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HOME > 遊戯王SS一覧 > 第0話「逃走本能」

第0話「逃走本能」 作:えのきっち

空を覆う草木、見る者を圧倒する大木たち。花と葉が何かを隠すように生い茂る。
彼女らは知っている。それは隠れる為には何の役にも立っていないと。彼女らは理解している。それが我々の為だけにあると。
そう、理解していた。だからこそその現状はまさしく絶望的だと言える。
「はぁ、はっ、早く……早く逃げないと」
かさり、かさり。葉の擦れる音が忙しなく響く。音は森の奥へ消え、誰の耳に入ることはない。
少女は駆けている。自分の生のため。‘奴’に喰われぬよう。偽りの肉体を必死に動かし、自らのテリトリーへと急いだ。だが、全て無意味。消化器官も持たない彼女、イオの蟲惑魔に捕食能力はない。奴に対抗する術などない。
大木を切り進む巨軀を持つ蟲が彼女を追う。切り捨てられた木々は踏み潰されるのみ。蟲はそんなちんけな物に興味はない。
「あ、ここ……もう、進めない……?」
「行き止まりじゃないの。ようやく食べれるわ」
蟷螂、とも言えるその蟲の背後から年の近いであろう少女がイオを覗き込む。蘭蟷螂の蟲惑魔、ランカ。その本体は妖艶さを帯びた桃色で、それに反して腕は獲物を確実に捕らえるための鎌となっている。
イオは震える。これから自分に待ち受ける未来が見えてしまったから。ランカは微笑む。これから自分は最高の報酬を得るから。
「アンタはなに?タンポポ、だったっけ?原種がソレなんじゃどの道生きてないね。今食べられようが後で食べられようが変わんないし、素直に栄養になってよね」
淡々と語るランカ。イオはダンディライオン、すなわちタンポポより派生して生まれた蟲惑魔。雑草程度が戦闘など出来るはずもなく、それは彼女自身も知っていた。
「お願い……見逃してくれたりは」
「んーん、却下ね。アンタは出された食事に対して慈悲を見せるの?」
「協力すると言ったら!?」
「足手纏いだから」
どう足掻いても助かりそうにない。和平は不可能。数回のやり取りで完全に確信した。
直後、それは生物的本能ゆえ。ひたすらに駆けた。死ぬとわかっていても、それでも生き延びなければならない。種を途絶えさせぬため。ただ、駆けた。
「死ぬものか……!私は__」
その言葉を最後まで発することを許されなかった。言い終える間もなく言葉は途切れ……否、文字通り「斬れた」。
「……??……!?」
「いやもういいでしょ?何真っ当に生きようとしてんの……よっ!」
疑似餌の上半分は消え、残ったもう半分は少し彷徨ったのちに第二撃と共に捕食された。
残ったのはかすかに生まれかけた綿毛のみ。彼女にとってはそれは粕同然なのだろう。

「大して美味しくない……得体の知れない物は口にしないに限るね」
不満足な顔を見せたのち、それらを払って次の獲物を探し始めた。
「最近は蟲惑魔が多すぎるわ。……いい加減減らしておかないと、ね」
森の泣く声がする。
あるべき姿へと変わってゆく。

「蠱毒」は始まったばかりだ。
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