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第1話「蟻地獄と悪魔」 作:えのきっち
木の枝に腰掛け、虎視眈々と獲物を狙う。ここは別の子のテリトリーが近いからしっかり警戒しなければならない区域だ。もっとも、私からすれば「かかればラッキー」程度なのだが……なんて考えていたらどこかで何かが落ちる音。
「かかった」
すぐさまこの場を離れ音の鳴った方へと駆ける。すると予想通り、そこには私お手製の落とし穴にかかった蟲惑魔が。
「ひっ……た、食べないでくださいっ!」
「食べないよ?」
私を見るなり青ざめて怯える彼女は、恐らく捕食形態を持たない新種の子だった。最近はそういう子が多くて森の縄張りが大きく荒らされているのが問題だ。だから今この蟲惑魔の森で蟲惑魔同士の縄張り争い(なのかな?)が激しくなってしまっている。もちろん、そのせいで命を落としてしまう蟲惑魔も少なくない。
えっと……その前にそもそもお前誰?って思った人がいるかもしれないね。私も蟲惑魔の一人で、名前はトリオン。蟲惑魔の森に結構長く住んでいて、原種となったのはアントリオン。一般的な呼ばれ方で言うなれば、「アリジゴク」だよ。私もこの縄張り争いに巻き込まれた一人なんだけど、正直同族同士で潰し合い喰らい合いなんて嫌だからこうやって自分の身を守りつつキャッチ&リリースを繰り返してる。獲って食うなんてもってのほか。私たち蟲惑魔は蟲惑魔を食べるようにはできていないはずなのに……
話戻して、落とし穴にかかったのはちびっ子のよう。普通の個体より小さい身体を持っている彼女は恐らくひっつき虫が原種だろう。人畜無害もいいところ、敵対されるような相手ではなくて少々安心した。
「君、名前は?原種はなに?」
「えと、ハギ……アレチヌスビトハギが元」
「やっぱりひっつき虫だったね。ハギちゃん。私は食べたりはしないからさ、とりあえず穴から出してあげるよ。ほら、手を取って」
「待って、違うの!私はただ逃げてきただけで」
捕食能力がない彼女は確かに逃走に徹することしかできない。その時にこの落とし穴にかかった、ということだろう。そうなると非常にまずい。恐らくここに__
刹那、私の横に長い「何か」が通る。蛇?爬虫類はいないはず。蟲惑魔の本体であることは確かだ。その形態から予測されるのは……
「__ムカデだ」
それを理解すると同時、百足の大顎が私の目の前に現れる。勢いよく飛びかかる巨大な顎を伏せることでなんとか避けることができた。その蟲はぐるぐると私たちの周囲を回り、じりじりと追い詰めようと狙っている。
ハギは……良かった、怪我はないみたい。でもびっくりしてショックで倒れちゃった。仕方ない、ここは私がなんとかするしかない。
「なーに蟲惑魔同士でいちゃいちゃしてんのぉ?アタシのためにわざわざ纏ってくれたってこと?ありがたいねぇ!」
「もうっ!野蛮だなぁ、そんなんじゃないってば!」
「じゃあ尚更感謝よ!この戦争じゃ慈悲を見せた奴から死んでいくんだからね!アハハっ!」
「……話が通じないなぁ!」
原種ムカデの蟲惑魔……センは見境無く本体を乗り回して私達を喰らおうと迫ってくる。蟲惑魔の本体が巨大である都合上、そう簡単に落とし穴に嵌ってはくれなさそうだ。とりあえずハギを安全なところに避難させなければ。
もちろん、こちらも昆虫型であるからには本体を駆使して戦うこともできる。だがそれでは彼女を大きく傷つけてしまうだろう。それに、アリジゴクは捕食能力が高いとはいえ落とし穴あってこその戦闘が得意だ。嵌めないことには何もことが進まない。……決定的な隙が必要だ。手段はないのか?嬉しいことに、私には頼れる‘友達’がいる。
「……あまり大きな音を立てないでくれないか?森が荒れるじゃないか」
「誰よ、アンタ。ノコノコアタシの前に出てきたってことは……アンタも餌になってくれるのね!」
普通の蟲惑魔とは一際存在感を放つ、背から爪を生やした「悪魔」みたいな蟲惑魔。ホールティア、私の友達だ。
「ホールティア!お願いできる!?」
私達の連携。決まればセンを鎮圧できる。
「言われずともだ」
二つ返事。乗ってくれた。
百足は草木を蹂躙してホールティアの元へと向かっていく。食欲が抑えられないのか、その口からは涎が垂れている。あと数十メートル。
「まだだね」
ホールティアは動かない。私は彼女を信じて落とし穴の準備をする。あと六メートル。
「まだだ」
目と鼻の先。少し体を乗り出せば捕食されるであろう。何度やってもこの瞬間は少し怖い。後一メートル。
「まだ」
大顎がホールティアに伸びていく。体が囲まれる。数秒せずとも彼女は胃の中。あと__
「今」
百足の身体は止まる。彼女の爪は口をしっかりとロックし、身体を支えつつ動きを止めている。センは一瞬虚をつかれたが、再び動き出す。そして私は『そこを狙う』。
「もう止められないよ。後は君の仕事だ」
「ッ!?アンタらまさか最初から」
「ありがとう!……反省してもらうよ、『大__」
陽動作戦は成功。センの本体は私の仕掛けた落とし穴の直上、完璧な位置。ホールティアが引き付け、私が落とし穴に叩き込む。私たち二人の黄金パターンだ。
センは何かを察したように身体を唸らせる。だがもう遅い、誘い込まれた獲物は一度入ったら最後、そのまま落ちるのみだ。
「__落とし穴』っ!」
「な、何なのよぉぉーーっ!!」
結構深く掘ったからか、センの声は落ちながら反響していく。別に底に硫酸が溜まってる訳ではないから死ぬことはない。けど、しばらくは抜け出せないだろう。……乱暴をしてくる蟲惑魔は基本的にこうやって懲らしめることにしている。
「ふうっ!なんとか解決だね!今日もありがとう、ホールティア!」
「感謝されるまでもないさ。君こそ相変わらずミスなく叩き込むね。……少し容赦してやってもいいんじゃないかと思うよ」
「あはは……ところで、ハギちゃんは大丈夫かな?踏まれなさそうなとこに捌けさせてからそのままにしちゃってたけど」
「ああ、それなら私が回収しておいた。テリトリー外に送っておいたから目を覚まし次第勝手に逃げていくだろう」
「いつもごめんね」
ホールティアとは縄張り争いが始まってからすぐに出会った。私が何がどうなってるかわからない時に導いてくれた、言わば恩人のような存在だ。ホールティア自身は、捕食能力を持たない。だから彼女の目的としては「生き延びるためにトリオンに付く」という感じなのだが……なんやかんやで仲良くやっている。
「……トリオン。最近ここ近辺で抗争が激しくなってきた。そろそろ場所を移したほうがいいかもしれない」
「うん。一昨日、昨日に続いてもう三回目だもんね。……甘いことも言ってられなくなってきたね」
そう、縄張り争いと言ってはいるが実際はそんな生ぬるいものではない。一連の戦いを見ての通り、これは殺し合いなのだ。彼女はこれを、『蠱毒』を呼んでいる。最後の一人まで喰らい合いを続けるあたり、あながち間違ってはいないだろう。
「ホールティア、私達生き残れるよね」
「愚問だね。当たり前だ」
強くなろうとは思わない。でも、私はあなたの為に。あなたは私の為に。お互いがお互いと共に生きるために私たちは手を取り合う。
そして、こんな殺し合いを終わらせるためにも__
「かかった」
すぐさまこの場を離れ音の鳴った方へと駆ける。すると予想通り、そこには私お手製の落とし穴にかかった蟲惑魔が。
「ひっ……た、食べないでくださいっ!」
「食べないよ?」
私を見るなり青ざめて怯える彼女は、恐らく捕食形態を持たない新種の子だった。最近はそういう子が多くて森の縄張りが大きく荒らされているのが問題だ。だから今この蟲惑魔の森で蟲惑魔同士の縄張り争い(なのかな?)が激しくなってしまっている。もちろん、そのせいで命を落としてしまう蟲惑魔も少なくない。
えっと……その前にそもそもお前誰?って思った人がいるかもしれないね。私も蟲惑魔の一人で、名前はトリオン。蟲惑魔の森に結構長く住んでいて、原種となったのはアントリオン。一般的な呼ばれ方で言うなれば、「アリジゴク」だよ。私もこの縄張り争いに巻き込まれた一人なんだけど、正直同族同士で潰し合い喰らい合いなんて嫌だからこうやって自分の身を守りつつキャッチ&リリースを繰り返してる。獲って食うなんてもってのほか。私たち蟲惑魔は蟲惑魔を食べるようにはできていないはずなのに……
話戻して、落とし穴にかかったのはちびっ子のよう。普通の個体より小さい身体を持っている彼女は恐らくひっつき虫が原種だろう。人畜無害もいいところ、敵対されるような相手ではなくて少々安心した。
「君、名前は?原種はなに?」
「えと、ハギ……アレチヌスビトハギが元」
「やっぱりひっつき虫だったね。ハギちゃん。私は食べたりはしないからさ、とりあえず穴から出してあげるよ。ほら、手を取って」
「待って、違うの!私はただ逃げてきただけで」
捕食能力がない彼女は確かに逃走に徹することしかできない。その時にこの落とし穴にかかった、ということだろう。そうなると非常にまずい。恐らくここに__
刹那、私の横に長い「何か」が通る。蛇?爬虫類はいないはず。蟲惑魔の本体であることは確かだ。その形態から予測されるのは……
「__ムカデだ」
それを理解すると同時、百足の大顎が私の目の前に現れる。勢いよく飛びかかる巨大な顎を伏せることでなんとか避けることができた。その蟲はぐるぐると私たちの周囲を回り、じりじりと追い詰めようと狙っている。
ハギは……良かった、怪我はないみたい。でもびっくりしてショックで倒れちゃった。仕方ない、ここは私がなんとかするしかない。
「なーに蟲惑魔同士でいちゃいちゃしてんのぉ?アタシのためにわざわざ纏ってくれたってこと?ありがたいねぇ!」
「もうっ!野蛮だなぁ、そんなんじゃないってば!」
「じゃあ尚更感謝よ!この戦争じゃ慈悲を見せた奴から死んでいくんだからね!アハハっ!」
「……話が通じないなぁ!」
原種ムカデの蟲惑魔……センは見境無く本体を乗り回して私達を喰らおうと迫ってくる。蟲惑魔の本体が巨大である都合上、そう簡単に落とし穴に嵌ってはくれなさそうだ。とりあえずハギを安全なところに避難させなければ。
もちろん、こちらも昆虫型であるからには本体を駆使して戦うこともできる。だがそれでは彼女を大きく傷つけてしまうだろう。それに、アリジゴクは捕食能力が高いとはいえ落とし穴あってこその戦闘が得意だ。嵌めないことには何もことが進まない。……決定的な隙が必要だ。手段はないのか?嬉しいことに、私には頼れる‘友達’がいる。
「……あまり大きな音を立てないでくれないか?森が荒れるじゃないか」
「誰よ、アンタ。ノコノコアタシの前に出てきたってことは……アンタも餌になってくれるのね!」
普通の蟲惑魔とは一際存在感を放つ、背から爪を生やした「悪魔」みたいな蟲惑魔。ホールティア、私の友達だ。
「ホールティア!お願いできる!?」
私達の連携。決まればセンを鎮圧できる。
「言われずともだ」
二つ返事。乗ってくれた。
百足は草木を蹂躙してホールティアの元へと向かっていく。食欲が抑えられないのか、その口からは涎が垂れている。あと数十メートル。
「まだだね」
ホールティアは動かない。私は彼女を信じて落とし穴の準備をする。あと六メートル。
「まだだ」
目と鼻の先。少し体を乗り出せば捕食されるであろう。何度やってもこの瞬間は少し怖い。後一メートル。
「まだ」
大顎がホールティアに伸びていく。体が囲まれる。数秒せずとも彼女は胃の中。あと__
「今」
百足の身体は止まる。彼女の爪は口をしっかりとロックし、身体を支えつつ動きを止めている。センは一瞬虚をつかれたが、再び動き出す。そして私は『そこを狙う』。
「もう止められないよ。後は君の仕事だ」
「ッ!?アンタらまさか最初から」
「ありがとう!……反省してもらうよ、『大__」
陽動作戦は成功。センの本体は私の仕掛けた落とし穴の直上、完璧な位置。ホールティアが引き付け、私が落とし穴に叩き込む。私たち二人の黄金パターンだ。
センは何かを察したように身体を唸らせる。だがもう遅い、誘い込まれた獲物は一度入ったら最後、そのまま落ちるのみだ。
「__落とし穴』っ!」
「な、何なのよぉぉーーっ!!」
結構深く掘ったからか、センの声は落ちながら反響していく。別に底に硫酸が溜まってる訳ではないから死ぬことはない。けど、しばらくは抜け出せないだろう。……乱暴をしてくる蟲惑魔は基本的にこうやって懲らしめることにしている。
「ふうっ!なんとか解決だね!今日もありがとう、ホールティア!」
「感謝されるまでもないさ。君こそ相変わらずミスなく叩き込むね。……少し容赦してやってもいいんじゃないかと思うよ」
「あはは……ところで、ハギちゃんは大丈夫かな?踏まれなさそうなとこに捌けさせてからそのままにしちゃってたけど」
「ああ、それなら私が回収しておいた。テリトリー外に送っておいたから目を覚まし次第勝手に逃げていくだろう」
「いつもごめんね」
ホールティアとは縄張り争いが始まってからすぐに出会った。私が何がどうなってるかわからない時に導いてくれた、言わば恩人のような存在だ。ホールティア自身は、捕食能力を持たない。だから彼女の目的としては「生き延びるためにトリオンに付く」という感じなのだが……なんやかんやで仲良くやっている。
「……トリオン。最近ここ近辺で抗争が激しくなってきた。そろそろ場所を移したほうがいいかもしれない」
「うん。一昨日、昨日に続いてもう三回目だもんね。……甘いことも言ってられなくなってきたね」
そう、縄張り争いと言ってはいるが実際はそんな生ぬるいものではない。一連の戦いを見ての通り、これは殺し合いなのだ。彼女はこれを、『蠱毒』を呼んでいる。最後の一人まで喰らい合いを続けるあたり、あながち間違ってはいないだろう。
「ホールティア、私達生き残れるよね」
「愚問だね。当たり前だ」
強くなろうとは思わない。でも、私はあなたの為に。あなたは私の為に。お互いがお互いと共に生きるために私たちは手を取り合う。
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