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第6話「蟲の知らせ」 作:えのきっち
「トリオン、乗り心地が悪いよ。もっと快適に進めないのかい?」
「もうっ、これでもゆっくり進んでるよ……」
大きな蟻地獄の背に乗り森をズカズカ進んでいく。この辺の地形はあまりよくない。それゆえに背中の私たちにも結構な衝撃がきてしまうのだ。
「冗談だ。気長に行こうか」
リラックスしながらそう言うホールティアは今も警戒しながら辺りを見回している。
先日のアトラの助言を頼りに、シトリスという蟲惑魔に会うことに決めた私たち。しかし、意地悪にもどこにいるかという情報までは教えてはくれなかった。だからこうして長い距離を短時間で探せるように蟻地獄の背に乗って探索をしている。誤って誰か踏み潰してしまわないように、ホールティアが見回しながら。
察しのいい人ならきっとわかるだろうけど、今乗っているのは私自身。といっても、疑似餌ではない本体の方だ。普段の戦闘では相手を傷つけないために本体を封印して、疑似餌だけで戦っている。もちろん、その間に本体を攻撃されたら擬似餌の方にもダメージが入ってしまうリスクはあるが……まあ、これは半ば私のわがままだし大して気にしていない。当然本体と疑似餌はリンクしているから、今こうしている間にも体力は消耗されていくわけで……
「……ごめん!ちょっと休憩しない?小一時間は歩き続けて疲れちゃったよ!」
「まだ小一時間だろう?根を上げるのが早くないかい?」
即答でこれ。本体部分を持たないホールティアだからこそ出てくる言葉だ。少しは私の身にもなってくれないだろうか?
「無茶苦茶言うなぁ」
困惑しつつもなんとか説得。川のほとりに機体を置いて小休憩を取ることにした。
「はぁ」
座り込むやため息。私も疲れが溜まっていたのだろうか。そんな私を見てホールティアが顔を覗き込む。
「何か困り事?」
「ううん、ただ……」
ふと、アトラのことを思い出した。『戦闘はしない、捕食はしない。一体どうする気なの?』そんな言葉を思い出した。蟲惑魔の強みといったら、その容姿からは想像できないほどの戦闘能力を持つ本体だ。なのに、私はこうしてタクシーのように扱っているだけ。戦闘でも圧倒的に不利な疑似餌でのみだ。それは本当に蟲惑魔と言えるのだろうか?戦闘の手段を考慮せずとも、私は別に勝ち残ろうともしていない。弱肉強食の世界なのにも関わらず。……私は蟲惑魔として蠱毒に参加する権利があるのだろうか?たとえそれが、戦いを拒む第三者の立場だとしても、だ。
「君のそのイかれた政権公約に惹かれて私は今ここにいるんだ。あんまり深く考えずに自分のやりたいことをやったらいいんじゃないかな」
ホールティアには私の些細な悩みなんてお見通しらしい。何も言ってないのに見事心を透かしてみせた。
「……そうだね。今考えてもなんにもならないよね。こういうのアレだ。なるようになれ、って言うんだっけ?」
「大体あってる。……さ、悩みも解消されたしそろそろ行こうか?」
「ちょっと早くない?乗せようとしたってそうはいかないよー?」
「バレたか」
冗談を言い合ってお互いに笑顔を交わす。この森も、そんな時期があったのだろうか。もしあったのならば、私の望みはそんな頃の森に戻って欲しいってことくらいだ。それ以外はあんまりいらない。
「話は変わるが」
と、ここでホールティアの表情が少し真剣なものとなった。何か情報を得たのだろうか?
「最近、アトラ始め原住種の活動が活発になっている気がする。力のない新種が淘汰されてきているんだろう」
要約すれば、これからさらに一層厳しい戦いが強いられる、ということなのだろう。しかし、原住種もなにも強力な個体しかいないわけではない。いくつか台頭してきた個体が出たのだろう。
「ソースは?」
「テリトリーだ。個体特有のテリトリー形成が各地で見られる。私も森の専門家ではないから詳しくはわからないが……さっき見たのだと植物型だな」
植物型。これまで戦ってきた蟲惑魔はムカデ、カマキリ、クモと昆虫型ばかりであった(蜘蛛は昆虫じゃないよっていうツッコミは御法度だよ)。ホールティアの場合は植物型の中でも異質だから、普通の植物型蟲惑魔の戦闘スタイルっていうのが皆目検討つかない。一般的には昆虫型が本体を駆使した前線で押せ押せタイプの戦闘をするタイプ、後方からサポートするような戦闘をするのが植物型とされている。私の場合は落とし穴を使った戦闘なため、そのどれにも当てはまらないのだが、そうなると自分のスタイルとの相性もわからないから非常に頭を悩ませる。
そして、対策を講じるその前に1つ気になることができたのだが。
「ねえ……テリトリーを見たって言ってたけどさ、ここの近辺じゃないよね……?」
「安心してくれ。さっき見かけたとは言ったが10分前くらいだ。基本テリトリーを転々としない植物型なら、君の足にはまず追いつけないはずだ」
こういう時、迂闊に疑似餌で動かなくてよかったと感謝する。ひと安心、とまではいかずとも危機は遠のいたと言えるだろう。
「こうしちゃいられないね。すぐにここを出発しよっか。教えてくれてありがとう」
シトリスの居場所はどこだろうか。シトリスの痕跡があったかホールティアに尋ねたが、どうやらまだ手がかりは見つかっていないそうだ。
「とりあえず南下してみたらどうだい?森の北部、西部は目ぼしいものがなかった」
「僕もそう思うよ。彼女が言うにはしばらくはそこでゆったりしてるってさ」
道のりは長いが、手当たり次第に行けば見つかるだろう。意見をくれた2人に私は感謝し、眠らせていた本体を叩き起こし__
__2人?
「なっ!?」
「ははっ、バレちゃった?ごめんね。少し騒がしかったからついてきちゃったんだ」
そこにいたのは見知らぬ蟲惑魔。黒髪でお団子ヘアの疑似餌。肝心の本体は見当たらない。装飾には鮮やかでいて何かを孕んでいそうな怪しげな緑。葉。……噂なんてするものじゃないな。
「初めまして、だよね?僕のことはきっと分からないと思うから自己紹介をしなくちゃね。個体名の貉藻で呼ばれるのもあれだし……ジーナって呼んでよ」
ジーナと名乗るその蟲惑魔は終始にこにこしながらこちらに語りかけてくる。攻めてくる気配もない。敵意はないのだろうか?だが、ならばこちらの後をつける理由がない。
「目的はなんだ、ジーナ」
ホールティアが先に訊く。
「別に?シトリスに会いたいらしいから、ちょっと助言をしただけさ」
浮つきながらも答えるジーナ。すかさずホールティアが追及する。
「別に理由があるのだろう?わざわざコンタクトを取る理由がわからない」
「え?……ああ、そうだった」
ジーナは少し考え、そして思い出すように続けた。
「僕には可愛い妹がいてね。でも、ちょっと臆病なところもあって心配してるんだ。そんな子を放っておいたら、もしかしたらこの戦争で命を落としてしまうかもしれない。怖くて夜も眠れないや」
「……何が言いたい?」
「つまり、だ。妹が十分な力を身に付けてくれれば僕も安心できるわけだ」
その言葉に呼応するように、彼女の後ろゆっくりと顔を出す蟲惑魔が。二枚葉の髪飾りを付け、少しおどおどした様子。
「そこでね。僕たち2人を起こした手間賃としてはなんだけど、君たちには妹と遊んでもらおうかなってね。……ほら、挨拶しなよ?ティオ」
ティオと呼ばれたその蟲惑魔は緊張しているのかなかなか喋ろうとしない。少しの間こちらを見つめたのち、ようやく発した第一声。
「あのね……おなか、空いてるの」
「ん、ちゃんと挨拶できて偉いよ」
……2人用の落とし穴はあっただろうか?第一、嵌ってくれるかどうかも怪しいのだが。
「もうっ、これでもゆっくり進んでるよ……」
大きな蟻地獄の背に乗り森をズカズカ進んでいく。この辺の地形はあまりよくない。それゆえに背中の私たちにも結構な衝撃がきてしまうのだ。
「冗談だ。気長に行こうか」
リラックスしながらそう言うホールティアは今も警戒しながら辺りを見回している。
先日のアトラの助言を頼りに、シトリスという蟲惑魔に会うことに決めた私たち。しかし、意地悪にもどこにいるかという情報までは教えてはくれなかった。だからこうして長い距離を短時間で探せるように蟻地獄の背に乗って探索をしている。誤って誰か踏み潰してしまわないように、ホールティアが見回しながら。
察しのいい人ならきっとわかるだろうけど、今乗っているのは私自身。といっても、疑似餌ではない本体の方だ。普段の戦闘では相手を傷つけないために本体を封印して、疑似餌だけで戦っている。もちろん、その間に本体を攻撃されたら擬似餌の方にもダメージが入ってしまうリスクはあるが……まあ、これは半ば私のわがままだし大して気にしていない。当然本体と疑似餌はリンクしているから、今こうしている間にも体力は消耗されていくわけで……
「……ごめん!ちょっと休憩しない?小一時間は歩き続けて疲れちゃったよ!」
「まだ小一時間だろう?根を上げるのが早くないかい?」
即答でこれ。本体部分を持たないホールティアだからこそ出てくる言葉だ。少しは私の身にもなってくれないだろうか?
「無茶苦茶言うなぁ」
困惑しつつもなんとか説得。川のほとりに機体を置いて小休憩を取ることにした。
「はぁ」
座り込むやため息。私も疲れが溜まっていたのだろうか。そんな私を見てホールティアが顔を覗き込む。
「何か困り事?」
「ううん、ただ……」
ふと、アトラのことを思い出した。『戦闘はしない、捕食はしない。一体どうする気なの?』そんな言葉を思い出した。蟲惑魔の強みといったら、その容姿からは想像できないほどの戦闘能力を持つ本体だ。なのに、私はこうしてタクシーのように扱っているだけ。戦闘でも圧倒的に不利な疑似餌でのみだ。それは本当に蟲惑魔と言えるのだろうか?戦闘の手段を考慮せずとも、私は別に勝ち残ろうともしていない。弱肉強食の世界なのにも関わらず。……私は蟲惑魔として蠱毒に参加する権利があるのだろうか?たとえそれが、戦いを拒む第三者の立場だとしても、だ。
「君のそのイかれた政権公約に惹かれて私は今ここにいるんだ。あんまり深く考えずに自分のやりたいことをやったらいいんじゃないかな」
ホールティアには私の些細な悩みなんてお見通しらしい。何も言ってないのに見事心を透かしてみせた。
「……そうだね。今考えてもなんにもならないよね。こういうのアレだ。なるようになれ、って言うんだっけ?」
「大体あってる。……さ、悩みも解消されたしそろそろ行こうか?」
「ちょっと早くない?乗せようとしたってそうはいかないよー?」
「バレたか」
冗談を言い合ってお互いに笑顔を交わす。この森も、そんな時期があったのだろうか。もしあったのならば、私の望みはそんな頃の森に戻って欲しいってことくらいだ。それ以外はあんまりいらない。
「話は変わるが」
と、ここでホールティアの表情が少し真剣なものとなった。何か情報を得たのだろうか?
「最近、アトラ始め原住種の活動が活発になっている気がする。力のない新種が淘汰されてきているんだろう」
要約すれば、これからさらに一層厳しい戦いが強いられる、ということなのだろう。しかし、原住種もなにも強力な個体しかいないわけではない。いくつか台頭してきた個体が出たのだろう。
「ソースは?」
「テリトリーだ。個体特有のテリトリー形成が各地で見られる。私も森の専門家ではないから詳しくはわからないが……さっき見たのだと植物型だな」
植物型。これまで戦ってきた蟲惑魔はムカデ、カマキリ、クモと昆虫型ばかりであった(蜘蛛は昆虫じゃないよっていうツッコミは御法度だよ)。ホールティアの場合は植物型の中でも異質だから、普通の植物型蟲惑魔の戦闘スタイルっていうのが皆目検討つかない。一般的には昆虫型が本体を駆使した前線で押せ押せタイプの戦闘をするタイプ、後方からサポートするような戦闘をするのが植物型とされている。私の場合は落とし穴を使った戦闘なため、そのどれにも当てはまらないのだが、そうなると自分のスタイルとの相性もわからないから非常に頭を悩ませる。
そして、対策を講じるその前に1つ気になることができたのだが。
「ねえ……テリトリーを見たって言ってたけどさ、ここの近辺じゃないよね……?」
「安心してくれ。さっき見かけたとは言ったが10分前くらいだ。基本テリトリーを転々としない植物型なら、君の足にはまず追いつけないはずだ」
こういう時、迂闊に疑似餌で動かなくてよかったと感謝する。ひと安心、とまではいかずとも危機は遠のいたと言えるだろう。
「こうしちゃいられないね。すぐにここを出発しよっか。教えてくれてありがとう」
シトリスの居場所はどこだろうか。シトリスの痕跡があったかホールティアに尋ねたが、どうやらまだ手がかりは見つかっていないそうだ。
「とりあえず南下してみたらどうだい?森の北部、西部は目ぼしいものがなかった」
「僕もそう思うよ。彼女が言うにはしばらくはそこでゆったりしてるってさ」
道のりは長いが、手当たり次第に行けば見つかるだろう。意見をくれた2人に私は感謝し、眠らせていた本体を叩き起こし__
__2人?
「なっ!?」
「ははっ、バレちゃった?ごめんね。少し騒がしかったからついてきちゃったんだ」
そこにいたのは見知らぬ蟲惑魔。黒髪でお団子ヘアの疑似餌。肝心の本体は見当たらない。装飾には鮮やかでいて何かを孕んでいそうな怪しげな緑。葉。……噂なんてするものじゃないな。
「初めまして、だよね?僕のことはきっと分からないと思うから自己紹介をしなくちゃね。個体名の貉藻で呼ばれるのもあれだし……ジーナって呼んでよ」
ジーナと名乗るその蟲惑魔は終始にこにこしながらこちらに語りかけてくる。攻めてくる気配もない。敵意はないのだろうか?だが、ならばこちらの後をつける理由がない。
「目的はなんだ、ジーナ」
ホールティアが先に訊く。
「別に?シトリスに会いたいらしいから、ちょっと助言をしただけさ」
浮つきながらも答えるジーナ。すかさずホールティアが追及する。
「別に理由があるのだろう?わざわざコンタクトを取る理由がわからない」
「え?……ああ、そうだった」
ジーナは少し考え、そして思い出すように続けた。
「僕には可愛い妹がいてね。でも、ちょっと臆病なところもあって心配してるんだ。そんな子を放っておいたら、もしかしたらこの戦争で命を落としてしまうかもしれない。怖くて夜も眠れないや」
「……何が言いたい?」
「つまり、だ。妹が十分な力を身に付けてくれれば僕も安心できるわけだ」
その言葉に呼応するように、彼女の後ろゆっくりと顔を出す蟲惑魔が。二枚葉の髪飾りを付け、少しおどおどした様子。
「そこでね。僕たち2人を起こした手間賃としてはなんだけど、君たちには妹と遊んでもらおうかなってね。……ほら、挨拶しなよ?ティオ」
ティオと呼ばれたその蟲惑魔は緊張しているのかなかなか喋ろうとしない。少しの間こちらを見つめたのち、ようやく発した第一声。
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