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017:衝動 作:天2
017:衝動
デュエルに負けたショックで気絶していたトランプが意識を取り戻すと、その身体は街灯の柱に荒縄でぐるぐる巻きにされていた。
周りの景色も幾分変わっており、城之内とデュエルした場所から移動されていることが分かる。
「なんだこれはッ!? 何処だここはッ!?」
軽いパニックになり身体を揺するが、キツく縛られている縄はほどける様子がない。
「よぉ、目が覚めたか?」
不意に掛けられた声にビクンと反射的にそちらを見ると、トランプの真後ろに金髪の少年が立ちこちらを見下ろしていた。
「城之内……!」
「そう睨むなよ。こっちだって気を失っちまったテメーを担いで運んできたんだぜ。すげー大変だったんだからよ」
どうやらトランプをここに連れてきたのも身体を縛ったのもこの城之内の仕業らしい。
「……何のマネだこれは?」
「『約束』しただろ、デュエルに負けたら蛭谷のとこまで案内してくれるって。デュエルでの決め事は絶対。それがデュエリストとしての最低限のルールだが、それをテメーみたいなクズ野郎が律儀に守るかどうか不安だったからな、とりあえず拘束させてもらったぜ」
トランプは心中で舌を鳴らす。
城之内をアジトに案内するつもりなど最初からなかった。負けるなどとは微塵も思っていなかったのだから当たり前だ。
しかしそれだけが理由ではない。
蛭谷は恐ろしい男だ。もしデュエルに負けたことでおめおめと城之内を連れて行くことにでもなれば、後でどんな目に遭うが分かったものではない。
「フン、こんな拘束したところでオレがべらべらとグールズのことをしゃべると思っているのか? 甘いんだよ、誰がしゃべってなどやるものかッ!」
トランプが悪態をつくが、城之内は怒り出すどころかにんまりと不気味な笑みを浮かべた。
「誰もテメーみたいな奴がそう簡単に口を割るなんて思ってねーよ。他の連中と合流する時間までまだ少し時間がある。ゆっくり吐かせてやんぜ」
城之内の笑顔はどんどん邪悪さを深めていく。
その両目がキラリと光った。
夕日を背にした城之内の黒い影が、まるで悪魔のようにトランプの足元に伸びて来ていた。
「な、何をする気だ……ッ!?」
自らの未来を察したのか、トランプの顔を怯えが彩る。
助けを求めるように周りを見回すが、人っ子1人いない。サテライトの住民達は元より他人事に無関心だ。それがグールズ関係なら尚更なのは既知の事実。
そういうわけで城之内は何の容赦もなくトランプに襲いかかった。
「ぎ、ぎゃああああぁぁぁーーー!!」
トランプの悲痛な声が、人のいないサテライトの街に響き渡った。
☆☆☆
「何があったんだこりゃ……?」
ユーイ達が城之内との合流地点に到着すると、彼はにこやかな笑顔で迎えてくれた。
それは良い。
問題は、その後ろで街灯に縛りつけられ白目を剥いて失神しているしゃくれ顎の男の方だ。
「クロック・トランプ!?」
その顔に見覚えのあったハヤトが驚きの声を上げた。
「知ってるのか?」
「彼は前田ハヤト。無理矢理グールズっていう奴らの仲間にされていたんだ。グールズにもサテライトにも俺達より詳しい。力を貸してくれることになったんだ」
初顔のハヤトをユーイが紹介する。
無理矢理入らされていたとはいえ元グールズの肩書きは忌避されても仕方ないが、城之内はそんなこと1ミリも気にする風もなくハヤトの手を取る。
「そうか、そりゃ大変だったな! 仲間が増えるのは助かるぜ! よろしくな!」
城之内という男は友好的な相手に親愛を返すことに躊躇がない。
蛭谷の前例の通り騙されやすいと言われればその通りなのだが、ユーイにはそれが彼の良いところだと思えた。
それはハヤトも同様だったらしい。
「お荷物にならないように頑張るんだな。こちらこそよろしくお願いするんだな」
どこか安堵した様子でハヤトも城之内の手を握り返す。
こうしてハヤトは正式にユーイ達の仲間になったわけだ。
さて、とドールがしゃくれ顎の男に視線を移す。
「確か、彼は最近グールズに入ってきた男なんだな。新参者だからまだチーム内の立場はそれほどじゃないけど、かなりイカレた奴でボスは気に入ってたらしいんだな」
ドールの意を汲んで自分の知っている情報を口にするハヤト。
ハヤトの証言を肯定するように城之内が肩を竦める。
「イカレた奴か。そりゃそうだ、コイツはちょっと前までシティを騒がせていた連続爆弾魔らしいからな」
「爆弾魔!?」
「今まで9人も死なせている大罪人だとよ」
トランプ自身が言っていたことで数に確証はないが、彼が害した人数が何人にせよ胸糞悪い犯罪者であることに変わりはない。
「其奴がそんな有り様で転がっとるということは、デュエルをして勝ったのじゃな?」
ドールが訊くと、城之内は自慢気に胸を張る。
「まぁ、そういうこった。んで色々聞き出したぜ、グールズっつー奴らのこともな」
「グールズのメンバーはボスの報復が怖くてそう簡単には口を割ったりしないんだな。見たところ目立った外傷もなさそうだけど、どうやったんだな?」
ハヤトの言う通り、失神こそしているがトランプに怪我はなさそうだ。直接的な暴力で吐かせたわけではないのだろう。だが、城之内に対話によって相手から情報を引き出すような専門的なスキルがあるとも思えない。
すると城之内はにやりと笑い、両手の指をわきわきと動かして見せる。
「そりゃもちろん『必殺くすぐり地獄・城之内スペシャル』をお見舞いしてやったんだよ。こいつを10分も食らい続けたら、どんな奴でもゲロっちまうぜーーーって、んだよその顔はッ!?」
城之内のいやらしい手つきに、ドールははっきりと顔で『ドン引き』を表現していた。
「グールズの刺客を仕止めたことは褒めてやろうかと思うておったのに、台無しじゃわ」
「うっせー! ガキんちょのくせに偉そうに言うなッ!」
「なッ!? 超絶美少女のこの儂をガキんちょと言うたかッ! このヤンキー金髪……略してヤンキンパツッ!!」
「ヤンキンパツって何だ!? 変な新語を作るんじゃねー!!」
ドールと城之内がまた言い合いを始めハヤトはおろおろと慌てるが、もう慣れ始めているユーイは少し冷静に見ていた。
2人は何も本気でいがみ合っているわけではない。
すえた埃の臭いが漂うこの街の空気の中では、屈託のない2人のやり合いはむしろ清涼剤のように心地良い。
だがそういつまでもその軽いノリに戯れているわけにはいかない。
「城之内くんも俺達も、結果としてグールズと事を構えてしまった。奴らは必ずこの報復に出てくる。今の内にお互いに得た情報を共有しておいた方が良い」
ユーイの提案に異論は出なかった。誰もが薄々予感していたのだ。自分達が大きなうねりのようなものの只中にいるということを。
☆☆☆
「モーメント……。そいつを蛭谷が売り捌いてるっつーのかよ……」
ユーイ達が得た情報からグールズがサテライトの人々にモーメントという危険な薬物を売りつけている事実を知った城之内は、流石に神妙な面持ちになった。
グールズの頭は蛭谷だ。それはつまり蛭谷の指示でモーメントがサテライト住民の間に流布されているということに他ならない。
「マジで何やってんだよ……ッ!!」
城之内はガツッと近くの壁を殴り付ける。
拳に血と痛みが滲むが、それよりも 旧友の犯した罪のショックの方がデカイ。
自分を騙してデッキを盗んだことも、サテライトの無法者達を集めてお山の大将をしていることも、許そうと思えば許せた。しかしクスリはそうはいかない。
「人間には踏み越えちゃならねぇ一線てもんがある。蛭谷のやってることはそれを越えちまってる……!」
クスリで魔力を高めれば、『デュエルに勝つ』という一時の快楽は確かに得られるかもしれない。しかし誰もが永遠に勝ち続けられるわけではない。敗北の先の破滅を避けることはできないのだ。
この世に全面的な善などない。
善い行いをしたとしても、光があれば闇があるように他方の誰かにとってそれが悪であることもある。
だが蛭谷の行いは街に不幸を振り撒く行為だ。利己のために他人に破滅を押し付ける行為だ。『何処かの誰か』ではなく『自己以外の全て』を厄災に陥れる。
それは人としての領分を越え、悪魔の領域に足を踏み入れた行いに思えた。
「まさか城之内くんの探し人がグールズのボスだったなんてな」
ユーイはやり場のない憤りを見せる城之内の心中に思いを馳せる。
「蛭谷とやらのことはあくまでついでじゃったが、こうなれば降りかかる火の粉を払わぬわけにはいくまい」
ユーイとドールの主目的はあくまでペガサス・J・クロフォードの探索である。
城之内やハヤトのことは行き掛かり上の成り行きに過ぎない。モーメントのことは問題ではあるが、積極的に関わる必要は別にない。
しかしグールズの方からユーイ達に牙を向けてくるというなら話は別だ。
「グールズ達は必ずこちらを攻撃してくるだろう。俺も城之内くんも奴らの面に泥を塗ってしまったからな。これからはできるだけ別行動は控えて、個別に襲われることがないようにしないといけない。それから、これからの動きだがーーー」
「んなこと決まってるぜ!」
ユーイの話を遮るように城之内が強い声を発する。
「ハヤトが案内してくれればアジトはすぐ分かる! こっちから奴らのアジトに乗り込んでやるんだッ! 何も奴らが来るのを待ってる必要はねー! 攻撃は最大の防御だぜ!」
「ええッ!?」
鼻息を荒くする城之内にハヤトは目を丸くして驚く。
「たった4人でアジトに乗り込むのはいくらなんでも無謀なんだな! グールズは何十人もいるし、幹部達の強さは瓜生やトランプよりずっと上なんだな!」
争い事を好まないハヤトは城之内の提案に難色を示した。
ユーイもそれに同意見だった。
「俺もハヤトに賛成だ。相手の力量も分からない状態で無闇にこちらから仕掛けても返り討ちに遭うのがオチだ」
城之内の気持ちを思えば、今すぐにでも蛭谷との決着を付けたいと考えるのは解る。大人数の相手に奇襲が効果的なのも確かだ。
だがそれを考慮しても彼我の戦力差が埋まるとは思えない。
「城之内くん、気持ちは解るが今は耐える時だ。今は彼らに見つからないよう身を隠し、反撃の機会を伺おう」
今、城之内は所謂『かかっている』状態だ。早く蛭谷を止めたいと逸っている。
デュエルに於いて怒り等の強い感情が闘志を刺激し状況を好転させる場合もなくはないが、焦りや逸る気持ちが冷静な判断を阻害し窮地に陥ることも多い。
それを防ぐためにも今は耐え忍び、落ち着いて力を蓄えることが重要だ。
城之内は数瞬ユーイと強い視線を交差させたが、フーと深く息を吐くと頷いた。
「分かった。オメーらがそう言うなら仕方ねーな」
城之内は意外な程あっさりと自分の意見を引っ込めた。
ユーイの力を借りられなければ、どのみちグールズを倒すのは無理だ。その判断ができないほど自分を見失っているわけではない。
「悪りー。ちっと頭に血が昇ってたみてーだ」
城之内は直情的ではあるが、周りの意見を聞き入れないほど意固地ではない。
しかしこうまであっさりと自分の気持ちを飲み込んだのは、ユーイ達に対する信頼の証ではあるだろう。城之内自身、自分が少し突っ走りがちなのは分かっている。そのせいで時に間違った判断をしていまうこともある。だがユーイ達ならば、それを諌め見失いそうになる進むべき道を正しく照らしてくれるという確信があったのだ。
「それで、じゃあこれからどうするんだ?」
「日が落ちてから右も左も分からない街を徘徊するのは避けたい。まずは身を隠せて夜を明かせるところを探すべきだと思う」
次第に赤みを帯び始めた西の空を見上げた一同から異論は出なかった。
夜は魔物が蠢く時間だからだ。
☆☆☆
「瓜生が倒されたですってーーー!?」
その一報が知らされた時、部屋には数人の男女がいた。
ここはグールズがアジトにしている廃工場ーーーその中にある元は社員の憩いの場だったレクリエーションのための一室だ。
部屋の中央にはビリヤード台、他にも雀卓やダーツ、果てはバーカウンターまで置かれ、その様相はさながら大人の遊戯場。
しかし、今ここで遊興に興じているのはこの工場の社員などではない。現在、この一室はサテライトの一大勢力と成り上がったグールズーーーその幹部達のたまり場と化していた。
先の声を上げたのも『蝶野』というグールズの女幹部だ。
20代後半の妙齢の女性で、カールした長い髪に少し厚化粧ではあるが整った顔立ちの美人。出るところはしっかり出た女性的な肢体をパンツスーツに包み、その雰囲気はどこぞの社長秘書と言われても違和感はない。
そんな彼女が柳眉を逆立てて、今しがたその事実を報告してきた部下の顔を睨み付けている。
瓜生は彼女が目をかけていた部下の1人だ。それを倒されたと聞かされて冷静ではいられなかった。
だが、どれだけ睨み付けられても報告を上げてきた部下は発言を取り消すことはなく、ただ萎縮するのみだ。
「瓜生って言や、蝶野さんお気に入りのあの虫使いか。確かモーメントもかなり融通してたよなぁ?」
瓜生はサテライトに来てまだ日は浅かったが、早々に蝶野に気に入られたためグールズでもそれなりの地位に着いていた。彼がモーメントに傾倒していたのもチーム内では有名な話だ。
そのことを指摘したのは、マッシュルームカットにずんぐりむっくりな体型の巨漢ーーー『鯨田』だった。
鯨田は下劣そうな目で蝶野の全身を舐めるように見る。
「何が言いたいの?」
「そう邪険にするなよ。何もアンタの『えこひいき』を糾弾してるわけじゃあない。オレが言いたいのは、瓜生ってヤツもオレら同様モーメントで魔力を高めていたはずだってことさ」
鯨田の醜さは何も見た目だけではない。その陰鬱な性格を知っている蝶野は彼を毛嫌いしていた。
対する鯨田もまた見た目で男を贔屓する蝶野のことを卑屈な考えで良しとはしていなかった。
しかし、いま重要なのはそんな個人的な好き嫌いの話ではない。
魔力を増幅していた瓜生が負けたということは、その相手はモーメントの力を以てしても敵わない相手ということになる。間違いなく簡単な相手ではない。
だが、また1人話の中に割って入る男がいた。
「いや、いま重要なのはそんなことじゃあねーじゃろうが。重要なのは、何処の誰だか知らねーがワシらグールズに喧嘩を売った野郎がいるっちゅーことじゃ。これを放っておいたとあっちゃあグールズの名折れもいいところじゃろ」
独特な訛りで話すこの男もグールズの幹部の1人で、名前は『猪頭』。
硬い毛質の黒髪でハチマキを巻いている。太い眉にへの字に結んだ口。長身でガタイも良く、容姿はまさに『漢(おとこ)』を絵に描いたように暑苦しく男臭い。
「今すぐにでもその阿呆をここに引きづり出し制裁を加えてやるべきじゃ。でなきゃグールズは世の笑いもんじゃ」
グールズはそこらの仲良しグループとは違う。サテライトでも1、2を争う武闘派勢力だ。何処の誰とも分からない輩に喧嘩を売られて買いもしなければ、その面子は丸潰れ。
そして組織が大きければ大きいほど面子は重要になってくる。それが潰れれば組織は求心力を失い、同時に影響力も削がれてしまう。そうなれば組織も権力も維持するのは困難になってしまうだろう。
「そうじゃろう、蛭谷さん!?」
猪頭が話を向けた先には、ソファに大股を開いて深々と座る男。
背もたれに完全に体重を預け、視線は天井に向けられている。
他の者も含めた視線が彼に集中する。
「リンク召喚に……スキルか……面白ぇじゃねぇか」
その視線に応えるように蛭谷はゆっくりと首をもたげる。
痩身の男だった。
モヒカン状に伸ばした髪を後ろで結んだ髪型。眉は薄く、目は刃物のように鋭い。どこか爬虫類を思わせる顔相からは、彼の内に秘めた危険性が垣間見えるようだ。
「猪頭の言う通りだ。瓜生とかいう虫野郎がデュエルで負けようがヤクの副作用でオツムが花畑になろうが知ったこっちゃないが、チームの顔に泥を塗られたままってのはいけねぇ。投げた泥の代価はきっちり払わせなきゃなぁ」
まるで獲物を前に蛇がチロチロと舌を出すように蛭谷は言う。
「兵隊共を動かせ。必ず見つけ出して追い詰めろ。ネズミの分際で鬼に噛みついたことをたっぷりと後悔させてやれ」
「指揮はどなたに任せますか?」
蛭谷の傍らに立つ女性が合いの手を打つように訊く。
女性とは言ったものの、見た目でそれを判断することは難しい。なにしろ彼女は頭から爪先まで全身を黒い布で覆っているからだ。
それは所謂ニカブと呼ばれるイスラム教圏の女性が着用する衣服であり、目の部分以外は完全に隠されている。声でかろうじて女性であることは分かるが、当然その表情などから心の機微を感じとることは困難だ。
「お前は誰が良いと思う?」
彼女の問いに蛭谷は問いを返す形で答える。
彼女の素顔は他の幹部も見たことはなくミステリアスな存在ではある。顔を隠していることで幹部から不気味がられたり疑念を持たれることも多いが、何故か蛭谷からは信頼を寄せられており、その秘書或いは参謀的なポジションに彼女がいることを誰も表立っては批判はできない状況なのだ。
そして蛭谷から問いを受けたことで皆の視線は彼女に集まる。
兵隊を指揮するには当然組織の幹部でなければならない。つまり今この部屋にいる者の中から選ばれるわけだ。
敵対者のハントーーーその指揮を任せられるのは手柄を立てるチャンスである。他の幹部よりも少しでも上の序列を狙うにはまたとない機会だ。彼女が誰を指名するか、注目を集めるのは無理からぬことだった。
しかし彼女が選んだのは意外な人物だった。
「彼が宜しいのではないでしょうか?」
彼女の視線が示していたのは、部屋の隅に1人ぽつんと座り込んでいたフードを被った青年だ。
「……ほう」
指名を受けたことで、青年はチラリとフードから目を蛭谷に向ける。
それは獣の牙を思わせる鋭く血に飢えた眼。
「……面白ぇ。瓜生をやったヤツらの始末はお前に任せる。行け」
蛭谷の指示を受けて、青年は無言のまま立ち上がりそのまま部屋を出ていった。
だが、その際にすれ違った数人だけは気付いていた。青年の口元が僅かに嗤っていたことに。
「不気味な野郎だ。良いんですかい、あんな得体の知れないヤツに任せて」
青年が行った後で、鯨田が渋い顔で不満を漏らす。
あの青年はこの中では1番の新参者だった。その上、他者と一切関わろうとしないことから、どういう人物なのか誰も知らない。
幹部になったのも異例と言えるほどのスピード出世であり、それに不満を持つ者も多かった。
蛭谷が面白そうにクツクツと嗤う。
「アイツは渇いてるのさ。どうしようもねぇほどにな」
「渇いてる?」
参謀の女だけはベールから覗く目を静かに閉じ、その他の者は蛭谷の言葉の意味が分からず眉を寄せていた。
「果てない飢えに呪われた獣を手懐けるには、獲物を与え続けるしかねぇってことだ。ヤツが『満足』するまでーーー永遠にな」
デュエルに負けたショックで気絶していたトランプが意識を取り戻すと、その身体は街灯の柱に荒縄でぐるぐる巻きにされていた。
周りの景色も幾分変わっており、城之内とデュエルした場所から移動されていることが分かる。
「なんだこれはッ!? 何処だここはッ!?」
軽いパニックになり身体を揺するが、キツく縛られている縄はほどける様子がない。
「よぉ、目が覚めたか?」
不意に掛けられた声にビクンと反射的にそちらを見ると、トランプの真後ろに金髪の少年が立ちこちらを見下ろしていた。
「城之内……!」
「そう睨むなよ。こっちだって気を失っちまったテメーを担いで運んできたんだぜ。すげー大変だったんだからよ」
どうやらトランプをここに連れてきたのも身体を縛ったのもこの城之内の仕業らしい。
「……何のマネだこれは?」
「『約束』しただろ、デュエルに負けたら蛭谷のとこまで案内してくれるって。デュエルでの決め事は絶対。それがデュエリストとしての最低限のルールだが、それをテメーみたいなクズ野郎が律儀に守るかどうか不安だったからな、とりあえず拘束させてもらったぜ」
トランプは心中で舌を鳴らす。
城之内をアジトに案内するつもりなど最初からなかった。負けるなどとは微塵も思っていなかったのだから当たり前だ。
しかしそれだけが理由ではない。
蛭谷は恐ろしい男だ。もしデュエルに負けたことでおめおめと城之内を連れて行くことにでもなれば、後でどんな目に遭うが分かったものではない。
「フン、こんな拘束したところでオレがべらべらとグールズのことをしゃべると思っているのか? 甘いんだよ、誰がしゃべってなどやるものかッ!」
トランプが悪態をつくが、城之内は怒り出すどころかにんまりと不気味な笑みを浮かべた。
「誰もテメーみたいな奴がそう簡単に口を割るなんて思ってねーよ。他の連中と合流する時間までまだ少し時間がある。ゆっくり吐かせてやんぜ」
城之内の笑顔はどんどん邪悪さを深めていく。
その両目がキラリと光った。
夕日を背にした城之内の黒い影が、まるで悪魔のようにトランプの足元に伸びて来ていた。
「な、何をする気だ……ッ!?」
自らの未来を察したのか、トランプの顔を怯えが彩る。
助けを求めるように周りを見回すが、人っ子1人いない。サテライトの住民達は元より他人事に無関心だ。それがグールズ関係なら尚更なのは既知の事実。
そういうわけで城之内は何の容赦もなくトランプに襲いかかった。
「ぎ、ぎゃああああぁぁぁーーー!!」
トランプの悲痛な声が、人のいないサテライトの街に響き渡った。
☆☆☆
「何があったんだこりゃ……?」
ユーイ達が城之内との合流地点に到着すると、彼はにこやかな笑顔で迎えてくれた。
それは良い。
問題は、その後ろで街灯に縛りつけられ白目を剥いて失神しているしゃくれ顎の男の方だ。
「クロック・トランプ!?」
その顔に見覚えのあったハヤトが驚きの声を上げた。
「知ってるのか?」
「彼は前田ハヤト。無理矢理グールズっていう奴らの仲間にされていたんだ。グールズにもサテライトにも俺達より詳しい。力を貸してくれることになったんだ」
初顔のハヤトをユーイが紹介する。
無理矢理入らされていたとはいえ元グールズの肩書きは忌避されても仕方ないが、城之内はそんなこと1ミリも気にする風もなくハヤトの手を取る。
「そうか、そりゃ大変だったな! 仲間が増えるのは助かるぜ! よろしくな!」
城之内という男は友好的な相手に親愛を返すことに躊躇がない。
蛭谷の前例の通り騙されやすいと言われればその通りなのだが、ユーイにはそれが彼の良いところだと思えた。
それはハヤトも同様だったらしい。
「お荷物にならないように頑張るんだな。こちらこそよろしくお願いするんだな」
どこか安堵した様子でハヤトも城之内の手を握り返す。
こうしてハヤトは正式にユーイ達の仲間になったわけだ。
さて、とドールがしゃくれ顎の男に視線を移す。
「確か、彼は最近グールズに入ってきた男なんだな。新参者だからまだチーム内の立場はそれほどじゃないけど、かなりイカレた奴でボスは気に入ってたらしいんだな」
ドールの意を汲んで自分の知っている情報を口にするハヤト。
ハヤトの証言を肯定するように城之内が肩を竦める。
「イカレた奴か。そりゃそうだ、コイツはちょっと前までシティを騒がせていた連続爆弾魔らしいからな」
「爆弾魔!?」
「今まで9人も死なせている大罪人だとよ」
トランプ自身が言っていたことで数に確証はないが、彼が害した人数が何人にせよ胸糞悪い犯罪者であることに変わりはない。
「其奴がそんな有り様で転がっとるということは、デュエルをして勝ったのじゃな?」
ドールが訊くと、城之内は自慢気に胸を張る。
「まぁ、そういうこった。んで色々聞き出したぜ、グールズっつー奴らのこともな」
「グールズのメンバーはボスの報復が怖くてそう簡単には口を割ったりしないんだな。見たところ目立った外傷もなさそうだけど、どうやったんだな?」
ハヤトの言う通り、失神こそしているがトランプに怪我はなさそうだ。直接的な暴力で吐かせたわけではないのだろう。だが、城之内に対話によって相手から情報を引き出すような専門的なスキルがあるとも思えない。
すると城之内はにやりと笑い、両手の指をわきわきと動かして見せる。
「そりゃもちろん『必殺くすぐり地獄・城之内スペシャル』をお見舞いしてやったんだよ。こいつを10分も食らい続けたら、どんな奴でもゲロっちまうぜーーーって、んだよその顔はッ!?」
城之内のいやらしい手つきに、ドールははっきりと顔で『ドン引き』を表現していた。
「グールズの刺客を仕止めたことは褒めてやろうかと思うておったのに、台無しじゃわ」
「うっせー! ガキんちょのくせに偉そうに言うなッ!」
「なッ!? 超絶美少女のこの儂をガキんちょと言うたかッ! このヤンキー金髪……略してヤンキンパツッ!!」
「ヤンキンパツって何だ!? 変な新語を作るんじゃねー!!」
ドールと城之内がまた言い合いを始めハヤトはおろおろと慌てるが、もう慣れ始めているユーイは少し冷静に見ていた。
2人は何も本気でいがみ合っているわけではない。
すえた埃の臭いが漂うこの街の空気の中では、屈託のない2人のやり合いはむしろ清涼剤のように心地良い。
だがそういつまでもその軽いノリに戯れているわけにはいかない。
「城之内くんも俺達も、結果としてグールズと事を構えてしまった。奴らは必ずこの報復に出てくる。今の内にお互いに得た情報を共有しておいた方が良い」
ユーイの提案に異論は出なかった。誰もが薄々予感していたのだ。自分達が大きなうねりのようなものの只中にいるということを。
☆☆☆
「モーメント……。そいつを蛭谷が売り捌いてるっつーのかよ……」
ユーイ達が得た情報からグールズがサテライトの人々にモーメントという危険な薬物を売りつけている事実を知った城之内は、流石に神妙な面持ちになった。
グールズの頭は蛭谷だ。それはつまり蛭谷の指示でモーメントがサテライト住民の間に流布されているということに他ならない。
「マジで何やってんだよ……ッ!!」
城之内はガツッと近くの壁を殴り付ける。
拳に血と痛みが滲むが、それよりも 旧友の犯した罪のショックの方がデカイ。
自分を騙してデッキを盗んだことも、サテライトの無法者達を集めてお山の大将をしていることも、許そうと思えば許せた。しかしクスリはそうはいかない。
「人間には踏み越えちゃならねぇ一線てもんがある。蛭谷のやってることはそれを越えちまってる……!」
クスリで魔力を高めれば、『デュエルに勝つ』という一時の快楽は確かに得られるかもしれない。しかし誰もが永遠に勝ち続けられるわけではない。敗北の先の破滅を避けることはできないのだ。
この世に全面的な善などない。
善い行いをしたとしても、光があれば闇があるように他方の誰かにとってそれが悪であることもある。
だが蛭谷の行いは街に不幸を振り撒く行為だ。利己のために他人に破滅を押し付ける行為だ。『何処かの誰か』ではなく『自己以外の全て』を厄災に陥れる。
それは人としての領分を越え、悪魔の領域に足を踏み入れた行いに思えた。
「まさか城之内くんの探し人がグールズのボスだったなんてな」
ユーイはやり場のない憤りを見せる城之内の心中に思いを馳せる。
「蛭谷とやらのことはあくまでついでじゃったが、こうなれば降りかかる火の粉を払わぬわけにはいくまい」
ユーイとドールの主目的はあくまでペガサス・J・クロフォードの探索である。
城之内やハヤトのことは行き掛かり上の成り行きに過ぎない。モーメントのことは問題ではあるが、積極的に関わる必要は別にない。
しかしグールズの方からユーイ達に牙を向けてくるというなら話は別だ。
「グールズ達は必ずこちらを攻撃してくるだろう。俺も城之内くんも奴らの面に泥を塗ってしまったからな。これからはできるだけ別行動は控えて、個別に襲われることがないようにしないといけない。それから、これからの動きだがーーー」
「んなこと決まってるぜ!」
ユーイの話を遮るように城之内が強い声を発する。
「ハヤトが案内してくれればアジトはすぐ分かる! こっちから奴らのアジトに乗り込んでやるんだッ! 何も奴らが来るのを待ってる必要はねー! 攻撃は最大の防御だぜ!」
「ええッ!?」
鼻息を荒くする城之内にハヤトは目を丸くして驚く。
「たった4人でアジトに乗り込むのはいくらなんでも無謀なんだな! グールズは何十人もいるし、幹部達の強さは瓜生やトランプよりずっと上なんだな!」
争い事を好まないハヤトは城之内の提案に難色を示した。
ユーイもそれに同意見だった。
「俺もハヤトに賛成だ。相手の力量も分からない状態で無闇にこちらから仕掛けても返り討ちに遭うのがオチだ」
城之内の気持ちを思えば、今すぐにでも蛭谷との決着を付けたいと考えるのは解る。大人数の相手に奇襲が効果的なのも確かだ。
だがそれを考慮しても彼我の戦力差が埋まるとは思えない。
「城之内くん、気持ちは解るが今は耐える時だ。今は彼らに見つからないよう身を隠し、反撃の機会を伺おう」
今、城之内は所謂『かかっている』状態だ。早く蛭谷を止めたいと逸っている。
デュエルに於いて怒り等の強い感情が闘志を刺激し状況を好転させる場合もなくはないが、焦りや逸る気持ちが冷静な判断を阻害し窮地に陥ることも多い。
それを防ぐためにも今は耐え忍び、落ち着いて力を蓄えることが重要だ。
城之内は数瞬ユーイと強い視線を交差させたが、フーと深く息を吐くと頷いた。
「分かった。オメーらがそう言うなら仕方ねーな」
城之内は意外な程あっさりと自分の意見を引っ込めた。
ユーイの力を借りられなければ、どのみちグールズを倒すのは無理だ。その判断ができないほど自分を見失っているわけではない。
「悪りー。ちっと頭に血が昇ってたみてーだ」
城之内は直情的ではあるが、周りの意見を聞き入れないほど意固地ではない。
しかしこうまであっさりと自分の気持ちを飲み込んだのは、ユーイ達に対する信頼の証ではあるだろう。城之内自身、自分が少し突っ走りがちなのは分かっている。そのせいで時に間違った判断をしていまうこともある。だがユーイ達ならば、それを諌め見失いそうになる進むべき道を正しく照らしてくれるという確信があったのだ。
「それで、じゃあこれからどうするんだ?」
「日が落ちてから右も左も分からない街を徘徊するのは避けたい。まずは身を隠せて夜を明かせるところを探すべきだと思う」
次第に赤みを帯び始めた西の空を見上げた一同から異論は出なかった。
夜は魔物が蠢く時間だからだ。
☆☆☆
「瓜生が倒されたですってーーー!?」
その一報が知らされた時、部屋には数人の男女がいた。
ここはグールズがアジトにしている廃工場ーーーその中にある元は社員の憩いの場だったレクリエーションのための一室だ。
部屋の中央にはビリヤード台、他にも雀卓やダーツ、果てはバーカウンターまで置かれ、その様相はさながら大人の遊戯場。
しかし、今ここで遊興に興じているのはこの工場の社員などではない。現在、この一室はサテライトの一大勢力と成り上がったグールズーーーその幹部達のたまり場と化していた。
先の声を上げたのも『蝶野』というグールズの女幹部だ。
20代後半の妙齢の女性で、カールした長い髪に少し厚化粧ではあるが整った顔立ちの美人。出るところはしっかり出た女性的な肢体をパンツスーツに包み、その雰囲気はどこぞの社長秘書と言われても違和感はない。
そんな彼女が柳眉を逆立てて、今しがたその事実を報告してきた部下の顔を睨み付けている。
瓜生は彼女が目をかけていた部下の1人だ。それを倒されたと聞かされて冷静ではいられなかった。
だが、どれだけ睨み付けられても報告を上げてきた部下は発言を取り消すことはなく、ただ萎縮するのみだ。
「瓜生って言や、蝶野さんお気に入りのあの虫使いか。確かモーメントもかなり融通してたよなぁ?」
瓜生はサテライトに来てまだ日は浅かったが、早々に蝶野に気に入られたためグールズでもそれなりの地位に着いていた。彼がモーメントに傾倒していたのもチーム内では有名な話だ。
そのことを指摘したのは、マッシュルームカットにずんぐりむっくりな体型の巨漢ーーー『鯨田』だった。
鯨田は下劣そうな目で蝶野の全身を舐めるように見る。
「何が言いたいの?」
「そう邪険にするなよ。何もアンタの『えこひいき』を糾弾してるわけじゃあない。オレが言いたいのは、瓜生ってヤツもオレら同様モーメントで魔力を高めていたはずだってことさ」
鯨田の醜さは何も見た目だけではない。その陰鬱な性格を知っている蝶野は彼を毛嫌いしていた。
対する鯨田もまた見た目で男を贔屓する蝶野のことを卑屈な考えで良しとはしていなかった。
しかし、いま重要なのはそんな個人的な好き嫌いの話ではない。
魔力を増幅していた瓜生が負けたということは、その相手はモーメントの力を以てしても敵わない相手ということになる。間違いなく簡単な相手ではない。
だが、また1人話の中に割って入る男がいた。
「いや、いま重要なのはそんなことじゃあねーじゃろうが。重要なのは、何処の誰だか知らねーがワシらグールズに喧嘩を売った野郎がいるっちゅーことじゃ。これを放っておいたとあっちゃあグールズの名折れもいいところじゃろ」
独特な訛りで話すこの男もグールズの幹部の1人で、名前は『猪頭』。
硬い毛質の黒髪でハチマキを巻いている。太い眉にへの字に結んだ口。長身でガタイも良く、容姿はまさに『漢(おとこ)』を絵に描いたように暑苦しく男臭い。
「今すぐにでもその阿呆をここに引きづり出し制裁を加えてやるべきじゃ。でなきゃグールズは世の笑いもんじゃ」
グールズはそこらの仲良しグループとは違う。サテライトでも1、2を争う武闘派勢力だ。何処の誰とも分からない輩に喧嘩を売られて買いもしなければ、その面子は丸潰れ。
そして組織が大きければ大きいほど面子は重要になってくる。それが潰れれば組織は求心力を失い、同時に影響力も削がれてしまう。そうなれば組織も権力も維持するのは困難になってしまうだろう。
「そうじゃろう、蛭谷さん!?」
猪頭が話を向けた先には、ソファに大股を開いて深々と座る男。
背もたれに完全に体重を預け、視線は天井に向けられている。
他の者も含めた視線が彼に集中する。
「リンク召喚に……スキルか……面白ぇじゃねぇか」
その視線に応えるように蛭谷はゆっくりと首をもたげる。
痩身の男だった。
モヒカン状に伸ばした髪を後ろで結んだ髪型。眉は薄く、目は刃物のように鋭い。どこか爬虫類を思わせる顔相からは、彼の内に秘めた危険性が垣間見えるようだ。
「猪頭の言う通りだ。瓜生とかいう虫野郎がデュエルで負けようがヤクの副作用でオツムが花畑になろうが知ったこっちゃないが、チームの顔に泥を塗られたままってのはいけねぇ。投げた泥の代価はきっちり払わせなきゃなぁ」
まるで獲物を前に蛇がチロチロと舌を出すように蛭谷は言う。
「兵隊共を動かせ。必ず見つけ出して追い詰めろ。ネズミの分際で鬼に噛みついたことをたっぷりと後悔させてやれ」
「指揮はどなたに任せますか?」
蛭谷の傍らに立つ女性が合いの手を打つように訊く。
女性とは言ったものの、見た目でそれを判断することは難しい。なにしろ彼女は頭から爪先まで全身を黒い布で覆っているからだ。
それは所謂ニカブと呼ばれるイスラム教圏の女性が着用する衣服であり、目の部分以外は完全に隠されている。声でかろうじて女性であることは分かるが、当然その表情などから心の機微を感じとることは困難だ。
「お前は誰が良いと思う?」
彼女の問いに蛭谷は問いを返す形で答える。
彼女の素顔は他の幹部も見たことはなくミステリアスな存在ではある。顔を隠していることで幹部から不気味がられたり疑念を持たれることも多いが、何故か蛭谷からは信頼を寄せられており、その秘書或いは参謀的なポジションに彼女がいることを誰も表立っては批判はできない状況なのだ。
そして蛭谷から問いを受けたことで皆の視線は彼女に集まる。
兵隊を指揮するには当然組織の幹部でなければならない。つまり今この部屋にいる者の中から選ばれるわけだ。
敵対者のハントーーーその指揮を任せられるのは手柄を立てるチャンスである。他の幹部よりも少しでも上の序列を狙うにはまたとない機会だ。彼女が誰を指名するか、注目を集めるのは無理からぬことだった。
しかし彼女が選んだのは意外な人物だった。
「彼が宜しいのではないでしょうか?」
彼女の視線が示していたのは、部屋の隅に1人ぽつんと座り込んでいたフードを被った青年だ。
「……ほう」
指名を受けたことで、青年はチラリとフードから目を蛭谷に向ける。
それは獣の牙を思わせる鋭く血に飢えた眼。
「……面白ぇ。瓜生をやったヤツらの始末はお前に任せる。行け」
蛭谷の指示を受けて、青年は無言のまま立ち上がりそのまま部屋を出ていった。
だが、その際にすれ違った数人だけは気付いていた。青年の口元が僅かに嗤っていたことに。
「不気味な野郎だ。良いんですかい、あんな得体の知れないヤツに任せて」
青年が行った後で、鯨田が渋い顔で不満を漏らす。
あの青年はこの中では1番の新参者だった。その上、他者と一切関わろうとしないことから、どういう人物なのか誰も知らない。
幹部になったのも異例と言えるほどのスピード出世であり、それに不満を持つ者も多かった。
蛭谷が面白そうにクツクツと嗤う。
「アイツは渇いてるのさ。どうしようもねぇほどにな」
「渇いてる?」
参謀の女だけはベールから覗く目を静かに閉じ、その他の者は蛭谷の言葉の意味が分からず眉を寄せていた。
「果てない飢えに呪われた獣を手懐けるには、獲物を与え続けるしかねぇってことだ。ヤツが『満足』するまでーーー永遠にな」
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Amazonのアソシエイトとして、管理人は適格販売により収入を得ています。




遂に動き出したグールズ。その最初の刺客は身を焦がすほどの飢餓を抱えた闇のデュエリストだった。
次回、遊戯王LOTD
『煉獄へのいざない』
燃え盛る闇を、斬り裂けダークコード・トーカー!! (2021-04-06 08:36)
コメントありがとうございます。フードの青年の正体はーーーお察しですね(笑)いよいよモブキャラではない本物の強敵の登場です。
(2021-04-15 21:51)