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HOME > 遊戯王SS一覧 > 009:犬として伏さず、狼として吠える

009:犬として伏さず、狼として吠える 作:天2

009:犬として伏さず、狼として吠える


立ち上がった彼は身長180センチ前後の大柄な少年だった。
縦も横もあるがっちりした体格。それに反して顔立ちはコアラを思わせる可愛らしい造形。彼の内面の朴訥(ぼくとつ)さや穏やかさが表れているようだ。
その彼が涙に瞳をうるうるとさせている様は、妙に庇護欲を誘う。

「何かあったのか?」

我知らずユーイも穏やかな声をかけていた。

しかし彼は慌てて涙を拭う。

「な、何でもないんだな! オレに構わない方がキミのためなんだな!」

そう言って立ち去ろうとする。
その言葉には、拒否しているというよりユーイを厄介事に巻き込みたくないという彼の気遣いが感じられた。

だからなのか、足早に行くその背を止めようとするようにユーイは反射的に問いを投げていた。

「人を探しているんだ! ペガサスという名前の人物に心当たりはないか!?」

自分でも驚くほど切迫した声が出た。
その声に切羽詰まったものを感じたのか、少年がピタリと足を止める。

「ペガサス……って、あのペガサス・J・クロフォードのことか?」

「知っているのか!?」

毒があるかもしれないキノコに手を伸ばすように、そろりと少年はこちらを振り返る。
その言葉は明らかにペガサスのことを知っている風だった。

期待を込めて近付くユーイ達に、しかし彼は慌てて後退る。

「し、知ってるって言っても実際に会ったこととかはないんだな! 前に噂で聞いたことがあるだけで!」

「それでも良い。話を聞かせてくれないか?」

ユーイ達の圧に少年は汗を垂らして困惑気味。
しかし、渋々ではあるが態度を軟化してくれた。とりあえず逃げるのはやめて、話をする体勢を整える。

「俺は斯波ユーイ。こっちはドールだ」

少年を落ち着けるために、まずは自分達の素性を明かす。

ふと気付くが、ユーイが自分で『斯波ユーイ』を名乗るのは、これが初めてのことだった。

「ペガサスも変だけど、ドールも変な名前なんだな」

まだ警戒の色を完全に解いたわけではないものの幾分かは和らいだのか、少年の顔に朗らかなものが浮かぶ。
顔に似合わず思ったことは口に出してしまうタイプらしい。

普段ならドールから嫌みの一つくらい聞かれそうなものだが、疲れているのか心ここにあらずの様子だ。

「オレは『前田 ハヤト』だ。一応よろしくなんだな」

お互いの自己紹介が済んだところで、3人は座って話せる場所へ少し移動する。ドールが立っているのもやっとなくらいに消耗していたからだ。大人びてはいるものの体はまだ子供、少し無理をさせ過ぎたと反省する。

近くの瓦礫が良い具合に椅子代わりになりそうな所に腰を下ろすと、ハヤトはドールにペットボトルを差し出す。

「ただの水だけど、まだ口も付けていないし綺麗だからちょっと飲んだ方が良いんだな」

このサテライトでは水と言えど貴重品だ。それを惜しげもなく提供してくれるハヤトに感心する。

それを両手でごくごくと飲み干すと、ドールはようやく一息ついたように吐息を漏らした。

「すまぬ、馳走になった。この恩にはその内に必ず報いよう」

見た目に反して律儀なドールの物言いにハヤトは目を丸くするが、元々彼の目は丸い。

「ありがとう、前田くん。それで早速だけど、ペガサスについて教えてくれないか」

ユーイが話を切り出すと、ハヤトは照れたような表情をし、そして思い出すように視線を上に向けた。

「オレのことはハヤトで良いんだな。オレは、ここに来る前はシティの『デュエルアカデミア』に居たんだな」

「ほう、名門じゃな」

「そうなのか?」

ハヤトが話し始めるや、ドールが感心して相槌を打つ。
だがユーイの記憶には、残念ながらデュエルアカデミアに関する知識がない。

「デュエルアカデミアとはシティにある強いデュエリストを育成するための教育機関じゃ。トップスの子弟やコモンズの優秀な者達を集め、未来のデュエリスト戦士を育てておるらしい。優秀で強力なデュエリストを幾人も輩出する名門だと聞くの」

持て囃(はや)すようなドールの言葉に、ハヤトはバツの悪そうな表情。指で頬を掻く。

「オレは落ちこぼれだったから、そんな大したヤツなんかじゃあないんだな。で、そのアカデミア在学中に噂を聞いたんだ。今のアカデミアのオーナーは海馬コーポレーションだけど、元々は『インダストリアル・イリュージョン』て会社との共同出資で設立されたらしいって」

「インダストリアル・イリュージョン……」

聞いたことのない会社だ。
もっともあまり多くの記憶を持たない今のユーイの知識では当然のことかも知れないが。
ただ、あの海馬コーポレーションが共同出資を受けるほどの企業ということは、そんじょそこらの中小企業ではあるまい。少なくとも海馬コーポレーションの背が見える位置にいた大企業であったのは間違いない。

「うん。それで、そのインダストリアル・イリュージョン社のトップーーー会長の名前が確か……」

「ペガサス・J・クロフォードーーーか」

ユーイが先回りすると、ハヤトは同意して頷く。

「インダストリアル・イリュージョン社はその後、海馬コーポレーションにM&Aで買収されたらしいんだな。ペガサス会長がどうなったかまでは詳しく知らないけど」

「海馬コーポレーションのやることじゃ、十中八九何らかの責任を押し付けて更迭、放逐したのじゃろう。でなければ、そんなVIPがサテライトにいるはずがないからの」

会社も地位も奪われたペガサスが辿り着く場所として、サテライトは確かに適当と言える。話の筋は通った。

しかし解せないこともある。
海馬セトにしろペガサス・J・クロフォードにしろ、ユーイの記憶に関わる人物が大物過ぎる。この世界で一般的に流通していないリンク召喚を使えることを考えても、以前の彼がただの一市民や普通のデュエリストであったようには思えないのだ。

「オレが知ってるのは、そのくらいの情報だけなんだな。教えてあげられなくて申し訳ないけれど、サテライトに来てからの彼の行方については本当に何も知らないんだな」

ハヤトは言葉通り申し訳なさげに眉を下げる。
だがハヤトから得られた情報は有意義なものだった。少なくともペガサスという人物がどういう経緯を辿ってサテライトに流れ着いたのか、それを知る糸口にはなった。もしかしたら、この情報の中にユーイの記憶の鍵を握るというペガサスの根幹に関わる部分が隠れているかもしれない。

申し訳なさそうにするハヤトに礼を言おうとユーイが口を開きかけた、その瞬間だった。


「デぇ~ブぅ~吉ぃ~く~ん?」


ハヤトが電流でも走ったかのようにびくんと跳ねる。

ほんの数メートル先に3人組の男達がこちらを見ていた。

「なんじゃ、あやつらは……」

彼らの視線の先は、正確にはユーイ達ではない。
視線の集中砲火を浴びているのは、いつのまにか顔を真っ青にして引き吊らせているハヤトだ。

男達は断りもなくずかずかと歩み寄り、ハヤトの肩に手を回した。

「デブ吉くぅん~、オレお前に水持って来いっつったよなァ~? そのオレに水持って来ずに、なァ~んでこんなとこでお喋りしてんのかなァ~? オレらに分かりやすぅく説明してくれねェかなァ~?」

ハヤトの耳元で嫌みったらしい声を上げている水色の髪をオールバックにした男が、どうやらこの3人組のリーダー格らしい。他の2人はハヤトの両脇に陣取り、ニヤニヤと笑みを浮かべている。

ハヤトは顔を青くして、見る者が可哀想になるくらいに震えていた。まるで肉食獣にまとわりつかれている小動物のようだ。

「『瓜生(うりゅう)』さん……す、すいません! すぐに新しいのを買ってきます!」

震える唇を何とか動かしハヤトは席を立とうとするが、瓜生と呼ばれた水色髪の男はその首をがっしりとホールドし離そうとはしない。
それどころか眉間にシワを寄せ、ハヤトを睨み付ける。

「誰が新しいのを買いに行けっつった? オレは、オレを待たせたままここで油売ってたことについて説明をしろっつってんだぜ?」

「そ、それは……」

ハヤトは完全に怯えていた。
流石にユーイも口を挟まずにはいられない。

「俺達がハヤトを引き止めたんだ。あんたらの所に行く途中だったとは知らずにな。ハヤトは悪くないんだ」

「アァ?」

瓜生はユーイに不機嫌そうに歪んだ視線を飛ばす。
そして不意を衝きハヤトの足を蹴りつけた。

「うあッ!」

足を払われた形となるハヤトは地面に倒される。なんとか受け身は取れダメージはそれほどではなさそうだったが、その背中を更に踏みつけられ顔から地べたに押し付けられる。

「テメェが悪い悪くないを決めんのは、誰だったかなァ? この見ねェ顔の兄ちゃんだったか、それともテメェのご主人様のこのオレか?」

「ごべ……ずびばぜ……」

瓜生が質問するが、顔を地面に押し付けられているハヤトは呻くだけで答えられない。
それを苛立たしげにまた足蹴にする。

「ちゃんと答えろよ、このデブ吉がッ!」

「ぐッ!」

執拗にハヤトを蹴りつける瓜生を囃すように、その取り巻き連中まで騒ぎ出す。

「さっすが瓜生さん! 瓜生さんの足は長いぜッ!!」

「シーシシシッ!!」

その騒がしさに注意が行き、ユーイが口を開いたことに3人は気付かない。

「ーーーだ」

だからユーイが低い声で発した呟きは、瓜生の耳には正確に伝わらなかった。

「アァ? 何だって?」

瓜生がユーイに耳を傾ける。
それをユーイは抑えきれない感情を込めて睨み付ける。

「ーーー彼の名前はハヤトだ。その足をどけろ」

ユーイの声は静かだった。しかしその静けさが逆に彼の確かな怒りを伝えていた。

今度ははっきりと聞こえたらしく、瓜生の顔から表情が消える。
ただハヤトの背中から足は離さない。一層力を込め、彼を地面に押し付ける。

「テメェ、今このオレに命令したのか?」

この手の輩は、見下している相手から上から目線の物言いをされるとすぐに頭に血が昇る。平静を装ってはいるが瓜生のこめかみに青筋が浮かんでいるのを見て取り、ユーイはその認識が正しいのを知る。

「テメェは何の権利があって、このオレに命令してんだ? この愚図はテメェの所有物だって言いてェのか? テメェの持ち物に足を置いていたなら、その足をどかせと言われても仕方ねェからなァ……」

「だがーーー」と瓜生は首を振る。

「残念ながらコイツはテメェじゃあなく、オレの所有物なんだよ! オレの奴隷なんだ! アカデミアを退学になり行き場を失ったコイツを拾ってやったのは、このオレだ! オレが仕事を与えてやっているから、大した能力もねェこのウスノロでも何とか食っていけてんだよ! 感謝されこそすれ、テメェみてーな部外者に口出しされる謂れはねーぜ!」

言いながらも瓜生はハヤトの背中を靴底でドカドカと叩き続ける。その背中は土に汚れ、すでに真っ黒だ。
ユーイはもう嫌悪感を隠そうとはしなかった。その顔にはっきりと不快感を表す。

「ハヤトはハヤトだ。誰の所有物でもない」

しかし瓜生は嘲り笑う。

「ハッ、違うね! コイツはオレの奴隷だ! デュエルでそう決めたからな!」

「奴隷になることを勝敗の条件にしたのか……!」

瓜生とハヤトは『負ければ奴隷となる』という条件を付したデュエルを行ったのだ。そして瓜生が勝ち、ハヤトは彼の奴隷となったのだろう。
デュエルに賭けたものは、それが何であろうとどんなことであろうと必ず履行せねばならない。ハヤトに他の選択肢はなかったのだ。

「分かったか? テメェがどんな正論や綺麗事を振りかざそうが、それが現実だ! コイツはオレの奴隷で、オレがオレの持ち物に何をしようがテメェなんかが口を挟む余地なんてねェのさ!」

「くッ……」

悔しいが瓜生の言葉は事実だ。どんなに道徳的に問題があろうと、『デュエルの結果』はそれに優先される。
他人を奴隷にするなんて非人道的な所業であっても、デュエルで決められたとなればそれは最早正しい正しくないとは別の次元の話なのだ。

しかしーーー

「ーーーそのような理屈、知ったことか」

ユーイが振り向くと、ドールがこちら目掛けて掌を突き出していた。
ぞわりと背中の毛が逆立つ。何かヤバい。

「退け、ユーイ!」

反射的にユーイは身体を捻ってその射線上から飛び退く。

「ぐあッ!」

と同時に瓜生がまるで突風をまともに食らったように、後ろに吹っ飛ばされた。
数メートル先で尻餅をつく。

「こういう手合いに口で何を言うても犬に論語じゃわ。我を通したいならば実力行使あるのみじゃ」

ドールの構えた掌から薄く白煙が昇っている。それは明らかに彼女が掌から目に見えない何かを『撃ち出した』ことを意味していた。

「何をーーーしたんだ?」

「なに、これも手品のようなものよ」

流石にユーイも目が点になる。
ユーイには、ドールが何かしらの超能力的なものを行使したようにしか見えない。

デュエリストは魔力と呼ばれる超常の力を使うが、それはあくまでデュエル中にモンスターを使役するための力であり、スキルやモンスターの実体化等の例外を除けばそれを日常生活の中で使うことはまずない。ましてや一般的に超能力と呼ばれる念動力やテレパシーなどの類いをデュエリストが皆使えるわけではないのだ。

「……デタラメだな」

もちろん手品だなどと嘯(うそぶ)くドールを信じたわけではないが、それ以上追及するつもりもない。追及したとて、はぐらかされるのがオチだ。
ドールの行動には未だ幾つもの謎や疑問が残っている。何故海馬コーポレーションに追われているのか、何故ユーイや城之内の拘束をあっさり解くことができたのか、誰に何の目的でユーイの記憶を戻す手助けを命じられているのか。しかしそれらをドールに直接問いただしたとしても、彼女は答えてはくれないだろう。その点に関して彼女は頑なだ。例え拷問されたとしても態度に違いはないと思えるくらいに。

だからユーイはその不可思議な彼女の力については黙殺する。
それよりも今はハヤトの問題の方が優先だった。

瓜生が吹っ飛ばされたことで自由になった身体をヨロヨロと持ち上げ、ハヤトは立ち上がった。

「大丈夫か?」

「あ、ありがとなんだな。でも早く逃げた方が良いんだな。『グールズ』に逆らったら、タダでは済まないんだな」

ユーイが駆け寄ると、ハヤトは一瞬顔を緩めたがすぐにそれは引き締められた。
ボロボロのくせに、それでも心配するのは他人のこと。

「『グールズ』?」

ハヤトの口から出た耳慣れない言葉にユーイが聞き返すと、ハヤトが答えるより早く瓜生のがなり声が上がった。

「もう遅ェよッ!!」

見ると瓜生は立ち上がりデュエルディスクを構えていた。

「オレ達ーーーグールズに歯向かう奴をそう簡単に逃がすわけねェだろうがッ! どうやったかは知らねェが、このオレを吹っ飛ばした落とし前はつけてもらうぜッ! グールズの掟は『右の頬を殴られたら、ボコボコにしてブチ殺せ』だッ!! テメェらはデュエルでブチ殺してやるッ!!」

どうやらグールズとは彼の所属するグループか何かの名前のようだ。その物言いから察するに、まともなグループではなさそうだが。

「グールズはサテライトで台頭するいくつかのチームの1つなんだな。その性質は狂暴で、住民達には恐れられてるんだな」

ハヤトは伏し目がちに言う。

「あの瓜生って奴もそのメンバー。……てことは、ハヤトもその構成員の1人ってわけか」

ユーイが話を向けると、ハヤトは静かに頷いた。

「オレはデュエルに負けて、瓜生さんに従うしかなかったんだな。だから本当は嫌だったけど、チームに入ることに逆らえなかったんだな」

最初出会った時、ハヤトが泣いていたのを思い出す。

「あの時、泣いていたのは……」

「殴られたり蹴られたりするのは、まだ我慢もできたんだな……。でも、汚いことや悪いことの片棒を担がされるのだけは……どうしようもないほど嫌だったんだな」

そういうことか、と納得する。
おそらく瓜生の所属するそのグールズというのは、ただの不良グループではなく半グレや犯罪組織に近い集団なのだろう。暴力、窃盗、詐欺。どんな犯罪行為を行っているのかは分からないが、ハヤトは自分が虐げられるのは許せても他の誰かが害されそれを自分も手助けしている現状を憂いて泣いていたのだ。

「なんという痴れ者共じゃ。ユーイ、このような輩相手に容赦は要るまい。成敗してしまった方が世の為というものよ」

ドールは随分とハヤトを気に入ったようだ。ハヤトの想いを憂いて憤る。
その気持ちはユーイも同様だ。

「だがーーー」

「なんだ、今更怖じ気づいたのか? 類は友を呼ぶとは言うが、テメェもソイツと同類かよ」

ユーイが躊躇していると踏んだのか、瓜生が嘲る。

「オレがソイツとデュエルした時のことを教えてやろうか? 笑い種だぜ。ソイツはデュエルは嫌だ戦いたくないってモンスターを攻撃表示にすらしなかったんだぜ。デュエリストのくせに、とんだ臆病者だ。そりゃデュエルアカデミアを退学にもなるはずだぜ」

瓜生はギャハハと汚く笑う。
ハヤトは恥辱に耐えるように俯いた。

だが、ユーイはそれを恥ずかしいとも面白いとも思わなかった。

「オ、オレはデュエルは嫌いなんだな。誰かに傷つけられるのも、誰かを傷つけるのも嫌なんだな。オレは戦いを避けられるなら、一生避けて生きていくんだな。例えそれがオレ自身を傷つけることになったとしても」

ハヤトは、まるで言い訳しているみたいだとは自覚しながらも自分の戦闘観を述べる。ハヤトが戦いを忌避しているのは確かに伝わった。

そんなハヤトにユーイは優しく語りかける。

「ハヤト、キミが闘いを忌み嫌っているのは分かった。キミが良い奴で、奴らがクソ野郎だってこともな。だからキミを奴らの手から助け出すのはやぶさかじゃあない」

デュエルによって決められた誓約は絶対だ。負けた方が奴隷となるという決め事をしたなら、奴隷になるしかない。
その立場から解放される方策は2つ。
1つは主人となった者ーーーつまりはデュエルの勝者がその権限において解放する意思を示すこと。これは現状厳しい。
もう1つは新たなデュエルで誓約を上書きすることだ。今回の場合、『ハヤトを奴隷の立場から解放すること』をデュエルにベットするのだ。その上でユーイがデュエルに勝てば、ハヤトは瓜生から解放されることになる。

「だが、その前に1つ聞いておきたいことがあるんだ。キミの意思に関してーーー」

「オレの……意思……?」

瞳に困惑の色を揺らすハヤトを真っ直ぐに見据え、ユーイの口調は段々とはっきりした声になっていく。

「デュエリストは闘争者だ。闘いという本能に身を灼かれながら生きる獣だ。その中で戦いたくないと言うキミは、きっと誰よりも優しいんだろう。だがそんなキミに、この世界はたぶん優しくなんかない」

ハヤトはドクンと心臓が鳴る音を聞いた。まるで何かに鷲掴みされたようだ。

「戦いを避け続けても、そのまま一生避け続けることはできないだろう。いつかキミはきっと戦いに捕まってしまう。今回のように。その時、キミはどうする? また理不尽をただ受け入れて、現状を憂いて泣くのか?」

ハヤトは苦しげに俯く。
何者かに掴まれたままの心臓がギューギュー音をたてて収縮している。

まるで息継ぎをするようにハヤトが口を開いた。

「だけど戦えば必ず誰かが傷付くじゃないか。オレは怖いんだ、誰かを傷付けるのが」

「戦いを好きになれなんて言わない。戦いを嫌うのは良い、避けるのも良い。だけど押し寄せる理不尽に、抗うことから逃げちゃダメだ。抗わなければ、誰も何も護れない。キミの大切な人も、キミ自身ですらも」

ハヤトは目を見開く。

「オレが……護る……」

そう呟くと、徐々に心臓が解放されていくのが分かった。

そうかもしれない、とハヤトは思う。
瓜生とのデュエルで、ハヤトは『抗わない』という選択をした。そのことでハヤトは瓜生を傷付けることはせずに済んだ。だが、その結果はどうだ。
彼とその仲間達はその後もより多くの人々を害し続け、護るどころかそれに加担させられた自分は心身共に酷く傷付いた。

もしあの時、ハヤトが瓜生に抗っていたとしたら、もしかしてその後に傷付けられる人の数を減らせたのかもしれない。

「俺もキミも、やはりみんな獣だ。戦いの運命から完全に逃れることはできない。だけど本当に重要なのは『獣か、そうじゃないか』じゃあなく『他者の犬か、己の狼か』ということの方なんだ。他者のどんな理不尽にも耐えて伏せる犬なのか、己の信念に従いそれを害するものに牙剥く狼なのか」

「オレは魔力も多くないし、デュエルも下手なんだな。誰かを護れるほど、強い力なんて持ってないんだな」

「力の有無は関係ない。言ったろ、これは意思の話だ。キミが『どう在るべきか』じゃあなく、『どう在りたいか』の話なんだ。それを聞かせて欲しい。キミの意思を。今、ここで決めるんだ。キミの在り方を。キミはーーー」

ユーイは決然と問う。

「ーーー犬か、それとも狼か」

その言葉は不思議とハヤトの胸に浸透した。
もしかしたら本当はハヤト自身気付いていたのかもしれない。自分が本当はどう在りたいと望んでいるのか。でも勇気がなかった。選択する覚悟がなかった。
その背をユーイはそっと押してくれたのだ。

「オ、オレは戦いが嫌いだ。戦いは誰かを傷付けるから。だけど、ようやく分かったんだな。誰かを傷付けるのは嫌だけど、誰かが傷付くのを見て見ぬフリするのはもっと嫌なんだな。オレには大した力はないけど、オレもオレの大事なものを、今にも傷付けられそうになってる人達をーーー護れるデュエリストになりたいんだなッ!!」

そのためには瓜生の奴隷のままではいられない。彼の下にいるままでは、人を傷付けることしかできないのは痛いほど分かったから。

だからハヤトは吠える。


「助けて欲しいんだなッ!! ユーイ、オレを助けてくれッ!!」


自分が自由になるために、ユーイを戦いに巻き込む。それは以前のハヤトならば絶対にしない選択。
だが今のハヤトにそれを恥じる心はない。嫌悪感も後悔もない。代わりにあるのは勇気と覚悟。

狼として、ユーイに助けを求める。


それがハヤトの『戦い』だからだ。


「ああ!! 今、助けてやるッ!!」


晴れやかな顔でユーイはデュエルディスクを構えた。
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