしょ」

「ーー昔の話ですが」

「あたしとデュエルして！
それであたしが勝ったら、刹那に会わせて！」

蓮華のもう一つの面。
それは過去にプロデュエリストであったということ。
それと知りながらの真希の挑戦ではあるのだがーー。

「ちょ、千歳さん、いくらなんでも無茶苦茶を通り越してますよ！」

「『これだけ』は、刹那に負けたくないのっ！」

「これだけ、はーー？」

止める地影に、口走った真希の言葉。
それを蓮華が敏感に反応した。
何故ここまでして刹那に会おうとし、かつその理由を語らないのか。

今、刹那は透矢なる男と二人きりでいる。
もしその事をこの四人、いや、真希が知って、ここに訪れたのだとしたらーー。

蓮華は真希の必死の表情から察した。

「ーーいいでしょう、その勝負、お受けいたします」

「ーー更科さん？」

無茶な真希の要求、それを敢えて受け入れた蓮華。
控えている二人の待女が、まさかという表情になる。

すると彼女もまたどこに携帯していたというのか、長いエプロンドレスのスカートの中から、デュエル・ディスクが取り出され、それを左腕に装着する。

そしてマンション内ではあるが、神楽坂の玄関先で、蓮華と真希は少し離れて向き合い、デュエルの態勢に入る。

「な、何なんですか、この超展開はーー」

「あはははっ！
無理して付いてきた甲斐があったじゃないか！
最高にご機嫌な展開だよ、こりゃ」

地影は本当に現実か、と疑いたくなる展開に呆然とし、炎魅子は握る手に力を込めて、汗が滲む。

「ーーお嬢様以外の人とのデュエルは久しく記憶しておりません。
お目汚しにならないように努めます」

「ーーっ！」

謙虚とも取れる物言いの蓮華。
しかし前に刹那から聞いた話によれば、蓮華はプロデュエリスト界でトップの中を嵐のように駆け巡り、そして何故か若くして引退したというーー。

その理由はどうあれ、実力は折り紙つき。
ただ真希は必ず勝つ、と自らに言い聞かせながら気合いを高めていた。

「お姉ちゃんーー」

千鶴はもはや真希を応援するのみ。
デュエルもそうだが、真希の一途な気持ちをである。

『ーーデュエル！』

神楽坂邸門前。
誰もが予想だにしないデュエルが、突如勃発したのだった。