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6月8日──恋愛相談 作:コンドル

午前10時 デュエルアカデミア本館2階廊下

サイドテールとなっている真っ白の髪と肉付きのよい肢体、そしてクリッとした少しだけ幼さの残る瞳、そんな魅力的な体を生まれながらにして持っている美少女、小込綾羽は今、その美しさを欠片も人間に認識されないくらいに顔を俯かせ、廊下を魅了させるつもりか、下を見て歩いていた。
決して体調が悪い訳ではない。また機嫌が悪い訳でもない。しかし事実、美しい花が枯れたように、彼女もまた、枯れた花のように俯いていた。

時々彼女の口から放たれる呪詛のような一人言がその場にいた人の視線を集め、その中には彼女にデュエルを挑む強者もいた。しかし挑まれた時は、それらのデュエルの誘いを全て断り、その場を去るのだ。

そんな行動を何度も繰り返して早一時間、小込綾羽の対戦相手は一向に決まらないのであった。

「あの」

そんな時、彼女の後ろから綾羽を呼び止める声が聞こえた。

(遊駆さん?)

つい自身が片想いをしている男の名が出る。しかし、その男とこの声の主の声が似ても似つかないことに綾羽はすぐに気付いた。

(遊駆さんは...ここまで優しい声じゃないわね)

この者の声からは「優しさ」と「慈愛」の二つが前面に出た声だ。彼女の想い人、藤玄遊駆はここまで優しさを前面に出しているような声をしていない。ともあれ、綾羽はそんな想い人と異なる声をした者の方へ体を向けた。

(フードタイプの制服......)

真っ先に彼女の目についた物は、その者の制服だった。
デュエルアカデミアでは二種類の制服が存在している。一つ目は遊駆や綾羽のような特筆して伝えることのないくらいに一般的な学生服の「スタンダードタイプ」、もう一つは、アカデミアでは購入する人間が少ないと言われている、この者が着ている「フードタイプ」の制服だ。こちらはスタンダードタイプにフードを足したものである。

一見ただの制服にフードが付いただけかと思われるだろうが、このフードは、顔を隠すことにはとてつもない活躍をするのだ。
(顔が見えませんね...)
この者の顔はフードのお陰でほとんど見えなくなっている。なんとか見えるのは黄緑色の髪だけだ。

(・・・男性のようですね)

その男の背は平均より少し低く、また筋力的な力強い印象はあまり感じない。またズボンを穿いているため、男性であることは疑いようがなかった。

「それで、何かご用ですか?」

デュエリストがデュエリストに話しかけるということは、十中八九デュエルの誘いだろう。そう思いながらも、綾羽は試しに聞いてみる。

「はい。貴女の知り合いの『空音友子』って名前の女の子がいると思うんです。その、もしその子がいる場所を知っていたら教えてほしいんです」
「・・・はい?」

空音友子、確かに綾羽にはその名前の友達がいる。しかしこの男はあのいたいけな少女の名前を知っているだけならまだしも、何故居場所を聞きたがっているのか、綾羽の中でこの男の印象が、怪しい男へと変わっていくことにあまり時間はかからなかった。

「確かにいますけど...友子ちゃんに用ですか?」

何日も眠っていないかのように疲れきっている綾羽の目は目の前の男をじっと見つめ、無意識に少々威圧的な態度をとる。

「い、いえ、ただ、何処にいるかだけ教えてもらえればいいんです。知り...ませんか?」
綾羽の態度を見て少し怯んだのか男の声が少し震える。
「・・・本当ですか?」
「はい...」

弱々しい態度で男は返答する。怪しいが、この反応を見る限り、友子ちゃんに対してなにか良からぬことをするわけでは無さそうだ。と綾羽は判断する。

「友子ちゃんが何処にいるかは知りません」
綾羽は少し無愛想に相手の質問に答える。しかしそんな態度を見ても相手はあの優しい話し方と口調を変えなかった。

「そうですか...ありがとうございます。呼び止めてすいませんでした」
「ええ、それじゃあ」
「はい。じゃあ」

肩を落とし綾羽と逆の方向へ歩いていく男。その明らかに落ち込んでいる背中を見届け、綾羽はまた無気力状態に戻った。

(友子ちゃんの知り合いかしら...?けどあの子、ここに来るまでずっと一人ぼっちだったっていつか聞いたけれど...)

探偵のように追跡でもしようか。そう思ったが、どうにも追ったところで何かあるとは思えなかった。だが、もし友子ちゃんに合ったらこの事は一応伝えておくことにしよう。そう綾羽は心のメモに書き記し、歩き始めた。


午前11時 アカデミア 外

無意味な時間は過ぎていく。
あの正体不明の男と会話をしてから時間が経ち、綾羽はイタリアにありそうな高級感溢れる噴水と、綺麗な花がいっぱいに咲いている花壇のある中庭に来ていた。
この場所の落ち着いた雰囲気と花の香りで、精神的に癒されようと思ったからだった。
花壇の近くには、木でできた長椅子があり、綾羽はそこに座ることにした。

この時間帯には人が多い。やはり大会が始まって2時間、立ちっぱなしで疲れてくる人もいる。そんな人間が座る場所を見つけ、一休みすることに疑問の声を上げる者はいない。なので、現在この場所の椅子はほぼ使用されていたのだった。

(すごい人の数...)
綾羽も座る場所を探していく。
「あ...」

ようやく一つ椅子が空いているのを見つけた。
「あの、隣、座らせてもらってもいいですか?」
「ん?いいよー」
隣に女子生徒がいたが、許可を貰いそこに座る。

そして綾羽は、眠るように目を閉じた。

(・・・私は一体何がしたいんだろう)

・・・小込綾羽は藤玄遊駆の事が好きである。そう、小込綾羽は藤玄遊駆の事が好きである。紛れもなく、小込綾羽は藤玄遊駆の事が好きである。...小込綾羽は、藤玄遊駆のどこが好きなのだろう?

(間違いなく私は遊駆さんの事が好き。その気持ちに嘘偽りは無いわ...けど、私は...)

「遊駆さん...」

苦しむ表情で、小声で呟く。誰にも聞こえない。誰にも相談できない。
4月13日に綾羽は遊駆に恋する気持ちをストレートに伝えた。
自分の想い描いた「王子様」という理想像を遊駆と合わせ、この出会いを「運命」として、綾羽はこの男に好きの2文字を伝えた。結局綾羽のこの気持ちは伝わらなかった。そして綾羽は気付いた。王子様でも運命でもなく、ただ私は遊駆さんのことが好きなのだと。

(けれど...好きと言うだけで何もできていない...頭の中じゃ...完璧なのに...!)

「どーしたん?体調悪いの?」

隣から声が聞こえる。

隣の女子生徒がうずくまっていた綾羽を見て声をかけたのだった。
その黄色髪のショートヘアをした少女は心配そうな顔をして綾羽を見ている。

「お腹痛いの?保健室行く?」
「いいえ、大丈夫です。少し考え事をしていて...」
「考え事?何よ?良かったら聞くよ?」
「え、だ、大丈夫です」

嘘だ。本当はこの感情について誰かに相談したい。この爆発寸前の恋と言う名の爆弾を上手く処理するために。

「・・・すみません。やっぱり、ちょっといいですか」

誰でもいい。とにかくこの気持ちを話して楽になりたい。そう思い、綾羽はこの少女に向かって謝り、話をすることにした。

午前11時45分 食堂

綾羽が会話の場を食堂にしたのには一つの理由と一つの恋する乙女の思考がある。理由は食事をする、よく来ている空間だから相手とリラックスした状態で会話が出来るだろうと考えたこと、そして思考は、もしかしたら藤玄遊駆に会えるかもしれないと、無意識に思ったからであった。

「あ、自己紹介がまだでしたね。私は小込綾羽といいます」
「あたしは恋亜、相津恋亜(そうつれあ)。クラスは2、よろしくね」

相津恋亜と綾羽は軽い挨拶をすませた。相津恋亜のスタイルは(無論、いい意味で)平均的で、顔も普通の可愛い女の子というのが綾羽の持った印象だった。そんな普通の可愛い女の子はここに来る途中に購買で購入した紙パックのフルーツジュースをストローでパックを刺し、少しだけ飲み、喉を潤した。

「それで?考え事ってなんだったの?大会のこと?」
「いえ...違います」
「じゃあ美容?それだったら悪いけど力になれないよ」
「違います」
「じゃあ恋愛?」
「・・・」
綾羽が沈黙し目を背ける。その仕草を見て恋亜の顔が赤くなる。
「あっ...そうなん...そう...」

次第に恋亜の声が小さくなっていく。二人は静まり、しばらくの間、言葉を発さなかった。

「それなら早く言ってよ!」
沈黙を破った恋亜の顔は、気分が昂り、好奇心に満ちた笑顔になっていた。
「任せて!あたしそういうの何回か聞いてるから多分力になれるよ!」

自信に溢れた、太陽のような笑顔で、恋亜は綾羽にそう言った。

「じゃあまず色々教えてね。綾羽ちゃんがその好きな人と出会ったのはいつなの?」
「えっ...4月11日です」

このように恋亜は綾羽に向かって色々と質問してみる。これで恋亜は綾羽の恋愛状況の情報をかなり得た。
まとめると、綾羽は遊駆に告白するも玉砕、その後遊駆から友達としてのスタートを薦められそれを受け、現在は友達となっているが、やはり遊駆のことが好きである。という事だ。

少しして、恋亜は綾羽にこう聞いてみた。
「実はね、あたし、遊駆の元カノなのよ」
「えっ...?」

空気が凍てつく。綾羽の顔は曇り、恋亜はいたずらっ子のように笑いだした。





「アハハ、ごめんごめん。嘘だよ」
「・・・本当ですか?」
軽快に笑う恋亜とは対照的に、綾羽の声は、可愛らしい女の子の声とは程遠い声だった。
「・・・うん」
それを聞いて綾羽は軽く息を吐いた。
「なんだ...ビックリしちゃったじゃないですか」
「ゴメンね。どんな反応をするか見ておきたくて。・・・じゃあ、質問を続けるわね」

その後、少し間を置いて、恋亜の質問は続く。
「じゃあ、その遊駆さんの趣味は?」
「・・・分かりません」
「好きな女の子のタイプは?」
「・・・分かりません」
「遊駆さんの好きな食べ物は?」
「・・・分かりません」
質問を色々と聞いていくと、質問に対し綾羽の回答は、段々と「分からない」という意味のものが増えてきた。

「うーん...困ったなぁ...」

分からないとなると、恋亜もどう対応して良いのか分からない。そんな困りきったという雰囲気を綾羽は感じとる。

「ここまで何も知らないって事は...あ、分かった。綾羽ちゃん、あなた遊駆さんとあんまり話できてないんでしょ?」
「・・・ッ!」
その通りである。
「はい...」
「ちゃんと話さないと、その人のことなんにもわかんないわよ?」

優しく諭すようにそう言われると、綾羽はただ「はい」としか言えなくなる。しかし、そんなものは言われなくても分かっているのだ。だが頭で理解しても、いざ目の前に行くと中々想像通りの動きができないのだ。

「それで、結局悩んでることってそれ?だったら、勇気を出して話しかければ」
「違うんです」
「え?」

「私が悩んでいるのは、話しかけるほうじゃないんです」
「・・・」
「私、遊駆さんのことが好きです。けど私はただそれを言うだけで、何も...何もできてないんです......!最初はできていた会話も、何も...」

この事を話すだけで胸が苦しい。好きという感情が強まれば強まるほど、綾羽の遊駆に近づきたいという気持ちが増す。しかし現実では、考えるだけで何の行動も起こせていない。そう思うと、心が虚しくなってくる。

次第に綾羽の目の回りに涙が溢れてきた。それをこぼさないようにこらえる姿を見て、恋亜は目を閉じた。

「・・・あ」

顔を泣かないように上へ上げた瞬間、綾羽の涙が収まった。
「どうしたの急に泣き止んで」
「い、いえ、遊駆さんが...」

綾羽が指差す方向に、青色の髪をした男、綾羽の想い人の藤玄遊駆が昼食を食べようと列に並んでいたのだった。
すると恋亜がすぐに席を立つ。急に恋亜が立ったことに驚いた綾羽を横目に、恋亜は歩きだした。

彼女が向かった先には藤玄遊駆がいる。遊駆は昼食を受けとると、すぐに席を探し始めた。

「あなた、ちょっといい?」

恋亜が遊駆の目の前に現れると、遊駆が意見する間もなく、後襟をつかみ、すぐさま綾羽のいる席へ連れていった。

「・・・小込」
「遊駆さん...!あ、あのこれは...」
「ゴメンねー。えっと、遊駆さんだよね?あたし、相津恋亜。クラスは2だよ」
「・・・」
「まぁとりあえず座ってよ。ちょっと綾羽ちゃんと話をしていてね、君の話になったんだ」
「・・・」
「君、趣味は何かあるの?」

(えっ)
心の中で綾羽は驚愕した。さっき自分が分からないと答え、知りたがっていた質問を、この女性はいとも簡単に聞いてみせたのだ。

「・・・答える必要があるのか?」
「いいから」
「・・・強いて言えば、食事...」

恋亜の後ろからにじみ出ている凄まじい何かを感じ、遊駆は答える。その答えを聞いて綾羽は意外だと言うような顔をした。

(食事...遊駆さん、食べるの好きなんだ)

「好きな女の子のタイプは?」
「いや...ない」
(無いんだ...)

「じゃあ最後、好きな食べ物は?」
「・・・美味ければなんでも」
(・・・)

「そう、答えてくれてありがとね。じゃあねー」

遊駆が頷きその場を去っていく。それを呼び止めることもできず、綾羽は黙って見ていることしかできなかった。

(なんで...一緒に食べていいですかって言えないんだろう...なんで、なんで、なんでなんでなんで)

再び綾羽の顔は暗くなる。俯き、恋亜の方を向く。
「相津さん...私、腑抜けになったみたいです。あの人を呼び止めることもできない...弱虫ですよね」
「そんなこと...」
恋亜が止めようとするが、綾羽は話を続ける。
「私、遊駆さんや皆がこの大会で目標を言うなかで、私一人何も言えなかったんです。・・・笑っちゃいますよね。なんで、あのときに遊駆さんと一緒に大会を頑張りたい程度のことも言えなかったんでしょう」
自嘲するように綾羽は笑う。
「私は遊駆さんのことが好き...私はその先を作ろうとしていなかったんです」
「・・・」

そして綾羽は顔を上げた。その顔に涙は無かった。
「決めました。私、強くなります。この大会で、遊駆さんへの想いを強くするんです。方法は、これから探して、そして...」
深く息を吐く。
「相津さん、ありがとうございます。きっかけを作ってくれて」
「う、うん...まぁ、頑張って」
「はい!・・・それじゃあ!」
恋亜に礼を言って、綾羽はその場を離れる。そして自らの歩く足に、体全体にエネルギーが溢れていることを、綾羽は実感して、歩きだした。

(・・・ああ...恋って、難しいなぁ...)

そう思いながら、綾羽は決意に溢れた表情で前を向いた。



《アハハ、ごめんごめん。嘘だよ》
《・・・本当ですか?》

(あの時の声...完全に信じきってたね...遊駆さん...か。)

遊駆の方向を見て、また視線を戻す。
(・・・にしてもあの子、元気だったなぁ...落ち込んでもすぐに立ち直るし...ま、あたしはあとは応援することに徹しますか。・・・頑張れ、綾羽ちゃん)
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