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HOME > 遊戯王SS一覧 > 5月16日──勇気を出して

5月16日──勇気を出して 作:コンドル

5月15日(金) 午後19時

食堂

今聞いた情報が真実かどうか確認する事が、今行っている食事をするよりも大事だと彼女は判断した。
『空音友子』の小さな目は大きく見開き、箸を床に落としバン!とテーブルを叩き大きな音を立て周りの視線を集める。
普段引っ込み思案で人と接する事を苦手とする彼女だが、今入った情報はそんな彼女を一連のアクションを行わせるに十分な理由だった。

「き、強化...ですか...!?」

周りの視線に気付き赤面しながらも前に座っている山野巧が言った言葉に自分を喜ばせるためか、驚き言葉がよく聞こえなかったためという理由で情報を再び自分の脳内に入れるためか、友子は巧の方を見て興奮しながら確認の質問をした。

「・・・明日発売するパックで君の『空牙団』デッキは強化される。僕のルームメイトが言ってた。なんでもリンクモンスターらしいよ・・・というか知らなかったんだね。てっきり知ってると思っていたんだけど」
「・・・あ...私...あんまり....外でないですから...」
「ふーん...」

輪廻達に聞かなかったのかと口に出しかけたが、まぁいいかと言わないでおく。
そんな輪廻と遊駆はついさっき食事を終え、部屋に戻ったばかりだ。
綾羽はいつも通り遊駆と同時の時間に食事を終えているため食堂にはいない。

(あんまり空音さんと話す事無かったからこの話をしてみたらまさか知らないとはね...)

友子を見ると、高まる気持ちを抑えようとしているのか必死に落ちた箸を拾い、夕食を口に入れている。

(フフ、わかりやすいなぁ、空音さん。なんだかこっちまで嬉しくなってきた。)

「・・・さて、そろそろ僕も戻ろうかな...」
巧が席を立つ。
「・・・あ、あの...」
「何か?」
「・・・お、お、教えてくれて...ありがとう...ござい...ます...」
友子は頭をペコリと下げた。
「・・・うん」

(...素直な人だな...空音さん。教えて良かった...。)
(強化...!)

すぐに夕食を終え、部屋に戻り電気をつけ椅子に座り勉強机に置いていた自分のデッキを見つめる。
彼女が愛用しているデッキ『空牙団』。遊駆のJMにも負けじと劣らずの展開力を持つデッキだ。手札から下級空牙団モンスターの効果によって特殊召喚され上級空牙団モンスターの特殊召喚や下級空牙団モンスターをさらに特殊召喚しリンク召喚に繋げる等の戦法で勝利を掴みとる。
ただ弱点として手札切れが頻繁に起こり、そのせいで友子も輪廻とのデュエルの敗因になることが多い。
強化が欲しいと切望していた時にこの嬉しいニュース、まるでアカデミアを合格した時と同じような感覚になった。

「新しいメンバーが来るって...エヘヘ...明日買いに行こう...」

そう言って暫くしてから風呂に入り、パジャマに着替えベッドに飛び込む。「おやすみ」と一言デッキにそう言って空音友子の5月15日は終了した。


時は少し前、友子達が食事を終える前、鶴咲輪廻と藤玄遊駆が友子達より先に食べ終わり、寮の部屋に戻った時の事だ。

5月15日(金) 午後18時30分

「食った食った...」

部屋に入り輪廻は床に座り部屋の真ん中に設置されている小さな丸テーブルに自分の幻装デッキを置き遊駆を見つめ始める。
遊駆が視線に気付いた。

「・・・」

黙って椅子に座り勉強机に設置しているノートパソコンを開く。

「駄目かよ...一言で片付ける事無いだろ...で?何見てんだよ?」
(ここは何も言わなくても大丈夫だったな...)
「・・・新しいパックの情報を見ていた」
「おー、何か良い情報あるのか?」
落ちこまずにすぐ遊駆の方へ行きパソコンを見る。一緒に見ていると最新パックの中に先日公開された最新情報が載っていた。
「・・・友子の空牙団が強化される」
「・・・マジか!良かったじゃねぇか!じゃあ早速友子に伝えに行こうぜ!」
そう言って輪廻は外に急ぎ足で出ようとする。
「・・・巧がもう伝えていると思うぞ」
遊駆がそう言うとドアノブまで伸ばしていた輪廻の手がピタリと止まる。
「巧か...なら大丈夫か!・・・いやーにしても今頃友子大喜びだろうなー。だって...」

輪廻も自分の事のように喜んでいる。友子がどんなリアクションをするかとか、きっとデュエルが面白くなるとかを笑顔で心から楽しそうに話している。そんな話を遊駆は相槌を打って聞いていた。

(・・・輪廻)


遊駆の脳内に浮かぶのはあの日の記憶。アカデミアが嵐の中、険しい表情を見せデュエルディスクを展開している輪廻と後ろにいる遊駆。目の前には仮面を着けた一人の男。

「・・・さぁ!どうするよ鶴咲輪廻?アカデミアの奴等が皆、お前の行いを『偽善』と責めているぞ!それでもか!?それでもまだ続けるか!?」
「・・・るせぇ」
「ああん?」
「うるせぇ...!偽善が何だ...!そんなもん...そんなもん...!」

次に浮かぶのは夕暮れのアカデミア。床に座り下を向きうずくまっている輪廻と、立ったままの遊駆。

「・・・遊駆...デュエルって...どうすりゃ楽しめるんだったっけ?俺...」



(輪廻...お前の幸せそうなそんな顔見てると何だか毎日が怖いよ。いつかくる日が...お前の笑顔も、辛い顔も何度も見てきた。輪廻...俺にはどうしようもない...) 

相槌を打ち、輪廻の方を見ながらあの日の事を思い出す。
暫くしてから輪廻が話終わった。
「じゃあ、明日必ずパック買いに行こうな!」
そんな輪廻は変わらず笑顔のままで、明日の事を楽しげに遊駆に話す。
遊駆も無表情のままその話を聞き、ただ「ああ」と返事をした。
それからして風呂へ行きベッドに入り気分良く輪廻は就寝した。
遊駆も眠ろうと目を瞑ってみるが、中々寝付けない。

「・・・輪廻」

呼び掛けてみても反応が無い。
(...ハッ、そりゃぁそうか...)

目はまだ瞑ったまま、意識だけがハッキリしているこの状態で、遊駆には考える事が数えきれない程ある。
そのなかでも最も考える必要があると思った事が『あの少女』の事だ。

(夢じゃない...そう言ってもあれはどうしても夢としか思えない。『周りを漂う不自然に動く巨大な時計』...『謎の少女』...彼女は一体?会いたかったが中々会えなかったと言っていたな。それだけじゃない。...そうだ。あの空間は彼女のナカだとも言っていた。)

考えても何一つ分からない。どこかで会ったことがある訳でもない。見かけた事も無い。本当に会ったことが無いのだ。時間の流れを忘れベッドの中で考える。
(・・・考えれば考える程分からない。一体何者なんだ?俺の全てを知っている彼女は...ハァ)

考えても出ない結論に嫌気がさしたのか、大きく溜め息をついて眠る事を選択した。

(のんきに構えている訳じゃないが...彼女が最後に言った言葉...あれに期待するとしよう。明日は...まぁ、頑張るか)


翌日 
5月16日(土) 午前10時

「よし...」

爽やかな朝、友子が制服に着替え、鏡の前に立つ。
姿は何も普段と変わっていないが、何だか、どこか輝いて見える。
腰に着けたデッキケースに空牙団のデッキを入れて、出発。

午前10時10分

購買に到着するとそこには今まで見たことの無いような長蛇の列。大人気アイドルの握手会のようだ。

(す、すごい人の数...こんなの買えるのかな...?)

それでも勇気を出して列に並ぶ。
前を見るとレジが中々見えない。低身長故でもあるが、恐らく背があっても見えづらいだろう。
レジは2つありどちらも完全に列が出来ている。隣を見ると誰か知り合いがいないか探して見たが、見つからない。だが天井に掲げられた最新パックのポスターは見ることができた。
(ん?)
良く見るとポスターの下に「最新パック一人5パックまで!」と書いてあるのに気付く。

(一人5パックまで!?そんなのじゃ欲しいカード出ないよぉ...)

項垂れてもしょうがないと切り替えるが、この人数だと買えるかどうかすら怪しい。いっそ日を改めるか。弱気になり諦めようと思った時、デッキケースの中にある空牙団達が何かを訴えているような気がした。「まだ諦めるな」と叫んでいるような、そんな気が。

(・・・そうだよね。ちょっと弱気になってた。もうちょっとだけ、頑張ってみる...)

同日 午前10時12分

「すげぇ列だな...けどまぁ、絶対に買って帰ってやろうじゃないの。なぁ遊駆?」
「・・・ああ」

少し時間はずれたが無事購買に到着した二人、友子とは少し後ろに並んだ。

「・・・長いな」

列は減る気配を見せずにむしろ増していく。
遠くでよく見えなかったがレジの後ろに5つ、6つ程段ボール箱が置いており、恐らくその中にパックが入っているのだろう。輪廻が見ると、まだパックには余裕があるように見える。

「あれなら大丈夫だろ。・・・やっぱ長いな...こう待ってると、何か無性にデュエルしたくなってきちまうな...へへ」
「・・・そうか」
「まぁ、ここでやったら迷惑だし、それに、まだ並び始めたばっかだから待てるけどよ」
「・・・」

午前10時45分

友子の前も大分減ってきた。漸く半分といったところか。
遊駆達も前に進み何のトラブルも無いまま事は進んでいく。

(結構進んだみたい...待っててねもうすぐだから)

段々人が減っていく。あと少し、あと少し、あと少しだ。

午前11時2分 

「残り1パックでーす!」

購買に響きわたる知らせ。両列同時に最後の1パックとなった。
友子の番に最後の1パック。
後ろは少しずつ購買から離れ始める。

目の前の若い女性の店員が友子を見て目的の品を聞く。

「・・・あ、えっと...」

本当に自分なんかが買って良いのだろうか。後ろに並んでいる人達は私よりも楽しみにしている人がいたのではないか。
引っ込み思案がここで出てしまい、下を向き汗を流す。

後ろにいる輪廻達も何事かと列に並んでいる。

相変わらず汗が止まらない。
膝が震えてきた。
無理だ。出来ない。最後の1パックを私なんかが買うなんて出来ない!
頭の中に出てくるネガティブワード。
店員もどうして良いのか分からず困惑している。

(やっぱり無理だよぉ...恥ずかしくて出来ないよぉ...後ろの人にも迷惑かけてるし...どうしよう...うぅ...)

「諦めるな!」

どこからか声が聞こえた。
いつも聞いている元気で明るい声だ。
(・・・輪廻さん...!・・・けど私なんかが...買っていいんですか?)

「気にすんなよそんな事!ここにいる奴等は皆パックが買いたくて来てるのは確かだ。けどそれは友子だってそうだろ!たまたま友子が最後だっただけだ!だから遠慮なんかいらねぇ!」

(・・・はい...!)

我に帰ると上を向き、店員から最新パックを購入、最新パックは売り切れた。

午前11時5分 最新パック完売

走り去って行く友子を二人は見つけ何かを察したようだ。
輪廻の表情は自分の事のようにうれしそうだった。


午後0時

食堂にていつものメンバーが揃う。ただし友子を除いて。

「えっ!?じゃあ巧と綾羽もパック買おうとしてたのかよ!?」
「あぁ。残念ながら、今回は買えなかったけどね」
「友子ちゃんにはこの前助けてもらったのでそのお礼にと思ったのですけど...」
「・・・」

「・・・み、皆さん」
「友子!お前さんはパック買えたんだよな?」
「・・・はい。輪廻さんの...おかげです。輪廻さんが...あそこで...諦めるなっ...て言ってくれなかったら、買えませんでした。...ありがとうございます」
頭を下げる。
「え?俺そんな事言ったっけ?・・・まぁいいや。それよりパックもう開封したのか?どうだった?」

グイグイ食いついてくる輪廻を巧が抑え友子は分かっていたかのように笑顔で5枚のカードをデッキケースから取り出した。その中でも最も輝いているカードを友子は手に取る。

「・・・あ、それ、新しい...」

巧も反応するそのカード、そのカードの名は...。

「・・・これが...新しい空牙団のカード『空牙団の大義フォルゴ』です...!」

ブイ、と見えないように小さくポーズし、輪廻も大喜び。
巧も綾羽も皆で祝い、輪廻は早速デュエルの約束をしたのだった。

(これからよろしくね、フォルゴ...!)
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