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5月30日──立ち上がる 作:コンドル

 翌日の午前10時、輪廻とのデュエルに敗北した遊駆は、部屋にあるベッドに体を上にして何かを考えるかのように軽く腕組みをしつつ目を瞑り、現在思考している事に、神経を集中させていた。

 一方、輪廻は下の食堂に行き、透明な四方形のガラス越しに周りの人がよく見えるカウンター席、そこに自分のデッキを置き、静かに座った。

「遊駆、なんか落ち込んでたな...」

 話し相手がいるわけでも無いが、遊駆の状態を声に出さないと、何故か落ち着かないのである。
ふと、周りを見渡してみる。休日ということもあってか、他の生徒達は、思い思いの休日を漫喫しているようだ。

何かイベントがあるのだろうか?いや、そんなものが無くてもアカデミア生徒はいつも笑顔だ。腕にデュエルディスクを付けている者もいる。輪廻も休日はディスクをはめ、外に出てはよく相手を探していた。結局、いつも対戦相手は遊駆になるのだが。

「俺、何か悪いことしちまったのかな。冷蔵庫にあった遊駆のゼリー間違って食べちゃったとかか?違うよな...」

項垂れ、ひとりごちる。原因を考えていても、いたずらに時間が過ぎて行くだけだった。

「輪廻さん...?」

一人原因を考えていると、突然、小さな声で輪廻を呼ぶ者が、後ろから現れた。


 場所は変わって遊駆と輪廻の部屋。

(・・・)

その原因は昨日のデュエルによる輪廻の勝利、そして自らの致命的なプレイングミスであった。

(・・・)

プレイングミスというのはJMー進道のマーカサイトの効果を使用し忘れ、サファイアの効果でドローしたカードを確認をせず、向こうみずな行動を起こしてしまった事。

(・・・)

そして輪廻の勝利。

0勝49敗。
これが藤玄遊駆の鶴咲輪廻との対戦記録である。

最初は敗北を気にせずにデュエルを楽しんでいた遊駆も、さすがに敗北がこうも続くと、どうしても、勝利のビジョンが薄れ、見えなくなりそうになる。自信が無くなりかける。
輪廻について、特に遊駆が恐れたのは、輪廻が繰り出す、予想外の行動である。

常に全力で、デュエルを楽しむ。それが輪廻のデュエルスタイルだ。
どんな相手でも、自らの力、その全てを出しきって、自分、そして相手にもデュエルを楽しんでもらう。そのため、彼は常に、相手デュエリストの予想していないプレイングをし、相手を驚愕させる。

だから、遊駆がどんなに策を弄しても、遊駆がどんなに輪廻の行動パターンを読んでも、輪廻は常にその先を行く。そして、敗北する。

なので、昨日のデュエルにて、輪廻に勝つ絶好のチャンスだった筈が、今までの輪廻とのデュエルを思いだし、予想を越える手が来るのではないかという憶測と己の輪廻に勝ちたいという衝動が争い突進した結果、敗北を喫してしまったのである。

(・・・)

遊駆が何度も鶴咲輪廻という高い壁を越えようとしても、彼は何度でもその上を行く。
この敗北で遊駆は、教師である新瀬の言葉を思い出す。

《強き魂、また純粋な魂を持つ者は、デュエルにおいて圧倒的に強い!》

(だろうな...)

輪廻はあの時もどんな時もデュエルを純粋に、勝敗を気にせず楽しんでいた。その目に一点の曇り無く、ただ遊駆とデュエルを楽しもうとしていた。
だが遊駆は、勝つことしか考えずにいた。
その差が勝敗を分けたのかもしれない。

(・・・)

目を開ける。ベッドから起き上がり、机に向かって、自らのデッキを見つめ、デッキをシャッフルし始めた。


再び場所が変わって食堂。

「友子」

声の主は空音友子だった。
友子は輪廻の隣に座り、手に持っているストロー付きのアップルジュースをカウンターに置いた。

「どうしたんだよ?何か用か?」
「・・・い、いえ、その...たまたま、輪廻さんがいたから...」
「そうか...」

それだけ言って輪廻は遊駆の事を考える。

(・・・?)

友子にとって、輪廻がこんな態度を取っている姿を見るのは初めての事だった。普段の輪廻なら、出会って開口一番に「デュエルしようぜ!」と言ってくるのだが、今日の輪廻は何故か無口だ。
一体何故...。

(・・・あ)

「・・・もしかして、遊駆さんと何かあったんですか?」
「え?」

輪廻が悩む事と言えばデュエルの事か、それか人間関係くらいだ。友子はそう思い、試しにと聞いてみたが、今の反応を見た所、どうやら遊駆のことのようだ。

「よ、よかったら、話してくれませんか?その、力に...なり...たい、なんて...」
「・・・わかった」




「遊駆さんが...落ち込んでる?」

話を聞いて友子は原因を探る。
が、探る必要性なぞ無い事にすぐに気づいた。

「・・・デュエルで何かしてしまったんじゃないですか?」
「デュエルで?」
「だって遊駆さんと輪廻さん、よくデュエルをしているの見ますし、・・・昨日のデュエルで、何か...思い当たるところ、ありますか?」

人間関係じゃないなら、あとはデュエルだ。
そう言われて輪廻も昨日のデュエルを思い出す。手札事故で負けそうだった事、デッキが助けてくれた事、遊駆に勝った事...。

「いや...あ、そう言えば遊駆がなんか焦ってるみたいだったぜ」
「多分、それがヒントだと...思います...」

遊駆が焦る?何にだ?考えろ、考えろ、考えろ。
一体遊駆は何を悩んでいるんだ?

「そういや...最近遊駆とデュエルしても、なんか物足りないんだよな」

口に出して言ってみる。
以前の遊駆と違って、今の遊駆には何かが足りない。
足りないもの...。

「・・・足りないって、何が...ですか?」
「そうだな...」

輪廻は過去を振り替える。
4月から出会い、遊駆とは気の置けない仲になっていた。休日にはデュエルをして、平日にもデュエルをして...デュエルばかりだ。

「・・・そう言えば、遊駆が俺に勝ったところ、見た事ないな」

そう呟いた瞬間、頭の中で何か音がした。

「・・・!」
立ち上がる。輪廻は漸く遊駆が落ち込んでいる理由、その答えを解いた気がした。

「わかったぜ!・・・友子!」
輪廻の声に少し明るさが戻っているのを、友子は微かに感じ取った。
「・・・はい...!」
「ありがとう!」
「はい...!」
「遊駆のとこ、行ってくる!あと、ヒントくれたお礼に、昼飯おごるぜ!じゃあな!」
全力疾走で、輪廻は遊駆のいる部屋へと向かって行った。

「・・・はい。力になれた...かな...?なれたなら...良かった...えへへ」



遊駆のいる部屋、輪廻がドアを開けて入ってくる。遊駆はデッキシャッフルを止め、輪廻の方を向く。
ドアが閉まる。
輪廻も遊駆を見た。
周りが静寂に包まれる。今この世界には、遊駆と輪廻しか存在していなかった。

「わかったぜ遊駆!お前、俺に負けまくってるのを気にしてんだろ!」

遠慮の無い言い方だ。遊駆は表情を変えない。

「・・・ああ」

「遊駆が何で落ち込んでるのか、下で考えてた。するとさ、友子がヒントをくれたんだ。それでやっとわかったんだ。俺、ずっと遊駆とのデュエルが楽しかった。俺がフェニックスを出したら、遊駆はサファイアを出してきて、エース同士の激突で手に汗握って...!勝つかもしれねぇ、負けるかもしれねぇ。内心ハラハラしてた。けど...」

「・・・」

「なんか最近、遊駆から熱を感じなくなっちまった...。サファイアを出してきても、アメジストを出してきても...」

「・・・ああ」

「楽しくないデュエルじゃ盛り上がらねぇよな...。」

「・・・すまない、輪廻」
「え?」
謝罪され、輪廻は驚く。
「・・・お前はデュエルを楽しんでいる。俺はそんなお前とのデュエルが楽しかった」
「・・・」
「・・・だが、俺はいつしか勝つことに拘泥し、楽しむ事を忘れていた」
「遊駆...」

いつからか、デュエルが楽しく無くなってきた。輪廻への敗北が積み重なり、遊駆はどうすれば勝てるかを考え始めた。しかし、何故かそれも楽しくない。輪廻のデッキを完封するデッキを作ったって、楽しくない。だから遊駆は昨日の夜から一睡もせずに思考した。デュエルを楽しむ方法を、一心不乱に考えた。

「・・・一晩考えて決めた。デュエルに勝利しても敗北しても、それを糧にして闘うって。勝利を喜ぶ。負けを悔しがる。だが、何度だって立ち上がる、立ち上がってみせる。だから輪廻、誓うよ。俺は強くなる。いつも全力でデュエルを楽しみ、強くなっていくお前と一緒に。そして、いつか俺達の大好きな、楽しいデュエルをしよう」

糧にして闘う。それが、遊駆の出した答え。
遊駆のデュエルの道。
勝敗を意識しない事は、この世界では不可能と言っても過言ではない。だが、敗北に囚われていては、前を向けずに、さらに堕ちていく。
だから、敗北しても、その悔しさを糧に、強くなる。

「・・・おう!だったら遊駆、俺達今日から、親友であり、ライバルだ!」
「・・・あぁ」

遊駆が手を輪廻に向けて差し出す。
入学式の入寮時、二人はこの部屋で握手をした。

今、遊駆が差し出した再び握手を求めるこの右手は、二人を結ぶ絆の握手だ。
挫けても必ず立ち上がる遊駆の意志と、デュエルを楽しむ輪廻の意志、そして遊駆と輪廻の二人が必ず強くなるという決意がそこにはあった。

「・・・」
「ヘヘッ」

再び二人は握手をする。その手は、入学式の時よりも、大きく力強くなっていた。
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