舞・水花救出作戦始動！　作：はにわ改

　
ーー不可思議に静まり返った会場。
その中で透矢だけが必死に水花の名を叫び続けていた。

「……妙だな。
何故、遊戦名は意識を失わずにいられる？」

クロエが刹那に訊く。

「はっきりとは分かりませんがーー恐らく、『ラグナシア様』の力ではないか、と」

「ーーふむ、有り得るな。

ーー彼が選ばれた人間であると、期せずして証明されたわけだ」

「はい、間違いありません」

頷く二人。
こんな事態になりながら平然としていられる彼女たちは、ある意味でこの空間内で浮いた存在である、といえた。

「ーーなんだ……？何なんだ？
一体、何が起きたんだ？
みんな、どうしちゃったんだ？！」

透矢がようやく辺りの異変に気が付き始める。
少し前まで煙幕に包まれた会場。
だというのに、この静けさは何だというのか？

だがそう思って透矢が辺りを改めて見回すと、視界が届く観客席の最前列付近の客たちが、軒並み脱力した状態のまま微動だにしない。
ハイテンションで声を上げていたＭＣや、スタッフたちも地面に転がるように倒れている。

ほんの数分の間に何が起きたのか？
水花は何処に行ったのか？

言い知れぬ不安が混乱となって透矢を襲う。

「ーー透矢くん」

「え……？」

そこへ後ろから呼び掛けられた透矢が、一瞬身体に電気を走らせつつも、背後に振り向かせる。
するとそこに立っていたのはーー刹那だった。

「刹那！お前、大丈夫なのか？」

「うん、私は平気」

駆け寄る透矢に微笑む刹那。
その笑顔に、透矢は押し潰されそうな不安から解放されたような気持ちになる。

「刹那、お前だけか？
真希と炎魅子先輩はーー」

透矢がそう聞こうとして、ふと刹那を通してその先に広がる光景が視界に入る。
そこには倒れている幼馴染と、炎魅子の姿ーー。
今、正に二人の安否を聞こうとした矢先の、衝撃の光景であった。

「ま、真希っ！先輩！」

刹那の脇を抜けて、倒れている二人に駆け寄る透矢。
真希、炎魅子の順に肩を掴んで身体を揺らしながら呼び掛けるも、二人は目を覚ます様子がない。

冷静な思考力を失っている透矢はまさか、と最悪の事態を頭に巡らせてしまい、血の気が引いてしまう。

「ーー心配するな、眠っているだけだ」

そこへ聞こえてきたのはそんな透矢の不安を払拭させるものでありながら、冷めた声。

「く、クロエ、先生……」

「……」

膝を付いた透矢を睨むように見下ろすつぶらな瞳。
そしてスーツの中に左手をまさぐらせると、そこから取り出されたものを見て、透矢は倒れ込むように尻を付く。

ーー銃。

小さく丸い銃口が、至近距離に透矢を捉えている。

「ーーお前も寝ていろ。

なに、数時間も寝て、起きた時には全て元通りになっている」

「せ、先生……」

「しばしの『おやすみ』、だ」

引き金に絡む人差し指。
それがゆっくりと引き絞られるーー。

「ーー待って下さい、先生！」

ーー寸前。
刹那が二人の間に割って入った。

「刹那、何の真似だ」

「透矢くんも連れていきます」

「何を言い出すかと思えば、馬鹿な事を。
彼を連れていくメリットがどこにある」

「ーーいいえ、彼には『耐性』がある。
ということは、充分に戦力になり得ます」

「お前らしくもない。
彼は素人だ。
足手まといになるだけだ」

「決め付けるのは早計です！
彼は今、こうして意識がある！
そこに私は彼を連れていくべき、何らかの意志を感じるんです！」

「意志、だと……？

それは単にお前の勘ではないのか？」

「……そうかもしれません。

でも、お願いします。
どうか透矢くんも『作戦』にーー」

互いが互いの目を見据える。
クロエの銃の引き金にはまだ指が絡んだまま。
あとほんの少し力を込めれば、それが火を噴こうという際どい状態。

透矢は口を挟めず、ただ二人のやり取りを眺めているだけだった。

ーーそして数十秒。
透矢には永遠にも思える短い刻を経て、ようやくクロエは引き金から指を離した。

「ーー失敗は許されない。
その事は忘れるな、刹那」

「……はい」

「ーー急ぐぞ」

釘を刺すように言いつけた後で、銃を懐にしまったクロエは、そのまま刹那たちを置いて入場口に向かって走り出す。
やがてクロエの姿が見えなくなるのを見て、ようやく肩の力を抜き、一息付いた刹那。
振り返りながら座ると、尻餅をついたままの透矢と視線の高さを合わせた。

「透矢くん、色々と混乱させてごめんね」

「刹那……」

「今は何も聞かずに私たちに力を貸してほしいの」

「俺の……力を？」

「お願い。
舞先生を……そして水花を助け出すために」

「舞先生と水花を……助け出す……」

「うん。
だからお願い。
協力してほしいの」

射抜くような眼差しで協力を求める刹那。
確かに聞きたいことは山ほどある。
この状況も恐らく刹那は、何かしらの事情を知っているという事に間違いはない。

だがいなくなった水花と舞を救い出したいという言葉に、透矢は奮い立つものを感じる。

舞の事然り、水花が何らかの事件に巻き込まれたというならばーー。
そしてそれに対して自分に手伝える事があるならば。

透矢は混乱する思考を無理矢理抑え込み、その一つの答えを決めた。

「ーー分かった」

「透矢くん……ありがとう」

精一杯、力強く頷いて見せた透矢。
刹那が穏やかな笑顔で応えると、すぐに透矢の両手を握り、自分と同時に立ち上がらせる。

「それじゃ透矢くん、私に付いてきて」

「あ、ああ……」

そう言って駆け出す刹那。
それを追おうとして、ふと倒れている真希と炎魅子に目を遣る。

「お、おい、刹那！
真希と先輩をこのままにはしておけないだろ？」

そう言われて足を止める刹那。

「ーー大丈夫、蓮華さんがいるわ」

「へ？」

刹那の言葉に思わず間の抜けた返事をする透矢。
次の瞬間、どこから現れたというのか、
刹那に付き従う侍女・蓮華が真希と炎魅子を左右一手に１人ずつ、軽々と持ち上げる様を見て、透矢は驚かされる。

「ーー私にお任せを」

「れ、蓮華さん？！え、えーと……」

「急いで！透矢くん。
時間がないわ」

「え、だって、ちょっと……えぇ？」

走り出す刹那。
蓮華もそれを追うように走りだし、透矢も戸惑いながらそれに続く。
蓮華は真希と炎魅子二人を抱え持つというのに、それをものともしない脚力で刹那に追い付く。

「ーーお嬢様。
二人を送り届けましたらすぐに私も追い付きます」

「ええ、ありがとう、蓮華さん」

「それではーー」

横に並んだその一瞬に言葉を交わすと、蓮華は更にスピードを上げて一気に走り去ってしまう。
透矢はそれを見て凄まじいものを感じつつも、蓮華ならば安心できると、どこか胸を撫で下ろしてもいたのだった。





ーーワシントン校控え室。
会場内がパニックになるのと同時、既にこちらでも行動に移っていた。

眠らされているのは、アルフレッドとメリッサ。
眠らせたのは久遠とクリス。
その手には麻酔針を発射できる特殊な銃が握られている。

「よし……作戦開始だ。
久遠、二人の事は頼むぞ」

「……」

「久遠？」

「分かり……ましたわ」

何か言いたそうな久遠。
だが頷いたのを見て、クリスは特に何も聞かずに部屋を出ていこうと部屋の出口を開ける。

ーーするとそこにはシェリルが立っていた。
『任務』を済ませたシェリルが戻ってきたところで、丁度鉢合わせになったようだ。

「ーー首尾は？」

「滞りなく」

「よし、行くぞ」

短く確認を済ませたクリスがそう促すが、シェリルは外から部屋の中を覗くようにしている。

「どうした、シェリル？」

「いえ……。

申し訳ありませんが、先に行って下さいませんか？」

「馬鹿な。
作戦は既に始まっている。
お前も私と共に来い」

「１分……いや、３０秒、時間を下さい」

シェリルの思わぬ申し出に一瞬、困惑したクリスだが、シェリルの視線の動きを見て何かを察する。

「ーー遅れる事は許さんぞ」

「すぐに追い付きます」

「よかろう、好きにしろ」

クリスが頷き、身を退いたシェリルと扉の間を縫って外に出ると、そのまま先に目的地へと向けて走り去る。
それを見届けてからシェリルは、控え室へと足を踏み入れた。

「ーーさっさと行ったら？
私が留守番してるから、ここは心配しなくてもいいわ」

その気配を感じてか、久遠は背を向けたまま口を開く。

「お前は……来ないのか？」

「昨日話したでしょ？
私は今回、作戦から外されたのよ」

「そうか」

そう言うと、シェリルは再び控え室から出ていこうとする。
久遠は思わず振り向き、立ち上がった。

「ちょ、何よ！それだけっ？！」

「他に何かあるか？」

「う……べ、別に」

出口を身体半分まで潜らせて足を止めたシェリルの冷ややかな返しに、久遠は何故か気に入らなさそうにまた背を向ける。

「作戦に参加したいなら、頭を下げてそう懇願したらどうだ」

「だ、誰が！
何度も言ってるけど、私は今回の作戦には反対なの！」

「だがもう既に賽は投げられたぞ。

心配ではないのか、あの子が」

「……」

黙る久遠。

「まぁ、お前の勝手だから口出しするつもりはないがーー」

「だったらしないで！！」

「お前も所詮、この作戦に賛同した刹那を非難する資格はないな」

「なんですって！？」

再度、振り向き立ち上がる久遠。

「作戦には反対するものの、何ら代替案を上げず、
いざ実行が決定となればいじけて人に迷惑を掛ける。
お前に出来ることはその程度でしかないのだろうな」

「な……っ！

クリス先生に従うだけの、付き人根性のあなたに言われる筋合いはないわ！」

「そう思うのは勝手だ。

だが少なくとも私はそれを己のすべき生き様と信じてそうしている。
お前と一緒にされるのは心外だがな」

「く……っ、言いたい放題言ってくれるわね！」

「ま、好きにするがいい。
邪魔して悪かったな」

そうして今度こそ立ち去るシェリル。
クリスの後を追うためだろうか、走る足音が室内に響く。

ーー残された久遠。

「何よ……私だってーー私だって！」

握る拳に、爪が食い込むほどに力が篭る。
ただひたすらに悔しそうに歯を食い縛らせながら。

今、自分がすべき事。
それが分かりながら、すぐに踏み出せない自分の意地の悪さを呪う。

「水……花」

シェリルの言うとおり既に賽は投げられている。
それが嫌ならば何がなんでも止めるしかなかった。
だがそれをしなかった今、もはや時を戻すことなど出来ない。

ならばーー今、自分がすべき事はーー。

ーー久遠は決断する。
己の内にある意志に従うと。

そのために邪魔なプライドを捨てて。

彼女もまた、今、動くーー。