３ｒｄデュエル 秀才・地影の堅牢デッキ⑫　作：はにわ

ーー『エニグマン』の放つ黒煙がベアトリーチェを包み込み、彼女を取り込もうとする攻撃的な意志を見せ始める。
その攻撃力４０００。
伝説の神にも匹敵するその攻撃力に、ベアトリーチェの運命は決まったかに思えた。

「ーーまだだ！
手札から『トライ・エンジェル』を墓地に送って効果を発動！」

「まさかーー！
手札から発動する『誘発即時効果』ーー？！」

透矢は引き当てた。
それは皮肉にも地影が発動した『魔宮の賄賂』が呼び寄せたカード。

「『トライ・エンジェル』は、『三騎士』モンスターか、『三騎士』モンスターを素材とするＴ・Ｆモンスターが戦闘するダメージステップ時に、手札から墓地に送って発動！」

透矢は言いながら『トライ・エンジェル』のカードを墓地に送ると、フィールドに姿を現したのは背中に三対の小さな翼を生やした、金髪の子供の天使。
目を閉じたまま手を合わせて祈るような仕草を見せると、
透矢の墓地から２つの光がベアトリーチェに向かう。
その光を受け取ったベアトリーチェの周りに光が帯び、それが彼女の力を高めたのだ。

ベアトリーチェの攻撃力は２３００から４３００にーー。

「あーーっ！」

「Ｔ・Ｆモンスターが『トライ・エンジェル』の効果を受ける場合、墓地にある素材モンスター１体につき、攻撃力が１０００ポイントアップするんだ！」

効果を受けるベアトリーチェの素材となるモンスター・『影縫いの微刃』は墓地に２体。
よって２０００ポイントアップとなる。

役目を終えたトライ・エンジェルは光の滴となって崩れ落ち、消え去った。

「墓地に眠る魂の力と共に！
行け、ベアトリーチェ！」

透矢の声を聞いて、強気な笑みを浮かべながら逆手に持った曲刀を構えるベアトリーチェ。
すると黒煙に呑み込まれかけたその身体が不意に花を散らすように、黒い花びらが辺りを舞う。

そして瞬間的にエニグマンの背後の影から、舞い散る花びらと共に姿を現すベアトリーチェ。
完全に敵の後を取り、残すは必殺の一撃を放つのみ。

「『ファントム・ローズ』！
ーー『葬送花（レクイエム・ルージュ）』！」

透矢が言うのと同時に、瞬速の刃が『エニグマン』の全身を一気に切り刻む。
斬るごとに、『黒い影』がエニグマンの身体を塗りつぶすように侵食していき、最終的には巨大な一輪の黒薔薇を咲かせた。

そして華麗なる舞いを披露したベアトリーチェが、その黒薔薇の前に立つと、鋭く振り上げられる曲刀ーー。
黒薔薇を真っ二つに切り裂き、同時にエニグマンの身体をも切り裂いたのだった。

「ぐ・・・くっ！」

災厄龍の滅び。
本来ならば透矢に災厄をもたらすところだが、ダメージステップの間のみ守備力が０になる弱点を突かれ、それは不発となる。

エニグマンの断末魔を耳にしながら、地影は顔を伏せた。
今の戦闘におけるダメージは３００。
地影のライフは１６００。

（負けたーー。
万全を期したはずのこのバトル・・・私は勝つことは出来なかったーー）

地影は天を仰ぐ。
本来なら百パーセントに近く勝てたはずの今のバトル。
しかし透矢は僅かなチャンスをものにし、その結果を１８０度転換させたのだ。

（やはり・・・私のデュエルは『バトル』にはあらず。
今の『バトル』の結果が・・・私にそれを物語ったということ、ですかーー）

地影はふと手札を見る。
『岩投げアタック』ーー。
ライフが残ってるならば、今からでもこのカードを伏せて、透矢のドローと共に発動すれば勝てる。

ーーしかし、地影は手札を持つ手を震わせながら、強く目を閉じる。
やがて、その震えが治まると同時に地影は静かに告げた。

「ターン・・・エンド、です」

透矢はもちろん、一同が驚きの声を上げる。
地影のフィールドには何もカードはない。
全くの無防備状態だ。

「俺のターン・・・ドローだ！」

目を、耳を疑う、といった透矢の様子。
地影は覚悟を決めたようにデュエルディスクを付けた左手をぶらりと下げて、その時を待つ。

「ば、バトルフェイズ、行くぜ？
ベアトリーチェで・・・朝霧に、だ、ダイレクト、アタック！」

何かの罠か、と訝しみながらの攻撃宣言。
だが覚悟を決めた地影にそんな腹積もりはなく、ベアトリーチェの一閃が地影の身体を袈裟掛けに切り裂いた。

「・・・私の、敗けですね」

地影は満足したように微笑みながら、自らそう宣言する。
ベアトリーチェの攻撃力２３００が地影のライフ１６００を奪い去った。
確かに、透矢の勝ち、である。

拍子抜け、というか釈然としない様子の透矢が地影に尋ねた。

「何も・・・なかったのか？
壁モンスターとか、伏せカードとか」

「ええ・・・何もありません。
エニグマンが最後の砦でしたから」

地影は答えながら、持っていた手札をそっとデッキの中にかき混ぜた。

ーー透矢の知るところではないが、何故地影がそんな行動を取ったのか。
それは彼女にしか分からないのだろうが、敗北した地影に敗者の悔恨の念は感じられない。
デュエル開始の時の、凝り固まった表情をほぐしたようなーー柔らかい微笑みがそこにあった。

「ーー勝者、トーヤァ！！」

クロエが高々に手を挙げて宣言。
観客席に座る少ない面々からは、惜しみ無い拍手が注がれた。

「なーんか、最後はあっけなかったな？
いまいち実感がわかねぇけど・・・ま、お疲れ様！」

透矢がベアトリーチェに語りかけると、片目を閉じるアイコンタクトで応じ、透矢のデッキへと還っていった。

生徒会大戦・第一戦。
対朝霧地影。
透矢は勝利を収めたのである。