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19:目指すもの(4月3日追記) 作:天
シクスは笑んではいたが、その顔は青い。
(1ターンにレベル8のモンスターを2体連続で召喚するのは流石に無理があったか)
一気に魔力を消耗したことにより貧血のような症状がその身を襲う。強い目眩がして吐き気がする。
(だが、タイタン家の勢威を取り戻すには、このデュエル負けるわけにはいかないッ!)
ダイキやユウリの推測は実は的を射ていた。
斜陽に差し掛かりつつあるタイタン家を盛り返すには、その力を大々的に示すことが必要だった。昨年の万城目家躍進を例に、アカデミア入学試験首席合格はまさに千載一遇のチャンスだったのだ。しかし蓋を開けてみれば、首席の座は早乙女レイヤに奪われ、一番の話題は武藤ユーイによってかっさらわれてしまった。
何より許せなかったのは、その二人が何の身分も持たない平民だったこと。
(出自も知れぬ下民ごときに、このシクス・タイタンが―――民の上に君臨する誉れ高き七星候が、後塵を拝すなどあってはならないことだ!必ずこのデュエルに勝ち、真に力を持つは我がタイタン家であるということを世に知らしめなければならないッ!!)
シクスにとってこのデュエルは、アカデミアの入試判定が誤りであり本当に首席に選ばれるべきは自分であったことを証明するものであり、同時に平民は決して貴族には勝てずその下にあるべきということの証明でもあった。
(下民どもは貴族に支配されていれば良いのだ!下手に逆らえばどうなるか、特と教えてやるッ!)
気を抜けば膝を付きそうになる足に力を入れる。
ユーイ達からすればそれはまるで肯定できない考え方ではあったが、シクスにとっては曲げられない信念である。これはその信念をかけたデュエルなのだった。
「行けッ《バーサーク・デッド・ドラゴン》ッ!そのリンクモンスターとやらを消し去れッ!!」
シクスがバトルフェイズに入る。
その命令で《バーサーク・デッド・ドラゴン》が瘴気を伴った黒いブレスを《暴走召喚師アレイスター》目掛けて吐き出した。
《暴走召喚師アレイスター》も魔力を放射し応戦するが、《バーサーク・デッド・ドラゴン》の攻撃力はその倍近い数値。《暴走召喚師アレイスター》は放った魔力共々黒いブレスに飲み込まれてしまった。
レイヤ(LP4000→2300)
「くっ・・・」
しかしシクスの攻勢はまだ終わらない。
「まだだッ!《バーサーク・デッド・ドラゴン》は相手モンスター全てに攻撃ができるッ!」
再び《バーサーク・デッド・ドラゴン》がブレスを放射する。今度の標的は、レイヤのフィールドで守備表示をとる《召喚獣コキュートス》だ。
《召喚獣コキュートス》の守備力は3400。しかし《バーサーク・デッド・ドラゴン》の攻撃力はそれを僅かではあるが上回る。
ブレスは《召喚獣コキュートス》の氷の体皮など物ともせず黒く塗り潰してしまった。
やがてブレスが収まると、レイヤのフィールドにモンスターは残ってはいなかった。
圧倒的攻撃力を誇る《バーサーク・デッド・ドラゴン》に完全に場をひっくり返された形だ。
「ワハハハハッ!どうだッ、これが貴族の中の貴族ッ、七星候の力だッ!!貴様がいくら貧弱なモンスターを並べようとッ、我らの前では無力ッ!!思い知ったかッ!?」
勝ち誇り高笑いを上げるシクス。
高い攻撃力と全体攻撃能力を備える《バーサーク・デッド・ドラゴン》の力は確かに言うだけのことはあった。
「ボクのターンはこれで終了ッ!《バーサーク・デッド・ドラゴン》はエンドフェイズ毎に攻撃力を500下げるッ!」
バーサーク・デッド・ドラゴン(ATK3500→3000)
《バーサーク・デッド・ドラゴン》にはデメリットととなる効果もあった。それがこの自分エンドフェイズ毎の攻撃力低下である。
(しかしまだ《バーサーク・デッド・ドラゴン》の攻撃力は3000。全体攻撃能力もなくなるわけじゃあない。このモンスターさえいれば、奴のモンスターなど恐れるに足らんわ)
シクスはレイヤのモンスターを貧弱だと断じていた。
果たしてその推測は間違ってはいない。攻撃力3000台のモンスターを主力とするシクスの【デーモン】デッキに対し、レイヤの【召喚獣】デッキが総合的な攻撃力において少々劣るのは確かだった。
しかし、レイヤは嘆息する。
「それは――――『癖』か?」
「なに?」
聞き返すシクスを指差す。
「それは『癖』かと訊いているんだ。普段は努めて慇懃な態度を取っているようだが、自分の勝ちを確信した途端言葉遣いが粗野になった」
「・・・なんだと?」
「油断すると素が出るタイプか。他者を人とも思わず常に見下している、ねじ曲がった性根が透けて見える」
シクスはぎりりと奥歯を噛む。こめかみには青筋も浮かび上がった。
「貴様ッ!下等な血筋の下民のくせに、このボクを侮辱するかッ!」
「血筋がどうであれ、すでに言ったはずだ、私にとってキミはただの振りかかる火の粉だと。少々煩わしくはあるが、所詮少々煩わしい程度の存在でしかない。決して脅威というほどのものではない」
「なッ・・・!」
赤面するシクス。
それを横目にレイヤはデッキからカードをドローする。
「私のターン。そしてこれがこのデュエルのラストターンだ」
レイヤが手札を切る。
「《死者蘇生》を発動ッ!蘇れッ、《暴走召喚師アレイスター》!!」
《死者蘇生》は最も有名な蘇生系魔法カードであろう。その効果は単純明解で、自分の墓地のモンスター1体を自分フィールドに特殊召喚するというもの。蘇生できるモンスターに制約はなく、コストや発動条件もない。《おろかな埋葬》同様、シンプル且つ強力なカードである。
レイヤのフィールドに再び魔力の嵐が巻き起こり、《暴走召喚師アレイスター》が舞い戻る。
暴走召喚師アレイスター(リンク2/ATK1800)
「墓地から蘇生されたリンクモンスターはメインモンスターゾーンに特殊召喚される」
《暴走召喚師アレイスター》が現れたのは五つあるメインモンスターゾーンの真ん中。《暴走召喚師アレイスター》のリンクマーカーは全て下に向いているため、リンク先となるゾーンはない。しかしエクストラゾーンは空いているため、まだエクストラデッキからモンスターを特殊召喚することは可能だ。
「またそのリンクモンスターかッ!そんなモンスターでは《バーサーク・デッド・ドラゴン》に敵わないことがまだ分からないのかッ!?」
「さらに墓地の《召喚魔術》の効果発動ッ!《召喚魔術》は墓地のこのカードを除外することで、除外されている《召喚師アレイスター》を手札に加えることができる!」
「なにッ!?」
レイヤの手札に、先ほど《召喚魔術》で融合素材として墓地から除外された《召喚師アレイスター》が戻ってくる。
「そして《召喚師アレイスター》を通常召喚ッ!効果で《召喚魔術》をサーチするッ!」
《召喚師アレイスター》で《召喚魔術》をサーチし、その《召喚魔術》で《召喚師アレイスター》を融合素材として除外、融合召喚後に《召喚魔術》を除外してその《召喚師アレイスター》を手札に戻し、また召喚することで2枚目の《召喚魔術》をサーチする。
実質《召喚師アレイスター》1体から発生できる融合召喚をループさせることができるこのコンボこそが、レイヤの【召喚獣】デッキの核となるムーブであり真価であった。
「くっ・・・、だが今さらそんなカードをサーチしたところで何になるッ!?もはや貴様の墓地にはモンスターはいないッ!それともフィールドの2体のモンスターで融合召喚でもする気かッ!?」
レイヤのフィールドには2体の《アレイスター》。しかし墓地にはもうモンスターは残っていない。ついでに言えばレイヤの手札にもモンスターはいなかった。
《召喚魔術》はフィールド・墓地のモンスターを融合素材に融合召喚を行うことができる優秀な融合カードではあるが、確かに今の状況ではシクスにはフィールドの2体の《アレイスター》を融合するくらいしか使い途はなさそうに見えた。しかし、それならばわざわざ《死者蘇生》で《暴走召喚師アレイスター》を特殊召喚する必要はどこにもない。
「確かにフィールドのモンスター2体を融合し、新たな【召喚獣】を融合召喚することは可能だ。しかし残念ながらそのモンスターではキミの《バーサーク・デッド・ドラゴン》を倒すことはできない」
レイヤの言葉にシクスがほくそ笑む。
「それ見ろッ!やはり貴様のような下民のやることに意味などないのだッ!!我ら高貴なる血の前では貴様らなど塵あくたと同じよッ!!」
それに対しレイヤは深くため息をつく。
「全く、つくづく粗悪な男だなキミは。まだ私の狙いに気付かないのか。最初に《召喚魔術》を発動した時教えたはずだ、《召喚魔術》は【召喚獣】を融合召喚する場合に限り墓地のモンスターを融合素材として除外することができると」
シクスは「それが何だ」とばかりに訝しい顔。
「その墓地とは、私の墓地のみを指しているわけではない。《召喚魔術》による融合では、《召喚師アレイスター》以外の融合素材は言わば【召喚獣】召喚のための生け贄に過ぎない。同じ生け贄にするならば、自分のモンスターより相手のモンスターの方が良いと思わないか?」
「な・・・まさか・・・」
ようやくシクスにもレイヤが何を言わんとしているのか理解できたようだ。その顔がさっと青ざめる。
レイヤは手札からサーチしたばかりの《召喚魔術》を発動する。
「《召喚魔術》発動。そしてこのカードの効果で融合するのは、フィールドの《召喚師アレイスター》と――――キミの墓地の《シャドウナイトデーモン》だ」
「な、なんだとォーーーー!!」
【召喚獣】における融合は、基本的に《召喚師アレイスター》ともう1体のモンスターとを融合素材とし、そのモンスターの属性に応じた【召喚獣】融合モンスターを融合召喚するもの。先の《召喚獣コキュートス》が《召喚師アレイスター》と水属性モンスターとの融合体であるため水属性であるようにだ。
そして今《召喚魔術》により融合素材に指定されたのは、シクスの墓地に眠る風属性の悪魔《シャドウナイトデーモン》。つまりレイヤが呼び出そうとしているのは、風属性の【召喚獣】ということだ。
レイヤが手を掲げる。
すると《召喚獣コキュートス》の時と同様、上空に青い魔法陣が出現した。直後、それを断つかのように電光が閃く。
「次元の壁を切り裂き現れよ!融合召喚!レベル5!《召喚獣ライディーン》!!」
電光の中から飛び出してきたのは金細工の美しい甲冑の騎士。
召喚獣ライディーン(星5/ATK2200)
ガシャリとエクストラゾーンに降り立つ。
《召喚獣ライディーン》はレベルも攻撃力も《バーサーク・デッド・ドラゴン》には及ばない。だがそれが召喚されたこと自体、シクスに衝撃を与えていた。
「ボ、ボクのモンスターを融合素材に使うだと・・・そ、そんなことが・・・」
「『可能』なのが我が【召喚獣】デッキよ。そしてこの《召喚獣ライディーン》こそがキミの《バーサーク・デッド・ドラゴン》に引導を渡す」
《召喚獣ライディーン》が剣を抜くと、刀身から凄まじい電光が迸った。
次の瞬間にはそれが雷擊となり《バーサーク・デッド・ドラゴン》に襲いかかる。
単純な戦闘ならば《バーサーク・デッド・ドラゴン》も応戦することができただろうが、これは《召喚獣ライディーン》のモンスター効果による雷擊。為す術なく《バーサーク・デッド・ドラゴン》の黒い体皮が雷擊に焼かれる。
「《召喚獣ライディーン》は雷を司る【召喚獣】。その雷擊に打たれたモンスターは、強制的にセット状態となる」
体を走る雷擊の威力は大きい。たまらず《バーサーク・デッド・ドラゴン》はその巨体を横たえ、そのまま裏側守備表示となってしまった。
「そして《バーサーク・デッド・ドラゴン》は確かに絶大な攻撃力を誇るモンスターではあるが、守備力の方は0。守備表示にしてしまえば、例えレベル1のモンスターでも苦もなく倒せる」
「なッ・・・にィ~~~!!」
シクスが戦慄に顔を引きつらせるが、レイヤが慈悲の表情を見せることはない。
「デュエルの勝敗はモンスターのレベルや攻撃力だけで決まるわけではない。ましてや決闘者の血統や出自など、まるで意味はない。それを思い知るのはキミの方だったな、シクス・タイタン」
レイヤがバトルフェイズに入る。
「《暴走召喚師アレイスター》で《バーサーク・デッド・ドラゴン》に攻撃」
裏側守備表示の《バーサーク・デッド・ドラゴン》には《暴走召喚師アレイスター》の攻撃を防ぐ力はない。
《暴走召喚師アレイスター》が手のひらに自らの魔力を集中させ弾を形成する。それに反応して《バーサーク・デッド・ドラゴン》がリバースした。
バーサーク・デッド・ドラゴン(DEF0)
《暴走召喚師アレイスター》の攻撃力は1800。守備表示の《バーサーク・デッド・ドラゴン》など敵ではない。
『ハァッ!!』
《暴走召喚師アレイスター》が発した魔力弾は、まるで濡れた紙くずを突き破るように《バーサーク・デッド・ドラゴン》の体に穴を空けた。
『グアアアアァッ!!』
《バーサーク・デッド・ドラゴン》が消えると、当然シクスのフィールドに彼を守るモンスターはいなくなってしまった。
そしてレイヤのフィールドにはまだ攻撃力2200の《召喚獣ライディーン》がいる。
「これで終わりだ」
「ば、馬鹿なァーーーー!!」
《召喚獣ライディーン》の剣がシクスの残りLPを切り裂いた。
シクス(LP1900→0)
デュエルが決着しフィールドのモンスター達が消えると、シクスは茫然自失という風に膝から崩れ落ちた。
レイヤはそれを一瞥だけして――――
「キミはモンスターの攻撃力に頼りすぎだ。強力なモンスターを従えられるのは確かにキミの血筋に流れる豊富な魔力故なのだろうが、それに胡座をかいている内は決してキミは一流にはなれない。約束通りこれからは他の決闘者と同様の生活を送り、その中から何かを学んでくれることを期待する」
――――とだけ言い、ユーイへ歩み寄る。
そんなレイヤにユーイは笑みを見せる。
「さすがに首席ってだけのことはあるな、良いデュエルだったぜ」
それに対してレイヤはやはり感情の読み取れない視線を向ける。
「キミもシクス・タイタンと同じだ、武藤ユーイ。このデュエルで分かっただろう、リンク召喚は確かに強力な力だが、それだけに依存していては宝の持ち腐れだ。リンク召喚を使えるのはキミだけではない。肝に命じておいた方が良い」
言うと、それ以上は興味をなくしたようにレイヤは立ち去っていった。
ユーイの隣に立つユウリにちらっと視線を向けたようにも見えたが、何か言葉をかけることはなかった。
その背中を見送ると、呆れたようにケンザンは言う。
「同じ新入生なのにずいぶんと上から言う奴ドン」
どうやらあまり良い印象ではなかったらしい。彼の目にはレイヤの態度が高慢に映ったのかもしれない。
しかしユーイは、それとは少し違った感触を感じた。
「そうかな。俺にはさっきのデュエルを含めて、なんだか同じリンク召喚使いとしてレクチャーをしてくれたような気がした」
「レクチャー?」
「俺はリンク召喚の力でクローディア先生に勝ったことで少し注目を集めちまってるかもしれないけど、その実はリンク召喚のことをまだそれほど理解しきれてはいないってことさ。現にさっきのデュエルを観るまで、リンクモンスターのリンク先がエクストラゾーンと同じに扱われるなんて知らなかったしな」
ユーイが言うと、ユウリが頷く。
「そうね。たぶん彼はシクス・タイタンと闘いながらも、キミにリンク召喚の可能性というものを見せたのではないかしら。タイタンくんには申し訳ないけれど、私にもそう見えたわ。キミはこのデュエル・アカデミアで初めてリンク召喚を使った先駆者ではあるけれど、その使い手としての力量は早乙女レイヤの方が上かもしれないわね」
ユウリの言葉にユーイは笑う。
「どうやら『目指すもの』が増えたみたいです」
「目指すもの?」
ユーイは聞き返すユウリを真っ直ぐに見つめ返す。
「俺には夢がある。そのためには負けっぱなしじゃあいられない。早乙女レイヤにも、あの美少女決闘者にも、いつか必ず勝つ。そういうことです」
堂々と宣戦布告するユーイ。
これは美少女決闘者=ユウリの図式が確信に達していないと出てこない言葉だ。
ユウリはとても好意的な微笑みを返す。
「楽しみにしているわ」
ユウリの今の立場は生徒会会長だ、さすがに余計なことは言わない。しかし後ろの十六夜アキラはやれやれといった風にため息をついていた。
ユーイの目下の目標はユウリに勝つことだった。しかし新入生首席の早乙女レイヤという存在は同じリンク召喚使いとしても一人の決闘者としても無視はできない。彼もまたユーイにとって勝たなくてはいけない相手になった。
ユーイにとって目指すものが二つになった。しかしユーイはそれを嬉しそうに笑う。
越えるべき壁があることが楽しい。それは決闘者としては当たり前の、しかし最もなくしてはならない大切な感情だった。
記憶喪失になってから1年、追うべきものができたこと、大切な気持ちを忘れてはいないのを確認できたこと。これらを得られただけでもデュエル・アカデミアに来て良かったと、ユーイは感じていた。
ー ー ー ー ー ー ー ー
使用カード
《死者蘇生》
通常魔法(制限カード)
(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。
《召喚獣ライディーン》
融合・効果モンスター
星5/風属性/戦士族/攻2200/守2400
「召喚師アレイスター」+風属性モンスター (1):1ターンに1度、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを裏側守備表示にする。この効果は相手ターンでも発動できる。
ー ー ー ー ー ー ー ー
おまけ
時間が経ち、影丸ユウリが自室に戻ってきたのは夕方だった。
部屋に入るなり、ユウリはベッドに直行しバタリと闘いながら込む。
今日は忙しい一日だった。入学式の準備から始まり、式では式辞を行い、式後も新入寮生をスムーズにそれぞれの寮へと案内し、その後は新入生歓迎イベントの打ち合わせ。気疲れというやつだろうが、どっと疲れたのは事実だ。
ふかふかのベッドに全身を預けしばらくじっとしていたユウリだったが、不意に両足をパタンパタンさせ始めた。
パタン・・・パタン・・・。
パタパタパタ。
バタバタバタ。
バタバタバタバタバタバタバタバタッ!
もう堪らないとばかりに足は少しずつ勢いを増し、最終的にはまるで犬が全力で喜びを表しているときの尻尾ように激しくなった。
「~~~~ッ!!」
枕に顔を埋めながら、声にならない矯声を上げる。
(覚えててくれた!覚えててくれた!覚えててくれた!覚えててくれた!覚えててくれた!覚えててくれた!)
普段の凛としたユウリからは考えられない痴態。これには当然理由がある。
(入学式では姿が見えなかったから少し心配だったのだけれど、まさかあんなにあっさり私のことを分かってくれるだなんて・・・!)
原因は武藤ユーイだ。
彼とのデュエルでは結局ユウリはその正体を明かすことはなかった。
だが素顔で再会したことでユーイはあっさりと美少女決闘者の正体をユウリだと見抜いたのだ。
(きっと声で私のことが分かったのよね。ということは、私の声を覚えていてくれたということ)
「~~~~ッ!!」
再び枕で声を殺しながらキャーキャー叫ぶ。
きっと親友である十六夜アキラですら、この姿を見れば驚くことだろう。いや呆れるだろうか。
ユウリはパタリと仰向けに寝転がる。
その頬は茹で蛸のように赤い。
「エヘヘ・・・」
他人から注目されることには慣れていたはずだったのだが、ユーイに覚えられていたことがこんなに嬉しいなんて。
我ながら年端も行かない子供のように舞い上がっているものだ、と口元が緩む。
ほんの束の間かもしれないけれどユーイと一緒に学園生活を送れることを想うと、自分の出自や使命を忘れそうになる。
いっそ記憶喪失にでもなってしまえば、他の女の子達と同じように何も悩むことなくユーイに甘えられるのだろうか。
ユウリは懐からカードを取り出す。
《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》。
ユウリのエースモンスターだ。
そして彼女の覚悟が生み出したカードでもある。
「私がこの国の『毒』になる」
あの日誓ったこの想いを裏切ることはできない。
ユウリは目を閉じる。
ユーイへの想いと、自ら進むと選んだ道。その両方を込めて、ユウリはカードを胸に強く抱き締めるのだった。
(1ターンにレベル8のモンスターを2体連続で召喚するのは流石に無理があったか)
一気に魔力を消耗したことにより貧血のような症状がその身を襲う。強い目眩がして吐き気がする。
(だが、タイタン家の勢威を取り戻すには、このデュエル負けるわけにはいかないッ!)
ダイキやユウリの推測は実は的を射ていた。
斜陽に差し掛かりつつあるタイタン家を盛り返すには、その力を大々的に示すことが必要だった。昨年の万城目家躍進を例に、アカデミア入学試験首席合格はまさに千載一遇のチャンスだったのだ。しかし蓋を開けてみれば、首席の座は早乙女レイヤに奪われ、一番の話題は武藤ユーイによってかっさらわれてしまった。
何より許せなかったのは、その二人が何の身分も持たない平民だったこと。
(出自も知れぬ下民ごときに、このシクス・タイタンが―――民の上に君臨する誉れ高き七星候が、後塵を拝すなどあってはならないことだ!必ずこのデュエルに勝ち、真に力を持つは我がタイタン家であるということを世に知らしめなければならないッ!!)
シクスにとってこのデュエルは、アカデミアの入試判定が誤りであり本当に首席に選ばれるべきは自分であったことを証明するものであり、同時に平民は決して貴族には勝てずその下にあるべきということの証明でもあった。
(下民どもは貴族に支配されていれば良いのだ!下手に逆らえばどうなるか、特と教えてやるッ!)
気を抜けば膝を付きそうになる足に力を入れる。
ユーイ達からすればそれはまるで肯定できない考え方ではあったが、シクスにとっては曲げられない信念である。これはその信念をかけたデュエルなのだった。
「行けッ《バーサーク・デッド・ドラゴン》ッ!そのリンクモンスターとやらを消し去れッ!!」
シクスがバトルフェイズに入る。
その命令で《バーサーク・デッド・ドラゴン》が瘴気を伴った黒いブレスを《暴走召喚師アレイスター》目掛けて吐き出した。
《暴走召喚師アレイスター》も魔力を放射し応戦するが、《バーサーク・デッド・ドラゴン》の攻撃力はその倍近い数値。《暴走召喚師アレイスター》は放った魔力共々黒いブレスに飲み込まれてしまった。
レイヤ(LP4000→2300)
「くっ・・・」
しかしシクスの攻勢はまだ終わらない。
「まだだッ!《バーサーク・デッド・ドラゴン》は相手モンスター全てに攻撃ができるッ!」
再び《バーサーク・デッド・ドラゴン》がブレスを放射する。今度の標的は、レイヤのフィールドで守備表示をとる《召喚獣コキュートス》だ。
《召喚獣コキュートス》の守備力は3400。しかし《バーサーク・デッド・ドラゴン》の攻撃力はそれを僅かではあるが上回る。
ブレスは《召喚獣コキュートス》の氷の体皮など物ともせず黒く塗り潰してしまった。
やがてブレスが収まると、レイヤのフィールドにモンスターは残ってはいなかった。
圧倒的攻撃力を誇る《バーサーク・デッド・ドラゴン》に完全に場をひっくり返された形だ。
「ワハハハハッ!どうだッ、これが貴族の中の貴族ッ、七星候の力だッ!!貴様がいくら貧弱なモンスターを並べようとッ、我らの前では無力ッ!!思い知ったかッ!?」
勝ち誇り高笑いを上げるシクス。
高い攻撃力と全体攻撃能力を備える《バーサーク・デッド・ドラゴン》の力は確かに言うだけのことはあった。
「ボクのターンはこれで終了ッ!《バーサーク・デッド・ドラゴン》はエンドフェイズ毎に攻撃力を500下げるッ!」
バーサーク・デッド・ドラゴン(ATK3500→3000)
《バーサーク・デッド・ドラゴン》にはデメリットととなる効果もあった。それがこの自分エンドフェイズ毎の攻撃力低下である。
(しかしまだ《バーサーク・デッド・ドラゴン》の攻撃力は3000。全体攻撃能力もなくなるわけじゃあない。このモンスターさえいれば、奴のモンスターなど恐れるに足らんわ)
シクスはレイヤのモンスターを貧弱だと断じていた。
果たしてその推測は間違ってはいない。攻撃力3000台のモンスターを主力とするシクスの【デーモン】デッキに対し、レイヤの【召喚獣】デッキが総合的な攻撃力において少々劣るのは確かだった。
しかし、レイヤは嘆息する。
「それは――――『癖』か?」
「なに?」
聞き返すシクスを指差す。
「それは『癖』かと訊いているんだ。普段は努めて慇懃な態度を取っているようだが、自分の勝ちを確信した途端言葉遣いが粗野になった」
「・・・なんだと?」
「油断すると素が出るタイプか。他者を人とも思わず常に見下している、ねじ曲がった性根が透けて見える」
シクスはぎりりと奥歯を噛む。こめかみには青筋も浮かび上がった。
「貴様ッ!下等な血筋の下民のくせに、このボクを侮辱するかッ!」
「血筋がどうであれ、すでに言ったはずだ、私にとってキミはただの振りかかる火の粉だと。少々煩わしくはあるが、所詮少々煩わしい程度の存在でしかない。決して脅威というほどのものではない」
「なッ・・・!」
赤面するシクス。
それを横目にレイヤはデッキからカードをドローする。
「私のターン。そしてこれがこのデュエルのラストターンだ」
レイヤが手札を切る。
「《死者蘇生》を発動ッ!蘇れッ、《暴走召喚師アレイスター》!!」
《死者蘇生》は最も有名な蘇生系魔法カードであろう。その効果は単純明解で、自分の墓地のモンスター1体を自分フィールドに特殊召喚するというもの。蘇生できるモンスターに制約はなく、コストや発動条件もない。《おろかな埋葬》同様、シンプル且つ強力なカードである。
レイヤのフィールドに再び魔力の嵐が巻き起こり、《暴走召喚師アレイスター》が舞い戻る。
暴走召喚師アレイスター(リンク2/ATK1800)
「墓地から蘇生されたリンクモンスターはメインモンスターゾーンに特殊召喚される」
《暴走召喚師アレイスター》が現れたのは五つあるメインモンスターゾーンの真ん中。《暴走召喚師アレイスター》のリンクマーカーは全て下に向いているため、リンク先となるゾーンはない。しかしエクストラゾーンは空いているため、まだエクストラデッキからモンスターを特殊召喚することは可能だ。
「またそのリンクモンスターかッ!そんなモンスターでは《バーサーク・デッド・ドラゴン》に敵わないことがまだ分からないのかッ!?」
「さらに墓地の《召喚魔術》の効果発動ッ!《召喚魔術》は墓地のこのカードを除外することで、除外されている《召喚師アレイスター》を手札に加えることができる!」
「なにッ!?」
レイヤの手札に、先ほど《召喚魔術》で融合素材として墓地から除外された《召喚師アレイスター》が戻ってくる。
「そして《召喚師アレイスター》を通常召喚ッ!効果で《召喚魔術》をサーチするッ!」
《召喚師アレイスター》で《召喚魔術》をサーチし、その《召喚魔術》で《召喚師アレイスター》を融合素材として除外、融合召喚後に《召喚魔術》を除外してその《召喚師アレイスター》を手札に戻し、また召喚することで2枚目の《召喚魔術》をサーチする。
実質《召喚師アレイスター》1体から発生できる融合召喚をループさせることができるこのコンボこそが、レイヤの【召喚獣】デッキの核となるムーブであり真価であった。
「くっ・・・、だが今さらそんなカードをサーチしたところで何になるッ!?もはや貴様の墓地にはモンスターはいないッ!それともフィールドの2体のモンスターで融合召喚でもする気かッ!?」
レイヤのフィールドには2体の《アレイスター》。しかし墓地にはもうモンスターは残っていない。ついでに言えばレイヤの手札にもモンスターはいなかった。
《召喚魔術》はフィールド・墓地のモンスターを融合素材に融合召喚を行うことができる優秀な融合カードではあるが、確かに今の状況ではシクスにはフィールドの2体の《アレイスター》を融合するくらいしか使い途はなさそうに見えた。しかし、それならばわざわざ《死者蘇生》で《暴走召喚師アレイスター》を特殊召喚する必要はどこにもない。
「確かにフィールドのモンスター2体を融合し、新たな【召喚獣】を融合召喚することは可能だ。しかし残念ながらそのモンスターではキミの《バーサーク・デッド・ドラゴン》を倒すことはできない」
レイヤの言葉にシクスがほくそ笑む。
「それ見ろッ!やはり貴様のような下民のやることに意味などないのだッ!!我ら高貴なる血の前では貴様らなど塵あくたと同じよッ!!」
それに対しレイヤは深くため息をつく。
「全く、つくづく粗悪な男だなキミは。まだ私の狙いに気付かないのか。最初に《召喚魔術》を発動した時教えたはずだ、《召喚魔術》は【召喚獣】を融合召喚する場合に限り墓地のモンスターを融合素材として除外することができると」
シクスは「それが何だ」とばかりに訝しい顔。
「その墓地とは、私の墓地のみを指しているわけではない。《召喚魔術》による融合では、《召喚師アレイスター》以外の融合素材は言わば【召喚獣】召喚のための生け贄に過ぎない。同じ生け贄にするならば、自分のモンスターより相手のモンスターの方が良いと思わないか?」
「な・・・まさか・・・」
ようやくシクスにもレイヤが何を言わんとしているのか理解できたようだ。その顔がさっと青ざめる。
レイヤは手札からサーチしたばかりの《召喚魔術》を発動する。
「《召喚魔術》発動。そしてこのカードの効果で融合するのは、フィールドの《召喚師アレイスター》と――――キミの墓地の《シャドウナイトデーモン》だ」
「な、なんだとォーーーー!!」
【召喚獣】における融合は、基本的に《召喚師アレイスター》ともう1体のモンスターとを融合素材とし、そのモンスターの属性に応じた【召喚獣】融合モンスターを融合召喚するもの。先の《召喚獣コキュートス》が《召喚師アレイスター》と水属性モンスターとの融合体であるため水属性であるようにだ。
そして今《召喚魔術》により融合素材に指定されたのは、シクスの墓地に眠る風属性の悪魔《シャドウナイトデーモン》。つまりレイヤが呼び出そうとしているのは、風属性の【召喚獣】ということだ。
レイヤが手を掲げる。
すると《召喚獣コキュートス》の時と同様、上空に青い魔法陣が出現した。直後、それを断つかのように電光が閃く。
「次元の壁を切り裂き現れよ!融合召喚!レベル5!《召喚獣ライディーン》!!」
電光の中から飛び出してきたのは金細工の美しい甲冑の騎士。
召喚獣ライディーン(星5/ATK2200)
ガシャリとエクストラゾーンに降り立つ。
《召喚獣ライディーン》はレベルも攻撃力も《バーサーク・デッド・ドラゴン》には及ばない。だがそれが召喚されたこと自体、シクスに衝撃を与えていた。
「ボ、ボクのモンスターを融合素材に使うだと・・・そ、そんなことが・・・」
「『可能』なのが我が【召喚獣】デッキよ。そしてこの《召喚獣ライディーン》こそがキミの《バーサーク・デッド・ドラゴン》に引導を渡す」
《召喚獣ライディーン》が剣を抜くと、刀身から凄まじい電光が迸った。
次の瞬間にはそれが雷擊となり《バーサーク・デッド・ドラゴン》に襲いかかる。
単純な戦闘ならば《バーサーク・デッド・ドラゴン》も応戦することができただろうが、これは《召喚獣ライディーン》のモンスター効果による雷擊。為す術なく《バーサーク・デッド・ドラゴン》の黒い体皮が雷擊に焼かれる。
「《召喚獣ライディーン》は雷を司る【召喚獣】。その雷擊に打たれたモンスターは、強制的にセット状態となる」
体を走る雷擊の威力は大きい。たまらず《バーサーク・デッド・ドラゴン》はその巨体を横たえ、そのまま裏側守備表示となってしまった。
「そして《バーサーク・デッド・ドラゴン》は確かに絶大な攻撃力を誇るモンスターではあるが、守備力の方は0。守備表示にしてしまえば、例えレベル1のモンスターでも苦もなく倒せる」
「なッ・・・にィ~~~!!」
シクスが戦慄に顔を引きつらせるが、レイヤが慈悲の表情を見せることはない。
「デュエルの勝敗はモンスターのレベルや攻撃力だけで決まるわけではない。ましてや決闘者の血統や出自など、まるで意味はない。それを思い知るのはキミの方だったな、シクス・タイタン」
レイヤがバトルフェイズに入る。
「《暴走召喚師アレイスター》で《バーサーク・デッド・ドラゴン》に攻撃」
裏側守備表示の《バーサーク・デッド・ドラゴン》には《暴走召喚師アレイスター》の攻撃を防ぐ力はない。
《暴走召喚師アレイスター》が手のひらに自らの魔力を集中させ弾を形成する。それに反応して《バーサーク・デッド・ドラゴン》がリバースした。
バーサーク・デッド・ドラゴン(DEF0)
《暴走召喚師アレイスター》の攻撃力は1800。守備表示の《バーサーク・デッド・ドラゴン》など敵ではない。
『ハァッ!!』
《暴走召喚師アレイスター》が発した魔力弾は、まるで濡れた紙くずを突き破るように《バーサーク・デッド・ドラゴン》の体に穴を空けた。
『グアアアアァッ!!』
《バーサーク・デッド・ドラゴン》が消えると、当然シクスのフィールドに彼を守るモンスターはいなくなってしまった。
そしてレイヤのフィールドにはまだ攻撃力2200の《召喚獣ライディーン》がいる。
「これで終わりだ」
「ば、馬鹿なァーーーー!!」
《召喚獣ライディーン》の剣がシクスの残りLPを切り裂いた。
シクス(LP1900→0)
デュエルが決着しフィールドのモンスター達が消えると、シクスは茫然自失という風に膝から崩れ落ちた。
レイヤはそれを一瞥だけして――――
「キミはモンスターの攻撃力に頼りすぎだ。強力なモンスターを従えられるのは確かにキミの血筋に流れる豊富な魔力故なのだろうが、それに胡座をかいている内は決してキミは一流にはなれない。約束通りこれからは他の決闘者と同様の生活を送り、その中から何かを学んでくれることを期待する」
――――とだけ言い、ユーイへ歩み寄る。
そんなレイヤにユーイは笑みを見せる。
「さすがに首席ってだけのことはあるな、良いデュエルだったぜ」
それに対してレイヤはやはり感情の読み取れない視線を向ける。
「キミもシクス・タイタンと同じだ、武藤ユーイ。このデュエルで分かっただろう、リンク召喚は確かに強力な力だが、それだけに依存していては宝の持ち腐れだ。リンク召喚を使えるのはキミだけではない。肝に命じておいた方が良い」
言うと、それ以上は興味をなくしたようにレイヤは立ち去っていった。
ユーイの隣に立つユウリにちらっと視線を向けたようにも見えたが、何か言葉をかけることはなかった。
その背中を見送ると、呆れたようにケンザンは言う。
「同じ新入生なのにずいぶんと上から言う奴ドン」
どうやらあまり良い印象ではなかったらしい。彼の目にはレイヤの態度が高慢に映ったのかもしれない。
しかしユーイは、それとは少し違った感触を感じた。
「そうかな。俺にはさっきのデュエルを含めて、なんだか同じリンク召喚使いとしてレクチャーをしてくれたような気がした」
「レクチャー?」
「俺はリンク召喚の力でクローディア先生に勝ったことで少し注目を集めちまってるかもしれないけど、その実はリンク召喚のことをまだそれほど理解しきれてはいないってことさ。現にさっきのデュエルを観るまで、リンクモンスターのリンク先がエクストラゾーンと同じに扱われるなんて知らなかったしな」
ユーイが言うと、ユウリが頷く。
「そうね。たぶん彼はシクス・タイタンと闘いながらも、キミにリンク召喚の可能性というものを見せたのではないかしら。タイタンくんには申し訳ないけれど、私にもそう見えたわ。キミはこのデュエル・アカデミアで初めてリンク召喚を使った先駆者ではあるけれど、その使い手としての力量は早乙女レイヤの方が上かもしれないわね」
ユウリの言葉にユーイは笑う。
「どうやら『目指すもの』が増えたみたいです」
「目指すもの?」
ユーイは聞き返すユウリを真っ直ぐに見つめ返す。
「俺には夢がある。そのためには負けっぱなしじゃあいられない。早乙女レイヤにも、あの美少女決闘者にも、いつか必ず勝つ。そういうことです」
堂々と宣戦布告するユーイ。
これは美少女決闘者=ユウリの図式が確信に達していないと出てこない言葉だ。
ユウリはとても好意的な微笑みを返す。
「楽しみにしているわ」
ユウリの今の立場は生徒会会長だ、さすがに余計なことは言わない。しかし後ろの十六夜アキラはやれやれといった風にため息をついていた。
ユーイの目下の目標はユウリに勝つことだった。しかし新入生首席の早乙女レイヤという存在は同じリンク召喚使いとしても一人の決闘者としても無視はできない。彼もまたユーイにとって勝たなくてはいけない相手になった。
ユーイにとって目指すものが二つになった。しかしユーイはそれを嬉しそうに笑う。
越えるべき壁があることが楽しい。それは決闘者としては当たり前の、しかし最もなくしてはならない大切な感情だった。
記憶喪失になってから1年、追うべきものができたこと、大切な気持ちを忘れてはいないのを確認できたこと。これらを得られただけでもデュエル・アカデミアに来て良かったと、ユーイは感じていた。
ー ー ー ー ー ー ー ー
使用カード
《死者蘇生》
通常魔法(制限カード)
(1):自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。
《召喚獣ライディーン》
融合・効果モンスター
星5/風属性/戦士族/攻2200/守2400
「召喚師アレイスター」+風属性モンスター (1):1ターンに1度、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを裏側守備表示にする。この効果は相手ターンでも発動できる。
ー ー ー ー ー ー ー ー
おまけ
時間が経ち、影丸ユウリが自室に戻ってきたのは夕方だった。
部屋に入るなり、ユウリはベッドに直行しバタリと闘いながら込む。
今日は忙しい一日だった。入学式の準備から始まり、式では式辞を行い、式後も新入寮生をスムーズにそれぞれの寮へと案内し、その後は新入生歓迎イベントの打ち合わせ。気疲れというやつだろうが、どっと疲れたのは事実だ。
ふかふかのベッドに全身を預けしばらくじっとしていたユウリだったが、不意に両足をパタンパタンさせ始めた。
パタン・・・パタン・・・。
パタパタパタ。
バタバタバタ。
バタバタバタバタバタバタバタバタッ!
もう堪らないとばかりに足は少しずつ勢いを増し、最終的にはまるで犬が全力で喜びを表しているときの尻尾ように激しくなった。
「~~~~ッ!!」
枕に顔を埋めながら、声にならない矯声を上げる。
(覚えててくれた!覚えててくれた!覚えててくれた!覚えててくれた!覚えててくれた!覚えててくれた!)
普段の凛としたユウリからは考えられない痴態。これには当然理由がある。
(入学式では姿が見えなかったから少し心配だったのだけれど、まさかあんなにあっさり私のことを分かってくれるだなんて・・・!)
原因は武藤ユーイだ。
彼とのデュエルでは結局ユウリはその正体を明かすことはなかった。
だが素顔で再会したことでユーイはあっさりと美少女決闘者の正体をユウリだと見抜いたのだ。
(きっと声で私のことが分かったのよね。ということは、私の声を覚えていてくれたということ)
「~~~~ッ!!」
再び枕で声を殺しながらキャーキャー叫ぶ。
きっと親友である十六夜アキラですら、この姿を見れば驚くことだろう。いや呆れるだろうか。
ユウリはパタリと仰向けに寝転がる。
その頬は茹で蛸のように赤い。
「エヘヘ・・・」
他人から注目されることには慣れていたはずだったのだが、ユーイに覚えられていたことがこんなに嬉しいなんて。
我ながら年端も行かない子供のように舞い上がっているものだ、と口元が緩む。
ほんの束の間かもしれないけれどユーイと一緒に学園生活を送れることを想うと、自分の出自や使命を忘れそうになる。
いっそ記憶喪失にでもなってしまえば、他の女の子達と同じように何も悩むことなくユーイに甘えられるのだろうか。
ユウリは懐からカードを取り出す。
《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》。
ユウリのエースモンスターだ。
そして彼女の覚悟が生み出したカードでもある。
「私がこの国の『毒』になる」
あの日誓ったこの想いを裏切ることはできない。
ユウリは目を閉じる。
ユーイへの想いと、自ら進むと選んだ道。その両方を込めて、ユウリはカードを胸に強く抱き締めるのだった。
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目標が増えたユーイの学園生活は楽しいものになりそうです。 (2018-04-02 16:38)
今回は最後におまけも書き加えてみました。ユウリの可愛さと複雑さが表現できていればいいんですけど。
さて次回はユーイ、レッド寮に入寮するの巻。なかなか物語が進みませんね。ええ、仕様です。
次回、遊戯王戦記第20話「ルームメイトは女の子!?」
少年はやがて王になる!!
(2018-04-03 20:56)
やっぱり【召喚獣】VS【デーモン】では大方の予想通りの勝敗になってしまいましたね。読者さんの予想を上回るようなデュエルを展開するのは難しいです。
クローディアが示唆した通り、その内に必ず大きな闘いがやってきます。束の間ではありますが、ユーイの学園生活をお楽しみ下さい。 (2018-04-08 08:36)